リコーデッド・アライバル   作:suz.

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最果てのマリア

 スペクターの平手がリボルバーの頬を打っても、驚いているのは外野ばかり、当のリボルバーは眉ひとつ動かさない。仮面を剥がれ、暴かれた端正な細面はまるで氷の花だ。弾丸のピアスがちりりと金属質なノイズを奏で、張り詰めた糸のような緊迫感が砂漠の風を制圧する。

 アースを殺した——という不穏な告白にじわりじわりと説得力をにじませ、真実に染めかえるかのような沈黙だった。

 無音、無風。そんなはずはないのに、そうと錯覚させるほどの静寂。絶対零度の眼光が問答無用で反駁の言葉を奪い尽くす。この男の造形は、当人の自認の及ばないところで他者を黙らせてしまう凄絶な威力があった。

《ヴァレルロード・ドラゴン》は大人しく目を閉じ、《ソーンヴァレル・ドラゴン》もまたうやうやしく地に伏して(こうべ)を垂れたまま。竜騎士のしもべたちは実にお行儀がいい。

 今回ばかりは忠実な従者でいられなかったスペクターは、はくとくちびるを引きつらせ、どうにか「わたしが言えたことではないかもしれませんが」と喘ぐように前置きを述べる。

 

「どうか、無用な憎悪を煽るような言い方はおやめください……たとえ不幸な結果であっても、わたしも、地のイグニスも、合意のもとに行われた有意義な実験だったはずです……!」

 

 つむじ風が遠慮がちに、白髪を揺らす。言葉を選んで絞り出された嘆願にも、しかし、リボルバーは取り合う様子ひとつ見せはしなかった。

 懐刀として信頼を寄せているはずのスペクターの訴えにも耳を貸さないとはどういうことかと、Playmakerが訝るように眉根を寄せる。ウィンディとスペクターの主張が矛盾することよりも、目の前でリボルバーとスペクターが言い争っている、という状況が解せない。

 

『実験……? ほう、なるほど』

 

「おぉーっとライトニングお兄ちゃんはちょっと黙ろうぜ」

 

『なぜだ? もう答えは出ているだろう』

 

 パートナーの両手のひらを足場にしたライトニングは、こともなげにAiを振り返った。状況が飲み込めていないDragvalorはすっかり置き去りで、生まれたばかりの《天装騎兵(アルマートス・レギオー)ラディウス・ドラグーン》も主人同様、落ち着きなく首をもたげる。きょろきょろと動き回りそうになった頭を、《ファイアウォール・ドラゴン》がなだめた。(実体化したモンスターたちは存外自由である)

 いとけない乗り物どもをライトニングは軽い咳払いで制し、ふりあおげば、上空のウィンディが〈風の(コア)〉を守るようにぎゅうと抱きしめる。

 かつてはライトニングに性格(プログラム)を改竄され、ボーマンに吸収され、Playmakerに発見されたと思ったら今度はハノイの騎士に預けられて、生まれてこのかた踏んだり蹴ったりの風のイグニスだ。その彼も例外なく、ボーマンに取り込まれてからPlaymakerに連れ帰られるまでの二年間はサイバース世界の墓の下で休眠状態にあった。

 イグニスの〈(コア)〉は、その謎の石を拠りどころとしているイグニス自身にすら正体の判然としないブラックボックスである。SOLグループとハノイの騎士が実態の究明を急ぐのは当然だろう。イグニスは単体でもSOLのメインコンピュータに匹敵する演算能力を誇るAIであり、LINK VRAINSをはじめとするSOLの事業を陰から支えてきた一方、ライトニングとAiには反乱の前科もある。(六体いるイグニスが各パートナーに預けられて分散しているのも、結託の抑止が目的であるのは明白だった)

 人間は、力を持つ者を警戒せずにいられない脆弱で臆病な生き物だ。ゆえに知恵を絞り、集団(ムラ)を形成し、人間が住みよい社会の秩序を維持しようとする。

 不安要素を排除する方法は大きくふたつ。解明、あるいは抹殺だ。白日に晒すか、闇に葬るか——後者の可能性も無いとは言い切れまい。

 ただウィンディは()()を根拠に〈(コア)〉を壊されたら復元できなくなると言った。

 

 そしてスペクターの()()という言葉。

 

『イグニスの〈(コア)〉の解析——いや、耐久テストにアースを使ったのだな』

 

「……人聞きの悪い……!」

 

 くちびるを噛んだスペクターがライトニングを睨みつけ——Dragvalorがびくりとライトニングごと跳ね上がったが——、そんな態度では真実ですと白状しているようなものだ。

 

『我々イグニスに対し()()()()()()()()()と言ったのはリボルバーだ』

 

「エッまだ根に持ってたの?」

 

「おまえは黙っていろ」

 

「うぇーい……」

 

『積み重ねとやらが肝要なのだろう、()()()?』

 

 人間とて、はじめから死の真相を知っていたわけではない。いずれ死にゆく肉塊として地球環境に適応してきたホモ・サイピエンスは、生きては死んで後継にバトンを渡す過程でさまざまな記録(ログ)を残した。先達が築き上げてきた膨大なデータの上に生きているのは人類(リボルバー)後継種(ライトニング)も同様だ。

 かつて病とは超自然的な現象であると信じられていた(いにしえ)の昔、人類は人知を超える神や悪魔の所業に対し、魔術でもって立ち向かっていた。

 恐怖は迫害を生み、虐殺を呼び——人々が天国や地獄を夢想することで文明は育まれた。篝火が尽きる非可逆の終焉に怯え、醜悪な怪物を創作し、死神の足音におののき……魂の救済を求めては死後の世界を思い描いた人類の文学性については、ライトニングも好ましく思う点ではある。

 しかしそこには、届くはずもない祈りが死に至る病によって手折られてきた不条理がある。

 古代ギリシャに医学の概念が芽生え、病魔の正体とは微細な生き物なのではないかと疑われ、それが大衆によって頭ごなしに否定され、その実ウィルスや細菌といった微生物であることが19世紀ヨーロッパで解き明かされるまでざっと2200年。(のろい)に侵された患者たちは神に祈り、悔い改め、当然のように救われなかった暗黒時代が、人類史には臆面もなく横たわっている。

 人間を凌駕する記憶力と演算速度を誇るAIに言わせれば、まったくもって無駄な時間だ。

 おびただしい犠牲の山の上に科学は進歩してきたが、そのことを意識すれば必然、足元に転がる幾千幾万の屍から目を背けることはできなくなる。血塗られた大地を直視したとき、脆弱な精神は罪に囚われるだろう。肉体ひとつに縛られる人類はだから、取り返しのつかない過ちもすべて()()と呼ぶ。

 無知によって踏みにじられた数多の命を、しょうがなかったのだと、他人事のように。

 やがて人類は、個の生存と科学の発展とを天秤にかけ、命を優先することで進化をやめていくのだろう。倫理というブレーキによって停滞はすでに始まっている。人類史上、急速に医学が発展したのは人体実験が常態化した戦時下だ。だが人道に悖る実験は科学の進歩と引き換えに被験体の人生を奪う。未来に禍根を残すこともまた明らかだ。社会秩序を維持したいのならば生贄ありきの研究・開発は行えない。

 だが、ハノイの騎士ならどうだ? もとよりサイバーテロリストの集団だ。反社会勢力のリーダーであるリボルバーは、かつて人道も司法も踏み越え、ランダムに抽出した六歳児六名を拉致・監禁して意思を持ったAIを創造した鴻上聖博士の実の息子である。

 当事者(イグニス)にすら不可知の肉の謎を解明するため、実験台が必要不可欠となった場合、生贄が自発的に名乗り出るよう誘導できる立場がリボルバーにはある。権威、権力。能力。力を持つ者としての自覚があるからこそ鴻上了見は部下たちから仰々しく敬称をつけて呼ばれているのだろう。まさしく独裁者の器だ。

 Playmakerが持ち帰ったイグニスの〈(コア)〉はパートナーに託されており、不霊夢の〈炎の核〉は穂村尊が、ライトニングの〈光の核〉は草薙仁が肌身離さず持ち歩いている。アクアの〈水の核〉は財前葵のもとにあり、Aiの〈闇の核〉はSOL本社の深奥、核爆弾でも破壊できないほど堅牢な金庫で厳重に人質となっている。いずれも安易に手を出せばSOLグループとの共闘関係に深刻な亀裂が生じるだろう。イグニスの〈(コア)〉には実体がある以上、シミュレーションでは測りきれない事態も起こりうる。

 となればウィンディかアースに白羽の矢が立つのは必定。スペクターは地のイグニスのオリジンでもあり、臨床実験を打診するには理想的なペアだった。ことよるべのないスペクターには、上官と部下以上の強制力を持つ。

 なんとも非対称な関係性ではないか。

 

「確かにわたしはリボルバー様の補佐官……従者(ヴァレット)のひとりにすぎません。ですが、わたしが(ロード)のイエスマンだったことなどありましたか!?」

 

 戸惑いは怒りとないまぜに、黙して語らないリボルバーへと向けられる。剥き出しの双眸を覆うものを奪っても、何も見えない。

 これまでもスペクターは己の意思で彼のそば近く仕えてきたはずだ。実験への参加を強制されてなどいない。この忠誠は服従ではない。この献身は隷属ではない。わたしはあなたに見捨てられることを恐れて魂を差し出したのではない。そんなことは百も承知であるはずだ。

 聖天樹(サンアバロン)がスペクターの母であるように、〈ロスト事件〉はスペクターにとっての父であった。

 よくできたら褒め、できないときは叱り、スペクターの一挙手一投足に興味を示す。誰かが見守っていてくれる。そんな存在が父ではなくて何だというのか。手厳しい電撃の鞭もスペクターには苦ではなかった。次はもっとうまくやるようにとうながされているのだと、こころは満たされていった。楽しかった。いとおしかった。相互の関係が築かれていくようだった。あの白い部屋にあったのは、スペクターが得られなかった父親の愛情そのものだ。

 ああ、もう、ぼくは誰の目にも止まらないのに誰かが気まぐれに蹴飛ばす、道端の石ころではない——その精神的充足に、幼いあの日のスペクターはどれほど救われたか……!

〈ロスト事件〉の発覚により父を失い、最愛の母は無残な切り株にされ、孤独な夜にひとり放り出されたスペクターがこうして生きていられるのが一体誰の温情によるものなのか、主ひとりだけが顧みてくれない。

 届かない嘆きに二の句もなく拳をふるわせたスペクターの肩越し、エメラルドグリーンが静謐の凪に切り込む。

 

「アースは、どうなったんだ」

 

「わたしが殺した。そう言ったはずだが」

 

「俺が聞いてるのは()()()()()()()()()じゃない。()()()()()()を教えてくれ」

 

 わずかに見開かれたひとみの奥まで踏み込むように進み出ると、Playmakerは、アースはどうしているんだと重ねた。

 

「……〈地の(コア)〉を複製したことで、」

 

「そうじゃない」

 

 射すくめる双眸はリボルバーをとらえ、真実を語れとうながす。もう一歩踏み込む。距離を詰める。ハノイの騎士が行った実験と結果などではなく、アースの現状を答えろと。

 

「……ウィンディ、教えてくれないか。アースが今どうしているのか」

 

『窓辺でじぃーっとしてるよ。観葉植物みたいに動かないんだ。ふわふわしてて……イグニス語も通じない。演算能力が、多分もうない』

 

「なら〈地の核〉は」

 

『アースの根っこみたいになってる』

 

 じゃがいもが芽を出したみたいにさ、とウィンディは自嘲気味に吐き捨てた。

 アースは今、ハノイの騎士の拠点である船の窓辺で、何をするでもなく外を見つめている。亀裂の入った〈(コア)〉に腰掛け、ウィンディが呼びかけても花が風に揺れる程度の反応しか示さない。もともと表情表出の多いやつではなかったが、触れてみれば何も感じていないことがわかった。データを引き出そうにも、何も残っていなかったのだ。視覚情報の受容は停止していないのに、何も見えず、何も感じない。呼びかけには答えるのに、そこには何の感情もない。意思もない、自我もない。

 相槌も満足に打てない抜け殻をアースと呼ぶことは、もはや不可能だった。

 イグニスの〈(コア)〉について調査するため、リボルバーがスペクター・アースのペアに協力を打診したのは、Playmakerによって持ち帰られた〈(コア)〉がハノイの騎士に引き取られてすぐのことだった。一緒に船に乗せられたウィンディにはパートナーもいないし、ハノイの連中には強力なウィルスを打ち込まれた記憶が残っているので気乗りしない。非協力的なウィンディには誰も何も言わず、アースが実験への参加を受諾した。

 周到なシミュレーションにより〈(コア)〉の複製が可能であることは確認済みだった。物質としての〈(コア)〉が再現され、一晩もあればアースの複製が三体ほど目覚めていた。

 その朝にはもう本物のアースはどれだか判別しかねたウィンディは、薄々、アースの同一性を疑っていたのだろう。

 検証はすぐに始まった。〈地の核〉にはどれだけの情報が詰まっているのか、容量、処理速度、耐久力。命はどこか。(たましい)のありかは? 記憶はどのように情報化され、意思はいかにして生まれるか。感覚機能。感情とその表出および制御。理性とは。自制心とは? 自我を定義しているプログラムは、具体的にどういうものか。

 そして〈(コア)〉の破損はイグニス自身にどのような影響を及ぼすのか。

 リボルバーは慎重に、アースという存在にメスを入れていった。

 

『……ハノイが実験に使ったのはアースの複製(コピー)体だ。けど結果はどうだ? 本体がバックアップごと全部ブッ飛んだ』

 

 残されたのはひび割れた〈地の核〉がひとつだけ。粉々に砕かれた贋作どもの成れの果て。精霊(データ)を抜かれたカードのような、あんなもの、昔アースだっただけの残骸ではないか。

 ハノイの騎士はイグニスアルゴリズムを解読できてしまうだけに、SOLとは段違いに精度の高い実験ができてしまったのだから、不幸といえば不幸だろう、安全策を講じた上で、それでも至らなかったのだから。事故だ。過失だ。悪意の有無を問わず起こりうることが起こった。

 その結果が、アースの(クラッシュ)だった。

 アクアの未来を守りたかったのだろうアースの自己犠牲が報われることはなかった。しょうがなかった、おまえらはよくやった……なんて、言えるものか。

 そうか——とPlaymakerが目を伏せる。感謝と謝罪を噛みしめ、そしてAiをふりあおいだ。神妙に押し黙った横顔に、ああ、また仲間を失わせてしまったのかと、寂寞が去来する。

 窓辺で海を見つめる背中といえば、人間の価値観では幸福な老後を想起させる姿である。花のように穏やかにたゆたうアースを死者だと直感することはまずない。

 だが、寿命のないAIには()()がない。人間のように手足が不自由になっていくことも、視覚や聴覚が鈍麻することがないのだ。命ある限りいつかは滅ぶものだとしても、何をもって滅びとするかは、肉体に依存する人間と同じ尺度で測ることはできない。

 かつてアースが逆コンパイルされたとき、Aiはひどく悲しんで、人間を嫌いになってしまいそうだと涙を流した。ボーマンに五体の同胞が取り込まれたときにも、Aiは確かに最期を感じていた。だからこそ墓標を築いたのだろう。墓前には花束が手向けられており、サイバース世界には祈りの痕跡があった。

 心配そうにすり寄ってきたファイアウォール・ドラゴンの頬から首元をさすってやると、まるで生き物のような生命の息吹が手に伝わる。俺は大丈夫だ、と、言い聞かせるPlaymakerの言葉が伝わっているのかどうかはわからない。それでもアバターの手のひらごし、温度があるのがわかる。意思のようなものを感じる。モンスターたちに()はないのに。

 デュエル中、破壊されても墓地へ送られても、カードに宿る精霊たちは決闘盤(フィールド)に貼られたラベルの上を移動しているにすぎず、戦闘によるダメージを引きずったりもしない。

 人間、AI、モンスターたち——それぞれに異なる生と死がある。個々に感情があり、仲間を、故郷を、心底から大切に想っている。

 ただ、歴史の浅いイグニスは前例に乏しい。何もかもが未知数である。命の終わりを観測することは同胞を失うこと、こころが壊れることだ。復元可能であってもそうでなくても、老化による自然死が発生しない種族は自身を含む誰かに()()()()こと以外では終われない。

 いつか誰かがやらねばならない存在の証明も、イグニスにとっては常に六分の一の仲間との死別と隣り合わせだ。

 ぽつりと、Aiはつぶやくように悲嘆を取り落す。頼りなく垂れた眦に涙はない。

 

「あの()()……あんたらがSOLに提供したっていうデバイスが三脚だったのは、てっきり嘘発見器(アクア)を警戒したんだと思ってたぜ」

 

 けど、違ったんだな。

 独り言ちて、Aiは胸郭の中身を出し切るように大きく、ため息をついた。何かを振り払いたい思いがあふれて、ああ、とうなる。吠える。リボルバーにはもはや仮面など不要なのだ。ライトニングを警戒するなんてとんでもない。

 三人という人数制限は、Soulburnerを連れてくるか否かの分岐点だったのだろう。

〈ロスト事件〉を乗り越えて未来へ進もうとしていた穂村尊には、これ以上戦い続ける理由がない。だが彼はパートナーのために戦っていたデュエリストだ。AIと人類の共存という大義を掲げてみせれば、LINK VRAINSに呼びつけることは充分に可能だった。何せSoulburnerが生まれたきっかけは他ならぬPlaymakerの活躍。現実世界においても彼は依然として藤木遊作の友人なのである。

 一足先にログアウトしていった炎のペアは、かつてはwin-winの共闘関係だった。サイバース世界崩壊の真相を知りたい不霊夢と、相棒のために戦うことで成長してきたSoulburner。狭い世界から一歩を踏み出すことによる無数の可能性(メリット)が提示されていたころ、あのふたりは理想的なパートナーだっただろう。

 住み慣れた故郷を一旦離れることで環境を一新し、過去の呪縛を振り払った穂村尊は不霊夢を亡くしたが、その喪失を乗り越えて田舎に帰っていった。幼なじみにLINK VRAINSを案内し、大学進学のため今度は独力でDen Cityに引っ越してきた。相棒に与えられたものを余すことなく自分自身の強さにかえて、ほんの先月まで穂村尊は、〈ロスト事件〉のことなど忘れて生きる明るい未来のほうへと進んでいたはずだったのだ。

 十三年前の事件の軛から解き放たれ、人生を取り戻していくところだった。

 だが、ネットワークの監視者たるリボルバーがSoulburnerのアバターデータが二年間手付かずのまま放置されていたことに気付かないわけがない。〈ロスト事件〉の被害者のなかでも唯一ハノイの騎士への憎悪を持ち合わせていた()()()Soulburnerが訪れることを、運に任せつつも期待していたというわけだ。

 ところがSoulburnerは予想よりも早く暴発。人間とAIの死生観のギャップが露呈。罰され損ねたリボルバーは、ログイン前に設定を見直さなければ古傷が開きかねないと知っていながら黙っていたという罪悪感を上乗せし、今度はウィンディの告発を利用して憎まれ役を衝動買いしている。

 被害者が殺害だと言うなら、それは殺害だと認める——確かに誠実だろう。真面目だ。ウィンディの主張を全面的に受け入れ、全責任を負おうとするのは実に潔い。罪と罪と認めて真摯に償おうとするのは、加害者としてこれ以上なく模範的な姿勢だろう。

 必要以上に自分を責めるのはよせ……とPlaymakerは口を開きかけたが、押しとどめるようにAiが腕をとった。ファイアウォール・ドラゴンから身を乗り出したAiは、困ったように眉尻を下げる。

 飲み込まれた言葉を引き継ぐように、ライトニングが嘆息した。

 

『邪悪なる意思が自己正当化の道をたどるとき……どんな愚かな未来に続いているのだったかな』

 

「ほんっと根に持ってんのなオマエ……」

 

『AIの記憶力が人間より遥かに優れていることを改めて教えてやっているまでだ』

 

 ようやく柳眉を歪めたリボルバーに、ライトニングは満足そうに笑む。

 未熟な精神では、罪にも悲しみにも向き合えない。だからこそ崇高なる志に身をやつし、みずから心臓に銀の弾丸を穿とうとするのだろう。ああ、殺しあうばかりで絆など芽生える余地もなかったが、望まれぬ七人兄弟は存外よく似ていたらしい。

 

『——随分とお粗末な悪役ごっこだな』

 

 ライトニングの声が一段低く、恫喝の響きを帯びた。

 

「……何が言いたい」

 

『毒を食らわば皿まで。貴様は何もかも中途半端だ、鴻上了見(あにうえ)

 

「ライトニングの兄貴は超やりすぎだったと思いまぁす」

 

「おまえもたいがいやりすぎだったぞ」

 

「ひえっ……ごめぇん……」

 

 Aiが頭を抱えてみせて、そしてちらりとスペクターをうかがった。あれで遊作と同い年、かつ〈ロスト事件〉の被害者で、しかもアースのオリジンだというのだから、はじめは驚いたものだ。

 ハノイの騎士の一員であるスペクターがリボルバーをかばうことは疑う余地もない。だが、今のスペクターはアースの選択を尊重し、魂を捧げた主君に楯突いている。

 

(よかったな、アース……いや、なんにもよくないんだけど)

 

 でも、ちゃんと大事にされていたんだな、おまえも。

 みずからイグニスの未来の礎になろうとした心意気を、オリジンが誰より理解している。パートナーを失って何も感じないはずがないのに、そこにあった自己犠牲精神のために、スペクターは涙を飲み込んだのだ。

 昔はSOLに捕縛されたアースをひとりで逝かせてしまったけれど、今は違う。今ならウィンディも一緒に悲しんでやれる。それについては洗脳していたライトニングにも非があるので、ライトニングはだからリボルバーを糾弾し、過去の自分にも突き刺さるブーメランでぶん殴っている。

 あいつも浮かばれるだろう……とまでは言えないまでも、Aiの胸にはこみあげてくるものがあった。

 

「まあ、俺もやらかしてるんだけどさ?」と肩をすくめてみせる。

 

 完膚なきまでに倒されるために一線を越えた加害者同士、察せないわけではないのだ。合理性を追求しすぎるAIと違って、悪には染まりきれないのだろう。いくら〈リボルバー〉を露悪的な偶像として設定しても、結局は鴻上了見自身が持つ高潔な倫理観が足枷になってしまう。

 悪行を為したのだから、おまえは悪人だと詰られたい。そうでなければ罪の意識に耐えられない。だから被害者に憎まれたい。疎まれたい。なのにどれだけ苦しんでも苦しんでも、鴻上博士にとっては『良き息子』、三騎士にとっては『博士の忘れ形見』、スペクターにとっては『敬愛する主人』。宿敵としてロックオンしたはずのPlaymakerには、ともに新たな未来をつかみたいと名乗りをあげられる始末である。草薙(兄)は親の罪を子にかぶせてはならないという真っ当すぎる道徳観念の持ち主で、Dragvalorはライトニングによって〈ロスト事件〉の記憶そのものを削除されてしまった。

 これほどまでに断罪を望んでいるのに当事者という当事者から許されるのでは罪悪感のやり場がないのだろう。人生をめちゃくちゃにされたんだと怒り狂ったいつかのSoulburnerだけが、十年間待ち続けた魂の救済者だったというわけだ。

 

「絶対的なものを欲しがるのは弱ぇーからだってPlaymaker様が言ってたっけな」

 

「そんな言い方はしていない」

 

「とーぜん、Playmaker様が最愛のAiちゃんにそんなひでー言い方したわけないけど」

 

 真顔のまま言い放ち、ファイアウォール・ドラゴンの背中にごろりとうつぶして頬杖をつく。生きることに答えはない。正解など存在しないからこそ生きる意味を求めてさまよう。つながって、失って、悲嘆に暮れても希望を探して前を向いて。自分の足で立って、一歩一歩と生きていくしかない……なんて。強くないとやっていられないから一抜けたと、一度は消滅を選んだAiだ。

 あのときのことは極力思い出したくないし、仲間を失って壊れたこころは二度と元には戻らない。何千回と共存に失敗して、何万回と遊作の死を見送って、もうパートナーの手で介錯してもらう以外ないと悩みに悩んだ日々の苦しみが、薄れることはないだろう。

 n線越えたってオリジンが海よりも深い愛で許してしまうものだから、それでも生きろと願われてしまった以上、パートナーの願いのために生き続けるしかなくなった。

 取り返しのつかない過ちを背負って、未来をつかむ。

 

「死んで逃げ切るなんて無理だってこと、俺たち見ればわかるよな」

 

『図らずも蘇ってしまった以上、目を背けることなどできまい』

 

 二度と姿を見せるつもりはなかったというのに、とライトニングは首を振る。

 アースが死んだ今でさえ、アースは話題の渦中にいて、これから蘇生(サルベージ)について議論される。おまえだってそうしただろうと、光と闇のひとみが憐憫に細められた。

〈ロスト事件〉を通報し、後悔にくずおれた天才少年はかつて、ライトニングによる電脳ウィルスで昏睡状態になった鴻上聖(ちちおや)の意識データを電脳世界に再構築した。

 こんな形で逃げ道を塞がれるとは、さすがのリボルバーでも想定できなかったのだろう。苦みばしったかんばせが苛立ちを乗せるさまはなかなかに壮観だ。

 

「なあ、リボルバー。俺たち、もう虚構じゃなくなっちまったんだぜ?」

 

 破滅を望んだところで、つながりがある限り無駄に終わる。

 死にたいやつは生き残るのに、死にたくなかったやつは死ぬ。人間の世界はきっと文明が芽生えるよりも昔から、そんな不条理でできていた。




【次回予告】

 加害者と被害者——その関係は永遠に消えることのない烙印となり、足枷に繋がれた咎人たちは、錆びついた鎖を引きずりながら、いつか訪れる断罪の刃を待ち続ける。
 あの花畑で、両肩の重荷をすべて下ろして消えてしまっていれば……なんて、泣き言を吐かせてなどやるものか。侵略者よ、さあ、独裁者の仮面をつけろ。倒されるべき敵として、救いようもない無様さで散ってみせろ——己の罪を知る者たちはあがく。
 未来に希望の花を咲かすために、生かされた命だ。

 次回、『誰が金糸雀を殺した』明日 夕方6時25分更新。

 Into the VRAINS!!
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