生徒会室に向かっていく道中、廊下に生徒会が制作したと思われるポスターが目に止まった。
別に内容に関心があったというより、名前が書いてあったのだ。『白金燐子』、さっき他のクラスメイトが言っていた名前だ。
「まさか……、生徒会長に呼ばれるだなんて……」
とんでもない人に生徒手帳を見つけられ、知り合ってしまったと後悔するも、時既に遅しだった。
生徒会室と札が掲げられた教室に着き、扉を軽くノックする。
「失礼します……」
返事が無いのでまだ来てないのだろうと、先に教室に入って待つことにした。
教室は整理整頓が行き届いており、使っているであろう資料を纏めたファイルは年代順に並べられている。とても几帳面な人なんだと感心していた。
「お、お待たせしました……」
遅れて扉が開き、白金先輩がやって来た。
「僕も今来たところです」
一人称を対年上モードに変更し、当たり障りの無い返事をする。
「そうですか……」
今来た事を聞いて、ほっとする白金先輩。
「あ、どうぞ……、座って下さい……」
「失礼します……」
立ちっぱなしにするのはいけないと、慌てて気を遣ってくれた。扉に一番近い席に座ると、白金先輩は一番置くの席に座った。
座ったものの何を話すこともなく、お互いに自分の昼飯を食べ始めた。先輩の方に目をやると、小さなお弁当箱に綺麗におかずが入っていた。自分のは簡単なおにぎりだけで、謎の敗北感が襲ってくる。
「白金先輩でしたよね……」
ふと口を開き、疑問に思っていたことを尋ねる。
「何で僕を誘ったんですか?」
質問を聞いて白金先輩は、少し間を置いてから、
「えっと……、教室に届けに行った時に一人だったからなのと……」
ぽつりと、ぽつりと答えてくれた。
けれど、その後の答えが不思議だった。
「少し前の私に似ている気がして……」
「僕がですか……」
答えに思わず疑問で返してしまう。
「あ、いえ……その……」
白金先輩はどこか寂しげな表情を浮かべて、
「生徒会長になる前……、私がもっと人と接していなかった頃に似ているなと……」
消えるような、声でひっそりと答えた。
「そうなんですか」
俺は白金先輩について何も知らないが、唯一知っているのは生徒会朝会などで壇上に上がりテンパる姿くらい。
そして裏を返せば、白金先輩は俺について何も知らない、唯一知っているのは名前と昨日の事件について。
理解らない、やっぱり理解らない。この断片的すぎる情報で、どうやって『過去の自分』と結びつけたのか。
「私……、失礼なこと言ってしまいましたか……?」
今にも泣きそうな顔をでこちらを見ていた。
「そんなことないですよ?何でですか?」
「凄い怖い顔で……、私のことを見ていたので……」
考えを纏めている間に、いつの間にか先輩の方を睨んでしまっていたようだ。
「すみません……、ちょっと不思議だったので、考えていたら……」
苦笑混じりに謝ると、白金先輩はホッと胸を撫で下ろしていた。
再び何とも気まずい空気が生まれてしまい、何を話せば良いのか分からなくなってきた。
「あの、先輩は何か趣味とかあるんですか……?」
辿り着いた答えがベタ過ぎた、もうお見合いじゃないんだからさ。
後悔で悶絶していたら、
「ネットゲームを少し……」
こんなベタな質問に返答してくれた。
「ネットゲームですか。最近だとNFOとかですかね?」
NFO・Neo Fantasy Onlineという、オンラインゲームの中では古参なゲームで、配信開始から様々なアプッデートやイベントなどを開催して、初心者でも楽しめるオンラインゲームとして親しまれているもの。
「NFO……、やってるんですか?」
白金先輩の表情が明るくなる。
「やってますよ、先輩は?」
「ウィザードでプレイしています」
「僕は最初の頃はネクロマンサーでプレイしていたんですけど、最近は少し前のアプッデートで出た『フェイカー』でプレイしてます」
「『フェイカー』でプレイしてるんですか……」
白金先輩の表情が更に明るくなる。それに、声が大きい。
まぁ、NFOプレイヤーなら普通はこの反応だろうな。『フェイカー』は数年前のアプッデートで現れた、《運営が出したクソ職業》として親しまれているもの。
「もしかして、ネクロマンサーのレベルはカンストしたんですか?」
『フェイカー』が嫌われる理由その一、まずは別の職業でレベルを最大限にしなければならない。
「してますね……、じゃないとなれないですし」
「凄い……、じゃあネクロマンサー以外にもなれるんですよね」
嫌われる理由その二、『フェイカー』は嘘を意味する言葉。そのために職業のスキルは、『他の職業の全てを真似し、その技を使える』というもの、でも攻撃力は本職の人よりも半分以下の制限付きだけれど。
「成れますよ、『暗殺者・アサシン』、『タンク・バーサーカー』、『大剣使い・セイバー』、『弓兵・アーチャー』、『魔法使い・ウィザード(キャスター)』、『死霊術使い・ネクロマンサー』、『聖職者・ヒーラー』基本何でも出来ますよ」
ちなみにこの成れる職業のレベルを全てカンストすると、『フェイカー・キング』と成るのだ。俺は後、『聖職者・ヒーラー』をカンストさせるだけだ。
「先輩、今度一緒にプレイしてみますか?」
あまりに白金先輩の期待の眼差しというのか、NFOプレイヤーとしての興味なのか、視線があまりにも痛いので誘うことにした。
「谷崎君が良いのでしたら……、お願いしたいです……」
照れくさそうにお願いをされた。
「お願いされました」
気のない声で返事を返す。手を止めていた昼飯を食べ始めると、先輩の発言に思わず箸が落ちそうになった。
「あの、一緒にプレイするなら、連絡先って交換しておいたほうが良いですか?」
「ごっほ、ごっほ……」
先輩の発言が唐突過ぎて噎せてしまう。
「だ、大丈夫ですか……、い、今お茶を……」
俺の席の後ろの方に在るポットでお茶を入れてくれた。お茶を飲み一旦落ち着く。
「何でしたってけ……?すみません、よく聞き取れなかったので、もう一度言ってもらっていいですか……」
そうだ、今日ここにいきなり呼ばれて所為で、軽く幻聴でも聞いたのだろう……。
「その……、連絡先を交換したほうが、何時一緒にプレイするとかも分りやすいと思ったんですけど……」
白金先輩、そんな悲しそうな表情をしないで下さい。罪悪感が増してくるじゃないですか……。
「先輩が良いなら……、連絡先教えますね……」
近くにあった小さな紙を拝借し、そこに自分の携帯番号とNFOでのハンドルネームを書いて手渡した。
「電話番号から、L○NEは登録できますし。その名前をNFOで言えば、あってすぐに遊べますよ……」
「ありがとう、谷崎君。後で私から、L○NEは招待させてもらいますね」
受け取った紙を大事に握りしめていた。
「僕は基本暇なので、余程の事が無い限り何時でもお待ちしております」
「ふふ……、じゃあ後で連絡させて貰いますね」
白金先輩がそっと微笑むと、窓から差し込んでくる光に照らされて、何故かドキッとした。
その後は昼飯を黙々と食べ、予鈴がなり始めたので生徒会室を後にする。扉に手を掛けようと、手を伸ばした時、
「あ、谷崎君……」
「何ですか、先輩?」
先輩に呼び止められる。
「また……、こうして私とお昼ご飯を食べませんか……」
先輩からの提案を受けて、断る理由は特には見当たらなかった。
「良いですよ、先輩がせっかく誘ってくれたんですから」
誘いを承諾すると、先輩は笑顔になった。
「約束ですよ……」
優しく微笑むその笑顔に、どこか寂しげなものを感じていた自分が居た……。
「それじゃあ、連絡待ってますね」
先に生徒会室を後にした。
教室に戻ると視線が一斉に集まるが、それもすぐに消える。
「何だよ……」
俺は何もしていない、何か悪いことをしたのでは無いのに、周りからの視線はまるで『罪を犯した罪人』を見るような視線ばかり。耐えられない、今すぐにでもこの場から立ち去りたい。
「そんな事が出来るならやっているか……」
何度も、何度も思った。この場から消えれば全て終わると、しかしそれが出来ないの現状だ。学校から立ち去れば将来はどうなる、親がしてきたことはどうなる。頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。
でも自分以外の人間はもっと苦しい思いをしているんだ、俺のこんな気持ちなんてソイツらに比べたら小さなものだ。自分の苦しみは苦しみじゃない、心に呪いのように繰り返し言い聞かせる。俺はまだ良いほうだ、もっと苦しんでいるだ。
壊れそうな心を更に縛り付け、学校が終わるのを待った。
家に帰ると、真っ先にトイレに向かった。
吐いたのだ、胃の内容物が全て出たんじゃないかと言うくらいに。終わると壁に寄り掛かり、そのままに床に座り込んだ。
「もう嫌だ……」
誰も居ない、たった一人の家で、消えるような、泣きそうな声で呟いた。
あの後、水を飲んでしばらくの間横になった。携帯がアラームが煩くて無視していたが、我慢できずに確認すると白金先輩だった。
『あの、白金です』
『今からNFOにログインするのですが、谷崎君は来ますか?』
『今は街の道具屋さんに居るので、待ってますね』
「可愛いスタンプ、使うんだな……」
吐き気の後に、頭痛が襲ってきた頭を起こして、パソコンを起動させた。
「先輩が来たんだ……、約束は果たさないと」
あまりやる気では無かったが、NFOにログインした。
今回は燐子との食事会でした。
谷崎くんも、燐子との食事会は楽しめたようで何よりです。
それにしても、教室の視線は……、ありますよね……。
こう、『先生に呼び出しくらった』だとすぐに『アイツ何やったんだ?』って。
私もよくありました……。その度に辛くて辛くて……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
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