私は、なぜかサイトに人生相談をされていた。
どういう人選だろう。コルベール先生がいなくなってしまったから、私にお鉢が回ってきたのだろうか。
アルビオンとの戦争が終わって、既に一ヶ月。コルベール先生は戦争中、白炎のなんとかいう奴が魔法学園を襲撃した際に亡くなった……ということになっている。
心の支えだった恩師がいなくなって、サイトは意気消沈しているのだろう。
や、実は生きてるけど、コルベール先生。だが、それを言うわけにもいくまい。
私は、うなだれているサイトに目を向けた。
心をとらわれている。外に目を向けられていない。
こういう状態の時は、とにかく気を紛らわせるのが重要だ。それだけで心は回復する。適当に話をしているだけでもいい。
本音を言えば、こんな時こそピンクの色ボケに慰めて貰えば良いのでは、とも思ったが。きっとサイトは、ご主人様に弱みを見せたく無いのだろう。なら仕方が無い。私が相手をしてやろう。
さて、サイトと話す話題をどうするか。
考えてみると、話題もそう多くはない。
最近の話題は重い物が多いし、昔すぎるとそもそも話が弾まない。私とサイト、二人に共通することと言ったら、日本の話か魔法学園のゴシップぐらいだ。前者の話をする選択肢はない。となると……サイトが来る前の、魔法学園の話。これがベストだろうか?
小一時間ほど、話をしていただろうか。
サイトが最も興味を示したのはやはり妄想エクスプロージョン娘の話題で、彼女の失敗談を聞くたびに笑顔を取り戻し、今では普通に笑える状態になっていた。ピンク頭の話題は強い。ピンク頭の話題は……あれ、ちょっと待って。ルイズ、隣の部屋にいないよね? 壁が危篤状態なので、普通に聞こえてしまうような……考えないようにしておこう。許せ、破廉恥ピンクよ。
「
「中庭の像って……あの、潰れた奴のことか?」
「はい。潰れたサイトさん像です」
「あれ俺かよ! なんで潰れてんの!?」
「ギーシュが像を制作していたのですが。完成間近になって、
「……俺、またあの二人を怒らせるようなことしたっけか?」
「はい。サイトさんは、いつでもあの二人を怒り心頭にしています」
「マジかよ」
そんなこんなで、夜も更けていき。
お開きの時間になったので、サイトは私にお礼を告げて去って行った。
◇◇◇
「なぜ、そんな疲れた顔をしてるんですか」
「いや……俺、シュヴァリエになっただろ? だから、研修とか色々あるんだけど」
「サイトさんが疲れるほどの訓練があるとは思えませんが。研修でいびられたとかですか? 学園内にもいますよね。『この平民が! 地を這う虫けらごときが!』みたいな態度の人」
「さすがに虫けら扱いしてくる奴はいない……いな……あれ、ルイズに虫扱いされていたような……?」
自分の立ち位置について、真剣に悩み始めたサイト。
正直そんなどうでもいい事で悩まれても困るので、私は話の続きを催促した。
「で、いびられたんですか?」
「ん? いや、むしろ逆だよ。なんか、騎士団の人達がやたら好意的でさ。ちょっと距離感が近すぎるっていうか」
「そうですか。七万を止めた英雄ですからねサイトさんは。プライドバリバリのお坊っちゃま貴族ならともかく、本業の騎士になら好かれても不思議はないかと」
「そういうのじゃなくて……ああ、説明しにくいな」
「ふむ」
どうも、ニュアンスが異なるらしい。
先ほどのサイトの言葉を思い返しながら、少し考えてみる。
サイトの話を、脳内で具現化するのだ。
騎士達とサイト。むくつけきマッチョ共と少年。なるほど、ホモですね。
好意的。恋と言い換えてもいい。なるほど、ホモですね。
距離感が近すぎる。肉体的接触。それは、ホモですね。
「なるほど。サイトさんの言わんとしていることがわかりました」
「ほんとか? 今の説明で?」
「はい。つまりサイトさんはこう言いたいのでしょう? ホモ臭ぇから近寄るんじゃねぇよ、このマッチョどもが、と」
「誰もそんなことは言ってない」
サイトの言葉を無視して、私は高説を垂れ流した。
少し興奮しているのかもしれない。女子はみんなホモが大好きだから。
「サイトさん。なぜマッチョがホモ臭いか、理由を考えたことがおありですか」
「いや、だから誰もそんなことは言ってないと……え、理由あんの?」
「はい。この国で使われている筋力増強剤。騎士の方々がよく服用されるのですが、そこには男性ホルモンが含まれているのです!」
いや、知らんけど。
嘘八百だけど。
「筋力の増強にはいいのですが、とうぜん強い薬には副作用があります。薬で男性ホルモンを定期的に補給する彼らは、自身でホルモンを生成する機能が低下してしまうのです。その結果、外の男性ホルモンに惹かれてしまうことに……外の強い男性ホルモン。強い男性。つまりは、サイトさんですね」
「へぇ、なるほどなぁ」
サイトは、感心したような声を上げた。
話しながら適当に考えたデタラメなのだが、どうやらサイトはすっかり信じ込んでしまったらしい。
将来、詐欺に騙されたりしないか心配である。
「……あれ? それって大丈夫なの、俺」
「大丈夫なのでは? 女性達にキャーキャー言われるのと何ら変わりないでしょう。ただ、性別が違うだけで」
「変わるよ。一番変わっちゃいけない所が違ってるよ」
「別に恋愛感情というわけではないので、大丈夫でしょう。たぶん」
そうなのかなぁ、と悩むサイト。
いや、真剣に悩まれても困るのだが。
だって、嘘だし。
◇◇◇
「ゆうべはお楽しみだったようですね」
昨日から、シエスタがサイトの部屋に寝泊まりすることとなった。
おかげで夜遅くまでイチャイチャ、イチャイチャ……こちとら寝不足である。
「なんか……ごめんな」
「謝罪の言葉はいりません。行動で示して下さい」
「具体的には」
「壁の修繕を」
「すまん、いくら直してもまた壊れるんだ」
「そもそも壊さないで下さいよ」
もう、いい加減にしてほしい。
どうせ壊すなら、窓側や反対側の壁だってあるではないか。吹きすさぶ風とお友達になったり、反対側の部屋にいるキュルケとルームメイトになってしまってもいいではないか。なぜ私の部屋の壁だけ壊すのだ。
憤るが、どうにもならない。
サイトは責められる事に快感を覚えるドMだし、
本当に面倒くさい連中である。
ガルルと恨みがましい目を向けてみるが、サイトはどこ吹く風といった面持ちで、のんきに欠伸なんかしていらっしゃる。
こ、この野郎が。こ、こ、こ、この盛りのついた駄犬が。
「ずいぶんお疲れのようで」
「ああ、俺も寝不足なんだ。あんなん眠れねぇよ」
私の嫌みをスルーし、サイトは答えた。
まぁ、それもそうだろう。いつ爆発するか分からないボンバーマン娘に、除夜の鐘ですら浄化不能な煩悩メイド娘。そんな二人に挟まれているのだ。安眠などできようはずもない。
「……仕方ありませんね。そんな貴方に、素敵アイテムをプレゼントしましょう」
私は、最終手段をとることにした。
出費は控えたいが、仕方あるまい。いずれ慣れるとしても、私はいま辛いのだ。安眠させろ。
「眠りの秘薬。サイトさんには、睡眠導入剤と言ったほうがわかりやすいでしょうか? 騒がしい場所で眠り続けられるほど効果は長続きしませんし、お値段の都合もあるのでかなり薄めてあります。が、これで
薄いとはいえ、暗くしてベッドで横になっている状態ならば、よっぽど興奮でもしていない限り眠りにつくはず……興奮? あいつら、いっつも興奮してんな。大丈夫かな。たぶん大丈夫だろう。
「すげぇ……ありがとう! 恩にきるよ! これで安心して眠れる!」
サイトは、涙を流して感謝の気持ちを伝えてきた。
マジかよ。こんなに喜ばれるとは思わなかった。
サイト……思えば、不憫な奴なのかもしれない。
マッチョに対する熱い風評被害。