アレには凄く世話になりました。
ジーナたちがアニーに声をかけられてから一時間後、一行はトリニティのラムダ基地の一角にいた。大人数で行動しているが、見せてもらった地図を参考にしながら移動しているお陰か、今のところは警備員に見つかるというヘマはしていない。
「さて、見つからずに潜入は出来たな。後は肝心のヤルートがいるという場所だが……地図には載ってないな」
人気のない倉庫の一室で、ヒューズが呟き、しかめ面のアニーがそれに答える。
「秘密保持のためなのか、それだけは色んな地図を集めても書かれていなかったんだよね。まぁ、部屋の広さとかから想定すると、いくつか候補は浮かぶんだけれどさ。多分ここかここのどちらかだと思うのよ」
「おい。この地図、ヤルートの執務室以外は信頼出来るのか」
「それに関しては問題ないわ。実際、この倉庫までの道順は地図の通りだったでしょ。最新版だから、その辺は安心して」
「ならばいいが、ヤルートへの場所はどう回る?」
「そうね……」
済王の問いに、ライザは悩む。現時点でヤルートの執務室と思われる部屋は二ヵ所。しかもそれぞれが離れている。
「これ以上時間をかけるのは悪手だろう。人数的に少し心許ないが、二手に別れて探しに行くのがいいんじゃないか。スターライトヒールを使える私とジーナを分けて、後はどうする?」
「それぞれ回復役を分けてしまえば、残りの組み合わせは特に頭を悩ます必要は無いだろう」
「だな。俺が一番の新参だが、剣の腕には自信がある。他の連中だって、何かしら特化している技能があるんだから、気を使って組み合わせることもないぜ」
イルドゥンとゲンの言葉に全員納得したようだった。短い会話の後に右の部屋を目指すのがブルー・ヒューズ・ゲン・アニーのチーム。ジーナ・済王・イルドゥン・ライザが左の部屋を目指すことになる。
そうして、二組が倉庫から出ようとした時だった。
「アレ、そこにいるはイルドゥンかい? ファシナトゥールから出てるなんて珍しい」
背後から聞いたことのある声が響いてきたのだ。振り返れば、頭の後ろで腕を組んだ状態で赤い髪の男が立っている。すかさずアニーが銃を構え、叫ぶ。
「トリニティの役人!? 残念だけれど、ここで」
「待て。アイツはゾズマ、ファシナトゥールの妖魔だ」
「そうそう、そこにいるイルドゥンの同郷ってヤツ?」
「不本意だがな」
酷いなー、と軽快に笑うゾズマにアニーは警戒を解いて銃を下ろす。ひとしきり笑った後「それで、イルドゥンはなんでここにいるんだい? しかも人間と一緒なんてさ」と再度訊ねるが。
「そういうお前こそ、なぜこんなところにいる。まずは自分がいる理由から話したらどうだ」
逆に切り返されてしまう。ゾズマはんー、と考える素振りを見せた後「まぁ、別に隠す必要もないからね。教えるよ」と語り始めた。
彼の話によれば、ここには自分を慕っているという下級妖魔が数人囚われているので、助けにきたのだという。ファシナトゥールでは上級妖魔らしくないと厄介者扱いされているゾズマだが、ある意味で気さくな彼は下の妖魔たちからの評判はそれほど悪くないようだ。
「まぁ、放っておいてもいいんだけれどさ。人間にあまりデカイ顔をされるのも、面白くないし。ちょっと暴れて、調子にのるなよって教えてやろうと思って。さ、僕は事情を話したんだから、そっちがいる理由も教えてよ」
「アセルス様が、ここの変態に捕まってしまったんです!」
するとジーナが、堰を切ったように話し出す。ここの責任者であるヤルートが、アセルスが半妖だという事を知っていて連れ去ったこと、またアセルスだけではなく一緒にいた仲間まで拐っていった事など。
「……ふーん」
発した言葉は短いものの、細められた瞳にはしっかりと怒りの感情がみてとれた。先程とは違う空気を纏う彼に驚いていると「それなら、僕も手伝うよ」と言ってきた。
「あの娘には、お土産もらった恩もあるしね。それに……半妖とはいえ、引いている血はオルロワージュ様の物だ。人間ごときが好き勝手できるような相手じゃないんだよ。誰に喧嘩を売ったのか、思い知らせてやる」
何だかんだで、ここにアセルスたち救出の三組のチームが結成される。
「とりあえず僕が、ここに来る前に捕まえておいたモンスターを解放するよ。騒動になれば、君たちも動きやすいだろ?」
「そいつらは、私たちに襲いかかる事はないだろうな」
「うーん。野生のモンスターだから、それは保証できないけど、君たちの実力なら問題ないんじゃない? それじゃ、僕は一足先に失礼するよ。あの娘にあったらお土産どうも、って伝えておいて」
言うと同時に、ゾズマの姿が消えた。それから少しして獣のような唸り声に、慌てたような人々の叫びが壁越しから聞こえてくる。
「よし、宣言通りに連中が暴れ始めたようだな。私たちも行くぞ」
「はい、ブルーさん!」
アニーが勢いよく扉を蹴り上げて開けると、ブルーとジーナは左右に別れて走り出す。
「アセルス様……っ! どうかご無事で!」
* * *
「うわっ!」
「ちょっと、乱暴に押さないでよ。転びそうになったじゃない」
一方、時は少し遡り。アセルスとエミリアは、やってきた役人に突き飛ばされるようにしてとある部屋に押し込まれた。つんのめりそうになるのを踏ん張ることによって堪えると、前方から人の気配を察したので顔を上げれば「人間は顔じゃない」という言葉すら慰めにならない程人相の悪い男が、舌なめずりをして此方をみていた。
(え、人なの? え、モンスターではなくて?)
(顔だけじゃなくて体型も見るに堪えないって。布を被せてフォローできない醜さってある意味凄いわよ)
二人が男の姿にドン引きしていると、後ろに控えていた役人が「ヤルート様。お望みの通り、例の半妖を連れて参りました。隣にいる女は、ご命令にはありませんでしたが容姿端麗でしたので、一緒に。どうぞお好きになさってください」と口を開く。
「グフフ、ご苦労だった。下がってよいぞ。ふぅむ、珍しい半妖という事で捕まえたものの……どうも想像していた程美しいというわけではないな。これなら、隣にいる女の方がワシの好みだ。まぁよい。折角だ、お前たち何かしてみせろ。もしつまらなければ、そこに転がっているモノたちと同じ目に会うと思え」
顎で示された方向を見て、アセルスたちは目を見開く。何人もの女性や、下級妖魔が力なく横たわっていたのだ。ピクリとも動かない彼女たちの姿に、事故にあった時の自分の姿が重なり激昂したアセルスが叫ぶ。
「酷いことを! 命を何だと思ってるんだ!」
「フン、生意気にワシへ説教か。女など、美しい事とワシを楽しませる特技がなければ価値などないわ。お前かて半妖という希少価値がなければ、生皮を剥いで釜ゆでにしているところだ」
当然の事のようにいい放つヤルートに、アセルスの怒りが更に増した。どうにかして、奴の身体に一撃を喰らわせてやらないと気が済まない。
(クソ! 剣さえあればアイツの太鼓みたいな腹に一発当てられるのに!)
どんな剣でもいい、この手の中にあれば。そう強く願った時だった。
「アセルス?」
アセルスの緑髪が、段々と青みががった色へと変質していくのに、エミリアが気付き声をかける。纏う空気も代わり、右手には剣のような物が、ぼんやりとだが形成され始めていた。
(な、なにかよく分からないけれど……このままアセルスの変化を放っておいたら不味い気がする!)
嫌な気配を察したエミリアが、もう一度声をかけようとした時。遠くから、獣のような唸り声が聞こえた気がした。