「アルビオン土産はないのですか」
「いや、そんな状況じゃなかったから」
一週間ほど留守にしていたサイトが、私の部屋を訪れた。
どうやら、脳内お花畑姫の手紙回収に成功したらしい。
……いや待て。こいつ、今どこから入ってきた?
部屋に来るのは良いが、ドアから入ってきて欲しい。壁をめくって入ってくるのはやめろ。
少々憤慨してパンチを繰り出してしまったが、聖母のごとき慈愛を持つ私は、それだけで断罪を済ませた。私は優しいなぁ。
「で、褒美は貰えたのですか。具体的にはシュヴァリエの称号とか、壁の修理職人の手配とか」
「いや、金だけだったなぁ。なんか、アルビオン行きは秘密だから、公的な褒美は出せないらしくて……あれ、なんで俺がアルビオンに行ってたこと知ってんの?」
私は無言で、ルイズの部屋の方に目を向けた。
視線の先には、ペラい板が張られただけの壁。めくって行き来することすら可能である。以前はもっとマシな応急処置だったはずなのだが、気づけばこうなっていた。なんで劣化するの。
当然、ピンク頭と腹黒姫の寸劇もすべて耳に入っていた。「ああ……私はなんということをしてしまったのでしょう」「姫殿下! 私がなんとかします!」「ああっ、だめよだめよルイズ。危険すぎる。いけないわ、いけないことだわ!」「いいえ、私は姫殿下のためなら、たとえ火の中水の中!」「ありがとう。さすがは私の一番のお友達ね!」……確か、こんな感じだったか?
「なんか……ごめんな」
「悪いと思うのなら、早く修繕してほしいのですが」
「修繕は頼んでるんだけど、直すより壊すペースの方が早いんだよなぁ」
「どんだけルイズを怒らせているんですか」
サイトと淫乱ピンクは、あいも変わらずテロ活動に勤しんでいるらしい。
私の安寧の日々はいずこへ。このままでは、私の身が危ない。
アルビオンから帰ってきたということは、今は原作3巻が始まった頃だ。
とすると、今後も姫殿下はルイズの部屋を訪れるはず。
つまり、隣の部屋で物理的なエクスプロージョンだけでなく、国家機密的なエクスプロージョンも炸裂し始めるという事である。
姫殿下も魔法による監視などに対しては注意を払っていたようだが、どうやら壁が壁としての役割を果たしていないという発想は持っていなかったらしい。もっと周囲に気をつかえ馬鹿。
「サイトから、それとなく伝えて欲しいのですが……内緒話をするならサイレントを使うか、もっと機密性の高い場所でやるようにと」
「伝えはするけど、ルイズがそんなこと気にするかな」
いや、気にしろよ。一応公爵家令嬢だろうに。
◇◇◇
「なるほど。タルブでは大活躍だったのですね」
「ああ。もしかしたら、シュヴァリエ、だっけ? その称号も貰えるかもな!」
タルブにて、戦端が開かれた。トリステインとアルビオン、両国による戦争の開始である。
王政派が倒れて共和国制となったアルビオンは、勢いそのままにトリステインへの侵攻を開始した。
共和派アルビオンにとって、その選択肢は当然に思えた。時間が経てば経つほど、自身の優位性は失われていくのだ。すぐに攻める以外の選択肢は無い。
アルビオン一国で満足するだろうと上層部は考えたのかもしれないが、共和派が程々で満足する連中だったのなら、そもそも王政派を完全に打倒する必要など無かったのである。共和派が王政派との完全決着を望んだ時点で、トリステインは戦争に備えて具体的な行動を示さねばならなかった……と、思うのだが。これは、未来を知っているからこそ、そう思うのだろうか? それとも、秘密裏に動いていたが結局間に合わなかっただけだろうか?
まぁどうでもいい。
私も一応貴族ではあるが、国の運営に関わることなんて無いだろうし、上層部の考えとかどうでもいい。
いま考えなければならないのは、目の前のサイトをどうするかである。
サイトは、いつになく上機嫌に見えた。
彼は饒舌にタルブでの活躍を語っている。が、空元気だろう。いつものサイトではなかった。これは戦争だ。人の命が散っていく戦いだ。サイトが平気でいられるはずがない。
あまり、彼に深く関わるべきではない。ないが、辛そうな状態を放置するというのも心苦しい。少しぐらいは、緊張をほぐしてやってもいいだろう。
そう思った私は、ベッドにぽんぽんと手を置いた。
「お話の途中ですが、サイトさん。見たところ、ずいぶんお疲れの様子。水と土のラインメイジである私が直々にマッサージをしてあげましょう。水の回復を用いた施術に加えて、今なら錬金による秘薬を用いたリラックス施術もサービスで付けちゃいますよ」
「え、いや。女性のベッドに潜り込むのは気が引けるというか」
「毎日、
「シエスタとは寝てねぇよ」
あれ、まだ先の話だったか。いかんいかん、口を滑らせてしまった。気をつけねば。
まぁいい。単純馬鹿のサイトなんて簡単に言いくるめられる。
「
私のセリフに、サイトは目に見えて狼狽した。チョロい。彼を煙に巻くことなど、杖を振るうより簡単だ。
ささっと言いくるめて、私は彼をベッドの上に寝かせることに成功した。
「では、失礼します……ふむ、なるほど? やはりだいぶ疲れが溜まっていますね。特に首周りが死んでます。なんですかこれ。死ぬ気ですか」
「なんですかって言われても……あー、すげぇ気持ちいい」
「ここですか? ここが気持ちいいんですか? あ、言い忘れましたけど、秘密っぽい話を私に振るのは止めてくださいね。タルブの件も秘密なのでは?」
「お前は口が固いからまぁいいかなって……ルイズの部屋での会話も聞こえてただろうし」
「いや、ダメですよ。やめてくださいよ、私に変な情報を流すのは」
怒った私は、力の限りサイトのツボを押しまくる。悲鳴を上げてのたうち回るサイトを無理矢理押さえつけ、さらに押す。押して押して、押しまくる。
あれ、楽しい。
サイトを虐めるの、楽しい! なんだこれ。
ふは、ふははははは。
◇◇◇
「燃え上がれ、情熱のビート。湧き上がれ、望郷のハート。俺はここで、人類最高の萌えを錬成する」
「はぁ」
「お前、前に俺の服を修復してくれただろ? ってことは、ナイロンやポリエステル、錬成できるんだろ?」
「サイトさんの服の生地でしたら、まぁできますが」
「ブラボー! 素晴らしい」
なんだろう、このテンション。彼は今日も頭が沸いている。
脳が陽気にやられてしまった彼が言うには、セーラー服を作ってみたいのだとか。
上はアルビオンの水兵服を改造するが、下はどうにかしなければならない。
魔法学園の制服で代用する手もあるが、せっかくなので完璧を目指したいらしい。
変態やんけ。
元気になるのはいいが、そっち方面に元気になられても、その。なんだ。困る。
「では、その……ポリエステルにウールを混ぜた生地、とやらを用意すればいいのでしょうか」
「たのむよ。一生のお願い!」
一生のお願いを、こんな事で消費してしまうらしい。
というか、ポリエステルとウールとな。それが制服のスカート生地なのだろうか。なぜサイトはそんなことを知っているのだ。変態なのかな? 変態なんだろうな。まぁサイトなので仕方が無い。サイトがヤベー奴だというのは重々承知している。可哀想なので、用意してあげよう。
数日後。
私は、セーラー服を着たマリコルヌが魔女裁判にかけられているのを目撃した。
マリコルヌがはいているのは、私がサイトにあげた生地で作られたスカートである。
なんかムカついたので、サイトとマリコルヌを一発ずつ殴っておいた。
マリコルヌは犯罪。