聖剣伝説3逆行   作:畑中

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13話:雪の国にて

 

 

 

 

 

 火山島ブッカの噴火を背後に、ブースカブーは一行を甲羅に乗せて、乗員の意思決定を待ちつつ海に浮かんでいる。

 

 以前の旅路では、ブースカブーは問答無用でフォルセナ近くの砂浜に三人を降ろして去っていったものだが、どうやら今回はフェアリーの宿主であるイーグルに従うつもりのようだ。それもフォルセナの秘宝ぴーひゃら笛で呼び出した効果なのかもしれない。

 

 三人だった時でさえ狭く感じたのに倍以上の人数に増えて、甲羅の上は更に狭くてぎゅうぎゅう詰めだ。

 アンジェラが座り心地の悪さを感じていると、ホークアイが気を利かせて「こっち来る?」と座り易い場所を譲ってくれる。アンジェラは差し出される手を有り難く取り、支えてもらいながら移動すると、デュランとリースの物言いたげな視線が気になった。これくらいの揺れで情けないと思われているのかもしれないが、こっちはか弱い魔法使いなのだから、これくらいは許してほしい。鍛えられている近接勢と同じ体幹や体力と思われては困る。

 

「さて、狭いし、この人数の利を活かして二手に分かれたい」

 

 と、ホークアイがブースカブーの甲羅の上でみんなを見回しながら言った。

 アンジェラは以前の旅路を思い出す。ブッカの次に行ったのは砂漠だ。火炎の谷にいる火の精霊サラマンダー、その次に、氷壁の迷宮にいる水の精霊ウンディーネ。砂漠も雪原も気候の厳しさはあれど、今のアンジェラたちにとっては、そこに住んでいるモンスターたちはそれほど強力ではない。

 

「俺は望むところだぜ。七人もいると、雑魚がすぐ溶けちまって鍛えられねえからな」

 

 経験を積みたいデュランの言葉にケヴィンとリースも同意する。

 

 だけど、火炎の谷と言えば、ホークアイにとってはつらい経験のあった場所だ。アンジェラとシャルロットは無言で顔を見合わせる。

 あの時、火炎の谷の入り口で、ホークアイは彼の仲間だったニンジャの双子を殺した。あれはホークアイの幼馴染みの女の子を追わなければならない緊急時で、双子は後衛のアンジェラとシャルロットを狙って、ホークアイは双子をその手にかけざるを得なかった。その時のホークアイの顔をよく覚えている。その目に浮かんだ絶望と虚無を覚えている。

 

 もうホークアイにはあんな顔をしてほしくない。同じ轍を踏まないためには、人手は多い方がいいような気がした。

 

「あたしたちは元々三人だったんだし、戦力的には無理じゃないでしょうけど……みんなでいる方が安心じゃない?」

「わかれるのは、じかんのせつやくのためでちか?」

「それもあるが──……」

 

 と、ホークアイは少し言葉尻を濁した。

 

「……サラマンダーを手に入れて、美獣がジェシカをつれてマナストーンを訪れるまでの間。ナバールに寄って、盗賊団の仲間を助けたいんだ。美獣の目を盗んでナバール要塞に侵入するには、人数は少ない方がいい」

 

 と、ホークアイは理由を話す。目を伏せて、「前回と違う道筋を通るのは、少し怖いけど」と僅かに怯えるように長い睫毛を震わせている。

 イーグルが腕を組んで眉を寄せた。ホークアイがダークプリーストの集落を助けたいと言い出したとき、彼は反対して、ホークアイに説教と懇願まじりに説得していたのを思い出す。だけど助ける対象が故郷の仲間たちともなれば、当然話が違ってくるのは間違いない。

 

「可能なのか?全員、誰も自我を保ってないんだろう?そりゃ、助けられるもんなら助けたいが……」

「美獣の影響下から離れていれば、いずれ洗脳は解ける。それはニキータが実証済みだ。距離なのか時間なのか、両方なのか、条件はわからないが。一人一人おびきよせて、眠らせて、外に運ぶ」

 

 それは随分と効率の悪い話だ。ナバール盗賊団にどれくらいの人間がいるのかは知らないが、アルテナやビーストキングダムの軍事力と並び立てる程度の兵数がいるはずである。

 

「助けたいのは、あの双子よね?」

 

 と、アンジェラは思い切って確認した。ホークアイがあの一件を心底後悔しているのはわかっている。双子を手にかけたのは、ホークアイの心に消えない傷を残した。その傷を癒したいのは当然だし、アンジェラだってそうしてやりたい。

 しかしホークアイの望みは、もっと貪欲だった。

 

「……ビルとベンも勿論だが、他の連中もだ。マナの聖域で死んでいったやつらを、マナの聖域に連れて行かれる前にナバールから連れ出したい」

 

 ホークアイが金色の目を閉じて、拳を握り締めた。

 

「全員は無理だ……わかってる。誰かを助けたら、また他の誰かが死ぬだけなのかもしれない。それでもやっぱり、できることは全部やりたい……!マナの聖域で見た、仲間たちの死に顔が忘れられないんだ。操られたまま散っていった、あいつらの死に顔が──」

 

 悲しみを湛えるホークアイの声に、アンジェラの瞼の裏にも、前回の聖域の光景が浮かんでは消えた。

 マナの聖域。前回、アルテナと獣人とナバールの、三つ巴の戦いがそこで起こった。闇の勢力の何者かによって聖域への扉が開かれ、闇の勢力たちは我先にとマナの剣を奪い合った。天の頂を訪れフラミーの助力を得て遅れて入った聖域では、人も獣人もあちこちに積み重なって転がっていて、その誰もが絶命していた。

 魔族や妖魔に利用され、マナの剣を奪い合う戦いに参加させられ、多くが死んだのだ。

 

 故郷の民を利用されたのはアルテナも同じで、ホークアイの悔しさはわかるつもりだ。

 それでも、そのマナの聖域での戦争で、アルテナの魔導師たちや、ビーストキングダムの獣人たちは、闇の勢力に利用されていたとはいえど、自らの意志で戦っていた。

 だけどホークアイの故郷のナバール盗賊団は違う。最初のローラント侵攻こそ自らの意志だったかもしれないが、すぐに自由意思は奪われた。美獣の言うことを聞くだけの人形となって、彼らは操られたまま人を殺し、殺された。

 

「わかった、協力するわ。できる限り助けましょう」

 

 と、アンジェラはホークアイに賛成する。仲間たちも、全員が顔を見合わせて頷き合った。

 前回彼は、多くのものを失いすぎた。やり直しているからには、報われてもいいはずだ。ホークアイは「ありがとう」と優しく笑みを浮かべた。

 

「でも、アンジェラには、氷壁の迷宮チームを任せたいと思ってる。盗賊団の仲間を助けてる間、水のマナストーンを放置はできない。前回俺たちが行った時には、既にマナストーンのエネルギーが放出されてた。アンジェラは、それを防いで、あとウンディーネも連れてきてくれ」

 

 と、ホークアイはアンジェラを真っ直ぐに見て、随分簡単に言った。

 

 ビーストキングダム、アルテナ、ナバールの侵略が全て一段落ついた今はどの勢力も表向きはなりを潜めているが、聖域への扉を開くため、マナストーンのエネルギーを解放させようとそれぞれが裏で画策して動いている。前回の旅路でも何度か邪魔をしたが、うかうかしていればあっと言う間にマナエネルギーを放出されてしまう。

 マナが枯渇すれば、例え聖域への扉を開いてもマナの樹が枯れてしまって二度と取り返しがつかなくなる、とフェアリーは言っていた。マナストーンの中で眠っている神獣たちの封印も解ける。そうなれば、世界は破滅だ。

 

「あたしが別働隊のリーダーってワケね」

 

 課せられた任務は簡単なものではなかったが、正直、ホークアイに頼られたのが誇らしい。一度目の旅路で、世間知らずのワガママ姫だと幾度も揶揄されていた頃では考えられない。最初の頃は生活でも戦闘でもほとんどおんぶに抱っこで頼りきりだったけれど、いつの間にか頼り頼られる仲間になって、重要な仕事を任せられるほどの信頼を勝ち得た。アンジェラならできると思ってもらえたのだ。こんなに嬉しいことがあるだろうか。

 

「チーム分けはどうするの?」

「ナバール要塞に侵入するんだから、イーグルは勿論俺と」

「ちょっとした里帰りだな。モンスターだらけらしいが」

「私もそちらに同行してもいいですか。ナバールの現状が見たいんです」

 

 と、リースが言った。

 

「前回通りなら、美獣と会うことになる。大丈夫か?」

「もう暴走しません。大丈夫」

 

 ホークアイは少し心配そうに声音を落としたが、リースは胸に手を置いて頷いた。

 リースはローラント奪還後、ナバールは祖国を侵略した仇だが恩人の故郷でもあると複雑そうにしていた。あれが本当の侵略戦争だったなら、今頃は軍事裁判や賠償金などの戦後処理に追われているはずだが、侵略が魔族の主導だった事実は今や皆が知るところだ。ローラントを率いるひとりとして、リースにはナバールの現状を見る権利がある。

 

「イーグルしゃんがさばくチームなら、シャルロットはアンジェラしゃんチームでちね。ほかのみなしゃんは、かいふくできないでちから」

「デュラン、君もそっちだ。水のマナストーンを狙ってるのは、あの黒い鎧の騎士だ」

 

 黒い騎士、と聞いてデュランの顔色が変わる。あの黒い騎士は恐らくデュランの父親、黄金の騎士の成れの果てだ。デュランは「戦闘になるのか?」と低い声で聞いた。

 

「前回はマシンゴーレムを数体召喚されただけで、アイツとは戦ってない。でも、そうなる可能性もある。こっちから仕掛けるなら尚更だ。ケヴィンもそっちチームだ。デュランを助けてやれ」

「わかった。オイラ、ウェアウルフだから、寒いの平気。みんな、まかせて!」

 

 と、ケヴィンもチーム分けに同意する。これで誰がどちらに行くか、編成が決まった。

 

 

 

 

 

 

 ウィンテッド大陸の北、流氷をよけながらブースカブーは雪の都エルランドの傍にある砂浜に辿り着いた。ブースカブーは気難しく、フェアリーの宿主であるイーグルの指示しか聞いてくれない。必然的に、砂漠に行く前にアンジェラたちをエルランドへと送ることとなったのだ。

 

「さっみぃいい!!すげーな、人間ってこんな所で生きれるんだな。生きてるだけで修行じゃねえか」

「マナが減少し始める前までは、お母様の魔法でアルテナもエルランドも温暖な気候だったの。あたしだってこんな寒さには慣れてないわよ」

「あー、だからそんなカッコか」

「そんなカッコってなによ。何か文句ある?」

「いーや、寒そうだなって」

 

 デュランが寒さに凍えながらも手を貸してくれて、アンジェラはブースカブーを降りる。地元ではあるが、この寒さは堪えた。早くエルランドで服を調達する必要がある。

 

「これが、雪……!オイラ、これ、好き!シャルロット、ちょっとだけ、遊ばないか?」

「やれやれ、ケヴィンしゃんはおこしゃまでちね。シャルロットは、ぜんかいでもうあきたんでち。でもまぁ、どうしてもっていうなら……」

 

 ブースカブーを降りたケヴィンとシャルロットははやくもはしゃいで雪を丸めている。この寒さの中そんな元気があるのは正直羨ましい。

 

 この海域はブースカブーにとっても冷たいようで、ブースカブーは四人を降ろして早々に海を戻っていく。ホークアイ、イーグル、リースの三人が手を振りながらブースカブーの背に揺られて去っていくのを見送り、アンジェラたちはすぐ近くのエルランドに入って物資や防寒具を補充して、足早にエルランドを後にした。アンジェラはマナストーン解放の秘術の生贄となる予定から逃げてアルテナを出てきたので、王女にも関わらず指名手配されているからだ。ほとんどアルテナ城から出ることなく育ったのでエルランドの住民に顔は知られていないが、万一ということもある。

 

 零下の雪原の凍える道中、魔物たちを倒しながら進み、氷壁の迷宮にたどり着く。

 そこには、風の回廊で見たのと同じマナストーンが重力に反して宙に浮かんでいる。まだマナエネルギーを放出された形跡はないが、闇の勢力がそれを望んでいる限り、時間の問題だ。

 

「おーい、ウンディーネしゃん!いないでちか?」

「聖域への扉を開けるために、フェアリーがあなたの力を必要としてるの。どうか出てきて、力を貸してくださらない?」

 

 シャルロットとアンジェラが虚空に向かって話しかけると、マナストーンの上に水のマナが突如渦巻いて、あっという間に形になった。青い人魚のような姿、水の精霊ウンディーネだ。『あんさん達、不思議なマナやなぁ』とウンディーネはしげしげとアンジェラとシャルロットを眺めた。

 

『普段は人間助けるなんてマネはせえへんねんけど、フェアリーはんが下界に来とるのはウチにもわかっとる。マナも少のうなってしもて、世界の危機やしな。ウチも女や。あんさん達に力貸させてもらいましょ!よろしゅうたのんまっせ!』

 

 と、ウンディーネは助力を約束してくれて、アンジェラの中に消えた。精霊が仮宿とするのはフェアリーの宿主でなくても構わないらしい。

 

「これでとりあえずの目的は達成ね。デュラン、ケヴィン。あんたたちも今ならクラスチェンジできるはずよ。試してみたら?」

「言われなくとも、そのつもりだぜ」

 

 と、デュランが前に出て、マナストーンに勝負を挑むかのように睨みつける。デュランが目を瞑って云々と唸ると、マナストーンから出たマナの光がデュランを包んだ。最初期からクラスチェンジクラスチェンジとうるさかった彼も、ついにその望みが叶ったようだ。

 

 どうやら、光のクラスを選んだらしい。アンジェラにはその体の中のマナが見えている。

 

「ふーん。基本的に、闇クラスの方が攻撃力は優れてるわよ?」

「少し前なら、そっちを選んだかもな。でもお前らが俺に求めてるのは、盾だろ」

 

 と、意外なことを言う。少し前の彼だったならあり得なかったろう。

 

「俺はこの旅が終われば騎士になる。英雄王様を守る剣に。それまでは、俺がお前らを守ってやる」

 

 真っ向から見据えられて、思いがけずアンジェラの心臓が少し跳ねる。仲間になった頃はただ粗野で乱暴な男だという印象だったが、いつの間にこんな精悍さを見せるようになったのか。

 

 シャルロットもふむふむとデュランを見て、頷いてデュランの腰を叩く。

 

「いまのデュランしゃんなら、かいふくまほうもつかえそうでちね。とくべつに、シャルロットがじきじきにおしえてあげるでち!ししょーとよんでもいいでちよ!」

「だーれが呼ぶか」

 

 シャルロットとデュランが戯れあっているうちに、ケヴィンもクラスチェンジを終える。

 その身の内のマナを見るに、彼はどうやら闇クラスを選んだらしい。

 

「オイラ、細かいこと考えずに殴る、向いてる!」

 

 と、輝かんばかりの笑顔で、上腕二頭筋と腹筋を輝かせながら、にこやかに物騒なことを言う。

 

「そうね……」「そうだな……」

 

 と、アンジェラとデュランの感想がハモった。

 

 

 

 

 

 その時、氷壁の迷宮の入り口に、黒い影が現れた。風の回廊以来の、黒耀の騎士との再会だ。

 

「ほう……まるで、私のことを待っていたかのようだ」

 

 と、黒い騎士はアンジェラたちの姿を見て独りごちた。黒い騎士を目にした途端、デュランの顔つきが変わる。

 気持ちはわからないでもないが、すぐに飛び出すような真似はして欲しくない。アンジェラは少し時間が稼ぎたくて、口を開く。

 

「黒耀の騎士。マナストーンの解放はさせないわ。また今度、出直してらっしゃい」

「私がここに何をしに来たのかも知っている様子……生贄となる予定だった、理の女王の娘か」

 

 と、黒い騎士はアンジェラの正体を当てた。紅蓮の魔導師の仲間であるし、アルテナの事情に通じていても不思議はない。

 

「触媒の魂を調達する手間が省けた。誰でもいいが、ある程度の質は必要だ。数で埋め合わせることもできるがね……お前たちがここに居合わせたことに、感謝しよう」

 

 黒い騎士はアンジェラたちをひとりひとり眺めて、「顔ぶれが変わったか?」と感心するような声を氷の洞窟に響かせる。

 

「フェアリー憑きの死に損ないも、行動を共にしていると思っていたが……諦めたのなら、賢明な判断だ。運命に抗っても、待つのは虚無のみ」

「聖剣の勇者は、あんたの相手なんかしてる暇はねえんだってよ」

 

 と、デュランが大剣を構えて前に出る。黒い騎士はフルフェイスの兜の隙間からデュランを眺めて、兜を外し、投げ捨てた。

 

 兜の下には、血の気のない男の顔がある。その造詣はデュランとよく似ていて血の繋がりを思わせるが、子と違ってその目には温度が宿っていない。

 

「デュラン……私の息子よ。こっちにおいで。会いたかったよ」

 

 そう言って腕を広げた。子どもが駆け寄ってくるのを待つように。愛しい子どもを抱き締めたいかのように。

 見え透いた罠だ。しかし実子の動揺を誘うには充分だったようで、デュランは目に見えて狼狽した。

 

「……父さん……俺だって、会いたかったよ。あんたと母さんが死んだ時、俺は五歳だった。寂しくねえわけがねえ。でも、あんたは誇りだった。リチャード王子と世界を守って死んだあんたが、誇らしかった」

 

 黒い騎士の表情が少し変わる。

 

「今のあんたは亡霊だ。竜帝の魔力があんたをこの世に繋ぎ止めてるなら、その糸、断ち切ってやる!」

 

 デュランが駆け出し、ケヴィンも続く。

 親子の会話中にアンジェラは魔法の構築を既に終えていて、戦闘開始と同時に黒い騎士に向けて解き放つ。

 

「セイントビーム!」

 

 発生した光の柱が黒い騎士に当たる直前、黒い騎士はマシンゴーレムを三体召喚し、前に置いた。セイントビームはその内の一体を焼いた。表面の金属が溶けて穴があいたが、壊れずにまだ動く。

 アンジェラたちは前回もこれらと戦わされた。おそらくは紅蓮の魔導師から借り受けたのだろう。アルテナの代表的な魔導兵器で、大量生産されたものはアルテナを外敵から守るため零下の雪原に放たれてある。

 

「つちくれのあかごよ、わがちから、かてにきどうせよ……うっしっし、マシンゴーレムには、マシンゴーレムでち〜〜!」

 

 シャルロットの詠唱が終わり、前衛にマシンゴーレムが新たに召喚される。雪原にいたゴーレムたちだ。魔力で起動させるマシンゴーレムは、シャルロットにとって乗っ取るのは難しくなかっただろう。

 

 ケヴィンが敵のマシンゴーレムを投げ飛ばし、シャルロットのマシンゴーレムにゴインと金属音をたててぶつける。

 

「あーーーっ、ケヴィンしゃん、それはみかたでち!」

「や、ややこしいっ……!」

 

 ケヴィンの言う通りで、マシンゴーレムたちがお互いにぐるぐると腕を振り回して回転攻撃し合うと、どちらがどちらか判別し難くなった。生体マナで見分けようにも、彼らは殆ど機械でマナを持たない。彼らを起動させるシャルロットの魔力の僅かな気配を探って、ようやくアンジェラにも判別できる、といったところだ。

 

 あたふたしているがマシンゴーレムはケヴィンたちに任せて、アンジェラは更に魔法を練る。この気温だ、凍えさせてやる。水の精霊ウンディーネの助力も得たばかりだ。

 

「水よ、濁流となりて悪を呑み込め!メガスプラッシュ!」

 

 デュランを巻き込まないように調整しつつ、黒い騎士に洪水のような水流を当てる。ウンディーネの力を得たのに加えてこの水のマナの多い土地だから、ジェノアの時より強力に仕上がった。

 だが大量の水が捌けた時、黒い騎士は平然と一歩も動かずその場に立っていた。効いている様子はない。いや寧ろ、マナの様子を見るに、魔力は黒い鎧に吸い込まれている。

 

「吸収属性ですって……?!」

 

 水の魔法はやつにとっては回復呪文も同様らしい。もともと死人のやつには寒さなど取るに足らないものなのかもしれない。

 黒い騎士の正体はあの名高い黄金の騎士ロキなのだ、侮っていい相手ではなかった。かつての旅で戦った邪眼の伯爵や美獣と遜色ない実力かもしれない、とアンジェラは冷や汗をかく。だがこうなってしまった以上、戦って勝つ他ないだろう。

 黒鎧の見た目や纏っているマナからして闇属性はまず効きそうにないが、水属性も効かないとなると、他の属性がどうなるか見当つかない。しかしセイントビームを打った時、やつはマシンゴーレムを盾にした。ということは、光属性なら攻撃が通るはずだ。

 

 アンジェラの詠唱を守って、デュランが黒い騎士と激しく撃ち合っている。一撃一撃が重い。

 一見互角に見えたが、それはアンジェラの素人考えだったようだ。軽くいなされて、デュランの顔が引き攣っている。

 

 黒い騎士はデュランの脇腹への一撃を寸止めして、デュランが少し遅れて防いだところで攻撃を当てる。もてあそんでいるというよりかは、若輩者を指導しているかのように見える。

 

「お前では私に勝てぬ。強くなりたいなら、お前も竜帝様の軍門に下れ。私と共に来い、デュランよ。お前のような未熟者でも、慈悲深き竜帝様は闇の力を分けてくださる」

「誰が闇の力なんかに頼るかよ!そんな紛い物の力で強くなったって、本当に強くなったとは言えねえ……!」

「そうか……ならば、お前を連れていくのは、お前を殺してからにしよう!」

 

 甘い言葉を囁いていた黒い騎士は、デュランの勧誘を諦めたようだった。動く屍となっても実の息子は愛しいようだが、息子が死ぬのは構わないと言うのだから、死人の価値観はわからない。

 

 黒い騎士の剣戟は激しさを増し、デュランを追い詰める。どうやらアンジェラには露ほどの興味もないらしい。舐められているということだが、アンジェラとしては、詠唱に集中できて願ってもない。

 デュランがついに押し負けて、膝を地面につけた。今だ。

 

「神聖なる蒼き光明、光芒の矢となり悪を貫け!セイントビーム!」

 

 アンジェラの放った幾つもの光の柱がデュランの脇をすり抜けて、黒い騎士を焼く。黒い騎士は身を捩って逃げるが、光は追尾する。このまま焼き切ってやる、とアンジェラは出力を上げる。術者のアンジェラでさえ、眩しさに目を開けていられない。

 

 光線に焼かれながらも黒い騎士は地面に大剣を突き刺して、何か唱えた。

 

「大地噴出剣!」

 

 地面が揺れ、黒い騎士から扇状に地面が盛り上がり、土が吹き飛んだ。土属性の剣技だ。それはデュランも吹き飛ばし、土煙が光を遮り、セイントビームの威力を殺す。土煙は煙幕となり黒い騎士の姿を見失う。

 

「疾風剣!」

 

 黒い騎士の声と共に斬撃が土煙を切り裂く。頭上で、大量に何かが割れる音がした。

 

 黒い騎士の斬撃が、氷壁の迷宮の天井にひしめくつららの根元を粗方砕いたのだ。避ける場所もない。串刺しだ。

 

「きゃ……!」

 

 悲鳴を上げかけるが、誰かがアンジェラに覆い被さる。

 そしてつららが一斉に地面に落ちて、一部は割れ、一部は突き刺さった。

 アンジェラに覆いかぶさった誰かが苦痛に呻く。そいつの生温かい血がアンジェラにも伝う。

 

「デュラン……!!」

 

 アンジェラはデュランの下から這い出して、デュランの容体を確認する。デュランは肩を押さえて苦悶の表情を浮かべている。足も大きく切れて出血がある。致命傷こそないが、これでは動けまい。

 

 黒い騎士が氷をガシャガシャと踏み砕きながら近づいてきて、アンジェラとデュランの前に立った。大剣を振り上げる。

 

 それを、跳んできたケヴィンの回し蹴りが弾き飛ばした。

 どうやらつららはマシンゴーレムたちにとどめを刺し、ケヴィンはシャルロットを抱えてつららを避け切ったらしかった。シャルロットが駆け寄ってきて、デュランを一瞥してすぐに治癒術を唱え出す。

 

 黒い騎士はアンジェラたちを眺めて、残念がるように溜め息をついた。

 

「弱い……弱いな、デュラン。お前の力はそんなものか。竜帝さまは、とてもお前達の敵う相手ではない。このままでは犬死によ」

 

 黒い騎士はゆっくり腕を上げた。その先のマナと空間がぐにゃりと歪む。

 

「少しの猶予をやろう。よく考えて選ぶといい、私と来るか、塵芥と消えるか」

 

 黒い騎士はそう呟いて、消えた。

 

「に、にげたでち……」

 

 と、シャルロットがホッとする。どちらかと言うと、逃げたというよりも、見逃されたと言った方が正しいだろう。

 

 シャルロットの治癒術によって回復したデュランは、地面に拳を叩きつけて悔しがった。

 

「くそっ……俺じゃ、やつに勝てねえってのか?!」

「……今はね。でもあんたはこれからもまだまだ強くなる。あたしだって」

 

 力不足が悔しいのはデュランだけではない、アンジェラだってそうだ。折角デュランが充分に詠唱時間を稼いでくれていたのに、火力不足で倒しきれなかった。まだまだ魔力もマナも足りない。

 

「でも最低限の目的は達成できたんだから、そんなにがっかりすることないわ。胸張りましょ。ウンディーネもゲットできたし、マナストーンのエネルギーも解放させなかった。時間稼ぎに過ぎないのかもしれないけど、充分よ」

 

 と、アンジェラは自分を含めて全員を鼓舞した。しかしデュランは腹立たしそうに立ち上がり、怒りの行き場もなく歯軋りしている。

 

「あいつは今ここで、やっとかなくちゃならなかったんだ。ホークアイが言うには、あいつとまともに戦えるチャンスはここだけだった。聖域の戦争の後は、竜帝は美獣の勢力に殺されてあいつも姿を眩ますって話だからな」

 

 デュランは、弱い自分が情けない、と苦虫を噛み潰したような顔をしている。デュランはフォルセナであの黒い騎士に会って以降、ホークアイに詳しく旅の道程と黒い騎士について質問していた。確かに、闇の勢力の全てが一堂に集まる聖域で、黒い騎士と戦うのは難しいかもしれない。

 

 デュランはすごい。弱い自分と向き合って、ひたむきに強くなろうとしている。黒い騎士を自分で倒したいと望んでいる。アンジェラは、こんなに自分の弱さをなんとかしようと足掻いたことがあっただろうか。

 

「いっちゃったもんはしかたないでち。エルランドにもどって、ホークアイしゃんたちのむかえをまつでち!」

 

 と、シャルロットがさむいさむいとケヴィンにくっついて暖をとる。指名手配されている身ではあるが、宿屋にでも引きこもっていれば何とかなるはずだ。

 

 当初はその予定だった。だがアンジェラは勇気を振り絞って、「……ちょっと待って」と言った。

 

 海上でホークアイの話を聞いてから、アンジェラにはずっと考えてきたことがある。

 そして、デュランの抗う姿を見て、意志を固めた。

 

「……あたし、生まれてきてから今までずっと、お母様と向き合ってこなかった。愛して欲しいと望みながら、魔法の使えない出来損ないって言われるのが怖くて、ずっと逃げてた……折角記憶を持って戻ってきてからも、あたし、逃げちゃった。あたしにはどうしようもできないって決めつけて、ホークアイやシャルロットを頼ったの。お母様が操られていることを察したのに」

 

 アンジェラにとって、力不足なんてずっとずっと当たり前のことだった。魔法の使えない王女として家臣からも侮られ後ろ指をさされて、悔しいことに慣れきっていた。自分じゃ何もできないと、自分で決めつけていた。

 

「あたし、アルテナに戻る。私の話なんて、聞いてくれないかもしれない。それでも、あたし、抗わなきゃいけない。こうしてる今も、きっとホークアイはナバールの仲間を助けようとしてる。あいつが抗ってるように、あたしだって勇気をださなきゃならない。取り返しのつかなくなる前に、みんなを助けなきゃならない」

 

 ナバールのように、アルテナはみんながみんな操られている訳ではない。本当は戦争を嫌がっている兵士は多いはずだ。

 だが、魔力の大きさが絶対の権力を持つアルテナでは、女王が白と言えば黒も白となる。母でなく紅蓮の魔導師が仕切っている今は、もっと厳しくなっていてもおかしくない。紅蓮の魔導師がアルテナ兵の命を軽んじているのはもう何度も見た。やつはアルテナ兵の命を何とも思っておらず、一介の兵士が戦争に反対などすれば、良くて国外追放、最悪死刑だ。

 戦争が嫌でも誰も表立って反対などできず、同調圧力に負けて皆が戦場に立つことになる。そして、誰かを殺して、誰かに殺される。

 

 だけど、今のアンジェラの話ならば、聞いてくれるはずだ。魔力の大きさがそのまま発言力に繋がるという大嫌いだった風習が、今ならみんなに聞く耳を持たせる。

 

「いいんじゃねえか。そうと決まりゃ早速行こうぜ。ホークアイほどは上手く忍び込めねえだろうが」

 

 と、デュランがアンジェラの肩をぽんと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

「けけけ、いくでち、ユニコしゃん、ゴーレムしゃん!」

 

 そして夜を待って、シャルロットが召喚したユニコーンヘッドとマシンゴーレムをアルテナの城門前に配置し、城門を攻撃させた。どかんどかんとあえて派手な音を立てれば、慌てて門番がやってきた。

 

「誰の使い魔だ?!暴れてるぞ!」

「また暴走か。処理しちまおう」

 

 と、門番は門を開けて召喚獣を片付けようとしたが、シャルロットは召喚獣に指示を出し、城門から遠ざける。門番が召喚獣を追いかける隙に、アンジェラたちは暗闇に乗じて門をすり抜けた。

 

 久しぶりのアルテナだが、すっかり様変わりしていて懐かしいとも思えない。アンジェラがいた頃のアルテナは一年を通して春を維持していたし、こんな人通りもない寂れた気配を漂わせてはいなかった。マナの変動と、侵略戦争による動員がアルテナの街並みをすっかり変えてしまった。

 

 授業が嫌でこっそりと通っていた、街への抜け道を逆走して、アンジェラたちは城の内部に侵入する。

 元々王宮に仕えることができるのは魔法の手練れであることが必須条件で、この戦時下において魔法使いは兵士として徴兵されている。自然と王宮の人手は足りなくなって、アンジェラの部屋のある塔に使用人は殆どいなくなっていた。

 

 アルテナのみんなを助けたいと言っても、母を操っている魔法がどうやって解けるのか見当もつかないし、母を説得しようとしても無駄だろう。

 寧ろ、危険が差し迫っているのは一般の兵士だ。彼らは聖域の戦争に動員されて、紅蓮の魔導師を含めて沢山が死ぬ。しかし兵士たちは皆、魔法の使えないアンジェラを遠巻きにしていたので、アンジェラには兵士の知り合いがいない。

 だから最初に会うべきなのは、アンジェラの事情を汲んでくれそうで、兵士との橋渡しができる人物だ。

 

 

 

「ははぁ〜、ここがアンジェラしゃんのおへやでちか!」

「……」

 

 アンジェラが自室に案内すると、シャルロットはキョロキョロしてあちこち触りだし、デュランやケヴィンは居心地悪そうに身を固くしている。

 自室は手付かずで、部屋を出た日そのままだ。放置されていたにしてはホコリも被っておらず、優しい世話役が掃除してくれているのだと知れた。

 

 夜が深まり城中が寝静まるのを待って、世話役と指南役の部屋を訪れ、わざと音を立ててメモを置き、アンジェラは自室に戻る。

 世話役と指南役はすぐにメモを見て、アンジェラを追いかけて来てくれた。

 

 アンジェラの部屋に駆け込んできたホセとヴィクターは、アンジェラの姿を見つけておいおいと泣いた。

 

「ご無事でよかった、姫さま……!」

「突然出てっちゃうんですから!女王様も姫さまをお探しになられておりますよ!」

「指名手配をかけてることを、そんな好意的に捉えられるのはあなたたちくらいでしょうね」

 

 と、アンジェラは呆れつつも彼らの肩に手を置く。今も昔もそんな優しい彼らが大好きだった。そんな彼らをアンジェラの周りに置いた、母の意図もわかるような気がした。

 

 寛ぎ始めたシャルロットとケヴィン、所在なく突っ立っているデュランを警戒するホセとヴィクターに、「あたしの大事な仲間たちよ」と彼らを紹介する。ホセとヴィクターは意外そうに顔を見合わせた。

 

「ホセ、ヴィクター。あの日は急いでて、何も説明せずに出発しちゃってごめんね。今から信じられないような話をするけど、どうか信じて、協力してほしいの」

 

 アンジェラは掻い摘みながらも、今までとこれからの話をした。未来の記憶を持って戻ってきたこと。フェアリーの宿主を含む仲間たちと、世界救済の旅をしていること。理の女王が操られていることと、近く起こる聖域の戦争で沢山の兵士たちが死ぬこと。

 

「まさか。女王様が操られているなんて、そんな馬鹿な!一体どこの誰にそんなことができると言うんです。そんなの、マナの女神さまでないと不可能だ!」

 

 と、ヴィクターは声を上げた。ヴィクターの信じられない気持ちもわかる。母は、光の司祭をも上回って世界で一番の魔力の持ち主だ。状態異常の魔法は格上には効かないのに、母を相手に、更にそれを何ヶ月も維持するなど不可能だ。ただし普通の人間には、という注釈が付く。

 デュランが「おい」と口を挟む。

 

「あんたらの女王さまってのは、国民に意味のない戦争を強いるような愚王なのか?国民が凍えるのも構わず気温を暖めるのは止めるし、国民が飢えても資源は魔導要塞の建設に全部ツッコむ、そんな冷酷な氷の女王なのか?」

「キサマ、女王様を愚弄するつもりなら許さんぞ!」

 

 ヴィクターが殺気立つが、デュランは相手にしない。

 

「昔と変わっちまったってなら、それこそが操られてる証拠じゃねえのか」

「……!」

 

 デュランの言葉にヴィクターも口をつぐむ。アンジェラは話を続ける。

 

「お母様を操っているのは紅蓮の魔導師よ。竜帝に命を売って、代償に闇の力を与えられたらしいの」

「竜帝だって。あれは、もう十年以上も前に……」

「生きていた。黄金の騎士ロキと刺し違えて死んだと思われていたがな」

 

 と、デュランが暗い声で言う。ヴィクターがさっきから口を挟むこいつは誰だとばかりにデュランを睨むので、「彼はそのロキのご子息よ」と紹介しておく。

 

「この際、お母様が操られているかどうかは二の次。操られていようがいまいが、全員が紅蓮の魔導師の口車に乗せられて、アルテナが奴の私物化しているのは事実でしょ。こんな戦争に大義はないわ。世界からマナが減少していて、アルテナが豊かさを保てなくなっていくからと言って、同じように困っている他国を侵略しマナエネルギーを奪うことが本当に正しいことなの?少し貧しくなるからって、こんな無意味な戦争で民を人殺しに貶め、家族を失わさせるの?」

 

 一から十まで全部信じてもらわなくたって構わない。優先すべきは、アルテナの兵士たちを戦争から退けることだ。こんな戦争をしても利益がないことをわかってもらえればそれでいい。

 

「他国からマナエネルギーを奪ったって、それは一時しのぎに過ぎないのよ。お母様が進めているマナストーンの解放によって、穴の開いた風船から空気が逃げていくみたいに、急速に世界からマナは失われていって、穴から出た空気は決して風船には戻らない。そしてマナストーンに封印された神獣が蘇り、世界は滅ぼされる。竜帝が欲しているのはその神獣の力なの。紅蓮の魔導師は全部わかった上で、竜帝の世界征服のためにアルテナを利用しているだけなのよ」

 

 アンジェラがそこまで捲し立てると、ヴィクターも沈黙して、ホセと顔を見合わせて頷いた。

 

「……変わられましたな、姫さま」

 

 と、黙っていたホセが口を開いた。

 

「一部、過激思想の者も勿論いるが、元より、この戦争に不信感を募らせていた者は多い。しかし理の女王の命令なのだから、これしか選択肢はないのだろうと、盲目になっておった。あの優しいヴァルダ様が、こんな冷徹な判断を下すはずもないのに」

 

 ホセはそう言って小さな目に涙を浮かばせた。ホセは、アンジェラにかしずいてきたのと同じように、母が小さな少女だった頃から城に仕えていて、ずっと母の成長を見守ってきたらしい。だから母のこともよく知っている。

 ホセは涙を拭って、「わかりました、協力致しましょう」とアンジェラへの助力を約束した。

 

「理の女王が紅蓮の魔導師の傀儡となっている事実を、噂として流布させましょう。そうして探りをいれ、反乱の意志が有りそうな者を秘密裏に集わせ、表向きは紅蓮の魔導師に従ってもらう。いざという時には、アンジェラ王女、あなたの指揮下についてもらいましょう」

「アルテナ軍の兵士が、そんな簡単にあたしの言うことを聞いてくれるかしら……長年の、魔法の使えないダメ姫のイメージは、簡単には払拭できないでしょう。紅蓮の魔導師の指揮下を離れて、戦争で戦わないでくれたら、それで」

 

 突然、アルテナ兵たちのリーダーになれと言われても自信がない。アンジェラが反対しようとすると、ヴィクターが首を横に振った。

 

「姫さま、我々を舐めてもらっては困ります。アルテナ兵全員に魔法の心得があります。この短期間で、あなたの身の内の魔力量が信じられないほど増大し、偉大な魔法使いとなったこと、僕でさえ一目でわかりました。王女よ、あなたは確かに理の女王のお嬢様です」

 

 と、ヴィクターがアンジェラに恭しく跪き、ホセもそれに続く。

 

 アンジェラは泣きそうになるのをなんとか我慢した。ヴィクターの言葉は今まで受けたどんな賛辞よりも心に響いた。この使用人たちはずっとずっとアンジェラを愛してくれてはいたが、それは小さな女の子への、保護者としての愛情だった。それは幼いアンジェラにとって勿論必要なものだったが、彼らがこんなふうに敬意を込めて跪くことはなかった。美貌や持ち前の明るさを褒められることはあっても、それがアンジェラの自己肯定感に繋がりはしなかった。

 初めて心から敬われた。アンジェラは、女王の娘だと、漸く胸を張れる。

 

 

 

 

 

 

 ホセとヴィクターの協力を得て、アンジェラはこのままアルテナに残ることとなった。

 潜伏したまま、戦争を疑問視する兵士たちを引き抜く。聖域での戦争を止め、無理やり戦わされているアルテナ兵たちの命を救うために。国民を守るために。

 

 ウンディーネをアンジェラからシャルロットに移して、部屋の窓からデュランたちが脱出しようとするのを、中で見送る。

 

「パーティから抜けることになっちゃったけど、これは、あたしにしかできないことだから……ホークアイにヨロシク言っておいて。あたしも頑張ってるって」

 

 少しばかり寂しいが、自分に出来ることをしないまま素知らぬ顔で彼らの側にいることはできない。堂々と胸を張れる仲間でありたいのだ。

 

「はなれてたって、アンジェラしゃんはシャルロットたちのおともだちでち!」

「離脱しても、仲間!頑張れ、アンジェラ」

 

 と、シャルロットとケヴィンが嬉しい言葉をくれる。彼らが離れていても見守ってくれるなら、アンジェラは強くあれる気がした。

 

「お願いがあるの。近いうちに、アルテナ兵がマナストーンの解放に月夜の森に向かうわ。彼女たちは獣人に殺されてしまう。どうか、助けてあげて」

 

 アンジェラの懇願に、デュランが「わかった」と頷く。

 

「お前も、くれぐれも気を付けろよ。紅蓮の魔導師もここにいるんだろ」

 

 と、デュランが険しい顔で言った。デュランの言う通り、紅蓮の魔導師の拠点はアルテナだ。今は気配を感じないが、城のどこかにいる可能性は高い。

 血の気の多いデュランがそれをわかっていながら、紅蓮の魔導師に戦いを挑みに行かないのが少し意外だ。

 アンジェラのそんな視線に気付いたのか、デュランはチッと舌打ちして、「わかってんだよ、力不足だってな」と後頭部を掻いた。

 

「てめえが言ったんだろ。俺はまだまだ強くなる。紅蓮の魔導師に挑むのは、機会があればで構わねえ」

 

 クラスチェンジクラスチェンジと息巻いていた頃を思えば、随分と大人になったものだ。それだけこの旅路で傷ついたという証なのかもしれない。あの若々しい粗野さも彼の美点ではあったが、今のデュランの方が好きだ。

 

「きばれよ、アンジェラ。またな」

 

 と、デュランもアンジェラを激励し、手を上げて窓から飛び降りた。ケヴィンもシャルロットを抱えてそれに続く。彼らが闇夜に消えていくのを、アンジェラは誇らしい気持ちで見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








シ「さ〜いくでちよ、デュランしゃん、ケヴィンしゃん!」
デ「何でお前が仕切ってんだよ」
シ「アンジェラしゃんりだつのいま、ふるかぶはシャルロットだけでち。べつどうたいのリーダーはシャルロットでち!」
ケ「いちり、ある」
デ「あーそー、好きにしろよ」
シ「わかってもらえてうれしいでち。さ〜いくでちよ、ゲボクそのイチとそのニ、デュランしゃん、ケヴィンしゃん!」
デ「このセリフ地元のヤツに聞かれたら死ねるな…」
ケ「獣人王に聞かれたら、オイラ、殺されるかも…」
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