聖剣伝説3逆行   作:畑中

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20話:ホークアイ

 

 

 

 

 今にも駆け戻ろうとする衝動になんとか蓋をして、イーグルは理性を総動員して風の太鼓を鳴らした。フラミーに乗り、一行はウェンデルへと飛んだ。すぐに、ロキは「少し暇を貰うぞ」と空間移動魔法を発動させてどこかへ消える。

 

 空の旅の間、エリオットは昏々と眠り続け、リースはずっとエリオットを抱えていた。

 これが今できる最善だ。エリオットは限界だった。もし今エリオットに何かあれば、苦労して積み重ねているローラントとの関係に亀裂が入る。ナバールの再建のためにも、エリオットは優先して然るべきだ。ひいては、ホークアイのためにもなるはずなのだ。

 

 お前には冷静さが足りない、とホークアイに何度も言われたことを思い起こして、イーグルは感情に流されそうになるのをなんとか耐えた。短慮で無鉄砲、頭にすぐ血が上る。ホークアイはイーグルをそう評するが、イーグルがそうなるのはホークアイに関するときばかりだとやつ自身はわかっていない。仕事に交じり始めたばかりの少年だった時分、ホークアイがいるとかっこつけようとして馬鹿になるからチームを別にする、と父に宣告されたときは愕然とした。確かに父の言う通りで、ホークアイ不在の仕事の方がイーグルは冷静になれた。あのとき、イーグルは実績を積んで、ホークアイとチームを組む権利を取り戻した。

 今回だって同じことだ。冷静に、順次よく、やるべきことをやって、ホークアイを取り戻す。それだけだ。

 

 

 

 

 久しぶりに訪れた光の神殿は様変わりしていた。どうやら駐屯地としての役割を神殿が担っているらしく、神殿に似つかわしくない武器や兵糧、簡易テントが所狭しと並んでいる。簡易マットの上の傷ついたフォルセナとアルテナの兵士たちを神官が治癒している姿が見える。部隊の中にはエルフの姿もあるようだ。

 

「ヒース!イーグルしゃん!」

 

 アルテナ、フォルセナ、ウェンデルの合同部隊の中から抜け出して駆けてくるのはシャルロットだ。シャルロットは真っ直ぐヒースに飛びついて無事を喜ぶ。遅れて、アンジェラとデュランの姿も見えた。

 

 ヒースが神官たちに指示を出し、エリオットは神官たちに抱えられて奥に連れ去られ、リースもそれに付き添った。随分と衰弱していたが、ここの神官たちの手にかかれば心配はないだろう。

 

「ホークアイはどこ?現況報告、全員揃ってからにしたいんだけど」

 

 帰ってきた顔ぶれを見渡して、姿の見えないリーダーに気付いたアンジェラが言った。

 

 イーグルは沈黙した。ダークキャッスルでの経緯を説明をしてくれたのはヒースだ。

 デュランが激しい剣幕でイーグルの胸ぐらを掴む。

 

「──置き去りにしてきたっつーのか、てめえ!」

「……俺が、望んでそうしたと思うか?」

 

 思ったより低い声が出た。デュランは歯軋りしてイーグルを睨みつけてくる。シャルロットはデュランとイーグルの隙間に体を捩じ込ませて、双方を反対側に押した。

 

「どうどうどう!ホークアイしゃんは、ひとりだけクラスチェンジもおわってるし、げんじょう、シャルロットたちのなかでいちばんつよいでち。だから、だいじょうぶ!」

「そうよ。早く準備を整えて、助けにいきましょ!」

 

 と、アンジェラも続ける。強い子たちだ。今は、ホークアイがこの子たちを頼りにするのもよくわかる。デュランはチッと舌打ちしてイーグルから手を離す。

 

「おら、行くぞ」

 

 デュランは神殿の外に向かって踵を返した。

 勇み立つ仲間たちを、紅蓮の魔導師が「寄ってたかって馬鹿ばかりだな」と冷たく嘲笑した。

 

「おい妖精の寄生主、連中を止めろ。一回行って、お前らにはまだ早すぎる場所だとわかっただろう?雑魚が頭数だけ揃えても、あのホークアイとかいう男の幻影魔法がないなら、お前らはモンスター共の餌になるだけだ。それとも、モンスターの糞になりたい願望でもあるのか?」

 

 デュランは「んだと、てめえ」と唸るようにして紅蓮の魔導師にガンを飛ばした。紅蓮の魔導師は鼻で笑って、「分際を弁えろと言ってるんだ。足りない頭でもわかるように、もう少し簡単な言葉を使った方がいいかな?」と煽り散らす。

 一触即発の両者の間に、ヒースが「落ち着いてください」と割って入った。

 

「皆さん。紅蓮の魔導師さんは言い方こそ悪いですが、私も彼と概ね同じ意見です。全員の二回目のクラスチェンジを済ませるのが先決だ。全滅したくないのならね」

 

 以前の旅路でダークキャッスルの状態を知るアンジェラとシャルロットは顔を見合わせて口籠った。冷静になってみれば、ヒースと同じ意見なのだ。

 いささか冷静さを取り戻してきたイーグルは、自らの実力不足を痛感していた。弱いままでは、取り戻せない。

 

「……クラスチェンジを進めよう。種は、ダークキャッスルでホークが手に入れてくれた。だがあいつが持っていた分もあるから、全員分には足りない。その分は自分たちで集める必要がある」

「一番近いのは光の古代遺跡だけど……もうライトゲイザー以外の雑魚モンスターは粗方退治しちゃって、いったん帰ってきたところなの。種集めはもうできないと思うわ。次に近いのは月読の塔ね」

「でも、ケヴィンしゃんたちじゅうじんがたいおうしてるはずでち。おいかえされないでちか?」

 

 獣人たちのことだ、人間からの手助けを侮辱と解釈する可能性すらある。

 イーグルたちはそのまま現状の情報交換に移った。ビルとベンがニンジャ隊を連れてダンガードを倒しに向かったのと同様に、どうやらフォルセナ軍は土の神獣ランドアンバーを、アルテナ軍は水の神獣フィーグムンドを、ビーストキングダムは月の神獣ドランを、ウェンデルは光の神獣ライトゲイザーをそれぞれ対応する手筈のようだ。デュランやアンジェラたちの計らいでそれぞれ兵士を貸し出しあって、それぞれの領地と国民を守るため、戦いを始めたらしい。

 

 結局、ワンダーの樹海が最高効率とのことで、先ずはディオールを目的地とした。一部のエルフを例外として、妖精王たちエルフは木の神獣ミスポルムを倒すため、先にディオールへと帰っているようだ。

 

 エリオットに付き添っていたリースも呼び、出発するためイーグルたちはフラミーを呼び出して背に登る。ひとり、ヒースは動かなかった。すっかりこのまま助力してくれるものと思っていたが、どうやらウェンデルに残るらしい。

 

「私も同行したいのですが、私にはもう時間がありません……残念ながら、ここでお別れです」

 

 沈痛な面持ちで、ヒースは別れを告げた。シャルロットがフラミーから飛び降りてヒースに詰め寄る。

 

「ヒース、どういうことでちか?!」

「シャルロット……私のこの体はアンデッドなんだ。それを施した仮面の道士が死に、自分を取り戻したが、それももう……──自我が消えて闇に堕ちる前に、自分のことは自分で始末するよ。本当は、最期の力で光の司祭様の病を治したら消えるつもりだった。でも君が妖精王様たちエルフをここに導いてくれたから、司祭様を治した後も自我を保つだけの力が残った。最期に君に会えて、本当に嬉しかったよ」

「いや……そんなのイヤでち!ヒース!!おねがい、どこにもいかないで!!シャルロットのそばにいてほしいでち……!!」

「わかるだろう、シャルロット、今の君になら……私の命の状態が。自我を失ったアンデッドが、どうなるのかを──」

 

 泣いて縋り付くシャルロットを、優しくヒースの手が撫でる。シャルロットはいやいやと頭を振って、ヒースを離そうとしない。

 

 自我。

 イーグルはフラミーを降りてヒースに向き合う。

 

「ヒースさん。ダメで元々と思ってほしいんだが、闇の呪術を試してもいいだろうか。精神支配の類いだ」

 

 状態異常の魔法は基本的に格上には効かないが、ヒース自身に受け入れる意思があるなら別の話だ。

 

「もちろん、あなたを支配しようだなんて大それたことは思ってない。ただ、崩壊しようとしてる自我の形を縛り付けて、維持するだけ」

「やるでち!やって、イーグルしゃん!」

 

 応えたのはシャルロットだ。シャルロットの涙を見て、ヒースも「……お願いします」と頷く。イーグルは闇のマナを探しつつ詠唱を始めた。光のマナの多い土地だからか、いつもより時間がかかる。

 

「──ブレインジャック!」

「くっ……!」

 

 イーグルはヒースの意識に潜った。明かりのない闇の中に、ヒースの意識が朧げに浮かんで見える。ヒースの意識は黒ずんで、ぼろぼろと表面が剥がれ落ちそうになっている。それをマナと魔力で覆って、剥落しないように固めていった。

 

「……はぁ、はぁ、少し、楽になりました……イーグルさん、ありがとうございます。これなら、もうしばらくは保ちます」

「ホークアイを助けるのを、あなたに手伝ってもらいたいという打算があるからさ。それに、治せたわけじゃない」

「そうですね、崩壊を遅らせるだけかもしれません。それでも、感謝します」

 

 シャルロットはひしとヒースに抱きついて、嗚咽をえぐえぐ上げている。時間稼ぎにしかならなくて申し訳ないが、稼いだ時間が少しでも、シャルロットにとって慰めになればいいと思う。

 

 しがみついて離れないシャルロットをヒースは細腕で抱きかかえ、一緒にフラミーの背中までよじ登る。なぜか入れ替わりにデュランが飛び降りた。

 

「親父、どこに行ってたんだ!」

 

 いつの間にか、フラミーの鼻先にロキが立っている。

 

「少し……旧友に会いにな」

 

 と、ロキは短く言った。転移魔法で遥々フォルセナまで行ってきたらしい。英雄王リチャードと黄金の騎士ロキが親友だったことは、イーグルでも知っている有名な話だ。

 

「デュラン。どうやら、私の命はもう僅かのようだ。最後まで見届けたいのは山々だが、竜帝の魔力の残滓もほとんど枯れ果て、これ以上は魂を繋ぎ止めておれん」

 

 デュランはイーグルを見た。イーグルは少し考えて、首を横に振った。

 ロキは、竜帝の魔力が魂を繋ぎ止め、動いているに過ぎない。ヒースのようにアンデッドとして闇に墜ち、意識が変質しようとしているわけではないので、イーグルの精神支配では何の意味もない。

 

「……父さん」

 

 イーグルに匙を投げられたデュランは唇を噛み締めて、泣くのを我慢しているように見えた。

 十二年前に死別した親子に、特別に与えられた最後の時間だ。言っておきたいことも多いだろう。だが悠長に待ってはいられないので、イーグルは「ワンダーの樹海には俺たちで行ってくる。……何もしてやれなくて、悪いな」と、不器用な親子に二人だけの語らいの時間を作ってやった。

 

 デュランが口を開く前に、ロキは担いだ大剣でブゥンと空気を切り裂いて、その切先と殺気をデュランに向けた。

 

「私の魂が掻き消えるその瞬間まで、鍛えてやる。来い」

「…………!」

 

 デュランが歓喜に震えるのが、目に見えて分かった。

 

 

 

 

 フラミーは山脈を越え、月夜の森の上空を飛んだ。月の神獣ドラン討伐のためビーストキングダムに帰ったという、ケヴィンの迎えだ。

 遠目から月読みの塔の様子を見て、ついイーグルは「何だアレは」と呟いた。規格外に巨大な獣が月読みの塔の上部にしがみつき、屋上のビースト兵たちと戦っている。どうやら月の神獣ドランと獣人の決着はまだのようだ。

 しかし、総力を挙げてドランを倒そうとしているにしては様子が妙だ。全員でかかればいいものの戦っているのは二、三人で、残りの獣人はドランの反対側で囃し立てている。

 戦闘中の獣人がドランの巨大な腕の薙ぎ払いを避けられずに壁際まで吹き飛ぶと、選手交代とばかりに他の獣人が前に飛び出した。

 

 揉み合う獣人たちの中で、頭上を飛ぶフラミーに気がついた誰かがぶんぶんと手を振ってくる。ケヴィンだ。ケヴィンは大声で何か叫んでいて、聞きとるため、イーグルはフラミーに塔に寄るように頼んだ。するとケヴィンは恐ろしいことに、助走もなしに月読みの塔からジャンプして、数メートルはあったのにフラミーの脚を掴んだ。盗賊も屋根から屋根へと飛び移ったりするが、ニンジャやシーフの跳躍は技術に起因する。人間と獣人の純粋な身体能力の違いを見せつけられた気分だ。

 突如増えた重量にびっくりしてバランスを崩すフラミーを、イーグルは首筋を撫でて落ち着かせてやる。そのすぐ横に、巨躯をよじ登ってきたケヴィンがひょこっと顔を出した。

 

「ドラン倒す、まだまだ、時間かかりそう」

 

 ごめん、と、ケヴィンは頭を下げる。

 

「神獣、時間が経つと覚醒して、強くなる、教えた。それ知ったら、みんな、覚醒してから倒す、言い出して……今、倒さないように気をつけながら、トレーニング中」

 

 とんだ好戦種族だ。いや、種族でまとめるのはミントスの住民に失礼か。とんだ好戦国家だ。

 だが獣人とドランを対敵させることには成功しているし、こちらが黒の貴公子を討つまで自発的に時間を稼いでくれるのなら、願ってもない話だ。

 

 フラミーの上で「やっぱりみんな、オイラの言うことなんて、聞かない……」と落ち込むケヴィンにそれを説明してやりながら、イーグルたちはワンダーの樹海へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 ワンダーの樹海では一部の植物が木のマナを思う存分吸って巨大化していて、他の地の森とは様相が違っていた。茨が人の胴ほどもあり、キノコが足場になるほどだ。フラミーの背から見下ろしたランプ花もデカくて遠近感を狂わせたが、あれも木のマナの影響を受けていたのだろう。

 木のマナは、おそらく全ての属性マナの元々の形だ。マナは、マナの女神が形を変えたマナの樹から生み出されるものだ。最初に作られるのは木のマナで、他の属性マナは木のマナから変化したものなのだと考えれば、ドリアードがマナの力をいちばん強く持っているという話にも納得がいく。

 木の神獣ミスポルムは、好都合なことにどうやらまだ討伐されていないようだった。神獣が倒されてしまえば自然と周囲のマナ環境が変わって、モンスターたちもどう変容するかわからない。

 

 クインビー、という女性型蜂モンスターがクラスチェンジアイテムの種を落とすらしい。一匹見つけて早速倒そうとしたケヴィンを止めて、イーグルたちはその一匹の後を追った。ほどなくして巣を発見し、イーグルたちは迷わず潜った。

 

 ダークキャッスルと違ってホークアイの運に頼ることはできないから苦労するだろうと腹を括っていたが、ヒースと紅蓮の魔導師による大技が次々とクインビーたちを殲滅していく。紅蓮の魔導師なんかは森ごと焼く勢いで巣を火の海にしている。延焼していないのはさすがの魔力操作か。

 運に頼らない、数でのゴリ押しだ。この調子なら、思ったよりも時間はかからないで済みそうだ。

 

 

 三つほど巣を駆除したところで充分な量のクラスチェンジアイテムの種を得られて、一行は再びウェンデルへと飛んだ。

 蜂の巣探しついでにミスポルムの様子を窺ったとき、魔法の得意なエルフたちはカウンタマジックを使うミスポルムに手こずっている様子だった。手伝ってやる暇こそなかったが、ウェンデルに到着したシャルロットとアンジェラはエルフたちが苦戦していたことを連合部隊に報告していた。万が一のときは誰かが引き継がねばならないし、そうでなくとも司祭の治癒に助力してくれたエルフに借りを返せる。

 

 デュランはひとり神殿で待っていた。安置台にロキの遺体が寝かせてある。挨拶もそこそこに、デュランはアンジェラに「頼みがある」と頭を下げた。

 

「……親父をフォルセナに連れて帰りてえ。防腐処置してもらおうとしたんだが、できる神官は全員出払ってるらしい。だから、焼いて骨にしてくれ」

 

 アンジェラは「……わかったわ。シャル、火を使っていい場所はある?」と適当な場所をシャルロットに尋ねたが、シャルロットが答える前に紅蓮の魔導師が全員を押し退けて前に出た。

 止める間もなく、紅蓮の魔導師は詠唱も雑に魔法を発動させた。パキパキパキ、とみるみるうちにロキの遺体に霜が降り、凍りついた。なるほど、そのままの身体で連れて帰りたいならば、防腐処置するより骨にするより、ずっと適した方法だろう。極寒の地に住むアルテナ人ならではの発想だ。

 デュランは目を丸くして氷漬けになった父親を触り、それを施した紅蓮の魔導師を意外そうに見た。

 

「おまえ……いいやつだったんだな」

「勘違いするな、別に貴様のためじゃない。そのおっさんには……何度か、世話になったこともあるからな」

 

 と、哀愁漂わせながら紅蓮の魔導師は顔を背ける。シャルロットは「ぎぇーっ、てんけいてきツンデレのせりふでち……」と変な声をあげて顰めっ面だ。

 竜帝の支配下に置かれ悪に染まりながらもロキがこの捻くれた男の世話を焼く姿は、ほんの僅かな付き合いのイーグルでも容易く想像できる。

 

「……親父のやつ、ウェンディを怖がらせるといけないからって、遠目に見ただけで会わなかったらしい。ひでえ話だろ、ウェンディは親父やお袋の顔も覚えてねえんだぜ。せめて、顔くらい見せてやりてえじゃねえか。だから──ありがとう」

 

 デュランは目を潤ませながら、静かに「ありがとう」と繰り返した。かつてデュランの中にあった紅蓮の魔導師への憎しみはすっかり溶けきった様子だ。

 

「これはどれくらいで溶けるんだ?」

「舐めるなよ、普通の冷凍とは違うんだ。一週間やそこらでは溶けん」

「ギガンテスでフォルセナ兵を送るとき、一緒に乗せましょ。黄金の騎士ロキを連れて帰ったってなったら、英雄王様に恩を売れそうだし」

 

 と、アンジェラも冗談めかして笑った。

 

 

 

 

 

 一行は宿屋に場所を移し、イーグルはやっと魔法の植木鉢に種を植えることができた。開花させ、クラスチェンジアイテムを回収していく。

 一刻も早くホークアイの元へ駆けつけたい衝動をひたすらやり過ごしてここまで来た。種が発芽するその僅かな待機時間さえももどかしい。チームの和を乱す行為がいかにチーム全員を危険に晒すのか、若造だった時分に思い知ったことがなければ、とうにイーグルはここにいなかったろう。

 

 希望するアイテムをなんとか全員手に入れて、イーグルたちはフラミーに乗り聖域へと飛んだ。

 世界からマナストーンは失われたが、聖域の女神像がマナストーンと同じ材質で作られていて、現在はその女神像でのみクラスチェンジが可能らしい。

 数日ぶりに訪れるマナの聖域は、この間よりもマナの気配が薄い。心なしか、動植物の色彩も失われているような気さえした。

 

 マナの女神が与えてくれた力のおかげで、クラスチェンジは滞りなく終わった。誰かが能力不足で弾かれることもなく、誰かが進路先を迷うこともなかった。すぐに踵を返し、イーグルたちはダークキャッスルへと向かった。ホークアイが、そこにいる。

 

 フラミーの背の上でシャルロットやデュランたちがそれぞれああだこうだとお互いのクラスチェンジについて感想を述べ合っているが、まるで興味が湧かない。彼らを気にも留めず、イーグルは自分の中のマナと向き合う。

 なにも、新しいことができるようになる必要はない。ただ深く、もっと深く、潜れるように。どうすればより高い精度で敵の精神を支配できるのか、闇のマナの本質を探る。闇のマナは異質だ。他の属性マナとは何かが違う。だがそれが何なのか、深く付き合うようになった今もまだわからない。

 

 闇の呪術の深淵を覗きこもうと内に閉じ籠ったイーグルに、仲間たちも話しかけてはこなかった。

 イーグルが集中から帰ってきたのは、フラミーが地に降りてからだ。数日前と同じ嵐で、これ以上は近付けないと判断したフラミーはやはり暗闇の洞窟の近くに降り立った。

 横に殴りつけてくる暴雨の向こう側に、間断ない雷光がダークキャッスルの形を照らしている。雷鳴の轟音は地震のように周囲を揺らしていて、耳が悪くなりそうだ。

 

 早速、前と同じく紅蓮の魔導師に空間移動魔法を使ってもらおうとするが、紅蓮の魔導師は不快を顕に顔を歪めた。

 

「……どうやら、何か、細工されたようだな。この周辺一帯で、磁場が狂って転移が使えなくなってる。無理だ」

「お前、城の中でも似たようなこと言ってたが、結局使えてたじゃないか」

 

 イーグルはできるだけ平坦に言ったつもりだったが、苛立ちは声に滲んだ。紅蓮の魔導師は「あれはこの神官が外から接続してきたんだ」とヒースを指す。

 

「内と外にそれぞれゲートがあるなら、繋げるのは比較的簡単なんですよ。ですが今は──」

 

 と、ヒースもぐだぐだとできない理由を並べるが、理解したってクソの役にも立ちはしない。早々に「わかった」と切り上げる。

 

「地道に、暗闇の洞窟から行こう」

 

 急がば回れ、慌てるシーフは稼ぎが少ない。苛立つ己に言い聞かせて、イーグルは暗闇の洞窟に足を踏み入れた。

 敵はわざわざ空間転移を阻害して、イーグルたちに暗闇の洞窟を通らせようとしている。罠か、あるいはどうしても闇の神獣を倒させたいということだ。

 

 洞窟内に入ると、闇の帷が降りたように明かりという明かりがなくなった。少し進むと音さえも重い闇に吸い込まれて、先ほどの雷鳴は嘘だったかのように聞こえなくなった。

 アンジェラが無詠唱で光の玉を出すが、それも周囲を照らすまでには至らず、お互いが見える程度のささやかな明かりだった。べっとりした墨に沈めたランプが燃えないのと同じだ。

 ここに潜ったことがあるのはアンジェラとシャルロットだけだが、彼女らには先行させられない。デュランとケヴィンがアンジェラの誘導に従って前を進んだ。

 

 闇の中から突如現れたレッサーデーモンやゴーストに不意打ちを喰らって、戦闘になる。ああくそ、ホークアイがいてくれれば、透明化でホークアイを助けに行くのも楽なのに、と馬鹿みたいなことも考える。幸い、クラスチェンジした面々は明らかに強くなっていて、さしたる苦もなく、道行く毎に出現するモンスター共を屠っていく。

 

 

 出口は全く見えないが、道が正しい確信はある。皮膚に纏わりつくような闇の気配が粘つくほどに重く濃くなっているからだ。

 しばらく進むと、用意されていたかのように闇の中にマナストーンが浮かび上がった。マナエネルギーが迸って立ち昇っている。シャルロットが「ふっかつするでち!」と短く叫んだ。

 

 マナストーンがバラバラに砕けた。欠片は闇に溶ける。

 地面が揺れて足場が四角に区切られて、闇の中から巨大な道化の顔が二つ、ぬうっと現れた。闇の神獣ゼーブル・ファーだ。

 人間に似た顔ではあるが、道化師の帽子のような三つ股は頭蓋と繋がっていて、一本角が額から伸び、鋭利な犬歯は肉食獣のそれだ。異形の長い舌の先には、牙の生えた口が見える。

 

 デュランたち前衛が後衛の前に立った。リースの魔防ダウンに間髪入れずに、アンジェラの太いセイントビームが右の顔を焼く。遅れて紅蓮の魔導師が同じようにセイントビームの詠唱に入った。

 シャルロットの召喚したグレートデーモンとグレムリンが宙を飛び、左の道化の視界を遮って、その後ろからケヴィンの蹴りが眼窩に突き刺さる。以前より、連携が上手くなっている。

 ケヴィンは器用に空中で体勢を整えて、巨大な鼻っ面に拳を幾度も叩き込む。道化は苦悶の顔でのけ反ったかと思うと、炎混じりの熱風を吹き出した。じゅうと全身を焼かれながらもケヴィンはラッシュを止めない。さすがのヒースも呆れ顔でヒールライトを飛ばす。

 突然、宙に別の強大な気配がして見上げると、緑の鱗の巨大なドラゴンが突如として姿を現した。リースが「ヨルムンガンド!」と叫ぶと、竜は闇の神獣に向かって毒霧を噴射しながら体をうねらせ、闇の神獣に突進した。左の顔は巨大な竜によって闇の奥へと押し込まれ、竜と共に溶けて消えた。

 

「えーっ、すごいでち、リースしゃん!」

「はぁ、はぁ……全然、維持できませんけどね」

 

 もう一方ではデュランを盾に、アンジェラと紅蓮の魔導師の息のあったセイントビームが右の顔を焼き切ったようだ。巨大な道化の顔が闇に沈む。アンジェラが「まだよ、気を抜かないで!」と叱責を飛ばす。

 

 

 左右の頭が消えると、真ん中に異形の女の顔が闇から出現した。真っ黒な眼球に光る真っ赤な虹彩、四つ股の頭蓋を彩る華美な装飾。なるほどこれが大ボスというわけだ。中央の顔の詠唱で、左右の顔も復活を遂げる。こっちは時間がないっていうのに。

 女の顔と左右の雑魚はそれぞれを頂点に三角形を作り、大技の詠唱を始めた。重苦しい闇のマナが濁流のように渦巻く。仲間たちも「絶対にとめろ!」と騒ぎ出す。喰らったらやばいが、喰らわなきゃなんてことはない。

 

 

「此に在るは欺瞞と混沌の秩序、汝の霊肉明け渡し傀儡なれ──ブレインジャック!」

 

 会敵してからずっと練り続けていた黒い矢が、闇の神獣本体の額を貫いた。

 

 同調現象で闇の神獣の中身が少し垣間見える。仰々しく神獣だ何だと神の名を掲げても、なんだ、精神構造はただの魔獣と同じだ。こんな恐ろしげな見た目をしていても、腹が減ったら腹を満たし、眠くなったら寝るだけの、ただの動物。人間や魔族のように複雑な精神構造はしていない。月読の塔で見た、野蛮な獣と同じだ。

 

『──さっさと消えろ。俺の邪魔をするな、畜生の分際で』

 

 戦意喪失させると、神獣は大人しく闇の中に消えた。

 

 闇のマナは霧散して、足場も元にもどり、奥に進めるようになる。呆然としている仲間たちにイーグルは「行くぞ」と声をかけ、仲間たちは慌てて我に返って洞窟の先を進む。

 

「……末恐ろしいですね」

「あいつ、このままじゃ憎悪に呑まれるな」

 

 などとヒースと紅蓮の魔導師がこそこそと後ろで喋っている。ヒースはイーグルを呼び止めた。

 

「イーグルさん……憎悪が闇の力を増幅させ、闇の力が憎悪を増幅させています。闇の呪術は、もうできるだけ使わない方がいいでしょう。人間も、闇の力に支配されたらいずれ闇に堕ちます。姿形は変貌し、人格さえも変容します」

 

 ヒースはイーグルにだけ聴こえるように声を潜めて、「──私の父が、そうだったように」と小さく言った。後ろにいるシャルロットに聴かれて心配をかけたくないのだろう。

 ヒースは彼の父に何があったのかそれ以上は何も語らずに、ああだこうだと呪術の危険性を並べ立てる。イーグルは「……気をつける」と短く言って切り上げた。

 

 そういえば以前、ホークアイに黒の貴公子の来歴を聞いたことがある。魔王さえ倒し魔界の王に成り代わるほどの力を持つ男も、子どもの頃はただの人間だったという話だ。黒の貴公子は、ダークキャッスルがまだ白く輝く光の城だった古代に生まれた王子だった。国を滅ぼすという運命に振り回された、かわいそうな男の子。以前の旅路で美獣を倒したときに、美獣が語った話だという。全くもって馬鹿な女。

 

「ふーん、見た目も?なら、竜帝が殺されなかったら、いつか紅蓮の魔導師にも角や翼が生えてきてたのかしら?」

「ウロコとしっぽもはえて、ドラゴンにんげんになってたかも?そしたらシャルロットのつかいまにしてやってもいいでち」

 

 好き勝手に言われているが、紅蓮の魔導師は眉間に深く皺を刻みながらも無視している。ここにホークアイがいたなら、気心知れた彼女たちに交じって好き勝手言うんだろう。「いいじゃん、魔物に紛れて遺跡とか入り放題だし」なんて揶揄する声がありありと想像できて、胸が締め付けられるように苦しくなった。

 

 

 

 暗闇の洞窟をやっとのことで抜けて、イーグルたちはダークキャッスルの中に入った。問答無用でブレインジャックを使っていき、次々に雑魚モンスターたちを傀儡に変える。

 

『──ホークアイを見つけて報告しろ』

 

 と命令式を打ち込んで解放すると、自動的にモンスターたちは四方に走り出した。

 

「……イーグルさん、これ以上の呪術は──」

 

 ヒースが苦い顔をして苦言を呈してくるが無視をした。心配してくれるのはありがたいが、今は自分の身を案じている場合ではない。ホークアイが帰ってくるのなら、角や牙なんかいくら生えたって構うものか。だってイーグルが魔族になったところで、ホークアイは全然気にしないだろう。お前はお前だろ、なんて言って笑うだろう。

 

「ねぇヒース、イーグルしゃんのヤミオチをとめるには、はやくホークアイしゃんをみつけるしかないでち」

「……そのようですね。フェアリーに選ばれし勇者が闇に堕ちるなんて、前例がありません──フェアリーにもどういう影響があるかわかりませんから、急ぎましょう」

 

 シャルロットは使い魔を、ヒースはグールをそれぞれ目一杯召喚して、イーグルの傀儡同様に城の中を走らせてくれる。

 手持ちのクルミを割りながら魔物を端から傀儡にしつつ、イーグルたちはダークキャッスルを登っていった。

 

 イーグルは足を止めた。傀儡にした一匹が、死んだ。何者かに殺された。

 

「こっちだ!」

 

 長い長い階段を駆け上がって、傀儡が殺された部屋に急ぐ。

 広い部屋の中央にひとり立っていたのは美獣だ。イーグルたちが来るのは予想していたようで、気怠げな視線をよこしてくる。

 

「ふぅ……コソ泥ってのは、ほんと憎たらしいったらありゃしない。ローラントの王子が盗まれて、黒の貴公子様はたいそうご立腹でね……仕方がないから、あのボウヤを捧げることにしたのさ。出自こそ賤しいネズミにすぎないが、見た目がお気に召したらしい。今頃はもう──」

 

 イーグルの頭にカッと血が上って、闇のマナが膨れ上がる。

 

「イーグルさん、先を急いで。この女性は私が引き受けます。紅蓮の魔導師さん、ご一緒にいかがですか?」

 

 と、ヒースが前に出てイーグルの頭を冷やす。紅蓮の魔導師は「ちっ」と舌打ちするが否はないようだ。

 

「ヒースがのこるなら、シャルロットものこるでち!」

「お前ら全員後衛じゃねえか。しゃーねえ、俺も残ってやる」

 

 と、シャルロットとデュランも、イーグルに先に行けと促す。イーグルは頷いて、美獣の横を通って部屋を通り抜けた。リース、ケヴィン、アンジェラがイーグルに続くが、美獣は止めない。

 

「この人数相手では、私ひとりじゃあ足止めできまいよ。それに、もう今更、何をしようと遅いのさ!」

 

 美獣がふっと笑って魔獣化する気配を背後に、イーグルたちは更に階段を駆け上る。

 

 塔の外では、雷鳴と暴雨はぴたりと止んでいた。塔と塔を繋ぐ連絡橋を走り抜け、小さな屋上に出る。

 

 

 その端っこに、マナの剣を片手にぶら下げた人影がひとり佇んでいる。長い髪を解いて風に遊ばせてはいるが、見慣れたしなやかな背中を見違うはずがない。ホークアイだ。

 

「ホーク!!無事だったのか、良かった……!」

 

 心底ほっとしてイーグルは駆け寄ろうとしたが、フェアリーが『待って!おかしいよ』と止めた。

 

『あの剣──もう、抜け殻だわ。元々のマナも、吸い込んだ負の力も、もう全部なくなっちゃってる』

 

 ホークアイは長い髪をかき上げながら振り返った。そして穏やかに微笑んだ。

 

「ああイーグル、助けに来てくれて、嬉しいよ。ありがとう」

 

 説明できない違和だった。

 綺麗な顔はいつも通りで、イーグルと呼ぶその声もいつもと変わらないのに、違う。全然違う。もう喰われてしまったのだ。まるで古い服を新しい服に着替えるように。イーグルは「ほ、ホーク……」と声を震わせた。

 

「うああああああああああああああっ!!」

 

 イーグルは何も考えず、ホークアイの形をしたそれに殴りかかった。だが体に届く前に魔力の壁に弾き飛ばされ、リースとケヴィンがイーグルの体を宙で受け止めた。

 

「イーグル、酷いじゃあないか。親友で、兄弟だろ、おれたち……──ふふふ、あっはははは!私はどうも、役者に向いていないようだな!残念だよ、感動の再会ごっこができると思ったのだが」

 

 ホークアイの形をした何かは、虫の手足をねじり切るこどものような残酷さで、腹を抱えて笑った。おぞましい。気持ち悪い。イーグルは胃がひっくり返って吐きそうだった。

 

 その男は雑にぶら下げていたマナの剣から手を離し、マナの剣は石床に落ちる前にボロボロと崩れ落ちて、まるで灰が風に乗って散るみたいに存在を消した。

 

 耳鳴りがする。すぐ背後で「なんて人なの……!」と小さく呟いたのがリースだったのかアンジェラだったのか、まともに機能しない耳ではイーグルにはわからなかった。

 手ぶらになった両手を大きく広げ、男は哄笑した。

 

「勿論、私は人などではない!私に力をくれた魔王は、すでにこの手で殺してきた。今は、私が新たな魔界の王だ。人間もすぐに統べてやろう。何も心配することはない、お前たち人間も豚や鶏を飼うだろう?家畜は不幸か?窮しているか?お前たちは私を崇めるだけで安寧が手に入る。戦争も格差もない、平等に全員が家畜の世界だ。人間にとっても決して悪い話ではなかろう」

 

 確かにホークアイの声がホークアイの唇から発せられているのに、いったい彼が何を言っているのか、全くわからなかった。脳が理解を拒否している。冷静にならなきゃいけない、わかっているのに、心臓はぎゅうと握り締められたかのように苦しくて、肺は収縮を止めた。生まれて初めて感じる種類の恐怖が全身を支配して、まともに何も考えられない。

 

「いいかね、お前たちは、魔王も神をも超える、超神を眼前にしているのだ!そして、この現世が魔界へと変わる、最初の目撃者となる!」

 

 ホークアイの形をしたその男は、ホークアイのものとは似ても似つかない邪悪なマナをみるみるうちに膨らませ、見たことのない構築式を展開させる。空間移動魔法のそれよりもずっと複雑で、精霊たちが聖域への扉を開けるときに使ったものによく似ているが、もっとずっと強大だ。魔界に繋がるどでかいゲート、やつはそれをここに開けようとしている。

 

 強いマナが集束する気配をイーグルは背後にも感じた。慣れた光のマナ、アンジェラだ。幾度となく繰り返したその魔法は、アンジェラにとって呼吸のように自然なものになっているだろう。ホークアイの形をしたそれに向かって放たれる、特大のセイントビーム。

 

 瞬間的にイーグルは闇のマナの塊をそれにぶつけた。完全に無意識だった。相殺はできないもののセイントビームは割れて拡散し、ホークアイの形をしたそれには当たらない。アンジェラは「な──……!」と一瞬言葉を失うほどの怒りを見せる。

 

「──馬鹿なの?!あれがホークアイだと思うの?!」

 

 イーグルは何も返せなかった。馬鹿なことをした、その通りだ。勝手に体が動いたのだ。

 ホークアイの形をした何かは、「庇ってくれてありがとうイーグル、愛してるよ」とわざとらしく艶めかしいシナをつくって、イーグルの背筋を凍り付かせた。心底馬鹿にした様子で、それは噴き出して笑った。

 

「フハハッ、さぁ、刮目したまえ!魔界と現世の統一、千年王国の建国による、新時代の幕開けだ──!」

 

 魔界の扉が開く。聖域の扉とは違って真っ黒で、暗闇の洞窟の闇よりもより暗い、何もかもが吸い込まれそうな穴だ。禍々しい闇のマナがどばっと漏れてくる。そうか、そうだったのか。やっと闇のマナの異質さを理解した。闇のマナだけはマナの樹から産まれたものではなかった。構造こそ似通っているが、これは、魔界の瘴気なのだ。

 しかしすぐにビシリと白い亀裂が入って、扉は粉々に割れた。

 

「ウッ!こ、これはっ!!!ううう……はぁ、はぁ、光の波動が私の邪魔をしている……この波動は……!」

 

 ホークアイの形をしたそれは、胸を抑えて喘いだかと思うと、美しい目を般若のように吊り上げていきり立った。

 

「聖域のマナの女神だな!?まだ生きていたのか!よかろう、この世に神は二人も必要ない。私がマナの女神を滅ぼしてやる。超神と女神の対決か……神々の最終決戦だな!今、そっちに行ってやる!」

 

 転移魔法が発動し、ホークアイの姿は忽然と消えた。宙には何も残らない。

 

 イーグルは呆然として膝から崩れ落ちた。リースやケヴィンが何か言っているが、心臓がバクバクして、己の鼓動以外は何も聞こえない。

 自分が何故ここにいるのか、わからなくなった。戻ってきたホークアイに命を救われて、フェアリーの宿主となり、聖剣を抜いたが、こんな結末を迎えるのならば最初から助けないでほしかった。希望なんて示さないでほしかった。

 

 突然脳天をぼごっと殴られて、ぐるりと視界が回った。振り向くと鬼の形相のアンジェラが肩で息をして、杖を振り上げて二撃目の準備をしている。慌ててケヴィンが杖を取り上げ、リースがアンジェラの肩を抑える。アンジェラは今にも噛みつかんばかりの憤怒に顔を真っ赤にして、イーグルを睨みつける目からぼろぼろと涙を溢している。

 

「あんた──何もかも台無しにするつもり?!これまであたしたちがっ、ホークアイがっ、やってきたこと全部?!」

 

 ホークアイがやってきたこと。イーグルは、聖域で見たホークアイの記憶と心を思い出した。ホークアイは強かった。イーグルを失っても、故郷の全てを失っても、歩き続けた。世界の全部を救おうとしていた。だから、イーグルは聖剣の勇者という立場を継いだ者として、責任を果たそうとしていた。

 ──だけど、だけど、ホークアイを失ったら、世界を救う意味なんてないではないか。

 

 気がつけば、目の前でフェアリーがイーグルの顔をぺちぺちと叩いていた。

 

『イーグル、しっかりして!諦めちゃだめっ!今諦めたら、ホークアイも世界も本当にオシマイだよ!ホークアイの魂は、まだあの中にいるよ。私にはわかる。まだ、死んでないよ!』

「まだ──生きてる?」

『生きてるよ!諦めないで。もっと自分たちを信じて!みんなの力を合わせれば──』

 

 マナの剣がなくてもマナの剣を抜いた時の心が重要だったのだとか、勇者の心の中の希望こそがマナの剣なのだとか、フェアリーは意味不明な綺麗事を並べ立てている。その中で重要な情報はたったひとつだ。ホークアイは、まだあの中にいる!

 

 ならば、希望はある。他の誰にとって不可能でも、意識の深淵まで潜れる自分になら。

 

 

 

 

 

 











フェアリー『諦めちゃダメ!あなたたちがいる限り、心の中にある「希望」という名の「マナの剣」は────って駄目だこいつ、作中屈指の名台詞をまじで一切合切聞いてねぇ……!例え勝ったとしてもこの信頼度で──私マナの樹になれる……?!真に信頼し合える人と出会った時…みたいな条件付けされてるのに…?!』
ウンディーネ『まだ女神さま倒されてへんのにもう代替わりのこと考えとるやん』
フェアリー『最悪のケースは考えとくもんだよ?!』
シェイド『最悪のケース…其れは我らが宿木が闇に堕ち、魔王と成りて現世も魔界も無と帰す世界……』
ジン『史上初、フェアリー憑き魔王の爆誕ダスー』
フェアリー『い、イヤ…!この人を選んだ責任が重すぎる……!』
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