いたずらのように付け加えられた一言は、葵のこころにぽたりと落ちて波紋を広げた。
照明がゆるやかに落とされ、LINK VRAINSをモニタリングするためのスクリーンが順繰りに展開していく室内で、置き去りにされるような懐かしい錯覚。波立つ感情が心臓に到達したようにどくどくと鳴り始める。
おにいさま——と動きかけたくちびるを引き結ぶ。兄は仕事中なのだ。葵は妹ではなくアクアのパートナーとしてここへ来た。きっと手伝いができると思ったからついてきたのだけれど、アクアのオリジンではないからとAiから戦力外通告を受けてしまった。
オリジンではない。
その言葉によって思い知らされるのは、財前葵は〈ロスト事件〉の被害者ではない……という、およそ幸福な事実だ。わずか六歳にして誘拐・監禁され、AIと人類が共存に至る未来を紡げと運命の輪に架けられた、無辜の受刑者たちとは違う。
葵はデュエルディスクを手のひらで覆い、そして足音を殺すように一歩、二歩と壁に近づくと、身を翻した。
(ごめんなさい。わたしはこのこと、伝えに行きます)
兄に対する謝罪なのか、あるいは草薙仁に対してか、葵のなかでも判然としない。それでも。今、行かなければならない気がしたのだ。パブリックビューイングの広場の、あのホットドッグワゴンに。
エレベーターはすんなり動いた。隠し事をするような申し訳なさ、白い嘘を暴いてしまう後ろめたさはもちろんある。決闘盤からアクアが顔を出したけれど、黙っていてくれる彼女の気遣いに甘えることにした。
玄関口で葵を送り出したSOL受付ロボットは、葵の退出時間を記録しているのだろう、
薄暗がりに街灯がオレンジ色を咲かせ始め、惜春の風は肌寒い。華奢なパンプスを急かしていた葵は、カーディガンの袖口を軽く引っ張って、現在時刻を確認した。行きつけのホットドッグワゴン〈
夕方から夜へ、春から夏へ、移り変わっていく時間とはひどく曖昧なものだ。過ぎ去ってみてようやく、何気なく通り過ぎてきた風景に後ろ髪を引かれる。今はまだ不確かな初夏の黄昏。もう一度腕時計を見下ろす。SOLの本社ビルからパブリックビューイングの広場までは、遠くはないが近くもないのだ。
たどりついた広場には人影がちらほら、モニタには〈
ああ、ここは、AIがいなくなったことで安寧を取り戻した街なのだ——そんな実感が込み上げてきて、立ち尽くす。
そんな葵にCafé Nagiの看板をしまおうとしていた店主がふと気付いて、いらっしゃい、と気安い調子で破顔した。