リコーデッド・アライバル   作:suz.

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※3話同時更新。1話目の今回は第三部の導入編です。


第三部 Paradise Lost
愛すべき隣人


 白い部屋のなかに、ひとり。電撃が鞭打つ痛みに耐える。

 これは罰だ。

 濡れそぼった白銀のまつげがVRゴーグルの内側で(たわ)むが、奥歯で噛み殺した悲鳴はそのまま、あどけないくちびるは弧を描く。

 ふらつく両足を踏みしめれば、目の前に広がるVR空間は新たなデュエルをはじめようと盤面を展開する。

 ああ、これだ。

 知らず詰めていた息を吹き返すように、青いひとみは新たな手札に目を通す。聡明なアイスブルーは怜悧に尖る。

 考えるのだ。戦略を、戦術を、勝利への道筋を。

 

 

 ——六歳でこの詰めデュエルを解いてしまうとは……! さすがは鴻上博士のご子息です。

 

 

 研究員たちの感嘆が耳に届くことこそなかったが、カードを手繰る鴻上了見少年は、その一部始終を父がモニタしていることを知っていた。

 勝ち続けるほどに父の評価が釣りあがっていくことも、子供ながらに理解していた。

 期待を寄せられ、それに応える充足感。父の部下や同僚たちに自慢の息子であると誇示するのは存外悪くない気分だ。望まれずともデュエルモンスターズは大好きだった。

 勝つための試行錯誤を苦痛に感じたことはない。

 

 

 ——了見くんは本当にいい子ですねぇ。おかげでプロジェクト実行まで漕ぎ着けそうですよ。人事部も正式に医師(ドクター)を寄越すと。この実験が終わったら、父子(おやこ)水入らずで旅行にでも行かれてください。

 

 

 了見には見えない場所で、朗らかに笑う研究員がいた。

 あるいは別の研究員が愚痴をこぼす。

 

 

 ——くだんの医師とやら、飛び級で博士号(ドクター)を取得したばかりの女医だそうですが……弊社は〈ハノイプロジェクト〉を軽く見すぎでは? おっと、デュエルの難易度をもっと上げられませんか。こうも次々勝たれてしまうと、電圧の調整が進みませんな。

 

 

 苦笑は存外晴れやかである。誇らしげに、自慢の弟を見守るようなまなざしで、弱冠六歳のデュエリストを賞賛する。鴻上博士の一人息子が実験を手伝いたいと無邪気に挙手したときこそ驚いたが、平然と勝ち続ける六歳児を見ていれば感覚はしだいに麻痺していく。

 あどけない少年を強く強く育てたのはデュエルであり、デュエルモンスターズのカードたちであり、敗北のたび襲いくる電撃と飢餓であった。

 

 罰を乗り越え、日々たくましく成長していく了見は知らない。

 

 今から二年後——この白い部屋が了見ではない子供たちを底知れぬ絶望に突き落とすことを、まだ。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 今春発売の最新型デュエルディスクには、サポートAIが搭載されていない。

 これまでSOLテクノロジー社は約二年スパンのフルモデルチェンジを慣例としてきたが、今回ばかりは三年近い間が空いた。

 幹部を更迭し、雇用を見直し、SOLtiS(ソルティス)を廃盤にして組織そのものを立て直す必要に迫られたからだ。

 Ai(アイ)は白蟻が巣食うSOLテクノロジー社に風を吹き込んでくれたのだ——と、好意的に解釈することも、まあ、できなくもないのだろう。

 少なくとも葵の兄でもある総合経営責任者 財前晃は、Aiの反乱を前向きに捉えているようだった。

 

 幹部の一掃により風通しのよくなったSOLテクノロジー社はいくつかの部門を売却あるいは分離し、グループ企業として再起を遂げた。Aiのたくらみでユーザー数が爆発的に増加したLINK(リンク) VRAINS(ヴレインズ)は数ある電脳世界とつながって、今では新しい世界へと踏み出す玄関口の役割を果たしている。

 パズルピースが奇跡のようにカチリとはまり、三年ぶりにデュエルディスクの新作発表会が催されたのが昨年の暮れだ。

 そして新生活応援をうたって二月ごろにリリースされたくだんのデュエルディスクを財前葵が入手したのは、大学の入学式を目前にしたころだった。

 当然のように、あの兄からのプレゼントである。名目こそ入学祝いであったが、兄は自身が高校生のときにも自分の出費を切り詰めて幼い妹に新しい靴やワンピースを与えていたような男なので、葵も甘んじて受け取った。

 シンプルなブルーシルバーのバングル型デュエルディスクはさらなる軽量化が重ねられ、おそらく若い女性をターゲットにしたものなのだろう、ブレスレットほどの大きさしかない。葵の細い手首に腕時計と並んでからみついた青銀色の輪は、まるでアクセサリーだ。

 こうまで装飾性に特化して小型化されたデュエルディスクが世間に受け入れられるかは甚だ疑問である。

 ……というのも、あくまでデュエリストである葵の価値観でしかない。最近はLINK VRAINSにアクセスできればそれでいい、というユーザーが増加傾向にあるという。かつてブルーエンジェルの代名詞だった『LINK VRAINSの看板娘』も新しいアイドルグループに引き継がれ、彼女たちはデュエリストではないから、盤面を展開する必要がないのだ。

 LINK VRAINS内でもデュエルはクローズドに楽しまれることが多くなり、見世物としてのデュエルの需要は減っている。

 何が必要で、何が不必要なのか、すべては時代とともに移ろっていくのだろう。そのうちデュエル非対応型デュエルディスクが発売されたっておかしくはない。カードデータの電子化にともなって、SOL製デュエルディスクは十年も昔にカードスロットを廃している。

 かつてブルーエンジェルとして使っていた懐かしいディスクにも、高校時代にデュエル部で使用していた(今にして思えば棺桶のようで趣味が悪い)ダミーディスクにも、ブルーメイデンとして使っていたバングル型ディスクにもデュエルサポートAIがいたが、なかったことにするかのように廃止された。

 

 そんな世界(タイムライン)の流れに埋没してしまう、ブレスレットのように華奢なデュエルディスク。

 

 いつかはドローする機能も失うかもしれない。デュエルディスクなんて名ばかりの、盤面もデッキも墓地もない、電脳世界に旅するための(アイテム)になるのかもしれない。

 三年前まで遡ればアイドルなんてやめろ、スピードデュエルは危険だ——と再三説教し、デュエル部には「葵の友達に」と新型デュエルディスクを都合したがった、過保護すぎるくらいに過保護な兄は、どんな思いでこれを選んだのだろう?

 先日初めて「あっわたしはそうゆうのいらないです!」と実にさっぱりとした断りを入れられ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 杉咲(すぎさき)美優(みゆ)の天真爛漫さに狼狽しきりだった兄がおかしくて、葵はにわかに含み笑う。

 

「あっ、葵ちゃんが思い出し笑いしてる! なになに、どうしたの?」

 

 早々とシフォンケーキを胃に収めた美優が、ソファから身を乗り出す。財前邸のサンルームである。今週末は勉強会という名目によるパジャマパーティーのため、美優が兄妹二人暮らしのペントハウスを訪れている。

 目をきらきらさせたミーハーな姿に、ティーテーブル上のアクアが『美優ちゃん』となだめた。

〈水の(コア)〉に腰掛けるアクアの仕草はひとつひとつが流れるようにたおやかで、一見、美優とは似ても似つかない。

 

「なんでもないよ」と葵は苦笑する。

 

「そう? リアルの葵ちゃんの笑顔って結構レアなのにな」

 

「そんなことないわよ。美優ちゃんほど表情豊かじゃないだけ」

 

「わたしが普通ですぅー」

 

 ぷうと膨れてみせる美優は、少々がさつな印象を与えもするが、すまし顔になってティーカップを手にしてみせる仕草はなかなかどうして流麗だ。低い位置でツインテールに結った赤毛は、葵にはない溌剌とした華やかさがある。

 

 水のオリジン、杉咲美優。

 十三年前の児童誘拐監禁事件——ハノイプロジェクトの被害者、唯一の女児。

 

〈水の核〉と並ぶ年代もののカード収納型デュエルディスクの隣には、美優が十三年前から愛用しているというデッキが鎮座している。

 事件当時のままのデッキなのだと美優が語ったのは、病院で再会してから一年ほど経過したころだった。

 ケースとスリーブは新調されているし、デッキ内容も調整され、戦術は美優自身や新弾パックに連動して確実な成長を遂げている。葵の【トリックスター】と互角以上に切り結ぶ腕前だ。

 採用しているカードはすべてLINK VRAINS内でも手に入るもので、いかなる技術をもってしても電子データ化できなかったという神大(しんだい)のカードは含まれていない。

 なのに美優は、ロスト事件のなかで孤独と飢餓をともにした最愛の紙束を、今も手放さない。

 

(はじめて会ったころから美優ちゃんは明るくて、ひとりだったわたしにも元気をくれて……だけど、)

 

 美優とアクアの距離感は、他のどのパートナーたちともどこか違う……ような気がする。

 だが葵だって、藤木遊作とAi、穂村尊と不霊夢、草薙仁とライトニングの関係を詳しく知っているわけではない。(ライトニングに関してはあまりいい思い出がないので、このところCafé Nagiを避けがちになってもいた)

 ただ確かなのは、美優の手首にブレスレット型デュエルディスクが飾られることはなく、彼女のデュエルディスクに【海晶乙女(マリンセス)】デッキがセットされることもないのだろうということだった。

 アクアとともに生きることと、アクアのデッキを使いこなすことは別の問題なのだろう。

 

 葵はティーカップをとらえて、ひとくち、冷めかけた紅茶を含む。決して贅沢品ではないブロークン・オレンジ・ペコーは芳醇に香る。

 多忙な兄と不器用な妹ふたりが暮らす財前邸の家事を取り仕切っているのは、SOL製のお手伝いロボットだ。

 家事AIが淹れてくれた紅茶は渋みが出ることもなく、シフォンケーキの切り口には一寸分の狂いもない。たっぷりのクリームが無駄になるようなこともない。

 それは、そういうふうにプログラムされているからだ。

 AIは目的のために製造される。そこに意志はあるのかもしれないけれど、自然発生的なものではない。与えられた仕事を果たさせるために製造元の意向に沿って植えつけられたものだ。

 

 美優の旧式デュエルディスクにAIはいない。

 葵の最新式デュエルディスクにもAIはいない。

 

 およそ十三年という月日を隔てたふたつのAI非搭載型デュエルディスクの持つ意味は、決して同じではないだろう。

 

 不意に電子音がぴりりと鳴って、一同の意識を呼び戻す。

 

 

『メールです』とアクアが虚空につぶやいた。

 

 

 美優に軽く片手をあげてことわってから、葵は携帯端末を確認する。

 差出人は——。




※本作中の展開で鴻上博士の株が上がったりはしません。
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