「へー、ここがオウミか。初めて来たよ。話には聞いていたけれど湖が綺麗なリージョンだね。ジーナは来たことある?」
「いえ、私も初めてです。ファシナトゥールとは違って、明るくて良いところですね」
降り注ぐ日差しを眩しそうに手で遮りながら、シップ発着所から出てきたのはアセルスとジーナ。数時間前、ファシナトゥールから出てきたばかりの少女たちだ。
ジーナと共に運び屋から渡された鍵を使って向かった地下は、モンスターたちの巣窟だったが、オルロワージュからもらった月下美人と幻魔を手にすれば、先に進むのはそう難しいものではなかった。
何より驚いたのはジーナの射撃の腕だった。自分は剣しか使わないので、ブリューナクと呼ばれる銃を渡したのだが、手にした途端華麗な銃さばきを戦闘時に見せてくれたのだ。
あっさりと敵の脳天を撃ち抜く姿に、ここに来る前はIRPOの職員なのかと思ったが、話を聞いてみれば銃は見るのも触るのも初めてだと言う。ただ、狙った箇所を正確に撃ち抜けるのは、細かい針仕事を長い間こなしていたお陰のような気がすると言っていた。どうやら銃の腕前は、集中力に比例するらしい。
そんな感じで最初は襲いかかってくるモンスターを相手しながら進んでいたのだが、二人で死体の山を積んでいたら、モンスター達はあからさまに避けて歩くようになってきた。向かってこないのなら無理に倒す必要はないと、逃げ惑うモンスター達の間を縫うようにして更に奥へ行けば、シップが発着出来そうな拓けた場所に出た。だが、肝心の運び屋はまだ来ていない。お喋りをしながら待っていると「悪い、遅くなった」といかにも個人所有らしいシップが姿を現したので直ぐに乗り込む。
二人分の代金として葉と茎の部分が精霊銀、花弁が水晶で出来ている薔薇を一輪渡すと、代金としては十分すぎる物だったらしく。
「こんなにいいのか、悪いな!」上機嫌で受け取ってから「こんなに貰っちまったら、アンタらを適当な所で降ろすわけにはいかないな。何処に行きたいんだ?」とシュライクまで乗せてもらえることになった。
このオウミは燃料の補給や、荷物の受け渡しがあるという事で立ち寄ったリージョン。
「少し時間がかかるから、それまでオウミの町でも見て回ってくれ。景色も悪くないしやっている飯屋も結構行けるから、時間を潰すはそう難しい事じゃないと思うぜ」
運び屋の男に提案されたので、こうしてアセルスとジーナは外に出ることにしたのだ。
「あ、見てよジーナ。橋の下、花びらが漂ってる。風流だね」
「本当ですね、綺麗。ファシナトゥールでは見た事のない色の花ですが、このリージョンだけに咲く種類なのでしょうか?」
「うーん、どうだろ。そういえばシュライクに生命科学研究所、なんてのがあったなぁ。植物もいっぱいあったみたいだし、こんなことだったらあそこで色々教えてもらえばよかったかも」
「勉学に打ち込むアセルスさま……。きっと美しい絵になりますね!」
「いや、買いかぶりすぎだ。第一私そこまで頭よくないし」
苦笑いをしながら、湖の周りを見てみる。久しぶりの自然の景色と空気を楽しんでいたのだが、少しばかり気になることがあった。何人かの住人が湖を見つめながら、不安そうに小声で囁き合っている姿を何度か目にしたのだ。細かい内容までは聞き取れなかったが「水の精」「返した方がいい」などという単語は幾度も耳にしている。
「ジーナ、どういう意味だと思う?」
「さぁ、私も何のことやら……。直接聞いてみましょうか?」
「そうだね。じゃあ、あの店でご飯食べるついでに訊いてみよう」
湖の傍に立っているレストランを指差してから、アセルス達は店に入った。そして人気だと言う魚料理を頼むついでに、注文を取りに来てくれた店員に「水の精」という単語を訊ねてみると、まだそれほど客もおらず忙しくないからだろう。店員は詳しく教えてくれた。
何でも、オウミには水の精と呼ばれる下級の妖魔が住み着いているらしい。姿は、御伽話に出てくる人魚に近いのだとか。妖魔とは言ってもそれほど恐ろしい者ではなく、こちらから近づかなければ何もしてこない大人しい存在なので、互いに距離を取って生活していたそうだ。
しかし、最近になって水の精の住む場所にシップの発着所ができ、水の精がこちら側に移動をしてきた為、以前より接触する機会が増えた。それでもなるべく関わらないようしていたらしいのだが、漁をしていた網に一匹引っ掛かってしまったとか。
どうしたものかと困っていたら、領主がやってきて責任を持って傷の手当をすると言い、水の精を屋敷へと運ばせた。そこまではいいのだが、傷が治ったであろうに領主は水の精を湖に返す素振りを全く見せないのだという。
「領主様は優しいお人だから、水の精をどうこうしているとは思わないんだけれど、こんな事初めてだからね。早く戻さないと水神様の怒りに触れるんじゃないかって皆不安なのさ」
「へぇ、そうなんだ」
「あぁ、長々と話をして悪かったね。急いで料理を作るから待ってておくれ。ウチの店はアチコチを移動するシップの乗船員が態々足を運んでくれるほど評判がいいから、期待してくれていいよ」
「はい、楽しみにしています」
注文票をエプロンのポケットにしまって厨房へ向かう店員の姿を見送ってから、アセルスは小声でジーナを呼ぶ。
「ここで食事をした後、ちょっと領主様の屋敷に行ってみない? 何かさ、他人事じゃないような気がして」
ファシナトゥールの針の城にいた時の事を思い出す。結局自分は幸運が上手いこと重なって外に出る事が出来たが、運び屋が立ち寄ってくれなければ、未だ針の城に閉じ込められていたままだっただろう。出られなかったらどうなっていたか、考えたくもない。
「私達にできる事なんて、そんなに大したモノではないだろうけれど、何もしないよりマシだと思うんだ」
「私は、アセルス様の意見に従いますよ。では仰る通り、食事を終えたらその領主様の元に向かってみましょう」