「ユウキさん、お買い物に行きましょう!」
ユウキの歓迎会の翌日、朝食の時間中にアルマが言った。
ルドルフは既に出仕している。
「よろしくお願いします。アルマさん」
昨夜のうちに打ち解けていたユウキは普段の調子に戻っていた。
昨日は城の外に出ることはなかったので、ユウキが異世界の空気を吸うのは今日が初めてになる。
まだ見ぬ異世界の景色にユウキは好奇心を抱いていた。
「転入に必要なもの以外にも、服とか買わないといけないわね〜」
ユウキは昨日召喚されたときの服のままだった。
洗濯魔法具、と言われるどう見ても外見が洗濯機の魔法具で選択されたユウキの服は、1時間余りですぐに乾いていたので、
替えの服がいらなかったのだ。
「いいですよ、アルマさん。この洗濯魔法具があれば、着替えは要らないと思うんですけど」
「まあまあ、学生生活は寮になりますし、ユウキさんの服は結構物珍しくて目立っちゃうと思うわよ〜」
「それは嫌だな……」
目立つことに耐性のないユウキはアルマの意見を素直に聞いた。
少し支度をするから待っていて、というアルマを待ちながらユウキは考えていた。
(確かに中世の技術レベルだと現代の服は性能もいいし、縫製とかもしっかりしてて目立つっていうのはよくある話だもんな)
「お待たせしてごめんなさいね、行きましょうか。パスポートは持ったかしら」
「はい、持ちました。よろしくお願いします」
外出着に着替えたアルマに付いて、ユウキは部屋を出た。
ルドルフ・アルマ夫妻の部屋は城の中枢に近いところにあり、城外に出るために時間がかかる。
廊下を歩いていると、ユウキ達は城勤めの人々と頻繁にすれ違った。
「ごきげんよう、アルマさま」
「ごきげんよう。今日もいい天気ね」
「おはようございますアルマさま。本日はどちらへ?」
「夫が面倒を見ている子のお買い物に行くのよ〜」
その間、アルマはよく声を掛けられていた。
衛兵やメイド、文官や武官といった様々な人物から声を掛けられる。
城外に出る門が近付いてきた時、ユウキは尋ねた。
「あの、アルマさんは城の人たちによく顔を知られているんですね」
「そうかしらね〜。貴族さまの側仕えの子達にはよく行儀指導をしていたりするし、兵士さんたちはあの人の部下ばかりだから」
なるほど、とユウキが頷いていると、急に声が聞こえてきた。
ユウキにとっては見覚えのある赤髪の少女と、城門の兵士が言い争っているように見える。
「だから今日はただの外出だって言ってるでしょ!」
「そうは仰いましても姫様、先日の事故の時に大臣から色々言われていたじゃありませんか」
「ぐぬぬ……それは」
カグラ王の孫娘、ユカが言葉に詰まっていたところで、ユウキ達と目が合った。
目が合ったユカがユウキ達の下へと駆け寄ってくる。
「おはようアルマ。ユウキも昨日ぶりね!」
「ごきげんよう姫様。今日も元気いっぱいで何よりですわ」
「おはようございます」
三人が挨拶を交わす。
ところで、とユカが小声で言った。
「二人共、今日はユウキの買い物に行くのよね?」
「そうです。アルマさんが付き合ってくださるので」
そこまで聞いたユカは、両手を合わせて合掌のポーズを取った。
「お願い! 私も同行させてほしいの!」
ダメ?と聞くユカに慄くユウキ。アルマの方に視線を合わせると、アルマはやれやれといった素振りを見せた。
「姫様、先日大臣から叱られていたじゃありませんか。姫様がお出かけされると何かが起きる、と大臣が愚痴を零しているのを聞きましたわ」
うっ、とユカが唸る。
「姫様、何かやっちゃったんですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まったユカの代わりにアルマが答えた。
「先日、技術省主催の新しい魔法具の実験があったのですが、それを聞きつけた姫様が実験会場で魔力を使っていたずらをしてしまって爆発事故を起こしてしまったの」
「爆発!?」
ユカの行動に驚くユウキ。
「違うわよ!あれは魔法具のキャパシティが小さすぎたせいよ!技術省の怠慢だわ!!」
ユカがアルマに反論する。
「ともあれ、そういうことがあったから王様が大臣に命じて、姫様の行動に目を光らせてるの」
「なるほど」
ユカが兵士と口論していたのは恐らくこのためだろう。
「ユウキ、ダメかしら?」
再びのお願いに折れたのはアルマだった。
「姫様、じゃあユウキさんの買い物に付き合っていただけるならばいいですわ」
「ほんと?ありがとアルマ!」
その代わり、とアルマは続けた。
「夫には伝えておきますので」
「ぐぬぬ、仕方ないわね」
ここが落とし所だと思ったのだろう、ユカはそれ以上言わなかった。
改めて3人で城門に向かう。
ユカと揉めていた城門の兵士が一瞬苦笑いを浮かべたが、アルマを見るとほっとした顔をした。
「アルマさん!おはようございます。外出ですか?」
「ええ、こちらの彼の買い物に行くの」
「こちらは? 初めて見る方ですね」
兵士がユウキをじっと見る。
「王命で夫が世話をしている子なの。暫くは城内にいるから、よろしく頼むわね」
王命、と聞いた兵士はそれ以上の追求をやめ、今度はユカの方を見た。
「承知しました! それで、姫様も同行されるので?」
「ユウキは私と年が近いから、私も街の案内をすることにしたの!」
自信満々に言うユカと、すべてを察した表情の兵士。
「わかりました。外出報告は纏めてあげておきます。くれぐれも……」
兵士の言葉を遮ってユカが言った。
「大丈夫、わかってるわ。大人しくしているから」
だと良いんですが、と兵士は持っていた帳簿に何かを書いて言った。
「城門開けろ!外出だ!」
カラカラカラ……と音がして、門が開いていく。
「行ってらっしゃいませ、皆様! お帰りをお待ちしています」
兵士に見送られ、3人は城の外へと踏み出したのだった。
「うわぁ……!」
城を出たユウキは思わず声を上げた。
王城は小高い丘の上にあった。
周囲を堀に囲まれ、堀から流れる川が丘の下に広がる街に向かっている。
街も大きい。
「ユウキは初めて外に出るんだったわね。あの丘の下にある街がこの国、ラパナ王国の王都、グランデリアよ」
王都グランデリア。
戸籍登録者数7000万人を誇るラパナ王国の王都で、そのうちの2000万人が居住する大都市である。
よく見ていると、王都の空を何かが飛んでいるのを見つける。
「姫様、あれは何ですか?」
「あれは機龍よ。人や物を運んでくれるのよ」
ユウキが指差した飛行物体を見てユカが言った。
「取り敢えず街に行きましょうか。姫様、ユウキさん、あの機龍に乗りましょう」
そう言ってアルマが懐から取り出したのはユウキの持つパスポートに酷似したもの。
「アルマさん、それは? パスポートですか?」
ユウキの質問に、アルマが首を横に振って答えた。
「うーん、近いけど正確には違うわ〜。これは個人認証端末。専門家の人たちはパーソナルアシスタンスデバイス(PAD)と呼んでいるみたいよ。
ラパナ王国の国民が1台ずつ貰っているの」
「ユウキが持っているパスポートは一時滞在者用なの。アルマが持っているものと比べて機能制限があったり、旅行者向けのガイドがセットされていたりするのよ」
ユカとアルマの説明に、ユウキはたじろいだ。
(もしかして、この世界って技術レベル高い?)
アルマが操作を終えると上空に黄色く光るものが射出された。
すると、ユウキがさっき指差した機龍が一行の下へ近付いてくる。
「な、なんか近付いてきましたよ!」
どこか焦った様子で声を上げるユウキ。
「国民はPADを使って機龍を自在に呼ぶことが出来るのよ。移動手段に使う人も多いわ」
「混んでたりするとなかなか来てくれないのよね〜」
3人に影が落ちた瞬間、機龍が降下した。
機龍は神話に登場するドラゴンのような外見に、所々機械で出来た部分がある。
しかし、その目は生物の持つ圧のようなものを確かに感じさせるものであり、ユウキは若干足が竦んだ。
「大体5人位までは同時に乗れるのよ」
ユカの説明はユウキの耳に余り届いていなかった。
「で、でかい」
「あらあら、初めは驚くわよね〜。旅の人たちも初めてみた時は同じような反応だわ」
「それで、どこから行くの?」
ユカが尋ねた。
「買わなきゃいけないもののリストは今朝内務局の人が転送してくださったわ」
そう言ってアルマが取り出したのはPAD。
アルマが操作をすると、ホログラムが3人の目の前に表示された。
「教科書とかは学院で貰えるみたいね。武具の類も貸与されるみたいだし……。あんまり買う物無いんじゃない?」
一通りリストを眺めたユカが言う。
「でしたら、街案内とか昨日言った服を買いに行くことにしましょうか。姫様、お付き合い頂いてもよろしいですか」
「いいわよ! バッチリ案内してあげる!」
「よろしくお願いします」
「取り敢えず街の中心まで機龍に運んでもらいましょう」
アルマが機龍に近付いて何かを言うと、機龍が吠えた。
吠えると同時に、上空で光っていた玉が消える。
「あの光が消えると、依頼を受諾したことになるのよ」
「なるほど」
どうやら、ユウキが思っているより技術の発展した世界のようだった。
まだまだ続きます。