あんなクロスオーバーのお手本みたいな話されたら誰でもアギトファンボーイと化して
ライダーシュートに突っ込むって。
―――――――それは悲しい夢だった。
その夢の主役は気弱で大人しい少女だった。少女は物心ついた時から家族仲が悪く互いに不信感を抱き怒鳴り声が絶えない家庭で育った。一家団欒という言葉とは無縁の家庭で育った少女は自分に自信がなく周囲の顔色を窺って生きるようになり、当然ながら他人とうまく付き合えず意思も存在感も希薄な少女になっていった。
無論自分で自覚はあったが自覚があれば簡単に変えられるという物ではない。いつしか少女は底なし沼にはまったように、自分はこのまま何の意味もなく人生をひっそりと終えるのだろうという諦念に満ちた人生を送るようになった。少なくとも小学生の頃まではそうだった。だが彼女の人生には転機があった。あってしまった。
ある夏の日に突然に世界は異形の化け物に覆いつくされ、人類は絶滅の淵に追いやられた。ごく短い期間で人類のほとんどが死んだ未曽有の惨劇により少女もその後を追う運命だったはずだ。しかし彼女のそばには勇者がいた。
人類を救う為に神に力を与えられた勇者は異形の化け物と戦い人々を護り続けたが、驚いた事に少女にも勇者とは異なるが巫女という神からの言葉を受け取る能力が与えられ勇者を支える事となる。そうなれば自然と勇者と巫女となった少女の距離は縮まり二人は友達になっていった。勇者は少女と対照的で明るく自信にあふれた人間で絶望に沈む人々を勇気づけて仮初の平和を怪物に勝ち続ける事で保ち続け、そんな勇気溢れる彼女と共に頑張る中でいつしか少女は顔を上げ何もなかった自分の中に、小さな夢を見出した。
だが夢は夢でしかなかった。化け物が現れてから三年後の九月のある日。かつてない程の大攻勢の中少女は誰よりも大切な親友に涙ながらに夢を告げて、これまで支え合い続けてきた親友に勇気をもらった勇者は雲霞の如き大群の化け物に立ち向かっていってそれで―――――
意味がなかったとは絶対に言えない。けれど悲しい夢だった。
「ひうう……」
藤森水都は目覚まし時計のアラーム音で目を覚ました。カエルを模した自分の唯一の親友とお揃いの目まし時計を止めて身を起こすといつも通りの自分のアパートだ。水都の親はまだ存命だがかなり仲が悪いうえに稼ぎが良いからか、このアパートで水都は一人暮らしをする事になっている。怒鳴り声の中を耳をふさいで自分の部屋で隠れ住むよりははるかに気楽だけど、でもこんな時は寂しさが勝る事もある。
「あれ……私泣いてる……?」水都は自分の目からぽろぽろと涙がこぼれている事に気づく。もう内容なんてかけらも覚えていないけど、それはそれはとても悲しい夢だった事は覚えている。以前から自分の内向き具合にうんざりしている水都は、そんな事にも自己嫌悪を感じていた。
(やだなあ私……こういうところが人から嫌われるのに……)
水都は春用の枕を顔に押し付けて自分の涙をぬぐい起きるべき時間を過ぎている事を無視して薄い布団の中に潜り込んだ。自分の中に暗く凝っている部分を見て見ぬふりするように。
(これじゃあ私……うたのんに嫌われちゃうよ)
白鳥歌野。水都の本当に唯一の親友にこれから会うのに、暗い顔ばかり見せるわけにいかない。水都はそう自分に言い聞かせた。
少なくとも自己認識では気弱で大人しい水都と、陽気で自信にあふれた白鳥歌野が友人というのは不思議な事ではあるが、友人関係とはえてして正反対の人物同士でもベストマッチする事がある物である。同じ中学の同じ年齢とは言っても水都と歌野が些細な事をきっかけに友人になったのは運命とは言わないまでも人生の面白さと言えるはずだ。
自分たちの住んでいる諏訪の街のはずれを水都は自転車で駆けていく。春先の澄んだ空気は、そう遠くない場所に見える山々という景色は結構好きだ。今日の約束の時間は午後からだが歌野はきっと朝早くから農作業をしているから、水都の自転車には歌野の為に用意した麦茶が満載されている。
ちょっと朝起きるのが遅れたからと急いで自転車を漕ぐ水都の道路の先には朝練か何かなのだろうか何人かの男子が固まって歩いている。体格のいい彼らに水都は声をかけようとするがどうしても声が出せないで、おろおろしている内に気づいて先にどいてくれた。
頭を下げてほっと一息ついたのもつかの間、水都は彼らが同じ学校の生徒である事に気づいた。自分が通り抜けた後に何か話していた事も。
「あうう……」
話の内容を想像し水都はしゅんとするがそうしてばかりもいられない。そんな事のあったすぐに歌野の管理している畑につく。人間離れした体力とガッツの歌野は中学一年生の頃から結構な範囲を借受けている自分の畑を、その手で耕しているのだ。
「うたのーん。麦茶とかタオルとか、いろいろ持ってきたよー」
自転車を慎重に鍵をかけて止めた上でやや使い古された布製のバッグを手に水都は駆け寄る。
「グッモーニングみーちゃん!今日はちょっとレートだったけど大丈夫?」
うんゴメンね…ちょっと寝過ごしちゃった」
「いいのよ気にしないで!それよりもこの麦茶デリシャスね!疲れた身体に染みわたる~!」
歌野の印象を一言で表すならば、苛烈さもある太陽よりもお日様になるだろう。良く笑い良く動く歌野はそこにいるだけで周りの人間を笑顔にさせるような魅力に満ち溢れている天然の陽性の人間だ。
「それよりうたのん時間は大丈夫?移動時間を考えるとそろそろ行った方がいいと思うんだけど」
「ああちょっとウェイト!後少しだけここを耕してから……!」
歌野は丁寧には畑の隅っこを耕し終えて指さし確認で異常の有無を確かめると、てきぱきと農具を片付けて自転車に乗る。その目は農業への情熱へと燃えていた。
「ついにやって来たわ……私の野菜たちが東京へ進出する日が!これはそう……日本を統べる農業王、ひいては農業帝への偉大な一歩よ!」
「あはは……大げさだってうたのん。東京ってビル多いし農業やっている人は少ないと思うよ」
今日の午後からは東京から来る料理人に歌野の野菜を見てもらうのだという。東京やフランスで料理店を開いているその料理人はインターネットでたまたま見た歌野の野菜を気に入り、休暇がてらに東京からこの諏訪まで身に来るのだという。この機会を自分の育てた野菜を世に広めるチャンスだとエネルギッシュな歌野はやる気を上げまくっていた。
「いいや大げさじゃないわみーちゃん!確かに東京には農業王はいないかもしれない。でもそれ以外の王は沢山いるはず……彼らにルーズするわけにはいかないわ」
「東京の王?それって……」
「例えばビルの王とか、弁当の王とか。後ひょっとしたら都会の人は忙しいから時を統べる王とかもいるんじゃないかしら」
歌野の物言いには流石の水都も苦笑する。時を統べる王は幾らなんでもない。ファンタジーじゃないんだし。
「あれっ?誰か俺の事呼んだ?」
「「えっ?」」
二人が慌てて振り向くと周りには誰もいない。どう考えても誰もいない。確かに声がしたのに。
「今のボイスは……ひょっとして本当にいるのかしら時の王者…!」
「ひいっ!私ホラーは苦手だよぉ……」
変な事はあったが二人はそれでも仲良く目的地目指して自転車を走らせていく。待ち合わせ場所である歌野の親戚が店主をしているレストランに向けて。歌野は水都と離れないように気づかいながら、水都は歌野に遅れないように懸命に自転車を漕いでいく。
「さあ行くわよみーちゃん。東京から来る―――――津上翔一さんに私の野菜をアッピールするわよ!」
歌野の親戚である井上何某の経営するレストランはちょうど店主が休暇中な上に駅からも近い事から、格好の待ち合わせ場所となっている。元からよく手入れがされている為其処まで手間はかからなかったが洒落た店内を二人で掃除して野菜を並べていくとすぐに午後の約束の時間に差し掛かっていた。諏訪市内を見回ってからくるという津上さんをそわそわと落ち着かない歌野を見て水都はやっぱり思う。うたのんは凄いなぁと。
無限に思える活力もそうだが歌野はとにかく顔が広い。親戚とはいえこんな綺麗な建物を東京から来た一流の料理人と会うのに使える事もそうだが夢に協力してくれる人も友達も山の様に多い。特にSNSとかをやっている訳でないのに行った事もない四国にすら友達がいる。一体どういうきっかけで得た知古なのかは水都は知らないがその四国に居る乃木若葉という友達とはずいぶん頻繁に連絡を取っているようだ。楽しそうに若葉の事を話す歌野を見ると水都の心はざわつく。
それはきっと唯一の友達である歌野がとられてしまうという嫉妬心による物だと水都は自覚している。水都は友達と呼べる物人間は生まれてこの方歌野だけだが歌野は水都がいなくても友達がたくさんいる。それに……特にやりたい事もない水都と比べて既に農業に携わり農業神(?)を目指すという歌野は輝いている。水都とは比べ物にならない程に。
そんな普段は目を背けている部分はちょっとした事で正視する事になりさらに水都の心に澱の様なものがたまっていく。負のスパイラルはまだまだ水都の中で続いていてますます水都は自信を無くしていく。そんな鬱屈を断ち切るように店のベルが軽快に響いた。
「おお~いい店構えだなぁ」
水都が自身の内面をのぞき込んでいる間に待ち人が来ていた。調理器具の他にもいろいろ入っているのであろう大きなリュックサックを背負った人がドアを開けて入ってくる。行かにも旅人という感じだ。
「あ、初めまして俺、津上翔一って言います。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします津上さん!」
「よ、よろしくお願いします」
歌野の野菜を見に来た津上翔一はマイペースな雰囲気をした人だった。底抜けに自由でそれでも大地の様に揺るがない、そんな性質が魅力的な陽気さと感じられるような、そんな人だった。歌野と一言話すだけで水都は直観する。歌野と同類の人、すなわち自分とは真逆の人間だと。
案の定歌野と津上さんはウマが合ったようだ。歌野の作った野菜を色々な角度から調べ感心したようにうなづき言葉を交わし合う。どうやら津上さんは野菜も気に入ったようだ。
「どれも粒ぞろいだけどこのナスが特にいいね。このナスを使った料理が食べられたなら嫌な事は何にもナスって感じだ」
「分かってるわね翔一さん。このナスならば病気や悩みに対してインヴィジブルだって!」
(津上さんギャグは寒いけど……本当にうたのんと感じの似た人だなぁ)
若く見えるものの確か津上さんはもう三十は超えているはだけど歌野とは同じようなノリで話している。だから水都も本当なら話に入っていきやすいはずなのだがどうも初めて会った人や大人の人には気後れしてしまう。だから水都は手持ち無沙汰になりやる事がない。
(やだなあ……私一人だけ浮いちゃってる)
この自分だけが取り残されている感覚は水都にとってなじみ深い物だ。家庭や学校で数え切れない程味わい続けた嫌な感覚。特に今回は歌野と津上さんの底抜けの明るさが一層自分を惨めにしていた。だから水都は無理やり今この場で足りない物を見つけて買いに行こうとする。
「わ、私買いに行ってきます!」
「みーちゃん?」
逃げる様にして駆けだした水都はレストランの近くにあるショッピングモールに向かう。大規模な駐車場と遊歩道を備えたこのショッピングモールはこの近くでは最大級の施設で在り、休日の今日は多くの人が集まっている。集まっている人の顔は誰しも明るく、暗い顔をしているのは自分だけと水都は思った。
「はあ……」
ショッピングモールの遊歩道をうつむき溜息を吐きながら水都は歩く。美都はあまり詳しくはないが昨今のネットでは陽キャと影キャなる人間性の分類があるという。具体的な基準はともかくとして水都は間違いなく後者であり、歌野は前者である。同じ時代同じ場所を生きていても明らかに人種が違う。どう考えても明白に違い過ぎていた。
(私……うたのんの友達にふさわしくないのかなぁ……)
それまで目をそらしてきた問題が目の前に来るとやはり落ち込む。いつの間にか水都の目にはじわりと涙が浮かんでいた。
(私がいるとうたのんの迷惑になるだけ、惨めなだけだよ……)
思考の悪循環に囚われる水都。だが彼女の行く先で何か重く湿った物が堕ちる音がして慌てて涙を散らしつつ顔を上げる。今年できたばかりで小綺麗な遊歩道に落ちたのは白く粘ついたスライムの様な物の塊。直径1メートルほどありそうな白い塊は明らかに異常だ。周囲の人々も気づいてざわめく。
「なんだアレ?溶けたアイスか何かか?」
「飛行機の貨物が落とした物かもよ。触んねえほうがいいかも」
疑問を抱きながら周囲の人々は遠巻きに塊を見る。彼らの抱く感情は様々だがいずれにも警戒心があった。だが水都のそれはだいぶ違う。
「あ…ああああ……あ」
がくがくと身を震わせる水都は何故だが直感していた。あれは恐ろしい物だと。今すぐ逃げなくては危ないと。だから声を上げようとするがもう遅い。
「に、逃げて。みんな逃げ――――」
音もなく白い塊は一気に伸長し2メートルほどの人型を形作る。筋骨隆々の逞しい四肢に人の頭を丸呑みにできそうな大口しかない悍ましい顔。死体の様な不健全な白の身体には焼き印の様な紋様が大量に刻まれている。この世の自然には決して存在しない異形が6体も遊歩道に立っていた。
唐突な異形の出現に遊歩道は大パニックになり多くの人々が逃げ出す阿鼻叫喚の巷になる。6体の異形は慌てふためく人々をあざ笑うかのように悠然と歩み内一体が力を誇示するかのように街灯を爪を立てて掴むと街灯はたちまち腐食し地響きを上げて倒れた。ますます多くの悲鳴が上がり人々は逃げ纏う。
「ひっあああ……やあ……!」
水都は逃げ纏う人々に跳ね飛ばされよろめきながらも自分も逃げようとするが見てしまった。水都と反対側に進軍していく化け物の行く先の本のすぐには逃げ遅れた子供が何人もいる。
一瞬水都の脳裏には子供達を見捨てて逃げるという選択肢もあった。でも化け物に襲われそうになっている子供達が本当に辛そうで怖がってそうでだから。
「まっ…‥待って!」
水都は声を出してしまった。水都の声を聴いた異形達は一斉に振り向く。顔のない口だけの顔が6体とも一斉に水都を注視しているがその動きが何処か驚いた様に見えたのは気のせいだろうか?最も異形達が何を考えていようが水都には関係のない事ではある。恐ろしい大口だけの顔が自分を注視した事で腰を抜かしてしまったのだから。
「わ、私の馬鹿ぁ……!」
水都は今更ながら自分の行動を後悔する。でももう遅い大股で歩み寄る異形達から腰を抜かした水都は逃れるすべがない。すぐに先頭の一体が水都の前に立つ。それに対して美都は頭を抱えて震えるだけ。脳裏に浮かぶのはこれまでの自分の人生で唯一楽しかった親友との思い出。嗚咽する水都のすぐ前で異形があらゆる物を腐食させる恐るべき爪を振り上げた。
「うたのん……死にたくないよぉ……!」
だが恐るべき爪が水都に振り下ろされる直前に、誰が戦闘の異形につかみかかりその身を後退させた。恐る恐る水都が顔を上げるとそこに居たのは津上翔一である。
「歌野ちゃん!水都ちゃんを頼む!」
「分かりました翔一さん!みーちゃんこっちに!」
「う、うたのん!?」
翔一の指示を受けて歌野が何とか水都を抱えて異形から遠ざかる。そして異形6体に翔一は対峙する。
翔一は左腕を腰だめに構えると右腕を複雑に動かす。すると空気が渦巻いたと思ったら突如彼の腰には何処か神聖さを感じさせるベルトが腰に出現し、腰だめに構えた左腕に重ねるようにして右腕を押し込む。
「変身!」
翔一が変身の言葉を叫んでからを確かに歌野と水都は見ていた。一瞬の空気の揺らぎの後そこに居たのは、芳醇な大地を象徴するような黄金の装甲に身を包み、誇らしくたつ二本の角と赤い複眼を持つ戦士。黄金の装甲の戦士は一声気合を発すると異形達に立ち向かっていく。
彼こそは津上翔一の変身する
続きは明日か明後日の同時刻に投稿予定です。