聖剣伝説3逆行   作:畑中

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6話:王女たちとの再会

 

 

 

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ったシャルロットを部屋に残し、ホークアイたちは今後について話し合った。

 世界中の民にとって心の拠り所である聖都ウェンデルは、結局前回通りに世界から孤立することとなった。光の司祭が張った結界は外敵の侵入を防ぐが、同時に中にいる者も聖都ウェンデルから出ることができない。それはホークアイたち一行もウェンデルに閉じ込められたということを意味した。

 洞窟を通らない別のルートを探さなければならないが、ウェンデルの神官たち曰く、そんなものは存在しないらしい。およそ人が歩けるものではないという山を登るか、人が渡れる距離ではない湖を泳ぐか。ケヴィンはビーストキングダムを離れる時ジャドまで泳いだらしいが、同じことをできる自信はない。

 

「ミックにいえば、バネクジャコでだっしゅつできるでちよ」

「シャル……もう大丈夫なのか?」

 

 どうやってウェンデルを出るかとホークアイ達が相談しているところに、シャルロットがそう言って現れた。ヒースは奪われ祖父は倒れ、一番苦しいのはシャルロットなので、今はそっとしておこうと気を使ったつもりだったが必要なかったようだ。彼女は泣き腫らした目をしながらも、いつも通りの気丈なシャルロットだった。

 

「アストリアの人たちが、生きてウェンデルにいるのは、シャルロットのおかげでち。イーグルしゃんが生きてここにいるのも、ホークアイしゃんのおかげでち。……なにも、むだじゃない。そうでしょ、ホークアイしゃん」

 

 と、シャルロットはホークアイを真っ直ぐに見つめた。おさなごの見た目をしながらも、本当に強い心を持った女の子だ。前回の旅路の時も、彼女たちの強さと明るさに何度も助けられた。何度も膝を折りそうになったが、彼女たちのおかげでなんとか足を踏みしめることができたのだ。

 

「ああ。ヒースさんは必ず助け出す。司祭さまを治す方法も、必ず見つける。今は、先に進もう」

「でち!」

 

 と、ホークアイとシャルロットはふたり決意を新たにし、前を向いた。

 

 

 シャルロットの提案で、特殊な加工を施したバネクジャコを大砲代わりに使いウェンデルを脱出する運びとなった。前回、アストリアの様子を見に行ったヒースを追うため、シャルロットはこれを使ってウェンデルから出たらしい。

 

「こんかいもしっぱいしたらしょーちしないでちよ、ミック!」

「今回って……やだなぁ、これがはじめてですけど、シャルロットさん……」

 

 シャルロットの抗議も虚しく、特殊バネクジャコの精度はあまり良くないようだった。一行の着陸地点はそれぞれバラバラだったがなんとか合流し、日が暮れる頃にはまた揃ってジャドに侵入することができた。

 

 

 

 ジャドの様子は明らかに先日とは違っていた。獣人に占拠され、しかも夜の彼らは凶暴化しているのだから街中に人影がないのは当然の結果だが、家々の窓からは灯りが漏れているのに、不思議と中に気配を感じなかった。

 都市はもぬけのからになっている。前回通り、獣人たちの監視の目がなくなる夜に、一斉に夜逃げが行われているのだ。

 

 ホークアイたちが急いで港へ向かうと、ジャドの住人たちが荷物を持ち列を成して船に乗り込んでいくところだった。

 桟橋では、少女が声を張り上げて人々を誘導している。

 

「ジャドの皆さん、焦らなくても全員乗れますから!家族は皆お揃いですか?暗いので、足元に気をつけて……」

 

 透き通る声には聞き覚えがあった。見覚えのある滑らかな長い金髪、適度な筋肉のついたしなやかな手足。

 ここにいるはずがない姿にホークアイは自分の目を疑った。

 

「リース……?!何故、君が?!」

「あっ、ホークアイさん!イーグルさん!間に合って良かった、お待ちしていました……!」

「待つ、だって?どうして……いや、ローラントは──」

「詳しいお話は船内でしましょう。もうすぐ出航します!」

 

 と、リースはホークアイたちとジャドの住人たちを船内に押し込み、自らも最後に乗り込んだ。

 

 

 出航した船の上から、もぬけの城塞都市の灯りを見送る。船内はジャドの住民でひしめき合っていたが、混乱している様子は殆どない。前回はもう少し、不安や怒りで人々はざわめいていたように思える。

 

「ホークアイしゃんとイーグルしゃん、もうリースしゃんとおしりあいなんでちか?」

 

 と、シャルロットが当然の疑問を口にする。前回の旅路では、ジャドの酒場を抜きにすればリースに会ったのは眠りの花畑で倒れたところを、救助してもらった時だった。その後はローラントの奪還を手伝い、共闘している。

 

「ああ。ジャドの前にローラントに行ってきた。ローラントの人たちを、救えればと──……」

 

 その甲斐なく、前回の流れ通りローラントは燃えてしまった。パロからジャドに向かう船の上から見た、ごうごうと立ち昇る黒煙の柱を、ホークアイは瞼の裏に思い浮かべることができる。

 

 何故リースがジャドにいたのかはわからないが、ホークアイには、リースに会ったならば真っ先にしなければならないことがあった。イーグルと並んで、リースに向き合う。

 

「リース。ナバールが……俺たちの仲間が、非道いことをしてしまった。あの後、ローラントからの煙が見えたのはもう沖に出た後で、俺たちの一存では引き返すこともできず──……いや、言い訳だな、やめよう。許してくれとは言えないが、本当にすまない。どんなことをしても、償うつもりだ。……エリオットはどうしてるか、聞いてもいいかい?」

 

 ローラントが落城した今、一番の気掛かりはリースの弟、エリオットだ。前回の旅路の最後にホークアイが見たエリオットは、枯れたマナの樹の根の間で、黒の貴公子の足元に倒れていた。黒の貴公子は、エリオットの体に己の魂を移すと言っていた。エリオットはそのための器なのだと。

 ホークアイの質問にリースは目を潤ませた。それだけで答えがわかった。

 

「城から脱出する時は一緒だったのですが……道中で再び狙われ、攫われてしまいました……」

 

 と、リースは悔しげに声を震わせ、吐き出した。エリオットは前回同様、敵の手に渡ってしまったようだ。

 これが強制力か、とホークアイは己の不甲斐なさに唇を噛む。運命がホークアイたちの努力を影から嘲笑っている。助けたい助けようと足掻いても、運命が横からひっさらっていってしまうのだ。

 

「……ナバールの者として、詫びの言葉もない。リース王女、本当に申し訳ないことをした。必ず償わせて貰う」

 

 と、リースに向かってイーグルが深く頭を下げ、ホークアイもそれに倣う。

 

「お顔を上げて下さい、お二人共……そのお気持ちだけで、充分です。あなた方は、私たちを助けようとして下さいました。本当にありがとう」

 

 リースはホークアイたちを責めるどころか感謝を述べて、ホークアイを驚かせた。なんていい子なんだろう、と改めて思う。国や家族を奪われ、それでもこんなにも高潔でいられるとは。

 

「……ナバールの一員として、責任を取りたい。共に美獣からローラント城を取り戻そう。これは、俺自身の戦いでもあるんだ」

 

 ホークアイは頭を上げてそう言った。前回の旅路の中で成し遂げたことは少ないが、ローラント奪還を完遂させたことは誇りに思えることのひとつだった。落城される前に救うことができればと願ったが、落城してしまったのならば前回と同じように、再び奪還せねばならない。

 

「必ず、ローラントとエリオットは取り戻す。失った命は戻らないが、ジョスター王の仇も、必ず取る」

 

 前回の旅路のローラント奪還の際、命にかえても父の仇をとりたいと言うリースの燃える瞳を覚えている。まるでホークアイ自身の中に燃え盛る炎を、鏡に映したようだった。

 

 ホークアイは親友の仇として、リースは父の仇として共に美獣を憎んだ。切迫した状況下、多くを語り合ったりはしなかったが、憎しみの共有は心の距離を縮めるには充分だったように思う。

 

 しかしホークアイの言葉に、リースは戸惑いながら眉を顰める。

 

「あの……ちょっと。勝手に父を殺すのはやめて下さい」

「え」

「無傷でぴんぴんしています。アマゾネスを仕切って、城を捨てる指揮を執ったのは父です。今は、城のみんなと山の中腹のアジトに潜んで、戦力を蓄えつつ反撃の機会を窺っています」

 

 ホークアイは二の句を継げず、黙り込んだ。城が燃えるのを見て、前回と同じ展開を辿ったのだと、勝手に思い込んでいた自分にやっと気がついた。

 なんと、ジョスター王は生きているという。イーグルを捕らえようとする運命を死神と表現し、気を付けろと言ってくれた、盲ながらも見通す目を持つ老いた王。

 通りで、前回のリースよりもどことなくマシな表情をしているわけだ。国が焼かれ弟は行方不明となり、もちろん憔悴しているが、前回ジャドの酒場の二階で出会った時のリースの顔色はこんなものではなかった。今回のリースは、希望をしっかりと胸に抱いている。

 

 イーグルが、言葉を失うホークアイの肩を小突いて、「良かったな」と囁いた。

 

「お前のやっていることは、何も無駄じゃない。シャルロットの言う通りだ」

 

 と、柔らかに笑みを浮かべるので、ホークアイはつい目が潤みそうになるのを堪える。

 

「ああ良かった……本当に、良かったよ。リース、ありがとう」

「……不思議な人ですね。何故、あなたがお礼を言うのですか」

 

 と、リースは呆れたように眉をひそめて苦笑した。ホークアイは笑みを返す。

 

「何故かな……君の流す涙が一粒でも減るなら、俺は何でもするよ。君みたいな美しいひとには、本当は、涙も憎悪も似合わないから──」

「な、な、何言ってるんですか?!」

 

 リースは紅潮した頬に手のひらを当てて、怒ったように声を荒げる。そんな様子も可愛らしく、ホークアイは喉の奥で笑った。心の底から、本心だ。

 

 

「ところで、リースはどうしてジャドの船に?エリオットを探しているんだろうが……」

「あなたのご友人が、エリオットの行方について心当たりがあると仰るので同行しているんです。あなたたちの事情……未来のことについても、少し聞かせてもらいました」

 

 リースの言葉にホークアイは首を傾げる。自分たちの事情を知っている友人、と言えば思い当たるふしはひとりしかいないが、リースと知り合いのわけがない。

 

「誰からだって?」

「あたしよ。久しぶりね、ホークアイ!」

 

 と、船倉から現れたのは、まさにその思い当たるふしの女性だった。赤紫の長い髪、燕尾のついた真紅のレオタード。真っ白な手脚とふくよかな胸元を惜しげも無く晒し、周囲の男たちの視線を一身に浴びているがまるで気にする様子もない。

 彼女は赤紫の長い髪を靡かせて、「会いたかったわ!」と驚きに声も出ないホークアイの胸元に飛び込んできた。

 

 朽ちた聖域で死んで、そして戻ってきたと自覚したあの日から、旅の仲間たちのことを考えない日はなかった。ようやく会えた。相変わらず、綺麗だ。薄れゆく意識の中、彼女を最後に見た時、美しい顔は血塗れのまま泥の中に突っ伏して汚れていた。

 同じように過去に帰ってきていることは分かっていたが、やっとの合流だ。前回の旅の仲間、アンジェラ。苦楽を共にし、一年ほどの付き合いなのにまるで家族のように太く大切な絆となった。

 ホークアイは零れかける涙を耐えて、「こっちの台詞だバカ……!」と、リースやイーグルがぽかんと口を開けるのも気にせず、アンジェラの細い肩をぎゅうと抱き返した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 話は少し遡る。

 前の旅路の記憶を得て、アルテナの城門を出たアンジェラは、戦闘を避けて迂回しながら雪の都エルランドへとなんとか辿り着き、まだ辛うじて凍りつく前の港で船に乗った。

 思ったよりも、時間がかかった。早く、ホークアイやシャルロットと合流したい。勿論彼らだってアンジェラと同じように戻ってきているはずだ。

 

 船上にて、アンジェラは精一杯の丁寧な字と言葉遣いでフォルセナの英雄王に手紙を書いた。アルテナがフォルセナに攻め入ろうと画策していることを一刻も早く伝えるためだ。

 前回の旅路でアンジェラ達も立ち会った本格的な侵略はまだ少し先の話だが、この時期、紅蓮の魔導師と少数の精鋭魔法使いがフォルセナに偵察に向かったらしい。その際に、見張りの兵士たちのほとんどが帰らぬ人となってしまったそうだ。

 手紙が英雄王にちゃんと届くのか、読んでくれるのか、そして信じてもらえるのかは分からない。だけどきっと、やらないよりはマシだ。軍備を増強してくれれば、少しでも死者を減らせられるかもしれない。

 国璽でも押せればそれらしい書簡になったかもしれないが、生憎そんなものは持ち出せなかった。路銀の足しにと持ってきた貴金属の中から、アルテナの王族の紋章が刻まれたブローチを選んで同封する。アルテナ内部からの本物の密告だと信じて貰えるように祈りつつ、手紙をフォルセナに帰るという旅人に託し、アンジェラは漁港パロで下船した。

 

 

 一度目の旅路の始まりに、ホークアイに出会ったのはジャド、仲間となったのは滝の洞窟の外だったが、記憶を持って戻ってきたホークアイが今回も以前と同じ行動を取るとも限らない。

 あのひょうひょうとした見た目と言動に似合わない正義漢の性格からすれば、きっと救えるもの全てを救おうと考えるだろう。ならば、ホークアイが一番に向かうのはジャドではなくローラントだ。彼の故郷であるナバール盗賊団の侵略によって、多くの命が失われた国。

 

 魔法の使えない身で、たった一人バストゥークの山を登るのは至難の業だった。魔法を使おうとマナを集めようとしても、霧散する。なんてことだろう、精霊がいないとこんなに自分は無力だったのか。旅の仲間たちがいないと、自分はこんなにも何も出来ない。

 

 山岳に住むモンスター達を避けながら、四苦八苦しつつもなんとかローラント城に辿り着く。

 城門は固く閉ざされていたが、城門の上からアマゾネスたちが疲労困憊のアンジェラに向けて弓を引いていた。

 

「ねえ、ここにホークアイってヤツが来てない?仲間なの!」

 

 アンジェラがホークアイの名前を出すと、明らかにアマゾネスたちが困惑したのが見て取れた。ホークアイの名前を知っているということは、やはり彼はここに来たのだ!自分の予測は間違っていなかった、とアンジェラは嬉しくなる。

 

「ホークアイは、ナバール盗賊団が攻めてくるって言ってたでしょ?この白い肌が砂漠の盗賊に見える?ホークアイにアンジェラが来てるって伝えてよ!あたしが仲間だって証明してくれるから」

 

 と、城門の上のアマゾネスたちに言葉を重ねていると、なんと通じたのか城門がゆっくりと開かれる。アマゾネスに囲まれて、見知った少女がアンジェラを迎い入れた。日に焼けた輝く金髪に、長く伸びた手足、まだ幼さの残る可愛らしい相貌。この城を取り戻そうと、彼女と共に戦ったのが懐かしい。

 

「リース!ありがとう、会えて嬉しいわ」

 

 アンジェラがリースに礼を言うと、リースは困ったように眉尻を下げ、「私って、そんなに有名なの……?やだなぁ……」とボヤいた。しまった、初対面の対応というものがイマイチできない。

 リースは「ホークアイさんのお仲間というのは信じましょう」と言いながら、警戒を完全に消すことはなくアンジェラをじろじろと見た。

 

「しかし残念ですが、ホークアイさんたちはもう山を降りましたよ。昨日のことなので、早ければもうパロに着く頃かもしれません。すれ違いになってしまいましたね」

「ウソ!そんなぁ……」

 

 なんてことだろう、まさかローラントの行く末を見届けることなく下山してしまうとは!どうやら道中ですれ違ってしまったらしい。こんなことならば直接ジャドに向かうべきであった。

 

「あなたの言う通り、あなたが砂漠の人間には見えません。失礼ですが、ホークアイさんたちとはどういった……?」

「あたしはアンジェラ。あいつとは一緒に旅をしていたの。……ねぇ、今から山を降りてもホークアイには絶対追いつけないし、山の途中でまた野宿になっちゃう。一晩、泊めてくださらない?」

「……この状況下なので監視付きになりますが、それで良ければどうぞ。……ホークアイさんたちは詳しい話をされなかったので、是非、お話聞かせてください」

 

 と、リースはアンジェラを城内に招き入れる。前回同様、不思議とホークアイはリースの興味を惹いているらしい。顔か?顔なのか?

 しかし気になったのは、たち、という複数形だ。

 

「もうシャルロットも一緒だったの?」

「……?いいえ、イーグルさんという男性と二人連れでした」

「イーグル、ですって?」

 

 その名前はホークアイから聞いたことがある。美獣に殺された、彼の親友の名だ。

 

「そっか……今回は守れたのね、大切なものを──」

 

 リースがきょとんと首を傾げるのも気にせず、アンジェラはつい独りごちた。イーグルという名前のその人を失った痛みを、ホークアイはずっとずっと抱えていた。ホークアイはアンジェラやシャルロットの前では決して泣いたりしなかったが、ニンジャたちと刃を交わした夜、寝ている彼の目尻から伝う雫を見たことがある。イーグル、と泣くような寝言も。

 

 早く、ホークアイとその人に会いたくて仕方ない。良かったねと、会って抱きしめてやりたい。

 意図せず戻ってきて始まった『もう一度』だが、きっと、そんなふうに全てをいい方向に導くためだ。失くしたものを失くさないために、戻ってきたのだ。

 助けられる人は、全て助けてやりたい。それはこの国の王も、王子も、国民もだ。

 

「ねぇリース。エリオットは大丈夫なの?」

「あなたも、エリオットをとても気にしてくださるのですね……ホークアイさんもそうでした。大丈夫、今はアマゾネスたちが付いてくれています」

 

 リースに連れられ、城を案内される。侵略が近いとあって、見回りの兵たちにはどことなく緊張が走っている。抜け出す前のアルテナ兵たちも、こんなふうにピリピリしていた。

 

 中庭には見覚えのある小さな男児の姿があった。若いアマゾネスに指南されながら、案山子を相手に小型の槍を振るっている。リースの弟、エリオットだ。

 エリオットはリースの姿を認めると「おねえさま!」と、ぱあっと顔を明るくし、リースも可愛い弟の笑顔に破顔する。

 

「真面目に武術の稽古に励んでいたみたいね。偉いわ、エリオット。休憩にしましょう」

 

 リースの言葉にエリオットは「やったぁ!」と飛び跳ねた。しかし姉の隣にアンジェラの姿を認めると、知らない顔に警戒して姉の後ろに隠れる。アンジェラは警戒を解こうとにこりと笑った。

 

「はじめましてエリオット、あたしはアンジェラ。よろしくね」

「よびすてにするな、ぼくは王子だぞ」

 

 前回を含めエリオットと会話をするのは初めてだが、なるほどなかなかに生意気盛りの元気な子供じゃないか。その生意気ささえも可愛い時期で、血色のいいほっぺは触りたくなる丸さをしている。

 思い出したくもないが、前の旅路でエリオットの姿を見た時は黒の貴公子の器にされかかっていて、エリオットの意識はなくまるで死んでいるかのようだった。長い間、魔族に囚われていたのだからそれも当然だっただろう。

 何故ローラントのこの幼い王子に器として白羽の矢が立てられたのかはわからないが、小さな男の子をまた辛い目に合わせるわけにはいかない。

 

「ふーん。あたしも王女よ、アルテナのね。あんたはアンジェラ様って呼んでくれるの?」

 

 アンジェラの言葉に驚いたのはリースで、「ええっ王女さまなんですか?」と目を丸くする。エリオットは生意気にも「ホントか?」と半信半疑だ。

 

「アルテナに王女さまがいるなんて、きいたことないや。しょうこは?」

「証拠ぉ?そんなもんないわよ」

「ぼくはあるよ。ほらコレ、王族のカギ!」

「やめなさいエリオット、見せびらかすものじゃないのよ」

 

 懐から金色の鍵を取り出したエリオットをリースが強い口調で窘める。エリオットは慌てて鍵をしまい込み、しゅんと項垂れた。

 

 

 その時、どこかから足元に何かが投げ込まれた。パンッという破裂音と共に、白い煙がもくもくと立ち篭める。

 煙幕だ。「きゃあ!」とエリオットが悲鳴を上げる。

 

「エリオット!」

 

 真っ白になった視界の中、リースが焦ったように弟の名を叫ぶ。アンジェラは咳き込みながらも煙幕の薄い方へと向かう。

 煙幕が晴れると、壁の上でふたりのナバール兵がエリオットを後ろ手に捕まえていた。

 

「やれやれ。王子の様子をしばらく見ていたが、全く一人になる気配がないから、強行手段に出るしかなかったじゃないか」

「あんまり過保護が過ぎるのは良くないぜ、お姉サマ!可愛い子にゃ旅をさせろって言うだろ?」

 

 見知った顔だ。前回、二回も刃を交じえたことのあるニンジャたちだった。確か、名前はビルとベンと言ったか。美獣に操られ襲いかかってくる彼らを殺した時のホークアイの落ち込みようは、見れたものじゃなかった。

 

「くせものめ!エリオットを返しなさい!」

 

 と、リースは戸惑いなく長槍で目にも止まらぬ突きを繰り出した。細腕からは想像もできない腕力と体幹。エリオットを盾にしようとするニンジャたちの腕を切っ先が掠め、エリオットを拘束する手が緩む。

 

 その隙をついてエリオットは「おねえさまぁ!」と悲鳴を上げながらニンジャたちの腕を振りほどき、その勢いのままで壁から落ちるように飛び降りた。リースは更に槍を繰り出すがビルとベンは器用に避ける。

 

「アンジェラさん、エリオットをお願いします!」

 

 と、リースがニンジャたちから目を離さずに叫んだ。よく、会ったばかりの女を信用できるものだ。だがリースらしいと言えばリースらしい。

 アンジェラは石畳に蹲り痛そうにしているエリオットの手を取り、走り出す。

 

「エリオット!逃げるわよ!」

「ええっ、おねえさん、戦わないの?!」

「あんたの安全が先!それに、あたしはあんたの姉さんほどは鍛えてないの!」

 

 エリオットの「リースおねえさまぁ!」という泣き声を無視し、小さな手を引っ張ってアンジェラは上層に走った。

 

 ビルとベンが城に入り込んでいるということはジョスター王も狙われているに違いない。しかしホークアイが事前にナバールの侵略を告げていたおかげで、城の警備は増強されているようだ。まだ他のナバール兵が侵入している様子はない。これならジョスター王も今のところ無事だろう。

 

 幸い、前回のおかげでローラント城の構造は知っている。真っ直ぐに王の間を目指すが、山岳地帯に建設されたローラントはアルテナ城に比べると階段の数が段違いである。エリオットと共に息を切らしていると、後ろからリースが追いついてきた。

 

「エリオット!アンジェラさん!」

「おねえさま!ぶじでよかった……!あいつらは?」

「少し戦った後、逃げられてしまったの。一刻も早く、お父様に報告に行かなければ……!」

 

 

 リースと合流し、三人は王の間に飛び込んだ。玉座に座った老人とアマゾネスたち数人が焦った様子で何事か話している。ジョスター王は騒ぎを察していたようで、「無事じゃったか、リース、エリオット!」と娘と息子の無事を喜んだ。

 

「お父様!不審者が城内に入り込んでいます!接触しましたが、見失ってしまって……」

「して、鍵は無事か?」

 

 ジョスター王の言葉に、ハッとしたのはエリオットだった。焦ったようにガサゴソと懐を探る。上着をひっくり返し、さあっと顔色を青褪めさせた。

 

「っ……ごめんなさい、おねえさま、おとうさま!カギが……カギがない!」

「!」

 

 ローラントの王族の持つ鍵は、このローラント城を守る風をコントロールするためのものだと聞いたことがある。

 先程エリオットが拘束された一瞬で、ニンジャたちはその大事な鍵とやらを奪ったに違いない。今思えば、彼らはあっさりとエリオットから手を離した。もう用済みだと言わんばかりに。

 

 アンジェラはふと、この城を包むマナの様子が変容したのを感じた。

 ジョスター王が息を飲み、嗄れた声を震わせる。

 

「風が………風が止んだ──……」

 

 ジョスター王の絶望を孕んだ声音に、周りのアマゾネス達からは悲鳴が上がる。

 

 そして何処かから爆発音が響いた。城門の方向だ。

 ナバール忍者軍の侵略が始まったのだ。ローラント城は難攻不落と名高いが、それは城を守る風があってこその話だ。

 ジョスター王の判断は驚くほど早かった。

 

「この城は間もなく落ちるじゃろう。リース、エリオット、逃げるのじゃ!わしが命に替えても敵を食い止める」

「そんな、お父様!嫌です!」

 

 リースがジョスター王の膝に縋る。風が止まった今、盲目の王がどうやって戦うというのだろう。事実、前回のジョスター王はこの時、ここで死んだのだ。

 

「ジョスター王さま、バカ言ってないで早く逃げましょ。こんなことしてたらみんな死ぬわ」

 

 アンジェラがそう言って、ジョスター王はやっとアンジェラの存在に気付いたらしかった。

 

「そなたは……?いや、今は問うまい。臣下を置いて逃げ、如何に王を名乗れようか」

「臣下も連れて逃げるに決まってるでしょ。あなたが逃げないなら、臣下も逃げれないじゃない!何で王様の誇りのために皆が命をかけなきゃいけないの」

 

 ジョスター王は言葉を失った様だった。周囲のアマゾネスたちが懇願するように「国王さま……」とすすり泣く。ジョスター王は「ふむ」と一言頷いて、立ち上がった。

 

「一理ある。狼煙を上げよ!皆に戦うな、逃げよと伝えるのじゃ!」

 

 

 

 風が止まった時にはアマゾネス全体に動揺が見られたが、ジョスター王の指示で集まってからはほとんどが毅然とした態度を崩さなかった。元々ナバールの侵攻を知っていて、全員が警戒していた最中の事態だったというのはきっと大きいだろう。

 

 ナバール忍者軍は元々盗賊の集まりなので、軍隊としての統率はなくほとんどが少人数のチームで行動している。一方アマゾネスには数と地の利があり、優れた統率者がいる。

 なので、城中に火が回りきる前ならば、突破するのは簡単だった。自らの手でも通路や持ち出せない兵糧に火を放ち、追っ手を巻く。眠りの花粉にやられないよう常に風上に逃げ、ジョスター王はアマゾネスたちと城の住人たちを引き連れて、燃え盛る城を捨て、城に繋がる橋さえも落としてみせた。

 

「うう……ううううう」

「エリオット……」

 

 炎に包まれ真っ黒な煙をあげる城を背後に、エリオットの嗚咽を皮切りに、山を降りながら気がつけば多くの者が泣いていた。生まれ育った城を奪われ、逃げ切れなかった者も少なくはなく、きっと身内を失った者も多い。

 もっと早く到着していれば、もっと何かできただろうか。仲間たちがいれば、ローラントを守ることができただろうか。

 それでも死者の数は前回よりかなり減っただろう。今は、それで良しと思いたかった。

 

 ジョスター王はアマゾネスに肩を借りながらも、その足取りは盲目とは思えない確かさがある。アマゾネスたちに逃げ延びた民の人数や物資の確認を指示し、ジョスター王はアンジェラの隣に位置取った。

 

「礼を申し上げる。そなたの叱咤のおかげで助かった。ローラントの者ではないようじゃが……?」

「礼を言われるようなことは何もできてないわよ。あたしはアンジェラ、魔法王国アルテナの王女。ジョスター王さま、あなたが無事で良かったわ」

「アルテナの……?あのヴァルダに娘が……?」

 

 と、ジョスター王が独り言のようにボヤく。その疑問も最もだ。アンジェラ自身も前回の旅路の中で知ったことだが、アルテナの女王ヴァルダに娘がいることは、他国にはあまり知られていない。フォルセナの英雄王がアンジェラの存在に驚きを隠さなかったのを覚えている。

 今思えば、アルテナはアンジェラの存在を知られたくなかったのかもしれない。魔法王国の女王の娘でありながら、魔法の使えぬアンジェラの存在を。

 

「そういえば、英雄王さんも驚いてたわ。あたしがなんだって言うの?」

「ほお、リチャード……──英雄王にも、もうお会いなさったか」

「もうと言うか、まだと言うか……前回にね」

「前回?」

「ホークアイから話を聞いたんじゃないの?」

「やはりあの不思議な青年たちの知己か。ナバール盗賊団の侵略の件は勿論聞いたが……」

 

 それも当然だが、ホークアイは詳しい話はしなかったらしい。なんと説明したら信じてもらえるのか、アンジェラにも見当がつかない。

 

 アンジェラが迷っていると、隊列の後方から悲鳴と剣戟の音が聞こえた。

 急いで後方に向かうと、アマゾネスを中心に既に何名かが地面に倒れていた。その中には、リースの姿も見える。

 

 周りの民が怯えながら凝視する方向に目をやると、少し離れた岩の上に立つ忍者の姿があった。

 ビルとベンだ。橋を落とし追跡は振り切ったと思ったが、このふたりは躱しきれなかったようだ。そして、先程と同じように、エリオットを捕らえている。

 

「何故……?!何故、エリオットに固執するの……?!」

 

 と、倒れたままのリースが呼吸も苦しそうに叫んだ。ビルとベンはエリオットの両手首を持ってその小さな体を釣り上げる。

 

「さぁ?知らんな……そう言えば何故なんだ?ビル」

「あの女の趣味だろう?どう考えても。そう思うと、唯々諾々と従ってやるのは癪だな」

「ああ、気に入らんな……ちょっとばかし、世間のキビしさってものを王子に教えてやるか?」

「そうだな。なぁに、あの年増のペットになるよりかはいい人生さ」

 

 と、ビルとベンは勝手なことを言って、笑いながら岩陰に消えた。ジョスター王が「追え!追うのじゃ!」と叫び、アマゾネスたちがビルとベンに続く。

 

「エリオット……!エリオット────!!」

 

 リースの悲痛な叫びが山岳に響き、木霊する。ジョスター王は地面に崩れ落ちた。

 

 アンジェラは悔しさに唇を噛んだ。

 油断した。一度やり過ごし、もうエリオットは大丈夫だと思ってしまった。いや、油断していなかったとしても、自分に何ができただろう。魔法も使えぬ無力な役立たずに。

 アンジェラは何も出来なかった。何が起こるか知っていたのに、城は焼かれ、彼らの大切な家族をみすみすと奪われる結果となった。

 

「前と、同じってワケね……」

「前……?」

 

 アンジェラの嘆きを拾ったのはリースだった。ビルとベンにやられた傷の手当を受けながら涙を拭い、アンジェラに潤んだ目を向けた。

 

「どういうことですか?何か知っているなら、教えて下さい!エリオットを……弟を、助けたいんです……!」

 

 そんなふうに懇願されて、アンジェラには嘘で適当に誤魔化すことはできなかった。真実を言って信じてもらえるとは思えないが、きっとリースがアンジェラの立場でもそうするだろう。

 

「……私たち、未来から戻ってきたの。それで、ナバールのローラント侵略を知っていたの。でも、全然、役には立てなかったみたい……出来事を変えるって、こんなに難しいのね。守れなくて、ごめんね」

 

 と、アンジェラは吐露した。リースとジョスター王は驚いて目を見張る。

 

「私たち、というと、ホークアイさんとイーグルさんも…?」

「イーグルは──前の時は、もうこの時点で亡くなっていたと思うわ」

 

 信じて貰わなくてもいいと思っての吐露だったが、意外にも「なるほど」と老いた王は頷いた。リースは「信じるのですか、お父様?」と戸惑いを見せる。

 

「信じ難い話だが、不思議と納得してしもうた。あの青年達から感じた、不思議な風……そして噎せ返るような死臭……この時間の人間でないのだとしたら、さもありなん。感じんか、リース。このお嬢さんも、一風変わった風を纏っておるよ」

 

 と、ジョスター王は盲いた目を開けてアンジェラを見た。瞳は白濁としているが、不思議と見通されたような気持ちになる。

 リースはハッとしたようにアンジェラに詰め寄った。

 

「だから、ホークアイさんもあなたも、エリオットのことを気にかけていたの……?!エリオットが狙われると知っていたから?あの、未来を知っているなら教えて下さい!エリオットは何処に連れていかれるの?!」

 

 世迷言を言うなと詰られるか、知っていたのに止められなかったのかと責め立てられるかのどちらかだと思っていたが、優しいリースはそんなことはしなかった。純粋な驚きと懇願とでアンジェラの手を握った。

 しかしアンジェラには、ローラントから攫われた直後のエリオットの居場所に確たる知識はない。黒の貴公子の器候補として美獣の手元にいたと覚えているが、それは旅路の終盤の話だ。

 

 だが、アンジェラにはひとつ、心に引っかかっているものがあった。

 バイゼルの闇市の奥で見かけた、檻の数々。アンジェラはあの時、あんな世界が存在することに心底驚いたのだ。人が人を物のように売り買いし、それが当たり前に許されていることに。

 ホークアイは嫌悪の目を向けつつも慣れた様子で気に留めなかったから、奴隷商人の言葉を覚えてはいないだろう。だが、奴隷商人は妙なことを言っていた。

 

「心当たりが、ひとつだけ。でも、エリオットかどうかは確信がないのだけど、それでもいい?」

「ほんの僅かでも可能性があるのなら、私、地の果てにだって行きます」

 

 と、リースは戸惑いなく言った。晴天のような青い目が真っ直ぐにアンジェラを撃ち抜いてその決意を物語る。ぬか喜びさせることにならなければいいと願いながら、アンジェラは心当たりを話した。

 

「商業都市バイゼルのブラックマーケットで、奴隷が売買されてる。その中に、自分は王子だと主張する子どもがいたらしいの。私たちがバイゼルを訪れたのは、買われてしまった直後だったから姿は見てない。でも、可能性としては、あると思う」

 

 アンジェラの言葉を最後まで聞く前に、リースの青い瞳には憤怒が燃え、柳眉を逆立てた。

 

「許せない……!やつら、エリオットを奴隷に貶めようって言うの……?!」

「一緒に行きましょう、リース。エリオットを取り戻しに」

「行きます。宜しくお願いします、アンジェラさん」

 

 

 そうしてアンジェラはリースと行動を共にすることとなった。

 前回のリースは、ローラントを奪還した後も城には留まらず、エリオットを探す旅をひとり続けていた。別れる時、エリオットについての情報を聞いたなら必ず知らせると約束したが、終ぞ果たすことはできなかった。それを今回、果たせるかもしれない。

 

 ジョスター王やアマゾネスたちとは、山の中腹、眠りの花畑の近くで別れる運びとなった。奥には洞窟があり、前回、生き延びたアマゾネスたちがアジトとしていた場所だ。彼らはナバール兵にこの場所を知られないよう周りの足跡を入念に消し、仮宿にすると決めたようだった。

 また戻ってくる時まで武器や防具を蓄えて、単独で逃げ延びたアマゾネス達とも合流しておくようジョスター王に伝え、アンジェラとリースは山を降り、港がナバール兵によって制圧されてしまう前にと急いで船に乗った。

 リースには悪いがバイゼルの前にホークアイたちとの合流を優先させてもらうことにし、ジャド行きの船である。エリオットが買われてしまうタイミングは分かっているし、まだその時ではないと説明すると、リースは素直に頷いた。

 出航する頃には、城から立ち上る炎と煙は収まり始めていた。ローラント城がナバールによって落とされたことはすでに広まっていて、人々は騒然としている。戦争は始まってしまったのだ。

 

 

 

 前回通り、港に着くやいなや船は制圧されて、城塞都市ジャドは獣人たちに占拠されていることが分かった。

 だが、街にいる獣人たちの数は記憶にあるよりも随分少なかった。恐らく最低限の数だけをジャドに残し、大多数はウェンデルへの侵攻を始めたのだ。

 街の住民に聞き込みを行うと、先日、湖畔の村アストリアの方向から煙が流れて来たらしい。かわいそうなアストリア、また焼かれてしまったのだ。ホークアイたちは間に合わなかったのだろうか。

 

 獣人たちの監視が少ない今なら、ジャドを抜け出すのは簡単そうだ。だが広い森の中、またすれ違ってしまっては目も当てられないので、ジャドで待つのが正解だろう。

 まさか前回通りに不意打ちを喰らって、城塞の牢屋に閉じ込められるなんて間抜けな真似はさすがにしないと信じたい。あの時、牢屋から助けてくれたのはデュランというフォルセナの若い剣士だったが、探してみたもののどうやら今回はジャドにいないようである。もう牢屋に入れられているのかもしれないが、彼は前回も自分で脱獄したのだ、助けは必要ないだろう。

 

 アストリアが獣人たちによって焼かれたことはジャドの民の間で噂になっていて、いつその暴挙がジャドに及ぶかと戦々恐々としているジャドの住民たちは、獣人たちが少ないうちにと全員でジャドから脱出する計画を立てているようだった。

 前回、アンジェラたちは辛うじてその最後の船に乗った。それまでには、ホークアイたちも戻って来るだろう。恐らくは、シャルロットとフェアリー、光の精霊ウィル・オ・ウィスプも連れて。

 

 ホークアイたちを待つ間、暇を持て余したアンジェラはジャドの住民の手伝いを申し出た。出航できる船を増やすため乗ってきた定期船の船員に交渉し、不安に怯える子供たちを宥め、街を離れることを嫌がる商人を説得し、人が詰めかけて船がパンクしてしまわないように船に乗る優先順位を家族ごとに振り分けた。一晩で全員を乗せることはできないので、街に残っている獣人たちに街の住民が減っていることに気付かれないよう、日中は意図的に外を出歩く人数を増やすように忠告した。

 リースはそんなアンジェラを見て、どうやら思うところがあったらしい。聞いてみると、アンジェラと自分を比べて落ち込んでいるようだった。

 

「尊敬します。同じ王女なのに、私、何も知らない……船の乗り方も、こんな時に何をすればいいのかも……」

「ヤダ止めてよ、あたしなんか、最初はそれこそお金の使い方とか、包丁の持ち方から教えてもらったのよ!それに比べれば、リースはアマゾネスのリーダーなんでしょう?あたしよりよっぽど立派じゃない」

「そんなこと……私は未熟者です。今回のことだって、指揮をとってくれたのはお父様でしたし……」

「あーもう、暗い暗い!知らないなら学べばいいの、伸び代があるってことなんだから」

「私も、何かお役に立てることがあるでしょうか?」

「あったり前でしょ?さ、出航の手伝いしましょ」

 

 

 ふたりそれぞれ船の準備を手伝いながらホークアイたちがジャドに帰って来るのを待ったが、彼らが到着する前に最後の船の出航時間になってしまった。待てるなら待ちたいがこの船を逃すと暫くジャドに閉じ込められることになってしまい、バイゼルでの奴隷の売買に間に合わなくなるかもしれない。

 

「今は、エリオットの保護が最優先ね。ホークアイたちとの合流は諦めて、船に乗りましょう。今会えなくても、またいつか会えるわ」

「アンジェラさん……ありがとう」

 

 リースは残念がりながらも、エリオットのことを考えて気が急いているようだった。

 ジャドの街の住民を全員船に乗せ、船は静かに港を離れる。無人の家々の明かりを煌々と灯したまま、獣人だけを残したジャドの光が次第に遠ざかっていく。

 

 

 船員の話によると、いち早く戦争の気配を察した商業都市バイゼルはもう既に港を封鎖し、他所からの出入りを禁止しているらしい。やはり直接バイゼルに寄港するのは不可能そうなので、マイアからの陸路が現実的だろう。

 前回、バイゼルが封鎖を解いたのはアルテナがフォルセナから手を引いた後、しばらくしてからだ。何とかして、封鎖されたバイゼルに入る方法を考えなければならない。ホークアイがいたならば軽々と壁を登ってくれただろうが、アンジェラとリースではそれも難しいだろう。

 

 桟橋で人々の誘導を手伝っていたリースの姿が見えないことに気がついて甲板に登ると、ジャドの住民でひしめく中、リースは誰かと話をしているようだった。そのひとつに纏められた長い髪のシルエットは見慣れたもので、寸での所で彼らも出航に間に合ったのだと知れた。

 

「あなたのご友人が、エリオットの行方について心当たりがあると仰るので同行しているんです。あなた達の事情……未来のことについても、少し聞かせてもらいました」

「誰からだって?」

「──あたしよ。久しぶりね、ホークアイ!」

 

 綺麗な金の目がアンジェラの姿を認めて、視線が合った瞬間、驚きと喜びに潤んだのがわかった。

 きちんと終わらせることの出来なかった旅路の果てで死に別れた、気の置けない仲間とのようやくの再会だ。あの朝に全てを思い出してから、ずっと心細かった。早く会おうとしたばかりにすれ違って空回りもしたが、やっと会えた。今度こそ、上手くやろう。

 

 アンジェラは人混みをすり抜けて、「会いたかったわ!」とホークアイの胸に飛び込んだ。胸板に頬をぶつけて、抱きしめる。

 愛しい青年は声を震わせて、「こっちの台詞だバカ……!」と、熱いほどの体温でアンジェラの肩をぎゅうと抱き返してくれた。

 

 ドン、と腰にも衝撃を感じ、見下ろすと猫の毛のようにふわふわと柔らかな金髪が揺れた。シャルロット、もう一人の愛しい愛しい仲間だ。無事にホークアイと合流できていて良かった。

 

「アンジェラしゃん……!もう!なにしてたんでちか!」

「シャル!ああ、会えて嬉しいわ」

 

 膝を折ってシャルロットともハグを交わす。一年ほどの旅路は濃密で、アンジェラは仲間たちを家族のように感じていた。特にシャルロットとは女子同士ホークアイよりもべったりで、何をするにも一緒だった。明るく歯に衣着せぬ性格は馬があって、本当の妹のように思える。

 このふたりにもう一度会えただけでも、戻ってこれて本当に良かった。アンジェラは心からそう思って、少しだけ泣いた。

 

 

 アンジェラたちは落ち着いて話が出来るように船の小部屋に移動して、ホークアイは新たに同行している仲間たちをアンジェラに紹介した。

 まず、ホークアイの親友のイーグルという綺麗な青年。ホークアイにどことなく似ている、高い鼻梁の色男だ。鑑賞に耐えうるイケメンがパーティに増えるのは素晴らしい。

 前回、彼は美獣によって殺され、その復讐がホークアイの目的のひとつだった。しかし、なんと今回のイーグルはフェアリーの宿主となったらしく、フェアリーが彼の頭上からふわりと現れてアンジェラを驚かせた。ホークアイが喜色を浮かべてにこにこしているので、歓迎すべきことらしい。

 アンジェラは感慨深く、フェアリーを肩に乗せるイーグルの顔を見上げた。

 

「そっかぁ、あなたが、イーグルなんだ」

 

 ホークアイは「そゆこと」と、嬉しそうに微笑んだ。イーグルは「よろしく」とアンジェラに返し、親しげにホークアイの肩を抱いた。

 

「アンジェラ王女。うちのホークが随分世話になったらしいな。本当にありがとう」

 

 あれっ、とアンジェラは思った。うちのホーク、に妙な力が入っている。そんな愛称があるとは知らなかった。なんだろう、マウント取られてる?

 ホークアイは随分と近い距離で口を尖らせて文句を言う。

 

「世話になったありがとうって何だよ、お前は俺の親か?保護者か?」

「似たようなモンだろ、兄弟」

「ほんと、兄貴ヅラするの好きだね」

 

 ホークアイは抗議しながらも目の奥が笑っていて、文句は形だけなのがわかった。なら、アンジェラには何も否はない。

 ホークアイとイーグルの様子に、アンジェラは心の内に温かいものが広がるような気さえした。親友の仇を取るという理由がホークアイを突き動かしていたことを知っている。その瞳に映った憎悪と悲しみの深さを、知っている。

 

「……よかったわね。ホークアイ、本当に、よかったね」

 

 アンジェラが思わず涙ぐむと、「やめてくれよ」とホークアイは恥ずかしそうに頬を染めた。

 

 イーグルの他にも新たな同行者はふたりもいて、アンジェラはそのふたりに向かい合った。両方見知った顔だ。

 

「デュランと、ケヴィンじゃないの。仲間になってくれたんだ?」

「う……オイラのこと、知ってる?」

「こっちにとっては初対面だっつーのに、一方的に知られてるってなんか気持ちわりぃな」

 

 と、デュランが居心地悪そうに後頭部を搔く。言い方からして、未来から戻ってきたというこちらの事情についてはもう承知しているようだ。病人扱いされたっておかしくないような話なのに、リースといい彼らといい、随分純粋で人のいい連中だ。

 

「あたし、アルテナの王女のアンジェラ。ヨロシクね!ま、王女といっても、今頃母国には指名手配されてるかもしれないんだけどね……」

 

 アンジェラがそう自己紹介すると、デュランは顔色を変えて、「アルテナだと!?」と強くアンジェラの肩を掴んだ。アンジェラは短く悲鳴を上げるがデュランは気にする様子もない。

 

「おい、紅蓮の魔導師を知ってるか!あいつは何者なんだ、教えてくれ!俺は、あいつを倒さなきゃいけないんだ!」

「ちょっと、痛い!放してよ!」

 

 と、アンジェラが激しく嫌がると、デュランは慌てたように「すまん」と強く掴んだ肩を放した。アンジェラはふんと鼻息をついて距離を取った。こんな筋肉隆々の体格をしておきながら女の子の華奢な肩を力いっぱい掴むなんて、紳士の風上にもおけない男だ。

 

「紅蓮の魔導師……あいつは、アルテナで一番の魔法使いよ。以前は私と同じでてんで魔法がダメだったのに、ある時、いきなり強大な魔力を手に入れたの」

「……アルテナ一の魔法使いか……。だが、俺もフォルセナ一の剣士だった男の息子、負けるわけにはいかない」

 

 と、デュランが拳を固く握り締めて唇を噛んだ。前回アルテナがフォルセナに侵攻した際も、紅蓮の魔導師が逃げた後にデュランはひどく憤慨していて、因縁がある様子を見せていたのを思い出す。

 アンジェラたちは紅蓮の魔導師と直接戦う機会はなかったが、魔導要塞ギガンテスの砲撃を打ち込まれるなど、散々な目に合わされている。

 

「ねぇホークアイ。あたし、今回でわかったことがあるの……お母様は、操られてる。紅蓮の魔導師にね。私を殺そうとしたのは、お母様の意思ではなかった。紅蓮の魔導師を倒せば、お母様にかかった魔法も解けるんじゃないかしら」

「……アルテナは、ナバールと同じだったんだな。操られ、戦争に利用されて……くそっ!」

 

 と、ホークアイは眉間に皺をよせ、端正な顔を歪めて悔しがった。

 

「紅蓮の魔導師は聖域で美獣たちの勢力に殺されていたが、それを指を加えて待つ訳にはいかない。早く倒せば、女王とアルテナも通常通りに戻って戦争から手を引くだろう。フォルセナで会う時が狙い目だな」

 

 デュランが「おい、どういうことだ?」と険しい顔で説明を求めた。

 

「デュラン、紅蓮の魔導師もマナの剣を狙ってる勢力の一人なんだ。アルテナはまた近いうち、フォルセナに侵攻する。それを率いてたのは、紅蓮の魔導師だった」

「フォルセナに侵攻だと……?!くそ、一刻も早く英雄王様に知らせないと!」

「英雄王さんには、手紙を出してお知らせしたわ。届いてるかは分からないけど……」

 

 アンジェラの言葉にシャルロットが「はえー、そんなしゅだんがあったとは……」と目を丸くする。

 デュランは剣だこまみれのごつごつした手でアンジェラの白い手をぎゅっと握ってきて、「ありがとう」と真摯に言った。

 

「あんた……王女ってわりに、しっかりしてるな。ありがとう……英雄王様は市井からの意見書にも必ず目を通すお方だ。きっと読んでるはずだ!」

 

 と、デュランは紫の目をきらきらさせた。アンジェラはなんとなく自分の心臓が跳ねたような気がしたが、気のせいだと思うことにした。もっと顔のいい男が見慣れるほど近くにいるのに、こんな無骨で粗野そうな男にドキッとする謂れはない。

 

「よし、マイアで下船したら、そのまま大地の裂け目を抜けてフォルセナに行こう」

「あ、その前にバイゼルに行きたいの。リースが同行してる理由なんだけど──」

 

 と、アンジェラはリースと目配せして、バイゼルの奴隷商人について一行に話した。ホークアイはハッと息を呑んで、シャルロットとも頷き合う。

 

「なるほど、あの時の奴隷商人か……!そう言えば、確か、買っていったのは赤い目の男だと言っていた!邪眼の伯爵とも符号する。きっとエリオットだ!」

「でも、いみわかんなくないでちか?ゆうかいして、うっぱらって、わざわざかいもどすってことでち?」

「連中も一枚岩ではないのかも知れません。エリオットを拐ったニンジャたち……あの女の命令に従うのは癪だとか言って、エリオットを貶めようとしていました」

 

 と、リースが冷たい声で憎々しげに言った。ホークアイとイーグルは心当たりでもあるのか、どきりとした様子で目を合わせる。エリオットを拐った双子は、ホークアイの知己だ。しゅんと頭を項垂れて、ホークアイは「リース……」と口を開くが、リースがそれを止めた。

 

「謝らないで下さい。貴方が悪いわけではないのだから。……それにしてもどうして敵は、エリオットを買い戻すなんて真似をするんでしょうか?身代金を請求できるわけでもないのに」

 

 リースが最もな疑問を口にする。アンジェラはいつそれを言われるかとひやひやしていた。化け物に肉体を捧げられるなんて惨いことが実の弟に待っていると告げるのは、残酷だと思ったのだ。

 少しの沈黙の後、口を開いてくれたのはやはりホークアイだった。

 

「やつらは、王子という器が欲しいのさ。敵の総大将は、黒の貴公子という魔王だ。今は亡き光の城に国を滅ぼす王子として生まれ、忌まわしい生い立ちの古い体を呪って、新しい体を望んでいるようだ」

「か、体を──?……魔王……あなたたちは、そんな強大な敵を相手に……?」

 

 と、リースは声を震わせ、顔色を青ざめさせた。ホークアイがリースの硬直した手を取り、握る。

 

「リース。今回は、そんなことには絶対にさせやしない。この命に代えても」

「…………」

 

 実際、そんなことになった日には世界は魔界に変わり、自分たちは殺されているだろう。

 張り詰めたような空気に耐えられず、アンジェラは「だいじょーぶよ!」とわざと明るい声を出す。

 

「敵の手に渡る前にエリオットを保護したらそれでいいのよ。そうでしょ?」

「ああ。マイアについたら、さっさとバイゼルに向かおう。アルテナのフォルセナ侵攻はまだ少し先だから、その後からフォルセナに向かっても間に合うはずだ。デュランも、それでいいか?」

「是非もねえ。ついてくぜ」

 

 ホークアイが今後の道程についてまとめ、デュランを始め全員が頷く。リースが「みなさん……ありがとうございます」と涙ながらに言うので、アンジェラはよしよしと細い肩を抱きしめてやった。

 

 

 

 

 

 










ホ「待ちに待った美女たちの加入!個人的には100点満点と100点満点でもう言うことナシ!」
イ「このご時世、女子に点数つけてると炎上するぞ」
デ「つーかどっちも100点はねーだろ」
ホ「はいデュランくんのツンデレ頂きました~!」
ケ「どっちも細すぎ、もうちょっと、肉ほしい」
デ「あの肉感で細すぎとか、ケヴィンお前デブ専か?」
ケ「獣人の女、もっと、こう……スイカくらい」
ホ「す、スイカ?!」
デ「いつか獣人の国へ行く、俺は決めた」
イ「奇遇だな、俺もだ」
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