ケヴィンは15年、月夜の森から出ることなく育った。物心が付く前には人間の母は既に森を出ていっていて、顔も覚えていない。父とのコミュニケーションは格闘訓練ばかりで、まともに親子らしい会話をした記憶は一切ない。
周りの獣人たちからは人間への恨み言ばかり聞いていた。そんな獣人たちを見かねてか、父はビーストキングダムを立ち上げて、迫害してきた人間への復讐を掲げた。それに対してケヴィンは、良いことだとか、悪いことだとかの分別を持っていなかった。巻き込まれてはいなかったし、恨みを晴らすなら好きにすればいいと思った。
カールという友達を得てケヴィンは初めて安らぎを知り、それをぶち壊されて、カールが生き返るという希望さえ与えられなければ、月夜の森を出て人里へ赴くなどとは考えもしなかっただろう。何しろ人間というのは醜く残酷で、弱いくせに数にものを言わせて獣人を迫害し、夜しかない森へと追いやった、性根の腐った生き物だと聞いている。ケヴィンとはこれっぽちも相容れるわけがない。
しかし、初めて声をかけてきた人間は、美しくて、強くて、優しかった。ホークアイという涼しげな名の彼はケヴィンが獣人だということを一目で見破ったが、差別するどころか仲間になってくれと言い、ケヴィンの境遇に同情し、人間の仲間同様に分け隔てなく接し、更にケヴィンが獣化した姿をかっこいいと称賛した。
それどころか、まるでケヴィンがカールに愛情表現をする時のように、遠慮もなくたびたび頭に触れてきた。きっと、彼の国では普通のことだったのかもしれない。でもケヴィンにとっては、それは記憶にある中で初めての、人との触れ合いだった。覚えていないが、乳飲み子だった頃、母はこんなふうに触れてくれていたような気がした。
ホークアイだけでなく、彼の仲間のイーグルも、同じく同行することになった傭兵のデュランも、森で出会った幼い女の子シャルロットも、色白の神官ヒースも、ケヴィンに対して獣人だからと冷たく当たったりしなかった。森の獣人たちに聞いていたような、獣人が差別され迫害される世の中はどこにもなかった。
寧ろジャドで見たのは、逆の光景ではなかっただろうか。迫害されていたことが事実だとしても、悪い人間ばかりではないことをケヴィンは自分の目で見て知った。
ケヴィンはすぐに彼らのことが好きになった。まだ会って間もないが、仲間という言葉はとても心地が良い。彼らが喧嘩すれば不安になるし、彼らのために役に立ちたいとさえ思う。
しかしホークアイが「光の司祭様に聞きたいことがあるんだろ」と気遣ってくれたので、ケヴィンはヒースと共に滝の洞窟を抜けて、ウェンデルへと向かった。
カールを生き返らせる方法を、光の司祭ならば知っているかもしれないのだ。カールが生き返ったら、まず新しくできたトモダチを紹介したい。カールもきっと彼らのことを気に入るだろうし、彼らはきっとカールのことも可愛がってくれるだろう。
ウェンデルに無事入ると、光の司祭を頼った難民が神殿に長い列をなしていたが、ヒースは最優先で光の司祭の元に通され、ケヴィンもその後ろをついて行った。光の司祭はヒースの姿を認めると、「おおヒース、戻ったか!アストリアの村長から話は聞いておる」と喜色を浮かべた。しかしその足元に目を走らすと、顔を曇らせる。
「シャルロットは一緒でないのか?」
「ご安心下さい。今は、聖剣の勇者たちと共に居ます。彼らはフェアリーを無事に保護し、ウィル・オ・ウィスプを獲得しに、滝の洞窟の奥へ向かいました」
「なんと!詳しく話しておくれ」
司祭に促され、ヒースはウェンデルを出た後の出来事や、彼自身も聖剣の勇者の世界救済の旅路に同行する決意を語った。
イーグルがフェアリーの宿主となることによって死の運命を逃れた件では司祭も目を剥いて「なんと、前例のないことじゃ」と驚いていたが、ホークアイやシャルロットが未来の記憶を持っていることに関しては当然の事実として受け止めている。それの真偽についてケヴィンはどちらでも構わないと思っていたが、光の司祭までもが真としているのだから本当のことなのだろう。
それよりもヒースの話の中で引っかかったのは、ヒースを死の淵まで追いやったという、獣人を引き連れた怪しい男の存在だ。道化の格好をした不気味な人物など、早々いてたまるものか。ケヴィンはついヒースと光の司祭の会話に割って入った。
「そいつ、多分、死を喰らう男……!獣人王に取り入って、何か、企んでる……」
「奴を知っておるのか!少年よ、君は見たところ、獣人のようじゃが――……」
と、司祭に促され、ケヴィンは「オイラ、ケヴィン……獣人王の、息子」とウェンデルを訪れた経緯から説明した。
突然、親友のカールが狂暴化し、ケヴィン自ら屠ったこと。それは、獣人王に取り入ろうとしていた死を喰らう男が、獣人王の命令でやったことだったこと。そして、死を喰らう男に、光の司祭ならばカールを生き返らせる方法を知っていると聞いたこと。
光の司祭はケヴィンの同情の目を向けて、「よく聞け、ケヴィン」と首をゆっくりと横に振った。
「命あるもの、いつかは等しく死というものが訪れる。それは避けては通れない、生きる者の宿命。命はひとつ、かけがえのないもの、だからこそ尊い……だが、それはまた新たな命の誕生につながっている。カールの命は戻らぬが、その魂は、今もお主の心に生き続けておるじゃろ?お主の心の中に、カールが生き続けてさえいれば、いつかきっと、お主の前に、カールの生まれ変わりが現れる日が来るじゃろう……」
司祭は、幼い子供に言い聞かすような声音でそう言った。カールを生き返らせてくれ、という願いは、それくらいに幼い願いだったのかもしれなかった。
「う、う、それじゃあ、もうカールは――……」
ケヴィンは膝から崩れ落ちて、冷たい大理石に手を付いた。心の底にずしりと重い石が落ちて、そこから全身が凍りつくようであった。
生き返らせる方法など初めからなかったのだ。司祭がそれを知っているというのは死を喰らう男の真っ赤な嘘で、ケヴィンは騙されたのだ。馬鹿馬鹿しい嘘でも、一縷でも希望があるなら縋りたかった。あの小さな体は、もう二度とケヴィンを温めてはくれない。
「くっ……オイラ、獣人王、許せない……死を喰らう男も、許せない。仇、討つ!必ず――……!」
悲しみと怒りでどうにかなりそうで俯くケヴィンの肩に、そっと手が添えられた。振り向くと、ヒースもその双眸を悲しみに染めていた。
「復讐……それも、ひとつの道でしょう。我々には、止める権利はありません。それで、君の心が平穏を得るならば。……ですが、復讐のためだけに生きるのは、身の破滅を招く。体だけではなく心を鍛えなさい。体の強さだけでは、真なる強者には勝てはしない」
「ケヴィンよ、お主の世界は、あまりに狭い……月夜の森には帰らず、世界を巡って見識を広げ、経験を積みなさい。様々な価値観に触れることが、きっとお主の成長の糧となるじゃろう」
ケヴィン自身、今の自分が獣人王に勝てるとは微塵も思わない。世界を見ろと言われて、思い浮かんだのはホークアイの顔だった。クラスチェンジ、それが強さを得るための早道だと言っていた。
「行く……オイラも、ホークアイの旅、ついて行く。クラスチェンジして、強くなって、獣人王、倒す……!」
ケヴィンがそう決意を固めると、司祭とヒースも顔を見合わせて頷いた。
「それも良かろう。ヒースや、若者たちを、支えておやり」
「ええ。司祭様、暫く聖都を留守に致します。シャルロットのことは、お任せ下さい……」
その後、光の司祭とヒースはウェンデルの今後についてや、難民として受け入れたアストリアの村人たちの当面の衣食住などについて話合い、ケヴィンはそれを隣で聞いていた。
一通り終わると、司祭を連れて滝の洞窟まで戻ることとなった。司祭が「聖剣の勇者殿にこのおいぼれの元へご足労させるなど失礼じゃ。わしが赴くとも」と頑なに主張したからだ。
ケヴィンを先頭に魔物たちを蹴散らしながら洞窟の中を暫く進んでいると、横穴から騒がしい声が聞こえる。するとシャルロット達が和気あいあいと姿を現した。その様子から察するに、洞窟の奥での目的は達したらしい。
「おじいちゃん!?」
と、シャルロットはケヴィン達が洞窟まで祖父を連れたきたことに大きな目が零れそうなほど見開いて驚いて、司祭を破顔させた。
「おおシャルロット、無事であったか!皆にわがままを言ってはおるまいな」
「びしょーじょのわがままをかなえるのは、ぜんじんるいのよろこびでち。こんなところで、なにしてるんでちか?」
「聖剣の勇者殿のお目にかかりに来たのじゃ。ご足労頂いては失礼であろ」
「ええ~〜、そんなありがたがるようなモンじゃないでちよ……カオとウデがいいだけの、フツーのそのへんのにーちゃんでちよ」
ホークアイがシャルロットの言い様に苦笑する傍ら、イーグルが「司祭様、ご足労おかけしました」と司祭の足取りを支えた。司祭は頷いて、「お主が、フェアリーの宿主じゃな」と目を細める。フェアリーがイーグルの頭上にふわりと浮かび上がった。
『司祭様……マナの樹が、枯れようとしています。このままでは、世界は滅ぶでしょう。私は、この聖剣の勇者と共に、マナの女神様を目覚めさせるために旅にでます』
「話は聞いた。ああ、フェアリー、世界の危機にのみ現れる御使いよ。せめて、お主たちの行く末を祈らせてくれ……年若き聖剣の勇者よ、世界の行く末は、そなたらの手に委ねられた。わしはマナの女神様の代弁者を振舞っておるが、何も出来ぬ。光の司祭としてではなく、ただの老人の願いをきいておくれ。シャルロットを、よろしく頼む」
と、司祭の筋張った細い手が、イーグルの手をしっかと握って指先が白くなるほど圧をかける。イーグルはにこやかに「大切なお孫さんを、お預かりします」と頷いた。シャルロットはやれやれと肩を竦める。
「まったく、しんぱいしょ~なんでちから!」
「おお、シャルロット。過酷な旅路になると知っていて、目に入れても痛くない孫を旅立たせたいと思う者が何処にいようか……必ず無事に帰って来るのじゃぞ」
頑固な光の司祭はかわいい孫との別れを名残惜しがって、洞窟の外まで見送ると言って聞かなかった。ヒースが結界を解除し、ケヴィン達は洞窟の外へと出る。
光の司祭はシャルロットをぎゅうと抱きしめて別れの挨拶をしていた。次はジャドまで見送るとでも言いだしそうな様子だ。
ケヴィンはそのふたりをつい憧れを持って見つめた。孫離れができないと言えば聞こえは悪いが、大切に思ってくれる家族の存在は、ケヴィンにとってはとても羨ましい。何故ならケヴィンは、それを持っていない。
光の司祭たちの別れの抱擁が終わるのを待ちながら、ヒースとホークアイとイーグルがフェアリーを交えて話し合いをしている。
「聖都と光の司祭様は、この世界の人間の精神的な支柱となっています。この動乱の時代に、門戸を閉ざしてしまうのはあまりに酷です……邪悪な意志を持つ者のみを弾くことのできる結界を張りたいのですが、フェアリーに手伝って頂いても2日ほどかかります。ホークアイくん、時間の余裕はありますか?」
「ジャドの連中は街総出でジャドを脱出するから、それに便乗しなきゃこの大陸に取り残されることになります。最後の船の出港がいつになるか――……ひとっ走り確認してきます。俺が一番はやい」
「いや俺が行く。ホークアイ、お前は残れ。お前何日寝てないと思ってるんだ」
『ん~、でも宿主のイーグルがここを離れてしまうと、私がヒースさんを手伝えないし……』
と、少し揉めている様子だ。
なんとなく、ケヴィンは肌がざわっと粟立った。一番初めに反応したのはシャルロットだった。「ホークアイしゃんっ!」と警告するように甲高く叫んで、光の司祭を突き飛ばし小さな体で祖父に覆いかぶさる。
「皆さん伏せて!」
と、ヒースの声が鋭く飛んだ。ヒースが手を宙にかざすと、透明な膜が頭上に広がった。突然そのすぐ上で爆発が起こった。膜は衝撃を吸収して弾け飛び、殺しきれなかった爆風を受けてケヴィンは地面を転がって背中を岩壁にぶつけた。咳き込みながらもすぐに起き上がって、何が起こったのか周りを見た。
ホークアイはイーグルを庇って爆発を受けたらしく、爆心地から少し離れたところでイーグルに覆いかぶさるようにして倒れていた。イーグルが起き上がって呼びかけてもホークアイはぐったりとしていて、どうやら意識がないらしい。もうずっと寝ていないと言っていたし、目に見えて疲れも滲ませていたから、限界が近かったのだろう。イーグルが「くそっ」と悪態を吐きながら、意識のないホークアイを引き摺って洞窟まで下がった。
「こ、このマナのかんじは……!」
と、シャルロットが司祭の上から起き上がって、恐怖に声を引きつらせた。
煙がすうと消え去って、ヒースががくりと膝をつき、倒れる。シャルロットが「ヒース!」と悲鳴をあげるのを、不気味な声が笑う。闇から道化の姿をした小柄な男が姿を現した。
「ホホホ、イヤー、こんな結界を反射的に展開させるなんて、ホント素晴らしい使い手ですネ!み~んなまとめてブッ殺して差し上げようと思ったんですヨォ、ワタクシ!でも雑魚庇ってやられちゃうなんて学ばないネェ、お馬鹿なんですかネ?」
と、嘲笑する男の姿は見知ったものだ。ケヴィンの腹の奥から、憎しみが湧きあがってくる。
「貴様あっ、死を喰らう男……!何故、ここに……?!」
「ヒッヒッヒ、ビーストキングダムのお坊ちゃん、こんなところで会うとは奇遇ですネ!カールを生き返らせる方法は聞けましたぁ?」
ケヴィンは頭にカッと血が上って死を喰らう男に飛びかかった。だが何者かがケヴィンと死を喰らう男の間に飛び込んでケヴィンを蹴り飛ばし、ケヴィンは地面に叩きつけられる。咄嗟にガードした腕はびりびりと痺れる。睨みつけると、よく見知った顔がそこにあった。
「ルガー……!?」
「ケヴィン、お前が何故ここに居る!獣人王様にあれだけ可愛がってもらっておきながら、お前は獣人王様を裏切って人間側につくというのか……!?その愚かさ、万死に値する!来いっ、俺が引導を渡してやる!」
「ホホホ、ルガー様、お熱いコトで……」
死を喰らう男は他にも獣人を引き連れていて、森の奥から続々と獣人が姿を現す。聖都から出れば、必ずこの洞窟を通らざるを得ない。その際に結界を解くのを、待ち伏せされていたのだ。
ヒースは死を喰らう男の足元に転がり、ぴくりともしない。「ヒースっ!」と駆け寄ろうとするシャルロットの服を光の司祭の細い腕が掴み、なんとか止める。
「いかん、シャルロット!そやつ、ヒトではない……!ヒトの魂を喰らう妖魔が、何故、獣人と手を組む……!?いや、獣人を利用し、何を企んでおる!?」
「失礼ですネ、人聞きの悪い!というか、おやおやおやぁ、もしかして、そちらにいらっしゃる干からびたジジイは、光の司祭様?この世界の精神的支柱とか言われてる存在ですよネ?ウーン、一体、どんな味が……ピンハネしても、許されますかネ?許されないですよネ?――おっと、涎が……ああっ、我慢できそうにありまセンっ、仮面の道士様っ、お許しくだサイっ」
死を喰らう男が細枝のような腕を頭上に掲げると、またもや肌がぞわっと粟立った。ケヴィンはマナを操るどころか見る方法も知らないが、感じる。まともに喰らえば、きっと誰かが死んでしまう。
「皆、洞窟に入るのじゃ!結界を張る……!フェアリー殿!」
『お手伝いします、司祭様!シャルロット、イーグルも手伝える?!』
「勿論だ、司祭様、俺のマナも使ってくれ……!シャルロット、しっかりしろ!」
「いやっ、はなして!ヒースがぁっ!」
ヒースの元に走り出そうとするシャルロットを無理矢理抱えて、イーグルは司祭の背中に手を添える。フェアリーが高い声で『ケヴィン、はやく戻ってきて!』と急かすが、このままではヒースが外に取り残されてしまう。どうにかかっさらえないかと、ケヴィンは昏倒するヒースに向かって走り出した。しかし何者かに横腹に体当たりされて、ケヴィンは洞窟の中まで転がった。デュランだ。
同時に、雷が落ちるような閃光と共に、洞窟の入り口に分厚いガラスのような結界が現れる。ヒースを回収していては、間に合わなかっただろう。洞窟の外で死を喰らう男が「あらら~」とがっくりと肩を落とした。
「ザンネン、逃げられちゃいましたネ!まぁ~今日はイイ拾い物をしたから、御釣りが来ますヨ~。アリガト、皆さん!前からこういうお人形が欲しかったんですよネェ!ヒーッヒッヒッ!」
死を喰らう男は高笑いながらワープ魔法を発動させて、姿を消した。ヒースも姿を消している。死を喰らう男が、ヒースを連れ去ったのだ。
ルガーは「チッ!」と激しく舌打ちながら結界を叩くが、バチッと音を立てて弾かれる。
「また逃げたな、ケヴィン!お前は、腰抜けだ。やはりお前の半分は人間なのだ。次会った時こそ決着をつけてやる!」
ルガーは他の獣人たちに撤退の指示を出し、彼らはジャドの方向へと引き返して行った。
ルガーは獣人王を敬愛していて、ケヴィンは半分人間だからなのか理由かは知らないが、何かとケヴィンに突っかかってくるのだ。彼は獣人の中で最も勤勉で鍛錬も欠かすことなく、ケヴィンは彼に勝ったこともない。それでも事あるごとに敵対心をむき出しに絡んでくるのは、やはり嫌われているからだろう。
しかし、ケヴィンには彼と戦う理由はないし、ケヴィンにとって、彼は数少ない尊敬している獣人のうちのひとりなのだ。
ルガーの後姿を見つめていると、シャルロットが「うう、おじいちゃんっ!」と泣くのが聞こえた。司祭は苦悶の表情で倒れ、シャルロットとイーグルがふたりがかりで治癒術をかけている。
「おじいちゃんっ、しっかりして!」
「くっ……衰弱が激しい!これは……禁呪を使ったのか……?!こんなの、普通の治癒術ではーー……」
『なんて強力な結界……これは、私でも解けないよ。禁呪で生命力を結界に使ってしまったんだ……ヒースは攫われ、司祭様は倒れるだなんて、これではまるで、前回とーー……』
と、フェアリーは顔を青くして言葉尻を濁す。「……とりあえず、ウェンデルに戻るぞ。先導してくれ、ケヴィン」と、一番冷静なのはデュランだった。デュランとイーグルが意識を失ったままの司祭とホークアイをそれぞれ背負い、ケヴィンは泣き叫ぶシャルロットを脇に抱えて、洞窟を引き返しウェンデルの神殿へと駆け戻った。
ウェンデルの神官たちは、司祭が禁呪を使用し倒れたこととヒースが攫われたことを聞くと、全員が顔を青褪めて祈りを口にした。
光の司祭は神殿の寝台に寝かされ、神官たちは総出で治癒術を使用し始めて、イーグルと泣き腫らしたシャルロットもそれに参加した。それは数時間続き、ケヴィンとデュランは皆が疲弊していくのを手持ち無沙汰に見ているしか出来なかった。
司祭が窪んだ目を辛うじて薄らと開けたのは、皆の魔力が尽きかけ日も暮れる頃だった。「おじいちゃん!」とシャルロットの泣き声が甲高く神殿に響く。
「……ヒースは、奪われたのじゃな……これも、また、運命の強制力か……」
司祭は眼球だけをなんとか動かして周囲を見渡し、嗄れた声で呟いた。
神官たちは「いけません司祭様、動いては!」と司祭を窘めるが、司祭は枕元のシャルロットの手をなんとか握り、イーグルに縋るような目線を向けて「よく聞け、シャルロット、イーグル殿」と声を振り絞った。
「運命とは……死神の書いた戯曲のようなもの。そして我々は舞台を踊る人形に過ぎぬ……だが、聖剣の勇者、別の未来からの帰還者。お主たちだけは人形の繰り糸が切れていて、自由に踊れる……。運命から弾き出された特異点。世界に与えられた唯一の希望、それがお主たち……お主たちの影響で、死神の戯曲も多少は綻びよう。だが、お主たちとて、死神にとっては小さな人形に過ぎぬ。大局を変えるには、踊り続けねばならぬ」
瑞々しさの欠片もなく土気色の顔色で今にも死にそうな風体の司祭は、声色だけははっきりと、鬼気迫る様子でそう語った。司祭はイーグルとシャルロットが戸惑いながらも頷くのを見ると、「世界を、頼んだぞ……勇者たち」と呟いて、また意識を失った。神官たちのどよめきを後ろに、シャルロットはぼろぼろと泣いて、司祭の顔や手をびしょびしょに濡らす。
ケヴィンは一連の事態を遠巻きに見ているしか出来なかった。同じく何も出来なかったデュランが、「どうやら、とんでもねえことに巻き込まれちまったようだな……」と隣で小さく独りごちたのをケヴィンの耳が拾った。
一方ホークアイは疲労が溜まっていただけのようで、夜にもなると自然と目を覚ました。イーグルからは無理をしていたことについての説教と、シャルロットからはヒースと司祭についての報告を受け、気落ちしている様子だった。
泣いているシャルロットを胸に抱いて慰める姿は、まるで母と子のように見えた。母と子の在り様をケヴィンは知りもしないし、彼らの容姿は美しいという点以外は似ても似つかないが、家族のように見えた。
「俺たちは弱いな、シャルロット――……ヒースさんは、必ず、取り戻す。そのためにも、強くなろう。大局を変えるには踊り続けろと言うのなら、踊り続けよう」
ふたりは慰め合って、泣き疲れて眠ったシャルロットをベッドに残して、ホークアイは部屋を出てきた。部屋の外でふたりを見ていたケヴィンとデュランに気付くと、「ごめんよ、二人とも」と苦笑と共に謝った。デュランは「全くだ」とぼやいた。
「聞いてねえぞ、世界救済だなんて」
と、デュランが不平を言ったので、ホークアイは薄く笑みを浮かべながら「抜けたい?」と囁いた。デュランは「ハッ」と笑う。
「言ったろ、てめえらが何モンでも、俺は強くなれればそれでいいってな。精々、利用してやるぜ」
「だから、そっちも遠慮なく利用しろってコトかい?デュラン、キミって、誤解を受けやすいタイプだろ」
「はあ~?お前、ほんと上からだな?」
デュランの不平を受け流しホークアイはケヴィンに向き直り、「キミとシャルロットの敵は共通らしいな、ケヴィン」と心配を滲ませた。
「うん。あいつ……死を喰らう男。獣人王の命令で、カール狂暴化させ、オイラに殺させた、張本人……。何が目的かは、知らないケド、獣人王に取り入ってる……」
「そうだったか。その男は、人間じゃなく魔族らしい……キミのお父さんが死を喰らう男に操られている、なんてことはないのかい?もしかして今回の獣人たちの人間界への侵攻も、ウチの首領みたいに――……」
「ううん。獣人が人間キライ、昔から。獣人王考えること、オイラにはわからないケド……昔から、そういうヒト……」
獣人王が自らの意思で獣人たちを先導し、人間を侵略しているのは確かだった。ケヴィンを殺戮マシーンに育てようとしたことも、死を喰らう男を使ってカールを凶暴化させたことも、獣人王本人の口から聞いたのだ。ホークアイが言うにはナバールのローラントへの侵攻は魔物に操られて行っていることらしいが、ビーストキングダムは最初から人間への復讐を目的に造られたのだから、獣人王が操られているなんてことは絶対にない。
ホークアイはケヴィンの言葉を聞いて、複雑そうに眉尻を下げた。実の息子であるケヴィンでさえ獣人王の言動には辟易とするのだ。獣人王に会ったことのない人には、獣人王がどういう人物なのか想像はつかないだろう。
「ホークアイ。オイラも、デュランと一緒。ついて行って、強くなりたい……獣人王も、死を喰らう男も、絶対に、許せない」
「……復讐か」
と、ケヴィンの決意を聞いて、ホークアイは目に深い悲しみを湛えた。
「わかるよ。俺も、同じ業火に焼かれたことがある……つらいよな。友達と戦うのも、失うのも……」
ホークアイはそう言って、薄暗い廊下の先を見た。ケヴィンもその先に目をやると、ウェンデルの神官たちと何か話をしているイーグルの姿があった。
彼らが言う『前回』、イーグルは既に死んでしまっていたと聞いた。だから虫羽の奇妙な小人に憑かれるまで、イーグルは死の運命に囚われていたのだと。前の世界で具体的に何があったのかホークアイに聞こうとは思えなかったが、ホークアイの悲しみを湛えた表情は察するに充分だった。
「お前ら、すごく良いヤツ。だから……スキ。オイラ、役に立ちたい。それも、ついて行きたい理由……ダメか?」
ケヴィンは拙いながらも一所懸命自分の気持ちを伝えた。ホークアイはきょとんと瞬きしてから、「ありがとう」とケヴィンの頭を撫でた。
「百人力だ、嬉しいよ。まだ先だが月夜の森にも寄るから、その時は道案内をお願いしよう。詳しい経緯はまた今度話すけど、前回通りならその時ーー確かルガーといったかな、キミの知り合いの獣人と、例の死を喰らう男と会うことになる。その時は死を喰らう男には逃げられたが、復讐する機会になると思う……今はきっと、敵わない。それまでに、強くなろう」
「!……それまでに、クラスチェンジ、できるかな?」
「俺も協力は惜しまないが、キミ次第だ」
と、ホークアイは器用にウインクする。演技めいたキザな所作がよく似合う人だ。デュランはそれも気に食わないようで、不快そうに「チッ」と舌打ちしてみせる。
「つーかてめえ、ジャドではしゃあしゃあと初対面みたいなノリで近付いてきやがって。ホントは俺らのこと知ってやがったんだろ」
「おっとバレたか。でも、二三度会って、ちょっとだけ共闘しただけさ……こんなにいいヤツらだなんて、全然知らなかったよ」
そう言ってホークアイはとても優しい目をして微笑み、手を差し出した。
「歓迎するよデュラン、ケヴィン。よろしくな」
ケヴィンはそれを握り返して頷いた。「うん」と言いたかったが何故か口からは「ワウ!」と飛び出し、デュランが「心の犬が出てるぞ、心の犬が」と笑った。
ホ「よーしよしよし、お手!」
ケ「ワン!」
デ「やっぱお前ケヴィンのこと犬だと思ってるよな?!ケヴィン、お前はそれでいいのか?!」
ホ「でも実は俺、猫派なんだよ。ネコ族飼ってるし」
ケ「えっ……」
デ「いやショック受けてんじゃねえよ」