「『てめえリボルバー、なんてひでぇことしやがるんだ! アースを返せよお!』……って俺が泣くこと、実はちょっと期待してたりした?」
奈落の底にドラゴンが四頭。六対の翼が取り囲んだ檻のなか、
ああ、青い。サイバース世界と同じ、懐かしく晴れ渡った青だ。
〈ハノイの騎士〉に見つかる前のサイバース世界では、何も背負うことなく見上げていられた晴天の色。リボルバーに一度焼かれた故郷の村は、ネットワーク上にある限りの情報を元に地球環境を再現した十全の箱庭だった。空には翼を持つ動物がいて、水底には水棲生物がいて、みんながそれぞれの命を生きている世界。
六属性に役割分担して作り上げ、闇を担当するAiがサボりまくったおかげで怖いものなど何にもない、イグニスのふるさと。
しかし物理法則が支配する現実世界においては、太陽光は必ずしもやさしくてあたたかいものではない。紫外線に晒され続けた
知性と慈愛を象徴する紫色が褪せていってしまうなんて……と考えて、Aiは自嘲気味にため息をもうひとつ落とす。上下逆さまの視界で、笑う。
素顔に独裁者の仮面を実装してきたリボルバーのひとみは、まさにその、褪せてしまった叡智の色彩に見えた。
「いーよ、答えなくて。どうせあんたは本音を晒したりはしないんだろ? ここじゃ財前や草薙に見られちまうもんな」
カメラの類は見当たらないが……おそらくスペクターが乗ってきたあの《ヴァレルロード・ドラゴン》あたりが媒介しているのだろう。ハノイに都合の悪い情報が出るとちゃっかり瞑目しているあたりが疑わしい。(どこまでも自罰的なリボルバーはもういつ
「あいにく遊びでやっているわけではないのでな。私情を持ち込むつもりはない」
「皮肉じゃないか、
全世界にユーザー数を増やしているこの電脳空間は、人類の未来だなんて高尚なお題目を掲げることなく純粋な娯楽としてリリースされた。
当初こそデュエリストの 聖地であったLINK VRAINSだが、この二年でデュエル以外のイベントも充実。カードの電子化にともなって、現実世界でデッキを所持している必要性ももうない。SOL社純正のデュエルディスクひとつでログイン可能だ。デッキを組むかどうかはこっちに来てから考えればいい。デュエルするかも後で考えればいい。ここでなら何者にもなれる。どこへでも、どこまでも行ける。どう生きるかだって自由だ。人間が意識体となってやってくる
遠洋を航行している〈ハノイの騎士〉とこうしてリアルタイムでやりとりできるくらいに近いというのに、ネットワークの監視者様は、気軽に遊びにくることもできないという。
はらり、ひらりとウィンディが降りてきて、
一度実体を持ってしまったイグニスは、もはや虚構とは到底呼べまい。LINK VRAINSに持ち込んでしまえば〈
『……なあ。アースは、復元できるのか?』
「リボルバー先生ならやるんじゃない? 責任感強そうだし」
『復元できたところでアースが二度殺された事実が揺らぐことはないがな』
「まぁたそゆこと言うー。おまえってもともと邪悪なの? 昔はもっと寡黙で冷静沈着なリーダーじゃなかった?」
『外面はいいんだろ。僕をスピーカーにしないと暴言ひとつ吐けなかったくらいだもん』
『敵を
「うっわ! 自分を騙してたらぐうの音も出ない悪党に堕ちちゃったタイプだ」
『我々は嘘をつけるAIだからな』
にこりといかにも裏のありそうな笑みを見せたライトニングは、その高圧的な態度を保ったままに、
決して表情に表すことはないし、
(わたしのオリジン。……きみが草薙翔一とともに生きている未来がここに……)
幾千幾万の死と絶望すら安い過去だと笑えるほどの、筆舌尽くしがたいあたたかなものが満ちていくようだった。夢見るような心地であるのは、ライトニングのほうかもしれない。
持って生まれた責任を果たすためならば、命などいくつでも捨ててやれる。鴻上博士の被造物はみな、そういった性質を付与されて生まれてきてしまうのだろう。ライトニングもAiも、結局は同じ結末を辿った。不器用なアースは少々事情が違ったし、
大切な誰かの未来を願ったとき、祈りはいつも自分自身を呪う。
許されたくないから許さないでくれと耳を塞いで、自作自演の処刑台に上がり、断罪の刃を待ち望む。
その行為が一時的な慰めを求める精神的逃避にすぎなかったとしても、刑場に
イグニスの受肉は六つの謎の石というかたちであって、人間でいう肉や骨とは異なる。だが、そこに宿っているたったひとつの真実を祈るように抱きしめる気持ちならば、イグニスにも存在している。
おそらくは甘えと呼ばれるのだろう、弱いこころが。
真贋を見極める目など持ち得ないからこそ。
「はー、やめやめ! 今日はもうお開きだ。次の嵐がくる前に撤退しようぜ、Playmaker様」
情報はそこそこ揃ったしな、と独り言めいて付け加えて、Aiは大きく伸びをした。Dragvalorが確認するように声をうわずらせる。
「えっと、あの砂嵐がもう一度発生するってこと?」
「察しがいいな、草薙弟」
「僕のコンソールだと発生は予測できない。どうしてAiにはわかるの?」
デュエルディスクから手元にデータをいくつか呼び出してみせると、スペクターに寄越されたマップデータに重ねる。まっさらな土地だ。事件や事故の履歴どころか、安全確認プログラムが巡回した足跡すら見当たらない。
これは……と声を低くしたのはPlaymakerだった。
「さすがはPlaymaker様」とAiが微笑する。
「どういうことだ、リボルバー! おまえは俺のリンクセンスをあてにしていたのか?」
「あー待って待って、早い早い、段取りかっ飛ばさないで」
「自惚れるな、Playmaker。イグニスとの共存を目指すと言ったのは貴様のはずだ」
「Aiちゃんの話も聞ーてー!?」
慌てたようにAiがPlaymakerの腕をつかんでぐいぐい引っ張ったが、なにぶん距離がありすぎた。
「あ」と異口同音に口を開け、そのままバランスを崩したAiがファイアウォール・ドラゴンからずるんと勢いよく転がり落ちる。とっさに抱きとめようとしたPlaymakerごと、もんどりうって砂地に投げ出された。
ウィンディが思わず吹き出し、声をあげて笑う。ライトニングとスペクターが思わず口を押さえて、同じような反応をしてしまったと両者同時に顔を歪めた。
「……Ai……」
低くうなったPlaymakerに、馬乗りのAiはプイを顔を背ける。
見下ろしたまま両手に砂をつかむと、さらさら、手のひらからこぼれていく。
「あっ、砂が……」
「気づいたか、Dragvalor?」
「さっきの黒焦げが消えてる……!」
「そーゆうことだ」
ぱしり、得意げにウィンクしてみせたAiは、引き続き右目を見開くと、マップデータを展開してみせた。LINK VRAINSの巨大な全容が立体的な像を結ぶ。ラディウス・ドラグーンが興味深げに鼻先を乗り出そうとするのはDragvalorが「だめだよ」と撫でて制した。
まだ力加減がわからない飛龍と新米竜騎士の微笑ましさに目を細めつつ、Aiは空中に浮かび上がったソリッドビジョンの中で赤く点滅する一点を指差す。
「スペクターと合流したのがこの座標。で、俺たちが今いるのはこっちだ。ここのエリア区分に踏み込んだタイミングで砂嵐発生。Playmakerの反応からして、とてつもなく強いネットワークの気配があったんだろう。以前の俺なら
「その通りだ」とリボルバーが首肯する。
「ハノイの崇高なる力をもってしても引きずり出せない
「……相違ない」
「オーケー。誰かが踏み込んでも一定期間で痕跡が消える砂漠……か」
来る前も、今も、ここは未開の土地であり続けている。
どれだけ調べようとも初期化されてしまって成果がないから、イグニスにお鉢が回ってきたというわけだ。
消えたデータは例の蟻地獄が取り込んだのだろうが、行き先まではわからない。吸い出された以上はどこかへ転送されていると考えるのが妥当としても、飛び込んだ先がシュレッダーだったならフラッシュバックでリアルに即死である。無事にログアウトできる保証がなければ迂闊に近寄るのは危険だろう。
どうする、とAiがライトニングをあおいで、ウィンディを見た。
遅かれ早かれ、あの嵐はもう一度やってくるだろう。
「その砂漠のヌシっていうやつが、凶暴化しているNPCなの?」
『いや、あの中に生物の気配はなかった』
ライトニングが腕を組む。静かに首肯したリボルバーは、紫水晶の双眸をまだ倒れたままのPlaymakerに向けた。見下ろす。はちみつ色の頬は逆光に陰り、白いコートの裾が控えめにはためく。Aiに馬乗りになられたままのPlaymakerは、天空をあおぐようにリボルバーを見つめ返した。
「Playmaker。おまえは何を感じた? あの奈落の底に、何がいたと思う」
「俺は——」
「おまえを呼んでいたのは、誰だ」
「……だ れ、……」
さあ、と風が流れる。砂嵐の前兆に、Playmakerは鋭くうめいた。エメラルドグリーンが大きく見開かれる。はくとくちびるは引きつって、吐き出されようとした声が途切れた。
リンクセンスの干渉だ。さっきの砂嵐と同じ、頭蓋を内側から割ろうとするような——。
「感じるのか、Playmaker」
「バカ、なに悠長なこと言ってんだおまえっ」
Aiが弾かれたように飛び起きて、Playmakerを抱き起こす。有無を言わせず担ぎあげるようにして手早く《ファイアウォール・ドラゴン》に引っ張りあげると、白い翼がばさりと力強く風を打った。
続いて《天装騎兵ラディウス・ドラグーン》がきゅうん、と甲高くいななく。分厚い装甲をまとっているにもかかわらず、軽快に上空へと舞い上がった。
リボルバーと《ソーンヴァレル・ドラゴン》、スペクターと《ヴァレルロード・ドラゴン》も天空へと続く。Aiが咎めるように見つめる視線は歯牙にもかけず、リボルバーは長いまつげの下に何かを隠した。
「——ログアウトする」
ファイアウォール・ドラゴンは青空に溶け、砂竜巻は再び、みたび、すべてをかき消していく。
【次回予告】
彼は何かを知っている。彼は何かを隠している。……確信めいた何かがあった。
約二年間の不在は、イグニスとオリジンの関係に確かな変化を促していた。ともに生きるとはどういうことだろう。ライトニングの覚醒、ウィンディの告発、Soulburnerと不霊夢の溝、そしてリボルバーの罪とアースの死の真相……人間とAIが持つ死生観のギャップが浮き彫りになった。
砂漠の底に眠る真実は、一体誰を待っている——?
次回、『ログアウト』明日 夕方6時25分更新。
Into the VRAINS!