黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十四話  騎士選択

 

 

 

 

鋼都戦線は佳境を迎えた。

ルーレ市を解放。ザクセン鉄鉱山の奪還。RF社への協力要請。カレイジャスの中立確保。灰の騎神と模擬戦。リィン・シュバルツァーの戦力分析まで終わった。

残す処は二つだけである。

一つはアンゼリカとの契約。即ち親子喧嘩で。

一つは黒竜関の陥落。即ち帝都までの安全確保だ。

俺は首を捻る。具体策が思い浮かばない。

一つずつなら問題ない案件だった。さりとて二つを同時に行うとなると難しくなる。

正直に思う。アンゼリカ・ログナーの我儘を無視したいと。親子喧嘩なんて内戦が終わってからやって欲しい。戦争中に行う事ではない。ログナー親子にどんな事情があるとしても。親子喧嘩に付き合うからルーレ市内部を混乱させてくれという契約を交わしていたとしても。

ログナー侯爵家。四大名門の本邸らしき大豪邸。その談話室。緑色を基調とした高級そうなソファーが二つ、木目調の黒いテーブルを挟んで左右対象に置かれている。

扉から見て左側にゼクス将軍とアンゼリカが腰掛けており、右側に皇女殿下と俺が着席していた。

今後の事について話し合う。

ゼクス将軍の呼び掛けに応えた四人。

当事者であり、責任者であり、部外者であった。

 

「不満そうだな、フェア・ヴィルング」

 

アンゼリカが鋭く睨む。

気配を読まれたか。

東方武術を習っていると聞く。

 

「誤解です、ログナー様」

「本当かい?」

「はい」

「親子喧嘩なんてしてる場合かとでも考えているんだろう」

「――――」

 

内心で首肯する。

第三機甲師団の戦力は格段に上昇した。満足に動かせる主力戦車は四倍以上に増加。俊敏性に定評のある装甲車には対機甲兵用装備を載せた。

更にシュピーゲルを接収。俺の乗機に。ドラッケンよりも出力と反応速度が格段に上昇している上位機甲兵。ようやく身体に馴染んだ。これでオーレリアとも決着を付けられる。生身での斬り合いならいざ知らず、機甲兵を用いた戦闘なら俺が有利だ。

黒竜関は要衝中の要衝。

それでも現状の戦力なら問題ない。

ゴライアスは脅威だが、初期ロットだと致命的な弱点を宿している。ヘクトルも長期戦に向いていない機体だ。問題はオーレリアのみである。

俺など及びも付かない大天才。聳え立つ壁を縦横無尽に破壊しながら突き進む開拓者。戦闘の最中に進化する人外擬き。何かやらかしそうで怖い。

これだからオーレリア・ルグィンは嫌いなんだ。

 

「喧嘩腰なのはやめたまえ」

「申し訳ありません」

「悪かったね」

 

白々しい謝罪だった。

感情なんて一切篭っていない。

ゼクス将軍がやれやれと額に手を当てる。

俺が折れるべきなのだろう。胸襟を開くべきなのだろう。譲れと。大人げないと。先日、ゼクス将軍に戒められた。

だが先に喧嘩を売ったのはアンゼリカだ。

皇女殿下に対する非礼を訴えると、露骨に敵対してきた。曰く胡散臭いと。信用できないと。皇女殿下の傍に相応しくないと。

今更な話だ。俺が最も認識している。

エレボニア帝国を二分する内戦が無事に終結すれば。皇族の方々に平穏が訪れれば。俺のような妖しい人間は必要なくなる。

だとしても、今は激動の情勢下にある。

フェア・ヴィルングが唆した。巻き込んでしまった。だからこそ皇女殿下を守護する義務が存在する。否が応でも傍にいなければならない。

矛盾点を突かれたのだ。

自覚しているからこそ腹立たしかった。

 

「フェア、教えて」

 

隣から服を引っ張られた。

皇女殿下が不安そうに首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

鋭利な雰囲気を霧散させる。

穏やかでない心境とは裏腹に優しく尋ねた。

 

「黒竜関を陥すのは難しいのかしら?」

「現時点なら難しくありません」

 

答えるべきは此処まで。

俺は只の客将。正規の軍人ではない。第三機甲師団の誰一人として動かせる権限を持たない。そもそも論として、この場にいることだけでも場違いに過ぎる。実際、皇女殿下の威光を笠に着ていると揶揄する声もあるぐらいだ。

チラリと中将閣下に目配せする。

ゼクス将軍はわざとらしく咳払いした。

 

「フェアの申した通りです。現時点なら難しくありませぬ。黄金の羅刹を食い止め、黒竜関を全壊する気概で攻め込めば一両日中に陥落させる事ができましょう」

「ええと。ならどうして?」

「アルフィン殿下、此処からは私がお答えさせて貰います」

 

アンゼリカが割り込んだ。

曰く父親と決着を付けるために行動してきた。正規軍に味方したのも、ログナー侯爵と一騎討ちさせるという契約を交わしたから。

黒竜関を陥落させてからでも特に問題ない筈。現に俺とゼクス将軍はそう考えていた。だから了承した。ルーレ市で政変が起きれば、攻防戦も早期に決着するとわかっていたから。

問題はルーレ攻防戦の後だった。改めて話し合った時、互いの認識に齟齬があると気付いた。

アンゼリカは憤慨していた。ログナー侯爵に打ち勝ち、己の手で黒竜関を陥すのだと。ノルティア州を統括するログナー侯爵家の娘として。

 

「確かに正規軍だけでも黒竜関を陥落させられるでしょう。しかし、私は自らの手で父の目を覚まさせてやりたいのです」

 

グッと右手を握り締めるアンゼリカ。

皇女殿下は少しばかり思慮の海に潜った後、全員の目を見ながら提案した。

 

「ログナー侯と決着を付けた後、改めて黒竜関へ攻め込むというのはどうでしょう。それにアンゼリカさんが勝てば、ログナー侯も降伏してくださるかもしれません」

「確かにその可能性は否定できませぬ。ログナー侯は武闘派として有名です。皇族への忠誠心も高いものかと。しかし、危惧すべき点はそこではありませぬ」

 

ゼクス将軍が静かに否定した。

アンゼリカとログナー侯爵による一騎討ち。必然的に二人の周囲は空白地帯となる。ノルティア州領邦軍だけなら一枚岩だ。ログナー侯爵の威光も充分通じると考えていい。

さりとて今はオーレリア・ルグィン率いるラマール州領邦軍も存在する。

負け戦の後だ。気が立っているだろう。

好都合だと。仲間の仇だと。飛んで火にいる夏の虫だと。

戦闘に集中するアンゼリカへ横槍を仕掛けてくる可能性を考慮しなければならない。

不運なことに『ゴライアス』も配備されている。アレの面制圧攻撃なら助けに入る前に周辺は更地となってしまう。

 

「アンゼリカ殿が殺されてしまえば、第三機甲師団にも少なからず動揺が走るでしょう。オーレリア将軍がその隙を見逃すとも思えませぬ」

「殺されなければいいだけだろう?」

 

アンゼリカは怫然とした表情で言い返した。

ラマール州領邦軍が暴発する。可能性として一割にも満たない。オーレリア・ルグィン直属の精鋭なら尚更である。

俺とゼクス将軍の危惧は無意味かもしれない。

――だが。

以前の輪廻で聞いた。

この時期、黒竜関にはテロリストがいると。

 

「黒竜関には帝国解放戦線の幹部がいるとも聞いています。何を仕出かしても不思議ではありません」

「テロリスト如きに私が遅れを取るとでも?」

「万が一の可能性も有りましょう」

「無いな。テロリストによる横槍が入ったとしても、不都合な攻撃に晒されようとも勝ってみせるさ」

「信用できませんね」

 

淡々と吐き捨てる。

例え『泰斗流』を身に付けていても。トールズ士官学院で強勢を誇ったとしても。幼い頃に仲良くしていたトワ・ハーシェルの同級生だとしても。

この情勢下では信頼に値しない。

 

「ほう。よく口が回るじゃないか」

 

アンゼリカの口許が痙攣している。

こめかみには青筋すら浮かんでいた。

どうやら平常の許容範囲を超えたらしい。

 

「妥当な判断かと」

「君みたいな男でも『信用』という言葉を知っていたとはね」

「信頼という言葉も知っていますよ」

「下らないな。馬鹿にしているのかい」

「ログナー様こそ」

 

アンゼリカは強いと思う。

ログナー侯爵家に属する者としての責任と覚悟を抱きつつ、それでも奔放さを忘れない気高い女性であると認めている。トワ・ハーシェルの親友でもある。性根の優しい女性なのだろう。

だからこそルーレ市に留まって欲しい。これ以上は戦場に来てもらいたくない。アンゼリカに死なれたら面倒な事この上ないからだ。

 

「契約を反故にするつもりか?」

「時期は定めていませんでしたね。黒竜関を攻め落とした後に好きなだけ親子喧嘩されればよいかと」

「よく言った。表に出てもらおうか?」

「構いませんよ。ところで、表とは何処です?」

「――――」

 

アンゼリカは歯軋りした。

パキパキと。指の骨が部屋中に響く。

どうも地雷を踏み抜いたようだ。

目が血走っている。

首根っこを掴まれた。

抗議するも無理矢理連れて行かれる。

嗚呼、長くなりそうだな。

どこか機嫌の悪そうな皇女殿下の視線に晒されながら。どこか諦めたように首を振るゼクス将軍のため息に謝罪しながら。俺はログナー侯爵家の屋敷を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1204年12月20日。

貴族連合軍が放棄した鋼都は一定の秩序を取り戻した。イリーナ・ラインフォルトがRF会長職に復帰した事。帝国の至宝とログナー侯爵家の息女が健在である事。貴族派の行いに眉をひそめる市民が多かった事。様々な理由はあれど、予想されていた混乱は2日も掛からず劇的に収束した。

 

「ねぇ、フェア」

 

ログナー侯爵家の大豪邸。

アンゼリカ・ログナーの計らいから、アルフィンには屋敷の一角が割り当てられた。メイドによって手入れの行き届いた部屋には高級そうな調度品が複数飾られている。塵一つ落ちていない。導力駆動による室温調節も完璧であった。

アルフィンは窓ガラスから外を眺める。

夜天は雲に覆われていた。

微かな月明かりが仄かに地上を照らす。

寂しいなと思った。

まるで未来を暗示しているようだと感じた。

 

「どうされましたか?」

 

背後から声が聞こえた。怪訝そうな声音だ。

部屋に呼び出されたことも不可解なのだろう。

時刻は午後21時。恋人でもない女性の部屋に上がるとしたら不適切な時間帯だ。更に相手はエレボニア帝国の皇女。不敬罪として首を刎ねられてもおかしくない。

勿論、アルフィンはそんな事しないけれども。

 

「アンゼリカさんには親子喧嘩を諦めてもらったと聞いたわ」

 

結果として。

黒竜関に攻め込む段取りは決められた。

出陣は3日後。中心は第三機甲師団。目標は黒竜関の突破。作戦日数は長くて2日。それ以上は兵站に問題が出てしまうらしい。帝都ヘイムダルにまで攻め込むのだ。武器弾薬の無駄遣いは出来ない。

本来なら出陣は2日後だった。

第四機甲師団から打診が有ったらしい。あちらはオーロックス砦を攻略して、翡翠の公都バリアハートを制圧する予定なのだと。同時に侵攻することで貴族連合軍の動揺を誘うと。結果的に損害少なく目標を攻略できるだろうと。

 

「ええ。黒竜関を陥落させた後に親子喧嘩してもらいます。契約を反故にするようで心苦しさはありますが、さりとて致し方ないことかと」

「フェアが3時間も付き合ったお蔭なのかしら?」

「100回ほど投げ飛ばさせて貰いました」

「あらあら」

 

思わず振り返る。

フェアは涼しい顔で続けた。

 

「中々の功夫でした。ログナー侯爵にも勝てるでしょう。しかし万が一を考慮するなら、やはり親子喧嘩に付き合う必要性は薄いかと」

「アンゼリカさんに恨まれないかしら?」

「ご安心を。恨まれるとしても私だけですよ」

 

さも当然のように頷く騎士。

アルフィンは眉を上げた。何回聞いても驚く。

フェア・ヴィルングは他人からの嫌悪を気にしない。いや、気にしているのかもしれないが、仕方ないことだと諦めている。

自らの存在が周囲に害を与えると。

例え嫌われようともどうしようもないと。

アルフィンの胸に渦巻くのは嘆きと憤りだった。

歩み寄る。後一歩でも近づけば胸に飛び込める位置まで。淑女として咎められてしまうほどの至近距離で唇を尖らした。

 

「私は嫌です。貴方が誰かに嫌われるのは」

「これも性分ですから。それに慣れています」

 

目は虚ろで。心は硝子だと。

オリヴァルトは痛ましそうに評価した。

ルーレ市を奪還した翌日、導力通信越しではあるものの久し振りに再会を果たした。互いの無事を喜び、内戦について話し合う。紆余曲折あった。内戦から手を引いてほしいとも。それでもアルフィンの強い覚悟は無事に届いた。

フェアとも会話した後、オリヴァルトはアルフィンにだけ溢した。

彼は非常に危ういと。どうか手綱を握って欲しいと。

アルフィンは迷わずに首肯した。

フェアの危うさは『誰より』も私が知っている。彼の自己評価の低さも。いつ死んでもいいと達観している異常性も。

だから役割を与えたいと考えた。

内戦が終わった後も傍にいて貰う為に。

 

「内戦の後、どうするの?」

「旅に出ようかと考えています」

「どうして?」

「裏の世界を探るのも悪くないかと」

 

セリーヌとも約束しているので。

そう付け加えた黒の騎士は遠い目をしていた。

結社という謎の組織。

鋼の聖女と呼ばれた孤高の武人。

イシュメルガという悍ましい固有名詞。

確かに気になる。

アルフィンとて一日足りとも忘れていない。

朝日に照らされながら微笑んだ格好良さも。

死なないという約束を護った騎士の心強さも。

思い出すだけで胸が高鳴る。顔も赤くなる。耳が熱かった。

 

「フェアは、どうしても旅がしたい?」

 

顔を隠すように。

浮かれた目を見られないように。

視線を足元に向けながら、か細い声で尋ねる。

フェアは吐息を漏らす。

心配そうに。優しく訊き返した。

 

「何かありましたか?」

「お願いがあるの」

「何なりと。アルフィン殿下の願いならば何でも叶えてみせましょう」

 

何でも。

何でも叶える。

繰り返されるフェアの台詞。

アルフィンは勇気を振り絞って顔を上げた。

視線が交錯する。泥水のように澱んだ、それでいて不思議と魅力的に思えてきた群青色の双眸を見つめる。

 

 

「なら、正式に私の騎士となって」

 

 

驚愕から目を見開くフェア。

彼の力強い手を握りながら更なる願いを口にした。

 

 

「ずっと、私を護ってほしいの」

 

 

 








クレア「!?」(全てを零へ)





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