「よろしくな、お嬢さん。フラミーと呼んでもいいかな?」
イーグルがそう言って白い毛並みを撫でると、山と空の守護精霊は嬉しそうに巨躯を震わせてキュウキュウと肯定らしい高い声を上げた。
精霊だというからウィスプやノームといった元素精霊のようにマナが集まって可視化している姿を想像していたが、フラミーには巨大な実体があった。体躯は白い羽毛の生えた巨大なドラゴンのようで、聖獣や霊獣と称した方がイメージには近いだろう。
しっかりレディーとして扱うこと、というホークアイからの言付けを守ると、全く機嫌を害することなく彼女は言うことを聞いてくれた。
イーグルとリースはフラミーの背中に乗り、そのまま天の頂を飛び立ちディオールへと向かった。
空の旅はあっという間で、巨大なランプ花の森の先に、木々の間に隠れるような小さな村を見つけた。花畑ばかりのその村の中央に広場を見つけて、フラミーをそこに降り立たせる。
フラミーの背からイーグルとリースが飛び降りると、すぐにホークアイたちが駆け寄ってきた。
ホークアイは「おかえり!おつかれさん」と短く仕事を労った。それだけで驚くほど自尊心が満たされる。イーグルはひと仕事終えてナバールに帰ってきたかのように「上々の成果さ」と口角を上げた。この土地に来たのは初めてだが、おかえりという言葉がしっくりくるのはホークアイがいるからだ。
ホークアイに課されたとおり、フラミーという飛行手段は得た。ビルとベンはローラントで捕虜になっていたナバール兵の中から精鋭を選び、パロで借り受けた船ですでに忘却の島に向かっている。残りのナバール兵はローラントの復興を手伝う手筈だ。こちらの報告を終えると、ホークアイもイーグルのいなかった間の報告を始めた。
ドリアードを無事に仲間にしたこと、妖精王をはじめとするエルフたちが長年の鎖国を解き、光の司祭の治療に乗り出したこと。そして、ケヴィンの姿が見えない理由。
「すごいぜ。俺もシャルから聞いてびっくりしたんだけどさ」
と、ホークアイは嬉しそうに顔を綻ばせる。
曰く、ホークアイとデュランがドリアードを捕えていた魔物と戦いに行っている間に、ケヴィンは旅の一行を抜けてビーストキングダムに帰ったと言う。なんと、聖域に赴く獣人たちを止めるためにだ。あの、カールを生き返らせる方法が知りたいと言っていた幼い子が。
「なんか、誇らしいよ。俺がそう思うのも変なんだけど」
「いや、ケヴィンはお前にそう思ってほしいだろうと思うぜ。お前らやアンジェラが頑張ってるから、あいつも踏み出したんじゃねえの」
と、デュランが言う。ホークアイは「そうかな?」と相好を崩して喜ぶ。シャルロットは「みーんなせいちょうしてて、シャルロットもほこらしいでち!」と小さな胸を張った。
そしてイーグルとホークアイ、シャルロット、デュラン、リースはフラミーに乗り、フラミーはディオールを飛び立った。フラミーの背中は巨大で、五人乗ってもまだ余りある。この巨躯なら、大概のモンスターなら一飲みで決着がつきそうだ。
ディオールから目的地へは近く、一刻ほど飛んで、一行は忘却の島へと降り立った。小さな無人島だ。各地のマナエネルギーが流れ集まる中心地であり、他の地域よりもマナが濃い。
「……ついに、またここまで来たな。マナの減少は前よりかなり抑えられてるはずだ」
「さっそく、せーいきへのトビラをひらくでち!」
二度目のホークアイとシャルロットにもさすがに緊張が見える。フェアリーがイーグルの頭上にふわりと浮かんだ。
『みんな、ここまで本当にありがとう!さあ精霊のみんな、力を貸して!』
『わひゃひゃ、いよいよじゃな!ワシの力のすべて、お前さんに託すぞよ!』
『がんばるダスー!』
『うーし!やるぜ、やるぜ、やるぜ!うりゃあぁぁ!』
『ウチの根性、見せたるわ!行くでー!』
『我が闇の力、全てここに集結せん……』
『ちぃっす!オレも頑張るっす!』
『さぁ、私たちで最後、もう一息で扉が出現しそうよ!』
『すいません。こんな私で、どれだけお力になれるかわかりませんが、できるだけのことをやってみます……』
八精霊がそれぞれ顕現し、フェアリーのマナにそれぞれのマナを溶け合わさせ、見たことのない複雑な術式が展開されていく。
そしてフェアリーの目の前に、虹色の円形の何かがぐにゃりと現れる。ほんの数センチだったそれはみるみる広がり、人の大きさほどで安定した。これが、聖域へと繋がる、次元の穴に違いない。
「よし、やった!扉が開いた!フェアリー、今の君、最高に輝いてるぜ!」
「いぇーい!ホークアイしゃん、そのセリフ、まえもいってたでち!」
ホークアイとシャルロットは息ぴったりにハイタッチをきめる。前回は扉が浮き上がって上空からしか聖域に入れなくなったという話だったが、これなら地上からでも支障なさそうだ。
『はぁっ、はぁっ、本当にありがとう、みんな……!』
と、フェアリーは息を荒くしてふらふらと疲労困憊の様子だ。ホークアイがそっと手のひらを差し出して、フェアリーの足場にした。
「今回は、マナストーンの解放によるものじゃない。君と、精霊たちの力だ」
『ううん、全部、あなたたちのおかげ……あなたたちが、マナストーンの封印を守り、マナの放出を阻止し、精霊を集め、私をここまで運んでくれたから……。さぁイーグルにマナの剣を抜いてもらって、マナの女神さまを蘇らせましょう!』
フェアリーの言葉に、イーグルとホークアイは頷く。
「フラミーしゃんはどうするでちか?とびらがちいさくて、フラミーしゃんはとおれなさそうでち」
「君はここで留守番かな。ちょっと待っててくれる?」
と、ホークアイがフラミーに声をかけると、フラミーは気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らして大きな頬をホークアイに擦り付けた。ふかふかの羽毛に埋まってホークアイは「わお!」と嬉しさ半分驚き半分の声を上げる。
「随分、ホークに懐いてるな。まるで、覚えてるみたいだ」
「キミも覚えてるのかい、フラミー?」
ホークアイがフラミーの顔を撫でながら猫撫で声で優しく尋ねる。フラミーは言っている意味がわからないとばかりにきょとんとしている。フェアリーが頭上で『うーん』と唸った。
『もしかして、ホークアイのこと、同類だと思ってるのかもね』
「同類?」
『ほら、守護精霊は、マナの女神さまが現世に遣わせたものだからね。そして、ホークアイたちもそうでしょ。違う未来からこの世界線に、別の私が送り出した……似たようなものなんじゃないかな?』
と、不思議なことにフェアリーは自分自身とマナの女神さまを同一視している。ホークアイにもわからないようで、「そうか?」と小首を傾げていた。
「……?!みなさん空を見て!あの影は、いったい……?!」
と、鋭く叫んだのはリースだ。
見上げると、雲の上に巨大な影が見える。雲の中からぬぅっと姿を現したのは、巨大な戦艦だった。右舷の砲塔をこちらに向けている。
アルテナの空中魔導要塞ギガンテス。ホークアイから聞いてはいたが、噂に違わぬ迫力だ。
「馬鹿な、早すぎる!読まれてた……!?」
「な、なんかやばそう…!?ふせるでち!」
魔導砲のマナの収束を感じてシャルロットが叫ぶ。爆発音とともに、衝撃波。
だが空気がびりびりと震えただけで、魔導砲は島のはるか上空を通過し、海に落ち水飛沫を高くまで上げている。あの威力、もし直撃したら人間の体なんか木っ端微塵だ。
追撃を警戒していると、船尾から黒煙がもくもくと立ち登り始めた。ギガンテスは高度を落とし、揺れている。どうも、制御を失っているように見える。
「どういうことだ?」
「多分、アンジェラだ。アンジェラならあれに潜入しているはず。アルテナ兵同士で揉めてるのかも」
「おいおい、教えてくれ、あっちは何だ?」
デュランが引きつった顔で空中魔導要塞とは別方向の上空を見ている。視線の先を追うと、大量の風船が船を浮かべて航行している。おそらく、風のマナにより浮力を得ているのだろう。
ホークアイが「美獣の船だ」と悔しそうに声を震わせた。時期は早まっているはずなのに、結局同じタイミングで集結している。美獣や紅蓮の魔導師も、フェアリーに選ばれた者であるイーグルたちの動向を密かに窺っていたに違いない。聖域への扉が開かれる瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。
「ホークアイさん、ローラント籍の船もそろそろ着くようです」
と、リースが海を指差す。少し遠いが、船が見えた。あれにはビルとベンたちニンジャが乗っている。
「イーグル、ホークアイ、ぐずぐずしてる時間はなさそうだぜ」
「聖域に行ってください。ここは私たちが食い止めます!」
「しゃーなしでち、めがみしゃんふっかつのみせばは、あんたしゃんたちにゆずってやるでち」
デュラン、リース、シャルロットは聖域への扉を背中に守るようにして立つ。フラミーも空気を読んでガルルと威嚇するように喉を鳴らす。イーグルとホークアイは目を合わせて頷いた。
「イーグル、俺が聖剣まで案内する!デュラン、リース、シャル、フラミー、ここは頼んだ!」
「おい、ナバール兵は聖域に入れてやってくれ。じゃないと時限ブレインジャックが発動しない。頼んだぞ!」
この場を皆に託し、ホークアイが虹色に光る聖域への扉に飛び込む。イーグルもその背中に続いた。
扉をくぐった途端、空気が変わったのをイーグルは肌で感じた。
何千年と変わらぬ古い土地。現世から切り離された、太古のマナがそのまま息づいている。忘却の島でもマナが濃いと思ったが、忘却の島の比ではない。フェアリー曰く聖域のマナは枯渇しつつあるという話だったが、現世と比べれば遥かに濃厚なマナだ。
息を呑んで思わず足を止めたイーグルの手を、ホークアイが引く。
「感動するのもわかるが後にしてくれ、勇者サマ」
「……美しい土地だ。踏み荒らさせるわけにはいかないな。ましてや、戦場になど。さぁ、行こう」
*****
イーグルとホークアイが聖域の扉の奥に消えた後も、アルテナの空中なんとかかんとかは上空を不安定に旋回したまま、黒煙を派手に上げつつ、魔導砲の二射目を打つ気配はない。アンジェラがブリッジの掌握に手こずり膠着状態といったところか。
船内では小規模な小競り合いが続いているらしく、爆発音が何度も聞こえる。
「ねえ、フラミーしゃんにのって、アンジェラしゃんをたすけにいくのはどうでちか?!」
と、シャルロットが見てられないとばかりに言う。見てられないのはデュランとて同じだ。だが美獣の乗る飛行艇も着々と近づいてきているから、島を離れるわけには行かない。
「俺はここに残る。お前らだけで行ってくれ」
「いいえ、デュランさん、それは駄目です」
と、リースが生真面目な顔で首を横に振った。
「あの船の上はアルテナの領地ですから、内紛に介入することになってしまいます。いくら私たちが個人的友情を理由に手を出したと説明しても、国が事情を汲んでくれるとは限りません」
「そんなこと言ってる場合か?!」
馬鹿が付くほど真面目すぎる。あの艦内で行われている以上、確かに国際法上はアルテナの問題かもしれないが、そんな大昔に決められた国際法を律儀に守っている場合ではないだろう。何せ相手の大将共は人外なのだ。
「アンジェラさんを信じましょう!私、ナバールの皆さんを迎えに行ってきます。フラミーちゃん、お手伝いしてくれる?」
リースに応えてフラミーは短く鳴き、身を伏せる。リースが飛び乗ると、フラミーはすぐに飛び立って行ってしまった。なるほどあの巨躯と飛行能力ならば、船一艘引っ張るのは容易かろう。
あっという間にフラミーはニンジャ達の乗るローラント船に辿り着き、マストを押すのが見えた。力加減を間違えて沈没させないといいが。
「あっ、アルテナのおふねが……!」
シャルロットが叫ぶ。アルテナ船が煙を上げながら島に向かって急降下してくる。木々をバキバキと薙ぎ倒し、砂埃を煙幕のように撒き散らしながら、聖域の扉のすぐ近くに不時着した。船は斜めに大きく傾き、推進装置のいくつかがへしゃげる。運良く、大破は免れたようでホッとする。
「チャンスでち!のりこめ〜!」
と、シャルロットが一目散に駆けていく。国際法がどうたらというリースの言葉が一瞬頭をよぎるが無視してデュランも後ろに続いた。
デュランたちがアルテナ船によじ登ると、黒く煤けたアルテナ兵が何人か甲板に出てきたところで、デュランたちの姿に驚きを見せた。船中の戦闘から逃げてきた敗残兵なのだろうが腐っても訓練された兵士だ、すぐさま攻撃魔法が飛んできた。それを剣に当ててボールのように外に弾き飛ばし、簡単に対処された驚きに目を丸くするアルテナ兵の鳩尾に柄頭をねじり込む。どさりと落ちる体を支えて、板張りの床に置いた。
「まずいぞ。攻撃されたからつい反撃しちまったけど、敵の一派なのか、アンジェラ派なのか全くわからねえ」
「たしかに!こまりまちたね」
と言っている間にもアルテナ兵は船内から次々に出てきて、侵入者を発見した彼女らは「貴様ら、何者だ!?」とデュランたちを囲んで杖を向けてきた。
「みなしゃん、びしょーじょシャルロットは、アンジェラしゃんのおともだちでちよ〜」
「やめとけやめとけ、やるしかねえんだよこういうときゃあ」
「おくちでせつめいしてもムダなんて、かなしいよのなかでち」
よよよ、とわざとらしく悲しがるシャルロットだが、その間にも無詠唱でユニコーンヘッドやマシンゴーレムを召喚している。正直、末恐ろしい。アルテナ兵たちは召喚獣を見て「モンスター……?!」と騒めき、遅れて詠唱を始めた。
著しく斜めに傾く足場の中、アルテナ兵たちの放つ魔法を避けたり受けたり弾いたりしつつ、隙を見て一人ずつ昏倒させて行く。剣士にとって、相手を殺さないように倒すのは、本当に難しい。魔物を相手にしている方が遥かに簡単だ。
アルテナ兵たちをいなしつつ、デュランは美獣率いるナバールの飛行艇がすぐ近くまで迫ってきているのを目の端に捉えていた。
飛行艇はどんどん高度を落として、このままでは不時着したアルテナ船にぶつかりそうなほどの低空飛行をしている。そして、嫌な予感通り、飛行艇の甲板からナバール兵が続々とアルテナ船に飛び降りてきた。アルテナ兵たちは、突然現れた異国のニンジャたちの姿に動揺を隠せず、何が起こっているのか混乱して攻撃の手が止まっている。ニンジャたちは、デュランたちとアルテナ兵の区別なく襲いかかってきた。
結局は乱戦になった。この状態で、ナバール兵を聖域まで連れて行くのはさすがに難しい。獣人がまだ来ていないのが救いだ。ナバール兵がアルテナ兵を殺しそうなら守り、あるいはその逆に対処し、隙を見て一人一人昏倒させ、どうにも手が回らない。シャルロットも敵味方の致命傷の回復に追われ始めた。
そのとき、ごう、と風が吹き、戦場の甲板に大きな影が落ちる。フラミーだ。その背からリースが飛び降りてきて、長槍をぶんぶん振り回し、その柄でアルテナ兵もナバール兵も一緒くたにして叩きのめす。何とも豪快だ。
「アルテナ籍の船に、賊の侵入を確認しました。保安上、私たちが介入しても問題ありません!」
「お前、すごいぜ、お姫さま」
シャルロットも「リースしゃん、かっこいいでち!」と歓声を上げる。
「ナバール兵はこっちに任せろ!」
と、聞き覚えのある声が飛んだ。アルテナ船によじ登ってきたのは精鋭ニンジャの双子、ビルとベンだ。フラミーに引っ張られて、ローラントからの船も到着したらしい。なんと驚くことに、捕虜になっていたニンジャたちだけでなく、少人数ながらもアマゾネスたちの姿も見える。
「連中を引きつけて、聖域まで引っ張っていく!おい、聖域ってアレだな?!」
と、双子の片方が虹色に光る聖域の扉を指しながらデュランに叫ぶ。
イーグル曰く、ナバールの一般兵にかかっている洗脳魔法は単純な行動しかさせられないものらしい。敵と認識した相手を倒すまで戦い、逃げたり仲間を呼んだりといった状況判断はできない。双子にかけられていた洗脳はもう少し複雑だったらしいが、双子もナバール兵の状態についてはよくわかっているだろう。
ビルとベンが洗脳されたナバール兵の背中に斬りかかると、ナバール兵は簡単に攻撃対象を双子に切り替えた。ビルとベンは一撃だけ喰らわすと、さっと甲板を飛び降りて聖域への扉へと走った。洗脳されたナバール兵もそれに続く。
「なるほどな。逃げるのは性に合わねえが、俺もそうさせてもらうぜ」
デュランは何人ものナバール兵を引きつけた状態でアルテナ船を飛び降りて、ビルとベンに続いた。ビルとベンが連れてきたニンジャたちとアマゾネスたちも、双子を真似てナバール兵に一撃入れて、釣って走る。
そして双子に続いてデュランも聖域に飛び込んだ。独特な空気感、不思議な雰囲気の場所だ。
聖域に踏み込むやいなや、一部のナバールの兵隊たちから悲鳴が上がった。攻撃を受けた様子はないのに、うずくまって頭を抱える。すぐにデュランはこれがイーグルの言っていた時限爆弾だ、と察した。
ナバール兵たちは頭を抱えて唸っていたかと思うと、脱力して座り込んだ。目はうつろで焦点があっていない。
イーグルが言うには、兵を操っている美獣の闇の魔力を利用して、聖域に入ることをトリガーに脳みそを書き換える、とのことらしい。戦場で突然我に帰っても混乱するだけだろうから、とりあえず従順になるようにしてある、イーグルはそう説明していた。げに恐ろしい、悪党の使う魔法だ。あいつの機嫌を損ねるような真似はマジでやめよう、とデュランは心に刻む。
時限ブレインジャックの発動しなかったナバール兵は半分程度のようだ。まだ美獣の洗脳下にある兵たちの攻撃をいなしつつ、追いかけてくる連中のために扉付近を空けてやった。忘却の島に上陸した連中が、敵味方関係なく続々と聖域に入ってくる。紅蓮の魔導師や黒耀の騎士の姿はまだ見えない。
ホークアイによると、紅蓮の魔導師はここで死ぬし、このタイミングで竜帝も暗殺され黒耀の騎士も共に消えるという。奴らと戦うチャンスはここしか残っていないのだ。あいつらと戦うため、体力は残しておきたい。雑魚の相手は双子や他の連中に任せて、デュランは大物狙いだ。大体、ナバール兵もアルテナ兵も見た目では敵味方の区別がつかない。
双子の片方が「洗脳の解けてない連中を捕らえろ!」とニンジャたちに指示を飛ばしている。
ニンジャたちは次々にその指示に従って、ナバール兵同士の小競り合いが始まる。だが双子の指揮下の精鋭ニンジャ兵と、洗脳下にあり単純な行動しか取れない兵では動きが違う。ナバール兵の制圧は時間の問題だ。双子についてきたアマゾネスたちもナバール兵の拘束を手伝っているようだった。
「デュラン!」
聖域に飛び込んで来たのはアルテナで別れたアンジェラだった。兵士に紛れるためだろうが、アルテナ兵の制服を着ていて新鮮みがある。リースとシャルロット、同じ制服のアルテナ兵数人を連れている。
「紅蓮の魔導師を見た?!」
「こっちが聞きてえよ、ヤツはどこだ?」
「ギガンテスの中から消えたの!」
と、焦ったように叫ぶ。シャルロットも「おっぱいぼよよんのおばはんも、すがたがみえないでち」と補足する。
デュランも聖域に入った連中の顔を逐一全員見ていたわけではない。紛れ込むのは可能だったはずだ。
「くっそ……ホークアイたちを追うぞ!」
*****
長年の隔離で他の魔物が入ってくる機会もなかったからだろうが、聖域にはラビ系統の魔物しかいなかった。地上では最弱モンスターのラビでさえ、ここの濃厚なマナに強化されてそれなりに手応えのある相手となっている。
ホークアイが慣れた様子でそれらを屠りながら、聖域の道なき道を進んでいくのを、イーグルは後ろについて追いかける。ホークアイがここに来るのは何度目なのだろう。
思えば、ここでこいつは死んだのだ。黒の貴公子と名乗るまだ見ぬ魔族に、仲間たちやフェアリー共々殺された。この隔離された土地で、誰にも弔われず──
そう考えると、美しい雰囲気とは裏腹に、おどろおどろしい場所のようにも感じた。この土は、ホークアイと、あのおさなごや王女、フェアリーの血を吸うのだ。
(そういえば、フェアリー。君さっき変なこと言ってたな。フラミーと、ホークが同類だとかなんとか)
と、イーグルは先を急ぐホークアイの後を追いながら、脳内のフェアリーに話しかけた。昔から気になったことは放置しておけないたちだ。
フェアリーは『変なこと?』と不思議そうに返答してくる。
フェアリーが過去に送ったホークアイたちと、マナの女神さまが現世に遣わした守護精霊を並べて、似たようなものだとフェアリーは評していた。それはフェアリー自身とマナの女神の同一視だ。
(ああ。君とマナの女神さまが似たようなものだと言ってるように聞こえた)
『そうだよ?言ってなかったかな、私たちフェアリーはマナの樹──マナの女神さまの種なんだよ』
(は?マナの女神って、代替わりするのか?)
『マナの樹だって不死ではないもの。数千年単位で、私たちは次代へと繋いでいくの』
と、フェアリーはなんでもないことのように言った。にわかには信じ難いが、フェアリーはほぼ全人類が崇めるマナの女神の幼体であるらしい。イーグルはその意味を受け止めきれず額を抑えた。
(ちょ、ちょっと待ってくれ。いつかは君が女神さまになるのか?)
『クヌギから落ちたどんぐりが全て発芽すると思う?本質的には同じものだけど、ほとんどありえないよ!』
と、フェアリーはイーグルの動揺を一笑に付した。あわや自分は将来的にマナの女神の宿主になるのか、と恐れ多くて血の気が引いたが、どうやらフェアリーがそのまま成長してマナの女神になるわけではないようだ。
人類が全知全能と崇める創世の女神も、死して次代に継いでいくと言う。まるで生き物のように。
いや、生まれて、死ぬのだから、それは正しく生き物なのだ。人とは比べ物にもならないほどのスケールと能力を持っていて、人類にとっては偉大すぎて理解の外にあるだけだ。それを人類が神と呼んでいるに過ぎないのだろう。
ウェンデルの神官たちが口伝している創世神話では、マナの女神がマナの剣によって神獣を倒し世界を創造したとされている。それは、裏を返せば、神獣たちが支配していた時代が存在していたという証左でもある。マナの女神の創世神話の遥か以前から、世界は在ったのではないか。それこそ何万年、あるいは想像もできない何億年も前から。
じゃあ、真実、創世したのは誰なんだ?
世界を支配しているのはマナの女神ではない。事実マナは世界から失われつつあり、彼女は死に瀕している。マナの剣を抜けば女神は覚醒し世界を救うらしいが、人間に頼らなけばならない時点で創世の全知全能にしては少しばかり情けない。世界を支配する誰かは別にいる。
イーグルはその存在を知っている、と思った。ナバールを出てからフェアリーに取り憑かれるまでの間、その存在はイーグルにとって実に身近だった。運命。死神。イーグルは確かに彼を殺そうとする何者かの意思を感じたのだ。
運命が世界を支配する誰かなら、フェアリーに選ばれると運命から外れる、とは一体どういうことなのか?
単純に、フェアリーがそういう特性を持っているのかもしれない。獣人が獣化できる性質を持ち、エルフが魔力に優れる性質を持つように、フェアリーは取り憑いた者の未来を未知数にする性質を持つのだと。もし、それさえも運命の作った決まり事で、その手の上にあるのだとしたら──
「イーグル」
と、ホークアイの呼ぶ声でイーグルはハッと我に返った。ホークアイは足を止めて振り返っている。
イーグルは「ああ、悪いな」と頭を振って思索するのをやめた。こんなこと考えたって仕方がない。イーグルにできるのは、ただ手が届く範囲の大切なものを守って、自分に割り振られた役割をこなすだけだ。
気がつけば目の前に、空を覆うほどに枝を伸ばし葉を繁らせた巨木が水辺に立っている。樹齢三千を悠に越えるだろうか。遥か太古の時代から世界を見守り続けてきた、生きた化石。
世界中のマナは全てこの樹から生み出されたもののはずだ。だが、なんと不安定なマナだろう。マナの女神が姿を変え眠りについたと言われるその巨木が、今まさに枯れつつあることをイーグルは肌で感じ取った。
マナの樹の存在感に圧倒されて、その根に刺さる古臭い一本の剣に気付いたのはホークアイに促された後だった。マナの剣。この剣を手にすれば、マナの女神が目を覚まし、どんな願いも叶うという。
ついにここまで来た、とイーグルは唾を飲み込んで、木の根の上を歩いてマナの剣の柄に手をかけた。
「いっ……!」
バチン、と音を立てて弾かれる。ホークアイが音もなく笑って、「焦るな」とイーグルと肩を並べて寄り添った。
「心を落ち着けて。剣と対話するんだ」
「対話……」
『ふふ、私が言うべきことを、ホークアイが全部言っちゃうね』
と、フェアリーがイーグルの中からふわりと浮き出て笑った。しまった、とホークアイが耳の後ろを掻く。
「そういえば君からの受け売りだった。ごめんよ、台詞を奪ってしまったな」
『ううん。この旅で、聖剣の勇者をここまで導いたのは私じゃない、あなただもの。あなたが、最後まで導いて』
「フェアリー……わかったよ。さぁイーグル」
ホークアイの手が、優しくイーグルの背中に触れた。促されて、ゆっくり深呼吸をして、イーグルはそっとマナの剣に触れた。今度は、弾かれない。
背中に触れられた手のひらの温度が温かくて、イーグルはホークアイを見た。
イーグルの知るホークアイとは大きく違うホークアイ。イーグルより強くてしなやかで、見たこともない魔法が使えて、他国のこともよく知っていて、イーグルの他にも心を許す友達がいる。だが金の目はイーグルの知るものと寸分違わず、イーグルに全幅の信頼を寄せている。
マナの剣を抜き女神を蘇らせ世界を救おうというのに、イーグルの心は、何故だか驚くほどに穏やかだった。これも、マナの樹の力か。
「ホーク。一緒にやってくれないか。確かに、今回フェアリーの宿主となったのは俺だった。だけど、これはお前が始めた旅路だ。俺をナバールから連れ出すずっと前からお前が歩いてきた旅路の終着点だ。一緒に、マナの剣を抜いてくれ」
イーグル、と、ホークアイが音にならない声を漏らした。少しの戸惑いの後、ホークアイは素直にその手をイーグルの手に重ねた。目を閉じたのは同時だった。
イーグルの瞼の裏に、マナエネルギーの流れを通じて各地のマナストーンの様子が浮かんでは消える。
聖剣に触れた手のひらを通じて聖剣と繋がり、聖剣を通じて各地のマナの奔流と繋がり、手の甲に重ねられた手のひらを通じてホークアイとひとつに繋がった気がした。ホークアイの心と、そして記憶が透けて見える。
それはイーグルの死から始まる、世界救済の旅路だった。あまりの苦悩と絶望に身が竦む。ビルとベンをその手にかけて、ナバールの仲間たちの死を目の当たりにし、それでもホークアイは歩き続けた。泣きたい夜は仲間に隠れてひとりで泣いて、朝が来れば前を向いて歩き続けた。
いつの間にかマナの剣は木の根から抜けていて、二人は同時に目を開けて、自然と顔を見合わせた。
記憶を見ていたのが長い時間だったのか、一瞬の出来事だったのかわからない。ホークアイが「今……お前の──」と唇を震わせて、イーグルも頷いた。
「──今、ホーク、お前の、心と記憶が見えた。お前が未来から回帰してくる前の、一度目の記憶が──……二度目の今を、お前がどんな気持ちで歩んでいるのか……俺は今まで、分かってるつもりで、本当の意味では分かっていなかったよ。つらい思いをさせたな。今度こそ、世界を救おう。今度こそ、生きよう、一緒に」
ホークアイの金色の目が大きく見開かれて、潤んだ。
そしてマナの樹のそびえる水辺の上が光り、美しい女性の姿がすうっと浮かんだ。世界中に点在する女神像とは似ても似つかないが、その女がマナの女神だと本能が察する。
『私は、マナの女神の幻影です。黄金の杖を──マナの剣を抜いてくれてありがとう、未来を知る勇者たち』
そして、ドゥン、と魔法の一撃が女神の腹を貫通し、背後のマナの樹の太い幹を焦がした。何かを考える間も無く、女神の姿はゆらりと霧散した。
「ふん、虚像か。どうやら完全な覚醒に至るにはすでにマナが減り過ぎていたようだな……貴様ら、未来から来ただと?馬鹿げてる」
と、聞き覚えのある男の声がした。振り返ると、紅蓮の魔導師がファイアーボールを宙に浮かばせながらこちらを睨んでいる。その横にはシナを作って立っている美獣と、死を喰らう男。
「はぁん、ボウヤたちが私たちの行動をことごとく読んでいたのは、そういうことだったの」
「アヤシーと思ってたんデスよねぇ〜お前らを排除するために、ついつい他の勢力の皆サンと一時休戦までしてしまいましたヨ!ひっひっひ!」
と、死を喰らう男が高笑いし、紅蓮の魔導師はうるさそうに眉を顰める。
前回、三つの勢力はマナの剣をいち早く手に入れるために聖域で争ったが、今回一番に聖域に入ったのはイーグルたちだった。それが彼らに手を組む動機を与えてしまったのだ。彼ら一人一人でもまだ正攻法では敵わない相手なのに、こう囲まれては勝ち目はゼロだ。逃げ場もない。
だが、この剣が使えればあるいは。長年マナの樹の根に突き刺さっていたこの剣は、マナの樹からマナを吸い続けて途轍もない力を蓄えている。質量などほとんどないはずのマナなのに、その内包するマナの重さで、見た目よりもズシリとしている。しかし、使い方がわからない。
「私達では聖剣を抜けなかっただろうからな、わざわざ抜いてくれて感謝するよ。さぁ、殺されたくなければ聖剣をこちらに渡しな」
美獣がそう言って白い手を差し出す。
「そう言われて、素直に渡すと思うか?!」
「こちらとしては別にいいんデスよぉ、チカラずくデモ!」
と、死を喰らう男が細枝のような腕を回すと闇のマナが渦巻く。聖域というマナの豊潤な環境も手伝ってか、以前見た時よりも強力だ。だが環境の利はこちらにとっても同じことだ。ホークアイが反射的にカウンタマジックを発動させて、イーグルの周りに乳白色の膜ができる。
「ひーひっひっ、カウンタマジックがあっても意味ない攻撃、教えてさしあげましょうネ!」
死を喰らう男がぐるりと腕を回すと、イーグルの足元に穴が開いた。地面がなくなり、落ちる。
奴らの使う空間移動の魔術だ。なるほどこれならカウンタマジックも意味がない。なすすべもなく落ちる直前、ホークアイがイーグルの手を掴む。
もろとも穴に飲み込まれ、出た先は上空だった。遥か下にマナの樹が見える。地面に叩きつけられたら原型を保っていられるか怪しい。落下の空気抵抗で息も上手くできない。バランスの取れない体を何とか持ち直し、ホークアイを引き寄せる。見ると、何やら魔法を使おうとしている。感じるのは月のマナ、恐らくボディチェンジだ。絶体絶命かと思われたが、こんな状況でも驚くほどに冷静だ。
その魔法が発動する前に、何かがイーグルの手を強く掴んだ。見上げて、「ケヴィン?!」とイーグルは驚きの声を上げた。ケヴィン自身は巨大な鷲の足に片手で捕まっていて、大鷲に三人がぶら下がる形になる。勿論そんな体重は支えきれず、減速したものの落下は止まらない。
ホークアイはボディチェンジのターゲットを大鷲に変えて発動させた。大鷲はあっという間に見たこともないほどの巨躯になり、長い長い両翼を広げて空気を捉えた。落下は滑空に変わる。助かった。
「ケヴィン、これを!」
「?!わかった!」
イーグルは使い方のわからぬ聖剣をケヴィンに預け、地面がそれなりに近くなるとホークアイと共に地面に飛び降りた。大鷲はケヴィンと聖剣をぶら下げたまま再び空高く上昇する。どうかこのまま遠くに飛び去って欲しい。
「あーんのクソガキャ……!よくもまぁ、何回ワタクシの邪魔したら気が済むんデス?!」
「ちぃッ、余計なことを!」
と、空に飛び上がって聖剣を追いかけたのは紅蓮の魔導師だ。紅蓮の魔導師が放った火球が巨大な大鷹の翼を貫き、ボディチェンジが解けて大鷹がバランスを崩したところを更に火球が追撃する。大鷹と共に落ちるケヴィンの落下地点を、死を喰らう男が狙っている。
このままでは聖剣が奪われる。本能的にか、ケヴィンは聖剣を投げた。どうやら獣人の王子は投擲の才能もなかなかだ、イーグルはくるくると回って宙を飛ぶ聖剣を掴んだ。どうやら女神の復活はなさそうだが、この剣を闇の勢力共が欲している以上、くれてやるわけにはいかない。
死を喰らう男はケヴィンに当てようとしていた石化の魔法を方向転換してイーグルに向けた。あくまで目的はマナの剣というわけだ。
死を喰らう男の魔法をカウンタマジックが弾き、カウンタマジックの効果が切れる。道化は弾かれた魔法を飛び上がって避けつつ、そのまま落下しながら鎌を振り下ろしてくるが、横入りしてきたホークアイが短剣で受け止める。
美獣も聖剣を狙ってイーグルに魔法の標準を向けている。闇のマナを使った構築式、イーグルはよく似たものを身をもって知っている。洗脳の闇の呪術だ。舐められたもんだ。旅立つ前にナバールでも喰らっているし、今や自らでも扱う術だ。喰らったところで、無効化できる。
「ふふ、そんなモン喰らうかよって思ってるね、ボウヤ」
と、美獣が妙に色っぽく言った。
「見てみようじゃないか、その庇護を引っ剥がされたら、一体どうなるのか。フェアリーに寄生された、豪運のボウヤ」
美獣の闇の魔術が発動して、空気が揺れる。いや、揺れたと思ったが、目眩がしただけだった。よく似た術式だったが、洗脳の呪術ではない。だがこの感覚も知っている。どこで見た?
「元はと言えば、そこの餓鬼みたいに魂を餌にする妖魔が好んで使う、生きたまま魂を分離させる呪いだけどね……人間の魂を剥がすのは、少々骨が折れる。だけど、元々別の魂で、ボウヤにとっては不純物だろう、ソレは?」
『きゃあっ!』
一瞬遅れて気付く。引っぺがされたのは、フェアリーだ。イーグルの魂に膜を張るみたいにくっついていたのを、瞬時に無理やり剥がされた。美獣の魔力が鞭のようにしなって、イーグルの中から弾き出されて宙に飛ばされたフェアリーを捕らえて引っ張った。どこでこの呪いに似たものを感じたのか、イーグルはやっと思い出した。幽霊船だ。
あっという間にフェアリーは美獣の手の中で、美獣は赤い唇を歪めて笑った。
「さぁ、これの命が惜しけりゃ、その剣を渡しな」
逡巡するイーグルとは裏腹に、ホークアイの決断は早かった。ホークアイはイーグルの手からマナの剣を取り上げると、それを投げ捨てた。カラカラと地面を滑って、マナの剣は美獣の足元で止まった。
「フフフ、これがマナの剣……これで黒の貴公子様を甦らせることが……」
美獣は腰を屈めてマナの剣を手に取るが、「ウッ?!」と悲鳴を上げて手を離す。聖剣と言われているだけあって、どうやら魔族が扱うことはできないようだ。
「ふん、マナの剣は使い手の心を写す鏡……善にも悪にも染まるのよ。黒の貴公子様から授かった闇の力で、聖剣は暗黒剣として生まれ変わる!」
美獣はマナの剣に向かって闇の呪術を放つと、マナの剣はそのマナを吸った。急激にマナの剣から光が失われていくのが目に見える。とんだ欠陥品だ、とイーグルは女神に文句を言いたくなった。
美獣が改めてマナの剣を拾おうとしたその時、火球がマナの剣を弾いた。紅蓮の魔導師だ。マナの剣は水の中に滑り落ちる。
「一時休戦は終いだ、オバハン」
「この、腐れ魔導師が!竜の腐ったニオイがプンプンしてるんだよ!」
紅蓮の魔導師が美獣を挑発し、美獣はむくむくと魔獣化して本性を現す。死を喰らう男はこそこそとマナの剣をとりに向かうが、紅蓮の魔導師の火球に牽制されている。
出し抜くのは難しいと悟った死を喰らう男が何かをブツブツ呟き、その姿が二重になったと思ったら、像は横にズレて三体になる。分身だ。それぞれが鎌を大きく振り回し、マナの剣に向かって走った。美獣の爪が分身の一体を両断し、紅蓮の魔導師のエクスプロードが美獣の背中を焼く。フェアリーが美獣の手の中で『きゃぁああ!』と悲鳴を上げている。
「ホークアイ、イーグル!」
その時、デュランたちが木の間をすり抜けて駆けてきた。シャルロット、リースのみならずアンジェラも一緒だ。ケヴィンも飛び降りてきて合流し、久しぶりに全員揃ったがゆっくり挨拶を交わす余裕はない。
「すまねぇ、足止め出来なかった!」
「こっちは女神復活はなし、フェアリーは奪われてマナの剣はあそこ!フェアリー優先!」
デュランが詫びて、ホークアイは短く現況を全員に説明する。
紅蓮の魔導師の豪快な魔法がフェアリーもろとも美獣を焼いている。フェアリーの悲鳴は途絶えてぐったりとしていた。
「あの野郎、フェアリーごと殺る気だ!止めろ!」
「テメェの相手は俺だ、紅蓮の魔導師!」
デュランが紅蓮の魔導師の背中に斬りかかり、紅蓮の魔導師は舌打ちと共に距離を取る。アンジェラの詠唱も紅蓮の魔導師を狙っている。
死を喰らう男のイビルゲートがホークアイたちもろとも広範囲を闇に呑もうとしていて、それを止めたのは飛びかかったケヴィンだった。分身体がその後ろから鎌を振り下ろしていて、それをリースの槍が突き刺して止めた。シャルロットがいつの間にか召喚していたユニコーンヘッドとマシンゴーレムが、もう一体の分身を取り囲んで身動きとれなくさせている。
「雑魚どもが……!ウロチョロと、目障りデスネ!」
連携するケヴィンと召喚獣たちを相手にしながら、死を喰らう男も苛立った声を上げる。
「美獣!ここで決着をつけてやる……!」
「オホホ、やってみなさい、ボウヤ!」
ホークアイは美獣に仕掛ける。その後ろにリースも続いた。お互いに補助魔法を使いながら、美獣に食らいつく。美獣はフェアリーを掴んだまま片手で戦っているのにも関わらず優勢だ。
全員、充分に敵を引き付けてくれている。今ならマナの剣を回収出来そうだ。あれは、恐らくマナの貯蔵タンクだ。使い方を間違えれば、世界の在り方を変えてしまうほどの代物だ。恐ろしいほどの量のマナを、人外にくれてやるわけにはいかない。
イーグルはマナの剣に向かって走った。フェアリーが美獣の手の中から叫ぶ。
『ううっ……!イーグル、ホークアイから離れないで!私が剥がされてしまったら、あなたは──』
イーグルはマナの剣を掴んだ。
その時、紅蓮の魔導師の放った火球が死を喰らう男によって弾かれて、たまたま、イーグルに向かってきた。フェアリーを引き剥がされ、運命がまたもやイーグルを捕えようとしている。足場が悪く避けきれない。
「っが──……!!」
「イーグル!」
火球が直撃し、吹き飛ばされた。受け身を取る暇もなく激しく岩に叩きつけられ、全身に衝撃と落雷のような激痛が走る。イーグルの悲鳴は声にならなかった。おそらく、背骨をやってしまった。おそらく内臓も。左半身は焼け爛れている。ホークアイが「イーグル!」と切羽詰まった顔で駆け寄ってきて、惨状を見て顔色をなくす。イーグルは申し訳なく思った。ああ、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
共に吹き飛ばされたマナの剣はイーグルの手を離れて、美獣の足元に転がった。
美獣はマナの剣を拾って、妖艶に笑った。
「うふふ、消えてた死相が今ははっきりと浮き出てるよ、ボウヤ。さようなら、永遠に」
そう言ってマナの剣と共に、美獣の姿は掻き消える。同時に、イーグルの意識は暗転した。
紅蓮「ちっ、何が一時休戦だ。こんのババア……」
死喰「待ちなサイ!マナの剣を渡しなサーイ!」
美「はん、しつこい奴らだね。そんなにマナの剣が欲しいなら、喰らわせてやるよ!ほぉら!」
紅•死「くっ……!」
美「…………──ちょっと待ちな。えーっと、どうやって使うのかねこれ……説明書ってあるかい?」
紅「おいババア、昭和生まれか?説明書なんてオンラインで見る時代なんだよ今は」
死「スマホ貸してさしあげますヨ。字ィおっきくしマス?」
美「老眼扱いすんじゃないよ!貸しな!」
フェアリー「…………はぁ……(くそでかため息)」