15 月夜の森にて
一晩休んで、ニキータにジェシカを任せて、ホークアイたちはディーンを出発した。
砂漠を行く足取りは軽く、このままどこまでも行けそうな気さえする。砂漠のモンスターたちを軽くあしらって、膝についた砂を払うと、ビルと目が合った。
「敵として戦った時もそうだったが、強くなったな、ホークアイ」
「悔しいが、俺たちじゃあもう敵わんな。聖剣を求めてどんな旅路を歩んできたか、知れるというもの」
と、双子は悔しさに顔を歪めながらも称賛してくれる。なんだかむず痒くて、ホークアイは笑って「そーだろ、俺ってば勇者サマだからサ」とちゃかした。双子も笑って「おう、真面目なお前にピッタリだ」と皮肉を言う。
「ただのシーフが出世したものだ。人生はわからんなぁ」
「今回の聖剣の勇者はイーグルだけどね」
「そこが助かる。イーグル様が聖剣の勇者として世界救済を成し遂げれば、ナバールの名誉は取り戻せる」
「俺じゃ無理ってこと?」
「お前より相対的に良いってことだ」
と、双子は笑う。
前回は殺してしまったビルとベンが後ろに続く違和感はあったが、すぐに慣れた。双子の言う通り、元よりホークアイと双子は仕事で組むことも多かったから、彼らとの行軍は寧ろ懐かしい。リースを除けば全員が気の置けない昔馴染みで、まるで世界が一変する前に戻ったかのようだ。
灼熱の砂漠を越えて、砂浜を目指してサルタンへと入る。
美獣の洗脳から解き放たれた解放感からか軽口多く雑談していたビルとベンも、砂漠の港として栄えていたサルタンの荒れ果てた様子を目の当たりにして、顔色を変えた。操られていた間は気にしなかったのだろうが、ナバールが変容してからサルタンの治安は悪化の一途を辿っている。
一行は港で古い小舟を買った。中古とは思えない値段どころか相場の三倍だったが仕方がない。元々の七人に合わせて双子も同行となれば、ブースカブーに乗り切るには狭すぎる。
小舟をブースカブーの甲羅の横に固定して、それぞれ乗り込みホークアイたちは海に出た。
海の向こうに遠ざかるサルタンを振り返りながら、イーグルが口を開く。
「今のサルタンを見ただろう、ビル、ベン」
ビルとベンは頷く。サルタンの現状をホークアイは前回の旅で知っていたが、彼らにとって目にするのは初めてだ。イーグルは「酷いものだったろう」と目を伏せる。
「ナバールが略奪集団と化し、港を行き交う船もなく流通も止まった。水や食料を始めとして物価の高騰は止まるところを知らず、一部の金持ちのみに財が集まる。今や一般の中流階級も食うために犯罪に手を染め、街全体がスラム化しつつある」
「……償わなければならないのは、ローラントに対してだけではなさそうですね」
「一刻も早く、ナバールを元に戻さねば」
と、ビルとベンは顔を引き締める。勿論同意すると思われたイーグルは「元に……」と少し言い淀む。
「……そうだな。ホークアイには昔言ったこともあるが、いい機会だから、お前たちにも言っておこう。俺の夢は、いつか、盗賊団を廃業することだ」
と、イーグルが爆弾発言をした。ビルとベンは飛び出そうなほど目を剥くし、ホークアイも足を滑らせかける。足を洗いたいなんて聞いたこともない。
「廃業……?!馬鹿言わないで下さい。あんたにナバール盗賊団の誇りを捨てられるわけない!」
ビルとベンは不安定な甲羅の上で立ち上がってイーグルに詰め寄った。イーグルは意に介せず、「まぁ聞け」と双子を座らせる。
「そう、俺たちはその誇りを軸にやってきた。盗みや実力行使を手段としながらも、世のため人のため正しいことをやっているという自負だ。格差の理不尽を是正しているという矜持だ。だが、もしその理不尽がないのなら、盗賊団は必要なくなる」
イーグルが語るにつれて、ホークアイはイーグルが何を言いたいのかわかった。廃業なんて言葉を使ったりはしなかったが、昔、同じようなことを言われたことがある。
「お前たち、民主主義をどう思う?」
「民主主義……」
歴史上、民主主義の国がなかったわけではないが、上手く行った試しはない。全てが失敗に終わり、今の時代は君主政治か神権政治の国しかない。
民主主義による大衆支配は合理的な統治形態ではない、と考えられているのが現状だ。民衆は目先の利益しか追い求めず、多数決は結局少数派が排除され多数派の利益しか採択されないし、何より意思決定に莫大な時間と金がかかる。
「あまりいい考えだとは思えません。砂漠には色んな一族がいます」
「だが、王制よりはマシな選択だ。すまんなリース王女、他国の話じゃないから聞き流してくれ」
「お気になさらず。砂漠の歴史は知っています」
と、リースはさらりと言う。
「ローラントでは、その選択肢は今後もないでしょうね。元々の山岳の民より、麓の民や移住者の方が多いんです。多数決ではアマゾネスはどうしたって不利になる。ですが、王制ならどの民族、どの立場の人にも平等に政ができますから」
「そう、王制は王が聡明ならメリットばかりさ。だが、ひとたび馬鹿が即位すれば詰みだ」
ホークアイたちの生まれるずっと前の話だが、今の年寄りらの幼かった頃は砂漠にだって王がいたらしい。悪虐が過ぎて滅び、それからは指導者なきまま、いくつかの商会や民族単位で均衡を保ちつつ生活している。
財なくして権力もなく、誰かが財と権力を独占しようとする度にナバール盗賊団の標的となってきた背景がある。その均衡を保てなくなったのが今の砂漠だ。
「昔から考えていた。王のいない砂漠だからこそ、世界に先駆けて民主化を目指せるとな」
と、イーグルは理想に目をキラキラさせる。その目がまるで子どもみたいで、ホークアイは話の内容そっちのけで湧き上がりそうになる笑みを殺した。イーグルは自信満々に口角を上げてビルとベンに熱弁する。
「ナバールに頼って今の格差に甘んじてきた砂漠の民も、今までの均衡が如何に危ういものだったか気付いただろう。均衡が崩れた今こそ改革のチャンスだ。勿論、世界救済の勇者の称号や、フェアリーの宿主っていう箔があっての話だが」
「世迷い言です。盗賊団を再建せずに、選挙でもしようってことですか?上手く行くわけありません」
「ナバールの再建も評判の回復も必須事項さ。最初から上手く行くとは思っていない。武力も、時と場合によっては必要だ。国防の視点からもな」
「では解体させるつもりはないと?」
「解体はしない。民主政治が軌道に乗るまではな。司法ができれば義賊は廃業して、俺たちは別のやり方で正々堂々と世のため人のために働けるようになる。それで俺たちの誇りは失われるか?否だ。俺にとって大切なのは、ナバール盗賊団の名前でも仕事でもない。俺が愛するのは、家族やお前ら、仲間たちそのものなのさ」
世襲でもないナバールで、子供の頃から次期首領だと皆に認められているだけあって、イーグルは話が上手い。ホークアイが持つような口先で丸め込む話術ではなく、イーグルの話し方のテンポや声の大きさや抑揚、その目や表情に、聞き手は情熱を感じてしまう。
圧倒されて、双子は困った様子で「ホークアイ、お前はどう思ってるんだ。賛成なのか?」と、ホークアイに助けを求めた。
「イーグルの、こうと決めた時の行動力なら、いつかやってしまうんじゃないかと思ってる。もっと年とってからの話だと思ってたけど」
ホークアイにとってシーフは天職で、盗みは大好きだ。宝そのものに執着はないが、お宝を盗るのは純粋に楽しい。この世界中巡る旅の途中でも遺跡や城にはわくわくするし、お宝がありそうだとか忍び込むならあそこだとか目星をつけてしまうほどだ。だから義賊をやめたくはないが、それがイーグルの夢だと言うならその理想を支えるのに否はない。
「というか、黒の貴公子倒して世界を救えた後の話だろ。まずは目の前のことに集中しない?砂漠をどうしたいかは、全部終わった後でいいよ」
「その通りだな。ま、そうなった時にはお前たちには手伝ってもらいたいから話した。考えといてくれ」
と、イーグルは話を締め括った。双子は眉間に深い皺を刻んで、顔を見合わせていた。
ブースカブーは北の大陸へと辿り着き、ホークアイたちはエルランドの砂浜でブースカブーから降りて雪の都エルランドに向かった。マナが固まってできた樹氷の林の中は氷点下の寒さだ。つい先日までは砂漠の灼熱の中を歩いていたので、その落差は凄まじい。
浜からエルランドへの短い道中で、すぐに仲間たちの姿を発見した。
どうやらケヴィンは筋トレ中で、この寒い中ほとんど裸で爽やかな汗を流し、デュランはシャルロットに何やら罵られながら云々唸っている。アンジェラの姿は見えない。
ホークアイは手を上げて「おーい、みんな!」と呼びかけた。シャルロットが飛び上がって喜んで、手を振り返してくる。
「あっ、ホークアイしゃん!みなしゃん、おひさでち」
「ったく、待ちくたびれたぜ。こんな寒い土地でいつまで待たせんだよ……っておい、そっちのヤツら──」
と、デュランは気色ばんで剣に手をかけ、ケヴィンも拳を握りこんで身構える。ホークアイの後ろにいた双子も、身動ぎはしないものの敵対の雰囲気にぴりっと気配を変える。
「ストップ!デュラン、ケヴィン、知ってるだろうけどこいつらはビルとベン。イーグルが新しく覚えた魔法で、正気に戻った。同行してくれるそうだから、同行してもらう。つまり、仲間だ」
「……そうかよ。リースも納得してるのか?」
「はい。不問にしたわけではありませんが、いつか、償ってくれるそうですから」
リースの言葉にデュランも漸く剣を引き、ビルとベンは「宜しく頼む」と声を合わせる。
ホークアイの足元にはトトトとシャルロットが近寄って来て、ホークアイの腰をぎゅうと抱いて「よかったでちね」と天使のような顔を綻ばせた。前回の顛末を知っている分、気にかけてくれていたのだろう。ホークアイはシャルロットの頭を帽子の上から撫でて、緩く微笑んだ。
「……心配かけたな。全部、イーグルのおかげさ」
「イーグルしゃんがいてくれて、ほんとよかったでち。ふたごのニンジャしゃんたちも、よろしくでち!ホークアイしゃんのおともだちなら、シャルロットのおともだちもどうぜんでちから」
とシャルロットがにこにこと天真爛漫に双子を構うので、双子は戸惑って顔を見合わせる。一度は敵として戦った相手にこんな歓迎を受けるとは彼らも予想外だろう。
「ところでデュランくん、アンジェラはどしたんだ?うんこか?」
「あいつ、トイレ籠るとなげぇからなぁ……って、そうじゃなくて」
デュランがアンジェラの姿が見えない理由を説明してくれる。アンジェラたちもホークアイたち同様に救いたいものを救うために、古巣に忍び込んだらしい。そしてアンジェラはアンジェラにしかできないことを成すために、そこに残った。
驚かなかったと言えば嘘になる。蓮っ葉な明るさとは裏腹に、臆病さと繊細さを抱える女の子だったアンジェラ。世間知らずの孤独なお姫様だった彼女が、故郷と向き合いひとりで戦おうとしている。敵の殴り方どころか買い物のやり方から教えた身としては、その成長ぶりに感動さえ覚える。
「……あいつ、本当に、かっこよくなったな。出会ったばかりの頃は、わがままで、臆病で……でも、いつだって一所懸命だった。そこだけは、全然変わってない」
アンジェラが国の兵士を助けると決めたなら、きっとやり遂げるだろう。アンジェラという戦力が抜けても、今回は元々人数が多いし、ビルとベンも加わってくれた。三人だけでは無理だったことが、今は成し得る。
アルテナ兵救助の件もあり、ゆっくりしていられないので、二手に別れていた間の報告の続きは海上で行うことにした。シャルロットの中に消えていたウンディーネをイーグルに移し、一行はブースカブーに乗ってウィンテッド大陸に別れを告げた。目指すは月夜の森の玄関口、月明かりの村ミントスだ。
ホークアイたちはブースカブーに運ばれながら甲羅と小舟の上で情報を共有し合った。ナバールに忍び込みイーグルの魔法をナバールのニンジャたちに埋め込んだことや、聖域に踏み込むことによってそれが発動すること。デュランたちが黒い騎士と戦ったことや、それぞれ新たにクラスチェンジして出来るようになったことなどだ。
イーグルが使えるようになった精神支配魔法にシャルロットは食いついて、興味深そうに色々聞いていた。
「ふーん、つまり、シャルロットがつかいまにやってることとおなじでち?」
「そんな感じだな。召喚するか、その場の魔物を使うかだ。あと人間にも効く」
「シャルロットもそっちがよかったでち!そしたら、ちょーっとだけヒースをあやつって、けっこんしきをあげるでち!」
「はは、あの人に効くわけない。あの人自身が受け入れるならまだしも。そんな万能なモンじゃないさ」
「格上以外には効くってことだろ?こえーな。てめーらは揃いも揃ってドロボーには覚えて欲しくない系統を……」
「デュランしゃん、かけてもらったらいいでち!どへたくそなヒールライトがじょうずになるように」
デュランは「あ゙あ゙?」と凄むがシャルロットはけらけらと鈴のように笑う。
どうやら合流前にデュランが云々唸っていたのは、シャルロットにヒールライトを指南してもらっていたところだったらしい。回復屋は何人いたって困らないし、騎士を目指す彼らしい進路だと思う。
「こいつの教え方マジで意味わかんねえんだよ、フワーだのグアーだの」
「わからんやつでちね。だから、こう、ふわわ〜として、ぶわ〜っ、きらら〜っ、でち!」
と、シャルロットは身振り手振りで説明して、光のマナがキラキラと舞う。実演付きだが、「わかるかあ!」とデュランは文句を言って、シャルロットは「なんでわかんないんでちか、さいのうないでち!」と頬を膨らませる。それに関してはホークアイもデュラン側だ。イーグルがやれやれと肩を竦めて苦笑する。
「シャルロットは感覚で使ってる天才肌なんだろうな。俺で良ければもうちょっと順序立てて説明しようか」
「おう、頼む。正直お前の合流待ちだったぜ」
「頼られるのは嬉しいね。未来の黄金の騎士に貸しを作っておくのも悪くない」
「お前がフェアリーに憑かれる前、何回かピンチを救ってやった貸しはどうなった?有耶無耶になってねえよな」
イーグルとデュランが意外にも仲良く練習を始める横で、「どうやらシャルロットはてんさいすぎたようでちね……」とシャルロットは自分の才能にため息をついていた。
ブースカブーが月夜の森近くの海域に入ると、少しずつぼんやりと日が陰った。ミントスの傍の砂浜に降り立つ頃には太陽は完全に姿を消し、いつの間にか空には大きな月が見える。
「不思議なところですね……まだ、お昼のはずなのに。どういう現象なんでしょう?」
と、リースが怪訝そうに月を見上げながら言った。初めて訪れるイーグルたちも森の異様さに戸惑いを見せている。久方ぶりに故郷の土を踏んだケヴィンはどことなく嬉しそうにしていたが、どういう現象かと問われて答えられず、「ウゥーン」と首を傾げた。
「月読みの塔、この辺りを夜にしてる秘密の何か、ある、言われてる」
ケヴィンの言うそれが、マナストーンだ。月読みの塔の中には月のマナストーンが安置されており、それが塔を中心に森全体を常夜にしている。
砂浜を抜けて森に入ると、すぐに月明かりの都ミントスだ。
この村には、獣人王に賛同せずビーストキングダムに入らなかった獣人たちが住んでいる。獣人には好戦的な者が多いが、だからといって全員がそうではない。人間にも暴力に訴えるのを良しとする者もいれば平和主義者もいるように、獣人だって色んなやつがいる。夜には獣の本能が活発化する分、人間と少し割合は異なるかもしれないが。
村人たちは、一行の姿を見ても特に警戒もせずに平然とホークアイたちを迎えた。そればかりか「人間に敵意を持ってる獣人も多いから、下手に森に踏み込まない方がいいぞ」と警告してくれる住人もいれば、人間たちの一行に獣人であるケヴィンが混じっていることに気付いて、「いつの日か、お前さんたちのように獣人と人間が手を取り合える日がくるといいのじゃが」と漏らす者さえもいた。
「獣人は人間を恨んでるモンだと思ってたが、違う連中もいるんだな」
と、デュランが今までの先入観を反省するように言った。ジャドを占領したルガーたち人間討伐隊しか獣人を見たことがなかったなら、印象が固定されても仕方がないだろう。かつてのホークアイも、ここに来るまでは同じだった。
さて、この土地でやるべきことは、大きく分けてふたつだ。
ひとつは月読みの塔のマナストーンにいる月の精霊ルナを手に入れること。
ひとつはマナストーンのエネルギーを解放しに来ているアルテナ兵の命を守ること。彼女たちは前回、ホークアイたちが月読みの塔を訪れた時には既にルガーによって殺されていて、その魂は死を喰らう男に吸われた。
そしてもうひとつ、先に済ましておきたいことがあって、そのためにホークアイたちは宿屋に寄った。
大抵の宿屋には、マナを多く含む特殊な土の植木鉢が旅人のために用意されている。マナが多量に凝縮された魔法の種をこの特殊な土に植えると、ほんの数秒で実をつけるのだ。
火山島ブッカで奇跡的にひとつだけ手に入れた、希少な種。その光る種を発芽させることで、クラスチェンジアイテムを入手できるのである。
どうやらこの特別な種は周囲の人間のマナを読み取って、その人間に合うものしか発芽させないという特性を持っているらしい。
「たねをうえるしゅんかんは、いつもわくわくするでちね!シャルロットのがで~る~で~ち~」
「何が出るかはお楽しみ。どっちの該当アイテムが出ても恨みっこなしな」
早速宿の植木鉢を借りて、ホークアイとシャルロットは一緒に種を植えた。ブッカ島を出てから一行はすぐに二手に分かれたので、今まで種を植えるタイミングがなかった。本当はアンジェラも一緒が良かったが、彼女は離脱してしまったので仕方がない。
まだ一度目のクラスチェンジを終えたばかりの他の顔ぶれは後ろで成り行きを見守っていて、悔しさを顔に滲ませている者も中には居る。
ものの数秒で種は発芽し、みるみるうちに成長して大きな花を咲かして枯らし、そして実を膨らませた。植木鉢の土の上にぼとりと落ちたそれは小さな立方体で、幸運のサイコロと呼ばれるクラスチェンジアイテムだ。ホークアイは拾い上げて、軽く放り投げて手遊びする。
「悪いなシャル、俺は昔からお宝に好かれちまうタチなんだ」
「ぐぬぬ、ホークアイしゃんのきょううんが、ここででたでちか……!」
「幸運の女神様は面食いなのかな」
「じぶんでいうなでち!」
植木鉢の周りで騒ぐふたりだったが、そのじゃれあいを「ま、待って。なんだか、外、騒がしい」とケヴィンが止めた。
一行は一斉に声を潜め、壁に身を寄せるか身を伏せた。窓際に居たイーグルが代表して、カーテンの隙間から外の様子を覗き見る。
「……アンジェラの言ってた、アルテナの兵士たちだ」
アルテナは何らかの方法でこの土地にマナストーンがあることを突き止め、エネルギーを放出するために兵士を送り込んだのだ。そして、このまま何も介入しなければ、ルガーたったひとりに惨殺される未来にある。
アルテナ兵は、魔物を何体も召喚し完全武装でミントスに乗り込んできていた。獣人という種族は総じて戦闘能力が高いので、戦闘になることを警戒していたのだろう。
しかし村人の獣人たちが無抵抗だと知ると、彼女たちは大人しく武装を解いて、平和的にマナストーンの情報収集を始めた。彼女らの任務は一刻も早いマナストーンのエネルギーの放出であるので、ミントスの獣人たちが邪魔立てしないのならば、わざわざ敵地で事態を荒立てることはしないというわけだ。
「変だな。前回、月読みの塔で見た時よりも、兵数が少ないように見える」
「斥候か?」
「いや、それにしては多いし、本隊だろうけど」
ホークアイは情報を得ようとアルテナ兵たちの唇を読むが、距離と暗闇でいまいち判別できない。外の様子に気付いてから黙っていたケヴィンが「ウーン」と首を傾げる。どうやら聞き耳を立ててくれていたらしい。
「穏健派の運動、活発化してきて、戦地派遣の志願兵が減ってる、みたい」
「耳いいな……」
「アンジェラしゃんが、がんばってるってことでちね!」
と、シャルロットが喜んだ。アンジェラのアルテナでの活動が早くも実を結んでいるようで、ホークアイも嬉しくなる。彼女の努力に報いるためにも、どうにかしてこの兵士たちを助けねばなるまい。
「接触して、森に入らないように説得……しても、応じてくれないだろうな。怪しまれるだけか」
「しらないひとからみたらシャルロットたちって、たぶんすっごくへんなかおぶれでちからね」
「アンジェラいれば、話くらい、聞いてくれたかも、だけど」
「おう、それこそイーグルの例の魔法の使いどころじゃねえか?」
「おいそれと連発はできん。アルテナ人なら魔法耐性も高いだろうしな。二、三人が限度だ。大体、一時しのぎすぎる」
「では、先にルガーや死を喰らう男と接触して倒しておくのはどうでしょうか?」
と、死を喰らう男ともルガーとも会ったことのないリースが簡単に提案する。
以前ホークアイたちは滝の洞窟の前で、死を喰らう男に殺されかけたことがある。あの時生き残れたのは、ヒースに守られたからだ。そしてヒースは奪われた。
「それが出来れば苦労はないけど、連中と戦ってる間にアルテナ兵が来てややこしいことになっても嫌だし、事前に無事倒せたとしても、結局マナストーンの解放を止めてくれと説得しなきゃならない」
「説得できなきゃ、最終的には力ずくになりそうか。一番いいのは、撤退してもらうことだな。現場が月読みの塔の前だってことはわかってるんだろう?やられかけてるところを颯爽と助けてやるのはどうだ」
と、イーグルが言う。襲われるとわかっているのに止めないということになるが、説得の手間もないし、助けるなら心証もいい。美獣が首領フレイムカーンを助けナバールに潜り込んだように、信頼を得るには最も効果的で手っ取り早い、よく使われる手だ。
「そうしよう。横入りする以上は死を喰らう男とルガーを相手にしなきゃならないが、月のマナストーンに手出しさせないためには、どちらにせよ連中も退けておいた方がいいだろうから」
そして、万が一乱戦になった時のため、混乱しないように担当を決めておく。
「もし乱戦になったら、アルテナ兵たちはビルとベンに任せる。死を喰らう男は、魔法耐性の高い順にシャル、イーグル、俺が担当した方がいいだろうけど……」
と、ホークアイはケヴィンに目を向ける。ケヴィンはルガーとも因縁があるが、元々ケヴィンがこの旅についてきたいと言ったのは、死を喰らう男と父親に復讐できるだけの強さを得るためだ。
「オイラ、死を喰らう男に、借りがある。あいつ、カールの仇……!獣人王に言われて、あいつがカールに凶暴化の魔法、かけた。絶対、許せない」
と、目つきを変える。ルガーはケヴィンを倒すと意気込んでいたと記憶しているが、どうやらケヴィンの方はルガーに拘りはないようだ。
戦闘時以外は温厚で無邪気な彼が、こうやって憎しみを顕にするのは珍しい。友を殺した痛みも、そうさせた相手への憎しみもホークアイには苦しいほどわかる。
「滝の洞窟の時は不意を突かれたとは言え、あのピエロの強さは本物だぞ。俺たちも強くなったし、敵わないとは思わないけど」
「今のオイラとの差、わかれば、オイラもっと鍛えるだけ。今はせめて一発、殴る」
「なら、ケヴィンはこっちチームだ。ルガーはイーグルとデュラン、リースに任せる。ルガー相手にデュランに回復全部任せるのはまだ心許ないし」
「あーあー、わりぃな雑魚ヒーラーで」
と、デュランが不貞腐れるが否はないようだ。ホークアイは前回の記憶のルガー戦を思い出して、「油断するなよ」と釘を刺す。
「ルガーは強いぞ。強くて、諦めない。負けるくらいなら死ぬ、って気で戦ってるんだと思うよ。前回も、致命傷を負わせるまで終わらなかった……ルナが助けてくれなかったら、殺すことになってた」
ルガーの命の灯火が消えかかった時、あんなに敵意を向けられていたケヴィンはルガーを助けてとルナに懇願した。もしもルガーの消えかけた命をルナが赤ん坊に転生させてくれなかったなら、ケヴィンはさぞ泣いただろう。友達を亡くす苦しみに耐えるのは一度で充分だ。
「獣人は、血気盛んな特性や人間への恨みを死を喰らう男に利用されてるんだ。あの妖魔は魂を集めてるみたいだったからな。だから、ルガーも殺すな。殺人に抵抗はないヤツだけど、根っからの悪人じゃない。あいつにとっては任務なだけだったと思う」
何よりケヴィンが泣くのは見たくない。デュランたちも頷き合い、これで方針が決まった。
しばらくしてアルテナ兵の部隊が村から立ち去り月夜の森に入っていくのを、ホークアイたちは少し離れたところから尾行する。
ルガー相手にピンチになったら助けてやろうという算段だが、アルテナ兵たちは月夜の森のモンスターを相手に苦戦しているようだ。暗闇の鬱蒼とした木々の間から突然飛びかかってくる獰猛な狼たちは、詠唱の必要な魔法使いたちにとっては少し相性が悪いだろう。
手こずりながらも進んでいくが、暫く行ったところで、ケヴィンが首を傾げた。
「……月読みの塔、こっち違う。アルテナ兵たち、どこ行きたい?」
「……迷ってるな。気持ちはわかる。前回はこの俺でも迷った。太陽はないし月の位置もデタラメ、星は葉っぱでろくに見えない」
「どうする。このままついていくか?」
「いや。尾行はビルとベンに任せて、俺たちは先に塔に行こう。ケヴィン、案内頼めるか」
「任せて。獣人にとって、この森、庭」
獣人は生まれたら森に放り出されて動物に育てられる、だったか。前回会ったケヴィンがルガーとの共闘の後に言った言葉だ。赤ん坊として生まれ変わったルガーは単身森の中に消えていった。
「ビル、ベン。バレない程度に手助けしてやってくれ」
「了解。正直言って見てられなかった」
と、ビルとベンは影に潜って消えた。夜目もきくし、闇夜に紛れるのは彼らの得意分野だ。
より安全でより近い道をケヴィンの案内で進み、一行はあっという間に月読みの塔へと到着した。シャルロットが「ぜんかい、あんなにさまよいあるいたのがバカみたいでち」と憮然と呟く。
辺りにはまだルガーや死を喰らう男の姿もなく、月読みの塔はひっそりとしている。
階段を登って塔の中に入り、月のマナストーンと対面する。塔の一階にあるマナストーンはまだエネルギーを放出されておらず、前回通り無事なままだ。
ふいにマナストーンの前に人の頭ほどの大きさの月が浮かび上がった。と、思ったのもつかの間、それはいつの間にか形を変えて、小さな美しい女性が月光色の物質から顔を出している。月の精霊、ルナである。
『あなた方が来るのを待っていました。勿論、力をお貸しします』
「よろしくな、ルナ」
月の精霊ルナはその他の精霊たちと同じようにイーグルの中にすうっと溶けて消えた。
「……さーて、みんな、ちょっとだけ時間をくれ」
ホークアイはマナストーンの前に歩み寄って、その要石を見上げた。ホークアイは幸運のサイコロを親指でピンと弾いて真上に飛ばし、ぱしりと受け止める。どこか月の色にも似た金色のサイコロを握りしめた拳を額に当て、もう片方の手のひらはマナストーンに触れる。
記憶の中の前回。マナストーンとの対話では、第一に復讐があった。憎悪と痛みを糧に突き進んで、手段を選ばない強さを願った。しかし今回は、憎悪よりも痛みよりも、何よりも強い想いがある。手の届く範囲の大切な人たちをもう二度と手放したくない、ただそれだけだ。
マナストーンはホークアイの念を受け入れ、ホークアイは二度目のクラスチェンジを成功させた。握りしめていたはずのサイコロは気付かぬうちに手の中から消えている。身の内に大きく増大したマナを感じ取り、ホークアイは声に出さず、マナストーンに感謝を述べた。
「……というわけで、諸君、お先に失礼」
と、ホークアイは笑って後ろを振り向いた。リースとケヴィンは素直に祝福してくれるが、残りはそうもいかない。
「むむむ……ぬけがけはず~る~い~で~ち~!」
「くっそー、おい、その種ってのは何処で手に入るんだ」
と、デュランたちは自分たちも二回目のクラスチェンジがしたくて溜まらない様子である。クラスチェンジアイテムの種を落とす魔物とその出現場所を教えてやり、暫くはそこに寄る予定がないことも合わせて告げれば、デュランは眉を吊り上げて不機嫌を顕にした。
イーグルは顔に悔しさを滲ませながらも、拳を握って肩まで上げる。ホークアイも笑って同じようにしてお互いの拳を打ち付けると、イーグルは「おめでとう。すぐ追いついてやる」と言った。
***
月の精霊ルナを得て、ホークアイのクラスチェンジを見守ってから、一行は月読みの塔を出て木陰に潜み、アルテナ兵が現れるのを待った。
声を潜めてしばらく待っていると、どこか遠くから悲鳴が聞こえた。続いて、爆発音。恐らく魔法によるものだ。アルテナ兵が戦っている。
塔の前にはまだ誰も来ていない。顔を見合わせて、悲鳴と爆発音を頼りにイーグルたちは駆け出した。
その向こうから数名のアルテナ兵が木々の 間を縫って、走って逃げてくる。傷だらけの彼女たちはイーグルたちに気がつくと、敵だと判断して「くっ、挟まれた?!」と戦闘体勢をとった。一行はそれを避けて、「そのまま逃げろ!」と脇を走り抜ける。
彼女たちが逃げてきた方向に少し走ると、ビルとベンと対峙するルガー、そして死を喰らう男の姿がそこにあった。臨戦体勢のビルとベンの後ろには、流血し動けない様子のアルテナ兵たちが倒れているが、見る限り命に別状はなさそうだ。ビルとベンはしっかりアルテナ兵たちがピンチに陥るのを待ってから、きっちり守ってくれたらしい。
「おやマァ〜皆さんゾロゾロと、またお会いしましたネ!食事の邪魔なんて無作法ですヨ!」
と、ルガーの後ろで死を喰らう男が大袈裟な身振りで不服そうに喚いた。ルガーはケヴィンの姿に気が付いて、「ケヴィン、貴様……!」と低く唸る。
「まだこんな脆弱な人間共と行動を共にしているのか。獣人の面汚しが!恥を知れ!」
と、ルガーの剥き出しの敵意がケヴィンに向けられる。目の前のビルとベンは既に眼中にないようだ。その隙にビルとベンは後ろに下がり、足をやられて動けない様子のアルテナ兵をそれぞれ担いだ。
「おい、逃げるぞ。走れるやつは走れ」
ビルとベンの短い指示に、事態に固まっていたアルテナ兵たちもはっと我に帰り、「そ、総員退避!」という指揮官の一声によって残っていた兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。これでとりあえずの目標は達したことになる。あとは、目の前の獣人と妖魔を何とかするだけだ。
死を喰らう男はアルテナ兵たちが逃げ出すのを見て慌てて「あっ、待ちなさァい!」とカン高く叫んだ。
「あ~あっ、逃げちゃ勿体無い、せっかくの美味そうな魂がァ!ルガー様ッ、追いかけましょうヨ!」
「うるさい、お前も去ね。俺はケヴィンに用がある」
と、ルガーはケヴィンを睨みつけたまま死を喰らう男を邪険にする。邪魔な者は全員さっとと去れとも言わんばかりだ。
「そうデスか、どうぞご自由に……ならワタクシひとりで行ってきますヨ。最近ピンハネし過ぎましたから、しっかり集めておかないと仮面の道士様に殺されてしまいマス!」
と、死を喰らう男はルガーにその場を任せてアルテナ兵を追おうとするが、そうはさせない。その行く手にホークアイたちが立ちはだかって足を止める。
「おいっ、へんてこオヤジ!ヒースを、ヒースをどこにやったんでちか!ヒースをかえせぇっ!」
ついシャルロットはカッと頭に血が上ったまま死を喰らう男に突撃しようとするが、その腕をホークアイが捕まえて止める。
死を喰らう男は不思議そうに首を大きく傾けたが、シャルロットの顔を見て、「はは~あ、わかりましたヨ、あのウェンデルの神官の名前デスか?それ」とぽんと手を合わせた。
「心配せずとも、あの神官は元気にやっておりますヨ。クックック、今じゃあ、ウチのナンバー2の実力者ですからネ。モチロン、ナンバー1はこのワタクシですがネ、フフフ。今や強大な暗黒の力を身につけ、闇の神官として我が主仮面の道士様にワタクシと共にお仕えする身!会ったとしても、お前のことなんか忘れちまってますヨ!」
「そんなのしんじないし、たとえそうだとしても、あったらおもいだすでち!つべこべいってないで、なんとかパレスのばしょをはくでちー!」
ヒースがどうなっているのか、それを聞くのは記憶を持って戻ってきた彼らにとっては二度目らしい。ショックを受ける様子も見せずシャルロットは気丈に言い返す。死を喰らう男は首を傾げて「はて?」と指先で己のこめかみをつついた。
「ワタクシ、ミラージュパレスのことも言っちゃいました?ワタクシ、どうも独り言が多いみたいで、言わなくていいコトも言っちゃうンですヨネ……ま、お前たちには絶対辿り着けない場所ですヨ、ご心配なく!それじゃ皆サン、ごきげんよう!」
と、死を喰らう男が手を回したかと思えば、空間が歪んで姿が掻き消える。美獣や紅蓮の魔導師たちも使う、空間移動の魔術だ。アルテナ兵たちを追ったのだろうが、彼女たちは浅くない傷を多数負っていて、まだ遠くまでは逃げられていないはずだ。
シャルロットは真っ先に死を喰らう男のマナの気配を追って踵を返した。
「にがすもんか!おうでち、ホークアイしゃん、ケヴィンしゃん!」
「ごめん、ルガー、また今度!」
と、ケヴィンは瞬く間に獣化して、シャルロットを掬い上げて小脇に抱えて跳んだ。ホークアイも続く。
ケヴィン目当てのルガーは激昂して吼える。無視されたも同然だろう。
「ケヴィン、貴様ああっ!!」
と、咆哮し走り出そうとするルガーの前にイーグルとデュランは横から身を滑り込ませ、その行く手を遮った。リースの「行って下さい!」と促す声を後ろに、ホークアイとシャルロット、ケヴィンの三人は死を喰らう男を追いかけて森に消える。
「ケヴィンなら野暮用さ。すぐ戻ってくると思うし、それまで俺たちと一緒に待ってようぜ、お兄さん?何ならお茶でも入れようか」
ホークアイたちを送り出して、そう言ってイーグルは剣先をルガーへと向けた。
ルガーは一際大きく獣の咆哮を夜空に響かせると、その体はみるみるうちに膨らんで、毛皮に覆われる。巨大な牙に、鋭利な爪。血に飢えたような瞳がギラリと月光を反射する。普通ならその一睨みだけで獲物は足を竦ませるだろう。
だが、砂漠で対峙した、美獣の威圧感よりかは遥かにマシだ。
「この俺の邪魔立てしたこと、あの世で後悔するがいい、虫ケラ共が!」
と、ルガーは跳んだ。
熱い毛皮に覆われた皮膚は簡単には刃物を通さず強靭で、獣の筋肉の瞬発力には、人間の筋肉では足元にも及ばない。更にルガーは一対多の戦闘にも慣れていて、目の前でデュランを相手にしながらも、背後からのイーグルの攻撃にも気を配り、紙一重で躱してみせた。イーグルは舌を巻く。身体能力や魔力では美獣に軍配が上がるが、格闘術という一点においては、今まで戦った中で一番だ。ホークアイは殺すなと言ったが、殺されそうなのはこちらである。
デュランはルガーの爪を剣で受けた。しかしルガーの狙いは剣を持つ手そのもので、柄の持ち手に次の拳を叩き込まれる。
「ぐっ……!」
それでも剣を手放さなかったのはデュランの褒められるべき意地だ。ルガーは柄ごとデュランの腕をとり、デュランが気付いた時には視界は宙に浮き、反転していた。そして地面に叩きつけられ、跳ね返って体が浮く。呼吸が一瞬止まる。
投げ技の隙を見て飛び出したのはリースだ。
リースは「はあっ!」と鋭く槍術を繰り出すが、ふっと身を屈めたルガーによって懐に入られる。
「っ!」
「女だからといって容赦はせん!」
槍はリーチが長いのが利点だが、一旦懐に入られると弱い。リースは反射的に後ろに跳ぶが、同時にルガーも地を蹴って後を追う。ルガーは槍の柄を掴み、強く引く。力比べではリースに勝ち目はなく、ルガーは槍の柄でリースの胴を薙ぎ払い、地面に倒れたリースの腹に更に柄の先端を打ち付ける。
しかし投げつけられた何かによって狙いは外され、槍の柄の尻は、リースの横腹の僅か一ミリ横に叩きつけられた。その狙いをずらしたのは、デュランが投げつけた剣だ。槍の柄は地面に叩きつけられた衝撃で縦に割れ、穂先側が宙に飛ぶ。
デュランは割れた槍を掴み取り、リースにマウントポジションをとるルガーに突き刺すが間一髪で避けられる。リースはデュランの剣を拾い、体勢を崩したルガーの脇腹を斬りつける。毛皮を裂き血が飛ぶが、自分の得物ではないためか浅い。しかし一度距離を取らせるには充分だ。
リースが「ありがとう」とデュランに剣を返して、割れた槍も回収する。それ以上は息つく間も与えてくれず、ルガーが再び跳ぶ。
しかしデュランとリースの体を張った攻防の間に、イーグルの練っていた闇の魔法の構築が完成した。
「此に在るは欺瞞と混沌の秩序、汝の霊肉明け渡し傀儡なれ!悪いが、ちょっと大人しくしててもらおうか!」
イーグルの放った闇の矢は、一直線にルガーのこめかみを打ち抜く。ルガーは苦しそうに身を折り頭を抱えて呻った。ブレインジャックの効果で、ルガーはほんの一刻ほどイーグルの意のままとなる。そのはずだった。
「ウ、ウゥオオオオォォァァァァアアアア!!」
雄叫びと共にルガーは自らの拳を何度も頭に打ちつける。圧倒されて息を呑むイーグルたちの目の前で、バチッと何かが弾けるような音と共にルガーの頭から黒い霧が散って空気に溶けた。
ルガーは、なんと気力で脳内に入り込んだ闇のマナを打ち払ったのだ。相手が格上の美獣や、魔法耐性の高い者ならばそれもわかるが、ルガーはただの獣人だ。精神支配魔法を打ち破ったのはその強靭な意志そのものに他ならず、常識はずれの精神力にイーグルは驚きを隠せない。
「な、何て精神力だ!あれを弾き返すなんて──」
ルガーは獣の眼光でイーグルをぎろりと睨みつけ、地を蹴った。イーグルが一回瞬きするだけの間に、ルガーの姿はもう眼前まで迫っている。ルガーの強烈な上段蹴りをイーグルは腕で防ぐが、腕のガードごと吹き飛ばされて、背後の木の幹に体を打ち付けられた。
打ち付けた背中よりもガードした腕がびりびりと痺れ、イーグルは「くっ……!」と小さく呻いて激痛に耐える。
「姑息な呪術を使う輩めが!強さとは力だけじゃない、精神力がものを言う!殺す気概もなく、半端な覚悟で戦っているようなお前たちに、この俺が負ける道理はない!」
と、ルガーは吠える。その肩口に「ほざきやがって!」とデュランが剣を振り下ろす。剣先はルガーの皮一枚を切り裂き、ルガーは振り向きざまに回し蹴りを繰り出し、デュランの頭蓋を狙う。デュランは反射的に上体を反らして避けるが、掠った額当てが大きく飛ばされて、落ちた先で割れた。
続けてルガーが放った拳はデュランに当たらず、デュランは体勢を立て直し、更なる一撃をルガーに向ける。
「大丈夫ですか、イーグルさん!」
と、リースが未だ立ち上がらないイーグルに駆け寄る。リースはイーグルの不自然に曲がった腕を見て、「その腕……!」と息を呑んだ。調度イーグルは自分への魔法を終えたところだ。
「折れたようだ。変にくっ付けたら目も当てられないから今は治そうにも治せん。幸い、左手は無事だからまだ戦える」
と、イーグルは骨折した腕を何事もないかのように放置し、痛みもない様子で左手に短剣を持って立ち上がったので、リースは目を見張って驚いた。
「痛くないんですか?!」
「痛かったから消した。痛みなんてぶっちゃけ脳みその問題だ、忘れられる。心配するな、見た目より平気だ」
イーグルはブレインジャックを自らにかけ、鎮痛効果を得たのだ。しかしリースは顔色を青くする。
「そ、それって誤魔化してるだけってことですよね?無茶です、そんな状態で戦うなんて……!」
「半端な覚悟だなんて言われて、黙ってられるほど腰抜けじゃない」
と、イーグルは冷えた声で言った。
もうあの獣人を地面に屈伏させてやらねば気が済まない。何故だかホークアイはルガーに同情的で、ルガーを根っからの悪人じゃないと言っていたが、人間に虐げられてきたということを大義名分として人間の虐殺を是とする戦闘狂に、俺たちの、あいつの覚悟がわかるものか。イーグルは唇を噛む。ルガーの言ったことは、記憶を持って戻ってきたホークアイやアンジェラたちへの侮辱だ。
「ま、あいつの言うことにも一理ある。殺す気概、ってのが足りなかったよ……殺すなと言われて、つい優しくした。廃人にする気でやってやる」
先ほどの魔法には、一刻意識を奪う程度の闇のマナしか込めていなかった。精神力で打ち破ったというのならば、その意志の力ごと捻じ伏せてやればいいのだ。
再び闇のマナを練り始めたイーグルに、リースが「私も、手伝います」と胸に手を当てて言った。
デュランが必死に時間を稼いでいるのに甘え、リースとイーグルは時間をかけてマナを練り上げる。
「知恵の代償に隻眼となりし御父よ、御業の代償にかの者を捧げる」
リースの詠唱が口の中で呟かれ、デュランがルガーの蹴りを避けて後ろへと大きく跳んだ時、リースの握りしめる折れた槍がルガーへと向けられた。
「愚者とせよ、マインドダウン!」
火のマナと魔力がルガーを風のように通り過ぎる。ルガーは鬱陶しそうに頭を大きく振って振り払った。その魔法が、対象の体内のマナの活動を鈍くし、魔力や魔法耐性を奪ったのがわかった。「今です、イーグルさん!」というリースの声を合図に、イーグルも再び完成させていた魔法をルガーに放つ。
「うおおっ、抗えるのなら、抗ってみろ!ブレインジャック……!!」
「ウガァァァァアアアアアアアッ!」
黒い矢はルガーの眉間を射抜き、その脳を支配しようと暴れる。ルガーは先ほどと同じように打ち勝とうと、拳で頭を打ち付けた。
イーグルの視界にルガーの視界が重なる。どうやらビルとベンの時と同じ、魔法の対象との同調現象だ。ルガーの意識が、支配されまいと必死に暴れている。ルガーの考えていることが手に取るようにわかった。
ルガーには、ビーストキングダムの中で獣人王の次に秀でているという自負がある。人間討伐隊の隊長に任命されたのは、ルガーにとって誇りだ。獣人王は実子のケヴィンでなくルガーを選んだのだ。ルガー自身は人間に恨みはないが、獣人の未来と獣人王のためならば身を粉にして任務を果たそうと心に決めた。獣人王の教えを無駄にするケヴィンでなく、ルガーの方が後継者として相応しいと証明するためにも。
だが獣人王はケヴィンを気にかけて、驚いたことにやつの留守の間ペットの保護までしている。実子だからといって獣人王の愛を一身に受けながら、それを愛だとも気付かず後足で砂をかけるようなケヴィンが憎い。
人間討伐隊の任務を立派に果たして己の後継者としての資質をアピールしたかったが、聖都ウェンデルへの侵攻は堅固な結界に阻まれ、隊長としてのルガーの評判は下がる一方だ。こんな無様な己では、獣人王の造り上げたビーストキングダムに居る価値がない。心酔する獣人王の傍に居る資格がない。ルガーには、ケヴィンを倒し、実力を証明するしか残っていない。負ければ王国を去る、それがルガーの覚悟だ。
『お前たちの目的は人間への復讐だと思っていたがな、獣人王に認められたいってだけか?そんなものが覚悟?』
と、イーグルはルガーの脳の中で言った。闇のマナを脳に介入させる過程で術者と対象が同調し、ルガーの意識とイーグルの意識がほんの少し繋がったことによる念話のようなものだ。
『獣人王に認められたいなら、人間やケヴィンなど狙わず直接獣人王に挑めばいいものを。永世中立国に手を出して、ビーストキングダムを貶め、目の敵にするのは幼馴染か。お前たちのやり方では獣人を危うくするだけだとわからんのか?どこまでも自分勝手な覚悟でよくもまぁ、半端だとかなんとか侮辱くれたな』
などとついつい説教臭いことを言ってしまう。ホークアイにもよく嫌がられるが、性分だ。
『何を賭しても全員守る、それがあいつらの覚悟だ。その中には、お前まで含まれてるって言うのに』
守る覚悟、それが記憶を持って帰ってきた彼らの抱えている覚悟だ。俺はそれに負けるのか、とルガーの脳裏にふとよぎった瞬間、ルガーの意識は闇のマナに耐えかねて真っ白に染まった。
***
一方ホークアイ、シャルロット、ケヴィンの三人は死を喰らう男の背中を追っていた。深い森の中を死を喰らう男は逃げたアルテナ兵を探してぴょんぴょんと跳ねるように器用に駆け抜け、ホークアイとケヴィンの脚でも中々追いつけていなかった。
しかし少し広げた花畑に出たとき、業を煮やしたシャルロットがケヴィンに小脇に抱えられながらも召喚魔法を発動させ、ユニコーン二体を死を喰らう男の目の前に出現させた。ユニコーンたちに行く手を遮られ、漸く死を喰らう男の脚が止まる。
「全く、しっつこい連中ですネェ!いいでしょう、そんなに死にたいなら、殺して差し上げますヨ!」
死を喰らう男は三人を振り返り、「ドッペルゲンガー!」と両手を広げぐるりと回す。すると死を喰らう男の姿がふっと二重三重に重なって見え、重なった像は徐々にスライドし、いつのまにか死を喰らう男の姿は三つになっていた。
「ぶ、分身……!?」
「ひひひ、実は三つ子なんですヨ、ワタクシ!」
と、中央の死を喰らう男は笑い声をあげ、両端の死を喰らう男がそれぞれのユニコーンに鎌で切りかかる。その両方がダメージを受け、分身体が視覚を惑わしているだけの幻影でないことが知れた。片方のユニコーンは倒れ、片方のユニコーンは反撃して大きな角を死を喰らう男に突き刺すが、その死を喰らう男がダメージを負っている様子はない。分身体だ。
「ホークアイしゃん、ケヴィンしゃん、ぶんしんはこっちにこうげきできるけど、こっちのこうげきはきかないでち!」
「了解、なら、構わず本体に攻撃だ!ケヴィン!」
「アウ!」
獣化しているケヴィンが大きく地を蹴り、中央で笑う死を喰らう男へと跳び蹴りする。死を喰らう男はそれを避けもせずにまともに受けて地面へと倒れるが、ケヴィンはその手ごたえのなさに目を見張る。まるで風船を蹴るかのような柔らかさであった。
「クックック、残念、こっちが本体ですヨ」
と、一番先にユニコーンを倒していた死を喰らう男が笑う。思わせぶりに中央に居たのは分身体で、思惑通り引っかかってしまったのだ。その僅かな間に、本体は距離をとって魔法の構築を完成させている。
「さぁさぁベット、ベット、賭けるなら今ですヨ!ルぅーレットぉ・デス!」
死を喰らう男は道化染みた仕草で、びしりと空を指差した。するとその先の上空に光が現れ、スポットライトとなって地面をぐるぐると回りながら照らした。死を喰らう男の「ダララララララララ!」という口頭でのドラムロールも合わさって、異常な状況だということを誰もが察する。
「いやなよかんがするでち、ホークアイしゃん、あいつをとめて!」
シャルロットの叫びよりも数瞬速くホークアイは動いていたが、分身体に横入りされてホークアイの攻撃は本体に届かない。「うひひひひ無駄無駄!」と、死を喰らう男の本体は笑う。分身体は相手を惑わすだけでなく、どんな攻撃も通さない鉄壁の盾でもあるのだ。
「ダララララララララ、ジャン!さーァ、ルーレットに選ばれたのは?!」
スポットライトがシャルロットの召喚したユニコーンを照らす。「チェッ、ハズレひいちゃったヨ!」と死を喰らう男がぼやき、そしてその瞬間、何の前触れもなくそのユニコーンは血反吐を吐き出して絶命した。ごとりとその固い体が地面に落ちる。
「ゆ、ユニコしゃん……!?」
「即死魔法だと!?くっそ……!」
火山島ブッカで遭遇した邪眼の伯爵が使うデス・スペルと同じように、対象を即死させる闇の禁術だ。ただし、ルーレットというからにはその対象はランダムに決定されると見て間違いなさそうだ。術者である死を喰らう男にとっても、対象が誰になるのかはわからない。
「こーんな雑魚モンスターの命なんて喰らったって、まっずいだけですヨ!ククク、まぁいいヨいいヨー、めげずにもう一回!」
しかし死を喰らう男には、それさえもゲームのように楽しんでいる節がある。道化の衣装とふざけた言動に似合わない力量の術師だ。また行動をずらして、自ら窮地に立ってしまったのだ、とホークアイは唇を噛む。
「ひひひ、運が悪いのは誰だろうネェ!ルーレット・デス、アンコーーーール!!」
と、死を喰らう男が指先を空へとむけると、再びスポットライトが上空へ現れ、地面を照らした。「ダララララララ!」という死を喰らう男の口頭のドラムロールと共にぐるぐると回る光に照らされれば、それは死の宣告と同義だ。
「シャル!」
「そ、それでち!じゅんけつなるおとめのけいやくのもとに──」
ホークアイが名を呼ぶと同時にシャルロットはホークアイの指示したいことを察して、シャルロットは早口に詠唱を唱え、ユニコーンを再び召喚する。ランダムだというのなら、少しでも選択肢を増やし、仲間が選ばれる可能性を下げることができる。それは可能性を下げるという苦し紛れの策でしかないが、ないよりかは遥かにマシだ。
もしも選ばれるのがシャルロットや、二度目のクラスチェンジを済ましたホークアイならば、魔法耐性の高さ故に生き残れる可能性は決して低くない。シャルロットには、邪眼の伯爵のデス・スペルを耐えきった実績さえもある。だが比較的、魔法適性のないケヴィンならば。
「ケヴィン、できるだけ離れろ!」
「う、うん……!」
ホークアイの指示にケヴィンは頷き、術範囲外の森の中に入ろうと地を蹴る。だが分身体の鎌に前を遮られ、足を止めざるを得ない。「うひひひ無駄なのがわかりません?馬ッ鹿ですネぇ!」と、死を喰らう男がケタケタと愉快に笑う。
ホークアイはスポットライトの光が地面をぐるぐると回る様子に顔色を失いながらも、ドリアードのマナを可能な限りかき集めて矛先をケヴィンへと向けた。また友達を失うなんて、まっぴらごめんだった。
「形成すはレヴィアタンの鱗、其は不可視なる森羅の壁、其は命ある万象の鏡!くっそォ間に合え!」
スポットライトがケヴィンを照らして止まったのと、ホークアイが「カウンタマジック!」と魔法を発動させるのは同時だった。
ドリアードの白緑色をしたマナが薄く層になってケヴィンを包み、鏡のようにスポットライトの光を反射させる。
カウンタマジックによって弾かれた魔法は術者に跳ね返る。反射したルーレット・デスの光は術者である死を喰らう男に直撃し、死を喰らう男は「ぎゃあ!」と身を捩った。だが、悲鳴をあげたのは形だけで、実際には平然としている。どうやら闇属性魔法は無効のようだ。しかし、困ったように頭を掻く。
「か、カウンタマジックですかァ~、ちょいと、ワタクシとは相性が悪すぎますネ!ここは、一旦退いた方がよさそうザマス!」
「まつでちっ、このくそやろう──……!」
死を喰らう男は分身二体を残し後ろに下がり、シャルロットがその背中を追おうと動くが、分身体が邪魔をする。シャルロットに向けて鎌を振りかぶる分身体をホークアイは斬り捨てる。手応えはないが、分身体の手首から先が鎌ごとぼとりと地面に落ちた。
「仕方ないデスから、今日のところは食事を諦めて差し上げますヨ!じゃ、またネ!」
と、死を喰らう男は腕を大きく回す。奴の空間移動魔法の仕草だ。逃げられる、と思った時、ホークアイとシャルロットの後ろから何かが勢いよく真横を掠めた。ケヴィンが身を縮めて、枝が体中を切り裂くのも構わず木々の間を飛んだのだ。
瞬く間に死を喰らう男と距離を詰めたケヴィンは死を喰らう男の顔面に拳を叩き付け、その軽い体はぶんぶん回転しながら森の中を吹き飛んだ。
「ひ、ひぃ、イタタ……ひ、ヒドイですネ全く、なんて野蛮なヤツらでしょ……」
死を喰らう男は這々の体で立ち上がって、木々の間の闇へと消える。「待て、逃げるな!」とホークアイが数瞬遅れて追うが、数瞬の間に既に死を喰らう男は姿をくらましてしまっていた。
「くそっ、逃げられた!」
ホークアイが振り返ると、二体の分身体もすうっと空気に溶けて消えるところであった。シャルロットは「あんのくそピエロ!」と悪態を吐く。
「にげるなら、ミラージュパレスのばしょをはいてからにするでち、ばかーっ!」
彼らの本拠地であるミラージュパレスの場所を聞くことは叶わず、前回通り、まんまと死を喰らう男には逃げられてしまう結果となってしまったのだった。
ホークアイたちが道なき道を引き返し、幾程もなく月読の塔に戻ると、もう全ての決着は着いて、地面にルガーは倒れていた。前回のように赤ん坊にはならずに済んだようだ。
だがデュランの額当ては割れているし、リースの槍の柄は砕かれて、イーグルにいたっては右腕を骨折している。それなりに苦戦はしたらしい。
地面に突っ伏すルガーをデュランがごろりと転がして、白目を剥いている顔を眺めている。
「おいこれ、暫く目覚めなさそうじゃねえか?」
「イーグルさんの本気かつ、ダメ押しに精神低下魔法ですもんね……」
「正直、後のことを考えてる余裕はなかったしな。というか、魔法切れて腕痛くなってきた」
「げえっ、イーグルお前の腕、きもい方向に曲がってんぞ?!俺が治してやろーか」
「やめろっ、初心者にやられたくない!」
ホークアイたちが森の奥から戻ってきたことにリースが一番に気が付き、「あっみなさん、お疲れ様でした」と言った。
「そっちこそ、お疲れ様!こっちは、逃げられちゃったよ。君らは……なんと言うか、ぼろぼろだな。よっ、いい男になってるじゃんイーグル」
「だろ?惚れるなよ」
と、脂汗を浮かばせながらもイーグルが強がるのでホークアイは笑った。全員ダメージはあるものの、ホークアイたちの一度目の旅路の満身創痍だったルガー戦に比べれば、怪我の度合は寧ろ微小だ。
「自分で治すのは難しいんだろ?シャル、手伝ってやってよ」
「おーけー、てんさいシャルロットにまかせるでち」
痛みに耐えながらでは、魔法は上手く発動できないものだ。シャルロットがイーグルの折れた腕を持つと、イーグルは痛みに顔を歪める。
「ほねがずれちゃってまちね。ほんのちょっとでちが、いたみまちよ。ホークアイしゃん、ちょっともって」
と、シャルロットはイーグルの腕をホークアイに持たせる。シャルロットの「せ〜の!」に合わせてホークアイは容赦なく折れた腕を引っ張って骨の位置を直し、イーグルは折れた瞬間と同等以上の激痛に「~~~~!?」と音にもならない悲鳴をあげた。間髪を容れず「ヒールライト!」とシャルロットは魔法を発動させ、光のマナは自己治癒力を促し、あっという間に骨をくっつけて痣まで消して見せる。
「ね、ほんのちょっとだったでち?」
「ああ、ほんのちょっとの時間、な……ありがとうシャルロット」
「まだ、のりでくっつけてるみたいなもんでちから、しばらくはむちゃしちゃだめでちよ。じゃないと、ホークアイしゃんみたいにくりかえしちゃうでち」
「ホークお前……」
「おいシャル!」
と、ホークアイはわざわざ過ぎ去った一度目の記憶を口に滑らすシャルロットを怒ったが、勿論シャルロットは意に介さずけらけらと笑った。
一行は目覚める気配のないルガーを置き去りにするのも気が引け、ケヴィンがルガーを背負い、月明かりの村ミントスまで森を引き返した。
ミントスでは、村人の獣人たちとビルとベンが協力してアルテナ兵たちの介抱をしているところであった。慌ててイーグルとシャルロット、そしてデュランも重傷者の治癒に向かう。
ケヴィンの背負う昏睡状態のルガーを見て、ミントスの住人は部屋を貸してくれた。未だ目覚める気配のないルガーをどさりとベッドに寝かせて、外に出る。ケヴィンは振り返って心配そうに眉を下げた。
「ルガー……大丈夫かな?」
「優しいな。あいつはケヴィンに敵対心剥き出しだってのに」
「ルガー、すごいやつ。ルガーほどの努力家、オイラ見たことない。尊敬してる」
と、ケヴィンはルガーを褒める。ホークアイは前回ルガーを倒した時の、ルガーの言葉を思い出した。
「そう言えば、前回の話だけど、ただケヴィンが羨ましかったんだと言ってたよ。だから必死に鍛錬したんだと」
「ルガーが、そんなことを?」
ケヴィンは目を丸くした。ホークアイは記憶を手繰り寄せて、ルガーが死にかけながらもケヴィンに吐露した内容を話した。獣人王への憧憬と、獣人王の後継者として格闘奥義を教え育てられていたケヴィンへの嫉妬、それを無駄にするケヴィンへの憎しみ。話を聞いてケヴィンはため息をつく。
「ルガーほど、後継者ふさわしいやつ、いないのに」
「いずれ魔法も切れて目が覚める。今度会った時にでも言ってやんなよ」
「うん。絶対、ケンカになるから、その時までに、オイラもっと強くなる!」
と、ケヴィンは意気込む。しかしふと顔を曇らせて、辺りを見渡した。そこら中で、傷付いたアルテナ兵たちが治癒を受けている。
「ルガーたちが、こんなふうにヒト傷つけてたら……獣人、ヒト憎んでるみたいに、いつかヒトも、獣人憎むようになるかな?」
「……ま、続けてれば、そりゃいつかはな」
「でもオイラ、獣人のみんなに、復讐やめろ、なんて言えない。だって、オイラも、カールの仇取ろうとしてる。復讐、望んでる」
「俺も言えないさ。でも、具体的にどこの誰に迫害されてたのかは知らないが、当事者だけで完結すべきだと思う。無関係の人まで巻き込むのはおかしい」
「ウン……オイラ、ビーストキングダム生まれだから、当時、知らない。でも、月夜の森に追いやられる前、ジャドやアストリアの辺り、住んでたみたい。でも、そこのヒトたち全体を恨むの、筋違い、わかる」
と、ケヴィンは頭を抱える。そこにイーグルが「難しい顔してるな」とやってきた。どうやらアルテナ兵たちの治癒は一段落ついたらしい。
「ケヴィン。復讐といっても、命を奪ったり傷つけたりするだけが溜飲を下げる方法じゃないと思う。モンスターやどうしようもない悪党が相手ならともかく、俺たちは意思疎通ができるんだから」
「どういう、こと?」
「例えば、ローラントにはナバールに復讐するだけの正当性があるが、殺し合ったりすればまた戦争になる。人間はそんな時どうやって解決するか?賠償金、つまり、金だ」
「獣人、そんなの、興味ない」
「物品でもいいし、土地でもいい。薄暗い森に追いやられたことを恨んでるんだろ?獣人は武力で優ってるんだから、優位に交渉できる。陽の当たる土地を分けろとな」
と、イーグルはにっと口角をあげた。同じく土地を奪うのでも、力尽くの制圧や殺戮して得るのと、交渉して得るのとでは訳が違う。
「でも、ビーストキングダムの獣人、交渉なんてしない……欲しいものあるなら、勝負して奪い取る、ジョーシキ」
ケヴィンは困ったように言った。獣人同士ならともかく、人間相手にそれが正しくないのはケヴィンもわかっているのだ。
ケヴィンはしばらく頭を抱えていたが、「けど、オイラ、少し、考えてみる」と、苦しそうに言った。
先ほどからアルテナ兵の代表と話していたビルとベンがホークアイに気付き、現況の報告をする。
「アルテナ兵はこれで全員だ。怪我人多数、死者はなし。とりあえずは月のマナストーンは諦めて、国に帰るらしい。その前に助けられた礼がしたいと言ってる」
「良かった。ビルとベンも、おつかれ。礼は、国に帰ったらアンジェラの助けになってもらうことで返してもらおう」
「いや、魔導船で送ってもらえることになったぞ。ランプ花の森まで」
「お前ら……ちゃっかりだな」
「当然の報酬だ」
と、ビルとベンは誇らしげに胸を張る。ホークアイはもう慣れてしまったが、ブースカブーの乗り心地はよっぽど悪いらしい。
アルテナ兵たちと共に月明かりの村ミントス近くの浜辺に出ると、暗闇の沖合にはなかなかの大きさの帆船が停まっていた。
アルテナ兵たちはどうやらその魔導船に乗ってやってきたらしい。船員をほとんど必要とせず、魔力で動いているというのだから驚きだ。空中魔導要塞といい、アルテナの魔科学には目を見張るものがある。
早速アルテナ兵と一緒にホークアイたちはその船に乗り込んで、出航した。目指すは、ランプ花の森だ。
シ「おかしいでち……SFCでもswitchでも、カウンタマジックはデス・スペルなんかハネかえせないはずでち……」
ホ「ギクッ。そ、そんなこと言うならシャルの召喚も長時間継続してておかしくない?」
デ「いや、ホークアイの魔法はスリープフラワーもボディチェンジも全部変だぞ。チートだ」
ホ「ほ、ほら俺2周目だから……」
ケ「ホークアイ、ずるい……主人公特権、反対!」
リ「そう思うと、???の種の件もおかしいですよね。出来レースでは?」
ホ「いやもうほんとごめんなさい