黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十一話  無貌混沌

 

 

 

 

空間を断絶する大剣。

空気の隙間を貫く騎兵槍。

互いに繰り出す絶技の応酬。

火花が散る。衝撃波が伝播した。

最初からわかっていた。

俺と彼女では絶望的に膂力が掛け離れていると。

大剣を弾かれた。腕から伝わった衝撃は全身を駆け巡る。軋みを上げた。利き腕が捥げるかと錯覚する痛み。我慢しろ。無視しろ。一瞬でも目を閉じれば死ぬことになる。前を向け。

絶え間なく心臓を狙う騎兵槍。唸りをあげる切っ先。紙一重で躱しても。全力で弾き返しても。鋼の聖女は息一つ乱さない。軽やかな足取りを保ったまま何度でも絶死の刺突を放ってくる。

 

「――ッ!」

 

屈む。こめかみを穂先が斬り裂いた。

躱す。動きを先読みされて左の脇腹を抉られた。

弾く。騎兵槍の勢いを殺せずに右肩を貫かれた。

拙い。駄目だ。このままでは確実に死ぬ。

当然ながら理解していた。彼我の戦力差が隔絶している事ぐらい。絶望的なまでに今生の経験値が異なっている事ぐらい。

俺は幾度も輪廻を繰り返している。その度に様々な経験を積んできた。代表的な物で云えばアルゼイド流とヴァンダール流である。修行方法、技の修得条件、奥伝に至る最短の道筋すら知り尽くした状態で七耀暦1204年8月に巻き戻る。反則技だ。他の人間からしてみれば理不尽なのかもしれない。

だが、鍛え上げた身体は戻ってこない。

幾ら経験値を積み重ねても。どれ程までに強くなろうとも。死ねば終わり。大して膂力の無い軍人時代へ強制的にリセットされてしまう。

現在、七耀暦1204年12月13日。目覚めてから約4ヶ月。休む暇なく全身を虐めた。身体能力を向上させた。膂力も元に戻りつつある。それでも全盛期に程遠い。

勝てない。勝てるわけがない。

相手は結社最強の武人。人外へと足を踏み入れた強者。『理』を超えた先にある暴虐へ両の手を掛けている存在だ。

如何に耐え忍ぼうとも突破口は見付からない。

 

「食らいなさい」

 

アルティウムセイバー。

巨大な騎兵槍が横薙ぎに振るわれた。

無理だ。躱せない。防ぐしかない。咄嗟に大剣を地面に突き刺す。剣腹で受け止める。右手を添えた。衝撃が走る。身体が浮いた。地面に足が付かない。吹き飛ぶ。何処か折れる音がした。

そのまま地面を何度も何度も転がる。300アージュほど弾き飛ばされた。声が出ない。激痛から片目を閉じる。漸く止まった。立ち上がろうとする。容赦なく腹部を蹴られた。くの字に折れ曲がる。胃液を吐いた。苦悶に顔が歪んだ。

思わず蹈鞴を踏む。

大剣を持つ手も震えている。

 

「此処まで、ですね」

 

神速の刺突が心臓を狙っている。

完全には避けられない。必ず当たる。

右肩はこれ以上傷を負えない。脇腹からも出血が止まらない。両脚は論外。機敏さを失えば命も無くなる。ならば答えは決まっていた。

差し出す四肢を選択。

無理矢理にでも身体を動かした。

瞬間、左腕が肩の根本から捻じ切られた。

 

「――――」

 

絶叫は一瞬。

噴き出す血を聖女に浴びせる。

動きが止まった。騎兵槍は貫いた姿勢のまま固まっている。此処だ。確信する。好機は一度きり。今を逃せば死あるのみ。挽回する為に失敗は許されない。

激痛を堪えて右腕を振るう。

放てるか。俺の身体が持つのか。

考えても仕方がない。

成し遂げた先に未来がある。

 

「奥義――」

 

洸凰剣。

草原を照らす絶佳の光刃。

放射線に広がる純白の光を纏った大剣。

この一撃で殺す為に。勝負を決する為に。

全身全霊の一撃を鋼の聖女へ振り下ろした。

 

「甘い」

 

静かな声だった。

幻想的で、尚且つ厳しさに溢れていた。

腹部に衝撃が走る。視線を下に向けた。騎兵槍が突き刺さっている。貫通しているな。痛みを感じない。驚きはなかった。どうみても致命傷だったからだ。

鋼の聖女は壮健だった。全身を覆う白い甲冑は赤く染まっている。俺の鮮血で。異様だった。死神にも思える不気味さだった。

兜に一筋の斬傷が見える。

洸凰剣が齎らしたのはそれだけだった。

 

「あはははははは!」

 

笑う。嗤う。呵呵大笑する。

いつまでも哄笑が止まらなかった。

自らの滑稽さが可笑しくて仕方ない。

間違いなく奥義は直撃した。タイミングは完璧だった。手応えも感じた。にも拘らず鋼の聖女へ致命傷を与えられなかった。素顔を隠す兜一つすら割れなかった。

 

「――言い残す事はありますか?」

 

聖女の質問に目を細める。

嗚呼、そうか。一人納得する。

騎兵槍を抜けば絶命するからだ。腹部に風穴が空く。内臓が飛び散る。出血多量。ショック死が妥当な辺りか。助かる見込みはない。再び輪廻の中に舞い戻る。

今回は楽しい輪廻だった。感謝する。

皇女殿下の笑顔を思い出すだけで頑張れる筈だ。

 

「無い」

「では。さらば」

 

騎兵槍が引き抜かれた。

大量の血が草原を紅く濡らす。

内臓が落ちた。ボトリと歪な音が響く。

立っていられない。力が欠落した。崩れ落ちる。膝立ちは三秒だけ保った。草原に吸い込まれていく。俯せで倒れた。目蓋が落ちていく。

 

「せめて女神の元へ」

 

聖女の優しげな声音。

救済の言葉が鼓膜を揺らした。

そんな物は求めていない。

空の女神など信じていない。

実在さえ怪しい女神に祈るぐらいなら、俺は存在Xと存在Yを崇める。次の輪廻でも付き纏うんだろうか。暇な奴らだと嘲笑して、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇女殿下を守護する黒の騎士。

フェア・ヴィルングは壮絶な死を遂げた。

腹部から止め処なく零れる大量の血液。確実に致死量を超えている。左腕を欠損。大腸が顔を覗かせるほど抉れている脇腹。右肩は一度でも大剣を振るえば千切れてしまうに違いない。

万が一生き残ったとしても、戦士として使い物にならない満身創痍ぶり。血に覆われていない場所を探す方が難しい惨状だった。

 

「安らかに眠りなさい」

 

鋼の聖女は頭を振って立ち去る。

ふぅと吐息を漏らした。

奥歯を噛み締める。強く強く。何度でも。

何の罪もない若人を殺害した。一方的に。独善的に。言い訳も聞かず。反論も許さず。一つの目的の為に。黒の騎神『イシュメルガ』を消滅させて愛する男の魂を救済する為に。

彼は特殊な人間だった。

盟主が憐憫の感情を向けるような。

蒼の深淵が自らの計画に組み込むような。

イシュメルガの分体が取り憑いてしまうような。

最早関係ない。催事に過ぎない。

フェア・ヴィルングは絶命したのだから。

 

「そん、な――」

 

 

――――楽しめ、と誰かが賛成した。

 

 

殺気を感知。敵意が背中を貫く。

足を止めた。反射的に騎兵槍を持つ。

振り返る。恐怖という感情を久々に味わった。

そんな。まさか。有り得ない。

フェア・ヴィルングは確実に死んだ筈だ。

この世界は残酷だ。死者は蘇らない。女神の授けた七至宝でも無い限り。焔と大地の至宝は『巨イナル一』として融合している。奇蹟は不可能だ。

ならばコレは何なのか。

黒の騎士は傷一つない姿で立っていた。

大剣を構える姿に疲弊など見当たらない。万全の状態だった。燃え盛る業火を宿した双眸は、まるで聖女の兜を叩き割ると宣言した時のように爛々としている。

 

「先ずはその兜、割らせてもらう!」

「一体、何を――」

 

動揺する鋼の聖女。

久しく浮かべない驚愕の表情。

感情の起伏は隙の大きさに繋がる。

フェアは達人の域へ到達している。勝敗を決する隙など到底見逃さない。畏れず踏み込む。間合いに飛び込んだ。白い大剣に煌々たる光を纏わせ、アルゼイド流の奥義を繰り出す。

奥義、洸凰剣。

充分に洗練された光刃の剣撃。

先程受け流した奥義よりも遥かに強く鋭い。

だが届かない。

槍の聖女リアンヌ・サンドロット。生前から鬼才と称された騎兵槍の使い手。不死者となった後も250年間研鑽した。弛まずに。慢心せずに。絶対的な黒の騎神を討滅する為に。

腰を低く据える。

左手を突き出す。敵との間合いを計る。

右手に力を込めた。柄を握る。貫き通す。

シュトルムランツァー。

一瞬の交錯。錯綜する二人の想い。

大剣は中心から折れている。

騎兵槍はフェアの心臓を抉り取っていた。

 

「――――」

 

フェアが吐血した。前のめりに倒れ込む。

目を見開いたまま死んでいた。

死んでも尚、大剣から手を離していない。どこまでも愚直に。直向きに。勝利を掴む為に。彼が最後の最後まで諦めていなかった証拠である。

勝敗は決した。

同一の人間を二回殺す。初めての体験だった。

だからこそ鋼の聖女は油断などしていなかった。

 

 

――――楽しめ、と誰かが反対した。

 

 

瞬きをした直後、世界が暗転した。

眼前に人がいる。

この手で二度も殺した男がいる。

昏く靭い力を秘めた黒の騎士がいる。

どうして。何故。幻術か。それとも魔法か。

誰もいない。聖女と騎士だけだ。

ならば何が起こっているのか。

どうして復活する。どうして死なない。

 

「先ずはその兜、割らせてもらう!」

 

気合一喝。身体を走らせる。

二回も殺された相手と戦う。本来なら身体が強張るだろう。恐怖の色も浮かび上がる筈。どんなに隠し通そうとしても、根源たる畏怖から何処かに綻びが生じてしまう。

常人なら。戦士なら。人間という種なら。

何もない。表情に憂いなど見当たらなかった。

フェアは戦意に満ちていた。

勝てると。勝ってみせると。

皇女殿下と交わした約束を守る為に。

鋼の聖女から生き延びてみせると豪語していた時のように。先手必勝。反撃の隙を与えない。押し切るのだと。

 

「良いでしょう」

 

同一人物を二度も殺害した。

不死者になる前を考慮しても奇妙な体験だった。

だからどうした。

この程度、軽く乗り越えてみせる。

アリアンロードは意識を切り替えた。

相手はイシュメルガの分体を宿す怨敵。フェア・ヴィルングを殺し尽くさなければ、本命たる黒の騎神にも勝てない。

相手が死なないならば。

死ぬまで殺し続けるだけだ。

覚悟は決めている。

愛する男を救う為に世界を滅ぼす覚悟さえも。

 

「来なさい。何度でも殺してみせましょう」

 

 

 

 

 

 

頭を吹き飛ばした。

 

――――楽しめ、と誰かが奮起した。

 

 

四肢を切断した。

 

――――楽しめ、と誰かが消沈した。

 

 

全身の骨を砕いた。

 

――――楽しめ、と誰かが驚嘆した。

 

 

聖技を繰り出した。

 

――――楽しめ、と誰かが感動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何回殺したのか。

500回まで数えた。

殺し方は全て試し終えた。

脳味噌を念入りに消し飛ばした。四肢をくまなく断裂させた。全身の骨を余す事なく砕いた。生きたまま頭から股まで騎兵槍で貫いた。聖技で存在を抹消した。容赦なく、塵一つ残さずに。

それでもフェアは復活した。傷一つ無い状態で。

いい加減にしろと。もう止めてくれと嘆く。

鋼の聖女は息を荒らげた。肩が激しく上下する。『外の理』で造られた騎兵槍を重く感じた。初めてだった。どうして。どうすれば。この地獄から抜け出せるのか。

フェアは殺される度に強くなった。

緩やかに。穏やかに。さりとて着実に。

最初は数分で殺し終えた。

今は1時間以上掛かる時もある。

明らかに違う。

歪んでいた剣術が徐々に最適化されていく。

フェア・ヴィルングの剣技は最初から底が見えなかった。完璧以上に完成された剣術を、不自然なまでに未熟な身体を用いて形だけでも体現しようとしているようだった。これがもしも完成に至れば。現実が追いつけば。恐るべき担い手になると確信していた。人外へ至る才能を秘めていると。

だから問答無用で殺した。

煌魔城を彷彿させる異次元めいた呪いに、アリアンロードさえ超える剣術が融合すれば手に負えなくなると判断したからだ。

現時点だとどうなっているのか。

膂力は不変のまま。

精神面も変化していない。

飛躍した剣術だけで、鋼の聖女と渡り合い始めていた。

 

「先ずはその兜、割らせてもらう!」

「貴方は何なのですか!」

 

夢なのか。現実なのか。

私は誰だ。敵は誰だ。

今はいつだ。明日は何日だ。

何故戦うのか。何故死なないのか。

意味があるのか。意味が持てるのか。

意識は飛び掛けていた。

それでも反射的に戦闘を続けてしまう。

鋼の聖女には絶対に成し遂げなければならない使命がある。愛する男を助け出すと決意した。共に空の女神の元へ旅立つのだと恋慕した。

晩年のドライケルスが脳裏を過った。

そうだ。忘れるな。

相手が誰だろうと打ち砕く。

敵を見据える。

黒の騎士フェア・ヴィルング。

彼の顔は『無貌』へと転じていた。

 

 

 

――――楽しもうか、と誰かが愉悦に震えた。

 

 

 

何回でも。何千回でも。

終わらない地獄の如き狂乱。

夜は長く。朝は遠く。

時の流れが異常に遅い草原の中で。

黒の騎士と鋼の聖女による『仕合』は永劫に渡って繰り返され続ける。

 

 

 

――――面白い、と誰かが口角を吊り上げた。

 

 

 

 










混沌「イザナミだ」





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