裏解体新書は読んだ事があるのですが、もう手元にないので内容はほぼ忘れている模様。
探していた気配を見つけ、イルドゥンは足を止めた。針の城を出て六日、セアトより早く見つけられたのは幸運なのかもしれない。
「ここにいたのか」
「うわ、誰ってイルドゥンか。びっくりしたぁ」
姿を見せれば追っていた人物、アセルスは慌てて立ち上がるが、自分の顔を見ると直ぐに緊張を解いて座り直した。
「貴方が来るなんて珍しいね。あ、そうだ、お土産どうだった? 気に入ってくれた?」
「……ここにある」
苦々しい表情で、イルドゥンは持っているお守りを見せる。別に持ち歩くほど気に入っている品ではないのだが、持っていないとオルロワージュを筆頭とする妖魔たちに非難の目を向けられるので、仕方なく携帯していたのだ。
「それよりお前……その格好はどうした」
イルドゥンは、アセルスの姿を見たときから思っていた疑問を口にする。針の城では青と黄色の燕尾服姿だった彼女が、鮮やかな赤いドレスを身に纏っていたからだ。尤もドレスとはいっても下半身部分はスカートではなくスパッツになっていて、動きやすさを重視した作りになっているが。
「ああ、コレ? 可愛いでしょ、ジーナが持ってきてくれた替えの服だよ」
「アセルス様は何を着てもお似合いですので!」
ヒラヒラと襟のフリルを揺らすアセルスに、拳を作って力説するジーナ。こんな衣装も作っていたのかと感心していると、声を聞いて他の仲間も集まってくる。
「アセルス、話し声が聞こえたが誰かきたのか?」
「うん、ファシナトゥールにいた時に剣の使い方を教えてくれた、イルドゥンって妖魔だよ。ところでイルドゥンは何の用事できたの?」
「主より命が下った。お前の護衛をしろとな」
「護衛?」
首を傾げるアセルスに頷いて見せながら、イルドゥンは簡単に説明をした。セアトが土産を持ってきたら、オルロワージュはいたく感銘を受けたこと。そして感謝の気持ちとして、自分をアセルスの寄越したことを。
「へー」
「何だ、その顔は」
「いや、イルドゥンが来たのがなんか意外でさ」
「消去法だ」
イルドゥンは針の城でのやり取りを思い出して、苦い顔をする。オルロワージュの元に集められ、誰をアセルスの所へ行かせるかの話を切り出された時、一番最初に名乗り出たのはラスタバンだった。それはもう、お前本当にどうしたんだと問い詰めたくなるほどの物凄い勢いで。
前のめり気味に食いついてくるラスタバンに、気圧されたのはイルドゥンだけではなくオルロワージュも同様だった。結局やる気が空回りし「お前のその態度、別の意味で娘が心配だ」と候補から外された時の「何ということ……」と膝から崩れ落ちた姿は、しばらくの間忘れたくても忘れられないほどの衝撃だったが。
次に名乗り出たのは、意外にも寵姫の白薔薇姫。ラスタバンのやり取りを見て学習したのか主張は控え目に、しかし全身から行きたいという意思が溢れていた。此方も、オルロワージュに却下されたが。いくら上級妖魔とは言え白薔薇は戦い向きの性格ではなく、アセルスの護衛には力及ばすとされたのだ。
そして、ラスタバン同様白薔薇が「こんなことなら獅子姫様を起こして剣を習えばよかったです」と落ち込む姿に、あの娘にそこまでの魅力があるのかと首を傾げたくなった。
結局、自分とセアトの二択となり「ならば、今回はイルドゥンに頼もう」と言うことになる。個人的には無言だったものの、チラチラと目で自分を指名してくれと訴えていたセアトでもよかったのだが、考え方によっては今少々居心地の悪いファシナトゥールよりも、外で好きにやれる方が気が楽かもしれない。
「それにしても、随分と変わった場所にいるな」
ぐるりと回りを見回してから、イルドゥンは呟いた。今、アセルスたちがいるのはシップの発着駅がないムスペルニブル。しかも、リージョンの主であるヴァジュイールの宮殿に近いわけでもない。此方に気づいてやってきた術師がリージョン移動の術を覚えているのなら、来ること事態は可能だが態々来るほど価値のある物が、ここにあるのか。
「あぁ、私たちは秘術のカードを集めてるんだ。それで、盾のカードを手に入れるためにIRPOってリージョンに行って話をしたらさ、ここの山に咲く花が捜査に必要らしくって交換条件でやることにしたんだよ。なんだけれどさ……」
そこまで言うと、アセルス含めた三人がある方向へ顔を向ける。つられるようにイルドゥンも視線を送れば、少しはなれた場所で金髪の男女が言い争いをしていた。いや、よく見れば突っかかっているのは女の方で、男は興味が薄そうな表情でそれをいなしているように見える。
やがて、肩を怒らせながら女が傍で見守るようにして立っていたアンデッドらしきモンスターを連れて戻ってきた。近づいてくるにつれ、会話も聞こえてくる。
「なに、アイツ! 人を誤認逮捕して監獄送りにしておきながら、かける言葉が『合法的に出ることが出来てよかったじゃねぇか』って。挙げ句の果てに『なら、俺もアイツを殺した奴を捕まえるのを手伝ってやる』って! 私が欲しいのはそういう言葉じゃないのよ!」
「そうだなエミリア、お主はよく耐えたぞ」
「解ってくれる済王様!? どうして男って素直にごめんなさいが言えないのかしら。DSC食らわせなかった自分を誉めてやりたいくらいだわってあら。また見慣れない人が」
「お帰りエミリア。コッチはファシナトゥールからきた妖魔のイルドゥンだよ。何かお土産のお礼として、しばらくついてくるって」
(コイツ……俺の言った内容を理解していないな)
「フーン、あのセアトって妖魔とはまた違った美形ね。私はエミリアよ、よろしく」
「ところでエミリアさん、あの人の事納得できました?」
「……出来てないけれど、我慢するしかないわね。まぁアイツ警官で忙しいだろうから、仲間になった所でずっと一緒にいるわけじゃないだろうし。あ、でも手が滑って銃で撃ったり投げ技かけるかもしれないけれど、見なかったことにしておいて」
「するのなら、盾のカードを手に入れてからにしてくれ。それが済んだら好きにすればいい」
(コイツら、纏まりがあるんだかないんだか)
馴染めるのか一抹の不安を覚えるイルドゥン。だが、命令された以上はやらなければならない。
覚悟を決めて、イルドゥンは山頂を目指すアセルスの後ろについて歩きだした。