黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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九話   乙女願望

 

 

 

 

 

 

黒銀の鋼都ルーレ。

ノルティア州の州都。四大名門の一角である『ログナー侯爵家』の本拠地。黒色の城壁に囲まれた巨大工業都市としても名高い。市街地は立体的な二層構造を採用。上層と下層に分類される。通勤への利便性から技師や役員は上層に居を構え、工員や作業員が下層に住んでいることが多い。合理性を重んじる街として有名である。

貴族連合軍の物資供給都市として日夜喧騒に溢れている鋼都にて、オーレリア・ルグィンはグラスを傾けていた。静かに。ゆっくりと。誰にも邪魔されない貸し切りのダイニングバーで。

憂いを帯びた横顔は恐ろしく玲瓏だった。剣を振るわなければ雑誌の一面を飾ってもおかしくない美貌と肉体。三十路と思えないほど瑞々しい。

心地よいジャズの音楽が耳朶に染みる。お洒落な店内も好印象。良い趣味だ。帝都ヘイムダルから転移してきた第二使徒は微かに頷いた。

 

「今晩は、オーレリア将軍」

「魔女殿か」

 

足下に空のボトルが散乱している。

23本。アルコール度数の高い代物ばかり。

どうやら一人で飲み干したらしい。

さりとて口調に澱みなく。手に持ったグラスも震えていない。どうやら欠片も酔っていないと見た。噂以上に底無しのようだ。ヴィータは思わず苦笑した。

 

「元気そうで安心したわ」

「相変わらず神出鬼没な娘だ」

「褒め言葉として受け取っておくわね」

「好きに取るが良い」

 

隣の席に座れ。

オーレリアが顎で指し示した。

仁王立ちして威嚇する趣味もない。今宵の会話は長くなる。此処は言葉に甘えよう。素直に隣へ腰掛ける。当然のように差し出されたグラス。誰も飲むとは言ってないのに。

 

「飲むか?」

「遠慮しておくわ」

 

一瞥もせずに拒否する。

 

「私と飲めぬと?」

「ウワバミだと聞いているもの」

「ふむ。ウォレスから聞いたのか」

 

オーレリアは無理強いしなかった。

残念だと吐息を漏らす。グラスを元の場所に戻した後、新たに用意した25本目のボトルをこじ開けた。口に運ぶ。ゴクゴクと喉が鳴る。物の数分で空になった。

凄まじい速さだ。

ヴィータは笑顔を取り繕う。

 

「魅力的な男性よね。婿候補なのかしら?」

 

一人の男が脳裏を過ぎる。

褐色肌で高身長。知勇兼備で誠実な男性。

ウォレス・バルディアス准将。

オーレリア・ルグィンの盟友にして、貴族連合軍副司令。今も第七機甲師団と死闘を繰り広げる若き豪傑である。『黒旋風』の異名を持つ。

 

「今は違う」

 

オーレリアが嫣然と笑う。

獰猛な気配。捕殺者の目だ。

敵意と高揚に彩られた双眸は澄み切っていた。

 

「新しい出会いでも有ったの?」

「そなたのお蔭でな」

「なるほど。黒の騎士ね」

 

彗星の如く現れた凄腕の騎士。

黄金の羅刹との死闘は既に語り草となっている。

貴族連合軍によって徹底的な戒厳令を敷かれた帝都ヘイムダル。紅の都でも噂される程なのだから地方では推して知るべし。

出撃する度に多大な戦果を積み上げる英雄。

『黒の騎士』の勇名は日に日に高まっていた。

 

「久しく見ぬ面白い男だ。是非とも我が軍門に降らせたい。そして――」

 

生身でも斬り合いたいと。

黄金の羅刹は遠い目を浮かべていた。

右手を強く握る。ゆっくりと開く。そんな動作を繰り返した。想像の中で幾度も剣戟を交えているのだろう。

勝ち負けは聞かない。無粋だからだ。

 

「勧誘の手応えは?」

「無い。アレは貴族派を嫌悪している。理由は知らぬがな。正規軍にも心許していない。アレが第三機甲師団に味方しているのも、アルフィン殿下の存在があるからだ」

 

オーレリアが唇を尖らした。

拗ねた童女のようだ。嫉妬しているのか。

一拍遅れて魔女の視線に気付いたらしい。新たに開封したお酒に逃げた。26本目。自棄酒みたいだと思った。

何にせよ。ようやく本題に入れる。

 

「カイエン公が怒っていたわ」

「皇女殿下を奪取できなかった事か?」

「貴女が西部に戻らない事も」

 

帝国東部の支配は盤石に近い。

第三師団と第四師団は頑強に抵抗したまま。それでも黒竜関に双龍橋、要衝中の要衝を抑えている貴族連合軍の圧倒的優勢は変わらない。

問題は帝国西部である。

第七機甲師団を中心とした正規軍部隊は未だにウォレス准将と激戦を繰り広げている。ラマール州はカイエン公爵のお膝元。貴族連合軍の主宰として絶大な権力を有すると云えども、何もかも思い通りに行くわけではなかった。

一日も早く正規軍を叩き潰す。クロイツェン州を治めるアルバレア公爵より強い影響力を持つ。アルフィン皇女殿下を確保しておきたい。

カイエン公爵は戦後の事も考えて動いていた。

その矢先、常勝不敗の軍神たるオーレリア・ルグィンはゼンダー門攻略に失敗。第三機甲師団の南下を警戒する為と理由付けて、ルーレに留まる。

カイエン公爵の憤激は相当な物だった。

黄金の羅刹はテーブルに肘を付く。やれやれと呆れた様子で口にした。

 

「仕方あるまい。第三機甲師団と黒の騎士をゼンダー門に張り付かせる為だ。私が西部に戻れば此処は落ちる。黒竜関すら抜かれてしまう」

「次は帝都になるわね」

 

首を縦に振るオーレリア。

カイエン公も困った物だと漏らした。

 

「『氷の乙女』によってガレリア要塞も活気付いた。第四師団は立て直されつつある。北は私と機甲兵部隊だけで抑え、東部の残存兵力を双竜橋に結集させて第四師団を押し返す。これしか方法はあるまい」

 

貴族連合軍の優勢は砂上の楼閣に近い。

総参謀ルーファス・アルバレアの策略通りに事態を進めたとしても一手間違えたら敗北する綱渡りの状態。正規軍の強さを侮っていたか。横の繋がりを軽視していたのか。やはり無理か。盟主の仰られる通り『結末』は変えられないのだろうか。

内心とは裏腹に飄々とした態度で尋ねる。

 

「負けるとでも?」

「アレの動き方次第であろうな」

「驚いたわ。そこまで評価しているなんて」

 

瞠目する。咄嗟に隣へ視線を移した。

黄金の羅刹は類い稀な武人である。力量に相応しい自尊心も持ち合わせている。そんな彼女相手にも敗北という苦い結果を齎すかもしれないと評価された黒の騎士。自己評価の低そうなフェア・ヴィルングが聞いたらどう思うのだろうか。

オーレリアは鼻を鳴らす。

飲み干したボトルをテーブルに置きながら言う。

 

「スクラップ間近の機甲兵を操り、この黄金の羅刹と互角に斬り結んだ男だ。これでも過小評価に近いな」

「そう」

「どうした?」

「変わった様子とか無かったかしら」

「魔女殿の推察通り、黒い靄が現れていたな」

 

やはりかと肩を落とす。

早い。早過ぎる。

まだ闘争は煮詰まっていない。

オーレリアの機甲兵も黄金に輝いたと聞く。明らかに干渉し始めている。高位次元である概念空間から現実世界に。『七の騎神』という器でも飲み干せない『巨イナル一』の超々高エネルギーが何者かにより指向性を持って。

盟主は黒の思念体だけではないと仰った。

なら残りは『何者』なのか。

人間の手には負えない巨大な力を欲するなんて。

 

「アレは何だ?」

「黒の騎士たる所以よ。貴方の慧眼通りね」

「――――」

 

オーレリアが無言でグラスを置いた。

ヴィータの惚けた様子に対して、咎めるような視線を投げ付ける。裂帛の覇気を乗せて。真面目な答えを催促した。

深淵の魔女は嘆息する。これ見よがしに両肩を上げた。

 

「詳しく知りたいなら結社に入ることね」

「笑わせるな」

「なら無理ね。機密事項なの。それに安心していいわ。黒い靄の正体は内戦の勝敗に関与しないもの」

 

エレボニア帝国を二分した内戦。

闘争の業火で地上を燃やし尽くす。混沌の概念で空を堕とす。相応しい舞台を用意した後、灰と蒼を衝突させる。擬似的な相克を完遂して『巨イナル一』を再錬成。フェアを受け皿にして受肉した黒の思念体を消滅させる。

無様に世界を終わらせない為にも成し遂げると決めた。

たとえそれが茨の道だったとしても。盟主の意志に少しだけ背く形になろうとも。世界の崩壊を食い止める楔としてフェア・ヴィルングを生存させたまま未来へ進む為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西進の準備を終えた第四機甲師団。

ガレリア要塞で立て籠るのは終わりを告げる。

対機甲兵用戦術は洗練された。帝国東部最大の要衝である双龍橋を落とす作戦も練り上げた。

装備を整えた。物資も補給した。

モラトリアムは終わりだ。反撃に出る時だ。

第四機甲師団の誰もが意気軒昂たる姿を見せる。

七耀暦1204年12月12日。

ガレリア要塞を橙色に染めた夕暮れ時。

クレアは導力通信越しに懐かしい声を聞いた。

 

「ミハイル兄さん、元気そうですね」

『クレアも無事で何よりだな』

「帝国西部はどうなっていますか?」

 

無事を喜ぶ挨拶は二言のみ。

お互いに合理主義な軍人である。

ミハイル・アーヴィングは第七機甲師団を。クレア・リーヴェルトは第四機甲師団を。帝国各地に散らばってしまった鉄道憲兵隊を駆使して立て直している。

一分一秒を惜しむほど忙しかった。

 

『酷い有様だ。対機甲兵用戦術も漸く確立した』

「やはり第七機甲師団が要となりますか」

『ウォレス准将の駆る機甲兵を食い止められるのは第七師団ぐらいだ。重く鋭い。流石はバルディアス流筆頭伝承者。他の師団は呆気なく蹴散らされてしまったよ』

 

噂で聞いた通りか。

クレアは顎に手を当てる。

東部に第四師団、西部に第七師団。そして北部に第三師団。主力となり得る戦力はこの三つのみ。幾ら質で上回ろうとも数は劣っている。如何にして連携するか。早期に敵の要衝を落とすか。これらが内戦を制する鍵となる筈だ。

 

「残存兵力は如何程に」

『決して芳しい量ではない。だが、朗報もある』

「オーレリア将軍の件ですね』

『羅刹がノルティア州で足止めを食らっている今こそ千載一遇の好機。兵士たちの士気は上がっている。どうにかして防衛線を押し上げたい所だ』

「――黒の騎士。彼の話は、聞きましたか?」

 

クレアは苦しそうに言葉を紡いだ。

ガレリア要塞にも届いた軍神の敗北。成し遂げたのはゼクス中将率いる第三機甲師団、そして唐突に現れた『黒の騎士』と呼ばれる謎の男だった。

驚いた。嘘ではないかと邪推した。

クレイグ中将から正体を聞かされた時は、頭痛から倒れそうになった。フェア・ヴィルング。クレアの弟分。大切な人。大切にしてきた人。そんな彼が黄金の羅刹と引き分けた。意味がわからなかった。

ミハイルは一呼吸置いてから答えた。

 

『昨夜、導力通信で話をした。黒の騎士と呼ばれる事に落ち着かない様子だったな。肩も落としていたよ』

 

元気なら良かった。

元気なだけで嬉しかった。

 

「そう、ですか」

『確かに声は変わっていた。雰囲気もな。それでもフェア・ヴィルングである事に変わりない。そうだろう?』

「でも、私は――」

『逃げ出した件を悔いているのか?』

「はい」

 

逃げるべきではなかった。

フェアから離れるべきではなかった。

たとえ怖くても。悍しくても。薄気味悪くても。

笑顔で寄り添えば昔のフェア・ヴィルングに戻ってくれたかもしれないのに。我が身可愛さに逃げ出してしまった。

あの日から後悔している。後悔し続けている。

10日前、ガレリア要塞を訪れたリィン・シュバルツァーから教えてもらった。温泉郷ユミルにフェア・ヴィルングがいると。

会いたくて。会いたくなくて。

謝りたくて。また逃げ出してしまいそうで。

結局、クレアは決断できなかった。第四機甲師団に留まることを選んだ。これが弱さだ。鉄血宰相からも忠告を受けた弱点だと思った。

 

『お前らしくなかったな』

「兄さんは直接会っていないから!」

 

昏い眼を知らない。

背後に浮かんでいた『多眼』の存在を知らない。

 

『フェアがお前に伝言を頼むと言っていたよ』

「伝言?」

『聞きたいか?』

 

心臓がギュッと締め付けられる。

怖い。聞きたくない。

耳を塞ぎたくなる。導力通信を切断したくなる。

それでも勇気を振り絞った。

あの日、フェアと初めて会った日のように。

 

「――はい。聞かせてください」

『この間はごめん。内戦が終わったらゆっくりと話をしよう。帝都で無事に会えるのを楽しみにしている』

 

思わず笑ってしまった。

 

「兄さん。脚色、していませんか?」

『していない』

 

端的に否定した従兄。

クレアは自身の胸に手を当てる。

温かい。とてもとても。ポカポカした。

悩んでいた。怖がっていた。

堂々巡りの後悔から逃げるように軍務へ没頭していた。そんな日々も今日で終わりだ。この温かさがあれば大丈夫だ。やって行ける。

 

「ありがとうございます。これで、頑張れます」

『内戦が終わったら4人でご飯でも食べよう。美味しい店に連れて行ってやる。私の奢りだ』

「約束ですよ」

『約束だ。だから生き残れよ、クレア』

「はい。ミハイル兄さんも」

 

通信が終わった。

クレアは天幕から外に出る。

いつの間にか夜の帳が落ちていた。

満点の星空を見上げる。流れ星が見えた。

 

「フェアが幸せになれますように」

 

心の底からそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼンダー門から約150セルジュ南下した草原地帯。

民家はなく、街道から外れている静寂の地。

星空の下、清涼な風が草木を揺らした。

フェア・ヴィルングは命の危機を感じながら問いかける。

 

「貴女は、誰だ?」

 

眼前に佇む一人の武人。

オーレリアを超える絶対的な覇気。

白色の甲冑に身を包んだ騎兵槍の使い手は、聞いた者を癒すような澄んだ声音で正体を述べた。

 

 

「蛇の使徒が七柱、鋼のアリアンロードと申します。黒の騎士よ、貴方に幾つか問いたい事があります。お時間は宜しいですか?」

 

 

 

 

 









アリアンロード「黒の騎士? 確かめなくては(騎兵槍構える)」




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