聖剣伝説3逆行   作:畑中

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とてもお久しぶりです。完結できそうなので再開します。よろしくお願いします。


















16話:それぞれの役割

 

 

 

 月の精霊ルナも無事に仲間となり、残る原精霊はドリアードのみだ。イーグルの頭に棲みついている妖精と精霊たちは新たに加わった同族を歓迎して、なんやかんやと脳内で騒いでいる。

 アルテナの魔導船に乗り込んだ一行は、船員も殆どいない帆船が大海原を猛スピードで進んで行くことに各々驚きの声を上げた。

 

「すっげー!ブースカブーよか速いぞ!」

「どんなまほうなんでち?」

「風も殆どないのに……さすが魔法大国と呼ばれるだけある」

 

 感嘆するイーグルに、ビルが興奮気味に「イーグル様、それが、先ほどアルテナ兵を捕まえて聞いてみたのですが正確に言うと魔法じゃないそうですよ!」とまくしたてた。

 

「仕組みは一介の兵では詳しく教えられておらず、なんでも、燃料として魔力さえ貯めておけば、例え魔法使いでなくてもボタンひとつで動かせるとか……!」

「……なんてこった、魔法の国かと思ってたが早合点もいいところだ。遅かれ早かれ、アルテナが世の中を牛耳るのは間違いないな。科学力が頭一つ飛び抜けてる」

「かがくって、ナニ?食べれる?」

「ばかでちねぇ。こーんなすごいカラクリつくれるんだから、てさきがきようってことでち」

 

 ケヴィンとシャルロットをスルーして、イーグルは大海原を猛スピードで行く魔導船の機構をよく観察した。アルテナの魔科学は明らかに他国のそれよりも一線を画していて、一見するだけでは仕組みは殆ど理解できないのが口惜しい。魔法による魔力から別のエネルギーへの変換自体は難しくないが、機械を通してとなると全く別の技術だ。

 アルテナの女王様はこの技術と有り余る自身の魔力で、年がら年中アルテナやエルランドを春にしているという。凄まじい話である。熱エネルギーではなく動力エネルギーへの変換が可能なら、砂漠においても活用が可能かもしれない。そう例えば、水が枯れ荒野と化しているあの大地に、どうにかして水を引くことができたなら。例えば、人力では不可能なくらい深くまで掘ることができたなら。

 いつか、是非とも砂漠にもこの技術が欲しい。世界救済の暁には、アンジェラ王女に何とか融通してもらおうそうしよう。持つべきはコネ、もとい友人だ。個人的には面白くないが、ホークアイとは前の三人旅を通じて家族同然ほどの絆を結んでいるらしいから、やつ経由で頼めばなんとかなるだろう。

 

「さて、この後だけど」

 

 イーグルの思索を止めたのはホークアイの仕切る声だ。隣にはリースを連れている。

 

「イーグル、ビルベン、リースの四人は、途中でブースカブーに乗り換えて、ローラントに行って欲しい」

 

 どうやら、また二手に別れたいということらしい。リースの表情を見るに、もう彼女とは話がついているようだ。名指しされた一員であるビルとベンは顔を見合わせて、不思議そうにホークアイを見た。

 

「というのも、時間が経てば経つほど、マナの減少は進んでる。前回、聖域の扉を開くためのマナが足りなくて、扉は上空に浮かび上がって地上からは入れなかった。今回は足りる予定ではあるけど、万が一に備えて空を飛べるように、ドリアードと並行して先にフラミーを仲間にしておきたいんだ」

「フラミー?前もその名前聞いたな、どこの誰だ?」

「えーと、山と空の守護精霊」

 

 ホークアイの言葉にイーグルは「実在するのか」と目を丸くした。

 山と空の守護精霊、又の呼び名を翼あるものの父。リースの父であるジョスター王にローラント建国の信託を下したと言われる、アマゾネスたちの守護神だ。マナの女神さまによって遣わされたという伝承が残っているが、伝承にすぎないと思っていた。水や火といったマナの結晶である属性精霊以外にも、精霊が実在するとは。

 

「えっ?翼あるものの父に、名があるのですか?」

 

 と、リースがイーグルとは別の点で驚いて、口を挟んだ。ホークアイは「うん?そういえば、これから名付けるんだっけ」と首を傾げた。

 

「フラミーって名前は、確かフェアリーがつけたんだ。父って言っても、実際は女のコでさ……」

「おなまえをきにいってくれて、それでなかよしになったんでち!フラミーしゃんには、ほんとーにかぞえきれないくらいおせわになりまちた」

 

 ホークアイとシャルロットは昔を懐かしむように柔らかく目を細めて話す。

 リースは「翼あるものの父は、我々アマゾネスにしか心を開かないと言われているのに……」と、驚嘆の中に少しの不満が見える。昔からあの山に住むアマゾネスにとって、守護精霊はどうやら特別なもののようだ。

 

『あの子は、マナの女神さまがこの世に遣わしたものだからね。言わば私と同じ眷属だから、私にも心を開いてくれたのかも?』

 

 と、イーグルの頭上にちょこんと顔を出してフェアリーが言った。ホークアイも「へえ〜、同じ眷属ねぇ」と初めて知った顔だ。

 

 デュランが「その、空だか雲だかの精霊サマについちゃあ、よく知らねえけど」と腕を組みつつ話に入ってくる。

 

「まぁつまり、そいつを仲間にしたら空が飛べるってことだよな?それは便利そうでいいけどよ……ローラントに行くメンツは、本当にそれで大丈夫か……?」

 

 と、デュランは眉を八の字にする。ホークアイに名指しされたのは、イーグルにリース、ビルとベンの四人だ。

 リースがきょとんとするが、シャルロットはその足元でうんうんとデュランに同意を示した。

 

「シャルロットは、デュランしゃんのしんぱいがよーくわかりまち。リースしゃんとふたごしゃんがいっしょだなんて……ブースカブーしゃんだってまっぴらごめんでちよ、そんなギスギスぱーてぃーをせなかにのせるのは」

「イーグルが目を離した隙に、ビルとベンが行方不明になってても不思議じゃねえだろ」

「あっというまにうみのもくずでち!」

「どういう意味ですか……?」

 

 歯に衣着せぬシャルロットとデュランに、さすがのリースも笑みを引き攣らせた。ビルとベンは青い顔で身震いして体を寄せ合っている。

 ホークアイが笑って「まぁビルベンが海の藻屑になった場合はイーグルに拾ってもらうとして──」と言うので、リースは「もう!ホークアイさんまで!」と白い頬をほんのり染めて怒っている。

 

 言われてみると、アマゾネスであるリースと、フェアリーの宿主であるイーグルは必須メンバーだとして、同行者にあえてビルとベンを選ぶのは不自然だ。リースとこの双子には未だ埋められない溝があるし、ローラントは、双子にとって大罪を犯した場所だ。まさか、双子にリースと親睦を深めてこいとはホークアイも言うまい。

 

「ビルとベンにも行ってもらいたいのは、フラミーとは別件でね。ローラントに出兵したナバールの連中が、まだ城で世話になってるだろ?リースにはもう話をつけたが、パロの船を借りる」

「連中をローラントから引き上げるのか?俺は反対だ。帰郷させようにも、ナバールがあの状態では……」

「いや、砂漠に帰らせるつもりはないんだ」

 

 と、ホークアイはイーグルの意見を遮ってビルとベンに顔を向ける。

 

「ビル、ベン。ローラントに出兵したニンジャ隊から、腕の立つヤツらを選出してくれ。そいつらを船に乗せて、忘却の島まで来てほしい。とっくに美獣の洗脳も解けてるはずだから」

 

 と言うホークアイに、ビルとベンは「忘却の島?」と疑問符を浮かべた。ホークアイは頷いて、「聖域への扉を開く場所さ。後で海図をやる」と答える。

 

「そこで戦争が起こる。アルテナ兵やビースト兵と戦闘になる前に、ナバール兵はナバール兵で止めたい」

 

 イーグルはハッとした。イーグルがナバールに残してきた洗脳解除の種の数も合わせれば、それなりの人数になるだろう。人外ども主導の無意味な戦争から、洗脳されたナバールの仲間たちを引き上げさせるには、数は多い方がいい。

 

「俺とイーグルは聖域の奥に行かなきゃならないから、その場に居られない。だから、お前たちにナバールのみんなを任せたいんだ」

 

 ホークアイは俯いて、「状況がどうなるかわからないし、無理言ってるのかもしれない……でも、できるだけ、誰も──」と、暗い顔をして言葉を濁した。

 

 ホークアイがその瞼の裏に何を思い出しているのか、イーグルには想像がついた。

 ホークアイが戻ってくる前の一度目のその戦争で、具体的にナバールの誰が死んだのか、イーグルは知らない。大勢死んだ、とだけ言ってホークアイは傷ついた顔をしていたから、根掘り葉掘り詳しく聞く気には、ならなかった。

 ナバール盗賊団は、それ全体でひとつの家族だ。家族を誰ひとり欠けさせるな、それだけのことなのに、どうやらホークアイは言葉にできないらしい。言葉にして、期待するのが怖いのだ。期待して、そうならなかった場合に傷つくのが怖いのだ。予防線なんか張ろうとして、相変わらず臆病なやつだ。イーグルは代わりに本当の望みを言ってやることにした。

 

「いいか、ビル、ベン。誰ひとり仲間を死なせるな。命令だ」

 

 と、イーグルはビルとベンに命じた。ホークアイはハッとしてイーグルを見る。ビルとベンは「承知しました」とはっきり言って、ホークアイにも顔を向けて強く頷いてみせた。ホークアイは顔を歪ませて、はぁと小さくため息をついた。

 

「……イーグルお前なぁ、ブッカ島では、誰も彼も救おうだなんて驕るな、とかなんとか説教かましといてさ……」

「見ず知らずの他人と仲間じゃ話が別だ。全員助けるのは至極当然。いいか、もう誰ひとり諦める必要なんてない。欲張れ、叶えてやる」

 

 ホークアイは、ぶつぶつと「……ったく、調子いいぜ。お前は聖域に行かなきゃ行けないんだから、手伝えもしないのに」と不満を漏らしながらも、上がる口角を隠せていない。

 

「……よし。じゃあ、ビルとベンは、ニンジャ選抜後パロから忘却の島へ先行してくれ。イーグルとリースは、フラミーを仲間にできたら、ランプ花の森の奥にあるディオールまで俺たちを迎えに来てほしい。空から見たらすぐわかると思う」

「十何年も前に閉ざされたという、エルフたちの国か」

「えっへん、シャルロットはそこでうまれたでち!」

「えーと、ルナ、今聞いてるか?ランプ花の森に行きたいんだけど、とある植物が邪魔で、キミの力がどうしても必要なんだ。キミだけこっちに来れないかな?」

 

 と、ホークアイがイーグルの中の精霊に向かって声を柔らかくして話しかけると、頭上にふわふわと金色の精霊が浮き出てくる。

 

『あら、月夜草があるのかしら?勿論いいですよ。除去ならまかせてね』

 

 月の精霊ルナはそう言ってすうっとホークアイの肩口に寄って、『あらっ、あなたのマナとっても素敵ね。月属性、お得意?』と嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、海路の途中でイーグルはアルテナの魔導船上からブースカブーを呼び出した。イーグルとリース、ビルとベンの四人はブースカブーに乗り移る。

 ホークアイ、シャルロット、デュラン、ケヴィンたちに別れを告げて、別の方向にブースカブーが泳ぎ出すと、魔導船はすぐに見えなくなった。この海域からパロまでは大陸をぐるっと迂回する必要があるが、海流に乗れるのでさほどかからないらしい。

 

「リース王女にとっては、久しぶりの帰郷になるな」

「はい。ゆっくりできないのが残念ですが」

「「…………」」

 

 双子は何か物言いたげに口をつぐむ。そんな彼らに気を使ってか、口を開いたのはリースだった。

 

「……砂漠に行って、ナバールをこの目で見て、美獣の強さを知り、思ったんです。ナバールの現状は、もしかしたら、我が王国にも起こり得たことなのかもしれないと」

「……」

「何故、初めに白羽の矢が立てられたのがナバールだったのか、わかりません。美獣の狙いはエリオットでした。もし、ローラントを守る風がなかったら……もしローラントが、余所者の出入りを許していたなら……洗脳されていたのは、我が父だったかもしれません。母を亡くしてから父は国の全権を握っています。父が命を下せば、アマゾネスは否応なく他国に侵攻したでしょう。民を守るためと大義名分を掲げられれば、尚更です」

 

 だからあなたたちの気持ちはわかるのだ、とリースは双子に同情を示した。ナバールがローラント侵攻の踏み台として美獣に利用されたのは確かに事実だが、ナバールがローラントを踏み躙ったのも揺るぎない事実なのに。

 イーグルはゆっくりと頭を横に振った。

 

「リース王女、そんな仮定に意味はない。そんなふうに、自国を踏みなじった相手に理解を示す必要はないんだ。いや、してはいけないと思う。だって君は王女なのだから。君個人の優しさのために、家臣や国民感情を蔑ろにしてはいけない。もし俺が言質をとったぞと政治に利用したらどうする。ローラントの姫がこんなことを言った、とローラントの民に言いふらしたら?」

「……それは、困りますね。でも、あなたたちはそんなことしないでしょう?……私、この旅の間だけは、ローラントの王女ではなく、ただのリースのつもりなんです。父の思惑がどうであろうと、私はただ弟を想う姉として、国を放りだして、出て来ましたから。旅の仲間の苦しみに寄り添いたいと思うのは、いけませんか?」

 

 と、リースは憎いはずのビルとベンさえも含めて旅の仲間だと言った。

 どこまでも優しく、甘いひとだ。彼女のナバールへの友好的な態度はホークアイを慕うが故の女のしたたかさかと思っていたが、ホークアイが目の前にいなくてもこの性格なら、文句のつけようがない。

 

「…… リース王女、君というひとは……」

「ただのリースです。イーグルさん、王女と呼ぶのはいい加減によしてください。ビルさんと、ベンさんも」

 

 ビルとベンは初めて名前を呼ばれて、頬を赤くしながら「そ、そういうワケには……!」と固辞している。麗しの王女は、ホークアイのみならずウチの双子をも魅了する気らしい。勿論彼女にそんなつもりは毛頭ないだろうが。

 ナバールにはいないタイプの女の子だから、ホークアイや双子が惹かれるのはよくわかる。強く、優しく、凛としている。清廉潔白、清楚で可憐で品がある。いい女なのは確かだ。

 

「君がほんとにただのリースで、王女さまじゃなかったらな」

「え?」

「王女さまじゃなかったら、ナバールに連れて帰るのに」

「「えええ?!」」

 

 声を揃えて悲鳴のように驚いたのはビルとベンだ。リースも凍りついている。しまった、誤解させたか。これくらいのいい女なら、ホークアイの嫁にぴったりなのにと思ったのだ。本人たちが惹かれあっているから尚更だ。

 

「い、イーグル様、も、もしかして、リース王女を……?」

「──いや、口がすべっただけだ、忘れろ」

「「…………!」」

 

 リースにもホークアイにも、故郷を出る選択肢は絶対にない。だから、彼らの恋はこの旅路の中でお終いなのだ。もしも彼女がお姫様じゃなかったら、そんな仮定のお話の中でしか結ばれない。彼ら自身、踏み込みすぎないように一線を引いているのは、それがわかっているからだ。

 

 誤解したまま唖然としている双子と、何か察して顔を赤く染めているリース。それぞれ言葉を失ったまま、ブースカブーの汽笛のような声が海上に響いた。

 

 

 

 

 

 一日ほど甲羅の上で揺られると、海上からもファ・ザード大陸の北東部の山岳地帯にローラントの城が見えてきた。いつ見ても、見事な城だ。

 イーグルたちは天かける道の浜辺でブースカブーを降りて、パロに寄った。ビルとベンについては、パロの住民に見つかると無駄なトラブルになりかねないので街の外に待機している。リースはパロ駐在のアマゾネスに船舶の貸与について話を通し、一行は荷の準備をしてからローラントへの山道を登った。

 

 

 ローラントに着いた時には、何故か既に城門はお祭り騒ぎで、リース王女の帰還を歓待するアマゾネスや城の住人で溢れかえっていた。「リース様、おかえりなさいませ!」「リース様!」と皆が喜色を浮かべて声を上げている。

 

 こんな歓待を受けるのは初めてなのか、予想外の出来事にリースは戸惑って立ち止まった。イーグルはこそこそと「ほら、応えてやらんと」と、民衆に見えない後ろからリースの背中をつつく。リースはハッとして「ありがとう、みんな」と手を振りつつ、アマゾネスたちが人々を掻き分けて作る道を通った。ビルやベンに胡乱な目を向ける者もいるが、殆どの民は王女の同行者を気にかけてはいない。

 一行全員が何とか城に入ると、アマゾネスは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありません、リース様。帰還の旨についてパロから鳩を受け取ったのですが、若い者が喜びのあまり喧伝してしまって……」

「そう……少し立ち寄るだけのつもりだから、またがっかりさせてしまうかもしれないわね。とりあえず、現況を聞かせてもらえる?」

 

 とリースが言うと、アマゾネスは「はい!」と敬礼して報告をはじめる。

 

「散らばっていたアマゾネス達や民も戻り、復興は進んでいます。ナバール盗賊団の目的は殲滅というよりも乗っ取りでしたから、落城の日に燃やされた区画以外は、城の機能も働いています。しかしマナの減少により山の魔物たちの凶暴化がどんどん進み、残ったアマゾネス達だけでは対応できません。風で城は守れても、資源を運ぶ人員が足りず、城の備蓄は減るばかり。圧倒的な人手不足が目下の悩みです」

「そういうことなら、ナバールの連中をこき使ってやってくれ。喜んで罪滅ぼしするだろうから」

 

 とイーグルが口を挟むが、アマゾネスは残念そうに首を横に振った。

 

「ナバール兵は、まだはっきりと自我を取り戻した者はいません。個人差があるようで、ぼんやりとこちらの言うことに耳を傾ける者はいます。そういった者はごく簡単な単純作業ならできるので労働力となってもらっていますが、何か喋ったり意思表示することはありませんね」

 

 イーグルの顔をちらりと見て、「あ、勿論、労働といっても無理をさせない程度の……」と、アマゾネスはイーグルの機嫌を伺うように付け加えた。

 

「……妙だな」

 

 ニキータの例から考えると、全員もうとっくに美獣の影響下を離れていないとおかしい。

 イーグル同様、ニキータにも闇の魔術に対する素養があったと考えることはできる。だがイーグルは別の理由を疑った。

 

「リース。ナバールの連中に会っても大丈夫かい?」

「勿論です。クルミを持って来させましょうか」

 

 と、リースは気を利かせた。侵入したナバールでやってみせたように、イーグルの闇の魔術によって精神支配は解けるからだ。消費魔力が多いので、多人数だと魔法のクルミは必須だ。だがイーグルは首を横に振った。

 

「必要そうなら頼むよ。とりあえず様子を見に行こう」

 

 

 アマゾネスに案内されて城の一室に入ると、ナバールの見知った面々が集められていた。身を清められていないので仕方がないが異臭がする。壁に向かって座っていたり、カーペットに寝転んでいたりとそれぞれだが、皆、一様に焦点の合わない目で宙を見つめている。

 ビルとベンがそれぞれ別のニンジャに「おい!」と声をかけるが、何の反応もない。アマゾネスの教えてくれた通り、まだ正気を取り戻していないようだ。

 

 イーグルは、部屋の真ん中で力なくだらんと立って天井に目を向けているニンジャの正面につかつかと歩み寄って、無理やり両手で頭を掴んで、額をつきあわせるようにして目を覗き込んだ。

 

「俺のことがわかるか」

 

 そのニンジャは、年上ではあるがイーグル直属の部下だった。父フレイムカーンの大ファンで、息子であるイーグルのことも同様に慕ってくれて、忠実で信頼できる友人でもある。

 ぼんやりと焦点の合わない目が徐々に焦点を取り戻し、イーグルの顔を見た。

 

「………………イー、グル殿?」

 

 久しぶりに使われた声帯は動き方を忘れていたようで、随分と掠れた声だ。部屋に案内してくれたアマゾネスが「?! 喋った……?!」と、驚いた小さな声の方がよく聞こえたくらいだ。

 

 ニンジャは「ここ、は……?」とぼんやりと部屋を見た。

 

「ローラント城だ。覚えているか?」

 

 イーグルの声は自然と硬く険しくなった。まさか忘れるなど許されない。

 ニンジャの唇が戦慄いて、怯えるように呼吸を乱して声にならない悲鳴をあげた。だがなんとかイーグルの問いに答えようと喘ぐ。

 

「…………こっ、殺し、ました……何人も……」

 

 言いながら、彼はがくがくと震える膝を床について頭を抱えた。

 

「こんなの……夢だ……夢。全部夢だ……」

「夢じゃない。全部、現実だ。ナバール盗賊団が、たったひとりの魔族の手に堕ちたこと、沢山の無辜の人々を殺したこと。全部受け止めて、今後俺たちがどうすべきなのか、考えなきゃならない」

「あ、あああ……!」

 

 イーグルは頭を掻きむしる彼の手を掴んで止めて、涙に濡れる顔を上げさせた。

 周りを見渡して、イーグルは「全員、聞け!」と声を張り上げた。

 

「俺はこの一件が終わったら、まずはナバールを建て直す。俺たちの誇りを!俺たちの家を!かなり悪評が広まっているからすっかり元通りってわけにはいかないが、やらなきゃならん。必ず、必ず俺たちのナバールを取り戻してみせる!」

 

 イーグルの言葉を聞くうちに、部下のうつろな目に少しだけ灯が戻る。徐々に、正気の顔になっていく。

 

「お前たちはどうするのか、決めろ。足抜けするなら止めはしない。ある程度忘れて暮らすこともできるだろう」

「抜けられるもんか……首領は、ゴミ同然の俺を拾ってくれた……ナバールが、クソみたいな人生に、生きる意味をくれた。首領とナバールを捨てるくらいなら、死んだ方がマシだ……!」

 

 と、部下の目からぼろぼろと涙が落ちる。イーグルは頷いて、手を引いて自分の足で立たせた。

 

「その覚悟があるならば、俺のために、ローラントの復興に尽力しろ。ナバールの悪評を返上するために。このローラントの民のためじゃあない。俺たちの名誉のために。ナバールの未来のために!」

「イーグル殿……!」

「イーグル様!」

「若頭……!」

 

 と、部屋の方々から声が上がる。焦点の合わなかった連中が一様にイーグルを見て目を輝かせている。イーグルが「できるな?」と念押すと、「はい!……はい……!!」と部下はぼろぼろと泣きながら、首がとれそうなほど頷いた。

 

「見事なご手腕です。例の魔法も使わずに、全員を正気に戻すとは……!」

「さすが、イーグル様。将来のナバールを背負うお方だ」

 

 と、ビルとベンが感嘆の声を上げ、イーグルを誉めそやす。

 

「おべっかはいいから、介抱してやれ」

「はい!」

 

 ビルとベンはイーグルに従って、消耗してろくに動けなさそうな連中の介抱に向かった。

 

 振り向くと、リースも「驚きました」と称賛の目を向けてきた。手には布袋を持っていて、有り余るほどのクルミが詰められている。どうやらいつの間にか部下に持って来させていたらしい。

 

「どうして、あの魔法を使わなくても正気に戻せるとわかったんですか?」

「……同じような術を使えるから言えるんだが、とっくに解けていないとおかしかったんだ。いくら美獣が呪術に長けていたとしても、この人数を、こんなにも長い間離れていて支配下に置き続けるなんて不可能だ……実際、解けていたんだよ、洗脳はな。美獣の魔力のカケラも残っちゃいなかった。後はヤツらの心持ちひとつだったのさ」

「では、何故彼らは自力で正気に戻れなかったんでしょうか?」

「正気に戻った方が苦しむことを、無意識にわかっていたんだろう。見たくないことを直視しないために、あいつらは、自分の心に鍵をかけていたんだ」

「……」

「人は……弱いな」

 

 イーグルが目を伏せて小さく言ったその言葉に、リースも静かに頷き、「……父に報告してきます」と、部屋を出て行った。

 

 

 その後は全員に軽い食事が配られて、アマゾネスたち同席の元、イーグルはナバールの皆に状況を詳しく説明した。美獣の正体と目的の話から始まって、ホークアイの一度目の記憶のこと、その顛末。そして今は自分がフェアリーの宿主となったこと。ナバール要塞の現状と、聖剣を抜き女神を復活させる旅の途中であること、その目的地の聖域で起こる戦争のこと。

 その戦争に洗脳されたままのナバールの仲間たちが動員されて、その多くが命を散らすこと。

 

「俺は、これ以上、ナバールの誰ひとり死なせたくない。戦えるやつは、手を貸して欲しい」

 

 部下たちは話の規模感について来れずに唖然としながら聞いていたが、次第にことが掴めてきたようで、イーグルが話を終えると、口々に質問が飛んだ。

 そして「イーグル様、俺を連れて行ってください!」と誰かが言ったのを皮切りに、俺も俺もと、ろくに動けもしない奴らも次々に声を上げた。イーグルはそれらを制して首を横に振った。

 

「聖域に行くのは腕に覚えのあるヤツだけでいい。行って死んだら本末転倒だ。ローラントの復興も重大任務だということを忘れるな。選抜はビルとベンに任せるから、どうしてもって奴は双子に言え」

 

 イーグルがそう言うや否や、何人かは立ち上がって双子の元に駆けていきああだこうだとアピールを始めた。

 こう見ると、ローラント侵攻の折の美獣の人選はとても雑だ。ニンジャ部隊といえど戦闘担当ばかりでなく諜報役も多く、連絡役や後方支援も混じっている。彼らは戦うことが自分の役割でないことをきちんと理解していて、ローラントの復興支援のために、早速アマゾネスに指示を仰ごうと話しかけていた。

 

 ビルとベンは彼らの周囲に集まった連中を列にして、忘却の島に連れて行く兵の選抜を始めた。非戦闘団員の連中も年嵩の団員を中心に指示系統を作り始めたし、この様子なら、もう彼ら自身に任せて大丈夫だろう。

 

 もうここを去ることを部下たちに告げれば騒がしくなるのは必至だ。いつの間にか戻ってきていたリースにイーグルはそっと手招きして、何も言わずに部屋を出た。

 

「リース、待たせたな。天の頂に案内してもらえるか」

「はい。天の頂への秘密通路は既に開けさせました。物資の補充もしてもらいましたので、受け取ったら向かいましょう」

「至れり尽くせりだな。助かる」

「父は泊まっていって欲しそうでしたよ。そんな時間はないと断りましたが」

「可愛い愛娘が帰ってきたらそう言いたくもなるさ。そういえば、俺もジョスター王に挨拶に行った方がいいか?」

「いえ、長くなるのでやめましょう。泊まらせたいのは私でなくイーグルさんの方みたいでしたから。聖剣の勇者と親交を深めておきたいようです」

「なかなかしたたかそうな親父さんだ。ま、国家元首だもんな」

 

 そうこう話している内にリースは城の使用人から荷物を受け取って、城内を先導してくれた。

 

「イーグルさん。人は弱い、そう仰られましたね」

 

 と、リースは城の廊下を先導しながら、イーグルが先ほどこぼした愚痴を蒸し返した。

 

「でも、ナバールの彼らが正気を取り戻して、自分も行きたい、戦いたい、と次々に立ち上がるのを見て、思いました。人を強くするのも、また人です。あなたの叱咤が、ナバールの人たちの心の鍵を開けた……ナバールの皆さんが、イーグルさんを慕うのもよくわかります。あなたが次の指導者なら、ナバールの未来はきっと明るいと思います」

 

 と、リースの透き通るような青い目が真っ直ぐにイーグルを見つめた。そうか、ホークアイはこの目に落とされたのか、とイーグルは瞼を細める。

 

「持ち上げすぎだ、王女さま。さぁ、空と山の守護精霊さまとやらを迎えに行こうじゃないか」

「ええ、ホークアイさんたちを待たせるわけにはいきません。行きましょう!」

 

 と、イーグルとリースはローラント城を後にし、天の頂を登った。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 イーグルたちが降りてからも一行はアルテナの魔導船に揺られて、海上を進んでいる。

 船上でも暇を見つければ筋トレを欠かせない脳筋たちは、今日も今日とて実戦形式の鍛錬に励んでいて、シャルロットは少し離れた場所からそれを眺めていた。

 手甲と剣のぶつかる金属音や鈍い音が甲板に何度も響く。いつも生傷の絶えない彼らだが、どうやら今日はケヴィンが劣勢らしい。ケヴィンの剥き出しの二の腕をデュランの剣先が引っかけて、鮮血が飛び、デュランはため息と共に剣を下ろした。

 

「集中できないなら、引っ込んでな」

 

 と、デュランは切り傷に拙いヒールライトをかけてやって、ケヴィンを押し出して「おい、ホークアイ、相手しろ!」とアルテナ兵相手に歓談していたホークアイを引っ張り出した。ホークアイは嫌そうにしてはいるが、心底嫌がってはいなそうだ。すぐに打ち合いが始まる。

 どうやらホークアイのクラスチェンジがサポート特化の術士だったのも響いてか、物理のみの打ち合いでは、差は以前より縮まっているように見える。その分だけデュランも成長しているということだろう。

 

 ケヴィンはでかい図体の背中を丸め、叱られた子犬のようにしゅんとして、船腹の壁に座り込んだ。らしくもなく何か考え込んでいるようだ。シャルロットはとてとてと足音をたてながらケヴィンの横に行って、並んで座った。

 

「ケヴィンしゃん。どうしたんでちか?」

「う……引っ込んでろ、言われて……」

 

 と、ケヴィンはますますしょぼんと項垂れる。

 

「さては、せーいきのこと、かんがえてるでち?」

 

 ケヴィンはきょとんと「すごい、なんで分かった?」と目を丸くした。シャルロットは「かんたんなすいりでち!」と得意げに鼻を鳴らす。

 

 聖域の戦争に出兵させられるのは、ナバールにアルテナ、そしてケヴィンの属するビーストキングダムだ。ナバール兵とアルテナ兵については、それぞれホークアイたちやアンジェラが先立って対処しようと努力している。その中で、ビースト兵だけは何の対応もできていないのを、獣人の一員としてケヴィンは気にするだろうと思ったのだ。

 

「……シャルロット。聖域の戦争、獣人も、たくさん死ぬのか?」

 

 ケヴィンは不安そうに言った。気休めを言ったって仕方ないので、シャルロットはこくりと頷く。前回、シャルロットたちがフラミーを仲間にして聖域の扉を抜けた時には、既に戦いは終わり聖域は死屍累々としていた。生きている兵は引き上げられた後だったのか、息のある者は誰もいなかった。

 

「……そうか。オイラ、嫌だ……誰か、死ぬの」

「そうおもうなら、じゅうじんのみんなと、はなしてみたら?」

「ビーストキングダム、アルテナと同じ。イチバン強いヤツの言うこと聞く。だから、オイラの言うことなんて、誰も聞かない……」

「イヤなふうしゅうでちねぇ」

「オイラ……ホークアイたちみたいに、できない。何も」

「ねぇケヴィンしゃん。じぶんと、ホークアイしゃんたちをくらべちゃダメでちよ。ホークアイしゃんとアンジェラしゃんは、ケヴィンしゃんとちがって、にかいめなんでちから。ホークアイしゃんとアンジェラしゃんのもくろみがうまくいったら、じゅうじんのみなしゃんはたたかうあいてがいないってことだから、そーんなにしんぱいしなくたっていいでち」

 

 楽観的な発言ではあるが、ケヴィンを元気付けたくてそう言った。でも、うまくいかなかったらしい。ケヴィンは「うん……そう、だけど」と、言葉を濁した。

 

「オイラに、できること、何だろう……」

 

 自分が何も出来なくて苦しい、そんな無力感にはシャルロットも覚えがある。ヒースを奪われ、祖父が禁呪で倒れた時は、そりゃあ泣いた。あの時、ホークアイはどうしてくれたのだったか。

 シャルロットは立ち上がって、ケヴィンの頭を胸に抱えてやった。毛の多い頭をよしよしと撫でてやると、ケヴィンは少し固まった後、甘えるように頭を預けてきた。シャルロットはケヴィンをでかい犬だと思うことにして、もうしばらく、撫でてやることにした。

 

 

 

 

 ウィンテッド大陸東部についたのは好都合にも日の沈みかける頃だった。小舟で砂浜まで送ってもらい、シャルロットたちはアルテナ兵たちに別れを告げ、魔導船が去るのを見送った。

 

 ランプ花の森の周辺には月夜草が生い茂り、切ることも焼くことも乗り越えることもできないそれは、いかなる来訪者も拒むバリケードの役割を果たしている。

 おそらくは、ディオールが人間との交流を絶った十五年前に、エルフたちによって施された結界の一種だろう。月の精霊の力を借りなければ破れないその結界は、光の司祭やヒースが滝の洞窟に張ったものに負けず劣らずだ。誰の技かは知りようもないが、見事な技だ。それは人間たちを拒むエルフたちの心の壁のようで、シャルロットは少し悲しくなった。

 

 ホークアイに呼び出された月の精霊ルナは月夜草のバリケードをいとも簡単に消し去って、『さぁどうぞ、みなさん』とまたホークアイの頭の中に帰っていった。

 

 日が完全に沈み夜になると、一部のランプ花は輝くような乳白色を赤く染めた。この赤い花を辿っていけば、閉ざされたエルフの国、ディオールに辿り着くことができる。

 前回の旅路では、ドリアードを探してディオールに行き、妖精王に会って手掛かりを得た。そこでシャルロットは、妖精王が祖父であることや自らの出生について初めて知った。エルフと人間の恋がお互いの寿命を縮めることや、シャルロットの両親が周囲に反対されながらも駆け落ちしたこと。シャルロットを産むとすぐに二人とも亡くなり、そしてそのようなことが二度とないようにと妖精王はディオールを人間界から隔絶したこと。

 

 今回は特に、妖精王に会いにいく必要はない。一行は途中までは赤い花の導くままに進み、ディオールの手前で道を外れ、女神像の近くで再び月の精霊ルナを呼び出す。

 ランプ花によって隠された道をルナに開けて貰いながらも、ついついディオールの方向を見ていたシャルロットに気づいたのはホークアイだった。

 

「……シャル、少しだけでも、里帰りしておくか?」

 

 世界のマナの減少を少しでも食い止めるために、先を急ぐ旅だと言ったのはホークアイだ。寄り道をしているゆとりはないだろうに、シャルロットの顔を見てそんなことを言うなんて、一体自分はどんな顔をしていたんだろう。

 

「シャルロットのこきょうはウェンデルでち。たしかにうまれたのはディオールだったらしいでちが、さとだなんてイチミリもかんじたことないでち」

「なんだ、辛辣だな」

 

 と、ホークアイは意外そうに片眉を上げた。そう言われて初めてシャルロットは自分がディオールに対していい感情を抱いていないことに気がついた。

 この国は亡き母の故郷で、花畑に囲まれ美しく、エルフたちも優しく穏やかだ。訪れた当初こそ目も合わせてくれなかったが、フェアリーの宿主一行であることを明かしてからは、破格で宿を貸してくれたり物資を売ってくれたりと良くしてくれた。

 ディオールは、穏やかでいい国だ。この世界中が動乱の時代に、戦争の気配のカケラもない。だからこそ。

 

「……あのくには、シャルロットのうまれたじゅうごねんまえのまま、ときをとめてる……せかいからマナがへってるのを、どのしゅぞくよりもびんかんにかんじながら、なにもせず、どうすることもできないって、ただただ、なげいているんでち」

 

 シャルロットは自分の魔法の才能がどこから来ているのか、もうわかっている。エルフは普通の人間より遥かに高い魔力と魔法の技術を持っていて、それをディオールを隠すためだけに使っている。人間の最高峰のひとりである光の司祭が生命をかけた禁術を以って貼るほどの結界と同等の見事な結界や、この森をランプ花の道標を知る者しか通り抜けられない迷いの森としている大規模な魔法がその証左だ。ルーツのある国だからこそ、この国の現状に納得がいっていない。

 

「……よぉーくかんがえたら、シャルロットはよーせーおーのおじいちゃんに、たのみごとがあったでち。だから、しょくぶつのぼすは、ホークアイしゃんたちにまかせまち。シャルロットがいなくても、へいきでちょ?デュランしゃんもシャルロットのおでししゃんとして、ちょびーっとはかいふくできるようになってきまちたから」

 

 デュランが「弟子じゃねえ」と抗議するが提案に否はないようだ。

 ホークアイも「わかった」と頷く。ここからディオールまではまだ魔物も多いが、心配は全く目に浮かんでおらず、その信頼が心地いい。

 

「あ、あの、オイラも、シャルロットと一緒に行っていい?」

 

 と、言い出したのはケヴィンだ。シャルロットがきょとんとすると、ケヴィンは少し言いにくそうに口を開く。

 

「エルフと獣人、よく似てる、思った……エルフも獣人も、人から隠れて暮らしてる……だから、知りたい。エルフのこと」

 

 と、ケヴィンはいつになく顔を険しくする。エルフと獣人が似ているなんて、シャルロットは欠片も感じたことがなかった。何故なら、性格もマナの性質も真反対だ。

 

「ケヴィンしゃん。エルフはじゅうじんみたいに、はくがいされてかくれすむようになったわけじゃないでちよ」

「そう、なのか」

「どうやら、このシャルロットのしゅっせいのヒミツをはなすときがきたようでちね……むかしむかしあるところに──」

「オーケー、そういうことなら、シャルとふたりで行っておいで。昔話は道中やってくれ」

「しっかりエルフの村社会見学してこい。ドリアードの方は、俺らに任せとけ」

 

 と、デュランは少人数で戦えるのを嬉しそうにする。さすがにふたりはキツいかもと思うが、ホークアイとデュランだ、なんとかなるだろう。

 ホークアイは「ドリアード助けたらそっちに行くから、ディオールで合流しよう」と待ち合わせ場所を決めて、ルナが開けた新たな道に足を進めた。

 

「今から出てくるヤツが使うのは、スリープフラワーとかポイズンバブルとかの状態異常魔法と……」

「お前の上位互換ってことか。プイプイ草ないとキツいな、まだ在庫あったっけ」

「下位互換って言ってくれるぅ?」

 

 と、ホークアイとデュランは仲良く森の奥に消えていく。それを見送って、「さっ、いくでちよ」とシャルロットはケヴィンに先導して、赤く光るランプ花に従いつつ歩き出した。今は顔もぼんやりとしか覚えていない父母リロイとシェーラの恋の顛末と、妖精王の決断について、ケヴィンに話してやりながら。

 

 

 巨大な虫型の魔物を駆逐しつつしばらく森を進むと、花畑の国ディオールの入口に辿り着いた。国と言っても規模はウェンデルよりも小さく、村と言った方が近い。長命のエルフにとって子孫を残すのは非常に珍しいことらしく、人口も減少し続けていると聞く。

 その門の脇には質素ながらも綺麗に整備された墓がふたつ並んでいる。シャルロットはケヴィンに「パパとママのおはかでち」と説明して、美しい花々が添えられているそれらの前に膝をついて祈った。ケヴィンも気を使って合わせてくる。

 エルフとて長命といえど寿命はある。なぜこのふたりの墓だけがこんな場所にあるのか、その理由は少し考えてみれば明白だ。村を出入りするエルフを戒めるためだ。綺麗に保たれ大事にされてはいるが、これは言わば見せしめなのだ。二度と、シャルロットの父と母のようなことがないように。

 

 シャルロットとケヴィンがディオールの村に入ると、十数年ぶりの来客に住人は騒めいて、バタバタと家の中に入っていった。外に残っている者もいるが徹底的な無視だ。ケヴィンは戸惑って眉を八の字に情けなく歪めるが、シャルロットは気にせずスタスタと村の奥に進む。村の奥の一際大きな屋敷が妖精王の居城だ。

 

 ばたんと大きく音を立てて妖精王の屋敷に入っていくと、妖精王は暖炉の近くの椅子に腰掛けお茶を飲んでいた。シャルロットの姿を見ると目を丸くし、カップを落として立ち上がった。

 

「シャルロット……シャルロットではないか!」

「ひさしぶりでち、よーせーおーのおじーちゃん!」

 

 妖精王は十数年ぶりに会うシャルロットをひとめで判別して、驚きながらも嬉しそうに頬を上気させている。シャルロットにとっては前回の旅路ぶりの再会だ。

 シャルロットはとことこと妖精王に歩み寄って、首を傾げて精一杯かわいい顔を作っておねだりのポーズをした。光の司祭ならば大抵のことならばこれで一撃だ。

 

「よーせーおーのおじいちゃん。シャルロットは、おねがいがあってまいりまちた。うちのおじーちゃんが、こだいのきんじゅをつかって、ふじのやまいでたおれてるんでち。どうか、おじいちゃんのびょーきをなおしてほしいんでち!」

 

 人間より優れた魔力を持つエルフの魔法ならば、古代呪法の呪いにも何か対抗する手段があるかもしれない。何せ相手は何百年生きているとも知れないエルフの長老だ。妖精王は掠れた声を震わせて「なんと、禁断の古代呪法を……!司祭殿とは、二度と関わり合いになる事は無いと思っていたが……リロイとシェーラがあの世で導いているのかも知れん……」と、以前も聞いたふうなことを言った。

 

「しかしマナが少なくなってしまった今、恐らく、わしにもどうすることもできん……」

 

 シャルロットの期待に反して、エルフの祖父は申し訳なさそうに首を横に振った。シャルロットは落胆するよりも怒りの方が先にきた。

 

「はぁ?おそらく?よーせーおーのおじーちゃん、オソラクできないからって、ウチのおじーちゃんをみごろしにするんでちか?オソラクできないって、つまり、もしかしたらどうにかできるかもってことでちょ!マナがすくなくってあんたしゃんひとりでたりないなら、ここにいるエルフみーんなでやったらいいんでち!シャルロットも、てつだうから!」

「……!いや、エルフを人の集落に連れていくなどできん。いつ、またリロイとシェーラの悲劇がおこるとも限らん……」

「あのねぇ、ぱぱとままがしんじゃってかなしくて、このディオールをとじてしまったことは、しってるでち。でも!パパとママがあいしあって、じゅみょーをちぢめたからって、なんでひげきあつかいなんでちか?じゃあシャルロットは、ひげきのさんぶつなんでちか?ちがうでち!シャルロットは、パパとママのあいのあかし。パパとママのあいを、ひげきのものがたりにされちゃたまんないでち!エルフとひとのこい、どんとこいでちよ!それがひげきなら、ハーフエルフのシャルロットと、ひとのヒースのこいはどうなるんでち!」

 

 舌足らずながらもまくしたてるシャルロットの剣幕に、妖精王も横のケヴィンも口をぽかんとしている。

 

「このくにはとってもきれーだけど、へいさてきで、うすぐらくて、もういっしゅうかんもカンキしてないおへやみたいにくうきがよどんでいるでち!あたらしいかぜは、まどをあけないとはいってこないでち!よーせーおーのおじいちゃん、ていたいは、なにもうまないでち!あんたしゃんたちもひきこもってないで、マナがすくなくなっていくこのせかいのために、なにかできることをしたらどうでちか?!」

「………………」

「………………」

 

 シャルロットは言いたいことを全部言ってやって、スッキリした。シャルロットはほとんどエルフの内情を詳しく知らない部外者で、そんな人間が好き勝手言うのは簡単だ。だけど、シャルロットは妖精王に残されたたったひとりの身内かもしれない。頑なになった妖精王の意思を変えられるのは、きっと自分以外にはいないだろう。

 

 妖精王が何歳なのかは知らないが、自分の何十分の一にも満たない齢の孫に説教されて、妖精王は何も言わなかった。

 沈黙を破って笑ったのは、ケヴィンだった。

 

「じーさん、あんたの、負け」

「…………ふぅ」

 

 妖精王はそれを受けて大きく溜息をついて、立ちっぱなしだったことにようやく気がついて安楽椅子に腰掛けた。

 

「……長く生きていると、諦め癖がつく。変化を怖がって、悲しみも辛いことも受け入れてしまう……だが、それでは、いかんな。齢十五の幼子に、教えられることがあるとは」

「シャルロットは、ハーフでち。にんげんのじゅうごさいは、もうすぐおとなになるとしでちよ、おじーちゃん」

「そうか、そうじゃったな……大きくなったな、シャルロット。さぞや蝶よ花よと甘やかされておるだろうと思っておったのに、なんと逞しく育ったことか」

 

 と、妖精王は皺を深くして笑った。

 

「昔、まだこの村が人間にも開かれていた時代に使っていた船がある。もう使うことはないと森の奥深くに隠してしまったが、修理すればなんとか使えるだろう。それで腕利きのエルフたちを引き連れて行こう。司祭殿の病を治せると豪語はできぬが、最善をつくすよ」

「ありがとう!よーせーおーのおじーちゃん!」

 

 シャルロットが妖精王にぎゅっと抱きつくと、妖精王は嬉しそうに抱きしめ返してきた。

 

「……まさか、大きくなったシャルロットを、この手に抱ける日が来るとはのう。人生は、わからぬなぁ」

「ふふん、こんなピチピチのびしょーじょをハグするきかいは、こんなへきちのじーちゃんにはなさそうでち。こんなサービスはこんかいかぎり、つぎからはギルしだいでち」

「……おお、リロイ、シェーラ……お主らの娘っこは、強く逞しく育っておるぞ……!」

「それで、いいのか、妖精王……?!」

「シャルロットがたくましいのもとうぜんでち。なんたって、にかいめでちからね!」

「二回目?」

 

 シャルロットに一度死んだ記憶がありここに来るのが二度目であることを聞いて、妖精王は目を白黒させ、そしてフェアリーに選ばれた聖剣の勇者の仲間であることを聞いて、更に開いた口が塞がらなくなっていた。

 シャルロットもウェンデルへ一緒に行くと思い込んでいた妖精王は、シャルロットが同行できないことを聞いて、目に見えてがっくりと肩を落とした。

 

「……お主たちの旅路に、光ありますように……」

 

 言いたいことは色々あったようだが、妖精王は全部飲み込んで、シャルロットたちのこれからにそう祈った。

 

 

 

 

 

 前回通り、妖精王の口利きでディオールの住民の態度も軟化した。皆が皆揃って友好的というわけではないが、泊まったり物資を揃える分には支障ない。

 シャルロットは物資の調達に妖精王の孫割引が適用されないかと企んでいたが、ずっと物憂げに黙っているケヴィンに痺れを切らして、花畑を臨むベンチに座らせた。

 

「じーっとしてだまってるだけじゃ、かんがえなんてまとまらないんでちよ、ケヴィンしゃん。とりとめなくていいから、さっさとはなしてみるでち」

「う、うん」

 

 花畑の向こうでは、妖精王に集められたエルフたちが列をなしている。どうやら、放棄された船の修理に向かうらしい。

 

「……オイラ、知りたかった。獣人と人間、エルフと人間、違う種族は、離れて暮らす、正解なのか。どうしたって相容れないなら、最初から離れてた方が、いいかもって」

 

 と、ケヴィンはぽつりぽつりと吐露し始めた。シャルロットはうんうんと頷いて聞いていることを示す。

 実際、ドワーフもコロポックルもそうやって人間から隠れるように暮らしている。そうしなかった獣人は迫害され、理由は違えどエルフも離れることを選んだ。

 

「そうするのが正解なのか、オイラ、わからない……シャルロットの言ったことや、アンジェラの言ってたこと、イーグルの言ってたこと、ホークアイの言ってたこと、聞いて、いっぱい考えた。……オイラ、オイラができること、何もやってない。でもオイラ、オイラに何ができるのか、わからない……わかること、ビーストキングダム、このまま、ダメってこと。このままだと、獣人、今までより生きづらくなる。いつか、人間が、獣人討伐のりだすかも……そしたら、きっと、負ける。数が、違うから……そしたら、残された獣人、もっと人間を憎んで、恨んで……そんなの、悲しい……」

 

 と、ケヴィンは悔しそうに歯噛みした。彼なりに色々考えているらしい。このまま獣人が人間討伐隊などと言って人の街の侵略を続けるならば、遠からず彼の言う通りになるだろう。

 しょんぼりするケヴィンの頭を、シャルロットは腕をいっぱいに伸ばして撫でた。

 

「ねぇケヴィンしゃん。シャルロットは、ケヴィンしゃんにしかできないこと、しってまち」

「えっ……な、なに?」

「じゅうじんとにんげん、りょうほうのきもちを、ちゃんとかんがえること。ほんとうのいみで、りょうほうのへいわをねがうこと」

「か、考える?願う……?それだけ……?」

「あのねえ、それだけのことが、だれにもできないんでち。ケヴィンしゃんいがいには」

 

 獣人にとって人間は敵だし、その逆も然りだ。大抵の人間は獣人をモンスターの一種だと思っている。大抵の獣人にとって、人間は劣等種かつ憎しみの対象だ。双方ともお互いに、どうなったって知ったことじゃないと思っている。

 フェアリーに選ばれた者として奮闘しているイーグルだって世界救済はナバールのためだとはっきり言っていたし、全員救いたいんだと無差別に優しさを振り撒くホークアイでさえ、獣人の土地は月夜の森だけだと思っているだろう。一連の動乱が終わったら獣人は日の当たらぬ暗い森に引っ込むのだと、無意識に思っているはずだ。だってそれは彼の人生や使命とは無関係だから。

 

 でもケヴィンはたったひとり、獣人と人間その両方の血を継ぐ子だ。シャルロットがエルフと人間の両方であるのと同じく。

 

「あのね、つよいとかよわいとかかんけいなしに、じゅうじんとにんげんのかけはしになれるのは、ケヴィンしゃんしかいないんでち」

「架け橋……オイラが……」

 

 ケヴィンは困惑して黙った。

 話している間に、花畑の向こうで集まっていたエルフたちは森の奥に消えて行った。ウェンデルに向かう船を修理するためだ。十五年の鎖国を解いて、人間である光の司祭を助けるためだ。種族の垣根を越えて。

 

「……オイラの話なんて、きっと聞いてくれない。でも、アンジェラもそう言って、アルテナ残った。すごい勇気だった。オイラも、そうなりたい」

「そうでち!アンジェラしゃんは、ひとりひとり、ことばをつくして、せっとくしてるはずでちよ」

 

 そう、獣人は言葉が通じるのだから、言葉を尽くして話し合えば、誰も何も聞いてくれないなんてはずはない。ミントスの村の例もあるし、全員が全員脳筋だとは思えない。

 ケヴィンは「ひとりひとり……」とハッとして跳びはねるように勢いよく立ち上がった。

 

「オイラ、ビーストキングダム、今から行ってくる。前より強くなったところ、みんなに見せに行く。まだ獣人王には勝てないけど、ひとりずつ、ぶん殴ってくる!」

「…………そ、そうでちか……」

 

 シャルロットの思った展開ではなかったが、ケヴィンの横顔は生き生きしている。言っていることは人間基準だと物騒だが、獣人文化にとってはそういうものなのかもしれない。しょぼんとしている時はちいさな仔犬に見えたのに、今の背中は大きく見える。シャルロットも自然と笑みがこぼれた。

 

「ひとりでだいじょーぶでちか?シャルロットがついていってあげまちょうか」

 

 返ってくる答えを知りつつもシャルロットはおねえさんぶってそう言った。ケヴィンはやはり首を横に振った。

 

「ありがと、シャルロット。でも、ひとりでいく。仲間つれてったら、仲間いないと何もできないって、笑われる」

 

 ケヴィンは大きな犬歯を見せてにかっと笑い、「行ってくる!バイバイ、シャルロット!」と村の入り口に向かって駆け出した。

 

「えっ?!フラミーしゃんでおくってあげまちよ!」

「ううん、オイラ、泳いでいける!ホークアイとデュランに、よろしくー!」

 

 ケヴィンは振り返って大きく手を振り挨拶すると、森の奥に消えた。あっという間だった。ケヴィンの泳ぎが達者なのは知っているが、大陸間遠泳とは恐れ入る。シャルロットはぽつんと残されて、「このびしょーじょをひとりでほうちするなんて、しつれいしちゃうでち!」とぷんすこした。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ケヴィンは単身海を渡ると、まずは月明かりの都ミントスにルガーの様子を見に行った。ケヴィンにはさっぱりわからないが精神を操る魔法とやらで昏倒させられたルガーは、術師のイーグルによれば、眠らせただけだからしばらくしたら自然と目が覚めるだろう、とのことだった。

 

 ミントスにルガーは既にいなかった。ベッドの持ち主によると、数日前に目覚めて、礼を言って森の奥に帰ったらしい。無事に目覚めてくれたことにほっとして、ケヴィンはビーストキングダムに向かった。

 

 月夜の森を駈け抜けて、久しぶりに帰ってきたビーストキングダムはいつになく騒めいていて、城の上を見上げると大きな鳥がギャアギャアと集められている。あの大鷲達は獣人が長距離移動をする際に利用される手段で、戦争の準備が進められているのだと知れた。

 

「お?!ケヴィン、帰ってきたのか!さては、お前もマナの聖域にいくんだな!?」

 

 広間に入ると、ケヴィンの姿を認めたフレディが駆け寄ってきた。フレディは人間討伐隊だったし、当然、聖域に行くメンバーの一員だろう。

 

「違う。オイラ、止めに来た。聖域には、行かせない!戦え、フレディ!」

 

 ケヴィンは獣化して拳をフレディに向けた。

 獣人に言うことを聞かせようと思ったら、まずは自分の方が格上なのだと示す必要がある。だから獣人の聖域への遠征を止めるためには、聖域に行く人間討伐隊の連中を一人残らずブン殴らなけばならない。

 突然売られた喧嘩にフレディは驚きながらも「おいおい、本気か?!」と獣化した。

 

 ケヴィンとフレディが数度打ち合うと、広場で突然始まった戦闘に周囲の獣人は野太い声を上げて囃し立てる。強烈な一撃を顎にくらったフレディがダウンすると、観衆は一層激しく沸いた。

 

「次、来い!」

 

 ケヴィンが騒ぎ立てる獣人を挑発すると、興奮した男が即座に獣化してケヴィンの前に踊り出た。元々ビーストキングダムには血の気が多い者が集まっているし、丁度、戦争に向けて戦意の高まっているところだ。喧嘩嫌いでめったに訓練にも顔を出さない半獣の王子が初めて相手をしてくれると言うのだから、ビースト兵としては乗るしかない。

 

 息を切らしながらもケヴィンは次々とビースト兵を蹴散らして、その数が積み重なる度に、周りのボルテージが上がっていく。

 

「何の騒ぎだ?」

 

 喧騒の中、重低音の声が響いた。

 人混みがさっと割れて、獣人王が広場に進み出ると全員が静まり返った。獣人王は死を喰らう男を伴っていて、死を喰らう男はケヴィンの姿を確認するとウゲェと獣人王の背に隠れた。

 

 周囲にビースト兵たちをごろごろ転がして息を切らせているケヴィンを目にして、獣人王は「ほぉ?」と面白いものを見たかのように片眉を上げた。昔から、獣人王はケヴィンが誰かと喧嘩をすると喜んで、もっとやれと煽った。そのせいでケヴィンは喧嘩がより嫌いになったものだ。

 獣人王はにやりと広角を歪めて笑った。

 

「カールの仇討ちに来たか?」

「違う!聖域への進軍、止めに来た!」

 

 獣人王はカールの仇だ。憎しみも勿論消えてはいない。だが、仇討ちを目的にビーストキングダムに帰ってきたわけではない。やるべきこと、できること、それを果たしに帰ってきた。同胞である獣人たちを殺させないために。旅の仲間たちにとって、恥ずかしくない自分であるために。

 

「聖域、行かせない!誰ひとり!」

「ふん……ケヴィン、お前は何故邪魔をする?人間への復讐を掲げ、ようやくひとつに纏まり、失意から立ちあがろうとしている獣人たちを」

「獣人、利用されているだけ!そこの妖魔に!戦争しちゃいけない!」

「では人間への復讐を諦め、鬱々とこの暗い森で黙って暮らせとでも言うのか?」

「違う!マナの聖域行ったって、人間への復讐、ならない!ムダ死に、するだけ!」

「ほぉ?我々が人間なんぞに負けると?」

「違う!」

 

 ケヴィンは自分の口下手を呪った。幸運にも初めて獣人王が話を聞いてくれようとしているのに、自分の口下手では何も伝わっていない。ホークアイのように上手く説明ができたら、イーグルのように説得力のある話し方ができたら、もしかしたら分かってもらえるのかもしれないのに。

 

「ふん、お前の話は相変わらず要領を得んな。ならばこうしよう、お前が倒れるまでにワシに一発でも入れられれば、お前の言うことを聞いてやろう。お前の強さを示せ!」

 

 と、獣人王はマントを剥ぎ取って投げ捨てた。瞬間的にビースト兵が沸く。獣人王の闘いは彼らにとってめったに見られない至高のショーだ。

 ケヴィンにとっては渡りに船だ。今の自分では獣人王には敵わない、それはよくわかっている。だが一発、というならば。どんな成長をしてきたかも知らずにケヴィンを舐め腐っている今この瞬間ならば。

 

 ケヴィンは「約束、守れ!」と構えた。

 

「お待ち下さい、獣人王様!」

 

 と、聞き慣れた声がホールに響き渡った。獣人たちを掻き分けて前に出てきたのはルガーだ。ルガーがケヴィンを目の敵にしているのは獣人兵の間では周知の事柄で、獣人たちは沸き立ちつつもルガーのために道を譲った。

 

「ケヴィンにそんなチャンスを与えてやる必要はありません。この俺にお任せ下さい!」

 

 と、ルガーは獣人王の前に片膝をついた。獣人王の熱狂的なファンなのは相変わらずのようだ。それ故にケヴィンに突っかかってくるが、ケヴィンはそんなルガーが決して嫌いではない。

 

「ルガー。目、覚めて、良かった。心配した」

「黙れ、裏切り者めが!」

「裏切り者?」

「獣人を裏切り、人間側についたようだが、馬鹿め。利用されているだけなのがわからんのか!所詮は半獣半人、どれだけクズどもに媚を売ったところで、お前を本当に受け入れる人間などいようものか!実の母親にさえ捨てられたお前を!」

 

 随分酷いことを言う。ケヴィンとホークアイたちと、その間にある信頼、ついでに母親のことまで侮辱した。

 ケヴィンは母親のことは全く覚えていないし、生まれてこの方、いろんなヤツに自分を捨てた母親のことを悪く言われてきたが、今日は初めて腹が立った。人間の仲間たちができて、ぴんと来ていなかった人間の母親という存在の像が掴めたからかもしれない。人間の女が、人間への復讐を掲げたビーストキングダムを去るのは当然だ。こんな、人間への憎しみを一身に受ける場所で、普通の人間の女が暮らしていけるはずがない。それを、子を捨てたどうこうと責められる謂れはないだろう。

 

「獣人王。ルガーに勝ったら、オイラの言う通り、するか?」

「……ふん、よかろう」

 

 と、獣人王はマントを羽織り直し、腕を組んで椅子にふんぞり返った。言質はとった。

 

 ケヴィンにとって、ずっとずっとルガーは格上の相手だった。誰よりもストイックに鍛錬に精を出してきた彼を尊敬している。

 だが、今は勝てない相手ではないはずだ。

 

 群衆のリングの真ん中で、ケヴィンとルガーは向き合った。体が震える。周囲の観衆の期待と緊張が入り混じった空気が渦巻き、自然と誰しもが息を呑む。

 

 最初に動いたのは、ルガーだった。石畳を蹴り素早く前に踏み出し、その挙をケヴィンに向けて放った。力強いジャブがケヴィンの頬をかすめる。次の瞬間には体を低く沈めて、ルガーの脚を狙って素早い蹴りを繰り出した。その足音が空を切り、鋭い音が耳に響く。ルガーはその蹴りを足で受け止め、僅かな距離を取って後退する。

 ルガーは唇を噛みながら、低く唸り声を上げ、次の攻撃へと踏み込んだ。体全体を使っての力強いストレート。まるで鉄の塊が振り下ろされるような圧力だ。

 ケヴィンはその拳をわずかな距離でかわすと、反転して背後に回り込む。観衆は息を呑む。しかし、ルガーも負けてはいない。即座に前転して、距離をとられる。

 

「少しは鍛えてきたようだな、ケヴィン!」

 

 ルガーが地面を蹴り、再び殴りかかってくる。すんでで避けると、ルガーが急激に横に跳ねる。巧妙に体をひねりながら、背後からの回し蹴りがケヴィンの頭を狙っている。ケヴィンは屈んだ。直撃は避けたものの、頭を揺らされる。揺れる視界の中、ルガーの懐に踏み出し、その腹部に肘を叩き込む。その攻撃でルガーは一瞬、動きが止まるが、すぐに体勢を整え、足を使って反撃に転じた。素早く蹴り上げると、その足がケヴィンの脚に直撃し、バランスを崩させる。ケヴィンはよろけるが、その勢いでルガーに組みついた。腕を取って体を絡ませ、ギリギリと締め付けあい、力比べが始まる。ルガーは吠えた。

 

「俺は貴様を倒し、獣人王様に貴様の無価値を証明する!手ずから鍛えてやるほどの価値はなく、後継者には相応しくないということを!」

「後継者、なんて、オイラ、望んでないッ!」

「それが頭に来ると言うのだっ!獣人王さま直々の英才教育を受けられるやつが他にどこにいる?!なぜっ、なぜお前などがっ!」

「後継者なんて、なりたいなら、お前が、なればいい!」

「この、愚か者があっ!」

 

 ルガーの頭に血が登っている。ルガーがケヴィンの首筋に噛みつこうとするが、間一髪それを回避し、逆にルガーの肩に噛みついた。歯が肉を引き裂き、ルガーはその痛みに顔を歪める。

 

「クソがぁッ!」

 

 ルガーは叫び、ケヴィンの頭に肘をめり込ませ、ケヴィンはルガーの肩の肉を噛みちぎった。

 あとは格闘術も技能も何もない、激情に任せた殴り合いだ。歯を食い縛り、殴られた分だけ殴り返した。

 

 激しい打ち合いがどのくらい続いたのか、ケヴィンにはわからない。とうとうルガーは仰向けに倒れ、立ち上がらない。ケヴィンは咆哮した。

 

「うおおおおおぉっ!オイラの、勝ちだ!」

 

 観衆も湧き立ち、熱気が肌にあついほどだ。人間討伐隊のリーダーに選ばれたルガーは、実質的にビーストキングダムのナンバー2だった。それを倒したケヴィンへの称賛がごうごうと鳴り止まない。

 

「約束だ、獣人王っ!聖域への侵攻、やめてもらう!」

「ふん……元よりマナの剣など興味もない。よかろう、まだまだヒヨッコではあるがそれなりの鍛錬を積んだようだ。それに免じて侵攻はやめだ」

 

 と、獣人王が宣言すると、周りの獣人兵は動揺し騒然となった。しかし絶対の強者である獣人王に歯向かう者など獣人にはいない。

 

「そ、ソンナァ、獣人王様ぁ!こんなドタンバで、キャンセルはナシですヨぉ!人間いっぱい殺しましょうヨ!ネ!ネ?!」

 

 死を喰らう男はただひとり獣人王の足元に縋り付いて異議を唱えた。獣人王はそんな死を喰らう男を蹴り飛ばし、小男の体は「ギャアッ!」といとも簡単に壁まで吹き飛ぶ。獣人王は「ふん」と汚いものでもついたかのように足の埃をぱんぱんと払った。

 

「貴様が獣人を利用していることに気付いていないとでも思っていたか?腑抜けた兵たちにとっては学びとなるだろうと放置していたが……どうやら貴様は人間の魂に飽き足らず、獣人の魂も喰うつもりらしい」

「ヒッ、ヒドイ……こんなヒドイこと、よくやりますヨ……もうすぐ美味しい魂大量ゲットの予定だったのに、まさか、こんなチンケな小僧が邪魔してくるとはネ……」

 

 恨み言をブツブツ言いながら死を喰らう男はすうっと物陰の闇に溶けて消えた。

 ざわざわとどよめいている獣人兵たちも、獣人王が「解散だ」と低く言うとぴたりと止まる。

 

「人間への復讐についてはまた後日方針を出す。今日のところは解散だ。各々鍛錬に励んでいろ!」

 

 突然のことに不満そうにしながらも獣人たちは従って、ぞろぞろと解散しだす。昏倒していたルガーも誰かが回収したようだ。

 あまりのあっけなさにケヴィンが立ち竦んでいると、「おい、ケヴィン」と獣人王の低い声がケヴィンを呼んだ。

 

「こっちだ、来い」

 

 と、獣人王はマントを翻し、さっさと背中を向けて行ってしまう。その後ろをついていくと、城の外に出た。

 

 獣人王が器用にピュイっと指笛を吹くと、すぐにがさがさと遠くの茂みが揺れる。そこから現れたのは赤毛のウルフだ。小柄で、カールによく似ている。ハッハッと舌を垂らして笑うようにケヴィンに向かって駆けてきて、飛び付いてきた。カールだ。

 

「カール?!い、生きてる?!でも、どうして?!」

「死を喰らう男の使った幻術によって、仮死状態になっていただけだ!それをお前は、良く確かめもせず、埋めてしまいおって。かわいそうに……後でワシが自ら掘り起こして助けてやったのだ」

 

 と、獣人王は呆れたように言った。

 抱きしめたカールの体は柔らかい。毛皮に包まれた筋肉の下では力強い鼓動が脈打っているのを確かに手のひらに感じた。

 カールの体温の温かさはケヴィンの心の中にある父への憎しみを溶かしていって、目の前にいる父が、今までとは別人のように見えた。

 

「獣人王……オイラ……あんたを、誤解してた……」

「フン、かまわん。むしろその方が好都合だったがな。お前は、母親がいないせいか、子供の頃からすぐに弱さが表に出る。お前にはもっと強くなってもらわねばならん。お前は自分の母親は逃げて行ったと思い込んでいるようだが、本当はお前が幼い頃に病気で死んだのだ……だが、それを知らせないで、怒りをワシに向けさせたかった」

 

 と、獣人王はケヴィンの母について語った。知らなかった真実にケヴィンは絶句した。何か言おうと思ったが、狼狽のあまり言うべき言葉が見つからない。父や獣人から逃げたと思っていた母は、病気でもうこの世にいなかった。

 獣人王は「怒りや憎しみは、力や強さを引き出すのに利用できるからな」と、そんな勘違いをさせたままにした理由を語った。カールを凶暴化させたのも、確か同じ理由だった。その一件をきっかけにケヴィンは獣化のコツを掴み、獣人王への憎しみを糧に森を出たのだ。

 

「……だが、それは真の強さではない。真の強さは、それを超えた所にあるのだ。お前はそれを掴みかけているようだな。まさか単身ビーストキングダムに帰ってきて、全員に喧嘩を売るとは。見直したぞ」

 

 クククと獣人王は堪えきれない笑いを漏らした。

 その後も獣人王は色々なことを話してくれた。彼には人間への復讐もマナの剣も興味がないこと。ビーストキングダムを建てたのは、獣人たちに勇気と希望を与えるためだったこと。ウジウジした弱いヤツが嫌いで、本当に望んでいるのは獣人たちの自立であること。

 

「ルガーに聞いたが、どうやら人間の仲間ができたようだな。しかもルガーに勝つほどの。お前が変わったのも彼らのおかげだろうな。仲間は大事にしろ。お前が思っているよりそれは希少で得難いものだ」

 

 ケヴィンは、父がこんなに饒舌になるのを見るのは初めてだった。父との時間は鍛錬に次ぐ鍛錬ばかりで、ろくすっぽ話しをしたこともなかった。泣き言も甘えも許されずただただ鍛錬を強要される毎日で、だからケヴィンは、本当に獣人王は息子である自分を冷徹な殺戮マシーンに育てようとしているのだとばかり思っていた。

 きっと、幼い頃のケヴィンは、まさに父の嫌いなウジウジした弱いヤツそのものだっただろう。だが父は、獣人の奮起のためにビーストキングダムを作ったように、ケヴィンのために嫌われ役を演じ時間を割いて厳しい鍛錬を施した。それは伝わりにくく歪ではあるけれど、きっと獣人王なりの愛だったのだと、ケヴィンは初めて気づいた。そう仕向けられたものだったとはいえ、愛されていないと思っていたのは誤解だった。歪で不器用で、度し難いが、それでも子を愛する父親だった。

 絶対に理解出来ないと思っていた父親を、ケヴィンは、ほんの少しだが、理解できた。

 

「獣人王……あんた、人間への復讐、キョウミない、言った。獣人、これからどうする?」

「兵たちの好きにさせる。人間には戦う力を持たない弱者が多いが、我々獣人を凌駕する者も、時折りいる。それがわかれば人間を毛嫌いするバカモノどもも意見を変えるだろう。連中は強いヤツが好きだからな、ワシと同じく」

「オイラは、反対だ!それじゃあ、戦う力持ってない普通の人たち、殺される!」

 

 獣人王はやはり弱い人間には興味がないらしい。ホークアイたちが知る別の世界では、アストリアの村人は獣人によって虐殺された、と聞いたことがある。この世界ではシャルロットとヒースの尽力により未然に防がれたものの、村は焼き払われた。

 

「ほぉ、反対か。ならば止めれば良かろう、力ずくで。人間を殺そうとする獣人全員をのしていけばいい。お前がさっきやろうとしたことだ。あるいは──……」

 

 獣人王はにやりと笑った。

 

「お前が王になれ」

「!」

 

 ケヴィンはぽかんと口を開けた。

 王になるなんて、考えてもみなかったことだ。こんな、人間への復讐を掲げた国の王の後継者になるなんて、まっぴらごめんだと。

 

「王になれば、ビーストキングダムの在り方を決められるぞ。人間への復讐も禁止させられるし、その気になれば交流も持てるだろうさ。それを気に入らん連中からは常に下剋上を狙われるだろうがな……そうだな……近々、後継者を選ぶ大会でも開くか」

 

 と、獣人王は楽しそうに口角を上げて笑う。

 ケヴィンは、ふと思った。獣人王は、本当は待っていたんじゃないだろうか。復讐なんて止めろ、無意味だと言って獣人王に立ち向かう誰かを。強者に挑む勇気を持つ誰かを。そんなふうに思うのは、期待しすぎだろうか。

 そして、もしかすると、父と母は、愛し合ってケヴィンを産んだのではないだろうか。シャルロットが自身をリロイとシェーラのあいのあかしだと称したように、ケヴィンももしかしたら、父と母の愛の証だったりするのだろうか。

 ケヴィンの心はもう決まった。

 

「……わかった。オイラ、獣人王、目指す。なりたいやつがなればいい、思ってたけど……違う、わかった。オイラが獣人王なったら、人間との間、取り持てる。難しいけど、交渉できる。オイラが、架け橋、なる」

 

 ケヴィンがそう言うと、獣人王は、今まで彼の口からは聞いたことがないくらいの、大きな声で笑った。

 

 

 

 

 

 

 
















ケ「獣人王……その、母さん、どんなヒト、だった?」
獣「うむ。先ほど獣人に勝る人間も時折りいると言ったが、あの女はまさにそうだった。戦う姿は鬼神そのもの。なんといってもこのワシに勝つくらいだからな」
ケ「じゅ、獣人王に……?!?!ホント、ニンゲン……?!」
獣「ああ。だが、いかに身体を鍛えても病には勝てなんだ」
ケ「…………そう、か……」
獣「横紋筋融解症、尿素サイクル異常症……最期は、低血糖による心不全で、あっけなく……」
ケ「…………」
獣「お前も筋トレのやりすぎには、注意しろよ」
ケ「……エエエェ……」
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