「洸希!帰ろう!」
「ちょっと待ってて、すぐ準備するから」
「あと10秒ね、9、8…」
「無茶言うなって」
そう言いながら、荷物を鞄に詰める。
琴美と再開してから一週間程。
俺たちは昔のように、毎日一緒に帰るようになっていた。
「やっぱり可愛いなあ…木原さん」
「未崎のやつが羨ましい…どうやって仲良くなったんだろうな?」
「なんでも幼馴染らしいぞ…」
周囲の会話が聞こえてくる。
俺と琴美が幼馴染なのは誰にも話していないのだが…
「お待たせ」
「遅いぞー……どうしたの?難しい顔して」
「噂って、どこからどうやって広まるんだろうな」
「……言われてみれば確かに、気になるね」
そんな話をしながら昇降口へ向かう。
話題は何度か変わったが、会話のネタは尽きる気配もなかった。
(やっぱり、こいつと一緒にいると楽しいな)
あの頃からそうだ。他にも友達はいたけど、琴美といる時間が一番だった。
「そうだ、洸希」
「うん?」
昇降口に着いて靴を履き替えていると、琴美が新しい話を振ってくる。
「明後日土曜日だよね。空いてる?」
「空いてるけど…それって」
「うん、久しぶりに二人で遊びに行こうよ」
いいでしょ、と言って笑う。
俺としてはすごく嬉しい。
あの頃みたいに遊べるのも嬉しいし、こんなに可愛い女の子と二人で出かけるのも……
……あれ?
これってもしかして
「ああ、いいよ、行こう」
「やった!じゃあ10時に駅前でいいかな?」
「うん、わかった」
嬉しそうに笑う琴美。思わず見とれてしまう。
同時に、俺の頭の中はある事実に気がついてしまったことで少々パニクっていた。
(これってもしかして、デートってやつでは?)
少なくとも俺は、こういうのはデートだと思ってる。
こんな可愛い子と二人で出かけるのも、琴美とデートすることになるのも予想してなかった俺は、思考がまとまらなかった。
「洸希?どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
挙動不審になった俺を、琴美が心配そうな目で見つめてくる。
本人はこれがデートだって気がついてないのだろうか。
(気がついてないんだろうな)
……同時に、先週の琴美との会話の記憶が蘇ってくる
──『お前はどうなんだよ。気になってるやつとか、いるのか?』
『私は……いるよ』
『い、意外だな』
『うん、結構前から』
──琴美には好きなやつが…いや、好きとまでは言ってないか。好きかもしれないやつがいるはずだ。
「……」
パニックのようなものからは脱出できたが──別の感情に囚われる。
自分でも何なのかわからない。こんな感情になったのは初めてだ。
「……洸希、さっきから変だよ。もしかしてホントは嫌だった?」
「そ、そんなことないぞ。ただ…楽しみなんだよ」
「えっ?」
「だって、二人で遊ぶなんて3年ぶりだし…嬉しいに決まってるだろ」
「……そっか、よかった」
安心したのか、また嬉しそうに笑う。
ここ最近琴美の色んな
今だって、隣を笑って歩く琴美にドキドキしている。
「約束、絶対忘れないでね。楽しみに待ってるから」
「当たり前だろ」
「絶対だからね」
何度も念を押してくる琴美。
「いやわかってるって」
「それならいいんだけど…あっ、じゃあね」
話しているうちに別れの場所まで着いてしまったようだ。
「じゃあな」
いろいろと気になることはあるけど、とりあえず明後日のデー…外出を楽しみにすることにしよう。
──次の日
琴美との約束を翌日に控えた俺は、一日中落ち着かなかった。
授業にも集中できず……6限に至っては先生に注意されてしまった。
「──ねえ、洸希、聞いてる?」
「えっ、あ、何?琴美」
「どうしたの?さっきから呼んでるのに」
「ご、ごめん」
いつもの帰り道。
朝からずっとこんな調子だった。
隣に琴美がいる今は、特に落ち着かない気がする。
「……やっぱり、嫌だったの?」
「な、何が?」
「明日、私と出かけるの」
「そんなことない!」
むしろ、すごく楽しみだ。
「それならいいんだけど……今日の洸希、変だから」
「いやその……昨日の夜、眠れなくて」
「そっか」
安堵の表情を浮かべる琴美。
……明日はなるべく、自然体でいよう。
「……洸希」
「何?」
「私、明日のことすっごく楽しみにしてるからね」
そう言って、琴美は満面の笑みを浮かべた。
「あっ…」
それは昔、何度も見た表情だった。
俺と2人で遊んでいるとき、こうやって笑っていた。
それでいて、再開してから見せてくれた笑顔の中で、一番綺麗なものだった。
「っ……」
「洸希?」
「あ、えっと……」
顔が熱くなる。
言葉が出ない。
「……俺も、楽しみにしてる」
なんとか、気持ちを口に出せた。
「そっか」
琴美がまた、笑う。
──気のせいか、頬がうっすら桃色に染まっているような気がした。
「あのね…洸希」
「うん」
琴美は、本当に嬉しそうな笑顔でこう言った。
「……明日は、最高のデートにしようね!」
「えっ…」
「あっ、着いちゃった。また明日ね!」
そう言って、別れ道へ去っていく琴美。
俺はその場で、呆然としていた。
──『明日は、最高のデートにしようね!』
琴美もこれがデートだって分かってるのか?
でもあいつにはもう気になってるやつがいて…
でもデートしようって言ったのは琴美で…
「なんなんだよ、これ」
思わず口に出てしまった
琴美の考えもだが──何より、俺のこの感情。
さっきからずっと強まっているこの感情がなんなのか、自分でも全く分からなかった。
……ひとまず、帰ろう。
帰ってから考えよう。
──「ただいま」
「おかえり、洸希」
家に帰るとなぜか母親がいて迎えてくれた。
確か今日は仕事で遅くなると言っていたはずだが…
「母さん、今日は遅くなるって」
「それが予定より仕事の進みが遅れて…明日会社に泊まって作業することになったの。明日から大変だから今日はもう帰れって」
「…大変なんだね」
「ごめんね、また洸希一人にしちゃって」
「大丈夫だって、もう子供じゃないんだから」
父親は出張でいないので、明日からまた一人か。
……子供の頃はよく、「ひとりにしないで」って泣いてたっけ。
特に小二の頃、誕生日を一人で過ごすことになった日は…
「あっ…」
「どうしたの?やっぱり寂しいんじゃ」
「いや大丈夫だから、部屋戻る」
「ごめんね、ご飯代は置いてくから」
俺は二階の自分の部屋に戻った。
そして、あの日──小学2年の頃の誕生日の日を思い出す。
誕生日を一人で迎えて悲しかった俺は、前日の夜からその日の朝まで大泣きしたが、学校ではいつもと同じように振舞った。
泣き虫だとか弱虫って思われたくなかったんだ。
……そして、放課後はいつものように琴美と遊んだ。
その日は、公園で当時流行ってたヒーローの真似をして遊んでいた。
思えば、強いヒーローになりきって悲しみを紛らわせたかったのかもしれない。
『はー、つかれたなー』
『……こうき』
『なんだよ、ことみ』
『がまんしてるでしょ』
『……えっ?』
そのときの衝撃は、くっきり思い出せた。
なにせ──
『きょうのこうき、すっごくかなしそうなかおしてる』
『そんなことねえよ!』
『だれにも、いわないから』
『だからなんでも』
『いいから、はなしてみて』
──隠してた感情を、あっさり暴かれたんだから。
『きょうたんじょうびなんだ。なのにとうさんもかあさんも、しごとで』
『そっか……』
泣きそうになるのを、ギリギリの所でこらえていた。
『じゃあ、わたしといっぱいあそぼ!』
『ことみ……』
『いっぱいあそべば、かなしいのもわすれちゃうよ!』
『……うん!あそぼう!』
『じゃ、さっきのつづきからね!いくよ!』
──それで、暗くなるまで遊んでて、迎えに来た琴美の母親にめちゃくちゃ怒られた。
でも、確かにその日は最高の一日だったってそう思えた。
「……どうして」
思い出して、また思わず呟く。
なんなんだ。さっきから胸が締め付けられるような、この気持ちは。
琴美のことを考えていると、心臓の鼓動が異常に早くなって、幸せな気分になって、でも胸は痛くて。
──琴美と話がしたい。
笑顔が見たい。
今すぐ会いたい。
その日は最後まで、この幸せなのか苦しいのかわからない気持ちで張り裂けそうだった。