聖剣伝説3逆行   作:畑中

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10話:ローラント奪還

 

 

 

 

 

 

 明朝、まだ暗闇の中ホークアイたちとアマゾネスたちは城攻めの準備を万端に、眠りの花畑に集合した。

 ジョスター王や非戦闘員たちも見守る中、リースが硬い顔でアマゾネス全員の前に立つ。

 

「落城したあの日……多くの同胞がその命を散らしました。今日はその怒りと悔しさを糧に、我が祖国ローラントの誇りを取り戻す日です。しかし無駄に命を奪い、私たちの手まで血に染める必要はありません。復讐はまた新たな復讐を生むでしょう。私はこれ以上、ローラントの土に血を染み込ませたくない」

 

 と、リースが朗々と響く声でアマゾネスたちに語り出す。アマゾネスたちの手前、作戦指揮はリースが執ることになっていた。アマゾネスたちは真剣な表情でリースの激励を聞いている。

 アマゾネスたちの士気上げはリースに任せて、ホークアイは隊の列から離れた場所にいるイーグルとアンジェラに向き合う。

 

「じゃあ、ジン、イーグル、アンジェラ。打ち合わせ通り、日の出と同時に」

『はいな!お任せ下さい、ダスー』

「こっちは任せてちょうだい。終わったら、あたしたちもすぐに追いかける」

 

 と、アンジェラと、イーグルの真上に浮き上がっているジンが答えた。

 眠り草の花粉をローラント城へと飛ばすという作戦上、風の精霊ジンをその身に憑かせているイーグルは花畑に居る必要がある。イーグルだけでも作戦決行には充分だが、イーグルが花畑から城で合流するまでひとりになってしまうので、案内役としてアンジェラが行動を共にすることとなったのだ。

 案内だけならアマゾネスの誰かでも構わないが、正直なところ、万が一何かあったときに心許ない。ローラント城の内部を知っている記憶持ちの三人のうち、ホークアイが残るのは論外だし、シャルロットはイーグルを除くとたった一人のヒーラーであり、結果的には消去法でアンジェラしかいなかった。残りの全員は日の出までにローラント城の近くに待機し、ナバール兵が眠ったのを見計らって城へと攻め込む手筈である。

 

「頼むぞ、ホーク」

 

 と、イーグルがいつになく真剣な眼差しでホークアイを見据えた。当事者として、ローラントの奪還を最初から見守られないのが不服でも不思議はない。ナバールの仲間たちの様子や処遇が一番の懸念だろう。ホークアイは不安を隠して「……ああ、任せろ」と口角を上げて見せた。

 だがイーグルは不自然さを見咎めて、ホークアイの背中を軽く叩く。

 

「そんなに緊張するな。昨日のお前の魔法は完璧だったよ」

「昨晩は眠り草の花畑の中で、木属性のマナの場が整ってたからな。城の中でも同じというわけにはいかないさ」

「なんだ、今から出来なかった時の言い訳か?そりゃあ出来るもんも出来んな」

 

 というイーグルの煽りを、ホークアイは肩をすくめて躱す。だが、イーグルの言う通りだ。出来る出来ないではなく、やるんだと覚悟を決めるしかない。

 隣のアンジェラが「なーに、ホークアイ、魔法を使おうとしてるの?」と口を挟んだ。

 

「コツを教えてあげるわ。確信を持つことよ、自分ならできるって。じゃないと、マナも力を貸してくれないわ」

 

 と、長いまつ毛を瞬かせてウインクを送ってくる。

 かつて一度目の旅に出る前のアンジェラは魔法が使えない王女という出来損ないのレッテルを張られ、自分でも自らを無能だと思い込んでいた。魔法が精神状態によって大きく左右されることを、アンジェラは身を持ってよく知っている。

 

「……アンジェラが言うと、説得力あるなー」

 

 ホークアイが呟くと、アンジェラは不機嫌に「うっさいわね」と声音を低くした。

 

 いつの間にか激励を終えていたリースが槍を空高く掲げ、「出発!」と声を上げると、アマゾネスたちもそれに倣い「応!」と槍を掲げ、列をなし花畑を出てまだ暗いバストゥークの山道を登り始める。リースのアマゾネス団長らしい勇ましい姿を初めて見たデュランやケヴィンは「かっけー」と感嘆しながらそれに続いた。

 

 

 

 ホークアイたちはローラント城のすぐ傍に潜みながら、太陽が水平線に顔を出すのを見守った。中腹にある花畑よりも城は標高が高いので、花畑から日の出が見えるのはホークアイたちより少し遅れる。

 

 太陽が水平線を離れた時、不思議な風が強く吹きつけた。風はそのまま城中を巡るようにぐるぐると吹き上がり、警備のナバール兵たちは突如がくりと頭を落とし、ばたばたとその場に倒れていった。

 同時にリースの号令でアマゾネス軍は城へと突撃する。

 難なく城門を突破し、城の内部へと突き進んだ。出くわすナバール兵は皆深い眠りに落ちており、戦闘と言える戦闘は今のところ一切ない。

 

 作戦会議で、ナバール兵は極力殺さず捕虜として捉えることは、アマゾネスたちを説得するまでもなく自然と決まった。ナバール兵たちが魔術によって操られているだけであることは、アマゾネスの全員が既に承知している。

 だからと言って身内を殺された恨みは割り切れるものではなかろう、とアマゾネスたちの心境を考えればホークアイは身をつまされる思いだったが、アマゾネスの部隊は文句もなく眠ったナバールの兵士たちを拘束していった。

 

 慎重に城の要所要所に足を広げるが、城の内部にまでは花粉は届かない。屋内を進むと、眠っていないナバール兵が現れた。

 完全に自我を失って美獣の駒と化している彼らは騒ぐこともなく、侵入者の排除という命令に従って機械的にアマゾネス軍に刃を向けた。

 

「仕方ありません、応戦します!」

 

 と、リースが槍を構えるのに倣い、アマゾネスたちも槍をナバール兵に向ける。

 

 戦いになった場合は殺害も致し方ない、とホークアイも作戦会議の段階で合意していた。ナバール兵の拘束を優先して、アマゾネスたちを危険に晒してしまうことだけは避けなければならない。

 美獣に操られている彼らには降参も退却も選択肢になく、命がある限り戦い続けてしまうので、拘束するのは殺すよりも遥かに難しいのだ。

 結果的に、かつての旅路のローラント奪還の際は、少なくない数のナバール兵が命を散らした。

 

 あくまで、かつての旅の話だ。ホークアイは決意を新たに、アマゾネスたちの間を縫って先頭に出た。

 

「一旦、俺に任せてくれ」

 

 昨夜の感覚を思い出しながら、ホークアイはマナの流れを探り魔力を練った。ホークアイは魔術を操ることに慣れていないし、クラスチェンジも成したばかりで、本来ならば実力以上の魔法だ。昨夜は木属性のマナの土壌も揃っていたが、この城にはジンの力が強く働いていて環境に頼ることもできない。

 しかし、ここでホークアイが成功させねば、この同郷の男に待ち受けているのは死だ。

 

 虚ろな目をしたナバール兵が刃を振りかざし、ホークアイに向かって駆ける。その刃が届く前に、ホークアイの詠唱が完了した。

 

「……微睡みの花よ、かの者に休息を。スリープフラワー」

 

 ホークアイの詠唱と同時に、ナバール兵の周囲に花びらが舞い落ちる。ナバール兵は声もなく膝から崩れ落ち、磨かれた床に倒れ込んだ。ケヴィンが感嘆の声をあげ、デュランが口笛を吹く。

 成功するかどうかは五分だろうと思っていたホークアイは、安堵で大きく息を吸った。緊張と集中でいつの間にか呼吸を忘れていた。

 

「よし、彼を拘束してくれ」

 

 ホークアイが促すと、アマゾネスたちが眠っているナバール兵をロープで縛り上げた。ひとりでも多く、ナバールの仲間の命を救うことができて良かった。しかし、今回眠りの魔法が成功したからといって今後も成功できるとは限らないし、連発すれば魔力も尽きる。戦いになったら、殺さねばならないことに変わりはない。

 

「ここから先には花粉が届かなかったようですね」

 

 と、リースが口惜しそうに言った。アマゾネスたちを振り返り、槍の尻をカンと音をたてて床にぶつけた。

 

「上層に進めば、魔物も召喚されているそうですので、確実に戦闘になります。ここから先は、打合せ通り第一部隊のみで進みます。第二部隊は屋外の一掃、第三部隊は捕虜と城壁の見張りに就いて下さい」

 

 リースの号令に殆どのアマゾネスたちは応と返して引き返して行った。鍛えられたアマゾネスの中でも屈強な部隊が残り、ホークアイたちと共に城の廊下を進む。

 

 シャルロットがホークアイの足元にまとわりつき、「ホークアイしゃん、さっきのまほう、すごかったでちね!」と誉めちぎった。

 

「ひかりのクラスチェンジこうかが、はやくもあらわれてまち!いつのまに、あんなまほうをおぼえたんでちか?」

「昨夜、練習したんだよ。ほら俺って何でもやればできる子だから」

 

 ホークアイが調子に乗ってピースを作って笑うと、シャルロットは「さっすがホークアイしゃん、きようびんぼうでち」と感心した。後ろからデュランが「それ悪口じゃね?」とぼそりと言う。

 

「ほらほら、またでばんでちよ、ホークアイしゃん!」

 

 シャルロットの言う通り、廊下の奥にはナバール兵の姿が見える。ホークアイは覚えたばかりのスリープフラワーを駆使し、出遭うナバール兵たちを悉く眠らせていき、戦闘を回避していった。

 

 更に城を上へ上へと進むと、美獣が召喚した魔獣の数々がホークアイたちを出迎えた。

 部隊の後ろで暇を持て余していたデュランやケヴィンは魔獣の出現を歓迎して声を弾ませる。

 

「漸く戦えるぜ!」

「ホークアイ、下がってて」

 

 と嬉々として前線に立つので彼らに魔物たちの始末を任せることにして、慣れない魔法の連発で疲労が溜まりつつあったホークアイは、一歩下がってナバール兵を眠らせる役目だけに集中した。

 

 デュランたちが生き生きとする一方、リースは顔を真っ赤に染め、槍を握り締めて激怒した。

 

「私たちの城に、こんなモンスターたちを彷徨かせるなんて!許せない!」

 

 リースにとってはこの城は生まれ育った家だ。こんな形で土足で荒らされては、その怒りは最もだ。

 今やナバールの要塞もこの城のようになっているのだろう、とホークアイは残してきた故郷を想う。大切な我が家をこんなふうに魔物だらけにされても、何も感じなくなってしまった仲間たちを想う。

 

 魔物とナバール兵は仲良く同時に現れることもある。魔物同士がお互いに攻撃し合わないように、魔物は何故かナバール兵を襲わない。魔物たちが美獣らによって躾けられているのか、闇の魔術に操られた人間は何かしらのマーキングを授かるのかは知らないが、それはホークアイにとっても都合が良かった。眠らせて縛り上げた後、その場に放置していてもモンスターに捕食されたりはしないということだ。

 

 

 

 そうしてもう何人のナバール兵を眠らせただろうか。手持ちのクルミも底をつき、魔力もそろそろ限界が近い。前回よりもかなり疲弊していて体が重い。

 

 だがここまで、誰も殺さなかった。ナバールの誰も死ななかった。ナバールの仲間たちを眠らせる度に、残り少ない魔力が減る代わりに安堵が心に降り積もる。一度目の旅路ですり減った心の傷を、この旅路で救えた命が埋めてくれる。

 

 精神的な充足が身体的な疲労を凌駕してランナーズハイのような高揚感と共に城を駆け上がっていると、久しぶりに外に出た。

 随分高いところまで登ってきた。見上げると、もう最上階だ。

 

 そういえば前回は、ここに血まみれのリースが倒れていた。

 あの時、彼女は満身創痍の身体を引き摺ってまだ戦おうとしていて、それをホークアイが止めた。

 

 あの時、彼女は誰にやられたのだったか。

 それに思い当たった時、部隊の後方から爆発音が響いた。後方のアマゾネスたちから悲鳴が上がる。

 

「奇襲……?!総員、離れて!」

 

 リースの指示が鋭く飛ぶ。

 煙が風に流れていくと、ビルとベンが現れた。前回、リースをやった彼らだった。爆発にやられたアマゾネスたちがビルとベンの足元に伏している。

 

「エリオットを拐かしたニンジャたち……みんな、後退!」

 

 リースが憤怒を浮かべながらも、ホークアイに前を譲るようアマゾネスたちに指示を出す。モンスターでなくナバール兵相手なら、スリープフラワーの出番だからだ。

 

 ビルとベンはホークアイの姿を見ても、他のナバール兵たちと同じく僅かも動揺しなかった。

 

「ふん、この騒ぎはお前らの仕業か」

「ニンジャ軍と魔物どもを倒してここまで登って来た連中だ、油断はするな、ビル」

「ふむ。一理ある」

 

 しかしビルとベンはまるでナバールにいた頃と何も変わりがないかのように、お互い気安く声を掛け合っている。だがその眼光はぼんやりと虚ろで、目の前のホークアイにもまるで反応しない。

 美獣の魔術によってあの女の傀儡と成り下がりながらも、その言語能力は失っていないのが不思議だった。ナバールの中でも特に凄腕の二人だから、他の茫然自失の兵たちとは魔術のかけられ方が違うのかもしれないが、ホークアイにはわからない。

 

 ホークアイはスリープフラワーの魔法の構築を心の中で始める。この短時間に何十回と繰り返して、段々と慣れてきた。

 イーグルの合流が間に合わなくて良かった。こんなビルとベンを、イーグルに見せたくはなかった。

 

「眠りな、スリープフラワー!」

 

 まだ魔法の対象を複数にすることはできない。前方にいたビルの周りに桃色の花弁がひらひらと舞う。眠りに落ちゆっくりと膝から崩れる相方を、「ビル?!」とベンが咄嗟に支える。

 

 間髪入れずにもう一発打てればいいが、多少慣れたと言ってもホークアイは初心者だ、そうもいかない。ホークアイが二発目の魔力を練り上げている間に、分が悪いと察したベンは、舌打ちしながらビルを抱えてどろんと煙を出して消えた。

 

「待ちなさい!」

 

 と、リースが隊列から飛び出して奴らの影を追いかける。怒れるリースは向こう見ずな一面があって、相変わらずイーグルによく似ている。普段は涼しい顔をしながら先にブチ切れるのはいつだってイーグルで、ホークアイはいつだってその背中を追いかけていた。

 

 残ったアマゾネスたちも倒れた者を介抱する数名以外はリースを追いかけて走り出し、仕方なくホークアイたちも続いた。

 

 

 

 ベンたちが逃げた先の扉を通ると、石畳の狭い部屋の中に出た。灯りのない暗い部屋の奥に、ベンがビルを抱えて立っている。

 

 その奥で、ドラゴンの頭を模した門がまるで生きているかのようにぎょろりと目を動かした。門の形をしているが魔獣の一種で、ジェノアという。

 その大きく開いた口の中で、ぼっ、と音を立てて禍々しい炎が煌々と燃え始めた。城の先に続いているようには見えないその中から、黒い魔物がぞろぞろと現れる。

 次々と炎から現れる魔物たちの姿で、道中で倒してきた魔物たちもこの門に召喚されて城を徘徊していたのだと分かる。この門口の先に繋がっているのは、恐らくは魔界か。

 

 門のすぐ横で、ベンが「おいビル、起きろ!」とビルを叩き起こそうとしている。この場面だけ見れば、まるでナバールにいるみたいだ。

 

「う……なんだ、何が起こった?」

 

 ちょっとやそっとの刺激では起きないはずだが、ビルは目覚めた。まだぼんやりしていたようだが、ベンにピシャリと叩かれてハッとして、武具を構え直しホークアイを睨んだ。

 

 シャルロットが「ぶう!かかりがあまかったみたいでちね」と丸い頬を膨らませる。

 

「まりょくぶそくか、もともとあいつらのじょうたいいじょうたいせいがたかいか……」

「どっちでもいい、やることは同じだ。ありったけの魔力を込めて、より深く眠らせる」

「クルミはもうないでちよ。まりょくののこりは?」

「搾り出すさ」

 

 

 門の上部にある一対の眼球がギョロリとホークアイたちを見て、その大きな口の炎の勢いを激しくした。魔界の風が門を通り、低い音を部屋中に反響させる。まるでそれは声帯を持たない魔界の門ジェノアの叫喚のようである。

 その叫びを皮切りに、雑魚モンスターたちが一斉にホークアイたちに襲いかかった。道中の魔物たち同様、それらはビルとベンを素通りし、魔物の後を追うようにしてビルとベンも動いた。魔物の背後に隠れてその姿は見えなくなる。

 

 雑魚モンスターが飛び上がってホークアイに牙を剥く。その喉元を短刀で掻き切って、勢いのままくるりと宙を回って魔物の背後に隠れて奇襲を狙っていたベンを蹴り飛ばす。蹴り飛ばした先のビルがベンを受け止め、得意の連携を潰されて苦々しく顔を顰めた。

 

 同時に門の中の炎が意思を持ち鬼火のような球となって、ホークアイたちに飛んだ。ジェノアの放った炎の下位魔法である。

 ケヴィンはシャルロットを抱えて横に跳んで、そのファイアボールを避ける。

 デュランは皆を守るように前に出て、火球を剣で叩き落としながら「ちっ」と舌打ちした。

 

「話が違うぜ!作戦会議でのお前らの話じゃあ、まずはこの雑魚を召喚する門型のヤツ、そのあとで双子のニンジャって話だったろ!」

「俺たちの数が多いんだから、向こうさんも数合わせてきても不思議じゃないさ」

「それにしても、雑魚、多すぎ……」

 

 経験値が積めると魔物との遭遇を喜んでいたデュランとケヴィンでさえボヤく数だ。雑魚と炎に気を配りつつ、凄腕のニンジャであるビルとベンを相手にしなければならない。

 

「あの門がある限り、雑魚は倒しても倒してもキリがない。ビルとベンは俺に任せて、みんな、門の破壊を優先してくれ。シャルは全体の保持を。リース、アマゾネスに雑魚を任せてもいいかい?」

「わかりました。アマゾネスのみんなは雑魚モンスターに専念して、ヤツらをホークアイさんに近づかせないで!」

 

 と、黒い影の魔物シェイプシフターを長槍の一薙ぎで弾き飛ばしながら、リースがアマゾネスたちに指示を飛ばす。アマゾネスたちはリースに従って、召喚された魔物たちを相手に迎え打つ。

 

「こんかいはにんずうがおおくて、かいふくがたいへんでち……クルミもホークアイしゃんがばくばくたべちゃったし、せつやくぎみでいきまちから、そういん、おおけがはきんしでちよ!」

 

 と、シャルロットもフレイルを構えて剣呑に全体を睨んだ。

 

 

 

 ホークアイと対峙したビルとベンは目配せだけを合図に石畳を蹴り左右に別れ、苦無を投げると同時にその苦無を追いかける。苦無は布石、避けられてもいいし弾かれてもそれでよい。苦無を対処したところへの両側からの追撃が本命だ。よく知っている。

 

 ホークアイは角度に気をつけながらそれぞれの苦無を短刀で弾く。ビルの放った苦無はベンに、ベンの放った苦無はビルに飛んでいく。彼らは同じ顔でぎょっとしながら横に跳んで苦無を躱し、一度距離を取る。

 

 そう、ビルとベンの戦い方ならよく知っている。美獣の傀儡となった今の彼らは覚えていないのだろうが、ナバールで飽きるほど訓練に付き合わされたり、幾度も仕事でチームを組んだ身だ。

 それに、前回の旅路でも二度に渡って命をかけて戦った。操られたビルとベンと刃を交わすのはこれで三度目だ。彼らはナバールでも随一の武闘派で、闇の力を得てから更に強さを増したが、一度死んで戻ってきたホークアイにとっては今や負けるわけもない。

 

 連携がことごとく読まれて、ビルとベンは苛立ちながら印を結び始める。闇の邪法の印だ。

 合体して力技に頼ろうとするのは苦戦した時のお決まりパターンで、思ったよりも早いが予想通りだ。そして合体には隙ができる。

 

 先ほどから密かに練りあげていた魔力を手のひらに集める。さっきの眠りは浅かった。

 もっと深く、三日は起きられないくらいに、もっともっと深く。ありったけの魔力を集めて、眠りの魔法を形作る。

 

 合体直前の隙だらけの双子の片方に手のひらを向け、魔法に変換した瞬間だった。

 背中に衝撃。続いて燃えるような痛み。魔法に集中してジェノアの放ったファイアボールに気付かず、その一つがホークアイに当たった。

 それでもかろうじて魔法として発動させるが、練ったほとんどの魔力は宙に霧散してしまった。魔力は桃色の花弁となって舞うが、ほんの数片。ビルやベンを寝かせるには足りない。

 だが合体を邪魔する程度の妨害にはなったらしい。ベンがふらふらと頭を揺らし、ビルにしっかりしろと怒鳴られている。

 

「すみません、ひとつ弾き損ねました!大丈夫ですか?!」

 

 と、リースが雑魚を切り捨てながら声を張りあげる。それに「気にするな!」と返しながらホークアイは回復を受けるために下がった。

 シャルロットのヒールライトが背中の火傷を癒す。節約すると言っていた通りいつもよりマナが薄く、痛みが少し残るが、動作の邪魔をするほどではない。さすが魔力の調整が上手いな、と舌を巻く。

 

「ホークアイしゃん。いまの……」

 

 と、シャルロットは心配そうに眉を顰めてホークアイを見た。頷き返す。

 

「……ああ。今ので打止め。魔力切れだ。もう眠らせられない」

「どうするつもりでちか?」

「どうしようもない。倒すしかない」

「だめでち。それって、ころすってイミでちょ」

「仕方ないさ。生かして拘束できるほど簡単な相手じゃない。多少の怪我程度じゃ止まらない」

 

 美獣によって、彼らは壊れるまで動き続ける人形と化しているのだ。生かしたまま行動不能にするのは、殺すよりもはるかに難しい。

 

「それでもだめでち。ホークアイしゃん、まえのときも、あいつらころしちゃってがっくししてたじゃないでちか。シャルロットは、もうあんなホークアイしゃんはみていられないでち。あのふたご、ホークアイしゃんのかぞくなんじゃないでちか?」

「家族、だからこそだ。俺があいつらを止めないと、あいつらは君たちを傷つける。何より大事な君たちを。家族だからこそ、そんなことをさせるわけにはいかないんだ」

 

 覚悟なら、ずっと昔、この二度目の旅が始まる前に一度決めている。

 あの時のことはありありと思い出せる。真昼の砂漠の空の青さ、焼けるような気温、汗ばんだ肌に貼り付く砂、ジェシカが生贄にされるという焦燥、感情の欠落したビルとベンの顔。操られているだけの旧友たちに致命傷を与える覚悟ができず中途半端な攻撃を繰り返し、後衛の仲間たちをも危険に晒した。そうして漸く、覚悟を決めることができた。

 

 シャルロットの止める声を無視して戦線に戻る。ほんの少し目を離しただけなのに、ビルがいない。ベンは武具を構えて、警戒しながらホークアイと一定の距離を取りつつ横に移動する。

 ジェノアの揺れる炎を背後に、ベンが跳躍した。ホークアイの目の前で更に石畳を蹴って横に飛ぶ。見え透いた陽動だ。ホークアイはそれに釣られず、地面の影に短刀を突き刺す。

 

「ぐあぁっ!!」

 

 と、苦悶の声を上げるビルが影から這い出した。その背中からの出血が石畳を濡らす。

 影潜りによる奇襲を狙ったのだろうが、ナバール出身者を相手にするにしてはお粗末な作戦だ。何せナバールではそれができて漸くニンジャを名乗ることが許される必須科目だ。

 

 奇襲が失敗し相方が影から引き摺り出されて、ベンはホークアイへの追撃を止めて別の方向に走り出した。部屋の入り口への方向、つまりシャルロットを狙っている。

 

 回復役を先に潰すのは定石中の定石だ。そうするだろうと読んでいたホークアイは既に後ろへと跳んでいて、手を伸ばした短刀はベンの足首を切り裂いてその動きを鈍らせる。その一瞬があれば追いつける。

 ホークアイはベンの懐に踏み込み、そして短刀の先が忍者の鎧の隙間をすり抜け、ベンの肩を抉る。ぐっと押し込むと、ベンは苦しげに低く呻き、鮮血が飛びホークアイの顔を汚した。もう一本の短刀を、ベンの喉元に向かって振り上げる。

 

「やめろ、ホークアイ!」

 

 と、ホークアイの短刀を弾いてベンの命を救ったのはデュランだった。更にケヴィンがベンの体を蹴り飛ばし、ジェノアの側まで後退させる。敵に助けられたことに動揺を見せながらもビルは印を結び、再び影に潜った。ホークアイはデュランに激昂のまま言った。

 

「デュラン!見ただろう、もうあいつらは、俺の家族だったあいつらじゃない!」

「操られてるだけだって言ったのはお前だ、ホークアイ!洗脳が解ければ、元に戻るんだろう!」

 

 デュランはホークアイ以上に声を荒げて叫んだ。ホークアイが「でも」と反論しようとした時、ケヴィンが眉を釣り上げて、激しく首をぶんぶんと振った。

 

「トモダチ殺す、絶対、ダメ!絶対絶対、良くない!!」

 

 ケヴィンにしては珍しい、強い口調だ。ホークアイは、一瞬言葉を詰まらせる。ケヴィンは悲しみを瞳に滲ませて、懇願するかのようにホークアイを見た。

 

「オイラ、死を喰らう男に、カール、操られた。それで、攻撃されて、オイラ、理性なくして、カール殺してしまった。トモダチ殺す、絶対、後悔する。ホークアイは、やっちゃ駄目だ」

 

 ケヴィンの深い後悔を垣間見て、ホークアイは言葉を失う。こんなふうに止められるとは、思ってもいなかった。

 デュランが「それに」とホークアイの肩に手を置く。

 

「お前に誰も殺させるな、って言われてんだよ。お前のツレから、すげー怖い顔で」

 

 デュランは「こんなん、」と眉間に深く皺を刻んで怖い顔のマネまでして見せる。誰がそう言ったのかは考えるまでもなくわかった。

 

「せっかくここまで、必死こいて不殺で来たんじゃねえかよ。貫けよ、ばーか」

 

 と、デュランがホークアイの背中を叩く。

 その手は柔らかくて温かい。戦闘中なのに、いつの間にか血の気が引いて体も固まっていたようだ。

 

「……でも、生かすのは、殺すより難しい。だから――」

 

 と、ホークアイはデュランとケヴィンをまっすぐに見返した。

 

「手伝ってくれ。ひとりじゃ無理だ」

「ったりめーだ、つーかチームプレーの大切さを説いときながらひとりで戦ってんじゃねーよ」

「オイラたちも、チームで戦う!絶対、負けない!」

 

 と、デュランとケヴィンに気合いを入れ直され、ホークアイは改めて仲間たちに感謝した。

 

 ビルとベンは負傷が響いてか、今は動く気配がない。

 いつの間にかジェノアの炎は煌々とその勢いを増し、今や門を燃やし尽くしそうな勢いであった。怪我をしたアマゾネスたちの回復に回っていたシャルロットが叫ぶ。

 

「みなしゃん、そのもんから、はなれるでちっ!」

 

 シャルロットの悲鳴にも近い叫びを聞いて、全員が後ろへと飛び退いた。その瞬間、炎が弾けて火の粉が飛び散る。そして、炎が波となって石畳を埋め尽くす。部屋の入り口のほんの少しのスペース以外は足の踏み場もなくなり、結果的に全員がそこに集まった。

 まるで火の海だ。これでは、ジェノアに近づくことさえもできない。ビルとベン、モンスターたちには効果がないようで平然としている。 

 

 火の海の中から、突如シェイプシフターがホークアイたちに向かって飛び出した。小柄さと敏捷さが相まってシェイプシフターには中々攻撃を当てることができず、そのままでも手ごわい魔物だが、恐るべき真髄はその特殊能力だ。シェイプシフターはみるみるうちに膨らんで形を変え、禍々しい姿のレッサーデーモンやプチドラゴンへと変貌した。デュランが剣でプチドラゴンの爪と力比べをしながら、「くっそ、かってぇなコイツ!」と文句を言う。

 

「ホークアイ、前は、この門、どうやって倒した?」

 

 と、ケヴィンがレッサーデーモンに回し蹴りを食らわせながらホークアイに尋ねた。ホークアイは飛び道具で援護しながらも答える。

 

「前はこんな大量に召喚されることはなかったし、こんな炎の海みたいにもならなかったから、参考にならないと思うよ」

「使えねぇな!」

 

 とデュランが大剣を振るい、変身前のシェイプシフターの群れを弾き飛ばす。

 次から次にと炎から飛び出してくるモンスターを一掃していくが、その先からジェノアは魔物を召喚する。ジェノアの魔力とて無限ではなく、いつかは召喚のための魔力が底をつくはずだが一行にとっては無限にも等しく感じられた。

 

「やっぱり、門の破壊が優先だ。全身火傷覚悟で行くしかねえ。シャルロットの回復を信じて突っ込む」

「むりでち。シャルロットもそろそろまりょくがそこをつきまちから、なおせないでち」

 

 と、シャルロットが否定する。イーグルがいない今、回復を行えるのはシャルロットのみだ。アマゾネスたちの回復も請け負っていたシャルロットの魔力は、常よりもはるかに速いスピードで消費されている。

 

「じゃあどうする。このままじゃジリ貧だぜ」

「まって。このマナは……」

 

 一番に感じたのはやはりシャルロットだ。遅れてホークアイもそのマナに気付く。背後から渦巻く、濃厚な水のマナの気配。

 

「水よ、濁流となりて悪を呑み込め!メガスプラッシュ!」

 

 そして、轟音。

 水のマナは水蒸気となり水滴となり、瞬く間に巨大な水流となって、熱された門の上に降り注いだ。にわかに部屋の中はサウナのように熱い水蒸気が立ち込める。炎の勢いは見るからに弱くなり、ジェノアの悲鳴が轟く。

 

 部屋の入り口を振り返ると、二つの見知った人影が立っている。

 

「ふう、間に合ったみたいね!」

「いや、ちょっと遅刻気味じゃないか、この状況?」

「真打は最後に登場するものでしょ?」

 

 と、アンジェラとイーグルが軽口を叩き合いながらホークアイたちに駆け寄る。離れていても直接ジェノアの弱点を付ける魔術師と、シャルロットに代わる回復術の使い手の登場に一行は沸いた。「まってまちた、アンジェラしゃん、イーグルしゃん!」とシャルロットが歓喜の声を上げる。

 アンジェラは部屋の様子を一瞥し、状況を悟る。

 

「エンドレスに魔物が召喚されちゃうのね。あたしが来たからにはもう大丈夫よ。もう一発、でっかいの叩き込んであげる。デュランとケヴィン借りるわ。詠唱の邪魔をさせないで!」

「へいへい」

 

 デュランとケヴィンがアンジェラを背中に立ち、プチドラゴンを切り捨ててアンジェラの詠唱を守る。詠唱を途切れさせると、魔法の威力が落ちるだけでなく練ったマナと魔力が術者に逆流し暴発する恐れもある。詠唱者を守るのは前衛の義務だ。

 

「ホーク、よく頑張ったな」

 

 と、イーグルが横からホークアイの肩に手を置いて、「ほら」と魔法のクルミを割って渡してくる。

 

「城中に転がってる連中を見た。本当に、よく頑張った。お前が誇らしいよ。あと少しだ、できるか?」

「遅れてきて、ナニえらそーに……!」

 

 悪態をつきながらもホークアイは何故だか泣きそうになった。クルミの中身を噛み砕いて飲み込み、カラカラに乾いていた魔力が補充されていくのを身の内に感じる。

 

「いくわよ!メガスプラッシュ!」

 

 アンジェラの魔力が放たれ、再度、門の頭上に水の塊が突如姿を表す。水のマナとアンジェラの魔力が融合し、構成された水である。水蒸気が満ち、部屋は心なしか湿度がぐっと上がっている。

 巨大な水の塊は轟音と共に滝となって魔界の門ジェノアの頭上に降り注ぎ、更に門の近くにいた魔物たちを押しつぶした。水は津波となって部屋中の炎を消し、魔物の足を掬い流し、石壁に叩きつけた。役目を終えた水流は、跡形もなく、すうっとマナとなって空気に溶けて消える。残るのは魔物たちの押しつぶされた体躯と、勢いを殺された灯火だ。

 

 ビシリと硬質な音が響き、門の上顎に一筋の大きなヒビが走った。

 門の周辺を埋めていた雑魚モンスターは水流に呑まれて、今や門は無防備だ。アンジェラの水の上位魔法が開けたその道を、リースが駆けた。

 

「これ以上、この城を好きにはさせません!」

 

 まだジェノアは死んでおらず、怒りに目を見開き再び炎を轟と一際激しく燃え盛らせる。炎は生きているかのように蠢き、独立して大量の火球となって宙に浮かんだ。それらによって、壁一面が真っ赤に照らされる。

 火球が一斉にリースに向かって飛んだが、その多くはアンジェラが無詠唱で放ったアイススマッシュによって打ち消される。撃ちもらした数球がリースの体をかするが、リースは勢いを殺さずに突っ込み、長槍が門の上顎のヒビに突き刺さる。

 

 バキン、とジェノアの砕ける音が部屋中に高く響き渡った。上顎の割れ目から全身にひび割れが広がり、青銅の門は形を無くしてガラガラと崩壊する。

 

 僅かに残っていた灯火も完全に消えて、魔界に続いていた境目も閉じられた。ジェノアの魔力を受けて普通よりも凶暴化していた魔物たちは現世に取り残され、その影響下から離れたようだ。

 リースやアマゾネスたちが弱体化した雑魚を叩くのにアンジェラも加わって、殲滅されるのも時間の問題だろう。

 

 

 残ったのはビルとベンだ。二人とも負傷し、支え合うように立っている。イーグルが「ビル、ベン……」と双子の名前を呟くのが聞こえる。

 

「ビル、ベン。俺だ。イーグルだ、わかるだろ?ナバールきってのニンジャのお前らがーー」

「イーグル、もしかしてって試したいのはわかるけど、そういうのは俺も前回散々やってるから。すこし時間を稼いでくれたら、俺があいつらを寝かせる。前衛よろしく」

 

 ホークアイは魔力を再び練り上げながらそう言う。イーグルのくれたクルミのおかげで、魔力はある程度は戻った。これならなんとかなりそうだ。

 

 デュランとケヴィンも「なら俺たちは雑魚処理に回るか」とすっかり祝勝ムードだ。

 シャルロットもアンジェラにクルミをねだりに行き、それをバリバリと貪って、役目は終わったとばかりに一服している。

 

 

 そんな全体の気の緩みを見抜いてか、ビルとベンは同時に走り出した。そして煙幕。姿は見えなくなるが、煙幕の中でふたりが影潜りをしたのがホークアイにはわかった。もう煙幕の中にはいない。

 石畳に目を走らせ、不自然な影を探す。入り口に向かっている。逃げる気だ。多勢に無勢を察したのだろうが、火炎の谷では死ぬまで戦っていたのに、と違和感を感じつつも追いかける。

 移動の予測をたてて部屋の入り口に目をやって、ホークアイは我が目を疑った。

 

 ここにいるはずのない少年がひょこりと頭を出して、こちらの様子を伺っている。エリオットだ。

 

 移動する影に苦無を投擲するが遅かった。ビルとベンは影から実体に戻り、エリオットのすぐ横に現れる。エリオットは仰天し腰を抜かしそうになるが、その首根っこをベンが引っ掴み、俵のように担いだ。

 

「エリオット?!」

「あのばか、アマゾネスと一緒にいなさいって、言ったでしょ……!」

 

 事態に気付いたリースの叫びと同時に、アンジェラが焦ったように言った。

 

 その一言で、何故イーグルたちの合流が遅くなったかが今になってわかった。

 花畑近くのアジトで待っている手筈のエリオットが、こっそりとついて来ていたのだ。イーグルたちが彼を見つけて保護し、手間取ったに違いない。

 

「これがいれば美獣様もお許しくださるな、ビル」

「そうだな、ベン。実に助かった」

 

 と、ビルとベンは二人で会話を交わして、「おねえさまぁ!」と悲鳴をあげるエリオットをつれてどろんと消えた。ホークアイは一瞬遅れて部屋を出て、双子とエリオットの姿を探すが影形もない。完全に見失った。

 遅れてリースが追いかけてくるが、彼らを見失ったのを悟ると、崩れ落ちるように膝を床に落とした。

 

「エ、エリオット……!」

 

 リースが顔色を真っ白にして、悲痛に満ちた声を上げる。ホークアイは茫然自失とするリースの脇を支えて、立ち上がらせる。

 

「まだ嘆くな。美獣のところに連れていったのなら、この部屋の奥、最上階だ。急ぐぞ!」

「は、はい!」

 

 リースはまだ残っている雑魚モンスターの処理をアマゾネスたちに指示し、部屋の中を駆ける。そのすぐ後ろにイーグルがつき、「すまない、リース王女」と詫びた。

 

「エリオット王子の尾行には気付いたが、アマゾネスに預けて、もうついて来ていないと勘違いした。申し訳ない」

「……いえ……あの子にとっては生まれ育った家です。かくれんぼは得意な子でした。撒いたと思っても、仕方ありません」

 

 と、リースは眉間に皺を刻みながらも答える。誰かを責めたい気持ちもあるだろうに、それをぐっと抑え込んでいる。

 

 リースが城の最上階の扉をバンと勢いよく開け放つ。

 マナと空気がざわりと波打った。一行の中でもマナへの感受性が高いシャルロットやアンジェラの肌が粟立つ。魔界の者の強大な闇の力に、マナも悲鳴をあげている。ホークアイは見知った気配に、ばっとその魔力の源、階段の上を見上げる。

 

 婀娜な女が王座に座っていた。

 女の前に跪いていたビルとベンが立ち上がり、エリオットを肩に担ぎ直す。エリオットの意識は既に無いようで、ぐったりとしている。

 美獣は真っ赤な唇をにたりと薄くして、上機嫌に笑った。

 

「うふふ、わざわざ王子を返してくれてありがとう。やはり、黒の貴公子さまに捧げる肉体は王子じゃなくっちゃね……」

 

 ホークアイが止める間もなく、イーグルとリースは跳んだ。二人とも、故郷を奪った張本人を目の前にしてその怒りを抑え切れるほど穏やかな性格はしていない。まだ敵わないから闘うな、というホークアイからの忠告などさっぱり忘れているらしい。

 

 イーグルの短刀が美獣に突き刺さろうかというその瞬間、イーグルは後ろに吹き飛ぶ。その腹の焦げた様子と匂いで、ファイアボールが発動されたのだと知る。

 嫌な光景だ。まるで、一度目の旅の始まりのあの時のようだ。

 

 このままではリースもやられる。ちくしょう、とホークアイはフラッシュバックを無理矢理振り払って、手のひらを美獣に向ける。

 

「リース、エリオットを!スリープフラワー……!」

 

 頼むからドリアード、力を貸してくれ。

 美獣狙いと見せかけて、発動直前で対象をビルに変更させる。こんな付け焼き刃の状態異常魔法が格上の美獣に効く訳はない。だがフェイントは有効だったようで、美獣のファイアボールは術者であるホークアイを向く。

 ファイアボールがホークアイに当たる直前、デュランが剣をかざしそれを弾いた。

 一方ホークアイのスリープフラワーはエリオットを抱えるビルに当たり、エリオットごとビルは傾いて崩れ落ちる。リースが「エリオット!」と弟を取り戻そうと方向を変える。

 

 しかしリースがエリオットを抱えようとした瞬間、エリオットの体はふわりと浮き上がった。美獣が立ち上がり、手をエリオットの方向に伸ばしている。浮遊魔法だ。

 狼狽したリースをベンが蹴り飛ばし、宙を飛ぶその体をケヴィンが受け止めた。リースが咳き込む。

 

「ふふ、お前はこの王子の姉かい?安心おし、王子は丁重にもてなすよ。これからじっくり、魔界の空気に慣らしていかなくちゃならないからね」

 

 と、美獣はエリオットをふわりと自分の傍に浮かばせる。その横でベンが眠るビルを抱えた。

 

 シャルロットの治療を受けながら、イーグルが「美獣……!」と今すぐに殺してやりたいとばかりに睨みあげた。すると、美獣は不思議そうに片眉を上げて首を傾げてイーグルを見下ろした。

 

「おや、どうして私の名を……?」

 

 憤怒に燃えるイーグルの顔をまじまじと見て、美獣はやっと「あぁ」と思い出した。

 

「あんたはいつかの、愚かな首領の息子じゃないか。処刑を命じたつもりだったけど、そういえば逃げてたんだっけ?」

 

 と、美獣は声を上げて嘲笑した。

 

「ぼうやには死相がはっきり見えたのに、まだ生きてるなんて驚きだよ。ははぁ、成程、今はフェアリー憑きなのか……命拾いしたね」

 

 イーグルがとり憑かれていた死の運命も、フェアリーの宿主となっていることをも美獣は言い当て、ホークアイはぎくりとする。まさか未来の記憶を持っていることまで見破られはしまいだろう。こっちが先手をとれることを敵側に知られたくはない。

 

「私を殺そうとするなんて、頭は悪いみたいね。私が死ねば、あの娘の命はーー……」

 

 という美獣の言葉に、イーグルが這いつくばりながら「くっ……」と苦渋を滲ませた。

 ジェシカにかけられた死の首輪の呪いは、この段階ではまだ有効だ。万が一美獣を殺してしまえば、ジェシカも死んでしまう。

 美獣はイーグルのそのさまを愉快そうに眺めて、首を仰け反らせて高笑いした。

 

「おほほほほ!はぁ、こんな城にはもう用はない、欲しけりゃくれてやるよ。あっはっはっは……」

 

 美獣はエリオットごとふわりと浮かび上がり、残響を残して、ビルとベンと共にすうっと消えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 美獣が去りナバール兵の洗脳は解け、ほとんどどちらの血も流すことなく、ローラント城の奪還は成功した。一度は炎上して失われた城の防御も、ナバール兵によって修繕されている。

 散らばっていたアマゾネスたちや国民も戻ってきて、人数は少ないながらも国家としての形は復活した。落城の際に失われた命は多く、元通りというわけには行かないが、少なくともローラントはその尊厳は取り戻した。

 

 前回通り、取り残されたナバール兵は全員ローラント城の牢や個室に捕虜として捕らえられている。だが洗脳が解けたといえどほとんどは訳もわからずぼんやりとしており、元通りの自我を取り戻した者は全くいなかった。

 ナバールの兵士たちは操られていたとはいえ、ローラントの国民にとっては肉親や友人を殺された恨みも積み重なってる。それは、操られていたという免罪符だけでは払拭しきれない。

 だが、前回よりも捕虜たちへの待遇は随分と改善している。牢は清潔で、健康を損なわない程度の量の食事と、過度でない労働も与えられた。ナバールが美獣によって占領されている今、彼らは送還されるべき国もなく居場所を失っている。ホークアイとイーグルには用意するすべもない衣食住を、最低限とはいえど、ローラントは彼らに与えてくれた。

 

「ありがとう、リース。ナバールの兵たちに、良くしてもらって……」

「……城の奪還はホークアイさんたちのおかげですから。ローラントは、あなた方に最大限の礼を示します」

 

 ナバールは国を焼いた憎き仇であると同時に、あなたたち恩人の故郷でもあるんです、とリースは困ったように笑った。リース自身、その相反する感情の行き場に困っているのかもしれなかった。

 

 

 ホークアイは城の一室にジョスター王とリースをはじめとするアマゾネスたちの幹部を集め、エリオット王子の今後について、知っていることを説明した。

 

「今はおそらく、魔族の根城ダークキャッスルに囚われているだろう。美獣が仕えている主は、黒の貴公子と名乗る魔族だ。そいつは今の肉体を捨てて新しい肉体を求めていて、その器とするために美獣はエリオットを拐った。でもそれは逆に言えば、今は丁重に扱われ、傷つけられることもなく、しばらくは安全だということでもある」

「それは、いつまで、という話ですか」

 

 ホークアイの話に、唾を飲み込みながら硬い声でリースが尋ねた。リースを正面から見返して、ホークアイは確信に満ちた様子で告げる。

 

「黒の貴公子が聖剣と神獣の力を手に入れ、現世を魔界に変えるまで。そうならないように、俺たちは全力を尽くしてる。俺たちを信じて、エリオットくんを任せてくれないか。必ず無事に連れて帰ってくるから、待っていてくれ」

 

 前回、ホークアイたちは黒の貴公子に敗北し、エリオットは黒の貴公子の器となり、世界は魔界へと変えられた。エリオットを無事に連れて帰れる保証などはどこにもないが、ホークアイは連れて帰ると断言した。今度こそそうしてみせるという決意である。

 

 ホークアイの話を黙って聞いていたジョスター王がおもむろに口を開く。

 

「ホークアイ殿、イーグル殿。おい先短い老人の頼みを聞いてくれんか。どうか、我が娘を聖剣の勇者の一行に同行させてほしい」

「是非、お願いします」

 

 と、リースが頭を深く下げる。ホークアイは首を横に振った。

 

「危険な旅です。娘さんを危険な目に合わせるわけにはいきません。これからのローラントの復興にリースは必要でしょう。それとも、我々だけでは頼りないですか」

「いいや、そなたらが世界を救うと信じているからこそ、娘を預けたいのじゃ。そなたらの面々を見よ。ナバールの若頭らを筆頭に、魔法大国アルテナの王女、永世中立国ウェンデルの秘蔵っ子。そちらの少年らも救世の英雄黄金の騎士の長子に、獣人の王子だというではないか。ローラント以外の国全てが揃っておる。そして来たる将来、それぞれの国の中心となって率いてゆく若者たちじゃ」

 

 と、盲のジョスター王はホークアイたちひとりひとりを指して言う。

 

「そなたらの旅が無事に終わった時、世界中の人々がそなたらを讃えるじゃろう。その聖剣の勇者の一行に、ローラントだけが参加していないとなっては国の沽券に関わる」

「お言葉ですが、ナバールは国ではありません」

「あれは実効支配というのだ。国家の承認を受けようと思えば可能なはず。フレイムカーン殿はそれを望まぬだろうが」

 

 ジョスター王の言う通り、砂漠の民の間ではナバール盗賊団が砂漠地域を実効支配しているとする風向きも強い。

 ここしばらく砂漠に国はなく、司法もなければ治安機関もない無秩序の中でナバールは盗賊団ながらも巨大な忍者軍を擁し、砂漠のモンスターを狩って街を守り、生きるにも困窮する者はナバールに勧誘し生活を保障し、徴税のように富者からある程度の金を奪い、貧者への福祉を行うからだ。砂漠の外の人間が見れば、驚くほどにナバール盗賊団の支持者は多く、市民に受け入れられている。もし盗賊団がなければ、貧乏人は生活できず治安は悪化し、砂漠の死者の数は数倍に膨れ上がることを皆がわかっているのだ。富裕層だってそうなれば生活の維持はできないから、盗賊団を疎ましく思いながらもその存在価値を認めている。

 砂漠の民の大多数は貧しく、その大多数にとって、ナバール盗賊団は英雄的組織だったのだ。美獣によって略奪集団と化し、盗賊団改めナバール王国を名乗り始めた途端に支持者がいなくなったのは皮肉だ。

 だが、若頭であるイーグルが聖剣の勇者として世界を救い、ナバール盗賊団の誤解を解けば、その評判の回復はおそらく可能だろうとホークアイは期待している。

 

「わしを、国の体裁を気にして、娘を危険に晒す愚かな王と思うかね?だがフォルセナやアルテナと比べるとローラントはまだ若く、新興国の域を脱しておらぬ。難攻不落を豪語しながら一度は落城し、今やっと取り戻した。ローラントは復興後、国としての威厳を再び示していかねばならんのだ。そんな折に、世界救済の勇者一行にローラントだけが加わっていないとなれば孤立は必至。外交はままならず、国として立ち行かんことになりかねぬ」

「……ジョスター王の仰りたいことはわかりました。しかし、無事に旅が終わる保証はないのです。今回の件だけ見ても、事実、むざむざとエリオットを奪われた」

「エリオットのことは残念じゃが、半分は自業自得、半分はあれを基地に閉じ込めておけなかったわしの落ち度じゃ。お主らの経験した別の世界線でもエリオットが拐われていたのなら、そういう運命の力が働いているのやもしれぬ。わしは寧ろ、この見事な無血開城を見て、お主たちの旅路の成功を確信したのじゃ。どうか娘を頼みたい」

 

 と、ジョスター王は頭を下げる。一国の王ともあろう権力者が、しがない盗賊に。

 リースは一歩進み出て、青いキラキラした目でホークアイを真っ直ぐに見た。

 

「父の思惑はどうあれ、私はそんな政治的理由でついていきたいわけではありません。あなた方の誰一人として、そんな意図で加わっているわけではないのと同じです」

「……ではなぜ?危険な旅だぞ。俺は正直、キミをつれていきたくない。一回目、俺たち三人は死んだんだ」

 

 今回も、前回と同じ轍を踏まないとは限らない。あの時ホークアイは、大切な仲間たちを死なせた。失った。今回もそんな可能性が少しでもあるのなら、そこにリースを巻き込むのはごめんだ。

 しかしリースはホークアイのそんな臆病な恐れを一蹴する。

 

「だからこそ。のうのうと、あなたたちが弟を救出するのを待っていられない。……それに、自らの力で弟を助けたいんです。だって、私は、姉ですもの」

 

 そんなリースの言葉を聞いて、ホークアイの横でイーグルがうんうんと頷く。リースの気持ちが痛いほどわかるとでも言いたげだ。何故なら、彼も兄だからだ。ホークアイだって、実の兄でこそないが、ジェシカの兄のつもりだ。

 イーグルが、リースの気持ちを汲んでやれ、とばかりにホークアイを肘で押した。

 

「……わかったよ。一緒に行こう」

 

 ホークアイが仕方なく受け入れると、リースは喜んで顔にぱっと花を咲かせた。しかし苦々しく「でも、条件がある」とホークアイが顔を顰めると、リースも顔を引き締める。

 

「美獣が憎い気持ちはわかるが、もう二度と、勝手に飛び出すな。正直、ふたりも止められない」

 

 苦々しい視線を、じとっと隣のイーグルにも向ける。

 顔に似合わず激情的なふたりは、ホークアイが言葉少なに怒る様子にしゅんとして、「……すまん」「ごめんなさい」と縮こまったのだった。

 

 

 

 

 

 










イーグル「ホークといいアンジェラ王女といい、魔法の前に呟いてるセリフってなんなんだ?本来、魔法はイメージで構成するものだし呪文とかないはずなんだが……」
アンジェラ「あっ……ついつい癖で」
シャル「なんかそっちのほうがフンイキでるなーってことで、みんなでいってくことにしたんでち」
ホーク「一番カッコイイ詠唱考えた奴が勝ちゲームしたよな」
アンジェラ「しかも詠唱がカッコいいほうが威力も高くなるのよ、知ってた?」
イーグル「気持ちが乗って、ってことか。魔法って、確かにそういうモンかもな。よし、俺も今度試してみよう。考えておくよ」
ホーク「いやここはみんなで案を出し合ってアミダで決めよう。案1、『白衣の天使よ、その白き膝枕で癒したまえ』とか。はい、次リース」
リース「えっ?!……『ウィスプさん、どうかお助け下さい』とかですか?」
アンジェラ「いいわね~、じゃあ『テクマクマヤコンテクマクマヤコン』ってどう?」
シャル「『ぼくのかおをおたべよ!』」
ケヴィン「『ホイミ』」
デュラン「『メガンテ』」
イーグル「せめて俺に選択権をくれ」
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