リコーデッド・アライバル   作:suz.

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奈落の棺が開くとき

 虫の知らせというやつだろうか。

 ふと、無意識がおとがいを持ち上げる。仮面(バイザー)を取り払ったリボルバーの頬を砂漠のかわいた風が撫でた。弾丸型のピアスが揺れる金属質の雑音が、やけに高く耳に残る。

 

Playmaker(プレイメーカー)……? いや、)

 

 気のせいか——息を吐く。神経質になる指先で、額に触れた。表情を覆うものをアバターからすべて除去してしまったから、少々落ち着かなく感じるのだろう。

 あの仮面は〈リボルバー〉を作ったときからともにあったものだ。

〈ハノイの騎士〉の首魁(リーダー)というアバターにとってのペルソナであると同時に通信手段でもあった。

 仲間から受信したメッセージや独自に解析したソースコードをコンソールパネルに表示させてしまうと、どこぞにログが残ってしまうとも限らない。LINK(リンク) VRAINS(ヴレインズ)はあくまでSOLのプラットフォームである。その内部で公然と活動するため、機密性の高い通信手段として、リボルバーはアイシールドの内側をメインモニタとしていた。

 三騎士の仮面(モノクル)、協力者どもに与えていた共通アバターの仮面(ハーフマスク)も同様のつくりで、〈ハノイの騎士〉は通信機らしい通信機を用いないのがならわしになっている。

 視覚および聴覚の拡張機能を取り払い、心許なさがないと言えば嘘になる。

 だが思いのほか自由でもあった。

 遠く遠い現実の世界からリボルバーを呼び戻す声もない。

 左手首のデュエルディスクを一瞥し、コンソールを呼び出す。かつては父の容態を見つめていたホログラムディスプレイが一抹の寂寞を去来させたが、幻を追うことはもうなかった。

 死別の悲しみが癒えることはない。だが、囚われることも今はない。有限の命だからこそ世代交代が起こり、その新陳代謝によって人類は地球環境に適応し、進化してきた。ともに過ごした記憶から遺志を継ぎたいという感情が生まれ、文明は後世へとつながっていく。

 後悔によって軌道を修正されながら、未来に続いているかもわからない道を切り開いていくのだ。

 そして死後の世界という不可知の最果てで、いつかまた会えるだろう。

 

「——パンドール」

 

『お時間まで、残り42秒となりました。リボルバー様』

 

「そうか」

 

『どうしてもおひとりで行かれるのですね』

 

「……またその質問か?」

 

 苦笑をこぼせば、心なしか表情を陰らせたパンドールが『これで六度目です』と肩をすくめた。

 

『一度目よりも二度目の、二度目より三度目の声が、優しかったものですから』

 

「わたしの変化を観測していたというわけか」

 

『結果的には、そういうことになります』

 

 言い淀んだパンドールは、その人ならざる眼差しに彼女自身の意思を隠したようだった。

 まるで子供のような仕草だ。リボルバー——いや、了見(りょうけん)には、そのように感じられた。懐かしさがよぎり、それでいい、と目を細める。

 父を喜ばせたかった幼いころには、あの手のひらが頭を撫でてくれるのはどういうときだろうと子供なりの知恵をめぐらせたものだった。

 あれはいつのことだったろうか。難解な詰めデュエルをいくつも解いてみせた日に一度だけ、父が手放しに褒めてくれたことがあった。アルコールを嗜んでいたかもしれない。祝いの席でもあったのか、いつになく開放的な空気のなか、研究員たちに自慢するように了見を抱き上げ、誇らしげに弾んだ低い声に無上の安心感を覚えたことは今も鮮明に思い出せる。

 父性を求めるパンドールは幼かった自身に重なる。創造主の愛情を獲得しようと試行錯誤しているのだとしたら、今からリボルバーが行うことは彼女の精神的成熟を阻害するかもしれない。

 

 砂漠に吹く風はざらざらとノイズを混ぜはじめており、砂嵐発生まで残り30秒。

 カウントダウンが始まった。

 

 すべてをリセットする奈落の底へ、リボルバーは誰も連れずに落ちるつもりだ。そのためにデュエルディスク以外の通信手段はすべてアバターデータから除去してきた。

 パンドールの解析に基づき、この地下深くに息づく()()には、もう見当がついている。

 死者は蘇らない——その摂理は生者が生きていくための諦念であり、死者のための安寧でもあるはずだ。再会を願うあまりに生者が黄泉の淵に身を投げる愚行こそあれ、亡者が冥府から這い出してくるようなことは決してあってはならない。

 そうした価値観が形成されるに至った背景には、腐りゆく遺体が感染源となって生者を呪い殺してきた過去数々の悲劇がある。

 イグニスは()を持つが、その残骸が人類に害をなすことはないだろう。意志を宿さなくなったイグニスの〈(コア)〉は、ただの石も同然だ。そうなれば〈水の核〉をふたつに割ってアクセサリーに作り替え、財前葵と杉咲(すぎさき)美優(みゆ)が共有することもできる。

 水のイグニスは相手のもとで暮らしているのだと信じていれば、死別の悲しみも発生しえない。

 命があることを認識しているから、失ったことがわかる。意思疎通ができなくなろうともイグニスはパートナーによって意思を持つものとして扱われており、現に草薙仁は〈光の核〉に閉じこもって出てこない光のイグニスの実在を信じ、対話を試み続けていたという。

 もしも〈水の核〉が破壊されれば杉咲美優(オリジン)はリンクセンスによって水のイグニスの死を感じ取るだろう。

 だが財前葵(パートナー)にそのような第六感(ちから)はない。しかし——それでも、だからこそ。彼女が〈核〉の中にイグニスは息づいているのだと信じるならば、物言わぬ青い石にも可能性の(ひかり)は灯り続けるだろう。

 そこにあると信じるこころが、実体のないものを存在させる。

 

(……父さん)

 

 かつて了見は〈ハノイプロジェクト〉は有益な研究なのだと信じていた。滅びに向かう人類を導く希望の(ひかり)を生み出す研究なのだと、未来を夢見る少年のこころで、信じていたのだ。

 だが、当時わずか八歳だった了見に研究の真意など理解できようはずもない。今や〈ロスト事件〉の首謀者として憎まれるのみの鴻上聖博士とて、了見にとっては愛する家族であり、頼れる父であった。力になれるのは誇らしかった。なのに子供たちの悲鳴が聞こえてきて、恐ろしい実験のありようを見ていられなくなり、ふるえる手で〈ロスト事件〉を通報者となった。

 生まれて初めて父を裏切った日の記憶は、靄がかっていて曖昧だ。恐慌状態にあったことだけが確かで、錯乱してもなお身元はしっかり秘匿していたのだから、了見は八つのときにはもうひどく狡猾な少年だったに違いない。

 六人の被験者たちが救出されてほっとしたのもつかの間、鴻上博士はSOLテクノロジー社に連行され、一人息子の了見は自宅に幽閉される運びとなった。

 面会もかなわず、警備員たちに遠巻きに見張られた家の中で、ひとり。

 

 通報なんかしなければよかったとくちびるを噛んだ。

 

 同時に、己の孤独と六人の犠牲を天秤にかけた浅ましさに血の気が引いた。

 

 了見が事件を通報しなければ、父は今も研究を続けていられたはずだ。だが父がそばにいることは、あの悲鳴を聞き続けるということでもある。

 しかし、もしハノイプロジェクトが最後の希望で、生贄たった六人ぽっちで人類すべてが救えたのだとしたら……? 考えれば考えるほど、思考は泥のような闇に沈んだ。幼い子供を誘拐・監禁して実験台にするような非人道的な研究であったとしても、その程度の犠牲はしょうがなかったのかもしれない。ちっぽけな正義感で世界を滅ぼす手助けをしてしまった了見は、人類の敵なのかもしれない。こんな愚かな息子など父はとっくに見限って、だから帰ってきてくれないのかもしれない。

 父さん、お父さん、ごめんなさい、ぼくがハノイの崇高な志を理解できなかったせいで——!! 被害児童の解放を喜ぶどころか父に見捨てられてしまったことを嘆いてしまう了見は結局、自分自身の日常を守りたかっただけの利己的で、保身的で、自分勝手な()()であったのだ。

 考えない日はなかった。あの日、あのとき、どうしていればよかったのか。悩まない日はなかった。

 十三年間、ずっと。

 

 

「……時間か」

 

 

 軽い頭痛に柳眉をゆがめた次の瞬間、砂竜巻が吹き荒れた。ざらざらと足元は急速に崩れていき、勢いを増した暴風が大地をえぐる。

 ありとあらゆるデータを食らいながら蟻地獄が形成されていくさまは、いつかのLINK VRAINS崩壊を想起させた。

 

『ご武運をお祈りしております。どうかお気をつけて』

 

「あとを頼んだぞ。パンドール」

 

『お任せください』

 

 見送りのために作られたのだろうパンドールの笑顔は、少女めいてどこか悲しげであった。

 コンソールを閉じ、一切の追跡を断つ。三騎士は既にDen(デン) City(City)へと航路をとっているだろう。勘のいいスペクターもやすやすと追ってはこられまい。

 

 愛情は魔法に似ている。スペルスピードが最も遅く、チェーン発動できない通常魔法に似ている。

 (フィールド)に出されたときにのみ効果を発揮し、その後に発動したカードの効果によって巻き戻されて、順当に処理されるころにはもう、愛ではなかったものになる。

 与えられてきた愛情を墓地から除外して、未来を切り拓くときだ。

 砂時計の向こう側へと、さあ。

 

(——決着をつけよう)

 

 この奈落の最果てに、運命の終焉はある。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 一足飛びに夏らしくなったせいだろうか、金曜の午後はDen City ユニバーシティのキャンパスもどこか浮ついた雰囲気で、そのくせ人気はまばらだった。

 とっとと大学を後にする穂村(ほむら)(たける)には、週末の予定もこれといってない。同じ学部に友人がいないわけではないが、遊びに行こうと誘われても待ち合わせ場所は決まってLINK VRAINSなので、参加しようにもできないのだ。

 まさかSoulburner(ソウルバーナー)本人ですと公にするわけにもいかないし、Soulburner以外のアバターを作る意欲も知識もない。コピーアバターの()()をする、という手もあるにはあるが、ネットに疎いおまえがどうやってSoulburnerのコピーなんか作れたんだと疑われて、言い訳の中途半端さからバレてしまうのがオチだろう。

 まだ気温の下がりきらない夕方、週末の予定は空白。

 同居中の綺久(きく)は来週のプレゼンの用意があるから日曜に友人たちと打ち合わせに出かけるのだと、楽しげに声を弾ませている。一ヶ月暮らして慣れた都会の便利さにすっかり夢中らしかった。

 尊が高校一年生の夏から秋を過ごしたあのころよりさらに豊かになったDen Cityでは、手に入らないものなんてきっともうないのだろう。

 信号待ちの車はほとんどがAIによる自動運転だし、ビラ配りをしているのはお手伝いロボットだ。……ロボッピのことが不意に蘇って、尊はああと嘆息した。前髪をぐしゃりと乱す。どうしてこんなタイミングで思い出してしまうのだろう。

〈ロスト事件〉に巻き込まれる前は両親とともにDen Cityに暮らしていたこともあり、あの港町が尊にとって()()と呼べる存在になったのは、三年前、不霊夢とともにDen Cityにやってきたときだった。

 転校手続きをするときは担任も教頭もこれでもかと渋い顔をしたが、一時期は本当に荒れていたのだからしょうがない。早くに両親を亡くした尊は小学校でも浮いた存在だったし、中学のときには先輩や隣町の高校生たちと乱闘になり、警察のお世話になったことも一度や二度ではない。

 幸か不幸か柔道有段者の祖父に稽古をつけられていたので怪我をするようなことこそなかったものの、祖父母に心配ばかりかける不出来な不良高校生の出席日数は数えるほどだった。

 おいそれと送り出してトラブルでも起こされては……と懸念する気持ちはよくわかる。それでなくとも過去不詳、両親不在、いわくつきの生徒だ。長らく不登校だったせいで中学の学習範囲もまともに理解していないのに、都会の学校でついていけるのかという疑念もあっただろう。

 売られた喧嘩を買わずにいられなくて、じいちゃんに買ってもらった制服が汚れたら嫌だからとジャージで徘徊していたのが穂村尊の中学時代だ。電撃と空腹と孤独に耐えた半年間の辻褄を合わせるように喧嘩をありったけ買い漁っていたあのころ、尊は強さというものを履き違えていた。

 

「——ねえ、尊。尊ってば!」

 

「あ? ……ああ、ごめん、聞いてなかった」

 

 なんだっけ、と詫びる。だが綺久はいつもの呆れ顔ではなく、どこか不安げに尊のかばんのストラップをつかんだ。

 路地の奥から姿を見せた黒服の男、五人。

 大通りにまで踏み出してこないのは、その不穏なスーツ姿が表を歩くにふさわしくないという自覚があるせいか。サングラス越しの視線が自分自身に向いたことを鋭敏に感じ取って、尊はふうと息をひとつ吐き出すと綺久の腕をつかんで引いた。

 

「先に帰ってて」と耳元に低く告げる。

 

「尊!」

 

「俺もすぐに追いかけるから」

 

「でも、」

 

「いいから」

 

「よくないよ! また危ないことするつもり!?」

 

 大学からの帰宅途中、黒いスーツに黒いサングラスの大人たちに囲まれるなんて稀有な経験だろう。都会に慣れてきたばかりの女の子にはまずさせたくはない体験だ。

 しかしスーツの襟元に見覚えのあるロゴを見つけてしまえば、ここで引き下がるわけにもいかなかった。

 

 眼鏡がなかったら見えていなかっただろうピンバッジは〈HDR〉を象っている。

 

 尊は綺久を背後にかばうと、死角に隠したバッグの中からデュエルディスクを引きずり出す。不霊夢(フレイム)は狙いすましたようにディスクの上に立っており、あたかもはじめからそこにいましたという顔で黒服の五人を見渡した。

 尊が首から提げている〈(コア)〉を抜け出してきたことなど微塵も感じさせない鮮やかさだ。

 

『用があるのは我々なのだろう?』

 

 イグニスとそのオリジン。意思を持ったAIと、そのモデルとなった被験者。どうやらイグニスとともに生きたいと願う限り、尊は〈ロスト事件〉を忘れることができないらしい。

 いらなくなった鞄を押し付け、綺久、と言い聞かせる。

 

「帰るんだ。早く」

 

「どうしてそんなこと言うの! 警察呼ぶとか、あるでしょ……」

 

『綺久どの、ここは尊に従ってくれないだろうか。あなたは我々にとって帰る場所なのだ』

 

「不霊夢の言う通りだよ」

 

 尊にとっては綺久は幼なじみであり、大切な預かりものだ。可愛い娘をいい大学に行かせてやりたいが、都会で一人暮らしをさせるのは心配だという親御さんに任せられて同居している。危ないことに巻き込むわけにはいかない。

 じいちゃんとばあちゃんを頼むとDen Cityへやってきた三年前の尊のように、都会の大学に行きたいという綺久のことを、今度はみんな笑顔で送り出してくれた。

 

 だから、俺が守る。

 

 意図を察してうつむいた綺久は、それでも負けじと幼なじみを見上げた。

 

「……昨日、尊が作りすぎた肉じゃがっ……あと何日ぶんあるかわかってるわよね」

 

 夕飯前には帰ってきてと言外に念を押し、鞄をふたつ抱きしめて走り去る。華奢な背中が見えなくなるまで見送ってから、尊は路地裏の奥に向き直った。

 表通りから不霊夢を隠すように一歩を踏み出せば、尊の横顔が半分、ビルの影に隠れる。眼鏡の奥に隠した双眸が、静かに燃える。

 

「それで、俺たちに何か用ですか?」

 

「なに、用というほどのものではないよ。穂村尊」

 

 暗がりの奥から男の腕が持ち上がる。伸びてきた右腕はしかし、尊に届くことはなかった。

 ぎり、と捕まえた手首が軋む。尊が男の腕を掴んで封じるほうが早かったのだ。

 

「用じゃないなら、何だってんですか」

 

 言ってくれないとわからないんですけど? ——かぶっていた猫をまとめて脱ぎ捨て、声はさらに一段低くなる。獰猛な炎がレンズごしにゆらめく。

 人前では決して見せない(ソウルバーナー)の面影を透過させ、尊は好戦的にくちびるを歪めた。

 引き手でつかんだ右腕はそのままに大きく一歩を滑り込ませる。右手はスーツの襟をとらえ、ふっと鋭く息を吐く。

 次の瞬間、見事な一本背負いが極まっていた。

 背中からコンクリートの地面に叩きつけられた男は臓腑を握りつぶされたような声でうめき、手足を痙攣させる。受け身の練習ではままあることだ。慣れていても無防備に投げられればそれなりに痛い。

 だが、慣れてしまえばこちらのほうが拳よりも効率がいい。懲りずに伸ばされた無遠慮な手をつかみとり、もう一方の手は黒いスーツの襟に伸びる。右自然体右組み、からの——。

 刈るか、払うか。わずかひと呼吸ぶんの逡巡を経て、スニーカーの踵を割り込ませる。コンクリートの抵抗を踏みしめ、重心を一気に傾けた。大外刈り、これは祖父だったら一本と数えてくれないかもしれない。

 さらに別の男がもうひとり、口頭で用事を述べればいいのに暴力に訴えようと鉄パイプを振り上げる。

 

(ああ、そっち?)

 

 乱闘は乱闘で慣れている尊は臆することなく懐に飛び込み、おもむろに右手を拳に握った。

 デュエルディスクを腹側にかばう動作がそのまま、拳骨を顎関節にめりこませる。吸い込まれるような一撃が鮮やかに決まって男は吹っ飛び、取り落とされた鉄パイプは路地裏にごろりと横たわった。

 

 あとふたり。路地の奥を睨み据える。

 

 すると五人のなかで最も大型な男がゆらりと歩み寄り、尊に向かって両腕を伸ばした。ぬうと上から伸びてくる大きな黒い影が、まるで抱きしめようとするかのように真正面から忍び寄る。

 二メートルはありそうな巨躯も、対話より暴力を選ぶなら迎え撃つまでだ。

 一歩、一歩、と緩慢に歩み寄ってくる両腕をかいくぐり、襟をとらえる。しかし、うまく身が入らない。重心の——いや、単純な重量の問題だ。

 

(こいつ、ロボットか……!?)

 

 いや、アンドロイドか。胸板の構造から肋骨がないことがわかる。だがSOLtiSにしては喉や各部関節の目印(マーキング)がない。それにAiの体重はせいぜい120kg程度だったはずだ。SOLtiSはさすがにここまで重くない。

 表情も動きもまるで読めない鈍重な機械の懐で、尊は鋭く舌打ちした。

 路地裏の静寂を鞭打つように響いた次の瞬間、尊の背中を打ち据えたのは、眼前のアンドロイドではなかった。

 

「が ……ッ!」

 

 まるでスタンガンを押し当てられたような電撃に、意識は急激に揺さぶられる。呼吸が砕ける。高圧の電流にこわばった指先がひきつり、ほどけて、つかんでいた襟を手放す。大きく見開かれたひとみにうつるのは、忘れるはずだった十三年前の激痛だ。

 ぐらりと膝が崩れ、そのまままぶたが落ちていく。

 

『尊!! しっかりするんだ、尊……!』

 

 不霊夢がデュエルディスクを離れて頬を叩くが、尊を抱きとめた男は不霊夢の叫びごと、両腕の——いや、その巨躯の腹のなかへと封じ込めた。

 

 棺の扉が閉ざされる。

 

 路地裏には五人の黒服の男が残るのみ、うち三名はなぜだか倒れ伏している。

 懐に電撃銃(ショックガン)をしまった男は、パンパンとスーツの埃を払うと、耳元の端末からどこかへ報告した。

 

「——炎のペアを確保しました」




次回『記憶の海に溺れたこども』は来週(2/19)投稿予定です。
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