聖剣伝説3逆行   作:畑中

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11話:幽霊船にて

 

 

「しまった、ゆっくりしすぎた!」

 

 と、ホークアイがハッと何かに気付いて、旅立ちの準備もそこそこに、一行は引っ張られるようにしてローラントを出立した。

 ホークアイはまるで滑り落ちるかのごとく、天翔ける道を降りていく。ついてこれない者も居たが、今回ばかりはホークアイは気にしなかった。列は縦長に伸びきり、足の遅い者を気遣って最後尾はデュランが務めている。

 遥か後方から「ちょっと、ホークアイ!待ちなさいよ!」とアンジェラが怒鳴った。

 

「悪い、先に行くぞ!パロで待ってる!」

 

 と、それに叫び返すようにして、ホークアイが謝った。イーグルはホークアイの少し後ろについていて、ホークアイを咎める。

 

「おいホーク、説明くらいあってもいいんじゃないか?」

「悪い、その時間が惜しい。お前はみんなを連れて後から来てくれ!」

 

 ホークアイの指示に、イーグルは「仕方ないな」と溜め息混じりに足を止めた。イーグルにとっては未だ山岳地帯は慣れず、身軽なホークアイほどにはこの険しい山道は簡単ではない。

 ホークアイは思い立ったようにリースを振り返った。

 

「リース、君はついてこれるな、俺と来い!」

「えっ?は、はい!」

 

 突如名指しされたリースは戸惑いながらも返事をし、足を急がせてホークアイの後ろについた。山岳に慣れたリースはホークアイの身のこなしにも難なくついていき、ふたりはあっという間に山を駆け下りて、姿を消した。

 

 イーグルが少し待つと、アンジェラとシャルロットの足取りを助けながら、デュランとケヴィンも後ろから追いつく。今までならそれはホークアイが担っていた役目だ。ホークアイは自然と彼女たちの補助が習慣化されている。

 デュランはホークアイらしくない奇行に呆れ返りながら、イーグルに尋ねた。

 

「おい、一体なんだって言うんだ?便所か?」

「さあ。俺にもわからん」

 

 ケヴィンに背負われていたシャルロットが「ははあ、シャルロットはおもいだしたでちよ」とケヴィンの背中から顔を出した。

 

「そういえばパロにおりたら、ねこしゃんがいじめられてたんでち」

 

 ホークアイたち三人だけが持つ、通り過ぎた一度目の記憶の話だろう。それは大概、今回の旅路でも現実となっている。

 記憶を持たない男性陣は「猫?」と首をひねった。動物虐待の現場に遭遇し、それを助けに行ったとでもいうのかと不思議に思う。

 

「そうだったわね。だから、急いでたのね。ホークアイ、あの子と仲良しそうだったもの」

 

 と、アンジェラがデュランに手を借りながらも岩から飛び降りた。イーグルはホークアイと仲が良い猫というヒントを得て、ふと猫の正体に思い当たる。

 

「猫って、もしかしてネコ族のことか。ニキータもパロに来てるのか?」

「そうそう、そういう名前だったわ。パロに来ていたナバール兵はほとんど砂漠に帰ったみたいなんだけど、その子は取り残されて、洗脳も解けてたの。でも恨みつらみが蓄積してるパロの人たちに見つかって、リンチにあっちゃってて……」

「!」

 

 イーグルはアンジェラの言葉を聞いて顔を顰める。

 アマゾネスたちとは捕虜の扱いについて話し合い、私刑などは禁止することが取り決められたが、それを街の人たちにまで強制することは難しい。共に戦ったアマゾネスたちはナバール兵が操られていたことを知っているが、ナバール兵によって占領されていた街の人たちまでには情報が行き届いていないし、恨みが募って私刑に走るのも頷ける。

 

 しかしたったひとり残されたネコ族を狙うとは、感心しない。ネコ族は平和主義で、争いを好まず商人として生きる種族だ。ニキータはナバールで多少鍛えられているとはいっても、ヒトと比べれば華奢さは明らかだ。

 シャルロットが私刑の様子を思い出して、眉尻を下げて言う。

 

「ホークアイしゃんが、どげざして、なんとかそのばをおさめて、ゆるしてもらったんでち」

「土下座?」

 

 あのプライドの高いカッコつけが、仲間の女子たちの前で、土下座。憂さ晴らしのリンチを収めるために。

 ホークアイにとって大事な弟分であるニキータを助けるためならそれも仕方ないのかもしれない。演技派の彼だから、元より土下座くらいはなんてことないのだろう。だがイーグルは胸がむかむかしてきた。

 

「ちっ、何で俺はついていかなかった!」

 

 ニキータがホークアイの弟分だというのなら、イーグルにとってもそうなのだ。あのネコ族の少年が傷つけられているのなら助けたいに決まっているし、ホークアイひとりに土下座させるなんてもってのほかだ。

 慣れない山岳地帯とはいえ、無理をしてでも追うべきだった。イーグルは高い岩場を飛び越えて、ホークアイとリースの消えた先を追おうとする。

 

 しかし、その行動をケヴィンの「ひとりでいく、危ない」という声が止めた。

 

「この辺の魔物、強くはないけど、ひとりは、危険……みんな、一緒に行こう」

「リースを連れて行ったんだから、大丈夫よ。王女がいれば、パロの人たちの頭も冷えるでしょうし」

 

 と、アンジェラも重ねて言った。イーグルも仕方なく、逸る気持ちを抑えて山岳の魔物たちを倒しつつ仲間たちと共に山を降りたのだった。

 

 

 

 

 

 イーグルたちが遅れてパロへと辿り着くと、ホークアイたちは天翔ける道にほど近い街道の隅に座り込んで一行を待っていた。

 私刑を未然に防ぐことはできなかったようで、ニキータはぐったりとしている。毛皮に覆われていて解りづらいが、酷い暴行を受けたあとのようであった。

 ホークアイはイーグルたちが山道からやってくるのを見つけて、片手を上げた。

 

「シャル、ニキータを回復してやってくれ」

「らじゃ!」

 

 シャルロットがケヴィンの背中から飛び降りて、ニキータの傍に駆け寄る。

 イーグルはホークアイの額からも血が一筋流れているのを発見して、ホークアイの額あてを無理やり外して傷の様子を見た。大事には至らないだろうが、痣になっていた。念をとってイーグルが軽くヒールライトを唱えると、ホークアイは「この過保護」と文句を言う。

 イーグルに対して、リースが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ニキータさんへの暴行を止めた後も、怒りの収まらない住民から石を投げつけられたんです。私の国の民が、申し訳ないことをしました。ニキータさんのことも、本当に申し訳ありません」

 

 と、リースはホークアイとイーグルに対して恥ずかしそうに謝罪した。王女として、国民の暴挙の責任があると思っているらしい。

 

「やめてくれリース。こんな傷、どうってことないさ。ニキータだって、生死に関わるような状態ではないし」

「いえ。王女として、本当に恥ずかしいです。国を取り戻せたのもあなた方のおかげなのに、お友達を……」

「リースのおかげで、パロの人たちも冷静になってくれたんだよ。ありがとう」

 

 ホークアイがそう言ってにこやかな笑みを作る。やはりその目的でリースを連れていったらしい。しかしリースは泣きそうに顔を歪めて、首を横に振った。

 

「……いえ、市民の怒りが収まったのは、ホークアイさんのおかげです。私が何か言っても、王女がナバールのやつを庇うのか、と逆に興奮する者さえいました。やはり父の言う通り、一度落城したことによって王族や国の権威が落ちているのでしょう。私は、何もできませんでした」

 

 ということは、シャルロットやアンジェラに聞いた通り、やはりホークアイが床に額をつけてその場を収めたのだ。イーグルはその場にいられなかったことに対して、悔しくて唇を噛む。

 たかが土下座だ。もしその場にいるのが自分だったとしても、イーグルだってなんの躊躇いもなく額を地面に押し付けるだろう。ナバールのやったことに対して責任ある者として、ローラントの国民ひとりひとりに土下座したって構わない。だがそれをホークアイひとりにやらせるなんて、イーグルには我慢ならないことだ。

 

「イーグル、何に怒ってんだよ?」

「……ひとりでカッコつけるんじゃない、馬鹿」

 

 不思議そうに首を傾げるホークアイの肩を小突き、イーグルは苛立ちを押し込めた。

 

 ぐったりしていたニキータも、シャルロットに何重にも回復術を唱えられ、「アニキのお連れさん、ありがとうございますにゃ」と言って顔を上げた。

 己を取り囲む面々の中にイーグルの顔を発見し、嬉しそうに猫の顔を綻ばせる。ナバールを出立して以来だ。あれから、もう短くはない月日が経っていた。

 

「イーグルさん、お久しぶりですにゃ!ご無事で、にゃによりです」

「久しいな、ニキータ。大変だったな。ジェシカや、盗賊団のみんなはまだ無事か?」

 

 イーグルがそう尋ねると、ニキータは眉尻や髭、耳を下げて情けない顔をした。

 

「アニキたちが脱走したあと、美獣は大っぴらに呪術で全員の心を操り始めたんにゃ……。事前にそれに気付いて、逆らおうとした奴は、美獣が召喚した悪魔によって、皆殺しににゃりました。既に呪いをかけられていたジェシカさんには新たな呪術がかからないせいか、心を操らずに済んだにょですが、地下牢に入れられてしまい……あの地下牢、イーグルさんたちが脱走してから警備が厳重になってしまい、オイラにはどうすることも出来にゃくて」

 

 と、ニキータは大きな猫の目に涙を浮かばせて項垂れた。その横に膝を付いているホークアイがニキータの耳の後ろの毛皮をよしよしと撫でつけ、ニキータを慰める。

 

「ニキータ、お前はもうナバールには戻るな、危険すぎる。ローラント城に事情を話して、匿ってもらえ。リース、それでもいいか?」

 

 ホークアイはニキータの言葉を悲痛な面持ちで聞いていたリースを見上げ、リースは「勿論です」と頷いた。

 

「わかったにゃ……」

 

 と、ニキータもこくんと首を縦に振った。ホークアイはニキータの猫目を真っ直ぐ見つめ、僅かに沈黙した。

 

「…………ニキータ、本当だな?危ないことはしないと、誓えるか?」

 

 ホークアイが疑いを込めて尋ねた言葉に、ニキータは驚いて目を丸くした。ホークアイが続ける。

 

「あの時は時間がなくてお前に話せなかったが、俺は、未来を一度経験してるんだ。ここでお前と別れて、お前がローラントに留まらず、美獣を追ってきたのを一度見てる」

「……さすが、アニキだにゃ。何でもお見通しにゃ」

 

 ホークアイの説明は短く、説明と言えるようなものでもなかったが、ニキータは「そういうことだったんですにゃ」と全てを呑み込んで感心した。ホークアイに全面の信頼を置いているニキータにとっては、どんなに荒唐無稽なことでもホークアイが言ったことならばそれが真実らしい。

 

「オイラ、まだ洗脳が溶けていにゃいフリをして、ナバールに戻るつもりにゃ」

 

 ホークアイには隠し事は通じないと察してか、ニキータはホークアイの目を見返して静かに言った。ホークアイはその答えに眉間に皺を寄せる。

 

「そんな危険なことはしなくていい、ニキータ」

「アニキが言ったのにゃ、ジェシカさんを頼むって!ジェシカさんは、まだナバールで牢に閉じ込められてるなぉう!」

 

 ナバール兵の洗脳が解けたとはいえ、それはローラント城に出兵していた数の話だ。ナバールやパロに残っていた兵たちは未だ美獣の支配下にある。現在、ナバール要塞は魔獣や魔物の巣窟となっていて危険な状態らしいが、ニキータはそれを知りつつ、ジェシカの身を案じて自ら戻ると言う。

 

「でも……ナバールは、今は魔物も闊歩してる、魔界のような状況にあるんだ。そんなところにお前を」

「オイラは詳しいことはよくわかってにゃいけど、アニキも、戦ってるんにゃろ?オイラにも、少しくらいお手伝いさせて欲しいのにゃ」

 

 と、ニキータは真っ直ぐにホークアイを見返す。言葉を失ったのは説得しようとしていたホークアイの方だった。いつもホークアイの後ろにくっついていた若いネコ族は、いつの間にかこんなにも成長している。イーグルも少しの驚きを持って、ニキータの目に宿る強い意志の光を見つめた。

 

「ホーク、少しはニキータを信じてやれよ。俺は、ジェシカのことを任せるならニキータがいい」

 

 と、イーグルはホークアイの後ろから肩に手を置き、ニキータに加勢した。ニキータも、いつまでもホークアイに守られているばかりの子どもではないのだ。ホークアイは唇を噛んでから、ニキータの手を強く握った。

 

「……危険を承知で、頼む。ニキータ、どうかジェシカを、守ってやってくれ……!」

 

 ホークアイが喉から絞り出した言葉に、ニキータは嬉しそうに「お任せくださいにゃ、アニキ、イーグルさん!」と言った。

 

 

 

 

 一行は漁港パロで旅立ちの準備を整えながら、次に向かうべき目的地を話し合った。

 現在手に入れている精霊は、光の精霊ウィル・オ・ウィスプ、地の精霊ノーム、風の精霊ジンの3つの属性だ。まだクラスチェンジを果たしていないメンバーのことを考慮しても、次は水の精霊ウンディーネのいる氷壁の迷宮か、火の精霊サラマンダーがいる火炎の谷どちらかだ。「でもよ、」とデュランは首を捻る。

 

「エルランドの港は凍ってて使われてないらしいし、サルタンも世界情勢が安定してない今は定期船なんか出ちゃいないぜ。どうやって行くっつーんだ」

「ちっちっち、そこで、えーゆーおーのおじちゃんからもらっておいた、おふえのでばんでち」

 

 と、ニキータの毛皮をもふもふと堪能していたシャルロットがデュランを見上げて指を振った。ホークアイが英雄王から借り受けていた白い笛、あれがこの時のためのものらしい。

 

「ブースカブーがちゃんと来てくれるかどうかは、試してみないとわからないけどな」

 

 ホークアイが腰に携えた笛を叩きながら苦笑する。リースは不思議そうに小首を傾げた。

 

「ブースカブー……って、何ですか?」

「うーん、あんなに説明が難しい生き物もいないわよね……ペンギンの頭を持ったおっきい亀、ってところかしら。七人も乗ったらギリギリね」

 

 と、アンジェラがブースカブーの説明を試みる。その海の主の甲羅に乗せてもらって海を渡るらしい。

 

「天の頂に登ればフラミーに会えるかもしれないけど、風の太鼓は聖域でマナの女神さんからもらったものだからな。海上の移動は今はブースカブーを頼るしかない」

 

 ホークアイがまた聞き慣れない名前を口に出す。黙って会話を聞いていたニキータが「アニキ、みなさん」と口を挟んだ。

 

「うちの商船に乗せてもらったらどうですにゃ?」

「ニキータしゃん、おふねをもってるでちか?」

 

 と、シャルロットが首を傾けて豊かな髪と帽子を揺らした。

 

「ネコ族は商人の一族ですにゃ、ヒトの定期船とは別に、一族の船があるにゃ。戦乱の時代は危険だけど稼ぎ時でもあるから、しょっちゅう行き来してるにゃ。その船を捕まえて、サルタンまで行くつもりだったですにゃ。アニキ達も、一緒に乗っていけばいいにゃ?」

「まじか!なるほどな。助かるよ、ニキータ!」

「ぼったくりぶきやのネコしゃんたちがいっつもさきまわりしてた、ながねんのなぞがようやくとけたでち……!」

「そういう事情だったのね……」

 

 と、シャルロットとアンジェラがうんうんと何かに納得している。ニキータは自由を求めて一族を飛び出したと聞いたことがあるが、一族とのパイプはまだ切れていなかったようだ。

 

「パロが開港されたところだし、ネコ族が商売の匂いを嗅ぎつけにゃいわけにゃい。今日か明日中にでも、寄港するんじゃにゃいかと思うにゃん」

 

 と力説するニキータに連れられて、イーグルたちは港を訪れた。もし寄港していたのなら、サルタンまでの乗船を交渉できる。謎の巨大生物の背に乗らないで済むのなら有難い。

 

 しかし桟橋に付けられている船を一目見て、ニキータが不思議そうに首をひねった。

 

「んにゃ?見慣れない船が寄港してるにゃ……どこの船にゃろ?」

 

 ニキータの尻尾で遊んでいたシャルロットがひょこりとニキータの後ろから船を見上げ、「ふぎゃあ!」と蛙の潰れたような声を上げた。

 

「ほほほホークしゃん、アンジェラしゃん、あ、あのおふねが、きてるでちよ?!」

 

 その船には甲板や壁の板が欠けているところもあり、張られた帆もところどころ破れて染みが広がっており、一見してひどく古いことがわかった。乗組員たちの表情もぼんやりとしており、海の男独特の荒っぽさは見られず、妙に廃退とした雰囲気を纏っている。

 ホークアイとアンジェラも桟橋に寄せられた船を一瞥して、シャルロット同様に「ぐえぇ」とひしゃげた声を出した。

 

「うへぇ、前回とは時期がズレてるし、そうタイミング良く現れないだろうと思ってたのに、現れてしまったか……これも運命の力ってやつなのか?ホント呪うぜ糞ったれ」

「いやーー!あたし乗りたくない!」

「シャルロットもいやでち!ぜぜぜぜったいにいやでち!」

「俺だって嫌だよ!そう言っても仕方ないだろ、どうせ早かれ遅かれ乗るんだよ!」

 

 嫌がって騒ぐ記憶持ちの三人に構わず、デュランとケヴィンが桟橋にずんずんと赴いて乗組員に話しかけていた。ふたりは嬉しそうに振り向き、少し離れたところで見守る一行に向かって大きく手を振った。

 

「おーい、この船、太っ腹、だよ!」

「どこまでいっても何人でもタダだってよ!乗っていこうぜ!」

 

 と、何も怪しがりもせずに無料を喜ぶ。シャルロットは半眼で男たちの能天気さに呆れた。

 

「ばかがうらやましいでち……」

「こんなに怪しさ全開なのに、何も疑わずにタダを喜べるって逆にすごいわね……」

「ある意味、才能だな……俺には真似できない。したくないけど」

 

 三人でデュランとケヴィンを散々に罵ったあと、嫌がるアンジェラとシャルロットの背中を、ホークアイも嫌々桟橋に押し出す。どうやら、知っている船らしい。前回彼らもこの怪しい船に乗ったということは彼らもタダに釣られたに違いないが、都合の良いことに記憶から消えているようだ。

 

 

 アンジェラとシャルロットたちが嫌がりつつも船に向かったのを見届けてから、ホークアイはニキータに向き直った。ニキータはその瞳に不安そうな表情を浮かべていて、ホークアイがその毛皮を撫でる。

 

「ニキータ、悪いな、俺たちはあの船に乗らなきゃならなくなった」

「あにょ怪しい船に……?にゃにか事情があるんにゃろうけど、アニキ、くれぐれも、お気をつけて」

「ジェシカのこと、頼んだぞ」

「お任せ下さいにゃ!」

 

 ニキータと固い抱擁を交わし、別れを惜しみながらもホークアイは桟橋を後にする。その後ろに続こうとしたイーグルを、ニキータが呼び止めた。

 

「イーグルさん……アニキのこと、どうか、どうか宜しくお願い致します」

 

 そう言って、深く深く頭を下げるネコ族に、「……──言われずとも」とイーグルは答え、ホークアイの背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 船の様相を怪しみながらも、イーグルは最後にその船に乗船した。船は全員を乗せるとすぐにパロを出港し、大海原へと出た。

 まだ日は高かったはずだが、青かった空は出港して間もなく赤く染まった。海上には霧が濃く出ている。太陽が水平線の先に沈んでゆく異様な速さをイーグルは甲板から見送って、船の中に入った。

 

 船室は男女で二つに分かれていたがホークアイはそのうちの一つに全員を集め、出し抜けに「この船は幽霊船だ」と告げた。

 

 みんな表情を固くし、お互い顔を見合わせた。その中でも顔を青くしたのは無料を怪しみもしなかったデュランとケヴィンだ。

 

「どっ、道理で気味が悪いと思ったぜ」

「お、オイラ、そういうの、苦手……ううぅ」

 

 と、ふたりは声を吃らせる。

 

「何で乗ったんですか?」

 

 リースはいつもよりも声を少し強ばらせながらホークアイに質問した。

 

「住処をなくした闇の精霊シェイドの魂が権現されてるのが、この船なんだ。シェイド自身もコントロールできない彷徨ってる魂を倒して、解放してやれたらシェイドの力が手に入る」

『ねぇホークアイ、この船の中にシェイドさんがいるってことは、闇のマナストーンもここにあるってこと?』 

 

 イーグルの中からフェアリーがふわりと浮き上がって尋ねた。ホークアイは「いや、」と首を横に振る。

 

「闇のマナストーンは今はこの世界にはない。昔、人間がマナのエネルギーを奪い合った時、闇の神獣の封印が解けて世界は滅亡寸前までいったらしい。シェイドもわからないと言っていたが、その時忽然とマナストーンが消えて世界は助かったんだ。前回は暗闇の洞窟という場所で闇の神獣と戦ったが……ま、詳しいことはシェイドに聞いてくれ」

「……よくわからないけど、わかった。とりあえず敵を倒したらいいんだな」

 

 と、デュランがばしりと手を打ち合わせた。脳筋丸出しの台詞に、ホークアイは苦笑して「ま、そういうこと」と頷く。

 

「そうと決まったら、さっさと倒して、こんな気味の悪い船とはおさらばしようぜ」

 

 デュランがそう言って立ち上がって帯剣した。戦いに向けて準備を整えるよう全員に促す。

 

「ううっ、ついに、いくんでちか……」

「ウーー、オイラ、船酔いも、してきた……」

 

 と、シャルロットとケヴィンが最後まで渋った。イーグルは「そんなに怖いなら、船室に残ってるか?」と尋ねるが、ふたりは血相を変えて首をぶんぶんと横に振った。ふたりで暗闇の中に残されるよりは、ついてくる方がマシらしい。

 

 夜とはいえ、不自然な暗さであった。船の中に灯りはなく、窓の外には濃霧が立ち込め、月も星も見えない。

 一行の他には客の姿は一人も見られず、水夫も最初に見たきりだ。

 

 船の廊下は歩く度にギシギシと音を立てる。いくばくも進まないうちに、突然、どこからともなく女性らしき甲高い悲鳴が船内に響き渡る。

 ほぼ全員がびくっと身を竦ませ、顔を見合わせた。シャルロットなどはイーグルの腰にへばり付き、耳を塞いで「ヒースヒースヒースヒース!」と奇妙なおまじないを唱えている。シャルロットだけならばまだしも、その反対側には「アウゥ……」と唸るケヴィンもイーグルに身を寄せていた。どうやら一番耐性がある者を自然と察して頼りにしてしまう本能のようである。

 デュランもいつの間にかアンジェラに腕に縋り付かれていて、豊満な乳房を押し付けられている。ケヴィンの見事な大胸筋に比べると役得だ。暗さで分かり難いが、デュランの顔は赤く染まっているように見える。

 

「お前ら、二回目なんじゃないのかよ?しかも、幽霊の正体もわかってるんだ、怖がることないだろ?」

「理性では精霊のせいだってわかってるんだけど、怖いものは怖いのよ!あんただって、びくってしてたじゃない」

「し、してねーよ」

「はいウソ!してましたー!」

 

 と、デュランとアンジェラが例によって言い争いを始める。しかしアンジェラの腕はデュランの腕に組まれたままで、一見すれば仲睦まじい男女のようだ。

 ホークアイが横で身を固くしているリースに気がついて、にこやかに手を差し出す。

 

「どうする、俺たちも手、つなぐ?」

「えっ!つ、つなぎません!」

「こういうのが苦手なら、怖いって素直に言っていいんだよ。リースのことは俺が守るから、任せてよ」

 

 と、ホークアイが甘い声で囁くように言う。頬を赤く染めるリースの後ろで、アンジェラとシャルロットが「あたし、怖い!」「じゃあまかせたでち!」とホークアイに挙手した。

 

「残念だけどお前らには言ってなーい」

「それっておかしくない?!贔屓よ、ひーき!」

「ホークアイしゃんのばかー!おんなったらしー!リースしゃん、こんなおとこにだまされちゃいけまちぇんよ!」

「おいシャル誤解を招くようなことを言うな」

「てゆーかあんたも怖がってたじゃない、何カッコつけてんのよ?」

「お前らほどじゃないもん」

 

 少し進むと、がちゃん、と陶器が割れるような音がまた一行を驚かせる。一行は広い船の中を縮こまりながら進み、突然の悲鳴や物音にそれぞれが慣れ始めた時、暗闇の中からのそりと現れるものがあった。

 同時に鼻を突く腐敗臭。グールである。更にその後ろにはスペクターが真っ白な顔に道化の姿を暗闇に透かし、宙をふらふらと浮かんでいた。こういった魔物たちは夜ならば多くの地域で出没するため決して珍しくなく見慣れたものだが、幽霊船という場所には実に似合っていた。

 

「シャルロットちゃん、アンジェラ王女、君たちのホーリーボールが彼らにとっては天敵だ。本来は、彼らが君たちを怖がるべきなんじゃないか?」

 

 と、何とかイーグルが両腕にへばりついたシャルロットとアンジェラを勇気づけようとするが、「た、たちかに……でも、りくつじゃないでち!」「イヤー!怖いものは怖いの!」と効果は見られない。

 

 そんな問答を繰り広げているうちに、デュランとホークアイがそれぞれ魔物を切り捨てた。スペクターなどは一見幽霊に見えるが魔物の一種であり、物理攻撃も問題なく効果があるのだ。魔物の死体は闇に溶け、消えてしまう。

 

「あいつら、普段グールに会った時は怖がりもせずに殴ってるじゃねーか……」

「忘れてるんだろーな〜」

 

 デュランが怖がっていたのは最初だけで、幽霊でも何でもなく魔物が相手だとわかるといつも通りであった。幽霊船というだけで拒否反応を示す女子に対して呆れたような目線さえも向けている。

 

 ホークアイは肩を竦め、「さて」と振り返った。

 

「どうせこの調子だと、またマタローも乗ってるだろ。仕方ないから、助けてやるか」

「居たわね、そんなヤツ」

 

 と、アンジェラも頷く。記憶のないメンバーを代表してケヴィンが首を傾げた。

 

「マタロー……誰?」

「幽霊マニアさ。幽霊船の噂は知ってたのに幽霊好きのあまりこれに乗り込んで、呪いを受けて幽霊になってた奴。あいつの体はこの船の中にはないみたいだし、魂と体をバラバラにしたままシェイドを解放しちまったらどうなるかわからないからな……もしかしたら体に帰れないかもしれないし。いや、俺はあいつがどうなろーと、どうでもいいんだけど」

 

 何かしらの恨みがあるようで、ホークアイは青筋を立てながら言った。その様子を見て、シャルロットが先ほどの怯えた様子とは打って変わって、ホークアイを指差して楽しそうに笑う。

 

「うきゃきゃ、ホークアイしゃんはマタローしゃんから、ゆーれーになっちゃうのろいをうつされまちてね。あのときのホークアイしゃんは、そりゃ~けっさくでちた!ぬぁんじゃい、こりゃあ!は、しょーじきしばらく、はやったでち」

 

 シャルロットが声音を低くしてホークアイの物真似をして、アンジェラも当時を思い出してプッと吹き出した。

 

「死にたくねぇ!まだ死にたくねぇよ!もね~。ホークアイってさ、正直カッコつけじゃない?こんなカワイイ一面もあるんだって、あたしあの後ホークアイのこと見直したもの」

「おいっやめろ黒歴史を掘り返すな!」

 

 と、ホークアイはシャルロットとアンジェラのよく動く口を手で塞いだ。ふたりは逃げようとするがホークアイには敵わず、不満げに頬を膨らませる。

 しかしホークアイの焦る様子さえも面白かったのか、口をふさがれながらもくすくすと笑う。騒いでいるうちに、それぞれの恐怖も軽減されたようだ。

 戻ってきた三人は、相変わらずイーグルには少し複雑に思えるほど仲が良い。彼らが一度目の思い出話に花を咲かせる時、イーグルはいつも蚊帳の外だ。

 

「それ、見たかったな」

 

 と、イーグルはホークアイの肘を小突いてからかう。

 ホークアイは昔からあまり幽霊だとかそういった類のことは怖がらなかったタチで、幼少の頃、イーグルが驚かそうと怪談話をしても反応は薄く面白くなかったものだ。幽霊を怖がるホークアイというものが、イーグルにとっては新鮮だ。

 ホークアイは唇を尖らせて「ふん」と拗ねた様子を見せる。

 

「あの時は、こんなところで死んでる場合じゃないって焦っただけで、別に何が怖かったってわけじゃ……」

 

 隣で聞いていたデュランは「おっ、言い訳?だっせ~、男らしくねぇな」と揶揄し、ホークアイは声をひそめて「ほーぉ、暗闇に乗じて女のコのおっぱいの感触で顔を真っ赤にするのは男らしいの?」とデュランに囁いた。

 

「俺、夜目がきくんだよね~。どう?柔らかかったァ?」

「や、やわ……!ふ、不可抗力だ!俺は悪くねぇ!」

 

 声を荒げるデュランに、ケヴィンが「何の話?」と口を挟む。

 

「デュランくんはボインが好きだって話サ」

「大丈夫、デュラン。でかい乳、好きじゃない男、いない」

「お前らそれ以上言ったら殴る」

 

 ある意味で男らしい会話につい笑ってしまう。

 こんなに騒がしくては、例え本物の幽霊がいたとしても出るに出られないだろう、とイーグルは思わず苦笑った。

 

 

 

 

 おどろおどろしいモンスターたちを倒しながら幽霊船を進み、奥の船室で記憶を持つ彼らの言う順番通りに本棚に本を収めると、隠し扉が音を立てて開いた。

 その中に一行が恐る恐る足を踏み入れると、表紙に航海日誌と書かれた本が、目立つ机の上にさぁ開いてくれとばかりに置いてある。いや、よく見ると航海日誌ではなく航海日死だ。それを間近で見ようとしたイーグルの手を、ホークアイが掴んで止めた。

 

「待て、先に誰が呪いを受けるか決めておこう」

 

 と、ホークアイが真剣な表情で全員を振り返った。

 

「呪いをうつされたら、シェイドの魂を解放するまではこの部屋から離れられない。で、誰がここで待つかだけど……」

「あたしはイヤよ。ぜっっったいに、イヤ!」

「シャルロットもだんこ、おことわりするでち!!」

 

 真っ先に拒否したのはアンジェラで、シャルロットもアンジェラの脚の後ろに隠れた。デュランも苦々しく眉間に皺を寄せる。

 

「俺はクラスチェンジのために少しでも経験を積まなきゃならねえ。幽霊になって待ってるなんて御免だぜ」

「オイラも」

「悪いな、俺もだ」

「あ、すいませんが、私も……」

 

 と、ケヴィンとイーグル、リースもデュランの発言に乗った。全員の拒否にホークアイが青筋を浮かべる。

 

「俺だって嫌だよ!でも誰かが残らないとしょーがないだろ!」

「ホークアイお前経験者なんだろ?潔く請け負っとけよ」

「嫌だよ、あれすっげー気分悪いんだぞ?!」

「それをかよわいおとめにおしつけようってことでちか?!みそこなったでち!」

「オイラ、ほんと、ニガテ。イヤじゃなくて、ムリ」

「いい?敵は闇タイプよ、弱点は光。あたしが主戦力」

「シャルロットもでち!ホークアイしゃんはいなくてもぜんっぜんもんだいないでちょ!」

「みなさん、落ち着いて、冷静になって考えてみましょう。この中で特筆して経験を積む必要はなくて、そして抜けても一行にとって大して戦力ダウンにならない者が誰なのかを」

「つーかそれ消去法で俺ってことになるよね?!つーかリース俺を見て言ったよね?!」

「あっ、いえ、そんなつもりでは──」

「もういっそ、マタローしゃんをほっとくという、さいしゅうしゅだんで──」

「それはそれで呪われそう!」

 

 ぎゃあぎゃあと誰が残るか喧嘩を始める一行の中、イーグルは「仕方ないな」と呆れて溜息を吐いた。

 

「じゃあ、俺が残るよ」

 

 と、その言葉に騒ぎ立てていた全員がぴたりと止まる。

 

「こうやって騒いでても進まんだろ。シェイドの彷徨える魂ってのを倒せば戻るみたいだし、俺は構わん。一人で残るのが大して怖いとも思えんし、幽霊体験ってのも割と面白そうだ」

 

 只でさえクラスチェンジが遅れているので経験を詰めないのは痛手だが、たまには年長者の余裕を示しておくのも悪くはない。「早めに頼むよ」とイーグルは笑って、シャルロットが「たすかったでち!」と歓声を上げた。立候補者の出現に、他の皆もほっと胸を撫で下ろした。

 

 ホークアイ以外は、である。

 

「………………──やっぱ、俺が残る」

 

 充分な沈黙ののち、ホークアイは低くそう声を絞り出した。イーグルを含め全員がきょとんとする。つい数秒前まで、嫌だ嫌だと騒いでいた筆頭ではないか。

 

「……嫌なら、無理しなくていいんだぞ、ホークアイ。俺は別に嫌じゃないし……」

 

 イーグルは単純に善意で立候補したのだったが、ホークアイは首を横に振ってイーグルの言葉を遮った。

 

「オーケー、じゃあジャンケンで負けたヤツな。じゃんけん、ぽん。ほい、俺の負け」

 

 イーグルはつい反射的に手を出してしまい、イーグルが勝つ。ホークアイは動体視力がよく、じゃんけんなどいつも負け無しだったのでわざとなのは明らかだ。

 一体どういうことなのかと説明を求めてアンジェラとシャルロットを見るが、彼女たちも同様に首を傾げている。ホークアイの行動は前回の出来事とは関係ないようだ。

 

 ホークアイは「そういうことだから」と言って、止める間も無く隠し部屋の机に不自然に置かれた航海日死に手をかけて、それを戸惑い無くぱらぱらと開いた。全ページが踊り狂う大量の”死”の文字で埋め尽くされているのが目に入り、イーグルの眉間に皺が寄る。薄気味悪い本である。

 

 その本を開くのが呪いを受ける発動条件になっているのか、隠し部屋の奥に青い服の青年がふわりと現れた。半透明で、後ろの壁が透けて見えている。

 青年は薄青い顔をほっと緩ませて、『お話が纏まったようで、何よりです~』と囁くように言った。マタローは恐らく最初からこの部屋に居て、姿を表すタイミングを逃し、一行の話が纏まるのを待っていたのかもしれなかった。

 マタローの幽体は呪いをホークアイにうつし、マタロー自身は消えてしまった。己の体に帰ったのだろう。何故体がこの船に残っていないのかは疑問だ。誰かが持ち去ったと考えるしかないが、この際どうでもいい。

 

 一方ホークアイの体はふっと力をなくし、その場に崩れ落ちる前にイーグルが支えた。

 その少し前で、透き通ったホークアイが重力を感じさせない様子でほんの少し地面から浮いた。

 柳眉を少し顰めて幽体の体の具合を確かめるようにして、居心地悪そうに半透明の体を少し動かす。幽体の状態は気分が悪いのだと言っていた通り違和感があるのだろうが、経験しているのはホークアイだけなのでそれを分かち合う者は誰一人いない。

 

 イーグルはホークアイの抜け殻をそっと壁に寄りかからせるが、その体が死んでいるように見えて、幽霊船に乗り込んでから初めての恐怖を感じた。

 弱いが脈拍はあるし、浅くだが自発呼吸もしている。昏睡状態であるだけなのに、本能がこの体は死んでいると告げている。それもそのはず、魂がその体にはもうないのだ。

 

 摩訶不思議な呪いによって体から叩き出されたホークアイの魂は視認可能な姿となって、一行の前で『さーて』と言った。声帯を使わない発声は、精霊たちの声のように直接頭に語りかけているような、しかし精霊たちのものよりもずっと曖昧な、頼りない響きであった。

 

『じゃ、早めに頼むよ。呪いが解けたらすぐそっちに行くから、シェイドの話は聞いといてくれ。いつでも代わってくれていいからな~!』

 

 と、ホークアイの幽体は、わざとらしい笑顔を貼り付けて一行に手を振る。

 

 本心を見せようとしない、その笑顔に腹が立った。親友なのに。兄弟なのに。ニキータのリンチの件だってそうだ、イーグルを頼りもせずにたったひとりで土下座なんかして、ひとりで重荷を背負う。共に重荷を背負いたいと言ったイーグルのことなど顧みない。

 

 その意趣返しに、イーグルもあえてホークアイの意図を無視することにした。

 

「なら、いま交代だ。こうか?」

 

 と、イーグルは航海日死をペラペラと捲ってみる。ホークアイが『ばっ──!』とイーグルの手を掴もうとしたが、当然すり抜ける。

 

 突如、体を残して意識が浮いた。自分の体が力を失って崩れ落ちるのが、視界の端に見えた。

 

『ふむ、なるほど……こんな感じなんだな』

「イーグル!」

『あっ……?!』

 

 実体に戻ったホークアイの鋭い叫びに重なって、フェアリーの驚愕の声が頭の外から聞こえた。顕現していない時はいつも頭の中に響いていた声が、外から。

 

 同時に船が大きく揺れて、船体がバリバリバリと軋む。シャルロットがきゃあと悲鳴をあげる。

 幽霊船は見るからに古く朽ちていて、元々所々壁や天井には穴が空いていた。大量の本棚の重みに、部屋の床が抜けたのだ。イーグルは反射的に床を蹴って無事な床に逃げようとするが、水の中をもがくように、空気中を緩慢に動いただけだった。航海日死を乗せた大きな机と、残された自分の体がそのまま船底に飲み込まれるのをイーグルは見下ろすしか出来なかった。フェアリーが『イーグルの体が!』と叫ぶ。

 

「っ、この……!!」

『ホーク!』

 

 ホークアイが飛び出して、イーグルの体と航海日死を掴む。落ちつつも空中で体勢を整えて、器用に航海日誌をホークアイが開く。

 その瞬間、イーグルの幽体はぎゅんと引っ張られ、本体に重なる。

 

 激しい音をたてて、本棚や机と一緒にイーグルとホークアイは下の階へと落下した。本や割れた木の板が散らばる。尻から落ちて、骨盤の痛みにイーグルは呻いた。

 そのすぐ横に、尖った木の板が上を向いている。この上に落下しなくて本当に良かった。

 

「いっつ……」

『イーグル、大丈夫?』

 

 と、フェアリーの声が頭の中に響いた。船体の揺れはまだ続いているもののある程度は収まって、「お前ら、無事か~?!」と上からデュランたちが覗き込んでくる。

 

「俺は平気だ!ホーク、お前も大丈夫か?」

 

 と、イーグルの上に重なるように倒れているホークアイの体を起こそうとするが、ぐだっとしていて意識がない。焦ったのも一瞬で、半透明のホークアイが目の前に立った。

 

 そうだ、落ちながらホークアイは呪い交代のトリガーである航海日死を開いていた。イーグルは実体に戻っているし、ホークアイは幽体離脱している。

 

『……この、馬っ鹿野郎!』

 

 と、ホークアイが激昂し、殴りかかった半透明の拳がイーグルの左頬から反対側の耳を通過した。勿論痛くはないし、何も感じなかった。

 

 ホークアイは殴れないのを悔しそうにしながら、しかし気にせず第二打第三打と拳を振り回した。

 

『あほ!ばか!考えなし!お前の体にフェアリーが憑いてるからお前は今生きてるんだってこと、少しは自覚しろ!?』

 

 幽体離脱した時、フェアリーの声は頭の外から聞こえた。

 突然の揺れは、そういうことだったのだ。運命の歯車が思い出したようにイーグルを殺そうと周り出した瞬間だったのだ。

 

『私は、あなたから離れちゃいけないみたいだね……どういう仕組みなんだろう』

 

 と、フェアリーの声が頭の中で響く。

 

 イーグルが残ると立候補した時、フェアリーの宿主として幽体の経験者だったホークアイは、確信はなくとも嫌な予感がしたのだろう。だから、わざと自分が請け負ったのだ。

 

 イーグルが俯くホークアイの顔を覗き込むと、怒りに揺れているその金の瞳には薄く涙の膜が張っていた。

 

「ホーク」

 

 その膜に驚いてイーグルが戸惑いの声を上げると、ホークアイは唇を引き結んだままキッとイーグルを睨みつけた。

 

『お前が死んだ後、俺が、どんな想いで生きてたか、話してなかったか?お前が死んで、俺が、どれだけ──……!』

 

 と、ホークアイは綺麗な顔を歪めて苦しそうに呻いた。

 

「……すまん、軽率だった」

 

 馬鹿だ。ど阿呆だ。無謀で短気で浅はか、イーグルにはそういうところがあって、ホークアイと父親以外は誰も指摘しないが改めるべき欠点だ。あの日も、そのせいで牢屋に閉じ込められ死刑にまでなるところだったではないか。イーグル自身は経験していないが、ホークアイの一度目の時間軸ではそこで死にさえした。

 己の軽はずみな行動がホークアイにこんな顔をさせている。後悔がどっと押し寄せる。

 

「ホーク、俺──」

『ごめん、今のは忘れてくれ』

 

 と、ホークアイはイーグルの言葉を遮って、透明な体を一歩後ろに退かせた。

 

『……とにかく、俺が残るよ。俺の体、上に上げてくれ』

 

 ホークアイの言う通り、イーグルはホークアイの体を抱え、デュランやケヴィンの助力を得て上に引き上げてもらう。仲間たちは困ったような表情で出迎えた。

 

「あの、誰が残るにしろ、誰かが一緒に付き添ったらどうでしょうか?無防備なところに、魔物が現れないとも限りませんし……」

「そうよ、あたしはひとりじゃイヤだけど、一緒なら残るわよ。主戦力だけど、あたしがいたら楽勝すぎて経験にならないかもだし……」

「それなら、シャルロットものこるでち!さんにんで、のんびりするのもわるくないでち」

 

 と、女性陣がホークアイとイーグルに言った。しかしホークアイが遮る。

 

『俺は前も残ってるから知ってるけど、魔物に関しては大丈夫だ。心配してくれてありがとう。シェイドの魂も、前衛だけだと相性最悪で難しいかもしれないから、アンジェラとシャルも手伝ってやってよ。可愛いレディーたちとのんびりしたいのはやまやまだけど、今は早くシェイドの魂を解放してやろう』

 

 ホークアイの頑なな様子に、イーグルは肩を竦める。ホークアイはイーグルよりも遥かに柔軟な性格をしているが、頑固になることは今までも時折あった。こうなったホークアイに話は通じないのを知っている。

 

「……経験した本人が言ってるんだ。任せて、俺たちは先に進もう」

 

 イーグルはホークアイに同意する。彼の言う通り、一刻も早く呪いを解くことができるよう、シェイドの魂を解放する方が賢明だ。

 

「ま、お前らがそれでいいっつーなら、いいけどよ」

 

 と、デュランは溜め息と共に後頭部をがしがしと掻き回した。

 

 ホークアイを抜いたメンバーは戸惑いつつも船室をあとにし、甲板に向かって足を進めた。

 

「イーグルしゃん、よかったんでちか?」

 

 と、シャルロットがイーグルの足にへばり付きながらイーグルを見上げた。何を、とは言われなかったが自明の理だ。

 

「勿論、全くよくない……が、君たちは気にするな。俺たちの問題だ。あいつは言い出したら、聞かん」

「そうでちが……かるはずみでちたね」

 

 自分よりも遥かに幼い少女に嗜められていることに気付き、苦笑した。

 

「……返す言葉もない。後で、改めて謝るよ」

「ほんと、毎回兄弟喧嘩の度に巻き込まれるこっちの身にもなれってんだ」

 

 と、一番前を歩くデュランが呆れたようにぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 ホークアイの言っていた通り、闇の精霊シェイドのコントロールを失った魂と前衛たちは相性が悪かった。ホークアイたち三人だけだった前回、ホークアイ抜きのアンジェラとシャルロットのふたりだけでもなんとかなったのは、彼らふたりとゴーストとの相性がばっちりだったからに違いない。上空に浮かばれたって魔法ならば関係ないし、姿を闇に眩まされても彼女たちならばマナが見えている。

 

 シェイドの彷徨える魂──ゴーヴァはすうっと夜空に浮かび上がり、一行を暗い穴のような瞳で見下ろした。

 

『出でよ、黄泉に屠られし数多なる亡霊、彼の者どもの肉と血を捧げん……ゴーストロード』

 

 ゴーヴァの詠唱によって、濃霧漂う闇夜の空に更に暗い穴がぽっかりと開いた。その中から白い幽鬼、スペクターの群れが現れて、イーグルたちを取り囲んだ。

 白い仮面に道化の化粧を施した幽鬼の魔物達は、奇妙な笑い声を上げて一行に襲いかかる。デュランやケヴィン、リース、イーグルといった前衛は後衛を背に守りながら、それぞれの武器で次々と魔物を屠っていく。スペクターは弱く、脆い体はすぐにぼろぼろと崩れて闇へと消えるが、開いた穴からは次々と新たにスペクターたちが現れた。

 

「くっそダリィ、またこういうキリがねえタイプかよ!」

 

 と、デュランが大剣の腹で数匹のスペクターを薙潰しながら舌を打った。

 

「でも一体一体はさほどでもありません」

「本体浮き上がる、厄介……」

 

 リースは長槍でスペクター2体を同時に串刺しにし、ケヴィンも踵をめり込ませる。

 

 その背後で、アンジェラとシャルロットがホーリーボールをゴーヴァに向かって放った。ゴーヴァは光球をまともに受けて、じわりとその身を薄くし、すうっと闇夜に姿を隠してしまう。ケヴィンが「消えた!」と焦って周りを見渡すが、どこにもゴーヴァの白い姿はない。

 

「大丈夫、彼女らには見えてる」

 

 イーグルの言った通り、アンジェラのホーリーボールが何もない闇夜で弾け、ゴーヴァの輪郭が光に照らされて闇夜に浮かぶ。弱点属性の光魔法を連発され、ゴーヴァは苦しげに呻いた。

 夜に溶け込み姿は見えないが、マナへの感受性に秀でた者ならば、ゴーヴァが纏うその闇のマナでその位置は把握できる。

 

「オイラ達、攻撃できないけど、シャルたちの魔法、弱点、つけてる。楽勝そう」

 

 と、ケヴィンが楽観的な言葉を吐く。

 

 ゴーヴァは空高く浮き上がり、両手を広げた。同時に周囲の闇のマナがぐっと増し、闇が一層深くなるような心地がした。

 

『常闇から溢るる腐れた涙よ──ブラックレイン』

 

 ゴーヴァを見上げる面々の頬にポツリと雫が落ちたかと思うと、雫は黒い雨となって船の上に降り注いだ。腐った黒い雨は確実に全員の視界や聴覚などの五感を鈍らせて、何よりぬめりけを帯びていて気色が悪い。

 闇のマナを多分に含んだそれは体力を着実に奪い、この調子で浴び続ければ全滅もあり得る。

 

「この雨、変な、ニオイ!」

 

 と、ケヴィン。獣人の嗅覚にはこの腐敗臭はキツいらしい。

 ケヴィンは正面のスペクターに向けて下から拳を突き上げるが、スペクターはにやりと笑ってにゅるんとケヴィンの攻撃を受け流す。

 その雑魚をイーグルが斬りつけて、その体がぱくりと割れる。が、その裂かれた体はすうっと時を巻き戻すようにくっついて行く。

 

 「何だ?!急に強くなりやがった!」

 

 とデュランが苛立つ。イーグルはハッと気付いて、手のひらを広げて黒い雨を受ける。雫の一粒一粒が、闇のマナを煮詰めたかのようなものだ。

 

「この雨だ。闇属性を吸収してるんだ」

 

 大体の魔物はそれぞれに属性を持っていて、その属性で攻撃すると効果が薄かったり、無効化されたりするものだ。そして時折、吸収し回復するものもいる。スペクターもそれだ。ゴーヴァはそれを逆手にとり、召喚したスペクターたちにわざと攻撃を当てている。

 

 ゴーヴァは黒い雨の中、再び姿を消した。

 雨に含まれた闇のマナは、ゴーヴァの闇のマナをベールのように覆う。隠れ蓑になっている。

 

 緊張で表情を強ばらせる一行の真ん中にゴーヴァはすうっと姿を現し、その爪と尻尾を振り回した。イーグルはその尻尾に腕を突刺され、「ぐっ」と低く声を上げる。イーグルの反撃の刃が届く直前にゴーヴァは再び姿を闇に紛れ込ませ、再び上空に上がった。

 

 イーグルは「やられた」と小さく呻いて後衛に下がる。

 

「あの尻尾の攻撃、沈黙の状態異常付きみたいだ」

 

 回復しようとしたらできなかった、とイーグルはシャルロットに状態異常の回復を頼んだ。沈黙と呼ばれる状態異常は、全身にある魔力の通り道を強制的に閉じられるものだ。

 

「ありり?きをつけろって、いってなかったでちか?」

 

 とシャルロットは驚いてから、「ティンクルレイン!」と状態異常回復魔法を唱えた。粒子の細かな光がイーグルの体内に入り込み、魔力の通り道をこじ開ける。体が軽くなるような心地がして、イーグルは沈黙の効果が切れたことを知った。

 

「聞いてない。敵について知ってることは教えてくれよ……」

 

 と、イーグルは溜め息と共に呆れて、自分で回復術を唱えて、突き刺された腕の治療をした。

 

「ごめんでち。そういうせつめいは、たいていホークアイしゃんがやってたから……」

「あたしたち、ちょっと、あいつに甘え過ぎかもね?」

「たしかに、そのとおりかもしれまちぇんね。びしょーじょシャルロットをあまやかすのは、みなしゃんのギムでちが……」

 

 と、アンジェラとシャルロットはしゅんと顔を見合わせた。

 

「反省は後にしよう。君たちの光魔法が主戦力なんだ」

 

 と、イーグルは上空から回り込んで後衛側に突撃してきたスペクターを切り捨てた。しかし切り捨てても切り捨てても、スペクターは体を元に戻して向かってくる。黒く腐った雨は降り止む気配も見せない。

 

「あいつの弱点は光だけど、先ず闇の雨をどうにかしましょ。あたしに任せて!調度、試したいって思ってたところよ」

 

 と、アンジェラは杖の先をごつんと甲板にぶつけた。「頼むわよジン」と口の中だけで呟き、目を瞑って詠唱に入る。

 

 アンジェラが集める風のマナの気配を感じ取り、ゴーヴァはふっと後衛の真上に姿を現した。真っ白の鋭利な爪がアンジェラに振り翳される。

 

 詠唱中は、術者は隙だらけだ。通常ならばこんな周囲を敵に囲まれた状態で行うものではなく、敵と距離を取り前衛に守ってもらって安全を確保した上で成り立つものである。慣れた下位魔法ならば兎も角、上位魔法は詠唱を邪魔されれば暴発も有りうる。

 

 しかし、ゴーヴァの爪がアンジェラに届く前に詠唱を完成させていたシャルロットがフレイルを振った。

 

「じゅんけつなるおとめのけいやくのもとに、いでませ、ふんぬのごんげ!」

 

 アンジェラを守ったのは、ゴーヴァとの間にふうっと現れた、角を持った白馬の首である。チェスのナイトのような出で立ちのその魔物は宙に浮いたまま方向転換し、ゴーヴァの体を突き刺した。ゴーヴァは小さく呻き、再びその姿を闇に溶かし、上空に逃げた。

 

 シャルロットの召喚したものは、伝説に聞こえるユニコーンの首を模した魔獣だ。シャルロットは闇にクラスチェンジを経て、一部の魔獣と契約を果たし一時的に召喚することが可能となったのだ。契約によって魔獣はシャルロットの精神と繋がり、その念を受け取ってシャルロットの意思通りに動く。

 

「けけけっ、みたでちか、しょうかんまほう!」

 

 クレリックからエンチャントレスへのクラスチェンジと共に、シャルロットは笑い方も一層怪しくなっているようだ。

 ユニコーンヘッドはシャルロットの遠隔操作に従って、近くのスペクターを串刺しにした。

 

「敵の新手かと思ったよ」

 

 と、イーグルは感嘆しながらそう言った。その幼さに似合わない、見事な呪術だ。

 

 その背後では、アンジェラが風の上位魔法を組立を完成させたところであった。

 

「猛り狂え嵐よ、撃ち鳴らせ雷鳴!サンダーストーム!」

 

 船の上で、アンジェラを中心として風のマナが嵐のように渦巻く。スペクターの軽い体と、視界を黒く霞ませていた雨は風に乗って上空に吹き上がった。その作られた嵐の中では雷のように光が何本も走り、バチバチと音を立ててスペクターを焼いている。

 この厄介な状況を、アンジェラはたったひとつの魔法で打開してみせた。主戦力を豪語するだけあって、その実力は目を見張るものがある。

 経験を積みたい前衛たちに気を使って残しておいてくれたのか、単に魔法の範囲から外れてしまったのかはわからないが、ゴーヴァは嵐に巻き込まれず、風と雷を避けて甲板に姿を現す。

 

「なるほど……勉強になりました」

 

 ゴーヴァに一番に反応したのはリースだった。細腕に似合わないその腕力で長槍を振り回して、空気を掻き回す。

 アンジェラの魔法とは比ぶべくもないが、生じた小型の竜巻がゴーヴァを捕まえた。

 

「旋風槍!!」

 

 ゴーヴァは姿を消そうとしたようだが、竜巻がそれを許さない。リースが竜巻の中に突進し、ゴーヴァは低く唸った。

 竜巻が消えた時、ゴーヴァの白い胴体に穴が空いていて、その穴を通して夜空が見えた。

 

 

 

 船を包んでいた濃い闇のマナが晴れ、夜空が元に戻る。巨大な月を背景に、再び黒い影が浮かび上がった。影は蝙蝠に似た羽を広げ、蛇の瞳のような宝石を抱えている。

 

『……よくぞ、我が迷える魂を開放してくれた。仲間の呪いも、解けたであろう……』

 

 と、闇の精霊シェイドは遥か遠くの地響きのような低く掠れた声でそう言った。イーグルの頭上にフェアリーが浮かび上がる。これまでと同様、事情は既に戦闘の最中にフェアリーがテレパシーで語りかけていた。

 

『シェイドさん、私たちに、お力をお貸しください。このままでは、世界からマナは失われてしまいます!』

『事情は承知の上……喜んで、力を貸そう。何れ闇に堕ち行く世界、因果に逆らうもまた一興……』

 

 フェアリーが闇のマナストーンの所在についてシェイドに尋ね、シェイドはマナストーンを巡って起こった世界大戦の物語を語った。かつて人間たちはマナストーンのエネルギーを求め争いを繰り返し、魔物につけ込まれて世界は滅亡の縁まで行ったらしい。そして現在も、世界は魔の者の先導で同じことを繰り返そうとしているのである。

 

『闇の神獣は消えた訳ではない。恐らくこの世界とは別の異世界で、再びマナストーンに姿を変え、この世界のどこかに影を落としている事だろう……』

 

 シェイドの昔話を聞いていると、突然船内へと続く扉が開かれた。呪いが解かれ、無事に体へと戻ったホークアイが甲板に上がってきたのだ。

 

「おーい、助かったよ!みんな、おつかれ」

 

 と、ホークアイは何事もなかったかのような元気そうな様子で片手を上げて笑った。

 

 その時、船が揺れた。地鳴りのような音を鳴らして、船全体が大きく傾く。全員がバランスを崩し、甲板に転び船の縁まで滑った。

 

『……魂が解放されたので、この船も消える定め……』

 

 と、シェイドは姿と声を霞ませながら言った。フェアリーや他の精霊たちと同様、イーグルの体の中に溶けて消える。

 

「みんな、手をつなぎなさい!!」

 

 デュランに体を支えられながら、アンジェラが叫んだ。ケヴィンはシャルロットを抱えながら空いた手でリースの腕を掴み、リースはイーグルの手を取った。

 

「絶対に手を離さないで!」

 

 同時に、足場が消え失せた。船全体が消失してしまったのだ。

 一行は夜の冷たい海に投げ出される。明かりは月明かりのみ、海は黒く、波は高い。全員が手を取り合っていることをお互いがそれぞれ確認しあう。

 

 全員ではない、とイーグルがハッとした。ホークアイは一行から少し離れた場所にいたので、ひとりだ。

 

 月に照らされる暗い海面、波の向こうにホークアイの姿がちらりと見えて、イーグルはリースの手を振り払って水を蹴った。「イーグルさん!」というリースの引き止める声が聞こえたが、構ってはいられない。服を着ながらの水中は体が重く、思った通りに動けない。砂漠育ちだが、オアシスではよく仲間たちと水泳の練習をしたし、サルタンの浜辺や港で海を泳いだこともある。決して苦手ではなかったが、全身に防具を付け荷物を背負いながらの水泳はさすがに初めてだ。

 

「ホーク!」

 

 イーグルは荷を捨て、先ほど見えた人影に向かって波に逆らう。波は揺れる度に人影を隠す。

 ふたりは同時にお互いの手を取り、無事を確認し合った。幽霊船が消失してしまうのを知っていたホークアイは幾分冷静だった。知らされないまま突然海に投げ出されたイーグルは、ホークアイの冷静さにこの状況も予定通りであることを知ってほっとする。この落ち着いた様子では、何も頼れないこの状況下でも何か打開策があるに違いない、とイーグルは重りになる鎧を器用に片手で脱ぎ捨てながらホークアイに尋ねる。

 

「ホーク、この後は?」

「気がついたら火山島ブッカだ。このまま潮流に任せるだけ」

 

 イーグルが得たのは期待したよりも遥かに杜撰な返答だった。筋道の決まった運命を幾度となくイーグルは呪ったが、今回ばかりは運命の通りになってくれと都合良くも祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 







リ「や、やばいですイーグルさんがホークアイさんをひとりで助けに!私たちも行った方が――」
ア「ちょ、ちょっと待ってこの筋肉デブがまともに泳げないらしいの!」
デ「き、筋肉はテメェの無駄な脂肪と違って重いんだよ!」
ア「無駄な脂肪ですって?一回沈んで反省しなさい、メガスプラッシュ!!」
デ「おっおいこんなごぼごぼばびぶんばばぼばぼ!」
シ「ケヴィンしゃん、およぐのとってもおじょうずでちね!このままシャルをのせてブッカまでおよげるでちか?」
ケ「任せて。ミントスからジャドまで、泳いだこと、ある」
リ「きょ、協調性ってなんでしたっけ……」
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