金の女神像近くでイーグル、ケヴィンの二人と別れ、デュランたちは大地の裂け目の吊橋へと向かった。
ホークアイが言うには、『前回』はこの大地の裂け目の吊橋の上でアルテナ兵とかち合って、魔導ゴーレムと戦闘になったらしい。その際の爆発で吊橋が落ちて酷い遠回りをする羽目になったのだと、女たちと愚痴混じりの思い出を言い合っている。
デュランの故郷であるフォルセナはミスト山脈と大地の裂け目に囲まれた内陸国で、吊橋は外に通じる唯一の手段だ。肥沃な大地のおかげで食料には事欠きはしないが、橋が落ちてはフォルセナは世界から孤立してしまう。世界中のマナストーンを占領しようとしているアルテナにとっては、世界でも最も軍備の整ったフォルセナが隔離されるのは好都合だっただろう。
今回は以前より少しタイミングが早いらしく、アルテナ兵の姿はまだ見えない。一行は何事もなく無事に大地の裂け目を通り過ぎた。
こちらの道を通るのは初めてだと言う彼らを案内し、モールベアの高原を抜け、デュランは紅蓮の魔導師を倒すまで戻らないと誓ったはずのフォルセナへと戻ってきた。
街の中は平和そのものだったが、普段よりも警備についている兵士の数が増えていて、どこかピリピリとした緊張が漂っている。デュランが国を出る切っ掛けとなった例の事件もあったし、戦争の気配を感じているのだろう。
フォルセナにおいてデュランは色んな意味で有名人だ。年配の兵士たちにはかつて竜帝を倒し世界を救った黄金の騎士の息子として、若い連中には若手の剣士で一番の実力の荒くれ者として、国王陛下には親友の忘れ形見として目をかけて可愛がられている。名乗れば国王陛下への謁見は直ぐに実現した。この戦時下で、胡散臭そうな余所者と小さな子ども、露出の激しいアルテナ風の女まで連れているにも関わらずだ。
「デュラン、戻っていたのか」
玉座の間に進むと、英雄王リチャードこと国王陛下は一傭兵に過ぎないデュランに気さくに声をかけられた。デュランは磨きあげられた床に勢いよく膝を落とし、頭を下げる。
「はっ!国王陛下、ご無沙汰しております」
「戻ってきてくれたということは、もう修行の旅は終えて、我が騎士として働いてくれるということかな」
と、陛下はにこやかにデュランに尋ねた。「それは……」とデュランは口篭った。
デュランは若手の中ではフォルセナ一の剣の腕を誇ってはいるが、正規兵ではなく傭兵として働いている。正式に騎士として仕えないかと陛下は度々誘ってくださるが、騎士となるのは己の腕に納得がいってからだと、デュランは決めている。
黄金の騎士として名を馳せたデュランの父も、若い頃はこうして傭兵として修行を積んでいたのだ。正規兵になれば当然フォルセナに留まらなければならず、このように修行の旅に出ることは出来なくなってしまうし、任務と雑事に縛られるのはまだ性にあわない。
「いえ。本日は、修行を一時中断し、聖剣の勇者を連れて参りました。この者たちから国王陛下にお話がございます」
「何っ、聖剣の勇者だと!」
デュランが紹介すると、ホークアイは陛下に向かって膝を付いて自己紹介し、己や旅の仲間たちが別の未来の記憶を持っていることを伝えた。フェアリーに選ばれし者として聖剣を抜き、魔界の王に負けて戻ってきたことを掻い摘んで説明する。正確に言えば今世では聖剣の勇者ではなく、フェアリーの宿主もまた別にいることも告げた。
「今のフェアリーの宿主は聖域への扉を開くため、精霊ノームに助力を求めにドワーフを訪れております。なので、証明するすべは今はありません。全てを信じて頂かなくても結構です。しかし、ここフォルセナに、アルテナの侵略が数日以内にあることは確かなのです。英雄王、警備の強化と、街の住民の避難をお願い申し上げます」
ホークアイの突拍子もない話の内容に陛下は動揺しつつ、「デュランよ、この話はまことなのか」とデュランに尋ねた。
「まことです、国王陛下。この男やこのアルテナの王女が、未来をぴたりと言い当てるのを見て参りました。アルテナの侵略が間近に迫っているのは間違いございません」
「アルテナの王女だと?書簡をくれたのは君か……」
と、陛下はアンジェラの素性を聞いて驚いて、アンジェラの顔をまじまじと見た。こんな蓮っ葉な見た目をしておいて王女だと名乗るのだから変に思っても不思議はないが、陛下の目つきはどうもそれだけではないような気がした。
「君の書簡を読み、あの晩は万全を期してワシの警護に多くの兵が割かれ、外の警備に当たる兵士は半分以下になった。そして、外の警備の兵士たちはデュランを残し全滅……だが結果として、紅蓮の魔導師による犠牲者は減ったと言える。そうか……君が……」
「…………」
デュランが紅蓮の魔導師に敗北を喫したあの晩、警備の兵士の顔ぶれが減っていたのはアンジェラの送った手紙を理由としていたらしい。もし警備の人数が元の数のままだったとしても、紅蓮の魔導師による虐殺は避けられなかっただろう。警備の配置を変えられた兵士たちが命拾いしたと翌日泣いていたのを思い出す。
「しかし、アルテナの王女というと……本当に、ヴァルダ……理の女王の……?」
と、陛下は珍しくも歯切れの悪い様子で、アンジェラの顔を見つめる。アンジェラは気にもせずに「手紙を信じてくれて嬉しいですわ、英雄王様」と上品ぶって礼をした。
「いいんでちか、アンジェラしゃん?なにもきかなくて」
と、シャルロットがアンジェラにこそこそと耳打ちする。アンジェラは「いーわよ」と口を尖らせた。
「勿体ぶって意味深なこと言うだけ言って、どーせ今回も『今は知らない方がいい……』とかって誤魔化されちゃうんだから。腹立つだけ損よ、損!」
と、陛下の歯切れの悪い様子は前回もあったことらしく、アンジェラは憤慨してみせた。
その後、陛下はホークアイたちの言うことを全面的に受け入れ、フォルセナはアルテナの侵略に備え厳戒態勢をとることとなった。
警備は常時の倍以上に増やされ、城下の民には外出禁止令が出された。
ホークアイたちに前回の出来事を聞いたところ、街中が戦場にはなるものの殺されていたのは兵士ばかりで、アルテナ兵はわざわざ民間人に手出しはしなかったそうなのだ。紅蓮の魔導師に唆され侵略者に堕ちたと言えど、ナバール盗賊団のように洗脳を受けた訳ではないので、アルテナの兵士たちには最低限の良識は残っているらしい。
とは言えど末端の兵士や市民に、聖剣の勇者たちの話は説明されていない。アルテナ兵の侵攻が間近に迫っていることだけが伝わり、今か今かとフォルセナ中の兵士はかつてない緊張に包まれ、市民は怯えて身を寄せ合っている。
アルテナを待つ傍ら、アンジェラは城の中庭を借りて魔法の訓練を行っているようだった。シャルロットと同じようにイーグルから精霊なしで魔法を使うための指南を受けてから、時間を見つけてはその練習に励んでいる。見た目を裏切って努力家らしく、回数を重ねる毎にその威力が増していくのが目に見えた。
しかし魔法王国を相手に戦争をしようというこの時に、派手さを増していく魔法の練習は目立つ。あれは誰だと兵士の間で噂になり、どうやらアルテナの王女がフォルセナの味方になったらしいと話が回るのに時間はかからなかった。
だが味方らしいと知ってはいても、兵士たちが殺された先の事件のこともある。アルテナの王女であるアンジェラに向けられる兵士たちの視線は冷やかだった。
陛下の客人として城に部屋を借りた彼らに面と向かって文句を述べるような者はいなかったが、耳を澄ませば恨み辛みが聞こえてくる。
同僚や友達を紅蓮の魔導師に殺された兵士たちの憎しみがアルテナの王女に向かうのは、見当違いなれど当然だ。やられた側にとっては、例え国から追放されていようが指名手配を受けていようが、王女というだけでアンジェラは加害者の一員に見えるだろう。
しかし針のむしろの当のアンジェラは慣れたものだと言わんばかりに、平然としている振りをしている。きっと前回も同じ目にあったに違いない。
仲間の女をこんなふうに扱われてホークアイは文句を言うかと思ったが、やつは何も言わなかった。シャルロットが「アンジェラしゃんがわるいわけじゃないのに!しつれいしちゃうでち!」とイライラしているのに対して肩を竦めただけだ。
どこから漏れたのか、どうやらやつの素性が今世間を騒がせているナバール盗賊団の一味だとバレたらしい。友好国のローラントを滅ぼして、今度はフォルセナを狙ったスパイなのではないかと中傷されている。そんな男がアルテナの王女を庇っても、悪化は目に見える。
思えば、ホークアイもローラントでは今のアンジェラと同じく後ろ指を指される立場だろう。いや、より悪いはずだ。死者の数はフォルセナの先の事件よりもローラントの方が遥かに多く、城は焼かれ国は崩壊したのだ。
彼らが自分たちへの罵りも誹りも甘んじて受ける気ならば、デュランには関係のないことで、何も言うことはない。だが、奴らの事情も実力も知らずにこそこそと陰口を叩くのは、フォルセナの男として卑怯だし腹立たしい。
「おい、ホークアイ。暇なら相手しな」
と、デュランは中庭の端でアンジェラの練習に付き合っていたホークアイを誘った。安全のため刃を潰してある鍛錬用の剣を投げると、ホークアイはきょとんとしながらも受け止める。やつの得物ではないが、一際小さな剣を選んだのでそれほど差異は無いはずだ。
「好き好んで男と汗水垂らす趣味はないんだけどぉ」
「いいじゃない、あたしもちょっと休憩したいわ。頑張ってよね!」
「まけたらしょーちしないでちよ、ホークアイしゃん!」
と、アンジェラがホークアイの背中をばしんと叩き、シャルロットも激を飛ばす。ホークアイは渋々といった様子で中庭の中心へと進んだ。
「やれやれ、美女と美少女の応援を受けたとなっちゃ、負けるわけにはいかないな」
と、ホークアイはきざったらしく前髪を整えながらデュランに向き合う。チャラチャラしやがって、とデュランはムッとして剣を構えた。
中庭の他の兵士たちはなんだなんだとデュランたちの動向を遠巻きに見守り始める。ギャラリーは望むところだ。
ホークアイが強いのは充分知っている。だが身体能力まで敵わないとは思っていない。今までホークアイを見てきたが、やつが得意とするのはチーム戦だ。多数を相手にした時の視野の広さや、ここぞと言う時のフォロー。その俊足で誰かのピンチには必ず助けるので、ホークアイが一際優れているという印象ばかりが際立つが、純粋な腕力や一対一の剣技なら負ける気はしない。
「行くぞ!」
と、デュランは鋭い声と共に脚を踏み出す。ホークアイも借りた剣を構え、デュランを迎え撃つ。ダガーやナイフを扱いなれたホークアイにとっては、フォルセナの剣は一番小さなものでも重いだろう。
思った通り、やつ特有のフットワークの軽さを活かせていない。ホークアイは腰を落とし、上段からのデュランの一撃を受けた。普段のやつなら身を捩り避けられたはずだ。
体重の乗った一撃はホークアイが思ったよりも重かったらしい。ホークアイは受け止め切れずに体勢を崩した。その隙をデュランは見逃さず、横に薙ぎ払う。切っ先はホークアイの頬を掠め、剣はホークアイの手から弾き飛ばされる。
剣はカランカランと音を立てて中庭を滑り、アンジェラとシャルロットの足元まで届いた。ホークアイは自分が負けるとは一切思っていなかったのだろう、ぽかんとマヌケに口を開けてデュランを見た。やつは散々上からモノを言ってきたので、すっと胸がすく思いがする。
「ホークアイしゃん、よわっ!なさけないでち〜!」
「あらっ、デュランってちょっと、かっこいいかも……」
と、シャルロットとアンジェラからもどこか楽しそうな野次が飛ぶ。ホークアイを打ち負かした喜びを隠さずニヤけたまま、デュランは呆れたふうを装ってため息を吐いてやった。
「おいおい、新米兵士でももうちょっと気骨あるぞ。頼むぜ、リーダー」
「ごめんごめん。いや、お前ほんとすごいよ、まだ手ェ痺れてるもん」
と、ホークアイはやれやれと苦笑して頭を掻いた。隠しきれない悔しさが滲んでいるのが痛快だ。
「なぁ、第2ラウンドやってもいいかな?美女たちに情けない姿を見せっぱなしに出来ないからね」
「何だ、勝つつもりか?勿論、望むところだ」
デュランは不敵に笑って剣を構えるが、「ちょっとタンマ」とホークアイは中庭を見渡し、30センチ程の木の枝を二本拾った。
それをダガーのように構えると、「お待たせ」と言って待っていたデュランに向き直った。デュランは眉間に皺を刻む。剣の重さに慣れないとはいえどそんな枝切れでデュランと戦おうとは、身の軽さだけで敵うつもりなのだ。コケにするにも程がある。
「まさか、それでやるつもりかよ」
「こっちの方がさっきよりはいい勝負できると思うけど」
「負けた言い訳にすんじゃねーぞ」
「しないしない!」
同時に、デュランとホークアイは互いに向かって飛び出した。手始めに先ほど同様、上段からの剣撃。ホークアイはやはり体を捻って避け、デュランの左側に跳んだ。デュランはホークアイが避けることを予測しており、右足を引いて左足を軸に回り追いかける。下から払うように、ホークアイの胴を目掛けて剣を振り上げる。ホークアイは垂直に跳躍することによって、その払いあげられた剣を避けた。
猿みたいな奴だ、とデュランは内心悪態を付きながら笑った。二度目の攻撃まで避けられるとは思っていなかったので、思いっきり振り払ってしまった。一度体勢を整えなければ、とデュランは剣を引く。
その時、デュランの顔に何かが飛んできた。驚きで一瞬動きが固まり、反射で思わず目を瞑ってしまう。何かはデュランの顔に当たり、跳ね返った。
その一瞬が命取りとなり、デュランは脚を払われ、地面に尻餅をついた。視界が引っ繰り返ったと思えば、ホークアイが逆手に持つ木の枝が首の皮一枚のところに突き立てられていた。ごくりと唾を飲み込めば、枝の先が1ミリ喉に食い込んだ。足元には持っていたはずのもう一本の枝が落ちており、投げられたのはこれかとデュランは悟る。
「……お前、卑怯だぞ」
「実戦でもその言い訳、する?」
ニッと笑ってホークアイは喉に突きつけた枝を引いて、ぽいと地面に捨てた。デュランは「ちっ」と舌打ちをして、ホークアイが差し出した手を取って立ち上がった。
ルールは何も決めなかった一戦だ。実戦においては卑怯も姑息も何もない。
反則や禁じ手で雁字搦めの、審判と観衆のもと行われる正々堂々とした試合ではなかったのに、この中庭で向かい合った瞬間、無意識にそのルールに則ってしまっていた。ルール無用の世界で生きてきただろうこの男にとっては、デュランのそんな甘さは付け入る隙でしかなかっただろう。
「ま、ホークアイしゃんならとうぜんでち」
「良かったわよ、ふたりとも!」
と和やかさを見せる女たちとは対照的に、周りで見守っていたフォルセナ兵たちは、あのデュランが負けた、と騒めいている。デュランは地位こそ一傭兵に過ぎないが、若手では一番の剣士だと名を上げている。それが年端も変わらないような余所者に負けたとなっては、外聞が悪い。しかも相手の武器は木の枝だ。
「ホークアイ、もう一戦だ!次は負けねえ」
「やだよ、お前絶対勝つまでやろうとするだろ。1対1の同点、ってことで」
と、ホークアイがひらひらと手を振って逃げようとするので手首を捕まえる。
「待ちな。お前くらいしか俺の相手になるやつがいねえんだよ。紅蓮の魔導師が迫ってるんだから、少しでも強くなりてえんだ」
悔しいが、この男からは確かに学ぶところが多い。性格上素直に教えを乞うのは難しいが、戦闘の中で学ぶことは出来る。負けてギャラリーにどう思われようが、強くなることに比べれば些細なことだ。
ホークアイは顎に指を当てて少し沈黙すると、「なら」とデュランに向き合った。
「まず、俺たちの戦い方を教えるよ。お前の強さは、剣術大会向けだからな。だが何も考えず複数人で戦えば、どうしたって乱戦になる。チームには、役割がある。お前には盾をやってもらいたい」
「盾だと?」
デュランは眉間に皺を刻む。何を言うかと思えば、剣一本で生きてきた自分に対して盾になれときた。
「ああ、アンジェラが戦力に数えられるようになったからね。強敵を相手にする時は、後衛の詠唱の守るのに徹するのが定石だ。回復はシャルを信じて、盾は自分が怪我してでも時間を稼ぐ」
「ふん。そんだけ戦えて、お前も魔法頼りかよ。俺が信じるのは剣だけだ。魔法使いのサポート役に徹するなんてごめんだな」
「魔法が憎いのは勝手だけど、それとこれとは話が別だろ?」
「いいか。俺が戦うのは、魔法より剣の道の方が優れていると証明するためだ。英雄王リチャード陛下と、剣に命を懸けた黄金の騎士ロキの名誉のために、魔法を頼りにする訳にはいかねえんだ。お前らは仲良しこよしで戦えばいいさ」
魔法が強いのは知っている。何せ魔導師に負けたのだ。プライドはへし折られ、残ったのは意地だ。魔法に頼るのは、負けを認め魔法に膝をつくのと同じだった。
その時、敵襲を知らせる鐘がカンカンカンと大きく鳴り響いた。デュランはホークアイたちと顔を見合わせ、急いで城壁の上に駆け昇る。
城壁から街を見下ろすと、同時に大きな爆発音がし、数瞬遅れて爆風が届いた。街の門が破壊されアルテナ兵が雪崩込んでくるところであった。爆発音は途切れず、次々とアルテナ兵は炎を街に打ち込む。街の入口付近では既にフォルセナ兵とアルテナ兵による戦闘が始まっているようであった。
事前の準備が功を奏し、優勢なのはフォルセナであった。街の門から城までの大通り周辺では民間人の避難は数日前から済んでおり、救助に割く人員は必要ない。更に幾重にも張ったバリケードに投石機と大砲。射手も配置についたところだ。
地の利はフォルセナにあり、勿論人数でも自国であるフォルセナが勝っている。紅蓮の魔導師の侵入以来、アルテナ兵を迎え撃つ訓練を積んでいたフォルセナ兵たちに負ける理由はない。
戦争を間近にするのは初めてで、激しさを増す爆発音と硝煙の匂いにくらくらする。血湧き肉躍り興奮しているのに、あの場所でフォルセナの兵士たちとアルテナの兵士たちが殺し合いをしているのだと思うと、血が凍るように気分が悪い。アルテナの兵士も紅蓮の魔導師に煽動されているに過ぎず、フォルセナの兵士たちにも守るべき家族がいるのだ。
「アンジェラ、下がってるか?」
と、ホークアイがアンジェラを気遣う声がした。見ると、アンジェラの顔色は真っ白だ。当然だろう、あそこで死んでいるのは主に彼女の国の民だ。しかしアンジェラは気丈に首を振り、「いいの」と言った。
「国がしでかすことの顛末を見届けるのは当然だわ。あたし、アルテナの王女だもの。いつか、報いを受けましょう」
と、アンジェラは杖を握り締めた。
「さあ、あたしたちは玉座の間へ。紅蓮の魔導師はきっと来るわ」
この勢いならば、数刻もすればアルテナは撤退するだろう。だがテレポートの魔法を使える紅蓮の魔導師なら、単独で国王陛下を狙ってくる可能性もある。デュランたちは足早に玉座の間へと向かった。
国王陛下は既に別室に退避している。十二年前は黄金の騎士ロキと共に竜帝討伐に赴いた程の実力者だ、迎え撃たないなど屈辱だろう。だがホークアイたちの経験した前回では、たった一人現れた紅蓮の魔導師に近衛兵共々魔法で捕えられ危機一髪の状況だったのだと、ホークアイたちに矢継ぎ早に前回の話をされては陛下といえど否と強行できなかった。説得は骨が折れたが、人質にとられた場合こちらが不利になると言えば陛下は渋々腰を上げた。
暫くすると、扉も開かずに紅蓮の魔導師は突然現れた。ホークアイたちの話では単騎だったらしいが、マジシャンやユニコーン、マシンゴーレムといった召喚獣や魔導兵器を背後に連れている。ホークアイは近衛兵たちにそれらの相手を頼み、近衛兵は頷き雑魚たちを引きつける。これでデュランたちは紅蓮の魔導師に集中できる。
紅蓮の魔導師は玉座に陛下が座っていないのを見ると、片眉をあげて顔を歪めた。
「王はどこに消えた?まさか英雄王ともあろう者が、この事態にしっぽを巻いて逃げたのか?」
「それ以上、国王陛下を侮辱してみな。首と体がおさらばするぜ」
「ほう、いつかの小僧か?性懲りもない。こんな駄犬を飼うとは、王の器も知れたものよ」
デュランは紅蓮の魔導師に飛びかかった。薙ぎ払った一閃は真紅のローブを大きく切り裂くが肉を切った感触はなく、瞬きの間に紅蓮の魔導師は数歩後方に下がっている。あの晩にも見た、消えるような移動術だ。
「……――アースクエイク!」
と、先に詠唱を済ませておいたアンジェラの魔法が発動する。まさかこのフォルセナで魔法攻撃を受けるとは予測していなかったのか、不意をつくことに成功したらしい。カーペットを突き破って現れた鋭利な石壁が紅蓮の魔導師を突き刺した。かのように見えたが、脇腹をかすっただけのようだ。紅蓮の魔導師はアンジェラの姿を認めると、目を驚愕に丸くする。
「――アンジェラ王女?!何故こんな所に……?!」
「答える義理はないわね!ダイヤミサイル!」
と、アンジェラは間断なく次の魔法を発動させるが、詠唱もなしに放ったそれは子供騙しの石礫だ。詠唱の長さはダイレクトに威力に関係するらしい。
紅蓮の魔導師は残像を残し瞬きの間にその場から消えて、礫は虚しく床に突き刺さる。その数歩後ろに紅蓮の魔導師は姿を現す。
「驚いたな。あの劣等生だったお前が、この短期間でそこまで魔法を?お前は誰に命を売った?」
「おかしなことを言うじゃないか。お前は誰かに命を売ったのか?」
と、ホークアイが紅蓮の魔導師の背後から現れ、背中を切りつける。まるで紅蓮の魔導師がそこに移動するのを分かっていたかのような位置取りだ。アンジェラの石礫がその誘導だったのなら、彼らがいかにお互いの呼吸を知り尽くしているかがわかる。
紅蓮の魔導師はまともに背中を切り裂かれ、「くっ!」と上空に飛んだ。ホークアイの追撃が宙を空振る。
浮遊魔法だ。紅蓮の魔導師は宙に浮きながら悔しそうに息を整える。玉座の間の高い天井が災いし、飛び道具や魔法でなければ攻撃できそうにない。
「貴様ら……お望みならば、殺してやる!」
紅蓮の魔導師が手を上げると、炎が蛇のようにうねり、デュランを狙ってくる。大丈夫だ、集中すれば躱せないほどの速さじゃない。
飛んで躱そうとした時、驚いたことにその炎に向かってホークアイが左手を伸ばした。炎はホークアイの左腕に当たって炸裂し、ホークアイは声にならない悲鳴をあげて膝をついた。左腕は焼け爛れて真っ赤だ。もうまともに動きはしないだろう。
「な、何を――……」
何をしてるんだ、と思ったと同時に、自分の後方直線上にいるシャルロットの存在に気がついた。
ホークアイはデュランを庇ったのではなく、デュランが避けるのも予測してシャルロットを庇ったのだ。左腕を犠牲にして。
紅蓮の魔導師は更に炎の玉をいくつも作り出し宙に浮かべた。動揺しデュランが固まった隙を逃さず間髪入れずに飛ばす。これもスピードは速くない、避けることはできる。だが後ろにシャルロットがいる。
紅蓮の魔導師は狙ってやっているのだ。考えてみれば、治癒術士を一番に倒すのは当然だ。クレリックの服の子供は、戦場では目立つ。
「くっ!」
デュランは剣の横腹で炎の玉を受け、それは当たった瞬間に爆発した。火花が顔や目に飛び、炎が柄を持つデュランの手を焦がす。根性だけで剣を握り締め、更に飛んでくる炎の玉を受ける。盾役など真っ平御免だと思ったのに、実際こんなふうに後衛を狙われては結局盾になるしか選択肢はない。
「ヒーーールライトぉ!」
シャルロットの高い声がし、白い輝きがデュランの手を包んだ。焼けた肉が滑らかな皮膚を取り戻し、驚くほど痛みが引いていく。これが治癒術。こんな火傷でさえ数秒で治すのか。
紅蓮の魔導師の炎の玉が一斉にデュランの頭上を越えて放たれた。間に合わない、とデュランは青ざめたが、ホークアイの短刀が宙に飛んだ。そう思った瞬間には、また別の何かが幾つもホークアイの手から投げられた後だ。確かあれは、忍者の使う暗器の手裏剣とかいったか。
炎の玉は何かに触れた瞬間に爆発する仕組みだったらしく、ホークアイの投げた短刀と手裏剣は炎の玉を残らず撃ち落とした。見れば、もう使い物にならないだろうとまで思ったホークアイの左手はその形を取り戻していて、またいつの間にか手裏剣を長い指に挟んでいる。一呼吸も置かずそれらは指を離れ、紅蓮の魔導師に向かってカーブを描く。
紅蓮の魔導師は舌打ちしまた忽然と姿を消し、数メートル後ろにテレポートした。手裏剣は虚しく宙を空振り、柱に突き刺さる。アンジェラが「それって、連続で使えないわよね」と、ボヤくような音量で言ったのが聞こえた。
「聖なる蒼き光明、光芒の矢となり悪を貫け!セイントビーム!」
アンジェラが掲げた手のひらから光の円柱が放たれ、避ける間も与えず紅蓮の魔導師を焼き、紅蓮の魔導師は呻きながら床に落ちる。光の柱はシャンデリアを揺らし天井に穴を開けて消えた。
熱く、眩しいほどの熱量だった。魔法という力の強大さを、これでもかと見せつけられた気分だ。あの光をまともに喰らえば、普通ならば一溜りもない。決着は着いたかと思われたが、紅蓮の魔導師は立ち上がった。
「――貴様ら、タダでは殺さん!殺してくれと懇願させてやる!」
と、ボロボロになった真紅のマントを捨て、髪を振り乱し涼しげな顔を憤怒に歪める。
「ウソでしょ、これが効いてないなんて……見た目よりかなりタフね」
「正直、侮ってたな。クラスチェンジ前だと、正攻法じゃキツい」
「さっきのでたおせないとなると……ねぇホークアイしゃん、あれ」
「ああ。俺が誘導する。いけるか?」
「もち」
と、三人はデュランを置き去りにしてこそこそと会話している。悔しいが、戦術において彼らの方が一枚も二枚も上手なのは、先程の攻防だけ見ても明らかだ。
「おい、俺は何をすればいい」
「よし。じゃあ、真っ直ぐ突っ込んでくれ。今だ」
「ちっ」
デュランは剣を右に構えて真っ直ぐ走り出した。ホークアイは横に跳び、一体あの軽装のどこに隠し持っていたのだろう、複数の暗器を魔導師に向かって広範囲に投げる。気にせず突っ込んでも、ホークアイの投げた暗器はひとつもデュランに当たらなかった。あと一歩踏み出せば紅蓮の魔導師のひょろい胴を真っ二つにしてやれるといった所で、やつは残像を残してまた消えた。ホークアイの飛び道具を嫌い少し離れた上空に現れ、炎を出現させる。先程と同じように、テレポートの直後を狙ってアンジェラが「ダイヤミサイル!」と魔法を放った。幾つもの石礫が紅蓮の魔導師に飛ぶ。
「同じ手を喰らうか、馬鹿め!」
と、紅蓮の魔導師はアンジェラの魔法に向かって炎の玉を放った。石礫と炎はぶつかって炸裂し、相殺される。その爆風に紛れて、シャルロットが「ホーリーボール!」と魔法を発動させた。
その光の玉は紅蓮の魔導師のすぐ頭の上、シャンデリアの鎖を破壊した。巨大なシャンデリアは紅蓮の魔導師を道連れに床に落ちる。硝子の装飾の一部が砕け散り、床一面に散らばった。
「な、何……」
シャンデリアの下敷きとなり、紅蓮の魔導師は血反吐を吐いた。この重量を生身で受けたのだ、内蔵が破裂していても不思議はない。さすがに身動きひとつとれないようだった。
結局デュランは何も出来なかった。自分の手で倒すどころか、まともな戦力にすらなれなかった自分の弱さが不甲斐ない。やつらとは、圧倒的差がある。道端の雑魚共を相手している時には気付けなかった。本当に盾になるしか役目はなく、一太刀とて紅蓮の魔導師に入れてやることは叶わなかった。
「き、貴様ら如きに……竜帝様の力を授かった、この私が………」
「竜帝だと?」
紅蓮の魔導師から信じられない言葉が飛び出した。竜帝。聞き間違いでなければこいつはそう言った。かつての大戦の折、父である黄金の騎士ロキが命を賭して倒したはずだ。
「――無様だな、紅蓮の魔導師……」
突如目の前が歪んだかと思えば、漆黒の鎧を着た何者かが紅蓮の魔導師の前に立っていた。デュランたちは反射的に距離をとって構える。
「くっ……黒耀の騎士……」
「竜帝様はまだお前を必要としている……こんな所で死なれては困る」
黒耀の騎士と呼ばれた黒い甲冑の男はそう言って軽々とシャンデリアの骨組みを持ち上げ、紅蓮の魔導師の血みどろの身体を引きずり出した。紅蓮の魔導師は憎々しげに呻くがされるがままだ。
デュランはカッと頭に血が上り、黒い騎士に向かって飛び出した。しかしホークアイが間に入ってきて「待て!」と止められる。だが、これが落ち着いていられるものか。
「竜帝……?!デタラメ言ってんじゃねえ!!俺のオヤジが命を捨てて戦い、竜帝は底知れぬ穴へと落ちて死んだハズだ!ふざけんな!」
デュランがそう叫ぶと、黒い騎士は顔を上げてデュランを見た。頭部を完全に覆う形の兜で顔は見えないが、隙間の奥の眼差しは、どこかで見たことがあるような気がした。
「お前……デュランか」
「?!何故、俺の名前を知っている……?!テメェ誰なんだ!」
「……」
黒い騎士は何も答えず、再び空間を歪めて姿を消した。紅蓮の魔導師も連れていかれ、シャンデリアの残骸と血溜まりだけがそこに残る。
「ちくしょう!竜帝が生きてるっつーのか……?!信じねえ、俺は信じねえぞ!」
もし竜帝が生きているのなら、父の死は何になる。黄金の騎士ロキの死が、無意味なものであっていいはずがない。
「今の……今の男は――……?」
そう言って、近衛兵たちを引き連れて玉座の間の入口から現れたのは英雄王リチャードその人だ。城を揺らす戦闘の音に、黙って隠れているなど出来なかったのだろう。国王陛下は動揺を隠しきれない様子で狼狽えている。
「陛下!あの男をご存知なのですか?!」
「いや……あやつが生きているわけがない……すまんな、気のせいだろう……。お主らが紅蓮の魔導師と戦っている間に、アルテナ軍は既に退却し、城内に召喚されていた魔法生物も消えた。我々の勝利だ。皆の者、大儀であった」
と、陛下はデュランたちを労った。そしてホークアイやアンジェラに顔を向ける。
「未来を知る勇者たちよ。竜帝が生きているというのは、まことなのか?」
ホークアイたちは顔を見合わせ、戸惑いを見せた。その様子で、やつらも詳しいことは知らないのだと分かった。
「我々も竜帝については、奴らが語るのを聞いただけですが――……」
ホークアイたちが言うには、前回の旅路の中で竜帝とは会うこともなく、紅蓮の魔導師やあの黒い騎士と戦うこともなかったと言う。しかし紅蓮の魔導師と黒い騎士は竜帝に仕えており、世界の破滅を望んでいる勢力の一つであるらしい。そして竜帝も紅蓮の魔導師も、マナの剣を奪い合う他の勢力に殺された。
つまり、今の段階では、竜帝は生きているということだ。父と刺し違え底知れぬ穴に落ち、それでも辛うじて生きていたのだ。そして十二年もの時を経て、また力を取り戻し、世界を手中に収めようとしている。
ホークアイは唇を噛み締めるデュランをちらりと見て、躊躇しながらも口を開いた。
「あの黒い騎士……一度死んだ人間だと、言っていました。竜帝の魔力によって動いていて、竜帝が死ねば消滅する身なのだと……」
陛下が「一度、死んだ人間……?!」と驚愕に目を丸くする。
「てめえ、何が言いてえ」
自分でも聞いたことがないくらい、低い声が出た。ホークアイは沈黙してそれ以上何も言わなかった。悲痛な面持ちで、俯くだけだ。
「ふざけんなよ」
あの男は、デュランの名前を知っていた。陛下はあの男を一目見ただけで、生きているわけがないと狼狽えていた。
それらが導く答えに気付かないでいられるくらい、鈍ければ良かった。
頭がどうにかなりそうだ。唇を噛み締めていないと叫びだしそうだった。
「あれが、俺のオヤジだってのか……?!オヤジの死体が竜帝の魔力で動いてるとでも言うのか?!」
ホークアイの胸倉を掴み揺するが、やつは目を逸らしてされるがままだった。アンジェラもシャルロットも哀れみの目を向けてくる。陛下は、目頭を抑えて静かに泣き出した。
「ちくしょう……!ちくしょおおおぉぉぉぉぉ!!」
デュランの名を呼んだあの声と、兜の隙間からデュランを見るあの眼差し。夢に見るほど望んだものは、こんな形で与えられるのか。
アルテナを退けフォルセナは祝賀ムードで、街のあちこちで祝杯が交わされている。今夜はきっとどこもこのまま朝まで騒ぐのだろう。
紅蓮の魔導師を倒すまでは決して帰らぬと決めていた我が家だが、デュランの足はふらふらと無意識に家に向かっていて、気が付けばデュランは明かりの灯る我が家をぼんやりと見上げていた。窓の植木鉢の水係のウェンディが、デュランを見つけるのは当然だった。
「ステラおばちゃん、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがかえってきたよぉ!」
ウェンディはじょうろを放り投げてバタバタと外まで聞こえる音で階段を駆け下り、ステラ伯母さんと一緒に玄関の扉を壊れるほど勢いよく開けた。
「お兄ちゃん!」
「ああデュラン、なんてひどい顔さね」
ウェンディは一目散に足元に抱きついて離れず、ステラ伯母さんは温かい手のひらでデュランの顔を包んだ。問答無用で家の中に引っ張りこまれ、食卓に座らされる。
「さぁ、シチューでも食べていきな」
ステラ伯母さんは何も聞かないでいてくれた。聞かれても、何も答えられなかったからありがたい。竜帝と刺し違え死んだ父が、今は竜帝の手下となり動いているなんて、どうして言えるだろう。
ステラ伯母さんの手料理はいつも通り美味しかった。それがどんなにありがたいことだったのか、デュランは家を出て初めて知った。旅の一行の中で美味い飯を作れるといえるのは辛うじてホークアイだけだ。
夕食後は家の中に避難させてあった植木鉢を家の外に出し、家中の窓に打ち付けていた分厚い木の板を外し、落ちたら危ないからと降ろしてあった食器類や鍋を棚に戻し、夜はウェンディの小さな体を抱きしめて、泥のように眠った。
初めてフォルセナを旅立ったあの日、ウェンディが寝ている間にいなくなったのはまだ小さい妹のトラウマとなったらしく、ウェンディの朝は早かった。デュランが起きる前から縋り付いてきて、デュランはトイレにも行かせてもらえなかった。
必ず帰るしフォルセナに寄れば必ず顔を見せると百回約束し、ウェンディは渋々ながらも漸く納得した。名残惜しむステラ伯母さんとウェンディに挨拶し、デュランは再び家を出た。
城を訪れると、大地の裂け目で別れたはずのイーグルとケヴィンが、ホークアイたちに合流していた。たったふたりの別働隊だったが、土の精霊ノームとやらは無事に仲間に引き入れることに成功したらしい。
合流前にフォルセナの外で、アルテナ兵が引き上げていく様子を隠れて見ていたらしいイーグルは、「思ったより、被害はなさそうだったよ」とアンジェラに対し安心させるように優しく言った。
「フォルセナの防衛が準備万端だったからだろうな、アルテナ軍も撤退の判断がかなり早かった。それに、前線に出していたのは生身の兵じゃなく召喚された使い魔ばかりだったようだ」
それを聞いたアンジェラは涙ぐんで「そっか……ありがとう」と微笑んでいる。
ホークアイが「朗報といえば、さっき兵士たちが話してたのを聞いたんだが」とにこやかに口をはさむ。
「大地の裂け目の吊橋の件だ。アルテナが退却ついでに爆弾仕掛けていったらしいんだが、無事解除されたようだ。今後も継続的に警備が配置されることになったらしい」
「前回、フォルセナは吊橋落ちちゃったせいで陸の孤島になってたもんね。よかったわ」
「なにより、たいほうをつかわないでいいのがいちばんのろーほーでち!あんなのにんげんのいどうしゅだんじゃないでち」
「ほんとそれ」
「生きてたのが不思議だったよな……」
と、別未来の記憶持ちの3人が謎の思い出話に花を咲かせている。大砲が移動手段、の意味はさっぱりわからなくてデュランが疑問符を浮かべていると、同様に首を傾げていたイーグルがデュランの存在に気がつき、軽く手をあげて挨拶した。
「来たか、デュラン。英雄王に謁見したいから、取次いでくれるか。ホークが王様におねだりしたいものがあるらしい」
「はぁ?」
「知らんが、今後の旅に必要かも、らしいぞ」
と、イーグルは肩を竦めたが、ふと眉を顰めてまじまじとデュランの顔を見て、「どうした」と声を落とした。
「ひどい顔だ。何かあったか?」
ケヴィンもデュランを見て「だ、だいじょうぶ?」と心配そうに首を傾げる。
別働隊だったふたりに、ホークアイが玉座の間での出来事を簡単に説明した。
紅蓮の魔導師を運良く倒したが、とどめを刺す前に黒い騎士が現れて紅蓮の魔導師を連れて行ってしまったこと。確証こそないが、その黒い騎士が、死んだ筈のデュランの父親であるかもしれないこと。
「つまり、死んだと思っていたデュランの父親が生きていて、敵の傀儡になっているかもしれないということか?アンジェラの母親や、俺の親父フレイムカーンのように」
「まさか自分の意思で竜帝の手下になる訳はないし、操られているのは確かだろう。だが前回、あの騎士は自分を一度死んだ人間だと言っていた。竜帝の魔力で動いていて、竜帝が死ねば消滅する身だと。だから、例え竜帝を倒したとしても……」
ナバール盗賊団やアンジェラの母ヴァルダは、術者である美獣や紅蓮の魔導師を倒せばおそらくは正気に戻るだろう。だが12年も前に死んでいるとなれば、例え正気に戻ったとしても朽ちるだけだ。イーグルが憎々しげに「……惨いことを」と唇を噛んだ。
デュランは胸を掻きむしりたい衝動にかられるが、どうにか手を抑えつけて、深呼吸をする。
竜帝。その単語を聞いただけで、デュランの腹の底からぐつぐつと憤りが湧き上がる。
12年前、世界を破滅寸前まで導いた悪逆非道のドラゴンは、父と刺し違え死んだ。ずっとそう思っていた。
だが、生きているらしい。そしてまた世界を我がものにしようと画策し、紅蓮の魔導師やあの黒い甲冑の男を配下に、暗躍している。
確証こそないがあの黒い甲冑の中身が死んだ父なのだとしたら、それはとんでもない侮辱だ。屈辱だ。骸を弄び、魂を屈させ、騎士として、いや人間としての尊厳を踏み躙る悪魔の所業だ。
「必ず、その報いは受けさせてやる」
デュランは低く唸るように言った。ホークアイたちも無言で頷く。
その中アンジェラが神妙な顔をして、「竜帝か……」と呟いた。
「紅蓮の魔導師……あいつ、魔法が使えるようになったあたしを見て、変なことを言ったわ。『お前は誰に命を売った』って。」
「つまり、あいつは竜帝に命を売って、魔力を得たのか」
「そういうことよね。マナの感じも昔と全く違うもの……あいつが竜帝から力を得てるなら、竜帝を倒せばあいつの力も失われるかもしれないわね。そうすれば、お母様もーー」
アンジェラの言葉を聞いて、デュランは「はっ」と鼻で笑った。
「紅蓮の魔導師の力は、紛い物ってことかよ。借り物の力なんかで強くなった気になって、あんな偉そうに威張ってやがるのか。滑稽だぜ」
哀れなやつ、とデュランは吐き捨てた。
「そんなハリボテに敵わねえ俺自身もな。腹が立って仕方がねえ。俺は弱い。昨日の戦いでは、俺ひとり役立たずで、やつに一矢報いることさえできなかった」
「そんなことは……」
「いや、そうだ。今までずっと、妙なプライドがあってそのことを認められないでここまで来ちまった。もっと若い時からチヤホヤされてきて、俺は強いんだって、自惚れてきた」
かつて、経験不足だとホークアイに軽くあしらわれたのを思い出す。その時は憤慨したが、実際その通りだった。身体能力では決してホークアイに負けていないはずなのに、実戦では明らかに差がある。死地を仲間たちとくぐり抜けて来た経験値、彼らの強さはそれだった。
ひとりでは、どうしたって限界がある。例えクラスチェンジを果たしたとしても、今のままでは同じこと繰り返す。
「俺は自分の弱さを認める。もっと強くなるために。お前らの仲間に、俺もいれてくれ」
弱さを認めるのは勇気が必要だった。拘っていた剣士としての誇りだとか、魔法と剣の道を比べてどちらが優れているだとか、子供っぽい拘りに思えた。苦しさに喘ぎながらもデュランは声を絞り出した。
ホークアイたちはきょとんと顔を見合わせてから、デュランの肩をばしばし叩く。
「ていうか、俺はもうとっくに仲間のつもりだったんだけど?」
「それな。仲間と思われてなかったなら逆にショックだわ」
「デュランしゃんがそこまでいうなら、きょうから、びしょーじょシャルロットのてしたそのイチあらため、おともだちでち」
「もしかして、そのニはオイラ?」
「わざわざ宣言しなくたって、あんたはもう仲間よ。紅蓮の魔導師は共通の敵だし、竜帝を倒すのも、黒い騎士を探すのだって手伝うわ。当たり前でしょ」
と、最後にアンジェラが赤い唇を横に引いた。
「でも、竜帝がどこにいるのか見当もつかないわ。前回、世界中ほとんど回ったつもりだけど」
「世界は広いさ。俺たちが行ったことのない場所もまだまだあるってこと。それで、この後の話なんだがーー」
と、ホークアイがこの後の行程について話を始めた。
ローラント奪還のため、風の精霊ジンを仲間にすること。前回では、その時にあの黒耀の騎士と呼ばれていた男を初めて見たこと。今回も同じ轍を通るなら、あの黒い騎士とまたすぐ出逢うことになるらしい。
兜の向こうに懐かしい眼差しと声を持つ、黒い騎士。あの男の正体が、本当に死んだ父ならば。
デュランのなすべきことは、ひとつだ。
デュランはホークアイたちを引きつれて国王陛下への謁見を申込み、それはすぐに叶えられた。昨日までは兵士たちに後ろ指を指されていたアンジェラやホークアイも、今日は紅蓮の魔導師を撃退した功労者として温かく迎えられている。
改めてデュランたちの活躍を労わる国王陛下に、デュランはイーグルを聖剣の勇者だと紹介した。
その頭上に姿を現したフェアリーを見て、陛下は目を細める。
「……その姿、懐かしいな。実はワシも、かつてフェアリーに選ばれし者だったのだよ。残念ながら、そのフェアリーはワシをのこして、竜帝にやられてしまったが……」
と、陛下は悲しそうに言った。
世界の危機に現れるというフェアリーは、十二年前にも現れ、当時王子だった陛下を勇者として選んだ。フォルセナの民にとっては有名な話だ。子供たちは寝物語にその冒険譚を聞かされて育つ。リチャード王子と黄金の騎士ロキは竜帝と戦い、竜帝は黄金の騎士ロキと刺し違え底知れぬ穴へと落ちて死に、世界は守られる。それが物語の結末だ。
「陛下。私はこのまま聖剣の勇者に同行します。この者達について行けば、またあの黒い騎士とまみえることもありましょう」
黄金の騎士ロキは、リチャード陛下と並ぶ国民の誇りだ。子供たちの憧れだ。デュランの到達すべき目標だ。
黄金の騎士ロキの死を、あんなふうに弄ばれていいはずがないのだ。
「竜帝とあの黒い騎士を、私の手で葬るか、あるいは他の者に暗殺されるのだとしても、土に還るところをこの目で必ず確認して参ります。黄金の騎士ロキの名誉に賭けて」
デュランの決意を聞き、国王陛下は強く頷いた。懐かしいものを見るかのように、デュランを見つめてくる。
「これも、血の定めか……ロキがワシを助けてくれたように、お前もフェアリーに選ばれし者を助ける運命にあるのだろう……。我が最愛の友ロキを竜帝の支配から解き放ち、そしてこの世界を魔の手から救ってくれ。その暁には、デュランよ、お前に騎士の称号を叙任したいと思う。受けてくれるか」
「有難きお言葉です。謹んでお受け致します、国王陛下」
「お前達が動きやすいように、アルテナには裏から手を回し、動きは抑えるつもりだ。竜帝やあの黒い騎士の行方についても探ってみよう。何か必要なものがあれば言うといい」
陛下はそう助力を約束してくれ、一行を喜ばせた。
「なら、お言葉に甘えて……」
と、図々しくもホークアイはフォルセナの秘宝の存在を指摘した。前回の旅路で、火山島ブッカに流れ着いた時にブースカブーに助けられたことがあり、その後、ブースカブーを呼び出すことのできるぴーひゃら笛を陛下から下賜されたらしい。
「此度も必要となるやもしれません。お借りすることはできないでしょうか」
陛下は意外そうな顔をしたものの「本来、ブースカブーは決して人には心を許さないが……フェアリーの宿主にならば、心を開くのかもしれん。ホークアイ殿がいうならば」と了承した。
家臣が運んで来た秘宝の笛を受け取って、ホークアイは戸惑いなく生身のまま懐に入れる。扱い慣れているといったぞんざいな扱いにデュランは憤慨した。
「それはフォルセナの国宝だぞ。貸すだけだぞ、貸すだけ!全部終わったら返せよ、絶対盗むなよ!」
ホークアイが「俺、信用ないなぁ」とぼやき、その隣でアンジェラが「自分の職業思い返してみれば?」と、笑った。
デ「おいホークアイお前、国宝の笛をナマでどこ入れてんだよ出せ!」
ホ「あんっ、デュランくんのえっち〜」
デ「きっ、きしょくわるい声を出すな!ゾッとするわ!」
イ「おい、おさわり禁止だぞ」
デ「触りたくて触ってんじゃねえよ!!!!!」