アバターに転送された意識が再び目覚めるとき、独特の浮遊感をともなう。一瞬の空白ののちに肉体の感覚がアバターの内側に満ちていき、擬似重力に呼ばれるように、着地。
じゃり、と砂を踏む感覚は相変わらずリアルだ。
白いブーツのつま先が音もなく荒野に触れ、つむじ風に翻る白のロングコートの裾がバランスを取るように左右対称に広がる。そのさまにライトニングとの戦いがよみがえって、Soulburnerは我知らず目を伏せた。
しかし気遣うようなPlaymakerの視線に気付いてパッと顔をあげる。大丈夫だと両手を振ってみせたが、いくぶん表情のわかりやすくなったPlaymakerを直視してしまえば取り繕った苦笑はすぐに引きつった。
(Playmaker、さすがにかっっっこいいな……)
こうして姿を見るのは実に二年半ぶりだが、Playmakerは穂村
つい気圧されてしまっていたSoulburnerは、ふと、Playmakerの視線が記憶にあるよりずっと上から注がれていることに気がついた。
『どうかしたか、Soulburner?』
「ぁあ? あ、いや……」
デュエルディスクからにょっきりと生え出してきた
隣では立ち襟を胸元まで開けたDragvelorが微笑ましげに見守っていて、リアルの仁よりも兄の翔一を思わせる頼り甲斐をまとっている。……視線はやはり同じくらいか少し高い。
「はっはーん、Soulburner、おまえアバターの
「ぅぐっ……」
『いいではないか、Soulburner! きみが電子機器に疎いのは今に始まったことではあるまい。Soulburnerは今のままでも充分にカッコイイぞ』
「おまえほんとにちょいちょい俺をDisってくるよな……!」
『不満だというなら今ここでアバターの年齢設定を調整しても構わないが?』
「ああ、もう、いーよこのままで……」
肩を落として、ため息で吐き出す。そう、PlaymakerとDragvalorが十九歳相当の青年であるのに対し、Soulburnerの外見年齢はどう見ても十六歳程度なのである。電子機器にもネットにも疎い穂村尊は、不霊夢がいなければアバターの調整もまともにできない。ログイン自体ざっと二年ぶりだ。
高校二年間を潰してログイン状態にあったPlaymakerが成長しているのは不思議なことではないし、Dragvalorは実兄が凄腕のハッカーだ。Playmakerの最強の盾であった兄の背中を追うように、大学でもプログラミングやデータベーシングの分野に身を置いている。電脳戦において門外漢であるSoulburnerとは立っている土俵からして違うのだ、Soulburnerのアバターをデザインしたのだって三年前の不霊夢なのだから。
しかし、てっきりPlaymakerのデュエルディスクに乗っかっていると思っていたAiがPlaymaker同様の細身のボディスーツ姿であることには面食らった。以前のような華美さは鳴りを潜め、Playmakerと双子でも演じるような背格好とイグニス態と変わらぬひょうきんな仕草でSoulburnerを揶揄してくる。
アカウント名は『Ai』。
そうきたか、とSoulburnerの喉が低くうなった。
「お話は終わりましたか?」
不意に空気がぬるりと揺らぎ、透明なカーテンのように空間が歪む。一同が振り向けば、不毛な荒野には似つかわしくない白い服の男が進み出た。柔らかな白髪が揺れる。
付き従うように横たわるのは《ヴァレルロード・ドラゴン》だ。ハノイの従者たちは揃って一礼する。
「お久しぶりです、みなさん。リボルバー様より
「スペクター……」
「我々が提供させていただいたデバイスは三脚のはずですが……まぁいいでしょう。こちらがSOLグループと共同で収集・解析した
わからないものはわからないですがね、と一言余計に付け加えると、スペクターは手元にデータを呼び出した。情報の渦は球体の形状を取って浮き上がる。ものの数秒で生成されたデータスフィアを指先で弾くと、蛍ほどの光の収束体が速やかに四つ進み出た。
PlaymakerとDragvalorはデュエルディスクでそれを受け取ると、手元にコンソールを呼び出して目を通し始める。
Aiはコンタクトレンズでも入れるように右目を見開いて受け入れると、ぎゅうとつぶった。
天性のハッカーたちが流れるようにデータを呑み込んでいくさまを一歩引いて見守っていたSoulburnerだったが、ついとパートナーを見上げた不霊夢が両手を伸ばしてデータ球を受け取ると、デュエルディスクに引っ込んだ。目玉だけになってぱちくりまたたく。
『なるほど、おおよその解析は終わっているのだな』
スペクターがよこしたのはLINK VRAINS全域を網羅したマップデータだ。ソリッドビジョンで三次元的に展開させれば、八割以上のエリアの解析が完了しており、二年間でブラッドシェパード・ゴーストガール兄妹がよほど勤勉にトレジャー・ハンティングに勤しんだのだろうことがうかがい知れる。この広大なLINK VRAINSをこうも調べ尽くすのは、あのふたりでもなければ難しかったに違いない。(SOLはそれだけの費用をつぎ込んだ、ということでもある)
地図によれば、ここは一般ユーザーには開放されていない未公開エリアであるようだった。SOLから承認を受けていないアカウントが踏み込もうとすれば進入禁止ペナルティ扱いで強制ログアウト処理がかかるらしい。見渡す限りの荒野には事件や事故の履歴どころか、安全確認プログラムが巡回した足跡すら見当たらない。
財前晃がPlaymakerに持ちかけた依頼は『凶暴化するNPCの調査』だったはずだ。それがイグニスアルゴリズムと同一とは言い切れない、という相談内容だった。イグニスをともなってログインさせられた座標は未開の地、となれば、データマテリアルにはない、ログデータもない未知の
「俺たちへの依頼は、ハノイの騎士にとっても最終手段というわけか」
Playmakerが念を押すように見据えたが、スペクターはにこりと微笑してみせると左手首のデュエルディスクを掲げた。
「では、移動手段としてエクストラデッキから一枚、モンスターの効果を無効にして実体化してください」
「実体化……?」
「ログインクレイドルに搭載された機能です。残念ながらわたしのデッキには機動力の高いモンスターがおりませんので、リボルバー様からお借りしていますが」
「Dボードじゃなんか不都合でもあんのか?」
「あなたのイグニスが逆風を操ってくださるというならこちらとしても助かるのですがねぇ」
Dボードには単独飛行機能こそあれ、データストームが起きれば自在に飛ぶことは難しくなる。スペクターの言葉はそのまま、データストームはまだ吹いているという示唆だ。かつてイグニスが電脳空間に創造し、LINK VRAINSの素材となった膨大な情報の渦。
ハノイの騎士も『データゲイル』というデータストーム発生プログラムを開発・所持しているが、あれは局所的な竜巻を起こすだけで長距離移動の波長は創り出せない。六体のイグニスとリボルバーにデータマテリアルを操るポテンシャルがあるとは言っても、他人が起こしたデータストームを制御するのは不可能だ。
万が一、データストームが吹き荒れることを考えれば、モンスターの背に乗るのが最も安全だろう。そのためにハノイの騎士はログインデバイスを三脚、SOLに提供していた。
クレイドルではなく遊作のデュエルディスクを媒介してログインしているAiには、モンスターの実体化はできない。
「それじゃあ俺はPlaymaker様と二人乗りかぁ……ってことは、あいつの出番だな!」
「無茶を言うな。リンクリボーはこのくらいだ」
「くっ、くりくりんくぅ〰〰〰!!」
「クリクリンクじゃわからない」
手のひらでボールを抱きかかえるような両手とともに呆れ返ったPlaymakerと悔しげに拳を握ってじたばたするAiのやりとりに、スペクターがやれやれとため息をつく。学友にあたるSoulburnerとDragvalorも、リアルじゃ毎日あんな感じで漫才をやっているとはさすがに言い出しづらくて苦笑で濁した。
雑談を強制終了させるかのように、ヴァレルロード・ドラゴンがばさりと翼を広げた。
「ああ……それでは、まいりましょうか」
スペクターが借り物の飛竜にまたがると、先導するように鋼鉄の翼が砂煙を舞い上げる。
左手首のデュエルディスクに、アースの姿は見当たらない。
▼
低空飛行する《ヴァレルロード・ドラゴン》、《ファイアウォール・ドラゴン》。その影を蹴って《
《
鞍の上に立ち上がれば視界はどこまでも広い。蹄鉄が荒野を蹴り、断続的に突き上げてくる振動に胸が躍るようだ。耳元を通り過ぎていく気流、乾燥した風が襟のなかに潜り込んでは逃げだしていく感覚。
誘われるように見上げれば、青空。
陽光のまぶしさに目を細める。ゆったりと羽ばたくファイアウォール・ドラゴンの青い腹は、空を透かす透明な窓のようにも見える。白と黒の竜、白い鳥が風に乗って旅をしている光景は、現実世界ではまず見られないものだ。
北を見れば、地平線には森林が連なっている。黒っぽく、針葉樹の群生地らしいそれは、きっと北国へ行けば似たようなものが見られるのだろう。
南に目を向ければ、街らしき建造物群が見える。Den Cityとはまるで違う大陸的な文化を表徴する城門が威風堂々といかめしい。
進む先——西の最果ては砂漠地帯で、つむじ風のなかに砂礫が混ざってきたのが肌で感じられる。くちびるにざらざらした砂の気配。鉄の蹄が大地に食い込んでは蹴り出して進む音と振動も、徐々に感触を変えている。
LINK VRAINSにログインすれば、どこへだっていける——そんな全能感に酔いしれる。
(……ライトニング。きみなら、どんなカードを選んだかな)
胸元に視線を落とす。そこには何もないが、リアルの草薙仁は、ピカリ——イグニスの〈光の
きっと彼は人類史が大好きなのだろうと、まだ見ぬパートナーに想いを馳せる。
Dragvalorを背中に乗せたレガトゥス・レギオニスは『騎兵』、馬に乗った司令官のモンスターである。古代ローマの軍隊を模しているらしい天装騎兵モンスターはみなヒトの姿をしており、ともに戦う存在として軍馬や戦象が組み込まれている。
この二年間は大学受験のための知識をやけ食いしていた仁にとって、このデッキはあまねく知性の象徴だった。
十六歳まで入院していた仁は小学校もまともに行っていないし、復学は容易なことではなかった。もちろん大学は楽しいし、生まれついての楽観的な性格がさいわいして毎日楽しく過ごしてはいる。だが、遊作と尊しか友達がいないことを兄さんに告げ口されたらまずいな……と常日頃から危惧しているくらいには、草薙仁には友達がいない。
なにせ話題が合わないのだ。雑談になって中学高校時代の話をされたら、笑顔で適当な相槌を打ちながらも手元の端末では『しゅうがく旅行 とは』『たいいくさい うんどうかい 違い』『普通 の 人生 年表』などなどの検索ワードを打ち込んでいるし、とにかく、現実世界には攻略済みでなくてはならないイベントが多すぎる。
メインシナリオを十年も進めていなかったわけだからしょうがないとはいえ、六歳〜十六歳の期間に発生するイベントを全部スキップしたせいで、
病弱なわけじゃない、健康体だ。それでも十年ぶんのブランクは深刻に四肢五体にからみつき、いわゆる『普通の人生』への帰り道を歩かせてくれない。比喩のみならず肉体にも言えることで、施設で歩行のリハビリは受けたものの、走ったり飛んだり跳ねたりまで面倒を見てもらえるわけではないのだ。LINK VRAINSにログインしてアバターから可動関節のありかを学習できたから、リハビリは思いのほかスムーズに進んだけれど。
VR空間なら、あらかじめ知っていたかのように直接、感覚機能に訴えてくる。味覚も、嗅覚も、触覚も。脳に干渉する電気信号のおかげで、失われた十年間も順調に成長していたかのようにLINK VRAINS内では思う存分動き回れる。
歴史、芸術、建築、戦術、異文化……すべてサイバースたちが教えてくれた。子供のころよりもずっとデュエルモンスターズが大好きになっていく気がする。
サイバース族のカードはイグニスたちが創造したという。ファイアウォール・ドラゴンはAiが遊作のために、転生炎獣は不霊夢が尊のために生み出したのだと聞いた。なら、天装騎兵はライトニングが仁のために作ってくれたのだと自惚れたって、バチは当たらないんじゃないだろうか。
会いたいな、と目を細める。出てきてほしい。きみに会いたい。きっと不霊夢みたいに黒くて、きっとピカリ色の模様があって、博学多識のティンカーベル。
PlaymakerとAiは『あいつ』の一言でリンクリボーを連想し、Soulburnerと不霊夢も異口同音にヒートライオを喚んでいた。エクストラデッキのなかから迷わず同じモンスターを引き当てられる、そんな絆が、いつかライトニングとの間に芽生えたりはしないだろうか——なんて、御都合主義の夢を見る。
(……勝手な期待をかけるのはよそう)
妄想を振り払うように首を振る。Dragvalorがふうとため息を落としたころには、足元はすっかり砂漠だった。
不意に、ヒートライオが後ろ足で立ち上がり、ふわりと浮き上がる。前肢の鉤爪が邪魔だったのかと思いきや、足元に何か障害物があったらしく、地上60cm程度の中空を走りはじめた。
『む、これはまだ解析していないものだな……』
「うわ、やめろって不霊夢!」
デュエルディスクからにゅるりと身を乗り出した不霊夢を、Soulburnerが慌ててかき集める。両腕でかばうようにデュエルディスクごと抱きしめると、不霊夢がつまみあげたらしいサソリのようなNPCが放り出されてこそこそ逃げていく。
捕食形態になり損ねた不霊夢は、閉じ込められた腕のなか、苦々しげに顔を歪めてみせた。依頼された調査に協力的な姿勢を見せているというのに、それをパートナーに拾い食い扱いされて邪魔されてはかなわない。
ファイアウォール・ドラゴンがやにわに高度を下げてきて、ヒートライオに並走する。
「Aiちゃんが食ってやろうかー?」
『いや、構わない』
「そーお?」
ばさりとひと羽ばたきして白と青の翼は上昇していく。
Playmakerの視線はSoulburnerに注がれたままで、いまだ低空を飛んでいるファイアウォール・ドラゴンに遠慮するように不霊夢は押し殺した声で吐き出した。
『……Soulburner。我々イグニスが生き延びるということは、常に八十億対一の戦いなのだ』
わかってくれるな——と苦言を呈するような響きにSoulburnerは耐えるように眉根を寄せた。わかっている、と、口から出てこない。頭ではわかっているのだ……と、Soulburnerはくちびるを噛んだ。
三年前、不霊夢がパートナーに接触した背景には、烏有に帰したサイバース世界の再建という願いがあった。崩壊の真相を知りたいのだという不霊夢に、協力したいと思ったから穂村尊はDen City ハイスクールへの転校を決めた。
Playmakerの活躍には目が覚めるような心地であったし、彼の存在も、かの英雄が同じ〈ロスト事件〉の被害者だという真実も、不霊夢に出会わなければ何も知らないまま無為な時間を過ごし続けていただろう。LINK VRAINSにアカウントを作ることも、都会での一人暮らしに挑戦することだって不霊夢の助力がなければできなかった。
あのまま地元にいては、腐っていく自分を止められなかった。数々の過去によって外側から構築され、アイデンティティを縛られた環境で、転生することは容易ではなかった。
〈ハノイプロジェクト〉のことは国家ぐるみで伏せられているのに、
不霊夢いわくの『ふにゃふにゃした見た目』のせいで外面から強がらなければならなかったから、不良の真似事じみた格好ばかりしていた。そんな外見と内面の辻褄を合わせてくれたアバターがSoulburnerだ。
ありのまま振る舞えるようになったのは、ほかでもない不霊夢のおかげである。
だから不霊夢に協力したいと思う。望むなら何でも。とにかく恩返しがしたいのだ。その上で、不霊夢には無事でいてほしいと願っている。生きていてほしい。しあわせでいてくれればいい。
ところが、どこかネットワークから切り離された場所へ行けば、そこで新たにイグニスの国を作って静かに暮らせるはずだ——と安易に考えていられた時代は終わった。広がり続けるLINK VRAINSはやがて、ネットワーク越しに世界という世界をつなぐだろう。七年前にハノイの騎士がサイバース世界を発見し侵攻を行ったように、どこかへ隠れたとしてもいずれ見つかるときはくる。
大航海時代は到来し、このまま世界がつながり続ければ、LINK VRAINS経由で偶然入り込んでしまう人間が現れるだろう。悪意がなくとも、侵略ではなくても。そこがイグニスの領域であることを理解しないまま土足で踏み込まれてしまう可能性を考慮しなくてはならなくなった。
かつてサイバース世界はハノイの騎士により襲撃され、その後ライトニングによって壊滅させられたが『二度ある事は三度ある』という言葉もある。
三度目の正直なんてないという約束を求めて、戦っているのだ。不霊夢も、Aiも。
そしてPlaymakerも。
「……っ、!」
不意にPlaymakerが鋭く眉根を寄せ、ファイアウォール・ドラゴンが首をもたげた。めまいのような違和感にバランスを崩しそうになったPlaymakerをAiが支える。
「どうしたPlaymake——リンクセンスか!」
「……そのようだ……」
「サイバースの鼓動が聞こえるんだな?」
耳を澄ますPlaymakerを抱きかかえるように寄り添い、Aiもセンサーを研ぎ澄ます。
Playmakerにはネットワークの気配を察知しうる第六感がある。リンクセンスと呼ばれるそれは本来オリジンとイグニスの間に発生する精神感応だが、藤木遊作のリンクセンスは有効範囲がやけに広いらしい。Aiもイグニスのなかで唯一本能を持っているのでお互い様といえばお互い様、似た者同士といえば似た者同士なのだが、Aiにもイグニスとしての矜持がある。
オリジンが目の前で自分以外が作ったサイバースと呼び合っているというのは、面白くない。
(——不霊夢!)
視線で呼べば、見下ろした先で不霊夢が首を横に振る。Soulburnerは反応なしだ。さすがに盤石の絆は、よそのサイバースに付け入る隙は与えないか……とAiは無意識の奥で舌打ちする。
さらに視線を下げれば、Dragvalorがレガトゥス・レギオニスの背中にしがみつくようにつかまっているのが目に入った。
頭痛に似て非なる、耳の奥で何かがスパークするような感覚。この違和感はそういう名前なのかとDragvalorは崩れそうな膝を支える。
「……リンク、センス……?」
「Dragvalor? 大丈夫か、Playmaker!!」
三人いるオリジンのなかでSoulburnerだけは何も感じず、おろおろと仲間を見渡す。不霊夢が鋭くAiをふりあおぐ。よほど強い干渉が発生しているのか、Playmakerも歯を食いしばるように俯いている。
ぎりりと奥歯を噛んだSoulburnerは、四人目のオリジン——上空のヴァレルロード・ドラゴンに向かって吠えた。
「どういうことだ、スペクター!」
ヴァレルロード・ドラゴンの光の翼は、しかし、高度を保ったまま何の返事もよこさない。スペクターがデュエルディスクに向かって何事か叫んでいるのが翼の隙間に垣間見える。
この状況は想定外ということか——と、不霊夢は腕を組んで押し黙り、冷静に周囲を分析する。
見渡す限りの砂漠地帯だ。スペクターにも予期できなかったということは、ここがイグニスのうちの誰が作ったエリアなのか判然としないということでもある。
もしも火山地帯であれば不霊夢の庭である。炎属性のイグニスである不霊夢はサイバース世界に火山を作り、熱を発生させた。鉄や岩を生むことで、光や地に還元した。
しかしLINK VRAINSで一般開放されるエリアは
水のオリジンが海や湖のエリアに近付けば、リンクセンスは発動しただろう。
風のオリジンなら微弱なデータストームも見落とさなかったはずだ。
大地が鳴動をはじめる。アースのオリジンは上空で戸惑うスペクターその人であり、〈地の核〉はハノイの騎士のもとにある。ここは砂漠、見渡す限り未解析のエリアであることだけが確かだ。
思考を分断するかのように砂塵は質量を持った風となって、上下左右の感覚を狂わせにかかる。
『これは……データストームではない……!』
暴風なんてものではない、爆風、激流。砂の奔流がつぶてのように叩きつけてくる。ヒートライオが咆哮し、炎のたてがみを翼に舞い上がる。
「つかまれ、Dragvalor!!」
飛べない仲間を置き去りにするまいとSoulburnerが手を伸ばしたが、蟻地獄が口を開けるほうが早かった。ヒートライオの炎は主を守るように——あるいは警戒心を映しだすかのように——煌々と燃え盛り、軍馬の蹄は足場を見失う。ぼろぼろと崩れゆく砂に呑まれぬようにレガトゥス・レギオニスがもがくが、もがくほどに砂のなかへと沈んでいく。
追いすがるようにSoulburnerが手を伸ばす。ヒートライオのたてがみの向こう側から身を乗り出して、どうにか救いあげようと名前を呼ぶ。
その手をとろうと砂嵐のなか顔をあげた、その瞬間、びしりと意識がひび割れるような錯覚に陥った。
「……ッ!!」
伸ばされたそれは、本当に
背筋が凍る。指先はこわばり、ふるえだす。Soulburnerのひとみが困惑に見開かれているのに、そこにないはずの侮蔑や嘲笑を見出している自分自身がわからない。わからない。わからない。
砂嵐に呑まれ、蟻地獄に沈むDragvalorを、これ以上は追えないとヒートライオが咆哮する。
草薙仁のトラウマか、と、Aiの舌打ちが鞭打つように鳴った。ファイアウォール・ドラゴンに二人乗りでなければPlaymakerが真っ先に突っ込んでいったのだろうが、リンクセンスの干渉で平衡感覚を狂わせている状態でそんなことをさせるわけにはいかない。
砂塵のなか、この状態では迂闊に助けにはいけない。
「Dragvalor——!!」
呼び声に答える声もないまま、意識がぐらりと遠のいていく。どうしてか伸ばされた手を取れなかった。助けようとしてくれる手を、体が怖がっている。十年間のブランクは妙なタイミングで首を締めてくれるものだと、せめて衝撃を緩和できるように丸くなった。
レガトゥス・レギオニスを先に逃がしたいと願えば実体化していたモンスターの姿も消え、Dragvalorはひとりで落ちる。砂の谷、深淵の淵に、呑まれる。
兄さんにまた心配かけてしまう——笑うしかない状況に広角は笑みを形作ってしまって、そのままそっと目を閉じた。蟻地獄の底へのフリーフォールのなか、耳鳴りが突き抜ける。リンクセンスと呼ばれていた、不可思議な感覚だ。
『——人間というものは、これだから』
愚かなのだと、どこか懐かしい声が吐き捨てる。
【次回予告】
冷たく暗い砂の海へと呼び込むように、蟻地獄が口を開ける。こっちへおいでと彼を呼ぶのは、光か、闇か。
サイバースは主を呼ぶ。創造主たるイグニスを、そのオリジンを。鮮烈なる閃光の渦が解き放たれるとき、Dragvalorは彼の原点に巡り会う——!
次回、『命限りあるもの』明日 夕方6時25分投稿。
Into the VRANS!!