ついでにINTも低い。
ジーナも同様です。
「うぅ、どうしよう」
ファシナトゥールの一室にて、弱りきった少女の声が響く。緑色の髪に水色の燕尾服、黄色のズボンという出で立ちの彼女の名前はアセルス。ファシナトゥールの主・オルロワージュの気まぐれによって蘇った半人半妖の少女だった。
「ジーナも無理、イルドゥンは論外……」
指折り数えながらどうしよう、どうしようと繰り返す。きっかけはセアトという妖魔の一言だった。
『根の街の酒場に行ってみろ。普段見かけない奴が来ている』
教えられた通りに行ってみれば、個人でシップを持っているという飛ばし屋の人間がいた。彼に一緒に連れ出してほしいと頼めば当然と言えば当然だが、代金を請求されたのだ。後で持っていくということで了承を得ることは出来たが、自分には自由に使えるお金など持っていない。
根の街の仕立て屋で働いているジーナにそれとなく訊ねてみれば、彼女も親方に預けていて手持ちは無いと言われてしまった。ならばと教育係のイルドゥンに話を切り出そうとしたが、まごついていたら怒鳴られてしまい言い出すことができず、今に至る。
「後話ができそうなのはラスタバンにゾズマ、白薔薇……」
ラスタバンなら喜んで貸してくれそうな気がする。気がするのだが、何故か妙に自分に入れ込んでいる彼の姿を見ると、借りる代償にとんでもない事を頼まれそうな予感がするので却下。では、ゾズマはどうだろう。
多分彼も、文句も言わずに貸してくれそうな気がする。しかし姿が見えない。飛ばし屋の口ぶりからして、此処に滞在するのは今日一日という感じだ。会えなければどうしようもない。
「となると、やっぱり白薔薇しかいないかぁ」
がっくりと項垂れたままため息を零す。優しい彼女についつい甘えてしまい、これじゃあ駄目だと自覚して気を付けようと思っていたというのに。
「ゴメンね白薔薇。甘えるのはコレで最後にするから」
だから、今回だけ許して。口の中で小さい呟くと、アセルスは顔を上げて白薔薇のいる部屋目指して歩き出した。
* * *
「お金……ですか?」
アセルスの言葉を聞いて、白薔薇はぱちくりと瞬きをした。
「困りましたわ。私にも……イルドゥンならば何とか」
「ダメだ!!」
呼び寄せようとした途端、アセルスが大きな声を上げる。驚いて彼女を見ればバツが悪そうに顔を下に向けながら、ボソボソと呟いた。
「正直に話すよ。ここから逃げ出すのにお金が要るんだ」
「アセルス様」
「家族に、おばさんに会いたいよ。急にいなくなったんだ。きっと心配している」
だから、シュライクに行きたい。そう漏らすアセルスの姿に、白薔薇は気遣うような素振りで、そっと腕をとった。
「白薔薇?」
「オルロワージュ様のことはお嫌いですか?」
「え、急にどうしたの?」
「教えて下さい。アセルス様はオルロワージュ様のことがお嫌いになって、ご自分の家に戻りたいとお考えですか?」
投げかけられた質問に、アセルスはしばらく無言で考え込む。そうして、導き出した答えは。
「嫌いって……いうわけじゃないと、思、う」
幾分かはっきりしないものの、否定の言葉だった。
「別に、好きというわけじゃないよ。勝手に連れてこられて、いきなり自分の血を受け継いだんだからここで生活しろって言ってくるんだからさ。けれど一応、個室はくれたし服も用意してくれて白薔薇とイルドゥンを教育係としてつけてくれたわけだし。多少は私のこと、気にかけてくれているのは感じるから、嫌う必要はないかなっていう」
とはいえ、初対面の時に投げかけられた言葉の端々にはアセルス本人よりも「与えた血」の事を気にかけているような印象を受けたが。それでも、生き返った事を確認してから城の外に放り出すことだって出来ただろう。右も左も解らない状態で追い出すこともせずに、城に置いてもらえたことは今になって思えばありがたい事だった。
「そうですか。良かった」
アセルスの答えを聞いた白薔薇は、胸に手を当てて安堵の息を吐く。そして、ニコリと微笑むと。
「それでしたらアセルス様、いっそのことオルロワージュ様に直接頼んでみてはいかかですか?」
予想もしてなかった提案をしてきた。
「え、ええ!? あの人にお金ちょうだいって?」
「オルロワージュ様でしたら、お金ではなくとも宝石や貴金属等、お金に換金できるものをお持ちですよ。それに、急にファシナトゥールから出れば、心配したオルロワージュ様に探されて目的を果たす前に戻されるかもしれませんし。許可をもらった方が、寧ろ安心して出られるのではないでしょうか」
「うーん」
イマイチ乗り気にはなれないが、自分よりもオルロワージュや針の城に詳しい白薔薇の助言。試して見る価値はあるかもしれない。
「それでも、失敗したらどうしよう……」
「私も、貴金属の持ち合わせなら少しですがあります。許可を得られないようでしたら、もう一度私の所においで下さい。一緒にアセルス様の故郷へ戻りましょう」
「白薔薇……。うん、分かった! とにかくあの人に話をしてみるよ!」
* * *
とは言ったものの。
「ファシナトゥールから出るための金が欲しい? 何故だ?」
傅くミルファークたちに身の回りの世話や、薔薇の剪定をさせながら訊ねるオルロワージュに、アセルスは先程まで意気込んでいた気持ちが一気に萎んでいくのを感じた。
どうやって切り出そう。元は人間だった白薔薇と違って誕生した瞬間から妖魔、それも強大な力を持ったのオルロワージュには、自分の常識や感傷が通じない気がした。いくら此方の気持ちを強く訴えても、彼は「お前はもう人ではないのだから諦めろ」と言われて終わってしまいそうな気がする。
さっさと切り上げて無理だったと白薔薇に言ってしまおうか、という考えが脳内に過ぎるが、その誘惑をアセルスは首を振ることで済に追いやった。もう白薔薇に甘えるのは最後と決めたのだ。何としても目の前の相手から、了承とお金を得なくては。
(あ、そういえば)
ふと、共に暮らしていた叔母とのやりとりを思い出す。どうしても欲しい物があった時、アセルスはある「おねだり」を叔母をする。それをやると、叔母は「まったく、こんな時ばっかり」と呆れるのだが、どこか嬉しそうな表情で願いを叶えてくれていた事を。
(この人に効くかどうか分からないけれど、モノは試しだ。やってみよう!)
決意すると、アセルスは無言でオルロワージュの隣に付く。そして不審そうな目で伺ってくる彼に構わず、上目遣いで叔母におねだりしていた言葉を口にした。
「その……どうしても駄目、かなぁ」
「お父さん」
* * *
「良かったぁ。上手く行って」
根の街の酒場に向かう途中、両手に荷物を抱えながらアセルスは先程までのやりとりを思い返していた。
おねだりをした瞬間、オルロワージュの動きが止まったので「あ、失敗したのかな」と焦ったが「……そうだな。そなたは余の娘だったな。子の願いを叶えるのは、親ならば当然の責務か」と呟くと仕えているミルファークに指示をすると、大きな金の塊と宝石で作られた薔薇を袋いっぱいに詰めて渡してくれたのだ。
それだけではない。「娘に何かあっても困る。アレも持ってこい」と、城の何処かにあったらしい月下美人やブリューナク・精霊銀の鎧やピアスと呼ばれる一流の武器防具、更に「ゴサルスを呼べ」と彼が販売していた作品すべてを買い取って、自分に渡してくれたのだ。お陰で大荷物になってしまったが、シュライクに戻るには十分すぎるほどの装備になった。加えて、改めてオルロワージュが自分の事を気にかけてくれたのが感じられて嬉しくなった。シュライクに着いて、一通り落ち着いたら戻ってきてもいいかもしれない。
「そういえば白薔薇、何であんな顔してたんだろ」
白薔薇の助言のお陰だと礼を言いに行ったら、「それは良うございました」と喜んでくれたのだがついて行こうと準備を始めたので、流石にそこまでは世話になれないと断ったら、コッチが申し訳なくなるような顔で「そうですか……分かりました」と謝られてしまったのだ。
(まさか一緒に来たかったとか? いや、まさかな)
そのまさかだったりするのだが、教える者はいなかった。
「あ、ついでだしジーナの所にも行って挨拶しておこうかな」
しばらく戻らないからこのリュージョンの景色をよく見ておこうと首を動かすと、この前仲良くなったジーナがいる仕立て屋の屋根が視界に入る。折角だからと軽い気持ちで行ったのだが。
「ええ!? アセルス様、このリージョンを出られるのですか!? しかもお戻りもいつになるか分からないなんて!」
軽く事情を説明した途端、ジーナなこの世の終わりのように絶望した顔になった。そして、思いつめたように何かを呟くと。
「少々お待ちください、アセルス様!」
叫ぶやいなや階段を駆け上る。少しして戻ってくると、背中には大きな背嚢を背負っていて、アセルスがそれはと尋ねる前に大声を上げた。
「親方ぁ!」
「え、な、なんだいジーナ……」
「私、今日からしばらくお休みをいただきます! アセルス様についていきたいので!」
「いや、それは……」
「お願いします、親方!」
「あ、ああ。うん。分かったよ」
そして、強引に長期休暇をもぎ取り「アセルス様、これからよろしくお願いします」と頭を下げてきた。
(えぇぇぇぇ……)
突然の申し出に困惑するがジーナの瞳は潤み、拒否してしまえば今にも泣き出しそうだった。直ぐに駄目だと言えそうな空気でもない。親方は親方で此方を睨みつけている。私の可愛い弟子の願いを断ったら承知しない、と言わんばかりに。
(う〜ん、予想外の事だけどまぁ、いいかな)
実を言えば、一人で戻るのは少しばかり心細かった。白薔薇には迷惑をかけないと誓っていたが、ジーナなら大丈夫だろう。
「さっきも言ったけれど、戻るのはいつになるか分からないんだ。いい?」
「構いません、望むところです!」
ならば、決まりだ。
「じゃあ、これからよろしくねジーナ」
「はい、アセルス様! お供させていただきます!!」
こうして若い女子二人が、ファシナトゥールから旅立つことになったのだった。