「私ってさ、昔から何のとりえもない普通だったんだよ・・・。」
千歌さんがわざわざ僕の座っている横に当たるか当たらないかの微妙な位置に腰を下ろし、ぽつぽつと想いを語っていった。
いつも元気な千歌さんだが、月明かりに照らされて見える今の千歌さんはどこか思いつめたような表情を浮かべていた。
この状況でこんなことを思うのは失礼なことなのかもしれないが、髪を下した千歌さんはいつもより少し大人びて見える。加えて、いつもの元気マックステンション状態ではなく、静かに語る千歌さんだ。
・・・何が言いたいかというと、普段の姿とのギャップも相まって凄く大人びて見えるのだ。
ちなみに僕の好み的に大人びた人が大好きだ、つまり、
・・・ってしっかりしろ、僕っ! 相手は千歌さんだ、何をドキドキしてるんだ!?
しかも千歌さんは、何か悩み事があるんだ、今は千歌さんの言葉に耳を傾けなければ!
僕がそんな葛藤をしているとはつゆ知らず千歌さんの言葉はどんどん紡がれていく。
「でも志満姉や美渡姉は、勉強ができたり運動が得意でいつも千歌は二人とも比べられていたんだ・・・。
別に虐められてるとかじゃないんだけど、いつも馬鹿にされたりで凄く悔しかったんだ・・・。」
「・・・・・。」
先ほどまでどきまぎしていた僕だったが、千歌さんのこの言葉に一気に自分が冷静になっていくのを感じた。
理由は明確、自分にも覚えがあったからだ。
僕は意識せず、気付けば千歌さんの言葉に耳を傾けていた、そこに余計な感情はなかった。
「千歌も色々頑張ろうはしたんだけどね、結局どれも長続きしなくてね・・・。
でもそんな時に私の前に凄く輝ている女の子と出会ったんだ。
その子は凄く綺麗でね、ピアノが上手で、勉強もできて、そして何より、毎日が充実していることがびりびり感じるくらいその子は輝いていたんだ。」
ちらりと横目で千歌さんの目を見ると、千歌さんはここにはない遠くの何かを見ているようだった。その目は羨望の眼差しそのものだった。
そして、その何かを僕は知っていた。僕もその女の子に覚えがあったからだ。
「そう、それはかいと君のお姉ちゃんの梨子ちゃんなんだ。」
「・・・うん。」
そう、お姉ちゃんだ。千歌さんの言う通りお姉ちゃんは完璧だ。
千歌さんだけじゃない、毎日いっしょにいる僕にだってお姉ちゃんはいつも輝いているんだ、劣等感を覚える程度にはね・・・。
「・・・でね、どうして梨子ちゃんがこんなに素敵なのかなって考えたんだ。そしたら、それはかいと君じゃないのかなって思ったんだ!」
ここで千歌さんは、初めて僕の方を向いて力強くそう言い切った。
その目は、確信に満ちていた。
僕が何か言う前に千歌さんはさらに続けて
「ていうのもね、梨子ちゃんは毎日心の底から楽しそうにかいと君のお話ばっかりするんだ。転校してまだ日は浅いけど全校生徒が梨子ちゃんとかいと君がとっても仲良しだって知っている程度にはいっぱい話してくれるんだ。」
「うん、気になる点はあるけどとりあえず最後まで話は聞くね?」
・・・全校生徒ってどういうこと?? どういう発信をすればそうなるんだ??
少々動揺していると、千歌さんは僕の言う通り喋りを続けていった。
「だから思ったんだ、梨子ちゃんが輝いている理由の一つにかいと君が強く影響しているんじゃないかなって!!
だから今回かいと君をレンタルだけど弟にできるって聞いて凄く嬉しかったんだ!
もしかしたら、梨子ちゃんの様に輝けるには何が必要なのかわかるかもって!」
そう言う千歌さんの目は希望に満ちていた。
・・・そういうことか、やたら僕の姉になることに固執していたのはそういう意味か。
最初から違和感はあったんだよな・・・。
「でもね・・・、結局今日も志満姉と美渡にかいと君をとられたし、二人と関わってる時の方がかいと君楽しそうだったから、やっぱり私はダメなのかなって・・・。」
先ほどまでの勢いとは逆に落ち込みながらそう語る千歌さん。その顔は項垂れてしまっていた。
どう見たら志満さんと美渡さんと関わっている時の僕が楽しそうに見えたのかは謎だが、千歌さんが追い詰められていたのはこれが理由か。
・・・全く、笑わせてくれるよ千歌さん。
・・・これは最終兵器を使うときが来たようだ。
嫌だがしょうがない・・・。
「・・・千歌さん、いや、千歌お姉ちゃん。」
「・・・ん?」
僕の呼びかけに、顔を上げ僕の方を見る。
その目尻には、うっすらと輝く雫があった。
そんな千歌さんに僕は、
抱き着いた
思い切りだ。
「っ!!??」
当然、いきなりのことで千歌さんは驚いている。
抱き着いているので顔は分からないが、体越しに伝わる鼓動がそれを僕に伝えてくれる。
「ちょちょちょ// な、なな何してるの!?」
「今日は散々抱き着かれたのでそのお返しです。」
「あ、あううう、で、でもいきなりこんなことされたら//」
千歌さんは、上ずった声で分かりやすく動揺していた。
これでいきなり抱き着かれる人の気持ちが分かってくれたら嬉しいものだ。
と、そんなことはどうでもよくて、千歌さんに間違いを気付かせてあげなくては。
「千歌お姉ちゃん・・・。」
僕は、耳元で囁くようにそう千歌さんにそう呼びかける。
「っ!? は、はいぃ!」
千歌さんは全身をびくぅっとさせ、硬直状態になった。
耳が真っ赤になっていることから今千歌さんの顔は真っ赤になっているのだろう。
だが、これでいい。余計なことを考えない状況下で僕の言葉を届けられた方が効率的だから。
「まず、一つ間違いを訂正すると千歌お姉ちゃんは、全然普通じゃありませんし、志満さんや美渡さんに劣ってもいません。」
僕が囁くたびに千歌さんは、びくびくと反応したが、特に抵抗はしてこなかった。
その代わりに、
「・・・で、でも千歌は二人より「最後まで聞いて」」は、はいぃ///」
まだ、抵抗する気力があったとは思わなかったが、これで千歌さんは最後まで話を聞いてくれるだろう。
その証拠に、向こうもこちらを抱き返してきた。
この状況はこちらの精神上にもよくないため、短期決着をする必要がある。
急がないと・・・、こっちの心臓がもたない。
「千歌お姉ちゃんは、僕から見てもとても可愛いし、魅力的だよ。今日だって何度ドキドキさせられたか・・・。
もう一度言うけど、千歌お姉ちゃんは可愛いし、普通なんかじゃない、間違いなく。分かった?」
「う、う、うん・・・///」
その言葉を確認し、僕はゆっくりと千歌さんから離れた。
千歌さんは「あ」と物寂しそうな声をあげていたが、無視だ。これ以上はこっちが持たない。
千歌さんの顔は真っ赤になり、トロンとしたどこか夢心地にあるような表情になっていた。
僕は、ベンチから立ち上がり、千歌さんに背を向ける形に向き直り、
「・・・じゃあ、そういう事だから。自分にもっと自信をもってね、千歌お姉ちゃん。」
と、言った。
「・・・は、はい///」
恥ずかしそうに、しかし僕の言葉に肯定の回答を再度確認したこところで
「じゃあ、今日はもう寝よう、おやすみ。」
と、言って早足でその場を去った。
「うん・・・おやすみ」と聞こえた気がしたが、お構いなしだ。
向かった先は家の中ではなく、海の方向だ。
月明かりが照らす砂浜に着き、周りに誰もいないことを確認した僕は・・・
「う、うわわわわあああ/// やっちまった~///」
悶えた、それはもう悶えた。
何故かって? 恥ずかしいからに決まっているじゃないか。
「でも、あんな思いつめた顔されたらしょうがないじゃないか~///」
実は、先ほどまでの僕の気持ち悪い言動は、昔同じことをお姉ちゃんにもしたことがあるのだ。
昔、ピアノで行き詰まり、自信を無くしたお姉ちゃんに何とかして元気を与えたくて何か方法がないかと思って調べた結果、あったのだ。とある少女漫画で同じように自信を無くしたヒロインにさきほどやったような方法でヒロインを元気づける主人公の姿を見つけたのだ。
その頃は無我夢中でお姉ちゃんに同じことをした。
結果は、成功だった。
お姉ちゃんは、自信を取り戻してくれて、その後のコンクールでも入賞を果たしたのだ。
元々実力はあったから後は精神的な問題だけだったのだと思う。
今回の千歌さんもその時のお姉ちゃんと姿が重なったので同じ方法をとったというわけだ。
まだ、分からないがこれで千歌さんも多少は自信を取り戻してくれたらと思う。
しかしこれには欠点がある。
そう、恥ずかしいのだ、死ぬほど。
だから僕は走る。
何故か走る。
走ることによって、羞恥心を忘れることができると信じてるかのように。
羞恥心を原動力とした僕は夜通し海辺の砂浜を走り続け、次の日、早朝ランニングをしていた果南さんに倒れてるところを発見された。
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・・・そう言えばお姉ちゃんがぐいぐい来るようになったのって僕がお姉ちゃんにそれをしてからだっけ?
僕は倒れる寸前の朦朧とした意識下でそんなことを思った。
つづく
ここまで読んで頂きありがとうございます!
最初は続くかな~と思ってましたが、案外ネタが出てきて書いてて面白いです(笑)
最後に誤字報告とお気に入り登録ありがとうございます!
どんどん更新していきますので次話でまた会いましょう!