星の巫女は貴方を待ち続ける   作:アステカのキャスター

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『地』は『天』と『人』に抱かれ空に消える

 

 

 

 それは突然だった。

 

 

 エルキドゥが倒れた。

 

 

 ギルガメッシュとリィエルと一緒に街を歩いていた時、突如エルキドゥは電池が切れたかのように倒れたのだ。

 

 エルキドゥの容体は……最初に診察したリィエルが確信した。

 

 

 それは『神の呪い』だ。

 

 それも()()()()()()()()ような高度な呪い。それは宮廷魔導師のリィエルでさえ解く事が出来ない程強く結びつかれた呪いだ。

 

 それを知ったギルガメッシュは、すぐさま天界へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 エルキドゥが倒れて三日後、ギルガメッシュがウルクへ帰還した。

 

 ……顔面蒼白な彼の顔を見て、悟ってしまったのだ。エルキドゥが助からない事に嫌でも気付いてしまったのだ。

 

 

『森番フンババと聖牛グガランナを倒した三人のうち、誰かが死なねばならなかった』

 

 

 エンリル神から伝えられたのは、それだけだったらしい。

 フンババ討伐に協力したシャマシュ神は、グガランナを差し向けたイシュタルの画策によるものではないかと予想を口にしたそうだ。

 

 

『リィエル……貴様は出来る限りの事をせよ。我が宝物庫の全ての魔導書をウルクに置いておく。我は必ず……』

 

 

 イシュタルを見つけてみせる。そう言ってギルガメッシュは執念を燃やしていた。だが残念な事に結果は得られなかった。いつもなら週に一度は顔を見せるあの女神は、一週間が経っても現れはしなかった。

 

 そして不幸が畳み掛けるように、外交関係も著しい悪化の一途を辿っていたのだ。前にリィエルが言った通り一応、 ウルクの土地神はイシュタルだ。

 

 そのイシュタルが居なくなった事により、ウルク自体が『神に見捨てられた国』と他の国がこちらを見下し、輸入や輸出に問題が発生していた。当然だ、神に加護された土地から神が消えるという事は土地自体が加護を失うようなものだ。

 

 アレだけの偉業を成し遂げた三人は動けない。

 

 ウルクの土地の輸出、輸入問題。

 

 イシュタルの失踪による国力の低下。

 

 

 ウルクは徐々に崩壊への道に足を踏み入れていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

『アアア──!』

『ニンゲン!! ニンゲンのニクだァァァ!!』

『キサマ! ニクタイヲモチナガラ!』

『コノチニアシヲフミイレタフケイ!』

 

 

 リィエルはシドゥリ達に仕事を任せて冥界に来ていた。

 クタの地面を魔術で掘り進め、魔杖を持ちながら冥界に足を踏み入れた。しかし居たのは死霊やらクタで死んだ戦士の死骸。

 

 

「私が用があるのは貴方達じゃない。だから退いて」

 

 

 リィエルの忠告を無視して死霊達は襲いかかる。

 

 

「……もう一度言うわ。退()()

 

 

 力の入った怒気だけでクタの死霊達がリィエルの前から消えていた。それにため息をつきながらも冥界の奥に進むリィエル。

 

 

「……エル、待っててね」

 

 

 7つの門を潜り抜けて、襲いかかる死霊は跳ね除けてリィエルは遂に冥界の最深部まで到達した。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「……()()()()()があって来てみればこんな場所に何のようかしら?」

 

 

 冥府の女主人エレシュキガル

 この冥界を統べる女神の一柱であり、あらゆる『死』について詳しい存在である。イシュタルとは違い、勤勉でしっかりした女神だ。

 

 だが、その前に一つだけ冥府の女神の言葉に引っかかった。

 

 

「精霊? 私、精霊なんて引き連れてないですよ?」

 

「違うのだわ。貴女よ貴女。貴女の半分から()()()()を感じるのだわ」

 

「精霊の血? ……じゃあ私は『半精霊(デミ・スピリット)』と言う事ですか?」

 

「知らなかったのかしら? まあいいわ。要件は何なのかしら? わざわざ冥界に足を踏み入れるなんて何かあったんでしょ?」

 

 

 冥府の女神としての彼女は『死』という存在を多数見て来た筈だ。その中には神の呪いで死んだ人間もいる筈だ。だから、リィエルは冥界に赴いた。生者は冥界の法に縛れない。なら、無理矢理権能を使う事はないだろう。

 

 

「エルが……天の鎖にして神々が生み出した神造兵器エルキドゥが、神々の傲慢によって今、呪われているのです」

 

「…………!」

 

「画策をしたのはイシュタル神であり、自由気ままなあの女神は我が王、ギルガメッシュの財を狙い求婚を申し出ました」

 

「あの女神……本当に自由奔放なのだわ」

 

 

 エレシュキガルでさえ呆れている。

 イシュタルとエレシュキガルは天と地、即ち表裏一体とも言える存在だ。イシュタルが天の女主人ならエレシュキガルは地の女主人、性格すら反対なエレシュキガルはイシュタルに呆れて物も言えない。

 

 

「しかし、王はその求婚を断り、それに激怒したイシュタル神は『天の牡牛(グラガンナ)』を引き連れウルクを襲いました。我が王とエルキドゥ、そして私の三人で撃退しましたが、憎しみに囚われたイシュタル神は遂に『神の呪い』を使い、エルキドゥを呪ったのです」

 

「……事の顛末は分かったわ。大体イシュタルが悪い事も、要するに私への頼みはエルキドゥの呪いを解けないかと言う事かしら」

 

「はい」

 

「無理よ」

 

 

 皮肉にもエレシュキガルは即答した。

 

 

「対価も無いし、神の呪いは私一柱で解けるものではないわ」

 

「……私が対価としてなら?」

 

 

 リィエルは自分の身体に手を当てる。

 『星の巫女』と称される自分はどうやら精霊に近い存在だ。精霊ともなれば貴重な存在だ。自分の死後を売り払う事を対価とするなら、対等な条件にはなる筈だと思っていた。

 

 けれどエレシュキガルはそうじゃないと告げた。

 

 

「……確かに貴女にはそれだけの価値はあるかもしれないのだわ。けど、それでも無理なの。『神の呪い』は神にさえ通用する呪い、一度かけてしまえば『死』は免れない」

 

 

 ガラガラと何かが崩れる音がした。

 

 既に魔術を全て理解しているリィエルにとって、リィエルでは『神の呪い』は解けないと知っていた。

 

 だから神に頼った。その神様でさえお手上げの状態だ。それは余りにも辛い現実だった。

 

 エルキドゥは助からない。

 

 それが決まってしまったのだ。

 

 

「まあ、私に出来る範囲でなら何とかはしてあげるけど、エルキドゥの呪いを解く事は不可……って貴女! 泣いてるのだわ!?」

 

「えっ……?」

 

 

 ポロポロと涙が溢れ落ちていた。

 止まらない。止められない。辛い現実を認識してしまったリィエルからポタポタと目から雫が落ちていく。

 

 

「あ……ああ……」

 

 

 視界が揺れる。

 自分の立つ地面さえ分からなくなる程、見えなくなっていく。光が閉ざされていく。魔杖は既に手から離されていた。ガシャンと言う音さえ彼女には聞こえない。

 

 

「……ぁぁ……あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

 嗚咽は、慟哭に変わった。

 惨めに泣き叫び、のたうち回り、腕を地面に叩きつける。

 

 何故自分ではなかったのだろう。何故自分はこんなにも無力なのだろう。何が宮廷魔導師だ。何が『星の巫女』だ。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

 友1人救えない自分が許せない。

 

 結局、何の成果も得られずにただ時間だけが消費してしまった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 リィエルは冥界から帰った。

 

 シドゥリ達は赤く泣き腫れた目を見て何も言わなかった。リィエルは睡眠も取らずにエルキドゥが眠る寝室に移動した。夜だからとっくに寝ているのだろうと思いながらリィエルは寝室の扉を開けた。

 

 

「……やぁ、待っていたよリィエル」

 

「……こんばんは、エル」

 

 

 なんだ、起きていたのか。

 随分とエルは変わってしまっていた。緑色で艶やかな髪は傷んで、身体にヒビが入ってしまっている。千里眼の無いリィエルでさえ、いつエルが死ぬのか分かってしまったのだ。

 

 もう……後、数時間の命だ。

 

 

「随分……無茶をしたようだね……人の身で冥界降りなんて……僕も驚きだよ」

 

「エル……けど私は……私は貴方を救う事が出来ない」

 

「なんとなくだけど……分かってたよ。『神の呪い』は強力だ。いくら精霊の半身を持つ……君でも無理難題だ」

 

 

 涙が溢れそうになった。

 アレだけ泣いたと言うのに涙は枯れる事を知らないようだ。エルキドゥは知っていたのに少し驚いた。

 

 

「……エルは私が精霊の半身である事を知っていたの?」

 

「僕は大地から……生まれた存在さ。なら……知らない訳がないじゃないか。ギルも……それを知っていたようだけど、口には出さなかった。自分が人ならざる者と知ったら……リィエルが悲しむんじゃないかって」

 

「……そんな訳ないでしょ。私は、私なんだから」

 

「ハハハ……確かに、リィエルはそう言う……人間だからね」

 

 

 力無く笑うエルキドゥにリィエルは優しく手を握る。リィエルはある事を決意し、そしてエルキドゥに最後の我儘を口にした。

 

 

「エル、最後でもいい。空を見に行こう」

 

「……ゴメンよ。僕はもう……動く事すら出来ないんだ」

 

「私が連れてく。……お願い」

 

「……分かったよ」

 

 

 リィエルはエルキドゥの身体から重力を無くして、エルキドゥを抱えたままウルクの夜の空へ飛び始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「エル……見える?」

 

「ああ……満天の星空だね」

 

 

 空中にいながらも優しく抱えているリィエルがエルキドゥに見せたかったのは、この星空だけではない。エルキドゥはもう少しで死んでしまう。お別れを言わなければならない。

 

 けど、1人で死ぬのは寂しい。

 

 寂しいから()()が見届ける。

 

 

「エル、見ててね」

 

 

 リィエルが魔杖を振るうと、辺り一面が優しい光に包まれていく。ウルクの街が照らされて幻想的な世界を映し出していた。その光は蝋燭のように弱く、蛍のように優しく光る癒しの光。

 

 リィエルが宮廷魔導師になった時に最初に覚えた魔術だ。

 

 

「ハハハ……綺麗だ。世界が照らされて……見えるみたいだ」

 

「エル、下を見てごらん」

 

 

 エルキドゥの視線が下に向く。

 そこには深夜にも関わらず、()()()()()()が集まってリィエル達を見届けていた。

 

 

「なんでこんなに……もう全員寝ている時間じゃ……」

 

「私が呼んだのよ。エル、貴方の為にこんなにも人が集まってくれたの」

 

 

 リィエルの魔杖の力で()()()()()()()()()()()()()()エルキドゥの最後を見届けて欲しいとリィエルは願ったのだ。寂しくないよ、とエルキドゥに言いたかったのだ。

 

 神の兵器に『心』はなかった。

 何故なら兵器と人間は分かり合えない存在だと、経験した記憶からずっと決め付けていた。

 

 ──違ったのだ。

 

 分かり合えないと思ったのは自分自身、人間と分かり合える訳が無い道理など存在しなかったのだ。

 

 

「僕は…………」

 

 

 エルキドゥの目からは涙が溢れていた。

 やっと気付く事が出来た。これが『心』なんだと、気付く事が出来たのだ。

 

 そして手にした『心』がそれを理解した。

 民全員が集まる理由は自分には無いと思っていた。

 

 

「……そっか……僕は……愛されていたんだね……兵器である僕を……愛してくれる人が居たんだね……」

 

「……当たり前じゃない。私も、王様も、ウルクの民全員が貴方の事を好きでいたの。だからね、エル……寂しくなんかないよ。私も王様も、決して1人ではない。だからエルも、寂しいと思わないで……私達がここに居るから……」

 

 

 リィエルの手が暖かく感じた。

 なのに、徐々に自分の身体に罅が入っていく。現実は非情だ。やっと手にした『心』すら、気づいてしまったのは死ぬ前のほんの僅かなのだから。

 

 

「……うん……リィエル……」

 

 

 エルキドゥの手は震えていた。

 それは、恐怖だった。兵器として『心』がないエルキドゥに感じる事が出来なかった生の渇望。死にたくない。死ぬ事がこんなにも怖いと感じてしまうのだ。

 

 

「……死にたくない」

 

「うん……」

 

 

 どうしても本当の気持ちが隠せないでいた。

 隠してしまえば、口に出さなければ潔く死ぬ事が出来たかもしれない。それでもエルキドゥは本音を隠せなかった。

 

 

「死にたくない……!もっと、ギルと、リィエルと、みんなと一緒に生きていたい……!もっと……もっと笑って……!3人で……笑い合いながら……!もっと、生きていたいよ……!」

 

 

 生にしがみつく事の浅ましさがエルキドゥの人間としての『心』からの本音だった。まだ3人で笑い合っていたい、終わりなんて来て欲しくなかった。涙が溢れて止まらない。この苦しみさえ人間と自覚させてしまう。

 

 その涙を掬い取って、リィエルの反対側からエルキドゥを抱える。

 

 

「我も……同じだ。友よ」

 

 

 そこに居たのはエルキドゥの最初の1人の友、ギルガメッシュだった。

 

 ギルガメッシュはエビス山の周辺を探していた所を()()()()()()()()()()()()によって、この場所に繋げて転移させていたのだ。

 

 

「私も……私もだよ。エル……!」

 

 

 リィエルも泣きながら口にした。

 ずっと一緒に笑い合っていたい。それはリィエルもギルガメッシュも、ウルクの民達も全員が望む事だ。

 

 だが、エルキドゥの身体はヒビ割れて腕は既に風化してしまっている。

 

 

「エルキドゥ、お前は1人ではない。我も1人になる事はない。貴様は我が生涯で最初の友であるのだからな。いずれ遠い未来で、また会おう友よ」

 

 

 それを優しく、そして辛くないようにギルガメッシュは約束をした。

 

 

「エル、私達は貴方を愛してる。だから、だからね……! いつかまた、明日を見に行こう……!」

 

 

 リィエルはいつまでも忘れないように明日をまた生きる事を約束した。

 

 

 2人は最後まで笑顔で居た。涙に濡れて酷い顔でも構わない。それでも笑って友を送り出したかったのだ。

 

 2人が口にした遠い未来の約束。

 人と共に歩む未来の話だ。それはエルキドゥを縛る新しい鎖であり、エルキドゥが望むいつかの未来の話だ。

 

 

「…………あっ……」

 

 

 リィエルもギルガメッシュも忘れない。

 

 

「……そうだね…………僕も……忘れない……」

 

 

 私達にはこんな友達が居たんだよ、と笑って未来で誰かに語れるような。そんな未来の約束を自分は忘れないでいよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ギル……リィエル……ありがとう……僕も……2人……を忘れない…………大好き………………だよ」

 

 

 

 最後に人間らしい笑顔で笑った。悲しまないように、忘れないように、笑い合ったあの頃をずっと大切に……未来に繋いで行こう。

 

 

 だから……これは寂しいんじゃない。

 

 未来でまた逢える事の嬉しさだ。

 

 

 

 

 

 

 

 エルキドゥの身体は崩れて、土に還っていった。

 

 風化した土は風に運ばれてウルクの街に落ちる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の腕にいたエルキドゥはもういない。

 

 感じていた僅かながらの重みと暖かさが消えていった。

 

 

「……リィエル……」

 

 

 ギルガメッシュはリィエルを抱き締めた。

 

 力強く抱き締めた、リィエルの有無など気にする事も出来ないまま、それでも抱き締めた。

 

 

 

「……王……様……」

 

「少しでいい……こうさせてくれ……頼む」

 

 

 ギルガメッシュが初めて見せた弱みにリィエルも涙を流してギルガメッシュと同じく泣き叫んでいた。

 

 エルキドゥは死んだ。死んでしまったのだ。

 

 その温度を忘れないように抱き締めて守ろうとするギルガメッシュと、友を失った悲しみに泣いているリィエルは王様の背中に手を回して抱きしめた。

 

 

「……リィエル……」

 

「……なに……王様……」

 

 

 抱き締めたまま、ギルガメッシュは口にした。

 

 

 

「貴様は、貴様だけは……我を置いて死ぬな」

 

 

 ギルガメッシュの唯一はリィエルだけになってしまった。エルキドゥはもう居ない。ただ、3人で笑い合っていた事を忘れないように生きていく。ただそれでも同じ思いはしたくない。

 

 だから……ギルガメッシュは口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束するよ……()()()()()()()

 

 

 リィエルは初めて、王様と呼ぶ事を止めた。

 

 約束した。決してギルガメッシュを置いて死なないと、リィエルがギルガメッシュと共にあり続ける事を約束した。

 




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