聖剣伝説3逆行   作:畑中

12 / 21
12話:火山島にて

 

 

「ホーク!!ホークアイ──!!」

『ホークアイ、お願い、起きて!!』

『もいっかい行くダスよ〜、ご主人様ー、はなれてはなれてー』

 

 全身に激しい衝撃が走って、ホークアイは目を覚ました。特に胸が痛い。噴水のように口から水を噴き出して、体はなんとか肺の中に残った水を外へ出そうと激しく咳き込んだ。口の中はしょっぱく、喉も胸も痛いが咳が止まらない。

 

「ああ、ホーク──!!」

 

 咳も構わず正面から強く抱き締めてきたのはイーグルだ。お互いにびしょびしょに濡れている。イーグルの肩越しに白い波打ち際とコバルトブルーの海が見えて、ああ火山島についたんだな、とぼんやりとホークアイは思った。海が太陽の光を反射し、眩しい。

 イーグルは痛いほど圧迫してきて、「っ、い、痛いんだけど?」とホークアイはなんとか文句を吐き出した。イーグルは「黙れ」と無碍にして、ホークアイの肩口に顔を押し付けてくる。

 

『よ、よかった、ホークアイ……!死んじゃったと思ったよ……!』

『やっぱり、モンスターもヒトもおんなじダスー。止まった心臓、雷で復活することもあるダスー』

 

 頭上ではフェアリーと風の精霊ジンが不思議なことを言っている。

 

「げほっ、ごほっ……どういう意味?」

『あなた、心肺停止してたんだよ!ヒールライトも全然意味ないし。ジンがいなかったら、どうなってたか……!』

「まじ?」

「──大マジだ」

 

 至近距離からイーグルは恨めしく睨んでくる。二の腕を掴んでくる握力はぎりぎりと力を増していって、痛い。どうやらめちゃめちゃ怒っている。イーグルがこんなふうに怒るのは、めちゃめちゃ心配した後の反動なのを経験則で知っている。ホークアイは項垂れて「ごめん」と素直に謝った。しおらしくすれば、イーグルの怒りは持続しない。

 

「……戦慄したよ。ここで終わりかと思った」

 

 と、イーグルの手から力が抜ける。ホークアイはもう一度「ごめんな」と言って今度は自分から体を擦り寄せてハグをした。イーグルの鼓動は可哀想なくらいどっどっどっと大きく跳ねていて、今起こったことの衝撃を物語っている。

 

「……でも、どうしてだろう。前は、こんなことなかったのに」

『……未来が未知数になるっていうのは、こういうことでもあるんだよ。元々の筋書きを、変えることができるの。良い方にも、悪い方にも』

「そうか……気をつけないとな。ジンも、助けてくれてありがとう」

 

 ホークアイがジンに礼を言うと、ジンは『ここで旅を終わりにされると、ワシらも困るダスー』と宙をくるりと回った。例えホークアイが離脱したところで聖剣を抜くための旅は終わらないのに、不思議な言い回しだ。首を傾げるホークアイに、イーグルは「お前が死んだらこの旅を続ける意味がない、と思ったのを聞かれたんだ」と補足した。イーグルはようやく平常心を取り戻したのか、ホークアイを解放する。

 

「責任は果たすよ。ありがとうな、ジン」

『ご主人様のお役に立てて、嬉しいダスー』

 

 ジンはまたくるりと回って、イーグルの中に溶けて消えた。

 

 

 

 砂浜を見渡しても、他には誰もいなかった。どうやら一緒に打ち上げられたのは自分たちふたりだけのようだ。

 熱帯の気候に生える植物群の間から見える山頂からは煙がもくもくと立ち上り、前回経験した爆発的噴火も近そうだ。

 

 ホークアイはもう動けると主張したが、安静にしておけと無理やり休ませられて、イーグルは仲間たちを探して海岸沿いを歩き回った。しばらくして帰ってきたイーグルは荷物の一部を回収してきたが、人が流れ着いたような痕跡は一切なかったらしい。仲間たちはこの海岸には漂着していないようであった。

 

「前回と比べて、景色が違う。火山の形の感じから言うと、俺たちは島の反対側に流れ着いたんじゃないかな」

 

 ホークアイは以前の景色を思い出しながらそう言った。仲間たちは前回の場所に流れ着いたとすると、島を挟んで逆の方向に位置することになる。

 

「ブースカブーを呼んで、海岸に沿って泳いでもらおう。この島のどこかには流れ着いてるはずだ」

 

 物資はほとんど流されたが、ブースカブーを呼ぶことのできるぴーひゃら笛は大事に懐に入れており、無事だったのは僥倖だ。フォルセナの国宝だから、無くしたらデュランは憤死するかもしれない。

 

 ホークアイはぴーひゃら笛でテキトーな旋律を奏でた。何か決まった旋律があるわけではなく、どんなメロディでもホークアイが砂浜で笛を吹けばブースカブーはやって来る。何の変哲もない笛の音は、ブースカブーという巨大生物のみにとっては心地よい音として響くらしい。どういう理論が働いているのかホークアイには知るすべもないが、音が届くわけのない遥か遠くからでも、ブースカブーは甲斐甲斐しく馳せ参じたものだ。

 

 しかし、待てども待てどもブースカブーはやってこなかった。

 

「来ない……」

「来ないな」

「さすがに知らないヤツは助けてくれないのかな?島の洞窟の奥に、ブースカブーの棲家がある。初回はそこで顔見知りにならないと駄目なのかも」

「なら、まず連中との合流が先だな。向こうも俺たちを探してるだろうが、合流できそうな目印になる場所はないのか?」

「平和主義ダークプリーストの集落があるから、落ち合うならそこが分かりやすい。アンジェラやシャルもそう考えることを期待して、取り敢えず行ってみよう」

 

 と、ホークアイたちははぐれた仲間たちと合流すべく、海岸を後にして島の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 モンスターたちを倒しながら、ふたりは昼を越える頃にダークプリーストの村に辿り着いた。その小さな集落の魔物たちは皆平和主義で攻撃性がなく、人間の姿に動揺もせず無関心に迎えた。

 

 小さな集落なので、仲間たちが村の中にいることはすぐに知れた。村の中心にあるトーテムポールを囲むようにして、はぐれた仲間たちがふたりを待っていた。

 岩に腰掛けていたリースはホークアイたちの姿をいち早く見つけ、「良かった、無事だったんですね!」と嬉しそうに声を上げた。

 

「ホークアイしゃん、おっそいでちよ!」

「ったく、しっかりしてよね、馬鹿!」

 

 などなど、シャルロットとアンジェラからは叱責の声も飛ぶ。

 

「心配かけたな、悪い」

 

 叱責は心配の裏返しであることは重々承知しており、ホークアイたちは素直に謝った。未来が未知数になったことが、まさかこのように不利に働くとは思ってもみなかったのだ。

 

「本当に心配したぜ。山はどっかんどっかん言ってるしよ」

 

 と、デュランは腕を組んで不機嫌そうに言った。

 

「置いて逃げようにも、ノームがいないと洞窟に入れないらしいじゃねぇか」

「そもそもフェアリーしゃんがいないと、ブースカブーしゃんがたすけてくれるかもあやしいでちから」

「あとお前らにはうちの国宝の笛をパクられたままだしな。本当に心配したぜ」

 

 仲間たちは本当に良かったと頷き合うが、ホークアイとイーグルは心配の内容に首を傾げる。

 

「あれ?ホントに俺たちの心配してた?置いていこうとしたって言った?」

「噴火と保身の心配はしてたみたいだな……」

「そ、それはあれです、信頼の証です。おふたりなら大丈夫だろうという……!」

 

 

 仲間たちは既にダークプリーストから塩や干し肉などの必需品を購入済みで、出発の準備を終えていた。海にほとんどの荷物を捨ててしまったのは痛手だったが、この村で装備を整えられるのはありがたい。

 大規模噴火が間近に迫っていることを知りつつも、ダークプリーストたちは平時のように店を開ける。噴火のその時まで、彼らは常と変わりない生活を続けるつもりなのだ。

 

「噴火も近いのに、また人間が増えたぎゃー。死にに来たぎゃー?」

 

 と、一匹のダークプリーストが村をうろつく彼らの姿を見てそう言った。イーグルがその言葉に首を傾げる。

 

「噴火が近いとわかっているのに、彼らは逃げんのか?」

 

 イーグルがホークアイに向かって尋ねた。ホークアイはその言葉にハッとする。

 すっかり失念していたが、このまま運命通りにいけば、ダークプリーストたちは噴火によって全員が死んでしまう。前回、彼らは困り果てるホークアイたちに、海のヌシの存在と、その棲家の洞窟への道を指し示して助けてくれた。その恩に報いるなら今しかない。

 

「……噴火はまだ少し先だ。ブースカブーに全員は乗れないが、筏でも作れば島を脱出できる。全員で作ればギリギリ間に合うかもしれない。みんなで逃げよう!」

 

 と、ホークアイは周囲のダークプリーストたちに向かって言ったが、ダークプリーストたちは一笑に付した。

 

「ワシらは自然の流れに逆らわない事にしてるぎゃー。死ぬときゃ死ぬ!それが、自然と共に生きることぎゃー」

 

 ダークプリーストはその死生観を誇るのかのように小さな胸を張った。大抵の魔物は人間よりもはるかにマナへの感受性が高い生き物で、その中でもダークプリーストは自然と一体となって生きるのを好むらしい。

 

「かと言って、死にたいわけじゃないだろ?島と心中しなくたって……」

「ワシらの価値観が、あんたらと共有し難いのはわかってるぎゃー。逃げたきゃ逃げればいいぎゃー」

「だが……」

 

 魔物とはいえど彼らは平和的に意思疎通をこなし、人間とよく似た原始文明を持っている。彼らの村のトーテムポールには、世界中に点在するマナの女神像と同じ加護を感じる。彼らと人間、命の尊さに変わりはない、とマナの女神様が太鼓判を押したようなものだ。マナの女神様が見守っている世界には、人間だけじゃなく彼らも含まれている。命が無駄に散るのを傍観することはできない。

 

 ここまでホークアイは、救える命は救おうと躍起になって進んできた。彼らのいう自然の流れが運命の流れだというのなら、ホークアイはそれを変えるために今ここにいるのだ。

 

 変えたい運命の筆頭は、横にいる。そいつはホークアイの肩に手を置いて、「諦めろ」と首を横に振った。

 

「彼らの意志を尊重しろ。強行することじゃない」

「でも、俺は救える命を救うために戻ってきたんだ。運命に抗うために全部やり直してるんだ。ここで彼らを見殺しにしたら、筋が通せない」

「彼らは救って欲しいなんて言ってない」

「お前だって言わなかった!お前だけでも逃げろって、自分は死ぬ気だったろ!」

 

 旅立ちの日、イーグルはナバールと運命を共にすると言ってホークアイとの脱出を一度、拒んだ。まるで運命の流れに従うように。運命に支配されているかのように。

 

 イーグルは「ホーク」と叱責するかのようにホークアイの名前を呼んだ。

 

「救えるやつは救えばいい。その腕に抱えきれる分だけ抱え込めばいいさ、俺だって手伝うよ。だが、ダークプリーストを救ってどうする?俺たちに彼らの住む場所の世話ができるか?この島を失って、大陸に彼らの居場所があるとでも?獣人やエルフ、コロポックルやドワーフでさえ隠れ住む世の中で、人間が彼らを受け入れるとでも?島と一緒に死にたかったダークプリーストたちの気持ちは?意志に反して無理矢理生かされ、お前を恨んだりしないと言い切れるか?もし獣人のように迫害され人間を恨んで諍いになったら?お前はお前の都合で彼らを生かして、お前の都合で彼らを殺すのか?」

 

 捲し立てるイーグルに、ホークアイは言葉を失った。イーグルは更に嘆願するかのように言葉を続ける。

 

「お前の恐怖はわかるつもりだ。幽霊船じゃ、軽はずみな行動をしてすまなかった。反省してる、もう二度としないから許してくれ。お前が俺の運命が怖いように、俺もお前が筋書きから外れていくのが怖い。お前が死なないはずのところで死ぬかもしれないのが怖い。どうか、頼む。死ぬ運命のやつを誰も彼も救いたいなんて、驕らないでくれ」

「…………」

 

 言葉をなくすホークアイに、デュランも「放っておいてくれってやつを無理矢理助けようだなんて、俺もそりゃあエゴだと思うぜ。悪いけど」と言った。

 

「どうやって死ぬかっていうのは、どうやって生きたかだ。それを汚しちゃなんねぇ」

 

 ホークアイはそう指摘されて息を呑んだ。彼らの命を救いたいと思うことすら、彼らの生き方を否定することと同義らしい。

 否定は出来なかった。彼らのためというお為ごかしで、結局救うことによって満足感と心の平穏を得たいだけだ。ダークプリーストたちの死生観には無視をして。

 

「喧嘩なら他所でやってほしいぎゃー」

 

 と、平和を愛するダークプリーストらしい言葉がかけられる。

 

「ありがた迷惑ってやつだけど、心配してくれてるのはわかったぎゃー。ありがとぎゃー」

 

 ダークプリーストが礼を言う。彼らにとっては、救助は余計なお世話に過ぎないのだ。ホークアイは大きく深呼吸した。感情をどうにか落ち着ける。

 

「……わかったよ。行こう」

 

 誰の賛同も得られないなら、救助は不可能だ。彼らが自然の流れの中で死ぬことを選ぶのなら、それは他人が手を出してまで変えるべきではないのだ、とホークアイは自分に言い聞かせてみた。彼らが自然の流れと呼ぶそれが、運命によって予め決められたレールなのだとしても。

 

 集落を後にした一行に、ダークプリーストの独り言のような呟きが、背中越しに届く。

 

「自然の流れを歪めて、無理に死期を延ばしても無駄だぎゃー。どうせ死ぬことに変わりはないぎゃー」

「!」

 

 ホークアイは思わず体を固くして足を止めた。ゆっくりと振り向くが、ダークプリーストはもうこっちを見てもいなかった。

 彼はダークプリーストの死生観、それを口にしただけだった。

 だがそれは予言のように響いた。流れの中だったならば、疾うに死んでいるはずの運命を歪めた身ならば尚更だ。

 

「心配するな。俺たちの流れは、もう断ち切ってあるんだから」

 

 と、イーグルはホークアイを促した。ホークアイは短く頷いて、一行は今度こそダークプリーストの村を後にした。

 

 だが、ホークアイはイーグルがその流れを完全には断ち切れていないのを知っている。幽霊船の一件でそれは明らかになった。

 聖剣の勇者となることで未知数になったとは言えど、それはフェアリーが盾となっているに過ぎない。運命はまだイーグルを見ていて、殺そうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 やはり、洞窟は度重なる噴火の影響で入り口が塞がってしまっていた。前回通りノームに頼んで岩場の土砂を退けてもらうと、洞窟の入り口が現れ、一行はブースカブーの棲家に赴くため暗い洞窟を進んだ。

 

 この洞窟の魔物は、一定のダメージを受けるとトカゲに成長するぱっくんオタマや、ヒールライトを使って回復する上、格上の増援を召喚するポトなど厄介なものが多い。一行の疲労がじわりじわりと溜まっていくのも仕方がないことであった。

 

 何匹かのポトの群れに遭遇し、それぞれが増援を呼び、それはいつの間にか大群と化していた。

 それぞれのポトがお互いヒールライトを掛け合って、いくらダメージを与えてもキリがなくなった頃、ホークアイはクラスチェンジ後新たに覚えた魔法を披露した。

 

「成功してくれ、ボディチェンジ!」

 

 ホークアイの詠唱と共に、光がポトを包む。するとポトの輪郭はぐにゃりと形を変えた、ラビやマイコニドといった弱いモンスターへと姿を変えていた。

 相互ヒールライトを失ったポトたちを狩るのは難しくなく、一行は時間をかけながらもその群れを殲滅させた。

 

「面白い魔法だったな、さっきのは何だ?」

 

 イーグルがホークアイに尋ねる。ホークアイはにっと笑って、「ローラントで戦った、シェイプシフターを参考にしてみた」と答えた。魔界の門ジェノアによって召喚された小さな影の魔物シェイプシフター、それの得意とする変身能力のことだ。

 

「今日はルナの日だからな。月属性の魔法を試すにはうってつけだった」

 

 曜日は、魔法使いや魔物、マナを扱う者にとっては重要なものだ。サラマンダーの日ならば炎のマナが、ウンディーネの日なら水のマナが、というように対応するマナの強さがぐっと増すのである。今日はルナの日だったので、月属性の魔物はより強く、月属性の魔法はより扱いやすく、より強力になっていたのだ。

 

「何か陰険な魔法ね。正々堂々じゃないって感じ」

「こすいまほうをつかうでちね~」

「連発すんじゃねぇぞ、経験が詰めねぇ」

 

 と、酷評するアンジェラとシャルロット、文句を言うデュランにホークアイは「もうちょっと言い方があるだろ、俺だって傷つくぞ!」といじけた。

 

「ホークアイさん。ポトたちが見慣れないアイテムを落としていきました」

 

 真面目にせっせとポトから油を絞っていたリースが、そう言って小さな何かを渡してきた。

 

 一粒の種である。よく拾う白い種ではなく、それはきらきらと光り輝いている。

 驚愕に目を丸くするホークアイの後ろから覗き込んできたケヴィンが「何、それ?」と首を傾げた。

 

「まさか、こんなところで手に入るなんて……!これは、クラスチェンジアイテムの種だ。さっきのポトたち、マーマポトだけじゃなくてパーパポトまで召喚していたんだろう」

 

 クラスチェンジアイテムの種を落とすモンスターの種族は決まっていて、パーパポトはそのうちのひとつだ。クラスチェンジには二段階有り、二回目のクラスチェンジを成すためには専用の特別な道具を必要とする。前回ならば旅路の後半、神獣もほとんど倒し終わり、ペダンの近くでようやく手に入れたアイテムだ。

 

「さっすがホークアイしゃん!アイテムドロップうんだけはいいでちね〜!」

「アイテムドロップ運だけはね!」

「お前らたまには素直に褒めてくんない?」

 

 シャルロットとアンジェラの褒め方にホークアイはがっくりと項垂れつつも、大事に懐にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロットやイーグルしゃんがいるのに、そんなあぶらがひつようでちか〜?」

「あー、シャルのライバルはポトの油だもんな。一家に一人はシャルかポトが欲しい、ってね」

「このシャルロットをポトとどうれつにあつかうとは、いいどきょうでち」

「やめてやめて、ユニコ召喚しようとするのやめて」

 

 シャルロットの不満を聞き流しつつポトの油を集め終えたホークアイたちは、前回の記憶を頼りに、洞窟の分岐を進んでいった。

 同じような景色ばかりが続く洞窟の細かい道順を正しく覚えているわけもなく、何度も行き止まりに迷い込んで道を引き返す羽目になってしまったが、なんとか一行は水脈の通る場所を見つけた。水脈に沿っていけば、そこがブースカブーの棲家だ。

 途切れなく現れるモンスターたちを次々と片付けながら、ホークアイは「そろそろゴールだな」と言った。

 

「前回は、洞窟の奥で邪眼の伯爵に会った。タイミングがズレてるから、今回もいるかどうかはわからないが」

「いたでちいたでち。くろのきこーしのよげんがどーとか、いみふめいなことをいいにきただけのおじさんでちね。なにしにきたんでちかあいつ」

「あたしたちを待ってそのまま噴火に巻き込まれてほしいわね」

 

 邪眼の伯爵は前回の旅路、「黒の貴公子様の予言に従い、貴様達を始末しに来た。予言によれば、貴様達は邪魔な存在になりうる」と言いながら、「間もなく火山の噴火が始まる。生き埋めになって死ぬが良い」と何もせず、ホークアイたちを置き去りに去っていったのだ。しかし実際、ブースカブーに助けられなければ、彼の思惑通り一行の旅路はここで終わっていただろう。

 

「──邪眼の伯爵というと、エリオットを拐った、美獣の仲間ですね」

 

 と、リースは弟を誘拐された恨みに、眉間に深く皺を刻んだ。

 エリオットがいるのはおそらくダークキャッスルであることは教えてあるが、今の実力で乗り込んだとしても死にに行くだけだ、という説得によってリースは大人しく一行の旅路に加わっている。まずは精霊を集め、マナの剣を抜き、マナの女神様を甦らせることが先決だ。

 

「美獣とは違って、ジェシカさんにかけられた呪いとは無関係ですよね。ならば、ここで倒しても問題はないのですよね」

 

 と、リースは長槍を強く握り締めた。その瞳には憤怒が浮かんでいる。ホークアイは「確かに、ヤツは死の首輪とは関係ない」と頷いた。

 

「でも、今の俺たちで倒せるかどうか、が問題だな」

「そんなに強いんですか?」

「強いよ。前回、あの男と戦ったのは旅の後半だった。正直、今の俺たちじゃ手も足も出ないだろうな」

 

 二回目のクラスチェンジを全員が済まして、ようやく敵う相手であった。今回の旅は人数こそ多いが、戦っても勝ち目は薄い。伯爵の魔法の強力さを前に、全員がなすすべもなく倒れてしまうだろう。

 

「ここで戦闘になるのは避けたいわね。強力な全体攻撃魔法ばかり使ってくるし、デス・スペルは厄介だわ」

 

 と、前回の伯爵との戦闘を覚えているアンジェラもホークアイに同意した。

 デス・スペルは、即死魔法とも呼ばれる闇の魔術だ。闇のマナを急激に体内に送り込むことによって対象の心臓を止める、禁忌とされている呪法のひとつである。魔法への耐久性が高ければ即死に至るまではいかないが、しばらくの間、戦闘不能に陥ってしまうのは確実だ。

 

「デュランやケヴィンは魔法防御が低いし、一発で死んじゃう可能性だってあるわね」

「おい、嫌なこと言うなよ」

 

 アンジェラの想定した最悪の事態に、名指しされたデュランとケヴィンはぶるりと身を震わせた。ホークアイは肩を竦める。

 

「まぁ、いるかどうかもわからない。いたとしても、前回通りなら戦闘にはならないはずだ。向こうはこっちが噴火に巻き込まれて死ぬと思ってくれるから、こっちから喧嘩を売るのはよしてくれ」

「……わかりました」

 

 と、リースは渋々頷いた。

 

 

 

 

 しかし結論からいえば、洞窟の最奥には幻獣ブースカブーの姿も邪眼の伯爵の姿も見られず、水脈はひっそりとしていた。やはりタイミングがズレているのが原因だろう。

 基本的には世界は前回通った記憶通りに動いていて、ホークアイたちはそれを少し先取りするように動いている。わざわざ船に乗ってコロポックルの村に寄らないで済んだのは大きく旅路を短縮できたし、先に秘宝の笛を手に入れたことも大きい。

 

 前回は、噴火が始まり誰もが死を覚悟したとき、ブースカブーによって助けられた。しかし今回は既に笛を手に入れているので、こちらから呼ぶことが可能なはずだ。

 

 ホークアイは懐の笛を取りだして、適当な旋律を吹いた。笛の音は洞窟に反響し、美しく余韻を残して響いた。

 しかししばらく待てども、ブースカブーは姿を見せない。

 

「来ないな……」

「こないでちねぇ」

「おい、笛がへたくそなんじゃねえか?俺にやらせろよ」

 

 と、デュランは待ちくたびれて文句を言った。ホークアイは唇を尖らせて「砂漠のディーヴォと呼ばれた俺に向かってヘタクソたぁなんだ」と嘯いた。

 

「大体、ブースカブーは俺以外には……あっ、そうか」

 

 ブースカブーは、人に心を許さない。その危険さ故に、英雄王も秘宝の笛を世に出さず封印してきたのだ。

 前回の旅路でブースカブーがホークアイたちを助けてくれたのは、ひとえにホークアイがフェアリーの宿主だったからだ。ブースカブーはホークアイにのみ懐いていて、笛を扱ってブースカブーを呼び出すのも、自然とホークアイの仕事だった。

 

「イーグル」

 

 と、ホークアイはイーグルに向かって笛を投げる。回転しながら弧を描いて飛ぶ笛を器用に片手で受け取って、イーグルは「俺が?」と首を傾げてホークアイを見返した。

 

「ブースカブーは人に懐かない。多分、フェアリーの宿主だけが例外なのかも」

「ふーん。つっても、何を吹いたらいいんだ?」

「音出すだけで充分」

「なるほど」

 

 イーグルはホークアイよりも不器用に笛を奏でた。人間の耳には、笛の音はさほど違いがなく、寧ろホークアイの方がよほど上手く演奏していたはずだ。

 しかしイーグルの笛の音からしばらくも経たない内に、洞窟内に奇妙な汽笛のような音が反響した。ブースカブーの鳴き声だ。

 

 水面にぬうっと大きな影が現れたかと思えば、影は水面を大きく揺らして水中から頭を出した。黄色い嘴に緑のトサカ、亀のような甲羅。海のヌシという異名も持つ幻獣ブースカブーは、自分の住処まで入り込んできた人間たちとフェアリーの宿主を不思議そうに眺めた。

 ブースカブーのような巨大生物はたいてい人間にとっては危険なものだ。イーグルたち記憶を持たない者は驚いて身を固くするが、ホークアイは気安く駆け寄った。

 

「ブースカブー!来てくれて良かった。頼む、俺たちを助けてくれないか?」

 

 前回は懐かれていたのもあって、ホークアイはブースカブーの嘴に触れようとした。しかしブースカブーは汽笛のような鳴き声を鋭く発し、気安く触れようとするホークアイに向かって威嚇する。手を噛まれそうになったホークアイはびくりと手を引っ込め、尻餅を付いた。

 

「あ、あんなに懐いてたのに……」

「ふーん、フェアリーの宿主なのが重要なだけだったのね」

「どーりで、びしょーじょシャルロットには、めもくれなかったわけでち」

「というか、イーグルが吹きゃ来るなら、わざわざこんな深い洞窟潜らなくても海岸まで戻りゃよかったんじゃねえか。無駄足させやがって」

 

 がっくりと打ちひしがれるホークアイを横目に、今度はイーグルがそっとブースカブーに近寄った。

 

「君がブースカブーか、よろしくな。噴火の前に、俺たちをこの島から連れ出してほしいんだ」

 

 ブースカブーは丸い瞳でじいっとイーグルを見つめてから、短く鳴き声を上げて返事をした。一行がその甲羅に乗り易いように、足場に向かって横を向く。

 

「いいよ、だってさ」

「なんだこの敗北感……まぁ亀に好かれても嬉しくないけど」

 

 と負け惜しみを吐くホークアイだったが、ふと、ゾッとして後ろを振り向いた。

 

 

 闇のマナを纏った男が、空間移動の魔術によって一行の真後ろに姿を現したところであった。

 漆黒の長衣を体に巻きつけ、不気味な青白い肌の中に真っ赤な瞳が光っている。黒の貴公子に付き従う魔族、邪眼の伯爵だ。

 

 最悪のタイミングだ、とホークアイは血の気が引いた。あと数分遅れてくれれば、一行はこの場から去った後だっただろう。ブースカブーを呼び出す前ならば、どうせ噴火に巻き込まれて死ぬから自ら手を下すまでもないと高を括ってくれただろう。まさか、海の主ブースカブーを仲間に引き入れたこの瞬間に現れるとは!

 

 運命通りに進めば、ホークアイたちと邪眼の伯爵の邂逅はほんの少し会話を交わすだけのもので終わったはずだった。しかし、運命から外れたことで状況をより悪くしてしまった。未来が未知数とは、そういうことだとフェアリーも言っていたではないか。可変とは、良い方にも悪い方にも動くのだと。

 ホークアイに一瞬遅れて、全員が邪眼の伯爵の存在に気がつく。それぞれ武器を握り締めて、不気味なマナを纏うその魔族を睨みつけた。

 

「……ほう、まさか海のヌシが人に心を許すとは。美獣の言っていた通り、フェアリーの宿主がいるようだな」

 

 邪眼の伯爵は色の薄い眉を片方だけ上げて、ブースカブーと一行の顔を観察した。イーグルの顔で目が止まる。

 

「小僧、確かお前とはナバールでも会ったな。そうか、お前が宿主か」

「だったらなんだ?」

 

 邪眼の伯爵はすうっと白い手をあげ、手のひらを一行に向けた。

 

「簡単なことよ。黒の貴公子様の予言によれば、お前は邪魔となるそうだ。ここで死んでもらわなければならん!サイコウェイブ!」

 

 邪眼の伯爵は既に呪文の構築を完成させていたようで、詠唱もなしに闇の魔法を放った。闇のマナは振動となって洞窟内の空気を揺らし、不意をつかれた一行全員の脳や内臓を揺らす。

 

「ぐうっ……!」

「きゃあああ!」

 

 邪眼の伯爵の魔法は、これまで出会ったどんな魔物の魔法よりも強力だった。サイコウェイブの長い振動の波が去った時、七人のうち、魔法への抵抗力が弱いデュランとケヴィンは元より、リースまでもが意識を失って倒れていた。クラスチェンジを果たしていないメンバーの中では、最も魔力が高いイーグルのみが伯爵の魔法に辛うじて耐えることができている状態だ。

 

 だが、それも瀬戸際だった。サイコウェイブを耐え切れたホークアイたちも、余裕を持って受け切れたというわけではない。何度も連続で出されれば全滅は確実だ。

 

 この男には勝てない。ダメージを受けながらも意識を手放さなかったホークアイたちはすぐさまそれを悟った。

 仲間たちをやられてシャルロットは「ふいうちとは、ひきょうでち!」と怒り、フレイルを握り締めて伯爵と同じように闇のマナに働きかける。

 

「じゅんけつなるおとめのけいやくのもとに、いでませ、ふんぬのごんげ!かける、さん!カマーン、ユニコしゃんズ!」

 

 シャルロットの一度の詠唱でユニコーンの首を象った魔物が三体、召喚された。ユニコーンヘッドたちは傷ついた一行を庇うように前に出る。仲間たちを回復するためにも、壁になる前衛は必要だ。倒れてしまった前衛たちの代わりとして、前衛として呼び出したのだ。

 シャルロットとイーグルは召喚獣を盾に倒れてしまった仲間たちに駆け寄った。回復術を唱えながらも、先ほど集めたばかりのポトの油のツボをひっくり返し、惜しみなく全てを使う。

 

 ホークアイはどうやってこの状況を乗り切ればいいのか必死に考えながらも床を蹴って、何かの魔法の詠唱を呟いている邪眼の伯爵に向かって短刀を振り抜く。勝ち目がないならば逃げるしかない、だが逃げるにしても仲間たちが気を失っているので、シャルロットたちが彼らを回復してくれるまで、時間を稼がなければならない。

 

 邪眼の伯爵は典型的な呪術使いだ。通り過ぎた記憶の旅路の中で戦った時も、物理的な攻撃はほとんどなく、配下の魔物を共につけて戦っていた。それはつまり、詠唱の時間稼ぎの為に盾となってくれる前衛が必要だということだ。詠唱を邪魔すれば、魔法の発動を阻止できる。

 しかし、ホークアイの攻撃は空振った。ホークアイのダガーは確かに伯爵の胴を薙いだが、そこに見えていたのは伯爵が作り出した幻影だったのだ。見えていた幻影の数歩後ろに本当の伯爵は立っていた。

 

「冥府の蒼褪めた馬の騎手よ、剣と飢餓を携えし管理者よ、黙示録に刻まれしそなたの名は、”死”である」

 

 邪眼の伯爵の朗々とした詠唱が洞内に響く。洞窟の中の闇のマナがぞわりと集まって、普通目に見えないほどの大きさの粒子であるマナが視認できるほどの塊になった。真っ黒の霧のようである。

 

「デス・スペル!」

 

 闇のマナの霧は蛇のように呻った。易易と幻惑にかかり、伯爵の真正面で間抜け面を晒していたホークアイはいい的だ。しかし、霧の蛇はホークアイの頬を掠め、すぐ真横を通り抜けた。

 

 伯爵の狙いは、フェアリーの宿主であるイーグルだった。傷ついた仲間たちの治癒を行っていたイーグルに向かって、蛇は真っ直ぐに飛んでいった。

 

「イーグル!」

「イーグルしゃん!」

 

 ホークアイとシャルロットの悲鳴のような鋭い声が洞窟に響いた。デス・スペルがイーグルに届く前に、シャルロットは無謀にもイーグルの目の前に躍り出た。

 結果、闇のマナはシャルロットを襲った。肌から闇のマナの粒子が全身に染み込み、その衝撃にシャルロットは呼吸を忘れて倒れ込む。

 

「ちっ、外したか」

 

 と、邪眼の伯爵は長い詠唱を台無しにされて苦々しく舌打ちを打った。

 

「シャルロット!」

 

 庇われたイーグルは、ぞっと顔を青ざめさせてシャルロットの体を支える。

 デス・スペルの異名は即死魔法だ。魔法への耐久性が低いものは一撃で死んでしまう、というアンジェラの説明を思い出しながらもイーグルは反射的に回復魔法を唱える。すぐさま光のマナがシャルロットを包むが、焼け石に水だ。シャルロットの全身は痙攣しており、顔色は土気色になっている。

 

「ぐぅっ、げほっ、……ぎううう、いっ、いきてまち……」

 

 シャルロットは腹の上に血を吐き出して、しかし自由が効かない体に幼い顔を歪めた。イーグルはもしかしてシャルロットを殺してしまっていたかもしれない恐怖に、カッと頭に血を上らせる。

 

「何て無茶をするんだ、死にたいのか!!」

「魔法を受けるのがシャルロットじゃなかったら、死んでたわよ!あんたはみんなの回復に集中しなさい!!」

 

 と、アンジェラの怒号が飛ぶ。シャルロットは元来人間よりも遥かに魔力が高いハーフエルフで、更に闇にクラスチェンジしていたのが幸いした。エンチャントレスとなって自身も闇に身を置き闇のマナを使役してきたことで、闇の魔法への抵抗力を自然と高めていたのだ。

 

「星の臓腑に燻ぶる灼熱、煉獄の審判を待つ者に、その猛き裁きを今与えん!ホークアイ退きなさい、巻き添え喰らうわよ!」

 

 アンジェラの早口の詠唱と警告が響く。火のマナを集め魔力を練り上げ、邪眼の伯爵に狙いを定める。ホークアイが伯爵から飛び退いたのと同時に、上位魔法を発動させる。

 

「エクスプロード!」

 

 火のマナと魔力は溶岩に変わり、伯爵の足元から勢いよく吹き出して伯爵に降り注いだ。炎の精霊サラマンダーの助力はまだ得ていないが、ここは火山島ブッカである。火炎の谷と同様、火のマナには事欠かない。

 溶岩は伯爵の漆黒の長衣を焼くが、しかし伯爵がマントをひらりと靡かせると何事もなかったのようにマントは元に戻った。

 

 伯爵も何事もなかったのように、新たに魔法の詠唱を始める。アンジェラは渾身の上位魔法をそよ風のようにいなされて、怒りよりも恐怖が勝ち、顔色を青くした。

 

「うっ、あいつの弱点って火と土だったわよね?全然効いてない!」

「それだけ、俺たちがまだ格下だってことだな」

 

 と、ホークアイは悔しさに唇を噛みながら傷ついた仲間たちを見た。責任の重さに、打ち震える。こんな状況になってしまったのも、彼らが傷ついたのも、元はといえばホークアイの判断ミスに責任がある。前回通りに動いていれば、こんな戦闘に直面することもなかったのに。

 

「勝ち目はないのか?」

 

 と、イーグルが仲間たちを癒しながら顔を上げてそう言った。

 ホークアイは率直に「ないな」と言い切った。シャルロットもデス・スペルのダメージが抜けきらずにイーグルに体を預けているし、デュランたちを回復するために回復アイテムも魔力も枯渇した。アンジェラ渾身の上位魔法も碌に通らないとなれば、お手上げだ。勝ち目はゼロ。

 

「逃げるしかない。ちょうど、デュランたちの意識も戻ってきたみたいだ」

 

 

 

*****

 

 

 一方、邪眼の伯爵はちょろちょろと鬱陶しいユニコーンヘッド三体の内、二体を小規模な魔法を倒したところであった。わらわらと群れる人間たちを見やれば、どうやら最初に片付けていたはずのその他の雑魚も回復されなんとか意識が戻ったようである。

 しかし邪眼の伯爵の目的は、主である黒の貴公子の予言に現れたフェアリーの宿主を殺すことだ。関係のない奴は無視して、即死魔法で片をつけてしまおう、と再びデス・スペルの詠唱に入った。

 その時、女の短い詠唱が洞窟に響いた。

 

「瞬け明光、ホーリーボール!」

 

 その女の放ったいくつものホーリーボールが邪眼の伯爵の周囲を取り囲み、連続で弾けた。視界は真っ白に眩しく染まり、それらが攻撃を目的としているわけではなく目くらましだと邪眼の伯爵は気付いた。

 だが、こんな目くらましが長く続く訳が無い。邪眼の伯爵はデス・スペルの詠唱を唱えながら目くらましが途切れるのを待った。

 

「ヨトゥンの血を継ぎし狡知の神よ、その御技を貸し与え給え!」

 

 白い視界の中、邪眼の伯爵に向かって誰かの詠唱が響く。

 それは対象を任意の魔物や姿に変えることができる月魔法だ。シェイプシフターなどが己をより強い魔物へと変身させる他、厄介な敵を弱体化させる魔法としても使われる。

 

「ボディチェンジ!」

 

 だが魔法とは、往々にして己より格上の相手には効果が薄いものである。邪眼の伯爵は術者の人間よりも遥かに格上だ。変身の魔法は伯爵には効果がなく、伯爵はその魔法を難なく弾き飛ばしてにやりと笑った。

 女が連発していたホーリーボールも掻き消え、洞窟内に薄い暗闇が戻る。

 

「くそっ、俺たちじゃ敵わない、みんな、逃げるんだ!ブースカブー、全速力だ!」

 

 紫の髪の優男がそう叫んで、人間たちは地を蹴り、ブースカブーの甲羅に飛び乗った。まだ回復しきらない雑魚や女どもを先に乗せ、その優男とフェアリーの宿主である金髪が最後に残った。

 

「馬鹿め、逃がすか!死ね!」

 

 邪眼の伯爵は唱えていたデス・スペルの構築を完成させ、洞窟の足場を離れる海のヌシの甲羅に飛び乗ろうとするフェアリーの宿主の背中に向けて放った。闇のマナでできた霧の蛇は、その金髪に真っ直ぐ飛んで、その背中に直撃する。ブースカブーはもう泳ぎ始めていて、遠ざかる足場に向かって甲羅の上から「イーグルっ!」と、優男が叫ぶ。

 

 聖剣の勇者はデス・スペルの直撃を受けて、血を吐いて膝から崩れ落ちた。

 その瞳は虚ろで、闇のマナがその命を吸い取ったのだと知れた。伯爵はデス・スペルがフェアリーの宿主であるその男を殺した手応えを確かに感じ、にやりと笑みを深くする。

 甲羅に乗り損ねたその男を洞窟の足場に置いて、しかしブースカブーはその泳ぎを止めない。全速力で水を掻くブースカブーの甲羅から優男が身を乗り出して、取り残されたフェアリー憑きの男に手を伸ばしながら叫ぶ。

 

「待ってくれっ、イーグルが!」

「即死魔法を受けたのよ、もう死んでるわ!諦めなさい!」

 

 魔法使いの女がその男の肩を掴んで引き戻して怒鳴った。洞窟の足場に倒れるフェアリーの宿主はピクリとも動かず、生気はまるで感じられなかった。

 それは、確かに死んでいた。

 

「そんな……!イーグル!イーグル──────!!!!」

 

 男の、仲間を亡くした悲痛な叫びが洞窟内に大きく反響する。絶望に彩られた慟哭は、魔族である伯爵にとっては、最高の弦楽器の音色のように心地よく響いた。

 フェアリーの宿主の死体を岸辺の洞窟に残したまま、海のヌシ、ブースカブーはその体型に似合わない驚くべき速さで、あっという間にその場を離れていった。

 

 邪眼の伯爵は満足感を持って、デス・スペルによって殺した男を見下ろした。

 その他の雑魚どもには逃げられてしまったが、フェアリーの宿主を殺せたのならばそれで充分だ。宿木が死ねばフェアリーも死ぬ。伯爵の主である黒の貴公子の邪魔になる、という予言はもう成就することはないであろう。

 

 しかし、少し待てどもその死体からフェアリーが出てくる気配がないことに伯爵は疑問を抱いた。一度選んだその宿木が死ぬまで、フェアリーはその宿木から離れることはできない。宿木が死ねば、フェアリーも生命力そのものであるマナを失ってじわりじわりと死んでいくはずなので、その様を見物してやろうと思ったのだ。

 

 伯爵は死体をごろりと転がして眺めた。そして、一体残っているはずのユニコーンヘッドの姿が消えていることに気がついたのだった。

 

 

*****

 

 

 

「多分俺って俳優に向いてると思うんだけど、どう?」

「向いてる向いてる。俺の親友泣かせてんじゃねぇってくって掛かりかけたよ、死体も俺だったけど」

「あたしは正直笑いを耐えるのに必死だったわ。わっざとらし〜」

「しっかしホークアイしゃん、うそなきなんてとくぎがあったんでちね?さんこうまでに、どうやるのかおしえてほしいでち」

 

 洞窟を脱出し、青空の下、ブースカブーの甲羅の上では作戦が上手く嵌ったと喜ぶホークアイたちの姿があった。旅の仲間は全員が揃っており、その中には勿論イーグルも含まれる。

 

「つまり……どういうこと?」

 

 と、ケヴィンは不思議そうに首を捻って説明を求めた。倒れていた仲間たちにとっては、意識が戻った途端に逃げろと指示されて、ブースカブーの甲羅に全員が乗ったかと思えば、ホークアイが背後に向かってイーグルが死んだかのように泣き叫び始めたのである。そして後ろを振り向けば、確かにイーグルが死んでいた。イーグルはいちばん初めにブースカブーに乗って、その首に跨っていたにも関わらずだ。

 

「あいつ、目の前の俺をスルーしてわざわざ最後尾のイーグルにモーションかけてた。お目当てはイーグルなのが明らかだったから、身代わりを立てたのさ」

 

 得意げに説明するホークアイに、「身代わり、ですか?」とリースが首を傾げる。

 

「アンジェラに目くらまししてもらって、シャルが召喚してたユニコーンヘッドにボディチェンジをかけてイーグルの位置と入れ替えた。イーグルに変身してるユニコーンヘッドをイーグルだと勘違いして、あいつはデス・スペルをかけたってわけ」

「ユニコしゃんのそうさはシャルロットのおてがらでち!えっへん!」

 

 ボディチェンジは、対象を任意の姿に変えることが出来る魔法だ。変身可能な範囲は、決して魔物の姿だけに留まらない。前回の記憶の中で、黒の貴公子との最終決戦に向かう折、マナの樹が枯れた聖域に現れたシャドウゼロという魔物は鏡のようにホークアイたち自身に化けていた。咄嗟にそれを思い出したホークアイは、ボディチェンジに応用させたのである。

 月属性の魔法であるボディチェンジが最大限扱いやすくなっているルナの日でよかった、とホークアイは今更ながら安堵した。まだ試したばかりの魔法だった。成功するかどうかは、一か八かの賭けだった。

 

「ころされちゃったユニコしゃんには、もうしわけないことをしたでち。やすらかにねむるでち……なむなむ」

「──何だそれ、超便利じゃねぇか!盗賊にはいっちゃん与えちゃいけない部類の魔法じゃ……」

「おっ、家業にまで応用する発想はなかったな!元々変装くらいすることもあるが、なるほど、ありがとうデュランくん」

「うおおお余計なこと行っちまったああ」

 

 魔物の弱体化や強化に留まらず、人間にも化けさせることができるとなればその応用は無限大である。対象を魔物だけでなく人間にも自由につかうことが出来るのならば、それはつまり何にでもなれるし何処にでも入れるということだ。

 

「あっ、見て下さい、火山が……!」

 

 と、リースが鋭く言い、全員が火山島ブッカを振り仰いだ。火口からはかつてないほどの黒煙が立ち上っており、次の瞬間、弾けた。灰と石が飛び、溶岩が散った。あっという間に、山頂の火口からはどくどくと真っ赤な溶岩が溢れ出した。

 

「噴火はまだ少し先なんじゃなかったのか?」

 

 と、イーグルが尋ねる。ホークアイはあの島に住む彼らを思い出して、顔を曇らせる。

 

「先だったよ。でも、島の中心近くででかい魔法を連発したからな。刺激してしまったんだろう」

「あの噴火の様子じゃ、あの島の生き物は、全滅でしょうね……」

 

 と、リースが少し悲しそうに言った。魔物を含め、鳥や動物、虫や花たち、全てが溶岩に焼かれて押しつぶされるだろう。

 あの村のダークプリーストたちも勿論例外ではない。彼らは噴火を知りながら、自ら死を選んだのだ。自然の流れに任せるべきだと、それが命のあるべき姿だと彼らは言った。

 

 そんなことはない、とホークアイは思う。

 予め定められた運命の流れを歪めてでも、足掻いて、足掻いて、生きるべきなのだ。それが命のあるべき姿なのだ。

 

 運命。そんな巨大な流れに逆らえるほど人間は強くはないが、幸い、ホークアイとイーグルはその巨大な潮流から弾き出された。弾き出されたといっても小さな木片のようなものだ。その小さな木片が潮流に影響を与えられるかどうかはわからないが、既に漕ぎ出した船だ。

 必ず、親友と世界の運命を変えてみせる、とホークアイは決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 









ア「七人も乗ると狭いわね…誰か降りない?」
デ「死ねってことか?」
ケ「泳げるけど、さすがに追いつけない、かも…」
ホ「よし、ここはボディチェンジで──」
シ「コロポックルみたいにちびっこになったらひろびろつかえるでちね!」
ホ「いや、幅を取っている男連中を可愛い女子にする!!みんな女子ならくっついても問題ないし名案だろ」
デ「よーしお前降りろ」
ホ「ほんの冗談なのにめっちゃ押してくる……」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。