なんかもう、サイトが話しかけてくるのが日常になってしまった感がある。
毎日話しかけてくるし、今日に至っては出かける前の挨拶までしにきやがった。
なんでも、陛下より下賜された領地の見学に行くのだとか。
ほむ、領地とな。ド・オルニオールか。
となると、物語は終盤も終盤。
つまり、もうすぐサイトは日本に帰るということ。
この生活も終わりが近づいている。少し、名残惜しい。
「とうとう領地持ちですか……ガリアとの戦いで、大変な武勲をあげたんですものね。リネン川では百人抜き、虎街道ではゴーレム軍団を鎧袖一触。そして忘れてはいけません、タバサを救い出したのは英雄っぽいです。花丸をあげます。お姫様を救い出すのは、英雄の仕事ですものね」
「なんか、だいぶ誇張されてない?」
「大まかには合っているでしょう?」
「合ってるのかなぁ……止めてくれよ、新たなるヒリーギル・サートームの伝説を打ち立てるのは」
「それを止めるなんてとんでもない」
「まじでやめてくれ」
何を言うのか。
どれだけの人が、サイトの活躍に期待していると思ってるのだこの男は。
「今さら止めろと言われて、はいそうですかって事にはならないですよ。旅の思い出を赤裸々に語った過去の自分を恨むことですね。第三章の台本は、すでに八割方完成しています。期待していてください」
「まぁ、俺にどんな魔改造が施されるのか、楽しみではあるけど」
サイトはぶつくさ文句を交えながらも、まだ話をしていなかった前ガリア王ジョゼフとの戦いについて、少しだけ語ってくれた。
ふむふむ、なるほど? 聞けば聞くほど、サイトは頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないかという気になってくる。というか、サイトはまた
「前にタバサを助けた時にも言いましたけど。サイトさん、どう考えてもヒーローみたいなことしてますよね。あれですか。女の子が泣いてたら命がけで助けにいっちゃうタイプの人なんですかサイトさんは」
「や、タバサは特別だろ。俺、どんだけタバサに助けられたことか」
「特別ねぇ……特別の範囲がとんでもなく広いような気もしますが。陛下も特別の範囲に入るんですか? じゃあ、たとえば私が泣いてたら、助けに来てくれます?」
「助けに行くよ。当たり前だろ?」
「真顔で即答とは……」
思わず赤面してしまう。
なぜ私の方が恥ずかしがらねばならんのだ? 理不尽極まりない。
◇◇◇
最近、平和すぎて寂しい。
や、平和なのは私の周辺だけだが。
これから、ハルケギニア全土を巻き込んだ聖戦とやらが始まるはず。
今後の流れはたしか、お悩みの
もう、サイトは最後の時までこの魔法学園に戻ってくることは無い。
最後の時。
物語のラストで、サイトはルイズと結婚式を挙げ。
そして、その翌日には日本に帰ってしまうのだ。
どうにも心がざわついた私は、机に向かって台本の作成に取りかかった。
サイトの物語。平賀才人の英雄譚。
物語に関わるつもりはない。
けれども、彼の物語が歴史に埋もれていってしまうのは寂しい。
それに、私は残しておきたかった。彼の生きた証を。
なぜ、そんなふうに思うのか。
理由はきっと単純な話なのだろうけれども、私は目をそらして気づかない振りをした。
ずっとそうやって生きてきたのだ。
今更、生き方は変えられない。
生き方を変えるのは、きっと苦しい。
だから私は、これでいい。
◇◇◇
「ずいぶんと久しぶりですね。お疲れ様でした」
「ああ。ほんとに疲れたよ」
聖地を巡る戦い。
そのすべてが終わった。サイト達が、終わらせた。
今日はパーティだ。
サイトとルイズの結婚式。物語の、最後の一幕。
魔法学園の広場は、二人を祝うために盛大に彩られていた。
鮮やかな花々が咲き誇り、空には花火が打ち上げられ、二人を祝うために多くの人がひしめき合っている。
みんなが思い思いに二人をお祝いして、場を盛り上げる出し物をして。
一番大がかりな出し物は、殿下がお呼びした劇団による演劇だった。英雄と聖女の物語。だいぶ脚色されているので、真実を知るものは大笑いしながら見学している。
豪華な食事に、大量の酒も用意された。あまりの量に、給仕の人達は悲鳴が聞こえてくるかのよう。
一番騒がしいのは、やはり水精霊騎士隊の面々だった。どこに消えていくのか不思議になるほどの量を飲み、今までのサイトの活躍を
もう、物語は終わりだ。
明日、ゼロの使い魔の物語が終わる。サイトとルイズが日本に帰って、それで終幕。
「ご結婚おめでとうございます。これからも大変だと思いますが、応援してますよ」
「ありがとう」
いつもは二人きりで話すことが多いが、今回は公の場だ。少し勝手が違って緊張する。
正装のサイトは、なんだかいつもより格好よく見えた。目を合わせるのが、なんだか恥ずかしい。馬子にも衣装とはこのことか。
「……なぁ、さっきの演劇って」
「はい、寝る間も惜しんで頑張って台本を作りました。なにしろ最終章ですからね、気合いも入ろうというものです。風の剣士の英雄譚、そのフィナーレを飾る物語『英雄ヒリーギル・サートームと聖女ルイズ』」
「最後までお前の仕業かよ」
「はい。貴方の物語を、歴史に残しておきたいなーと思いまして」
「歴史……に、残るのか? もう現実の俺とはかけ離れ過ぎてて、恥ずかしいとも思わなくなってきたけど」
「いえいえ、結構近いと思いますよ? サイトさんは、周りからどう見られているか御自覚なされたほうがよろしいかと」
「マジかよ。俺、そんなに格好いい?」
「はい。格好いいです」
私が褒めると、サイトはデヘヘと笑いながら照れはじめた。
さっきまでは格好よく見えていたが、今はちょっとキモい。キモいが、許そう。
落ち着いて話ができるのは、きっとこれが最後だし。
しばらく、そうして話した後。
サイトは急に気恥ずかしそうな顔をして、周囲を見渡した。
ルイズは、何故かタバサとグラスを取り合っている。シエスタは、ギーシュにお酒をついでいる。テファニアは、水精霊騎士隊の面々に囲まれている。コルベール先生は、キュルケにちょっかいを掛けられていた。こちらに注意を払っている人はいない。
「……その。いろいろと、ありがとな。お前にはいっぱい助けて貰ったから、お礼を言いたかった」
「助けましたっけ? 私が、サイトさんを?」
「助けて貰ったよ。ここに来たばっかりの頃に俺と対等に話してくれたのって、あとはコルベール先生ぐらいだったし……ほんと、助かった」
そう言って、サイトは頭を下げた。
はて、お礼を言われるような対応だっただろうか。むしろ最初の頃は、かなり塩対応をしていたはずなのだが。
まぁいい。お礼を言われているのだから、ありがたく受け取ろう。
「いえいえ、こちらこそ。騒がしくもありましたが、楽しかったですよ。ありがとうございました」
私も、頭を下げる。
社交辞令ではない。本心からの言葉だ。
サイトを相手に社交辞令なんて、いらないだろう?
そんなこんなで、夜も更けて。
席を外していたサイトが、始祖の円鏡を抱えて戻ってくるなり「俺、明日日本に帰ります!」と宣言し、水精霊騎士隊の面々が悲鳴を上げ、一晩中騒ぎに騒いで、夜も白み始めて、夜が明けて。
そして、その時がやってきた。
始祖の円鏡が作り出したゲート。キラキラ輝くそれはゆっくりと広がり、人が一人通り抜けられるほどの異空間を作り出す。その先にあるのは、サイトの故郷。
サイトの見送りには、魔法学園のほとんどの人が集まっている。成り上がりと揶揄する者もいたが、なんだかんだでみんなサイトを慕っていたのだ。泣いている者も多い。サイトは生徒ではなかったが、魔法学園の中心だった。
サイトが口を開く。
別れの言葉だ。周りの人達は、黙って耳を傾ける。
「……みんな、今までありがとう。色々バカな事もやったし、謝らなくちゃいけない事もやらかしたけど。みんなのおかげで、俺、楽しくやってこれたよ」
みな、サイトとの記憶を思い出しているのか。
感極まったように、彼の言葉に聞き入っている。
私も、少しだけ彼との思い出を振り返った。
サイトがこの世界に来たのは、一年と少し前。
この広場で、ルイズに召喚された異世界の少年。
公爵家令嬢の使い魔で平民という扱い辛い立場に、煙たがられる事も多かった。誰からも、見向きすらされなかった。
しかし今、サイトのためにこれだけの人が集まっている。
一年。たった一年だ。一人ぼっちだったサイトが仲間を増やしていき、今やこれだけ多くの人々から慕われている。
ここにいる人達だけではない。トリステインの城下町にいけば、サイトは民衆に囲まれて身動きすら取れなくなるだろう。
みんな、サイトの事が大好きなのだ。大好きに、なってしまったのだ。
「俺、みんなと出会えてよかった。故郷に戻っても、この世界のことは絶対に忘れない……本当に、ありがとう」
私の胸が、ズキリと痛む。私の傷口をえぐるような彼の言葉に、心がざわめいた。
彼は最後の言葉を残したあと、ゲートの中に身を躍らせる。
彼が消え去ろうという瞬間、ルイズが飛び出して彼に抱きついた。絶対に離さないと言わんばかりの抱擁。この世界の全てを捨ててでも、彼女はサイトと共にいる事を選んだ。サイトと共に、彼の世界で生きていく事を選んだ。この後のルイズは色々大変だろうが、強い彼女のことだ。きっと、どんな障害だってぶちのめして生きていくのだろう。
二人を飲み込んだ後。
あれほど強い光を放っていたゲートは急速に萎んでいき。最後に始祖の円鏡を飲み込んでから、あっさりと消滅した。
しばしの静寂を挟んで、徐々に周囲が騒がしくなっていく。
みんなが話しているのは、サイトの思い出話。ギーシュはひときわ大きな声で「僕らの英雄の旅立ちを祝おうじゃないか!」と叫び、また酒を飲み始めた。明らかに飲み過ぎだが、唯一のストッパーであるモンモランシーは顔を伏せて泣いているため、誰も彼を止められない。水精霊騎士隊の面々が騒ぎの輪を伝染させ、今や広場中で宴会が再会されている。
私は、彼らほど早く立ち直れなかった。心がざわめいたままだ。
心を落ち着かせるのに、もう少しだけ、時間が欲しい。
私は目を閉じて、サイトの事を思い浮かべる。
お馬鹿で、情けなくて、勇敢で。普通の男の子なのに周りの人を助け続け、しまいには世界まで救ってしまった勇者様。
たった一年だけれども、多くの思い出がある。
この気持ちも、いずれは忘れてしまうのだろう。大切なこの思い出も、私はただの記録に書き換えてしまうのだろう。
けれども、楽しかったのは事実だ。この一年は、本当に楽しかった。まるで、昔に戻ったみたいに。
「……バイバイ。私のヒーロー」
私は、どうにも収まらない感情を必死に抑えつけながら。
それだけ呟いて、その場を去った。
次話投稿は少し間があく予定。