黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十二話  永劫輪廻

 

 

 

 

 

鋼の聖女を直視する。

不可解だ。どうにも解せない。

見るからに疲弊している。

数瞬前まで莫大な覇気を身に纏っていた。全てを断ち切る。遍く貫く。誰よりも強靭で。誰よりも高潔な武人に相応しい威容だった。

正直、見惚れた。心焦がれた。嫉妬した。

にも拘らず。瞬きした直後。飛び込んできた光景に目を細めてしまう。おかしいと。何かが変なのだと。

先ずは覇気が揺らいでいる。

騎兵槍は重そうで。集中も欠けていた。

何年間も戦い続けたように。

終わらない闘争に呆れ果てるように。

好都合だと思った。

彼我の戦力差を顧みる。比べるまでもなく聖女が上だ。圧倒的に。完膚無きまでに。挽回の余地はない。勝てる光景も思い浮かばない。兜を割れたとしても、恐らく数分持たずに殺される確信があった。

だが、今ならわからない。

俺に高潔さなどない。負けなければいい。勝てればいい。誇りは持たない。結果だけを求める。輪廻の先に至るには。本当の意味で死ぬ為には。醜く足掻いてでも成果を掴み取らなければならないのだから。

白い大剣を正眼に構える。

四肢の調子を確認。問題ない。万全だ。

猛毒ガスに侵された肺も既に治っていた。

皇女殿下の願いを叶える。

クレアさんと帝都で再会する。

その為にも此処で鋼の聖女を乗り越える。

 

「先ずはその兜、割らせてもらうぞ!」

 

声高に決意を表明した。

瞬間、脳内に膨大な記憶が流れ込んだ。

殺された。顔面を騎兵槍で掻き回される。

殺された。生きたまま四肢を引き千切られる。

殺された。全ての内臓を丁寧に潰される。

殺された。聖技で跡形もなく斬り刻まれる。

何度も何度も何度も。

多種多様な方法で死を与えられた。

怒りながら。泣きながら。叫びながら。

鋼の聖女は苦しみながら刺突を放っていた。

殺される記憶が延々と脳裏を流れる。

最初は諍えなかった。隔絶した膂力と技術。戦闘を開始して僅か1分で絶命した。決定的な隙を衝いた絶技も簡単に受け止められた。情けない。

復活する。二回目も同じく。復活する。三回目も同じく。変わらない。300回目で突破口を見つける。死ぬまでの時間が伸びた。十数分抵抗できた。それでも死ぬ。死にながら剣技を洗練する。600回目で様々な戦技を受け流せるようになった。それでも殺される。殺されながら聖技の弱点を見つける。900回目で渾身の聖技を相殺できるようになった。

そして前回の1225回目。

1時間以上戦闘を続けるまで成長した。中途半端だったヴァンダール流とアルゼイド流を研鑽し終えた。独立した二つの流派を俺なりに統合したのだ。膂力は変わらない。剣術だけを鍛錬した。鋼の聖女に勝てなくとも負けないだけの剣技を修得した。

 

「貴女は、自覚しているのか?」

 

今回の輪廻は何処かおかしい。

やり直す時期が変わったと思えない。目覚めた時の感覚が異なる。死ぬ時の記憶を頭に直接ぶち込まれる事など無かった。

恐らく簡易的な輪廻だと思う。

存在Xの仕業か。それともイシュメルガという奴か。どちらにしても感謝しよう。こうして経験値を積めた。殺される事は慣れているから問題ない。

 

「繰り返されていると自覚しているのか?」

 

答えはわかり切っていた。

それでも尋ねた。初めて訊いた。

確信があったのだ。

もう直ぐこの地獄は終わりを告げる。

永劫に続くと思われた仕合は終了するのだと。

 

「貴方こそ、わかっているのですか?」

 

終わらない輪廻。

極限まで諦観した声音。

聴き慣れている。

俺自身が最も口にしている声質だった。

 

「今は1226回目だ」

「嘘はやめなさい。全て記憶しているとでも?」

 

馬鹿にされた。

ハッと鼻で笑われた。

苛立ったのか。訂正しろと騎兵槍を突き付ける。

余裕が無い。疲れている。

聖女然とした雰囲気は消えていた。

 

「この程度、とうの昔に慣れている」

 

終わりの見えない輪廻。何も変わり映えしない2年。絶望したまま自殺する瞬間。覚醒してから鍛え直す時の無力感。

誰からも賛同を得ず。誰からも理解されない。

それと比べれば優しいと思う。個人的にはだけども。

トリガーとなる台詞を口にする。殺される記憶を叩き込まれる。聖女と戦う。死ぬ。復活する。トリガーとなる台詞を吐く。殺される記憶を打ち込まれる。同じ事の繰り返しだが、目標を持って戦えばいいだけだ。反省できる。終わりが見える。

 

「悍ましいですね」

 

当然だと言い切った俺を見て、鋼の聖女は心の底から気味悪そうに吐き捨てた。声が異常に低い。

兜の下で眉をひそめていることだろう。見なくてもわかる。

 

「知っているとも。誰よりもな」

「イシュメルガよりも」

「記憶にある。貴女の仇敵だったか」

「本当に覚えているのですね」

 

829回目だった。

聖女の放った絶叫と慟哭。

黒の騎神『イシュメルガ』への憎悪。

獅子心皇帝『ドライケルス』への愛慕。

俺の腹部を滅多刺しにしながら泣いていた。

 

「ありがとう、鋼の聖女」

「――――」

 

頭を下げる。感謝だ。

本気だ。嫌味ではない。

強くなれた。研鑽できた。

これなら黄金の羅刹と生身で斬り結べる。機甲兵の技量だけでなく。心身に刻み込まれた剣技で勝負できる。ルーレ市解放に自信が出来た。

しかし鋼の聖女は本気で受け取らなかった。

騎兵槍を片手に。淀んだ覇気を無理矢理奮い立たして。それでも最初と同じ鋭さで。一撃必殺の刺突を繰り出した。

見える。悠々と捉える。

大剣を振り上げる。弾き返さずに軽く遇らった。

身体能力は変わらず劣っている。弾き返してしまえば隙が生まれる。瞬間、解き放たれる騎兵槍。四肢を犠牲に躱しても最終的に殺される未来を辿る。

だから受け流す。

何度でも。幾度でも。

鋼の聖女が隙を見せるまで。致命的な瞬間を見せるまで。

一合が重い。少しずつ手足が痺れていく。

絶技を放ちたくなる。勝負を決したくなる。

鋼の聖女は限界だ。可哀想だ。早く輪廻を終わらせてやりたい。殺された。痛め付けられた。些細な事だ。鍛錬に付き合って貰ったと思えば、むしろ好感が持てる。

 

「――――ッ!」

 

1226回目の仕合。

時間にして58分が経過した。

先に痺れを切らしたのは鋼の聖女だった。

全ての戦技を相殺された。

どんなフェイントにも引っ掛からなかった。

終わらない。泥沼だ。

勝負を決めるのは互いの絶技だと察した。

 

聖技――グランドクロス。

絶技――覇皇剣。

 

闇夜の草原に轟音が響いた。

永劫に閉じ込められた時の結界。

鋼の聖女に地獄を見せた夜の帳は漸く明けた。

 

「あ――」

 

兜が割れた。

1226回目にして漸く素顔を見た。

綺麗だった。美麗だった。端麗だった。

見たことがある。数多の絵画に描かれている。

槍の聖女リアンヌ・サンドロット。獅子戦役に於いて、獅子心皇帝と戦場を駆け抜けた伯爵家の娘だ。もしかしたらと思った。獅子心皇帝への愛慕を聞いて、まさかなと邪推した。

疑問はある。どうして生きているのか。

槍の聖女は250年前に死んでいる筈だ。

 

「やはりな。リアンヌ・サンドロットか」

 

鋼の聖女は否定しなかった。

肯定もせずに驚愕したまま固まっている。

騎兵槍を落とした。膝から崩れ落ちる。

仇敵を前にした武人と思えない醜態だった。

 

 

「まさかこうなるとはね」

 

 

何度も聞いた甲高い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わったのだと分かった。

根拠などない。証拠などない。だが理解した。

砕かれた兜。斬痕が刻まれた甲冑。

凄まじい絶技だった。素直に称賛する。聖技の隙間を縫うようにして繰り出された剣技。初めて見た。洸凰剣ではない。破邪顕正でもない。二つの奥義を融合して。研鑽に次ぐ研鑽から昇華して。完全に己の物とした絶技に聖女の目は奪われた。

 

「まさかこうなるとはね」

 

空間の割れる音。

視線を上に向ける。

見慣れた姿。数日振りだ。

しかし『久し振り』に見たと考えてしまった。

執行者No.0。

盟主に代わる計画の見届け役。

道化師カンパネルラが優雅に一礼した。

 

「『今回は』初めましてかな。僕の名前は――」

「カンパネルラだろ。挨拶は不要だ」

「まさか独りで聖女殿の兜を叩き割るとはねぇ」

「見ていたのか」

「勿論」

「相変わらず性格の悪い」

「君にだけは言われたくないんだけどな」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ」

 

古くからの知り合いなのか。

道化師も輪廻に囚われた事があるのか。

唐突に変化した現状に付いていけない。何度も頭を振る。落ち着け。意識を切り替えろ。地獄は終わった。悪夢は醒めた。リアンヌ・サンドロットから鋼のアリアンロードに成り代われ。

 

「カンパネルラ、彼と知り合いなのですか?」

 

呼吸を整える。

聖女の横に移動した道化師へ訊いた。

カンパネルラは苦笑しながら頬を掻いた。

 

「昔ね。いや、未来なのかな」

「早く消えろ。お前は嫌いなんだ」

 

言葉の節々から感じられる嫌悪の棘。

フェアは柄を握り直した。本気で嫌っている。

 

「酷いなぁ」

「黙れ」

「君の数少ない理解者なのに」

「これ以上囀るようなら斬るぞ」

「冗談も通じなくなってるね」

「道化師と真面目に話すと思うのか?」

「それもそうだね。一本取られちゃったかぁ」

 

楽しそうに哄笑する道化師。

片や、眉間に皺を寄せる黒の騎士。

対照的な二人の姿に変な違和感を覚えた。

何かが違う。

何処かが異なる。

姿形か。力量か。雰囲気か。

判別できない。判断できない。

カンパネルラが苦笑しながら提案した。

 

「それじゃあ帰ろうか、聖女殿」

「――私は」

「盟主から頼まれたんだよ。君を連れて帰れと」

 

有無を言わさない強い口調だった。

反論は許さない。拒否も不可能。命令を聞け。

鋼の聖女は危惧した。

黒の騎士は危険だ。想像以上に。何倍も。何十倍も危ない存在だと気付いた。彼は世界を滅ぼす。イシュメルガの分体と関係なく。濃縮された呪いとも無関係に。何か別の存在に導かれて。世界を滅ぼし得る厄災に成り果てる。

だとしても。

ループが再び発生したら。

今度こそ地獄から抜け出せなくなったら。

幾ら鋼の聖女と云えども逡巡してしまった。

その弱さを突かれた。

盟主が望まれているなら見逃すのも仕方ないと。

 

「わかりました」

 

本調子のアリアンロードなら。

繰り返される地獄を経験してなかったなら。

彼女は躊躇しなかった。迷わなかった。尻込みしなかった。盟主の制止だとしても。此処で殺す事が最善と信じて得物を構えたに違いない。

弱々しく首肯したアリアンロードは転移の術を起動した。指定した場所はルーレ市の近く。ザクセン鉄鉱山の麓に跳んだ。

風景が変わる。草原から山肌へ。

漸く一息つけた。

甲冑の下が汗で濡れている。

冷や汗か。脂汗か。どちらもだと嘆息した。

幻惑の炎が渦を作った。

中心に立つ道化師はやれやれと肩を竦める。

 

「災難だったね。時間にして3週間ぐらいかな」

「何故、知っているのですか?」

「貴女らしくないね。最初に訊きたいことはそれなのかい?」

 

挑発めいた台詞。

道化師は笑みを崩さない。

余裕な表情が酷く癇に障った。

 

「彼は、何なのですか?」

 

カンパネルラは首を横に振った。

 

「ボクも知らないよ」

「ふざけるのも!」

「詳しく知らないんだ。フェア・ヴィルングに纏わり付く闇も。彼がどうして闇に見初められたのかも」

「では――アレは何だったのですか?」

 

身体が震える。手足が重い。

思い出すだけで。考えてしまうだけで。

二度と体験したくない。

次は無事に地獄を切り抜けられるか不明だった。

 

「彼に纏わり付く闇、その力だよ」

「『巨イナル一』とはそれ程までに?」

 

焔と大地の至宝が融合した存在。

エレボニア帝国に呪いを齎す絶対的な力。

魔女と地精が協力しても封印できなかった。

それらを考慮すれば有り得るのだろうか。死んだ人間を復活させる。一瞬で。何度も。記憶すら保持させて。零の至宝が施した奇蹟を何の脈絡もなく。人間の考えを遥かに超える力だと思った。

カンパネルラは昏い笑みを浮かべた。

違うよ。全然違うと嘲笑した。

 

「巨イナル一でも、イシュメルガに因る力でもない。盟主でも見通せない『外なる神』が齎した永劫回帰の一種さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖女は転移した。

青白い顔で。今にも倒れそうだった。

カンパネルラは止めなかった。

彼女に必要なのは休眠だとわかったから。

 

「盟主も酷な事をするなぁ」

 

外なる神が干渉する。

鋼の聖女に興味を持つ。

二つが組み合わさればどうなるのか。

盟主には視えていた筈だ。

それでもアリアンロードを止めなかった。

 

「まぁ、いいか」

 

北東へ一礼。

誰も聞いていないと知りながら布告した。

 

 

 

「これより盟主の代理として、永劫輪廻の見届けを開始する」

 

 

 

 

 

 

 








聖女「もうやだぁ」




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