黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十三話  鋼都戦線

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1204年12月18日。

第三機甲師団は鋼都ルーレを奪還した。

黒の騎士と黄金の羅刹による壮絶な一騎討ち。対機甲兵用戦術を駆使した包囲殲滅陣。双頭竜の陣を防ごうとする精鋭が駆る数多の機甲兵たち。熾烈を極めたルーレ市郊外の戦は2日に渡って繰り広げられた。

互角の様相を見せていた正規軍と領邦軍。千日手になるかと思われた矢先、ルーレ市内部にて激震が走った。政変が起きたのだ。

父親に反旗を翻したアンゼリカ・ログナー。四大名門の息女がトールズ士官学院の有志たちを引き連れ、RF社を私的運用するハイデル・ログナーに宣戦布告。帝国貴族らしからぬ伯父を糾弾。更にザクセン鉄鉱山にて幽閉されていたイリーナ・ラインフォルトを助け出す。不埒者を叩き出す事でRFの会長職に復帰させた。

北と南から挟撃される危険性。消耗する武器弾薬と機甲兵。黄金の羅刹を圧倒してくる黒の騎士。

意気軒昂だったオーレリア・ルグィンも即断即決で撤退を決意する。ルーレ市から黒竜関へ。ログナー侯爵率いるノルティア領邦軍と共に防衛線を確立しようとした。

重兵装機甲兵たるヘクトル。

超巨大機甲兵たるゴライアス。

最新鋭の機甲兵を戦術に組み込んだと聞く。

 

「お久し振りです、フェアさん」

 

ルーレ空港に至る石畳の橋。その手摺りに寄り掛かる黒い外套の男に、リィン・シュバルツァーは手を差し出した。

妖しい風貌の男。齢20。艶やかな黒髪。襟足に白い部分が混じっている。群青色の双眸は底無し沼の如く濁り、お世辞にも生気を感じられるとは表現できなかった。

フェア・ヴィルング。アルフィン皇女殿下を守護する黒の騎士。先日行われた戦では、オーレリアが操縦する黄金の機甲兵を跪かせた一幕もあったらしい。

常勝不敗の軍神に敗北を与えた。尋常ならない相手だ。アルゼイド流とヴァンダール流を極めているとも聞く。

こうして相対するだけで圧倒されてしまう。深海の如き重厚な覇気に呑まれそうになる。20日前とは別人だった。達人の域だった力量が恐ろしいまでに跳ね上がっていた。

何があったのか。どうしてこうなったのか。

 

「久しいな。壮健そうで何よりだよ」

 

フェア・ヴィルングが首肯する。

手を取った。悠然と握手を交わす。

剣士の手だと思った。

今までの誰よりも堅い掌だった。

下手すれば八葉一刀流開祖であるユン老師にも届きそうな。

 

「フェアさんこそ」

「パンタグリュエルに囚われたと聞いたぞ」

 

心配そうに確認するフェア。

黒の騎士は情報を仕入れるのも早い。

特科クラスが再集結を果たした翌日。温泉郷ユミルは襲撃された。カイエン公爵の出した条件に同意したリィンは、貴族連合軍旗艦パンタグリュエルに自ら飛び立った。

正規軍に与したとされるアルフィンに対する切り札として、エリゼ・シュバルツァーを拉致していたのは予想外だったけれど。怒り狂ったリィンはカイエン公爵の勧誘を拒否。兄妹で決死の逃避行。『鬼』の力を制御した挙句、クロウとの一騎討ちに勝利。救出に来てくれた紅い翼に乗り移り、見事に敵陣から離脱するという一大冒険を成し遂げたのだ。

 

「2日ほどです」

「大丈夫だったのか?」

「手荒い扱いは受けませんでしたよ」

 

実際、丁重に扱われた。

牢屋に入れられる事もなく。手足を拘束される訳でもない。貴族派に協力する武人たちと会話も許された。実りある2日間とも云えよう。

それはそれとして。

エリゼを拉致したカイエン公爵は許せないが。

 

「心配していたんだ」

 

フェアが胸を撫で下ろした。

無理するなよと肩を叩かれる。

どこまでも温かい声音だった。

自らの身をひたすらに案じてくれている。

良い人だと思う。皇女殿下を惑わしたと侮蔑する声も存在するが、正規軍に与すると決めたのは他ならぬアルフィン本人。ルーレ市が早期に落ち着いたのも皇女殿下の御威光があったからこそだ。

 

「俺も聞きましたよ。黒の騎士、その勇名さを」

 

照れ隠しのように話題を変える。

面映いらしい。フェアは頬を人差し指で掻いた。

 

「アルフィン殿下からかな?」

「正確には殿下から聞かされたエリゼからでしょうか」

「恥ずかしい話だ」

「皇女殿下は我が事のように喜んでいたと」

「オーレリア将軍を討ち取れなかった。黒竜関にも防衛線を敷かれてしまった。俺としては芳しい結果ではない。本来なら黒竜関も一気に抜く筈だったんだ」

 

黒の騎士は舌打ちした。

忌々しく。歯痒そうに。

心底から悔しがっていた。

鉄道憲兵隊による尽力で立て直された第四機甲師団が双龍橋を抑えた。第三機甲師団が鋼都ルーレを奪還。帝国東部の戦況は一変した。貴族連合軍の優勢は脆くも砕け散る。勝敗の天秤は正規軍に傾いた。

一番の立役者は間違いなく黒の騎士である。

オーレリアという怪物を剣術で圧倒。アンゼリカと結託する事でルーレ市に混乱を生じさせた。追撃時にも先頭をひた走り、殿を務める羅刹を単機で押し留めた。領邦軍の被害を拡大させるという戦功を積み上げている。

そんな武人が現状を最も納得していない。皮肉な話だ。

 

「第三師団はこのまま南下すると?」

「2日ほど間を開ける予定だ」

「整備と補充ですか」

「整備班には申し訳ないと思うよ」

 

内戦が始まってから碌に整備されなかった主力戦車群。装甲車も同じく。ゼンダー門からも運び込まれた無数の機甲兵機を全て整備調整するとなれば、RF社の技術者を総動員した所で徹夜は確定だろう。

いずれにしても。

第三機甲師団は一休みを取る。

ルーレ市に2日ほど滞在するとわかった。

 

「そう、ですか」

 

歯切れ悪く答えるリィン。

フェアは苦笑した。

困った奴だと目を細めて、優しく名前を呼ぶ。

 

「リィン」

「はい」

「君たちが正規軍に味方する必要などない」

「聞いていましたか」

「オリヴァルト殿下からな」

「――――」

 

高速巡洋艦カレイジャス。

皇族専用艦であり、紅い翼という異名を持つ。

オリヴァルト皇子から譲り受けた希望の象徴。

帝国東部にて巡航。内戦に疲弊する民草を鎮撫する。正規軍でもなく、領邦軍でもなく。中立であるからこそ可能な『何か』を見極める為に活動する。トールズ士官学院の学生と灰の騎神を有するカレイジャスなら、必ずや何かを成し遂げられるだろうとお墨付きを頂いた。

アルスターを救った。手配魔獣を滅した。幻獣も討伐した。困っている人々を助けた。それでも。どんなに精力的に動いたとしても。戦争という業火は、内戦という火種は容赦無く燃え広がっていく。

そんな中、アルフィン皇女殿下が立ち上がった。

正式に第三機甲師団の旗頭となったのである。貴族連合を震わす悲報であり、正規軍を鼓舞する朗報として帝国全土を揺るがした。

一抹ながら不安が募った。

俺たちも皇女殿下と足並みを揃えなくても良いのかと。正規軍に味方して、カレル離宮に幽閉されている皇族方を救い出さなくていいのかと。

カレイジャスなら出来る。灰の騎神を扱えば可能だ。アイゼンガルド連峰にて1ヶ月間も魔獣から護ってもらった恩を加味しても、此処で第三機甲師団と同調すべきではないのかと。

リィンの思惑を読み取ったのだろう。フェアは静かに頭を振った。

 

「灰の騎神が正規軍に味方してしまえば、カイエン公を必要以上に苛立たせてしまう。あの方には堪え性がない。ルーレ市を奪還した直後なら尚更だ。火に油を注ぐ結果になる」

「――セドリック皇太子を利用なされると?」

「既に皇族の方々をカレル離宮に幽閉しているのだ。充分に有り得る。不敬な話だ。そして悍ましい限りだ」

 

エリゼから聞いた。

皇女殿下が自ら立ち上がったのは、セドリック皇太子殿下を救う為なのだと。泥沼の内戦に陥ってしまえば貴族連合軍は皇族を担ぎ上げる。痺れを切らして。未来の皇帝に内定しているセドリックを。そうなる前に助け出す。双子の姉として。家族として。

カイエン公爵と対面した今、リィンも有り得ない未来だと断言しない。充分に考えられる。クロワール・ド・カイエンならやりかねない。カイエン公爵から皇族への敬愛を一切感じられなかった。

 

「それでも君と灰の騎神、カレイジャスも味方になってもらえば相当な戦力になる。アルフィン殿下も安堵するだろうな」

「はい」

「だが君たちは『第三の道』へ行くと決めたのだろう。一度決めた事は必ずやり遂げる事だ。そうすれば道を切り開ける」

 

実感の篭った声だった。

彼自身が『何か』をやり遂げている最中なのだろうか。道を切り開こうとしているのだろうか。

知らない。わからない。心当たりがない。

フェア・ヴィルングには秘密が多すぎるのだ。

 

「ありがとうございます」

 

リィンは強く頷いた。そして頭を下げる。

迷いは晴れない。

超常たる力に選ばれた畏れが消える事もない。

それでも。いつまでも迷う訳にいかない。

そんなもので立ち止まるなんて自分自身が許せないと。フェアも何かに諍っているのなら。足掻いているのなら。一度決めたことを、迷わずに、歩き続ける事こそが恩返しになるのだと。

 

「良い顔だ。エリゼ嬢も安心するだろう」

 

どうやらエリゼにも心配されていたらしい。

カレイジャスにて通信士を務める最愛の妹を思い浮かべる。後で謝ろうと思った。妹を不安にさせるなど兄として失格だろうから。

 

「俺に、何か出来ることはありますか?」

 

またも借りができてしまった。

返さなければ。

利息と負債で潰れてしまいかねない。

クロウ・アームブラストから50ミラを返して貰う前に、リィンは自らの借金をチャラにしようと思い、フェア・ヴィルングに軽い気持ちで問い掛けた。

フェアは顎に手を当て、そうだなぁと呟いた。

 

「なら一つ、頼み事がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物々しい雰囲気に包まれる黒竜関。

ルーレ攻防戦から一日が経った。

オーレリア・ルグィンは寝る暇も惜しんで部隊の再編を急いでいた。貴族連合軍総司令官という立場から他に決済しなければならない案件があるにも拘らず。

誰も止めない。誰も非難しない。

わかっているのだ。此処が正念場だと。

東部戦線は崩壊寸前だ。鋼都ルーレだけでなく、双龍橋も失った。この状況で黒竜関を失陥する訳にいかない。黒竜関という要衝で第三機甲師団と黒の騎士を止める。あの勢いを防がなければ貴族連合軍は瓦解してしまうに違いない。

だからこそ。誰もが走り回っていた。

機甲兵の整備、武器弾薬の補充、兵糧の管理、戦意の維持。上はログナー侯爵から、下は一兵卒まで一つの目的に邁進していた。

そんな中、オーレリアは限界を迎えた。

疲弊した訳ではない。

諦念した訳ではない。

ひたすらに身体が疼いた。

自らを慰めても。統制しようとしても。

心の奥で爆発しそうな衝動から叫びそうになる。

 

「閣下、どちらへ?」

 

執務机から立ち上がる。

勢いよく。椅子を薙ぎ倒して。

隣に控える副官が眉をひそめていた。

 

「気にするな。散歩だ」

 

安心しろと告げる。

護衛を付けなければと進言する副官に、私より強いのであれば護衛させてやると一蹴。絶句した部下を無視して、オーレリアは足早に執務室から立ち去った。

すれ違う兵士達が怪訝そうに見てくる。視線を投げ掛けるだけで何も訊いてこない。オーレリアから漏れ出る黄金色の戦気が、彼女よりも弱い人物を萎縮させてしまうからだ。

誰にも邪魔されずに黒竜関から離れた。

北へ向けて。ノルティア街道を歩く。

右手に真紅の宝剣を携えながら。

目に映る魔獣たちを駆逐しながら。

 

「足りない」

 

地に伏す数多の魔獣。

鼻腔をつく臓物の異臭。

鮮血に彩られた街道の節々。

地獄絵図の中でオーレリアは呟いた。

 

「足りない」

 

刃を振るっても。

技を繰り出しても。

狂気に身を落としても。

昨日味わった興奮を超えることなどない。

 

「足りないぞ!」

 

圧倒された。

薙ぎ払われた。

無様に大地を転がった。

体勢を立て直しても。目を凝らしても。

黒の騎士は全てを凌駕した。

アルゼイド流でも、ヴァンダール流でもない。

水と油。焔と氷。

相反する二つを融合させていた。

全く新しい剣技へと昇華していた。

 

「足りないぞ、黒の騎士!」

 

羅刹は本気だった。

全力で戦技を放った。王技を解いた。

手加減も。油断も。慢心すらしていない。

なのに届かなかった。軽く受け流された。反撃された。地面に背中を付けたのは初めてだった。

そう。初めてだったのだ。

此処まで敗北感を味わったのは。

片手間にあしらわれる感覚。どんな術を講じても届かないと錯覚する絶望的な戦力差。

生まれてきて。生きてきて。

此処まで誰かに恋い焦がれたのは初めてだった。

 

「早く来い」

 

暴虐を繰り返す。

手当たり次第に。自慰をするように。

目に付く魔獣を殲滅していく。

夜風に散る血飛沫は蝶のようで。朱を闇夜にくっきりと浮かび上がらせている。濃厚な血の臭いは視界すら赤く染めようとしていた。

 

「ふふふ」

 

妖しげに笑う。

こればかりはどうしようもできない。

興奮と。高揚と。

身を焦がす恋心を声音に乗せて笑い出した。

 

 

「あはははははは!!」

 

 

満点の星空。

血臭に包まれる静寂の街道。

宝剣を片手に。仁王立ちで。いつまでも。玲瓏な女性が哄笑し続けていた。

 

 

 








領邦軍兵士「……閣下、怖い(ブルブル)」





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