「着いたぜ、シュライクに。何かまた用事があったら贔屓にしてくれ。アンタたちなら大歓迎だ」
運び屋の男は、約束通り二人をシュライクのシップ発着所に降ろすと「じゃあ、またな」と行ってしまった。手を振って見送っていたアセルスだが、その表情はどこか暗い。
「アセルス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではないけれど、気持ちは落ち着いているよ。とりあえず、町の方へ行ってみようか」
心配して手を握ってくるジーナに力なく微笑んでみせてから、アセルスたちは発着所を出る。飛び込んできた町の風景は懐かしく、とても十年という月日が過ぎているようには見えなかった。
(別にジーナの言うことを信用していないわけじゃないけれど……長い年月が過ぎているなんて、全然思えないよ)
もし、町の景色に知らない建物があったり、その逆でなくなっていたりしたら。きっと自分は、時の流れというのを実感できていたのだろう。たが、全くと言っていいほど変化がないので『ジーナの勘違いではないのか』という考えが頭から離れてくれないのだ。
「ジーナ、悪いんだけれどさ。この近くにある本屋さんによっていいかな」
「私は構いませんが、何か買いたいものでもおありですか?」
「いや、売っている本の発行日が知りたいんだ。少なくとも十年なんだろ? もうちょっと正確な日時を知りたいなって」
それっぽい理由を述べれば、ジーナはなるほどど納得してくれた。覚えている本屋の道を辿れば、やはり記憶の中と寸分違わぬ本屋が建っている。店内に足を踏み入れれば本屋独特の、紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐった。これも記憶のままだ。違うといえば何時もカウンターにいた店員だが、ここは複数の店員を雇っていたので、決め手には欠ける。
「うーん、コレでいいか」
アセルスはぐるりと店内を一周してから、入口近くに置かれていた週刊誌に腕を伸ばす。だが、その表紙ーーグラビアアイドルが掲載されているをみるとジーナは顔色を変えてアセルスの目を塞ぐ。
「いけません! アセルス様!」
「わぁっ!? どうしたのジーナ!」
「そ、そんな水着の女性が写っている本なんて……み、水着が見たければ、わ、私が!!」
「何言ってるのジーナ!? 発行日を知るだけだってば!」
店内で騒いでいたら、迷惑だと言わんばかりに咳払いをされた。我に返ったアセルスは、慌てて隣にあった別の雑誌を手に取り、店を後にする。近くの公園で遊具に寄りかかりながら目当ての発行日を確認すると、大きく溜め息を着いてズルズルとその場に座り込んだ。
「十年じゃなくて十二年だったよ……」
雑誌を裏返してもう一度確認してから、長い溜め息を吐く。記載されていた年数は、自分が知っていたモノから十二年が経過していた。今まであまり実感できずにいたが、完全な証拠を突きつけられては認めるしかない。
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。ショックなのは事実なんだけれどね、前もって教えてもらっていたから頭が真っ白になるとかはないんだ。ただそんなに年月が経っていたら、会いに行った所でおばさんには迷惑かなって思っちゃって」
「そんな……アセルス様の身内の方でしてたら、きっと再会を喜んでくれますよ」
「流石に無理があるよ。だって十二年も行方知らずだったのが、突然現れるんだよ? しかもいなくなった時のままの状態でさ」
自分なら、誰かが質の悪いイタズラをしてからかっているのだと憤る。そうじゃないと解った所で、次に湧く感情は恐怖だろう。幽霊か化物か。どっちにしたって、その場から逃げ出したくなるに決まっている。
「でも……うん。やっぱり遠目でもいいからおばさんを見たいな。家はこの近くなんだ。ジーナ、一緒に来てくれる?」
「勿論! 私はどんな時でも、アセルス様と一緒です」
* * *
歩く事数分。「アレが私が住んでいた家だよ」とアセルスが指差す方向には、白い外壁と赤い屋根に彩られた一軒家があった。ツン、と鼻の奥が痛くなる。
もう少し歩けば玄関に着くのに、ドアを開けることが出来ない自宅。手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、もうただいまと言えない家。涙こそ出なかったが、帰りたくても帰れない状態は、胸が痛くなる。
そのまま三十分ほど様子を伺っていたのだが、アセルスの言う叔母と思わしき人物が現れることは無かった。自宅にいるのか出かけているのか、外からでは判断出来なかったが、アセルスは諦めがついたようだった。
「……会えないか。残念だったな」
「アセルス様」
「長々と突き合わせてゴメン、ジーナ。最後にもう一つだけいい? この先に霊園があってさ、私の親のお墓が其処にあるんだ。どうせだから、お参りに行ってもいいかな」
そして更に歩き、霊園までやってきたのだが。
「しまった。お供えする物、何にも持ってきてないや」
やはりぼうっとしていたのだろう、手ぶらでやってきたことに今更気がつく。すると、すかさずジーナが来る途中に花屋を見かけたので、花束を買ってくると言ってくる。
「私も行くよ」
ついていこうとしたが、花束だからそれ程重いものでもないし、一本道だから迷うこともないから平気だと一人で行ってしまった。
(何か……ジーナには色々と助けてもらってばかりいるなぁ。お返ししないと)
とりあえずシュライクを出たら、今度はジーナの行きたいリュージョンを聞いて向かってみよう。決意してから、アセルスが再び歩き出そうとした時だった。
ドサリ。前方から重量がある物が落ちる音が聞こえた。誰かが落とし物をしたようだが、それにしては拾うような音も気配もない。
一体どうしたんだろうと、不思議に思いながら視線を向ければ、中年の女性が食い入るように自分を見ていた。彼女の脇にはバックが転がっているが、気づいていないのか目に入っていないのか、チラリと見る素振りもない。
一方、アセルスも彼女から視線を外せなくなっていた。なぜなら、此方を凝視してくる人物は。
(お、おばさん!?)
「アセ……ルス?」