船は自由都市マイアに着港し、リースたちは一息つくこともせずにそのままバイゼルへと向かい黄金街道を進んだ。
黄金街道はマイアとバイゼル、フォルセナを繋ぐ交易路として使われているはずだが、戦争の気配に人々は往来をやめて人通りは見えない。人里近いのに魔物の数は妙に多く、マナの変動によるモンスターの凶暴化と増加は、バストゥークだけでなく世界のどこの地域でも起こっていることなのだと知れた。
しかし魔物たちはまるでリースたちの敵ではなく、足が止まることはない。七人もいればそれも当然だろう。リースは魔物を薙ぎ倒しては、死んだのを確認もせずに足早に先に進んだ。
エリオットのことを考えると、リースは気が急いて急いて仕方がないのだ。こうしている間にも、エリオットは奴隷として売られ苦しんでいるかもしれない。
幼い弟が母の愛に飢えることのないようにと、リースは弟の母代わりとして甘やかして育ててしまった自覚がある。食事は与えられているだろうか、鞭で打たれたり痛めつけられていないだろうか。過酷な環境で、きっと泣いているだろう。
早く行かなければ早く助けなければと焦って、木の影に隠れた魔物に気付くのが遅れた。しまったと思った時には、鋭いダーツがリースの側頭部に放たれた後だ。避けきれない。
ガキン、と音がして、ホークアイが短刀でダーツを弾いてくれたのに気が付いた。いつの間に先頭に来ていたのだろう、先程見た時は寧ろ後方にいたはずだ。
弾かれたダーツはくるくると頭上を回り、ホークアイはぱしりと受け取って、そのままの勢いで投げ返した。次の瞬間には、木の後ろに潜んで奇襲を仕掛けてきた魔物は悲鳴をあげて昏倒していた。あまりに見事な技にリースはポカンとして、少し遅れて礼を言う。
「あっ、ありがとうございます……」
「オーケーオーケー。少しペースダウンしようか、リース」
そう言われて、漸く自分が焦りすぎていることに気が付いた。この一行にはシャルロットといった小さな女の子やアンジェラ王女もいるのに、こんなふうに急がれてはついて来るのも難しいだろう、とハッとして後ろを見る。
しかし後方に陣取ったシャルロットとアンジェラはケロリとしていて、デュランとケヴィンの豪快な闘いぶりをすぐ後ろで見ながら、楽しそうにやいのやいの言っている。いかにも体力のなさそうな二人なのに、見た目より遥かにタフらしい。
「ああ、あいつらは大丈夫、もっとキツい強行軍にも慣れっこだから。じゃなくて、ブラックマーケットは夜しか開いてないからさ。ゆっくり行っても開場には充分間に合うから、落ち着いて行こう」
「……わかりました。どうも気が逸ってしまって……ごめんなさい」
「居ても立ってもいられなくなるのは当然だよ。俺だってそうさ。ま、焦っても仕方ないからね」
それからは先頭をデュランとケヴィンに譲り、彼らに足並みに合わせて黄金街道を進んでいく。ホークアイとリースはしんがりに位置取り、前衛たちの取りこぼしや、後方から狙ってくる魔物の相手に専念することにする。
リースはアマゾネスのリーダーとして先頭を行くことが常だったので、慣れない役割に戸惑った。ホークアイを見て学ぼうと、彼の挙動を観察する。
先陣を切っている時は気が付かなかったが、ホークアイはすこぶる強かった。前方で戦っているデュランやケヴィン、イーグルと比べても圧倒的だ。
後ろにも目がついているかのように状況を余すことなく把握していて、短刀を振るう姿は舞のように滑らかで華やかささえ感じさせるのに、繰り出す切っ先は正確無比に魔物の喉や急所を切り裂く。
ホークアイはまた踊るように魔物を駆除し、リースを振り返ってにこやかに口角を上げた。
自分は、この人の足元にも及ばない。ありありと実力の差を感じ、リースはあまりの情けなさに落ち込み、自らの力不足を恥じ入った。
「……世界は、広いですね。こんなに強い方がいるなんて。私は今まで訓練を重ねて来たつもりでしたが、何も身になっていなかったのだと、わかりました……」
「え?いや、ごめんちょっとカッコイイとこ見せたくて張り切ってみた!リースは十分やってるじゃないか!」
「いえ……私、何も知らないんです。国を出て、それがやっとわかりました。アマゾネスのリーダーを名乗っても、本当は王女として甘やかされてきたのだと――……」
アマゾネスの団長としての地位も勝ち取ったものではなく与えられたものに過ぎず、戦士としても中途半端。部下のアマゾネスたちは大抵リースより年上で、本当に手強い魔物を相手にする時リースは後方に下がらされた。彼女たちにとってリースは保護対象だったし、リースもそれを当然だと思い、判断を委ねていた。
アンジェラと同じく王女なのに自分は未熟者だ、と勝手に比較して僻んでしまっているのを、ホークアイは正しく読み取って苦笑した。
「もし俺の知ってる王女サマと比べて落ち込んでるなら、本当にそんな必要はないんだぜ。出会った頃のあいつはとんでもないワガママかつ想像を絶する世間知らずで、正直めちゃくちゃだったよ。今多少なりまともに見えてるんだとしたら、俺の苦労の賜物さ」
と、ホークアイはちらりと前方のアンジェラに目線を送って笑った。悪口の中に混ざった愛しむような親しみが、ホークアイとアンジェラの間の信頼を物語っている。
「真面目すぎるなぁ、リースは。ま、そんなところも魅力的だけどね」
と、ホークアイはリースに向けて片目を器用に瞬かせた。リースは体温が上がって、頬が紅潮するのを感じる。
自分はどうしてしまったんだろう、なんでこんなふうに体温を上げてしまうのだろう。ローラントでは、こんなふうにからかってくる男の人はいなかった。
だけれど、ホークアイとアンジェラが再会した時の熱い抱擁を思い出した。容姿端麗で絵になるふたりはお似合いで、誰かがその間に割って入るなんて到底できない気がした。
リースは俯いて、「そうですか」と出来るだけ淡々と言った。ホークアイの言動で浮き足立ったり落ち込んだりと一喜一憂するのを知られたくなかったこらだ。
ホークアイは、おや、と不思議そうに首を傾げた後、苦笑して、「さ、もたもたしてたら置いていかれる」と話を逸らし、前方と少し開いた距離を詰めるべく先を急いだ。
夜の帳が落ちようとする頃、大地の裂け目へと続く洞窟への分かれ道を通り過ぎ、一行は商業都市バイゼルに到着した。バイゼルは今、アルテナがフォルセナに侵略するという情報に警戒して余所者を徹底的に排除し、街を封鎖しているらしい。正面突破は無理だろうと、門を避けて少し離れた壁へと近づく。
高い石壁は滑らかで凹凸はなく、足がかりとなりそうな木や岩も見当たらず登るのは不可能そうに思える。どうやってバイゼルに入ればいいのだろうとリースは唇を噛んだが、ホークアイは壁を見上げて、何も問題はないかのように「これなら行けそうだな」と余裕がある様子だ。
「さて、全員で行っても目立って仕方ない。俺とリースで行ってくるから待っててくれ」
と、何の相談もなしにホークアイはそう言った。「そうね、任せるわ」とアンジェラはホークアイへの信頼を滲まし、デュランは「それはいいが」と首を傾げた。
「どうやって侵入する気だ?さすがに登れねぇだろ」
「さすがにオイラでも、ジャンプしても、届かないかも……?」
と、ケヴィンは試しに壁に向かって跳び上がるが、獣人の脚力を以てしても壁の上には手が届かず、ケヴィンは悔しそうにぐるると唸った。
「ま、見てなって」
と、ホークアイは荷からロープを取り出して肩にかけ、壁から距離を取る。
その間にイーグルが無言で壁に背を付け腰を落とし、手のひらを上に体の前で重ね合わせた。ホークアイがイーグルに向かって助走を付ける。イーグルの手のひらを足場にして跳び上がるのと同時に、イーグルがはるか頭上にホークアイを放り投げた。イーグルの力も借りて高く跳躍したホークアイは壁の上へと手をかけ、まるで重力を感じさせない軽やさで難なくよじ登った。見事な連携と技に、シャルロットやアンジェラの口から「わおっ」と感嘆の声が漏れる。
「すげー身軽だな、サルみてえ」
「さすが、ドロボウ……」
デュランとケヴィンの野次に「褒め言葉と受け取っておくよ」と返しながら、ホークアイはロープの片側をこちら側に落とし、イーグルがそれを受け取る。もう片側を壁の上の突起に固く結びつけ、「こんなもんか。リース、おいで」とリースに向かってひらひらと手招きした。
イーグルはロープを強く引っ張って外れないことを確認すると、「少し滑るから、気をつけて」とリースに手渡す。山岳でのロープワークの経験はあれど、凹凸もない垂直の壁は初めてだ。リースはロープを支えになんとか壁を登り、最後はホークアイの手を掴み、引き上げて貰う。
「慣れてますね……」
リースは感心してつい漏らすと、ホークアイは「そりゃ、本職ですから!」とにこりと笑った。
「こういうの見ると、アルテナも防犯もっとちゃんとしなきゃって思うわね〜」
「お前らをフォルセナにつれてっていいのか心配になってきた」
と、アンジェラとデュランは盗賊たちの手腕に感心半分警戒半分、といった様子だ。ホークアイはロープを引き上げて反対側に落としながら、「ナバール盗賊団はあくどい儲け方してる金持ちしか狙わない義賊だって、聞いたことない?」と、わざとらしくがっくりと肩を落とした。
人の気配がないのを確かめてから、またロープを伝いバイゼルの中に降り、リースはホークアイの案内で足早にブラックマーケットへと向かった。商業都市というだけあって、雑多な広い市場で様々なものが売られており、大勢の人が取引を行っている。
騒々しい市場を通り抜け、港の近くの一際大きな建物、それが夜しか開かないというブラックマーケットだった。そこでは、場所代さえ払えば何を売買しようが自警団も目を瞑る。
ここにエリオットがいるのだと急くリースを前に、ブラックマーケットの入口で、ホークアイはリースの肩を掴み真面目な顔で警告してきた。
「リース。難しいだろうが冷静にな。不法侵入だし、騒ぎはまずい」
「ええ、わかっています」
まだ開場したばかりだと言うのにマーケットは賑わっている。沢山の人の汗や酒や香料の匂いが充満していて、鼻がおかしくなりそうだ。
奴隷などの倫理に関わる取引はマーケットの奥の区域で行われているらしい。薄暗い闇市の中を、ホークアイが器用に人をすり抜けて歩くのを必死に追う。
闇市の最奥の壁際に、奴隷商と、鎖で拘束された少年の姿を見つけ、リースは顔を真っ赤にして叫んだ。
「エリオット!!」
リースは人に肩をぶつけるのも気にせず駆け出し、鎖に繋がれ猿轡を嵌められたエリオットに勢いよく抱きついた。エリオットも音にはならずとも嬉しそうにリースの名を叫んだ。みすぼらしいボロ布を纏わされて、十分な食事は与えられなかったのか丸かった頬はこけてやつれているが、五体満足で痛めつけられた跡もない。無事で本当に良かった。
鎖や猿轡を外してやろうとガチャガチャすると奴隷商は嫌そうに顔を歪め、「おいおい困るよ」とエリオットの鎖を引いた。
「その商品の知り合いかい、お嬢ちゃん?でもなぁ、売られたにしろ拐われたにしろ、買い戻すなら金払ってもらわないと」
と、奴隷商はエリオットを商品と呼び、その値段を口にした。決して簡単に払えるような安い値段ではなかったが、人ひとりの人生と命の値段だと思えば驚く程に安い。
それがエリオットの価値だというのか。リースは血が沸騰するような感じがして、目の前が真っ赤になる。
「痴れ者め!!!許せない、人間を商売の対象にするなんて!!あなたみたいな人がいるから……!!」
リースは衝動のまま槍を振りかぶった。奴隷商は「ひいいっ!」と悲鳴を上げて壁際に張り付く。怒りで腕がぶるぶる震えるが、奴隷商の喉に穂の先を突きつける。こんな人間は存在しない方が世の中の為だ。このまま切り捨ててやりたくて、突きつけた槍の先を少し押し込む。
長槍の柄をホークアイが掴み、リースを止めた。
「リース」
「でもっ!!」
「落ち着いてくれ。ここは俺に任せて」
ホークアイの言葉に、渋々リースは槍を僅かに引いた。ホークアイはほっとした表情の奴隷商に近寄り、囁く。
「なぁ、あんたは知らなかったみたいだが、この男の子は正真正銘ローラントの王子だ。所持品を調べなかったのか?何か王族に連なる印を持ってるはずだ」
奴隷商は「はあ?」と、薄暗い中でもはっきりとわかるほど顔を青くした。
「王子をこんなふうに扱ったことがアマゾネスたちに知れたらどうなるか、あんた、分からないわけでもないだろう。命懸けでこの商売やってるのかい?」
「そのガキ、自分は王子だかなんだか言ってたが、助かりたいがための、苦しい嘘だと……ゆ、許してくださいっ、知らなかったんだ!商売ももうやめる!」
取り乱し、床に頭をこすりつける奴隷商の姿を見て、ようやくリースは槍を収めた。
奴隷商はエリオットの鎖を解くのも忘れて這う這うのていで逃げ去り、ホークアイが呆れた様子でエリオットの拘束を解いてくれた。リースとエリオットは涙を流して抱き締め合った。
「エリオット、無事で良かった……!辛かったでしょう、もう大丈夫よ……!」
「姉さま……!」
小さな体はリースの腕の中にすっぽりと収まる。少し痩せたように感じるし、抱き返してくる力はか弱い。ニンジャたちに拐われてからのエリオットの苦労が窺えて、リースは胸が締め付けられる。
「ホークアイさん、本当にありがとうございました。何と、お礼を言って良いか……!」
「礼なんて。エリオットくんが無事で良かった」
エリオットも礼儀正しい様子で「助けてくれて、ありがとうございました」とホークアイに頭を下げる。
ホークアイに止められなければ、リースはエリオットの見る前であの奴隷商を殺してしまったかもしれなかった。魔物相手の訓練もまだで血も見慣れていないエリオットの前だから、流血沙汰にならなくて良かった。リースとて人を殺したことはなかったが、あの奴隷商の男は人身売買に手を染める心根の持ち主だ。人とは言えまい、魔物と同じだ。
自分の中にあんな煮え滾るマグマのような激情が眠っていたなんて、リースは知らなかった。冷静でいろと直前に言われていたのに、エリオットが物のように扱われている様を見てそんな警告はすっかり頭から飛んでいた。
リースがそういう女だと、未来から帰ってきたというホークアイは知っていたのかもしれなかった。ここではないどこかの時間で、同じようにリースと関わったことがあるのだ。
その考えはまたリースをもやもやとさせた。こちらは知られているのに、リースはホークアイのことを殆ど知らない。ホークアイがリースに向ける、仲間意識のような親しみが篭った目の理由を、リースは知りたかった。
エリオットをつれてバイゼルに侵入したロープを逆に伝い、バイゼルから無事に脱出を終える。待っていた残りの一行はエリオットの姿を見て、無事で良かったと喜んだ。特にアンジェラはエリオットを抱き締めて、「空振りだったらどうしようって、本当に不安だったの!」と、もう一度会えたことを喜んでくれた。
ホークアイたち一行は、アルテナのフォルセナ侵攻の被害を食い止めるためにフォルセナへと向かうらしい。リースとエリオットは父ジョスターの元に帰らなければならないので、彼らとはここでお別れだ。父王はきっと、拐われたエリオットを心配し帰還を今か今かと心待ちにしているだろう。
「リース、フォルセナでの件が終わったら、俺たちもバストゥークに向かう。それまではアジトで、焦らず、生き残ったアマゾネスや武器を集め、城の奪還に備えて準備を進めておいてくれるか」
と、ホークアイは当然のようにローラント城の奪還を手伝うことを前提としている。恐らくは、彼らの言う『前回』がそうだったのだ。ホークアイたちの支援を受け、リースたちはローラント城を取り戻すことになるのだろう。
「わかりました。ご無事で……ホークアイさん、皆さん」
初めて会った時のように、また会えるかとは聞かなかった。
*****
あぶないな、と思いながらイーグルはシャルロットたちの様子を見ていた。ホークアイとリースがバイゼルに侵入した後、帰ってくるのを待つ間、どうやら暇を持て余したシャルロットはケヴィンを巻き込んで遊び出したようだ。
ケヴィンをジャンプ台にして、ホークアイが壁を登った時の再現をしたいようである。息の合った連携を見せた時、シャルロットは楽しそうに目をきらきらさせていた。
「いくでちよ!ケヴィンしゃん!」
「う、うん!」
勿論、即席のタッグで成功する訳もない。シャルロットは幼児の見た目を裏切って、身体能力は高く体力もあるが、幼児の体であることに変わりはないのだ。高く放り投げられたシャルロットは壁に顔面を強打し、そのままケヴィンの上に落下した。
「ご、ごめん、シャルロット!」
「ふええ、い、いたいでち……」
と、ケヴィンの腹を踏みながら泣き声を漏らすシャルロットに、イーグルは「かわいい顔が台無しだ」と笑う。シャルロットは石壁に擦って鼻の頭や額、丸いほっぺたに擦り傷をいくつも作っていた。
イーグルが「ヒールライト」と唱えてやると、白い光がシャルロットを包み、怪我など最初からなかったかのようにあっという間に擦り傷を消す。勿論シャルロットなら自分でヒールライトを使えるが、自己回復、特に視認できない回復は案外難しい。
「あら……イーグルあなた、魔法も使えるの?」
ほう、と息をついてアンジェラが感心した。マイアからここまでの道中は雑魚ばかりで回復が必要になるようなヘマは誰もしなかったので、アンジェラにとってイーグルの魔法は初見らしい。
「ああ、独学だが。昔はホークアイも生傷絶えなくてな、必要に迫られて覚えたのさ」
「イーグルしゃんは、せいれいしゃんがいなくてもまほーをつかえる、なかなかのつかいてでち。シャルロットもおしえてもらいまちた」
「独学なのに?それって……すごいわね。あーあ、あたし、もっと真面目にホセの授業を聞いておくんだったわ」
「ま、このシャルロットには、まーったく、かないまちぇんけどね!」
「正直、キミらの魔力の高さは尋常じゃないぞ。比べられても困る」
彼女ら二人は精霊の補助を受けて魔法を使用していた為か、魔力の使い方が大味だ。なので小手先の技術はイーグルにもまだ多少の分があるが、魔力量でいえば足元にも及ばない。努力ではどんなに頑張っても到達できないレベルの、生まれ持った資質の違いというやつだ。
デュランやケヴィンといった男臭い連中を蚊帳の外にして魔法談義に花を咲かせながら、アンジェラは瞳をきらきら輝かせて、イーグルを見た。
「ねぇ、あたしにも教えてよ。精霊がいなくても魔法を使いたいの」
王女が盗賊に教えを乞うなどプライドもメンツもあるだろうに気にもせず、アンジェラがねだるようにそう言うので、「勿論。魔法王国の王女に指南できるなんて光栄だ」とイーグルは快諾した。
「まず、いつものやり方を見せてくれるか。ウィル・オ・ウィスプ以外の属性……そうだな、この辺だと、地属性のマナが少し多いかな。地属性は使えるか?」
「全属性オッケーよ。精霊さえいればね」
「その条件はなくてもイケるはずだ。 かの有名な理の女王の娘なんだろ?」
「ヒドい男ね、コンプレックスがんがんに刺激してくるじゃない。昔のあたしなら泣いてるわ」
言葉とは裏腹に気にしているような素振りはなく、アンジェラは杖を握り締め、目を閉じてぶつぶつと詠唱を始める。だが少し待っても何かが起こる様子はない。
「自分が何をしたいのか、もっと具体的にイメージを描け。媒介の杖に頼るな。あくまで杖なんて補助だし、寧ろ練習段階じゃ無い方がベターだ」
と、イーグルはアンジェラから杖を取り上げて無造作に地面に置いた。アンジェラの手を掴み、手の平を合わせて、「俺は地属性とは無縁だが、魔力の使い方なんかはどれも一緒だ。俺に合わせてくれ」と、指と指を絡めて握る。
「自分の周りの、地属性のマナの流れを感じるんだ。自分自身も、自然の一部であり世界の一部であることを意識して。マナを集めようとするんじゃなくて、手伝ってもらうだけなんだ。魔力は心臓から、血管を通るように手の先に流すイメージ。自分の魔力を、マナに溶けあわせて――」
と、イーグルはアンジェラの手をそっと離し、アンジェラの肩口から肘の内側、手首を通って指先へと、魔力の流れを誘導し、伝い撫でる。
アンジェラは沈黙の後、「ダイヤミサイル!」と言った。すると、アンジェラの目の前に小さな石礫が数個現れ、地面に落ちて刺さった。
それは攻撃魔法というには些細な出来栄えだったが、アンジェラが生み出した礫であることは確かだ。アンジェラは喜びに飛び上がった。
「きゃーっ!できた、できたよ!見た?」
「ああ、すごく上手いよ。今まで出来なかったのが不思議なくらいだ。練習を重ねれば、もっと上手くなる」
と、イーグルはアンジェラの頭を優しく撫でて褒めてやった。滑らかな髪は手入れが行き届いていて手触りがいい。ホークアイも髪質を気にして手入れするのを時折見かけるが、砂漠の乾燥と日射しにやられて痛むのは避けられないと嘆いていた。
イーグルの行動にアンジェラがきょとんと目を丸くしたので、イーグルは「おっと。すまない」と焦って手を離した。子供のように明るく飛び跳ねて喜ぶので、つい、ジェシカやホークアイにするように対応してしまったことに気が付いた。
しかしアンジェラは不快になった様子はなく、「あなた、ホークアイと似てる」と含み笑った。
「俺が?似てるか?」
「パッと見の雰囲気は似てないけど、やっぱり、ふとした仕草とかに出てくるのね。お兄さんぶるところとか、スキンシップの仕方とかがそっくりよ。一緒に育つって、そういうことなのかもね」
「そうか……意識したことなかったな」
ナバールでは、仲が良いと囃し立てられることはあっても似ていると言われたことはなかった。自分とホークアイの知らなかった一面を知った気分だ。愛する親友兼兄弟と似ていると言われて、勿論悪い気はしないが、いい気もしない。大人げもないし情けないので意識しないようにしているが、それはふとした瞬間に顔を出す。
「ホークアイしゃんとイーグルしゃんは、マナのかんじも、なんとなくにてまちよ。ことばでせつめいするのは、むずかしいでちけど……」
と、思わぬ方向からも似ているとの声があがる。エルフは普通の人間よりもマナへの感度が高いから、ハーフエルフの彼女が言うならそうなのだろう。
ホークアイと共に旅した彼女たちは、イーグルも知らないホークアイをよく知っている。死んでいたから仕方がないが、自分が一番やつのことを分かっているという自負は、いつの間にかどこかに消え去ってしまった。
他人の彼女たちがホークアイの信頼を得て身内のように扱われているのも、ホークアイが彼女たちを自慢するように得意げに褒めるのも、本当はいまいち面白くはないのだ。
アンジェラの魔法の練習に暫く付き合っているうちに、ホークアイとリースが壁を乗り越え、拐われたというローラントの王子をつれて帰ってきた。
エリオットはシャルロットより少し大きいくらいの歳で、こんな小さな子供が家族から引き離されてたったひとり奴隷として売られようとしていたのだと思うと、腸が煮えくり返りそうだ。
だけれど、そんな話はよく転がっている。ナバールはそんな恵まれない子供たちを見つけては保護していて、奴隷あがりのシーフは珍しくもない。
奴隷を生むのは貧富の差だ。富を持つものだけが富を集め、持たざる者は一生そのまま。そんな格差を生む王制や、生まれ持った身分なんてものを父フレイムカーンは毛嫌いしていて、それはナバール全体の支持する思想だ。
だがそれは誰か個人に向ける恨みにしていいものではないし、ましてや年端も行かぬ子供を相手に鬱憤を晴らすなど言語道断だ。それをしたのがビルとベンだと聞いた時は目眩がした。洗脳されてやったことなのだとしても許されざる所業だ。
幸いにもエリオットは五体満足で、目立った外傷もなく、心配していた精神的な傷もないように見える。
リースとは短い同行だったが、大地の裂け目への分かれ道で別れる次第となった。別れを惜しみながらもローラントでの再会の約束をし、リースとエリオットは黄金街道をマイアへと戻って行った。
「さて、フォルセナに急ぐぞ」
とホークアイが仕切り直そうとしたところで、イーグルの中からふわふわとフェアリーが姿を見せてホークアイを止めた。
『ねぇホークアイ、このあたりにはノームがいるんじゃないの?わずかだけど、マナを感じるの』
「そういえば、前はフォルセナに行く前にノームの力を手に入れたんだったわね」
と、アンジェラも口を挟むがホークアイは「いや」と首を振る。
「今はフォルセナを守ることが先決だ。前回はぐずぐず遠回りさせられて、アルテナ軍に先を越されてしまったからな」
「でもホークアイしゃん。ノームしゃんがあのもぐらに、いつたべられちゃうかわかんないでちよ」
シャルロットの言葉に、ホークアイはハッと何かを思い出したようだった。
「……あっちを立てればこっちが立たず、か」
ホークアイが言うには、千年に一度世界に異変が起こるとき現れると言われるジュエルイーターという地底獣によって精霊ノームは囚われているらしく、前回もノームはそのモンスターに食べられそうだったと主張したらしい。ホークアイは長考を終えて、「よし」と膝を叩いた。
「二手に別れよう。シャルとアンジェラ、それにデュランは俺と一緒にフォルセナへ。俺たちはアルテナ軍のフォルセナ侵攻を食い止め、紅蓮の魔導師を倒す。デュラン、英雄王様への橋渡しを頼めるか」
「……紅蓮の魔導師は、俺の力だけで倒したかったがな。そうも言ってられねえ状況か」
と、デュランは眉間に深い皺を刻んで言った。紅蓮の魔導師を倒すために国を出て、クラスチェンジの方法を探していた男だ。クラスチェンジも叶わぬまま国に帰り、こんな形で目的の仇敵を複数人で倒しても不服だろう。
「あいつを倒せば、お母様は正気に戻ると思うの。わかって」
「ふん。そんなことになってると知ってまで我を通したりはしねえよ」
と、アンジェラの懇願にデュランは不満そうに答える。ホークアイは「できるだけトドメはお前に任せるからさ」とデュランの溜飲を下げようと苦笑して、イーグルを振り返った。
「イーグルとケヴィンは、ドワーフのトンネルまでノームを助けに行ってやってくれ。終わったら、フォルセナで合流だ」
「べつどうたいは、ケヴィンしゃんとイーグルしゃんだけでいいんでちか?」
「紅蓮の魔導師を相手に、これ以上戦力を削るのは危険だと思う。……というか、このふたりなら、当時の俺たち三人より十分強いよ。当時はお前ら魔法覚えたてで、まともな戦力はまだ俺しかいなかったし」
と、ホークアイは肩を竦めた。アンジェラとシャルロットは不服そうに頬を膨らませたが、反論はないらしい。ホークアイは彼女らを頼りになる仲間だと絶賛していたが、旅路の序盤はまた別の話のようだ。
光の司祭様のお孫さんと深窓のお姫様だ、それもそうだろう。デュランやケヴィンといった手練とも出会っておきながら、およそ戦えそうにもない女の子ふたりをよく旅の道連れにしたものだ。彼らの溢れるような魔法の才能が当時のホークアイに見抜けたとも思えない。
まるで接点のない彼らが導かれるように出逢い、旅路を共にし、世界を救う。何かの恣意が働いていたのなら、それはイーグルを殺そうとした、運命と呼ばれる何かと同じものに違いない。
ホークアイは「任せたぞ、イーグル、ケヴィン」とニッと笑って、拳を突き出した。ナバールのシーフとしてチームを組む時も、こいつはいつもこんなふうにイーグルを信頼しきって仕事を任せた。
イーグルなら出来て当然だ、というその眼差しがイーグルにとってはプレッシャーにもなったことは、知らないままでいい。その眼差しを失わないために、どれだけ頑張れたことか。その努力が今に繋がっている。
「ああ。お前も無事でな」
「オイラ、頑張る!」
大地の裂け目へ通じる洞窟の中、ホークアイの言った通り、金の女神像の横に隠された穴をウィル・オ・ウィスプが見つけた。そこでホークアイたちとはとりあえずの別れとなった。彼らが大地の裂け目を進んでいくのを見送って、イーグルとケヴィンは地下深くへと潜っていった。
ホ「ああリース…美女がひとり離脱してしまった…もはやアンジェラだけがこの旅の癒しだ」
ケ「アンジェラ、細すぎて、心配。もっと、ご飯、食べさせよう!」
ホ「いや寧ろダイエットしたいって言ってたよ。俺の肉のなさが羨ましいんだってさ、ふふん」
ケ「ホークアイは、見た目より意外と肉、ある」
ホ「え゛゛゛っっっ?!?!」
ケ「細く見えるけど、戦士だから」
イ「ああ、筋肉の話か?」
デ「……ん?ケヴィンが前に言ってたスイカっていうのは……」
ケ「筋肉あわせて、こう…スイカくらい」
デ・イ・ホ「」