ヤンデレに愛されたいと思う今日この頃……   作:龍宮院奏

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Eleventh,ヤンデレ

 先輩との昼食の中で、今後は先輩が俺のお昼を作ってくれる事になった。本当に先輩には迷惑に成るんじゃないかと思う自分と、少しばかり嬉しい自分が心の隅にいた。

 教室に帰えれば、普段はクラスでの声を意識的に消そうと躍起になっていたのが……。

 何故だろう、意識しないでも自然と耳には先生の声だけが入っていたのだ。

「今日は久しぶりに買いに行くかな……」

 綺麗に聞こえない雑音、弾む鼓動が高まる。こんなに安定しているのは一体どれくらい前の事だろう……。もしもこの状態が続くなら……、今日の家に何か新しいボイス集でも買いに行こう。電車の中での雑音は、クラスのものとは比べ物にならないのだから。

 

 

「とー君、何処に行こうとしているのかな?」

 

 

 けれど、神様そこまで甘くは無いようだ。俺自身、この時身に沁みて感じた……。

 俺に幸せになる時間は無いのだと……。

 

 

「約束したでしょ?もしかして逃げるの?」

 

 

「逃げねぇよ…。ただ忘れてただけだ……」

そう、振り返れば、振り返ればコイツがいる。花園が待っているのだ。

 

「それじゃあ行こうか」

背中に大きなギターケースを背負って、俺の腕にしがみつく花園。引き離そうと試みるが、意外と腕力が強いのか離すことに失敗。これ以上は体力が保たないと判断して止めることにした。

 

 

 

「あ、おたえ〜!見つかったの?」

 

 

 

「香澄、うん見つけて捕まえた」

 花園に連れられて歩いていると、校門付近に今朝の戸山と言っていた少女が居た。元はと云えば、お前が朝現れなければ……。

 

「おたえ、何か物凄い怖いけど……」

戸山とはまた違う声が聞こえてくるので、今度は視線をそちらに向ける。視線を向けられた少女は怯えた様に一瞬ビクっんと跳ねてらせて、俺とおたえから距離を置いた。

 

「あぁとー君、人見知りだから。目つきは元からだけど」

人を猛獣か何かと一緒にするな……。

 

「それにしても、本当に目つき悪いな…コイツ…」

 

「……あ”」

本当に機嫌が悪い中で此処に居るのに、今なんて言ったよ。悪かったな……、俺は元からこういう目つきなんだよ……。

 

「あ、有咲ちゃん大丈夫?」

ガン付きのドスの利いた声で睨んだのがそんなに利いたのか、その子は声を発しなくなった。

 

「とー君駄目だよ、女の子をいじめちゃ」

睨んでいるのか、けれどコイツの目睨んでいるように見えない目をしながら俺に注意してきた。

 

「何で俺なんだよ…、大体先に言ってきたのむこ」

 

 

「それ以上何か言った場合、ホンントウニセンパイウバッチャウヨ……」

 

 

「……止めろ」

 

 

「なら謝って?」

 

 

「……、すみませんでした。此方の所為で、そちら不快な思いをさせてしまい。本当に申し訳ない」

花園の手が離れ、綺麗にお辞儀をして謝る。

 

「わ、私の方こそ…その悪かった…。ごめんなさい……」

相手の方からも、謝罪の言葉が来たのでゆっくりと顔をあげる。

 

「ねぇおたえちゃん、この人なの?」

 

「そうだよ、この目つきが悪い人がだよ」

どうやら俺はコイツラの中では知られているようだ。だから、目つきが悪いは余計だ。

 

「ねぇねぇ、灯夜君とおたえも来たんだしさ。早く蔵練しに行こうよ」

重くなりかけた空気が戸山の一声で一掃された。

 

「そうそう、今日はとー君来てるから披露したい」

 

「え、曲披露するの?」

 

「ちょ、聞いてないぞ!」

 

「いきなりすぎるよ…」

花園の提案に乗るどころか、ことごとく却下されいく。てか、俺が居るから曲披露とか…俺の存在で変わることもないだろうが……。

 

「でもライブでのリクエストとかされたら?その場で前の曲演奏してって言われたら?」

ライブしてるんだ……、ならしっかりとしたバンドなのだろう。

 

「それは……そうだね……」

 

「確かにそういう事もあるよな……」

 

「お姉ちゃんのバンドでもそういう事あったよ」

あ、あれ?もしかして、提案がこれ実行に移るパターンですか?戸山の意見が鶴の一声とかして、次々に説得していく。

 

「じゃあ一曲だけでも披露しよっか」

 

「沙綾ちゃんも言うなら、私は賛成だよ」

 

「まぁ多数決でも決定だからな、別に良いか…」

戸山……お前スゲェな……。反対派の意見を上手く変えてるだなんて……。でも待てよ……。

 

「これでとー君に披露できるし、感想聞けるね」

離れていたと思った花園がすり寄ってくるのを感じて、すかさず下がろうとするが、

 

 

「せ・ん・ぱ・い?」

 

 

「……わかったよ、……行けば良いんだろう」

俺も学ばないようで『切り札・先輩』を出されては動けないのだった。

 溜め息なんて何度ついたのか、それとも最初からついていないのか、もうそれすら考えることを止めていた。

 

 蔵と呼ばれる場所に歩いている最中に、

「あの名前聞いてもいいかな?」

花園が俺の左腕にしがみついて、至極歩きにくい中でポニーテールの少女が俺に話しかけてきた。

「……谷崎だ。谷崎灯夜」

「谷崎君って言うんだ。私は山吹沙綾、沙綾で良いよ。こっちの子がりみりん」

山吹は名前で呼ぶように言っているが、花園同様名字で呼ぼう。

「私、牛込りみって言います」

牛込と名乗ったセミロングの少女は、わかり易く俺にビビっていた……。そこまで怖いか……。

「で、さっき谷崎君が謝ったのが有咲だよ」

「市ヶ谷有咲…よろしく…」

「趣味は盆栽なんだよ」

「ちょ!言うな〜!」

地毛なのかどうかは知らないが、金髪のツインテールの少女市ヶ谷。盆栽が趣味か……渋いな……。

 

「灯夜君は何か好きな物ってあるの?」

前を先導する様に歩く戸山が突然振り返り、こちらを見つめて聞いてきた。

 

「は…?えっと…漫画とかアニメ……」

突然過ぎたせいで、考える暇もなく気の抜けた声で答えてしまった。

 

「漫画好きなの?ねぇねぇ、どんなの好きなの!」

俺の趣味に以上に食いつく戸山、別段聞いても面白くないだろうにと個人的には思うのだが、

「バトル物、ファンタジー物、ミステリー物、日常物、その他諸々エトセトラ、基本何でも見る」

 

「そうなの!例えば何が面白いの?」

話を楽しそうに聞いてくる戸山、この流れ何処か先輩の時と似ている気がする…。

 

「まぁ普通に『結界師』、『血界戦線』とかが面白い…」

似ているだけで、合わせる必要は無いんだ。だから答えるのは別にしよう、でも作品の布教は大事だから答えるけど…。

 

「それってどんなお話?」

 

「どっちも『此の世』と『異界』が交わる話。

日本の伝統的な妖怪を術師が退治したりする話って考えてくれて良いのが、『結界師』、

アメリカ・ニューヨークが異界と現世の交わる街と成った世界を舞台に、様々な異界の者と人知れずに戦う者たちの記録が『血界戦線』」

簡単な説明は俺の感想を込めて。

 

「何だか難しそうだね」

話しを聞いて牛込が苦笑しながら呟く。

「色んな技名とかありそうだしな」

市ヶ谷も続けて呟く。

「そうでもないぞ、『結界師』なら基本的な用語を覚えれば後は応用で覚える。

 逆に『血界戦線』の場合は個々人の技を憶えていくわけだから。漢字オンリーを覚えるか、漢字プラス英語系の言葉を覚えるかの違いだけだから」

「ぜってぇ難しだろうな……」

頭を頭を押させながら首を振る市ヶ谷。山吹はそれを見て苦笑し、牛込に関しては目を回しかけていた。

 

「ねぇねぇ、何かやって見せてよ」

戸山からの急な要求に思わず、

 

「いや演らないよ、普通に演らないから」

何か捻りのきいた答えを出す前に、やはり気の抜けた答えが出てしまった。

 

「何で?せっかく話してくれたんだから。何かやって見せてよ」

戸山お前もか!俺の右手を取って、腕がもげるんじゃないかという程に上下に振ってくる。歩きながらで、幾ら人通りが少ないとはいえ危ないだろう。

 

「あぁもう……五月蝿い……。わかったから、その手を離せ……」

 

「やった〜?って灯夜君?」

 

 要望が通ったと思ったら、灯夜からただならぬ空気が満ち戸惑う香澄。同じ様に、山吹、市ヶ谷、牛込を驚き見守るが、灯夜を知る花園だけは笑ってみていた。

 

 

「全く、人の能力を何だと思っているんだ……。そんな遊びで使うような代物じゃないんだよ……」

手に持っていた鞄を地面に降ろし、両手を上着のポケットに入れる。けだるさを感じさせる口調でありながら、背筋を伸ばしその場から一歩一歩ゆっくりを踏みしめるように歩いていく。

 

「次は無いからな……。《Ausbruch》(アオス・ブルフ)

 

 一瞬のことだった、灯夜が技名であろう言葉を言っている最中に足が上がり、終わる頃には目の前に彼の靴のつま先があったのだ。けれど顔には当たらない、拳一握り分くらいの距離を置いて止まっているのだ。

 

「はい終わり……、これ演るのに神経使うんだから……」

 喋り方は再び元に戻り、足を下げる灯夜。地面に置いた鞄を拾い前を歩き始める。それの後ろを付いていくように、花園も歩いていく。

 

「灯夜君」

衝撃で固まってしまった意識が戻り、堪らず声を掛ける。

 

「何だ……?」

若干不機嫌そうに見える彼だったが……、

 

「今のとっても凄かった!風がね、風がビュって!ビュンって来たよ!」

そんなのお構いなしに、先程の感想を述べた。

 

「そうかよ、それは日々の訓練の成果と言っておくかな…」

 

「とー君、一時期は体鍛えまくっていたもんね」

 

「お前何で……。はぁ…もう突っ込むのやめた……」

これでまた聞き返しても答えは同じか……。

 

 

「今の見たか……アイツ後一歩で香澄に……」

戸山が灯夜と花園に興奮冷めやらぬ中質問しているが、はたか見れば大怪我に一歩手前にしか見えなかった。

「で、でも……谷崎君ちゃんと止めてたよ……」

「何処がだよ!あんな危ないマネしておいて!」

「ちょっと落ち着きなよ有咲。香澄に怪我はないし、当の本人が楽しそうなんだからさ」

戸山に怒ったことへ驚きと恐怖を憶えた市ヶ谷。同じ様に戸山を案じる牛込は顔から血の気が引き、山吹は市ヶ谷を抑えながら牛込を介抱していた。

「だとしても…香澄に何かあったら……」

心の底から怖いと、嫌だと思っていると、

 

 

「言っておくが、俺は女性に暴力を振るう趣味は無いからな。さっきのはあくまでも演武だ、演武」

 

 

「お前……聞いてたのかよ……」

先を歩いていたはずの谷崎がこちらを振り返って言い放った。

 

「聞こえるだろ、割と声大きかったぞ」

 

「なら次からは止めろよな!香澄が危ないだろが!」

淡々と答える谷崎に無性に腹が立って、つい声が大きなって言ってしまう。

 

「俺は『次は無い』と言った……。こんな力、一体どんな場面で使うって言うんだ」

笑っている、市ヶ谷の目にはそう見えた。飄々とし、話を聞いていても取り合う気は無いといった感じの。

 

「お前は……」

 

「有咲……大丈夫だよ。とー君はしないから……」

思わず谷崎に掴みかかろうと前に足を踏み出そうとするが、おたえに阻まれてしまった。おたえを避けて踏み出そうとしたが、一歩も動く気は無いようだった。

 

「とー君は本当にしないから……」

 

「何でおたえが『お前が』わかるんだよ」

私が問いかけると同時にアイツもおたえに問いかける。

 

 

 

「だってとー君の事は何でも理解るから。とー君の考えも、感じることも、何が欲しくて、何が良くて、何が嫌なのかもね……」

 

 

 

「……お前と、どんな関係なんだよ」

おたえの言っていることが解らない。今までも時々解らないことを言ってきたけど、今回は本当に理解できない。

 

「関係?え〜と、花園ランドの主人と花園ランドの住人?」

 

「おいコラ、俺は入るだなんて言ってない。これで何回目だ……」

 

「でもそれは”今”だからでしょ…?」

 

「何でそうなるんだよ」

 

「本当に何だよ……」

俺と花園が何度目かわからない言い争いに市ヶ谷は自然と黙ってしまった。

 

 結局、戸山は俺に話しかけてきて花園が俺の左手にしがみつく。市ヶ谷をフォローするように、山吹と牛込が付いているような不思議な集団で歩いていると、

「着いた〜」

戸山が大げさなリアクションをとって敷地に入っていく。

 今目の前の物を見て思ったことがあるならば、

「なぁ、もしかして水面に将来自分の結婚する相手が映るという檜風呂があったりするのか?」

ざっとこんな事だ。

「何言っているのかさっぱりわからないが、多分違う」

「そうか…、残念だ……」

「お前は人の家を何だと思ってるんだよ!」

感想を聞いて怒るということは、どうやらここは市ヶ谷の家のようだ。

「昔ながら日本屋敷、住みたいと思うが掃除が大変そうだなと思うだけだ」

「なぁ沙綾、私今日の練習休んでも良いか……。頭痛いんだが……」

「そこは頑張ろうよ……」

山吹は本当に面倒見が良いなと、散々苦しめる原因を作っておきながら思うのだった。

 

 

 

 

 

「今日は何から演奏する〜」

 

 クッションが置かれたソファでチューニングが終わるのを待っていた。楽器に触れる経験が無かったので、思った以上に時間がかかるようだ。

 この隙間時間でさ、イヤンホンを耳につけて音楽を流す。先輩を脅しに使われて来てしまったが、やはりどこか居心地が悪い。

 

「とー君、ちょっと良い?」

肩からギターをたすきのような物で掛けた状態で俺の目の前に立っていた。

「何だ…?」

「今から引く曲、何処からでも良いからさ歌ってよ」

「いや、お前のバンドの曲を俺が知ってるわけ無いだろ。第一、俺歌上手くな……」

花園は俺の言葉に耳を傾けず、まだチューニングの終わっていないバンドメンバーを横目にギターを引き始めた。

 

 小さな機会に繋がれたギターを弾く、溢れるように響く重厚なサウンド。俺はそのメロディーを知っていた……。

 

 俺があの頃に成る前に聞いていた曲……、歌詞の意味を聞けばちゃんと物語として連続するあのシリーズの曲……。

 

 俺は教えていない……、俺はこの曲が好きだったことを誰にも……誰…に……。

 

「お……お前……」

 

 黒に染まりきって、考えるのを、考えるのが怖くてやめてしまったあの時の……。

 

 黒に染まりきる前に居た、アイツ以外、もう一人の存在を……思い出した……。

 

 

                *****

 

 

 曲が終わり、何時ぶりかすらわからない歌を歌い、花園がギターで締めに入る。しっかりと最後に締めた時には、誰一人と声を発するものは居なかった。

「思い出してくれた?あの頃の記憶?」

青のギターを持った花園は真っ直ぐをこちらを見ていた。

 

「とー君が……、灯夜が今も縛られている理由……」

淡々と語りだす、ショッピングモールの時と同じだ。俺の思い出したくない過去を引っ張り出してくるんだ……。

 

 次第に息をするのが辛くなってくる、何か締め付けてくるような、突き刺してくるような、消えない痛み……。

「私言ったよね、楽になろうよって…。約束もしたよね…憶えてるしょ?思い出したんでしょ?」

見つめるだけでは無く、ゆっくりと近づいてくる。ギターを肩から降ろし、頬に触れるように手を伸ばしてくる。

 

「思い…だしたよ……。あぁ…思い出したよ……」

込み上げる胸騒ぎ、絶え間なく押し寄せてくる吐き気に腕で口を塞ぐように翳して答える。けれど、答えるのが精一杯でまともに前を見ることが出来ない。

 

「お前がアイツと出会う前、たえず俺の所に来てたよな……」

 

「それで趣味のこととか、あのクズ共の話もしたよな……」

消そうと、その全てを消し去りたいと願っていた記憶が、映画フィルムのように鮮明に蘇ってくる。

 

 

「とー君が私を助けてくれたんだよ、とー君だけが私に味方してくれたんだよ」

 

 

「俺は誰の味方もして…無い…。あの阿呆共が気に食わなかった……」

 

 

「変わらないんだね…同じこと言ってたよね。とー君は本当に変わらない……」

 

 

「違う…違う……。俺はもう違うんだ……、あの時俺とっ……」

俯いた顔が上がる時には、花園は目の前に居て、俺の頬にそっと手を添えていた。指先が熱く、掌は冷たい。混ざり合う微かな熱が、俺に伝わる。

 

 

「変わってないよ?何にも、何一つ変わってないよ?だって……

 

変わっているなら、どうしてまだ考えてるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ悔やんでいるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ憎んでるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ思っているの?」

添えられた手は力がこもり、顔の向きを変えさせ向き合わせる。目が合うと、その目には……一点の光も見えなかった……。

 

「おま……お前に何が……何がわかるんだよ……」

絞り出すように、蛇に睨まれた蛙のように、怯えていた声が自分の耳に入る。

 いや、わかるんじゃないか……、コイツはもう『過去』を知っているんだから……。理解るんだよな…、俺の全てを知っているんだよな……。

 

「言い方を変え…よう…、お前に……理解ってたまるかよ……」

そう言って頬に添えられた手を引き離す。

 やっぱり……嫌だ……。見ているだけの、第三者の、実体験者でも無いのに…理解ったと言われてしまうのは……。お前に理解るほどの苦しみなら……、俺は…俺は引きずってなんかいないんだから……。

 

「外の空気…吸ってくる…」

今の花園はどんな顔をしているのだろうか…、戸山達は俺と花園の関係をどう思ったのだろうか…。考えるべきなのは頭の中に存在しているのに、心が……心がそれを許そうとしないのだ……。

 

 だから今は…外へと繋がる唯一の階段を登って蔵を出て、落ち着きたいんだ……。

 

 

 灯夜が部屋を後にした時、ただただ重い空気、事情を知らないからこそ何と声を掛けて良いのか分からない空気になってしまっていた。

 

「思い出してくれたんだけどな〜……」

 

 その空気を破ったのは、今の空気を作った本人の花園だった。何を思って口にしているのか、どこかもの惜しそうにも、けれど楽しそうにも聞こえる声で呟くのだ。

 

 

「ねぇ…おたえ今のは…」

「うん?とー君には少し前から匂わせてたんだけど、ちょっとそれも飽きてきちゃったから」

沙綾の顔色が悪いけど、何かあったの?

「お前と谷崎の間に何があったんだよ……」

有咲も沙綾と同じで顔色が悪い気がする、香澄もりみも。

 

「それは私ととー君の秘密かな?だって花園ランドの一番深い所に関わる話なんだから」

 

「大丈夫だよ、私ととー君の問題でみんなに何か問題は起きないから。だって…とー君の側には私だけが居れば良いんだから…」

心配だな〜、もしかして風邪かな?有咲は急にとー君と私の事を気にするし、だけど渡す気は無いからね。

 

 とー君は私のモノ。花園ランドで愛して、愛して、愛して、私だけを考えるようにするの。

 アノ女の苦しみからも、何故かとー君に構う白金先輩からも、とー君を嘲笑う者からも、その全てから解放してあげるんだから。

 お代はとー君の全て、とー君が私のモノになって側に居てくれるだけで良い。長い時間を掛けて、長い間苦しんで待っていた時間が、ようやく報われるんだから。

 

 

 外の空気を吸いに蔵から出て、そのまま近くの自動販売機を探しに道に出た。夕焼けが出てきてようで、道路も赤く染まる。夕日に背を向けて買った水を一口飲んでから、もう一度あの蔵に歩いていった。

 

 

 戻ってみると、花園はギターを肩に掛け直し演奏していた。言われてみれば、俺がここに連れて来られたのも『蔵練』を見させられるためだったんだ。

 戸山や他の奴らも演奏をしていた。階段をゆっくりと降りていき、ソファーに腰掛けて演奏を静かに聞いていた。普段音楽を聞いているから何か言えるかだろ、と言われてしまいそうだが、本当に音楽の知識は壊滅的なので言えることは無い。

 

「灯夜君、今の演奏どうだった?」

 

「そうだな……、普段聞かないタイプの曲だったが、これはこれでまた聞いてみたいと思った」

言えることは無い、音楽の事は。だが、あくまでも曲を演奏を作品として考えれば、アニメや漫画の感想を述べるようには言える。

 

「ほ、褒められた〜……」

俺の感想を聞いて、崩れるように戸山に寄り掛かる牛込。

 

「そんなに嬉しいのか?」

思わず聞いてしまった、自分の言葉の威力に。

「いや、谷崎君さ。さっき外に出てから急に帰ってきたでしょ」

牛込では無いけれど、山吹が答えてくれた。

「帰ってきて、曲を聞いている時さ…顔怖かったから…」

「そうだったのか…?」

「そうだよ…、お前、ずっと何かを睨むような目で壁見ながら聞いてるから」

市ヶ谷の言う睨む目と言うのは、もしかして真剣に聞いていた時の無意識の行動か。

 

「脅かすつもりは無いが……。ただ演奏を邪魔するのは、その作品を壊すという無礼になるから黙っていた……。けど、逆に集中できなくしていたなら、すまない…」

 

「いや別に…、逆にそこまで真剣に聞いてくれてたのかよ…」

 

「真剣に聞いて悪いのか?真剣に演奏している者に、受け取り手が惰性で聞いていては意味ないだろ。花園が俺を連れてきた理由は知らないけど、感想を言えと言われていたから聞いただけだ……」

何の作品かは憶えていないが、そんな事を言っていた気がする。その言葉を聞いて以来、どんな作品でも見た物は目を通してから判断するようにしている。

 

「俺に演奏の上手い下手は言えないが、聞いてる方の意見としては…まぁ良かったと思う…」

何だか饒舌に語っているが、本当は割と楽しいものだと思っていた。しかしまぁ、花園が居るから絶対に言わないけど。

 

「とー君、もしかして照れてるの?」

 

「別にそんな事はない……」

 

「なら、こっち向いてよ」

 

「無垢必要ないだろうが……」

 

「やっぱり照れてる。というか、デレた?」

待て、俺のこの状況の何処がデレなんだよ!

 

「おたえ、あれはデレてるよ」

 

「あぁ、あれは完全にデレを隠してるな」

 

「顔隠してるけど、顔真っ赤だよ」

おい嘘だろ…、いや何で俺がデレる必要があるんだよ!デレてないから、断じて出れていない!

 

「灯夜君?」

 

「何だ?」

戸山の声が近くでしたので、思わず振り返ると、すぐ近くに花園と並んでこちらを見つめていた。

 

 こちらの顔を確認した直後に戸山と花園がニヤリと、背中に悪寒が走る笑みを浮かべて……。

「灯夜君、やっぱり照れてるよ。顔真っ赤だもん!」

 

「とー君は素直じゃないな〜」

大声で言いふらしてきた。

 

「ば、それは昨日の風邪の残りだから。あと、本当にデレる理由は無いからな!」

反論を試みるも、戸山と花園は止める気はなく、山吹達はそれを聞いて俺を見ながら笑ってきた。

 笑いが収まるには時間が掛かり、結果として俺は妙な疲労感、戸山達は笑いと演奏の所為で疲れて練習はお開きになった。

 

「じゃあね〜」

 

「また明日」

 

「ばいばい」

 

「気をつけてな」

 

 再びあの日本屋敷の門を潜り、戸山達と別れて帰路につく。ようやく帰れると安堵したのもつかの間、

「とー君は今日、家に泊まっていくよね?」

 今日一番の激しい頭痛と腹痛が襲う、危険物が投下されるのだった。




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