前回の記憶通り、漁港パロには気分の悪くなるような光景が待っていた。
パロはナバール兵によって占拠され、そのナバール兵たちには表情がない。人形のように虚ろな目には、何も写っておらず焦点が合わない。
ホークアイとイーグルにとっては、その皆が知った顔だ。あのぼんやりと突っ立っている兵士は酒場の常連でよく奢ってくれる気前のいい男だし、隅で不気味にブツブツと定型文を繰り返している男は、ホークアイとはチームを組んだこともある腕利きのシーフだ。下世話な冗談ばかり言っている警備担当のあいつや、随一の目利きの情報屋のあいつ、レディに片っ端から告白しては振られていた調理担当のあいつ。全員、誰も自我を保っていない。
ホークアイとイーグルを目の前にしてもピクリとも反応しない仲間たちを見て、イーグルは顔色を変えて激昂した。
「全員が全員、こんな調子だってのか?!俺の部下を…仲間を……!あの女……ブチ殺してやる……!」
イーグルが目を血走らせて美獣を呪うので、シャルロットやアンジェラは固まった。イーグルは品のある見た目に似合わず頭に血を昇らせやすいタチで、まぁまぁ口も悪い。女子には紳士な面ばかり見せたがるし、怒れるイーグルを初めて見た彼女らにとっては少し驚きだろう。
しかし激昂するイーグルの気持ちが、ホークアイには痛いほどわかる。ホークアイが今こんなふうに落ち着いていられるのは、前回経験したからというだけだ。
ホークアイがナバールから脱出して以降、美獣はナバールを完全に掌握してしまった。要塞には魔物が闊歩し、ナバールの仲間たちは全員が洗脳下だ。死の首輪の呪いを受けているジェシカだけが新たな魔術にはかからず、幽閉されている。その辺りは今回も同じだろう。
「美獣を殺せば洗脳は解けるはずだ。そこまでの道順は、知ってる。落ち着いてくれ」
「…………ああ。悪い」
ホークアイの慰めにイーグルは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも頷いて、「先を急ごう」とバストゥークの山道へと一行を先導した。
山の中腹にある眠りの花畑の近くに、アマゾネスたちの秘密のアジトが作られているはずだ。見た目ではかなり解りづらい立地にあり、山岳に慣れていないナバール兵たちには見つけようもないアジトである。ナバール兵がアジト近くに迷い込んだとしても、眠りの花畑の花粉にやられて、次に目覚める頃にはアマゾネスたちのアジトの牢屋の中というわけだ。
「おいおい、それじゃあ俺たちも眠っちまうんじゃねぇのか?」
山道を登りながらホークアイが眠りの花畑について説明をすると、デュランが不安げに声を上げた。シャルロットがえっへんと誇らしげに小さな胸を反らせる。
「もうシャルロットたちには、こうかがないんでち!」
「眠り草の花粉には、一度で免疫ができるからな。君らが眠っても俺たちが運んでやるよ」
「オイラのこと運べるか、不安……」
ホークアイはともかく、他に免疫を獲得しているのは非力なアンジェラとシャルロットだ。デュラン、ケヴィン、イーグルといった男たちを運べるとも思えず、デュランの懸念も最もだ、とホークアイは唸った。
「ま、いざとなったら、アマゾネスたちに助けてもらうさ」
「前回もそうだったものね。あの時リースに助けてもらわなければ、私たち花畑の肥料になってたわ」
「そんなこともありまちたねぇ。あのときは、ホークアイしゃんがとーぞくだんのいちいんだってバレたら、ホークアイしゃんなぶりごろしかと、ひやひやでちた」
「正体を明かす前の、俺は味方ですアピールが必死すぎて面白かったわ」
「お前らは安全圏から高みの見物だったよな……」
などと雑談を交えつつも魔物たちを倒しながら天かける道を登り、ホークアイたちは山の中腹まで辿りついた。眠りの花畑はその特性上モンスターの一匹もおらず、モンスターの相手をしながらの登山に疲れた旅人なら、ついつい休憩に足を踏み入れたくなる景色をしている。
リースたちの秘密のアジトは花畑の奥にあり、花畑を避けて通ることは不可能だ。花畑に入ると、すぐにデュランとケヴィン、続いてイーグルが膝を付いた。
「うっ……これが、眠り草か。すげえ効き目だぜ」
「ふわぁ……我慢、無理……ぐう」
「ホーク、あとは、頼んだぞ……」
と、ドサリと花畑に男たちが倒れ込む。この筋骨隆々の面々をシャルやアンジェラが運べるわけもない。やれやれ俺が往復して運ぶしかないか、と男たちに手をかけると、突然の激しい眠気がホークアイを襲った。漸くその時に「あっ」と気付く。
すぐ隣でアンジェラも「うーん……変ね、免疫もってるのに……」と、瞼をなんとか持ち上げながら、ふらふらと頭を揺らしている。シャルロットは早々に諦めて花畑にごろんと転がって、「ふあぁ……ねむい……おやすみでち。むにゃむにゃ」とケヴィンの腹を枕に寝息を立て始めた。
ふたりとも眠気に陥落し花畑に寝転がったのを見届けて、ホークアイは「しまった」とフェードアウトしていく意識の中、己の迂闊さを呪った。
「……そういえば、2回目だけど、1回目だった……」
前回、免疫を獲得し、眠りの花畑はすっかり脅威でなくなっていたが、今生では訪れるのは初めて。免疫など勿論ないのである。
眠り草の花粉の効果が切れて、ホークアイは洞窟のベッドの上で目を覚ました。上体を起こして周りを見渡すと、旅の仲間たちはまだぐっすりとベッドで眠っている。アマゾネスたちの秘密のアジトだ。無事にアマゾネスたちが花畑から回収してくれたようである。
「気がつかれましたか。ホークアイさん、お久しぶりです」
ベッドから起き上がったホークアイに、柔らかな声がかけられる。洞窟の奥から、美しい少女がホークアイに笑顔を向けていた。
「リース!ありがとう、助かったよ」
「うふふ、これで、借りが一つ返せました」
にこやかに笑うリースのその腰にはエリオットが貼り付いて、ホークアイに胡乱な目を向けている。リースはエリオットを前に押し出してその肩に手を置いた。
「お会いできて嬉しいですホークアイさん。エリオットを見つけてくれて、本当にありがとうございました。ほらエリオット、お礼は?」
「…………」
無言でホークアイを睨みつけるエリオットに、リースは「ごめんなさい。いつもはこんな子じゃないんですけど……」と困惑を見せる。どうやらエリオットはホークアイを敵視しているようだ。それも仕方あるまい、ホークアイは彼の祖国ローラントを焼いたナバール盗賊団の一員だ。
寧ろリースの朗らかさの方が、前回から考えると異様とも言える。前回のリースの凍りついた表情や、復讐に燃える目とは明らかに違う。父も国も失って、拐われた弟を取り戻そうと足掻いていた、あの傷付ききった少女とは。
「エリオットの居場所に見当をつけたのはアンジェラだよ。礼なら彼女に」
「ええ。皆さんに感謝をこめて、歓迎会でも開きたいのですがこんな状態です……。父が、皆さんが目を覚ましたら話をしたいと言っています。来ていただけますか?」
「勿論。ちょっと待っててくれ」
ホークアイは未だ花粉の効果で快眠している全員を叩き起こし、ここがアマゾネスたちの秘密のアジトであり、リースたちに助けられたことを説明した。
いつも寝起きは機嫌の悪いアンジェラも、リースとエリオットの姿を見るとすんなり覚醒し「ありがとう!また助けられちゃったわね」と喜んだ。ベッドから起き上がったイーグルが「また?」と首を傾げてホークアイにじとりと目を向ける。
「お前らはもう寝ないで済むって話じゃなかったのか?」
「ぎくっ」
「ふぁ〜あ、ほんとでち!まったく、しっかりしてほしいもんでち」
「あれ?全部俺のせいにされてる?」
「まあまあ、すぎたこときにするとハゲるでちよ!」
「皆さん、仲良しですね」とくすくす笑うリースに案内され、ホークアイたちは会議室へと向かった。
会議室とは名ばかりの洞窟だ。壁には集められた武具防具が無造作に集められ、テーブル一面にローランド城の見取り図が広げられている。ほとんど記憶通りの光景だが、決定的に違うことが、ひとつある。
「ほう、ほう。何ともまぁ、雑多な風の混じり合っておることか。砂に、雪に、草原に、獣に、エルフに、妖精に。だがそれでいて、どこか懐かしい友の匂いがする」
ジョスター王の存在だ。かつての道程では、ジョスター王とは会うこともなく、美獣率いるナバールの侵略で殺されてしまった。しかし今生では旅の始まりに会いに行き、更にアンジェラとも既に面識があるという話だ。
エリオットがリースの手を離して奥に走り寄り、「父さま、あいつらが目を覚ましたよ」とジョスター王に耳打ちした。
「うむ。未来を知る聖剣の勇者たちよ、よくぞお出でになられた。話は、娘から聞いた。そして、我が息子エリオットを奴隷商から救い出してくれて、感謝する」
「ご健在で何よりです、ジョスター王」
そう言ったのはイーグルで、その声を聞いたジョスター王は息を呑み言葉を詰まらせた。
「これはまさか……なんと、なんと。お主、死臭が消えたの。本当に死を乗り越えたというのか。一体、どんな禁忌に手を出したのじゃ?」
『ジョスター王さま。イーグルは私の宿主になったんです。それで、彼の未来は未知数に』
と、イーグルの頭上にフェアリーがふわりと現れる。ジョスター王は「おぉ、フェアリー!そんな手があったか……!」と唸った。
「まさか、本当にお主がまだ生きているとは思わなんだ……いや、申し訳ない。そうか、フェアリーの宿主に……」
と、ジョスター王はなるほどと深く頷く。死神に魅入られている、とかつてジョスター王はイーグルにそう言った。何度も何度もイーグルが死の危険に晒されていたあの時は、その言葉にぞっとしたものだ。
「先日お会いした時はそういう状況だったもので、先を急ぎ詳しい説明もできずに失礼致しました。ナバールの者として、今回のローラントの件、本当に――」
「フレイムカーンの御子息よ、お主が謝る必要はない。事情は分かっておるつもりじゃ」
「しかし、それでは……事情を知らない国民は納得するまい」
と、イーグルは苦い顔をして言う。
未然に防げなかったローラントの陥落は、その被害を被った民からしてみれば、ナバールの皆が魔族の支配下にあったからと言って許せるものではないだろう。
身内を殺された恨みは消せない。憎しみに蓋をしようがいずれ溢れる。
しかしジョスター王は髭を抑えて「ふぉっふぉっふぉっ!」と笑った。
「ほほほ、お主の引き連れている面々を見よ。魔法大国アルテナや、永世中立国ウェンデルの後ろ盾を得ていて何を言う。報復など行う者が現れれば大戦になるわ」
きょとんとしたのは全員だった。アンジェラとシャルロットはふたり目を合わせて首を傾げ合う。アルテナの王女と光の司祭の孫という肩書きを持った彼女らは、その肩書きが庶民にとってどんな風に聞こえるか、ピンと来ていない。
「……?!それは誤解です、陛下。彼女らはーー」
「事情を知らん者から見ればそう見える、ということよ。何にせよ、お主らからの謝罪は要らぬ。必要としているのは、助力じゃ」
と、ジョスター王は有無を言わせぬ力強さで言う。
「聖剣の勇者たちよ。どうか、その未来の記憶を使い、ローラント城を取り戻しては頂けないか?」
ホークアイは「元より、そのつもりでここに来ました」と頷く。
「これは、俺たち自身の戦いでもあります。どうか、城を取り戻す手伝いをさせて下さい」
ホークアイの言葉を聞いて、ジョスター王はわかっていたとばかりに「うむ」と頷く。
「これはそなたらが経験した未来でも通った道筋なのじゃろう?ひとつ聞かせておくれ、問題なくローラント奪還は成されるのじゃな?」
「成されます。女神にかけて。確実に」
「よかろう。ローラントの命運、そなたらに托すぞ」
と、ジョスター王は大きく首を縦に振った。
リースが前に出てテーブルにローラント城の見取り図を新たに広げる。
「では、ご存知かもしれませんが現況をお話ししますね。こちらをご覧下さい。ナバール兵の警備の数や交代の時間をわかっている分だけ記してあります」
と、リースは見取り図に書かれたメモを指し示す。アマゾネスの長というのは伊達でなく、作戦指揮をとっているのはリースらしい。
「ローラント城は、周囲の崖を利用した城塞と崖を渡る強風に守られ、難攻不落の城です。ナバール軍がやったように忍び込んで風を止めようにも、風をコントロールする祭壇は最も警備が固く、忍び込むのは不可能に近いと思われます。警備の穴があればと、花畑で捕えたナバール兵たちに聞き込みを行いましたが、ぼんやりとしているばかりで何も吐かず、情報は得られませんでした」
前回通りなので知ってはいるが、ナバール兵たちが捕らえられていると聞いて、ついつい心配が表情にでてしまったらしい。リースはホークアイの曇った顔に気がついて、「あ、拷問も何もしてませんよ!本当です!操られて自我を失っている人たちを痛めつけるようなことはしません」と焦ったように付け加えた。
「皆さんに忠告して頂いた通り、あれから、生き残ったアマゾネスや兵たちを集め、武具などの装備を掻き集めました。しかし、風を止められないとなると……」
と、リースは言葉を詰まらせる。ホークアイはにっと口角を上げて「その件については、作戦があるんだ」と得意げに笑った。
「風の回廊にいる、風の精霊ジンの力を借りよう。ジンの風で眠りの花粉をローラント中に送り込み、眠ったところを叩くんだ。屋内までは花粉が届かないから無血とまではいかないが、敵味方、双方の犠牲が大幅に減らせる」
ホークアイの言葉にリースはパッと顔を明るくし、「なるほど!精霊ジンの力を使って、花粉を……確かに、それなら……!さすがですね」と褒め称え、イーグルも「ほう、トリッキーな搦め手かつ安全策。いい作戦だ」と感心する。
「ホークアイしゃんじゃなくて、ドン・ペリしゃんのアイディアでち~。こんかいは、あいにいってもないでちね」
「おいシャルばらすなよ、折角カッコいいところだっただろ今」
「ドン・ペリさんの手柄まで自分のモノかのように振る舞うのはカッコ悪いんじゃないかしら?」
「くっ、正論……」
ホークアイが肩を落とすのをリースはくすくすと笑い、「さて」と仕切り直して自前の槍を背負った。
「それでは早速参りましょう」
と、リースは同行するのが当然とばかりにそう言った。ホークアイは無言でアンジェラやシャルロットと顔を見合わせる。
前回は行かないでくれと家臣に縋りつかれていたリースだが、どうやら今回は止める者もいない。今回のリースはたった一人残った王族でなく、ジョスター王がいるためか。
ホークアイたちの困惑を感じ取ったのか、リースは「足手纏いにならない程度には、鍛えてあるつもりです!」とホークアイに詰め寄った。
「確かに私の実力は皆さんに及ばないかもしれませんが、皆さんがローラントのために動いてくださるのに、王女である私がただ待っているわけにはいきません。どうか同行させて下さい」
リースの頑なな様子に、ホークアイは前回のローラント城でのリースの姿を思い出した。上層階でビルとベンにひどく痛めつけられながらも、命にかえても父の仇をとらなければと、傷だらけの体を引き摺って先に進もうとしていたリース。あの時はなんと言って説得したのだったか。リースを慕う人たちを大事にしろ、と家臣らを引き合いに出したような気がする。
「リース、キミは残ってエリオットを守れ。何故だか知らないが、連中はエリオットを魔王の器にしようとしていた。それを諦めたとは決まっていない」
と、エリオットのことを持ち出すと、リースは不服そうに唇を噛んではいたが頷いた。ホークアイの言葉を聞いて怯えたようにジョスター王にしがみつく幼い王子の姿が目に入ったからかもしれない。
「いい子にしててくれよ、リース」
リースの白い頬を第二関節でついと撫でながらホークアイがそう言うと、「ホークアイ、さん……お気をつけて」とリースは頬を赤らめた。慌てて「みなさんも、どうかご無事で」と付け加える様子に、ジョスター王はおやおやと面白がるような目を向けた。
ホークアイ達はアマゾネスたちのアジトを出て、風の回廊へと歩を進めた。風神像の向きを変え風向きを操作し、道を開いて行く。2回目ともなれば前回ほどの苦労はない。
その道中で、デュランに黒耀の騎士と対面する心構えをさせる。今回はドン・ペリを訪れていない分、前回よりもマナストーンを訪れるタイミングが早まっていることを考えれば遭遇しないかもしれないが、最悪を想定しておいて損はない。
そして風の回廊の奥地で、一行は三角錐がひっくり返った形の巨石が浮いているのを発見した。風の神獣をその身に封じている、風のマナストーンだ。
デュランはマナストーンを感慨深そうに眺め、「これがマナストーンか」と呟く。
「これに願えば、クラスチェンジが叶うんだな。早く試してえが、今は他に確認しなきゃならねえことがある。おいホークアイ、あの騎士はどこだ?」
「……どうやら、今回は来ていないようだな」
内心、ホークアイは少しほっとした。デュランとあの黒い騎士を出会わせるのは、少しだけ怖い。
『う〜ん、でもジンの気配もないよ。いないって感じじゃないから、たぶん、山を飛び回っているのかも……』
と、フェアリーがイーグルの頭上に浮かび上がる。
『呼びかけたら戻ってくると思うから、ちょっと待ってて。この先は魔物もいなさそうだし、みんなはクラスチェンジしててもいいかも?』
と、フェアリーは宿主のイーグルだけを連れて岩場の奥に向かった。
そういうことなら、とシャルロットがわれ先にとマナストーンの前に躍り出る。
「や〜っとクラスチェンジでち!しょーじき、クラスチェンジするまえってマナもまりょくもこんなにおもいどおりにいかないもんだったっけ?ってカンジでちた」
「わかるわぁ。魔力の通り道が狭くって狭くって……例えるなら、血管は細いのに血はどろどろ、身体中の毛穴は皮脂で詰まってるってカンジ」
と、アンジェラもシャルロットの愚痴に同意する。ホークアイも体の重さを感じてはいるが、彼女らにとってはもっと皮膚感覚で違うらしい。
デュランはそんなガールズトークに舌打ちしつつ、「勝手にしろ」と踵を返した。
「俺は周囲を見に行く。自分の目で確かめる」
とギラギラした目で言うので、ホークアイもデュランについていくことにした。クラスチェンジクラスチェンジと一番うるさかったのはこの男のはずだが、あの黒い騎士のこととなると目の色が変わる。事情が事情だ。そうなるのも仕方がない。
どういった効果なのかは知らないが、マナストーンの近くに普通のモンスターは近寄らない。周囲は閑散としていて何の気配もなく、その分デュランの苛立ちをぴりぴりと感じる。
八つ当たりなら甘んじて受けよう。このタイミングで黒い騎士に会うことになると言ったのはホークアイだ。結果として期待を裏切る結果になってしまった。
デュランは「くそっ」と悪態をつき、不機嫌にホークアイを睨んだ。
「あの男に会ったのは、次はいつだ」
「……ローラントの件が終われば他の精霊たちを迎えに行くから、その時に、零下の雪原で。黒い騎士に会ってどうする?」
「確認したい。あいつの正体が、本当に俺の……」
と、言い淀むデュラン。直情型の彼の、言葉を探している様子は珍しい。
「本当に俺の、思っているものなのかどうか。もしそうなら、何としてでも土に還さなきゃならねえ」
と、デュランは拳を握る。自分の手で、と言わんばかりだ。勿論そうさせてやりたいのは山々だが、いかんせんあの黒い騎士とは実力差がある。ホークアイは「あの騎士と戦ったことはないが……」と前置きした。
「おそらく、紅蓮の魔導師と同程度の実力だ。今、まともに戦っても敵いっこない。こないだ俺たちが紅蓮の魔導師に勝てたのは運が良かっただけだ」
「……わかってる。まずは強くなるのが先だってんだろ」
そのための手段のひとつがクラスチェンジだ。苛立ちを隠さないデュランは、舌打ちしつつも「戻るぞ」と先導して道を引き返した。
マナストーンのところに戻ると、シャルロットとアンジェラが既にクラスチェンジを終えていた。
見た目こそ変わらないが、雰囲気から感じ取るに、アンジェラは前回と同じ光に、シャルロットは前回と違って闇のクラスになっているようだ。ホークアイの脳裏に、光の司祭の嘆く姿が浮かぶ。
「おま……光の司祭さん泣くぞ〜」
「なけばいいでち!せっかく、じんせい2かいめなんでちから、たのしまないと!それにイーグルしゃんもいるんだから、ちょっとぐらいかいふくりょうへってもだいじょぶでち」
「ヒースさんも泣くぞ〜」
「ヒースはいつだってシャルロットのせんたくをそんちょうしてくれるでち。それに、てきはやみにぞくするやつらでちょ。あいてとおなじところにたって、はじめてわかることもあるでちから」
と、シャルロットは小さな胸を張った。シャルロットは、幼い見た目に似合わない大人びたことを口にし、時折仲間たちを驚かせる。見た目の幼さに釣られて小さなこども扱いしてしまいがちだが、彼女は立派に他の仲間たちと同年代なのだ。
「アンジェラは前と同じ光クラスか」
「そうよ。一度経験してる分、より扱いやすいし、極めることができるでしょ?それに、敵の総大将は闇の魔族。光属性なら弱点を突ける」
と、アンジェラは腰に手を当てる。アンジェラの攻撃魔法はパーティの主力だ。前回と同じクラスなら魔法を新たに覚え直す手間も時間もいらないし、アンジェラの選択は至極真っ当だ。
勿論、シャルロットの闇を選んだ主張にも一理ある。実はホークアイはまだ、どちらにするか決めかねている。
「よし、俺もやらせてもらうぜ」
と、ずずいとデュランがマナストーンの前に進み出た。元々はクラスチェンジの為に故郷を旅立った男だ、待ち望んだ瞬間だろう。
デュランが云々とマナストーンに向かって唸る。しかし一向にマナストーンは反応する気配がない。
「ぬああああぁっ、くそ、何でだよっ!何か間違ってるか?!」
と、デュランは集中し疲れてどさりと地面に両手をついた。
「たんじゅんに、けいけんぶそくでち。もうちょっとつよくなってからにするでちよ」
と、シャルロットがかわいい顔をして非道いことを言う。悪気があるのかないのかはわからないが恐ろしい。デュランは悪態も返せず愕然としている。
「ローラントの一件が終わったら、また精霊を集めにマナストーンのところに行くからさ。その時までに経験を積めばいいさ」
と、ホークアイは慰め混じりに言った。アンジェラもデュランを哀れに思ったのか「あたしたちも、前はここじゃできなかったよね」とフォローしている。
続いてケヴィンもクラスチェンジを試みたが、同じようにまだマナストーンは反応しなかった。シャルロットが得意げに「ケヴィンしゃんも、まだまだけいけんぶそくでちね〜」とケヴィンの肩を叩き、ケヴィンは見るからに落ち込んで頭をしゅんと落としている。
デュランは「もう一度試させてくれ!今度こそ!」とマナストーンに向かって云々と再び念じていたが、残念ながらマナストーンは沈黙を保ったままだ。
「もう、諦めなさいよね!無駄よ!」
「おうじょうぎわがわるいでちよ、デュランしゃん!」
「気持ち、わかる。でも、また今度にしよう、デュラン……」
諦めの悪いデュランが「くっそー!頼む、もう少し!」と食い下がるのを皆呆れた様子で眺めている。ホークアイ以外にあと試していないのは、フェアリーと一緒にジンを探しに行ったイーグルだけだ。
ホークアイがイーグルとフェアリーの様子を見に行こうと回廊の外に目を向けた、その時だ。イーグルに憑いているはずのウィル・オ・ウィスプとノームが回廊に大慌てで転がり込んできた。
『皆さん、大変っす!フェアリーさんの呼びかけに応えてジンが戻ってきたんすけど、そしたら、変な黒い騎士も……!』
顔色を変えたデュランを先頭に、ホークアイたちは駆け足で回廊を抜けた。開けた岩場に出て、太陽の眩しさに眉を顰める。
武器を抜いたイーグルが漆黒の鎧を纒った男と対峙していて、一触即発の雰囲気だ。その足元でぐったりと地面に臥しているジンを、なんとか呼び起こそうとフェアリーが揺さぶっている。タイミングが違えど、運命の修正力は前回と同じように自分たちとあの男を引き合わせるらしい。
「こらっ、よわいものいじめはだめでちっ!」
シャルロットの声に黒い騎士はゆっくりと振り向き、ホークアイたちを一瞥した。
前回、黒い騎士は一言もなくこのまま消えた。今回もまた消えようとする気配を感じ、ホークアイは止めようとするがその前にデュランが「てめえは誰だ!」と叫んだ。
「何故、何故俺の名前を知っていた?!本当に、あの黄金の騎士ロキなのか……?!本当に、俺のーー……?!」
「……デュラン、か……」
黒い騎士の低い声がデュランの名前を呟いた。今にも飛び出しそうだったデュランは地面に貼り付けられたかのように固まる。黒い騎士はフルフェイスの兜の隙間から、デュランの顔をじいっと見つめた。
「大きくなったな、デュラン……」
決定的だ。やつはデュランの死んだ父親だ。
動揺に固まるデュランを置き去りに、黒耀の騎士は掻き消えた。十二年前に死別した息子と、ここで交友を深める気はないらしい。
『ジンの様子がおかしいよ、気をつけて!』
フェアリーの言葉と同時に、精霊ジンの体がみるみる膨らみ、ハーピーに似た魔物、ツェンカーへと変貌した。黒い騎士が何かしたに違いない。これも前回を踏襲している。ツェンカーは聞くに耐えない、悲鳴にも近い咆哮を上げる。
デュランはツェンカーなど目に入っていないかのようで、額当てを乱暴に外し投げ捨てて、頭を掻きむしった。
「くそっ……くそ!ふざけんじゃねえ、最悪の気分だ!」
「デュラン、戦えるか?」
「あったりめえだ、記憶持ちは手ェ出すんじゃねえぞ!お前はクラスチェンジでもしとけ!」
「デュランに、同意!下がってろ、ホークアイ!」
と、ケヴィンもぐるぐると腕を回してやる気満々だ。経験不足だと言われたのを根に持っているらしい。鍛錬より何より、実戦が一番の経験なのは確かだ。
イーグルも状況を察して「そういうことか。なら、俺はこっち側だな」とデュランたちに加わる。
「……わかったよ。じゃあ頼む」
と、ホークアイは肩をすくめながらも彼らの意思を尊重し、ホークアイはアンジェラとシャルロットをつれて下がった。
「大丈夫かしら、あの三人で」
「任せよう。あの三人なら、当時の俺たち三人より遥かに強いよ」
「それはそうかもしれないけど……あの鳥の魔物って、殆どあたしのダイヤミサイルで倒したようなもんだったじゃない。あんたの飛び道具と、シャルのホーリーボールを補佐に」
「おそらにとびあがられたら、たいしょほうほうないかもでちね」
「……ま、何とかするだろ。多分」
と、ホークアイたちはツェンカーと三人を残し、マナストーンのある回廊へと戻った。
マナストーンは僅かに白く発光しながら、変わらず回廊に浮かんでいる。
以前の旅路では、この場所でのマナストーンではクラスチェンジは叶わなかった。あの当時、まだホークアイたちは弱く、マナストーンに認められることが出来なかったのだ。
ホークアイはマナストーンに触れながら、一度通り過ぎた旅路のことを思い出していた。
前回は、手段を選ばない強さを願った。
立ちはだかる敵の数々を殲滅できる充分な力を願った。
守られなければ力を発揮することのできない仲間たちを守れるだけの強さを願った。
その結果として、ホークアイは闇のクラスに進み、ニンジャを経てナイトブレードへとクラスチェンジを果たした。
だが、今回は頼れる仲間たちがホークアイにはついている。己が前に立って仲間たちの盾にならなくても、ホークアイよりもその役割に合った仲間たちがホークアイの前に立ってくれる。
ならば、自分は彼らの強さを支えるための強さを。彼らを活かす強さを。
――今度こそ、護りたい
ホークアイは口の中だけでそっと呟いた。運命に縛られた世界と、死なせてしまった仲間たちを。護るために、強くなりたい。
マナストーンはホークアイの選択と願いを受け入れて、マナをホークアイへと贈った。マナが己の体内に吸収されていく感覚は、乾いた喉を甘い水で潤す時に少し似ている。マナストーンから贈られた光を受け止め、ホークアイは瞼をあけた。
漲るような力を確かに身の内に感じ、ホークアイは拳を握り締めた。
アンジェラとシャルロットはクラスチェンジを済ませたホークアイを見て、「あら」と驚いてみせた。
「ホークアイしゃん、こんかいはひかりのクラスでちか!なんだか、まえのやみクラスのときとくらべると、べつじんみたいなマナでちね」
「マナの含有量もかなり増えてるみたい。前から、魔法の素養がないわけじゃないと思ってたのよね。きっと、色んな魔法が使えるようになるわよ」
「ああ、魔力が増幅したのを自分でも感じる
……キミらには到底及ばないのも、よくわかるようになったよ」
「えっへん!シャルロットをみなおしたようでちね!」
マナへの感度も上がっているようだ。彼女らの体内のマナが明らかに自分のものよりも多いのが見える。アンジェラやシャルロットにはずっと世界はこんなふうに見えていたのだろう。
「ナイトブレードのホークアイしゃん、カッコよくてすきだったんでちけどね〜。まぁ、いまはホークアイしゃんがぜんえいがんばらなくてもほかにのうきんがふたりもいるし、だとうなはんだんでち」
「思えば、ホークアイには随分苦労をかけたわね。元々体力ある方って訳でもないのに、盾役任せちゃってさ。何回も大怪我させちゃったし」
「キミらへの信頼あればこそさ。敵はアンジェラが倒してくれて、シャルが回復してくれるってね」
少しばかり思い出話に花を咲かせて、さてデュランたちの様子を見に行こうかと回廊の先に向かいかけると、フェアリーの声が『みんなー!』と明るく洞内に響いた。
『こっちは無事、ジンを仲間にできたよ!あなたたちも、無事クラスチェンジを終えたみたいだね』
と、フェアリーがふよふよと漂う。その後ろにはボロボロの男三人が不機嫌についてきている。思ったよりも早かったが、やはり苦戦はしたらしい。
「おつかれさま。どうやって戦った?」
とホークアイが尋ねる。デュランは舌打ちしながら、「俺が打ち上げ台になって、コイツらが跳び上がって墜とすの繰り返しだよ!」と腹立たしげに言った。随分と楽しげな戦闘だったようだ。
最後にイーグルがクラスチェンジに挑戦するが、デュランやケヴィンの時と同じくマナストーンは反応しなかった。プライドの高い男なので、デュランほどあからさまには不平不満を主張したりはしなかったが、ホークアイからしてみればその不満は明らかだ。わかりやすく顔に悔しいと書いてある。
諦めの悪いデュランが再びマナストーンの前に仁王立ちして云々と唸るのを横目に、眉間に皺を刻むイーグルの傍らに立つ。
「ま、俺やアンジェラらはニ回目なんだからできて当たり前だろ。俺たちも一回目はここじゃ出来なかった。お前やデュランたちが弱いわけじゃないさ」
と、慰めにフォローする。イーグルは不機嫌にじとっとホークアイを見て、溜め息まじりに息を吐いた。
「……お前は、随分変わったな」
「わかるか?さすが」
「これが、クラスチェンジか……妙な気分だ。見た目はお前そのものなのに、マナに違和感がある」
『でも、クラスチェンジは潜在能力を引き出してるに過ぎないよ。この優しいマナも、元々ホークアイの中に眠ってたものなんだよ』
と、フェアリーがイーグルの肩口で言う。慣れない褒め方をされて、ホークアイはらしくもなく照れた。
イーグルは少し寂しそうに、「ここのところ、俺の知らないお前ばかりだ」と独りごちた。
ホークアイたちは眠りの花畑の近くの秘密基地へと戻り、ジンの力を手に入れたことをジョスター王とリースに報告した。アマゾネスたちは喜び、歓声を上げる。
だが、これでローラント奪還が約束されたわけではない。以前の記憶通りに動けばローラント奪還に成功する可能性は限りなく高いが、万が一という可能性もある。何より、ホークアイの目標は犠牲者を限りなくゼロに近づけることだ。
一行は作戦会議室に入り、アマゾネスたちが持ち寄った城内の見取り図を頭に叩き込んだ。ホークアイたちは己の持つ記憶の中で役立ちそうな情報を全て話し、それぞれの部隊の成すべき動きや担当箇所を繰り返し確認しあう。
眠りの花粉は城内の奥までは届かないことや、敵はナバール兵だけはなく、魔族である美獣たちが召喚した魔物も含まれること。腕に自信のない部隊は捕虜の拘束に努め、上層階には登らず無理はしないこと。そして捕虜の扱いなどの条件について折り合いを付けた。
作戦会議は数時間続き、解散が告げられた頃には日も沈みきっていた。作戦決行は明朝、日の出と同時である。
ホークアイは落ち着いて眠ることができず、基地を出て、眠りの花畑に座り込んでいた。
月の明るい夜である。バストゥークの山頂付近には、ローラント城のそびえ立つ輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。ローラントを守る壁となる風の流れを感じながら、ホークアイはそのマナの様子を探った。
光へのクラスチェンジを経て、ホークアイは己のマナへの感度が上がっていることを実感していた。それは、闇のクラスにクラスチェンジを果たした前回では、味わえなかった感覚だった。
この山には、風のマナが満ちていることがわかる。旅の仲間たちやアマゾネスたちそれぞれの体内の、マナ含有量の多さ、少なさがわかる。アンジェラとシャルロットが飛び抜けて高く、現状その下にホークアイ、イーグルと並んでいる。ならば己の魔法もなんとか形になるだろう、とホークアイは己の中の魔力を練り上げてみる。
「ホーク、眠れないのか?」
さくりと草を踏む音と共に、ホークアイに話しかける声があった。振り向くと、イーグルの金の髪が月明かりに照らされていた。
「ナイスタイミング。俺にも魔法の使い方、教えてくれ」
見上げるホークアイの言葉にイーグルは少しだけ目を見張って、「お前が魔法かぁ」と呟き、ホークアイの横に座った。
「どんな魔法を使おうと思ってるんだ」
「クラスチェンジする時に、なんとなくは見えるんだ。こっちのクラスならこういうカンジってな具合に。今回の場合は、サポートや状態異常だな」
イーグルは「お前がか」と重ねて驚きを顕にした。
「昔は我先にと最前線に突っ込むタイプだったのに。成長だな」
「うっせ。それより、やり方教えてくれよ。アンジェラやシャルにやってたみたいに」
「アンジェラ王女やシャルロットはある意味既にプロフェッショナルだったからな……イチからなら、まず、自分の特性を知るところからじゃないか?サポートって一口に言っても千差万別だぞ」
「特性を知れと言われてもな……アンジェラやシャルみたいに血縁が魔法使いなら、どんな素養を持って生まれてきたのか分かり易いだろうけど。知っての通り、孤児だったからな」
「もちろん遺伝も大きな要素だが、魔法の素養ってのは、生まれ持ったものと、人生の中で育まれていくものの二つがある。何が好きで、何をしたいか、の方が俺は重要だと思う」
「何が好きで、何をしたいか、か……」
イーグルが回復魔法を覚えたのも、そうしたかったからなのだろうか、とふと頭をよぎる。イーグルが魔法を学び始めたのは、十歳を数える前だったか。元々勉強家だったイーグルは書物を読みあさり独学で魔法を覚え、ホークアイは頻繁に実験台にされたものだ。
「イーグルは、何で回復魔法なんだ?」
「俺か?俺は、そうだな……近くに、弱いくせにしょっちゅう無茶して怪我してる馬鹿がいたから、仕方なくな」
そんな奴イーグルの周りにいたかな、とよくツルんでいたメンツの顔を思い浮かべるが該当するのは自分くらいだ。
「それって、俺のためってこと?」
「馬鹿の自覚があるのはいいことだな」
と、イーグルは優しい笑みを浮かべる。知ってはいたが、どうやら己は随分とこの男に愛されているらしい。
とにかく、イーグルは周りの誰かが傷ついているのを見ていられなかったのだ。己もイーグルやシャルロットのように、誰かの傷を癒せたらいいと思ったこともあった。
「俺もヒールライト、練習してみようかな。回復屋は何人いても困らないし」
「ヒールライトか。そうだな、素養に大きく左右される分野だが、同時に基礎でもある。やってみても悪くない」
イーグルとホークアイは向き合って、目を瞑り手を握った。お互いのマナと魔力の流れを探りあい、重ね合わせる。
「マナの流れを感じて。そう、自分が、自然の一部であることを意識して――」
イーグルお得意の魔法指南だ。イーグルのマナの導きに従ってホークアイは己のマナと魔力を制御するが、光のマナはホークアイの思うように動かず、回復術は不発に終わった。
「んー、駄目だ、向いてない!」
と、ホークアイはごろんと花畑に転がった。イーグルは「回復術に関しては素質ナシだな」と得意げに笑った。
「向き不向きがあるさ。回復術なんて、お前が使えなくても俺がやってやる」
「まぁそれもそうだな。シャルっていうエキスパートもいるし」
「それに、お前ができることと俺ができることは、別々の方が絶対いい。将来的にも」
と、イーグルはなんてこともないように未来を口にした。イーグルのいない別の未来から引き継いだこの厄介な旅を終えて、ふたりで砂漠に帰った後のまだ見ぬ未来の話だ。それはきらきらと眩しいが、今やホークアイにもなんとか思い浮かべることができた。イーグルさえいるならば、ナバールの再建は夢物語でもなんでもない。
その時、自分はどんな形でそれを支えるのか。今、どんな魔法を手に入れれば旅の助けになるのか。
寝転がったままホークアイは花に埋まりながら月を見上げた。眠りの花の甘い香りが鼻孔をくすぐり、ホークアイは肺いっぱいにその香りを吸い込んだ。
故郷の砂漠では、こんなふうに気持ちよく地面に寝転がることなどできない。日中ならば砂は焼けるような高温になるし、夜は凍えるほど冷え込む。遥か昔はあの砂漠も緑豊かな大地だったらしいが、ホークアイには、想像することしかできない。
昨今のマナの減少により砂漠化が進みオアシスの水も枯れ始めているが、世界を救った暁には、いずれ砂漠も緑を取り戻せる日が来るのだろうか。月の光を浴び、眠りの花畑に埋まりながら、ホークアイは故郷の砂漠に想いを寄せる。
ホークアイはふと考えて、起き上がった。この山を包む風のマナが濃くて気付かなかったが、この花畑は、木属性のマナの気配がする。それもそのはず、眠りを司るのはドリアードなのだ。
「……イーグル、俺、緑が好きだな。砂漠にはあまりに少ないから、木や花に対してすごく憧れがある。こういうのも、向き不向きに関係するかな?」
「勿論だ。木属性の魔法を操れる術者はなかなかいないらしいが、試してみるか?」
「駄目で元々、やってみよう」
と、イーグルとホークアイはまた向き合って手を取り合った。イーグルに使えない属性の魔法でも、マナと魔力の制御を手伝うことはできるらしい。
ホークアイは木属性のマナに集中した。花畑から立ち昇るマナの一粒一粒、自分がその一部だとさえ思い込もうとする。己の魔力をマナに重ね、練り上げていく。魔法は、己の魔力のみで発動するのではなく、自然そのもの、マナや精霊からその力を借りて発動するものだというイーグルの言葉を思い出す。己の魔力ではなく、眠りの花畑、その力と性質を借りるだけだ。
「――……スリープフラワー」
ホークアイの詠唱と共に、術の対象としたイーグルを木属性のマナがふわりと包む。木属性のマナはひらひらと花弁となってイーグルの周りを舞った。その瞬間、ホークアイをまっすぐ見つめていたイーグルの目はとろんと瞼を落とし、ふらふらと上半身を傾かせた。
珍しいことに、ホークアイは木属性のマナに対して素養を持つ人間だったようだ。そういえば、眠りの花畑に全員で同時に足を踏み入れたのにもかかわらず、自分が一番最後まで起きていて、一番最初に目覚めた。アンジェラやシャルロットよりも、ホークアイの方がドリアードの司る木のマナに対し耐性があったということになる。
「やった、成功だ!」
眠りの花畑の力を引き出せたことを知ってホークアイは膝を叩いて喜んだ。勿論イーグルも一緒に喜んでくれることを期待したが、イーグルの体は力なく傾いて、ホークアイに向かって倒れ込んだ。反射的にその体を支えて、ホークアイはイーグルが完全に眠ってしまったことを漸く察した。
「……って、おい、イーグル、寝んなよ!」
自分でやっておいて何を言うか、とイーグルが起きていたのならば言っただろうが、残念ながらイーグルは深い眠りの中だ。
揺さぶっても叩いてもイーグルは起きず、結局、ホークアイは花畑の中をイーグルの体を引き摺って、アマゾネスたちのアジトまで帰らざるを得なかったのだった。
デ「しかしアマゾネスっつーのはそろいもそろってゴリラだって聞いてたんだが、実際は……」
ホ「フォルセナでもそうなのか。実はナバールでもそういう話を聞いてたんだ」
デ「噂なんてアテになんねーもんだな」
ホ「全くだ。こんな美女たちに失礼な……ああ、リース!その荷物重そうだね、待つよ」
リ「あっ、ありがとうござ──……」
ホ「ウッ」
リ「だ、大丈夫ですか?!?!ホークアイさん?!ホークアイさんー!」
デ「……火のないところに煙は立たず、か……」