黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十五話  煌魔顕現

 

 

 

 

約1200年前。

一筋の流星が夜空を切り裂いた。

箱庭に降り注いだ外界からの空想。

ソレは『暗黒の地』に根を下ろし、浸食していった。

初代アルノールは『緋』に封印を施す。

目論見は成功して、浸食は食い止められた。

そして――――。

二対の聖獣は調停者と『とある契約』を交わした。

これは誰も知らない御伽話。

書き手のいない物語。

されど静かに筆は進められていった。

誰も知らず。誰も気づかず。黒の史書にも載らない『因果の果て』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七耀暦1204年12月24日。

 

「あはははははははは!!」

 

羅刹の叫声が響き渡る。

黄金の機甲兵が縦横無尽に駆ける。

楽しそうに。嬉しそうに。壊れるように。

羨ましい限りだ。内心で嫉妬する。

今現在、オーレリアは幸福の絶頂にいる。幸せの海に浸っているのだろう。声だけでなく。雰囲気だけでなく。機甲兵の動きからでも判断できた。

6日前よりも鋭く。重く。速い。

明らかに操縦が巧みになっている。

大天才。剣の申し子。万能の超人。

少しでもいいから分けて欲しいぐらいだ。

俺は操縦桿を強く握り締めた。

戦場に絶え間なく斬線が刻まれる。交差する物もあれば、空中に溶けてしまう物もある。殺気と本気が入り混じった斬撃は幾度もぶつかり合った。

 

「良いぞ、黒の騎士!」

「舌を噛むぞ、黄金の羅刹」

 

肉薄する黄金の機甲兵。矢をつがえた弓の如く機体がしなった。右腕の先から伸びた大剣。紅い軌跡を辿りながら。右斜め上から振り下ろされる。

戦技でもなく。絶技でもない。

王技でもなく。そもそも剣術ですらない。

所詮は機甲兵と云う機械。剣技を再現するにはお粗末に過ぎる。握力、腕力、脚力、投力。関節の動作範囲、筋繊維の柔軟性。個人が備える身体的特徴を無視した機甲兵では、操縦者の剣技を完全に再現することなど土台不可能な話である。

それでも。だとしても。

鋼の聖女と1226回に及ぶ仕合を行った。

アルゼイド流とヴァンダール流を統合した。

二大流派を極めた先に見えた人外への確かな道筋。

オーレリアの斬撃を軽く弾き返す。右腕が跳ね上がった。胴体ががら空きとなる。隙だ。明瞭白々な隙が生まれた。見逃すなど愚の骨頂。羅刹に対する非礼である。

冷めた思考のまま横薙ぎの一閃。

左腕に搭載されている盾を割り込ませたオーレリア。無茶な動きだった。様々な部分に損傷を与える。だが他に選択肢などない。俺でも同じ事をする。

紙一重で防御した黄金の機体。領邦軍から発せられる安堵の雰囲気。甘いな。俺は戦場の全員が目を見張るような動作を繰り出した。

機体を回転。後ろ回し蹴り。

文字通り一蹴する。

オーレリアの機体が吹き飛んだ。背中から地面に倒れ込む。起き上がろうとするも、脚部の駆動系に異常を来したらしい。腕だけで踠いている。

 

「――――」

 

静寂に包まれる戦場。

ふぅと一息吐く。周囲を見渡す。

黒竜関から何本も黒煙が立ち込めていた。

機甲兵の残骸。戦車の骸。装甲車の破片。

傷だらけのまま投げ出された正規軍兵士。四肢が千切れている領邦軍兵士。空の女神へ届けとばかりに立ち昇る数多の血煙。吐き気がするほど醜い光景だった。

これが戦争だ。これが戦場だ。

長い輪廻で何度も見てきた。共和国と全面戦争に至るまで生き延びた世界線で、嫌になるほど視界に映った。

徴兵されていく男たち。泣く泣く見送る女たち。不安げに見つめる子供たち。それら全てを灰塵に帰す大量破壊兵器の号砲。鋼の轟音は悲鳴を掻き消した。怒号を打ち消した。ヒトの理性を刮ぎ消した。

狂おしい。悍ましい。

人間とはどこまでも残酷になれる。

どうしてか。拷問された輪廻が脳裏を過った。

頭を振る。忘れろ。気にするな。今を見るんだ。

戦況を確認する。問題ない。

第三機甲師団が有利に立ち回っている。ゼクス将軍の巧みな指揮。ルーレ攻防戦の時よりも四倍近く存在する主力戦車群。黒竜関に立て篭る貴族連合軍は防戦一方だ。

だからこそオーレリアは突喊した。戦況を挽回する為に。敗色濃厚な雰囲気を打破する為に。戦車を五台近く薙ぎ倒し、装甲車も同じ数だけ両断した。さりとて快進撃は此処までだ。夢は醒める。

オーレリアを戦闘不能に持ち込めば。底辺を這いつくばる戦意を更に叩き落とせば。第三機甲師団の勝利条件は全て整う。

その筈だった。

その筈だったのに――。

 

「阿呆がッ!」

 

アンゼリカが戦場に現れた。

紫色のシュピーゲルに乗って。

賛同者と思しき領邦軍も引き連れて。

勇しく。雄々しく。猛き咆吼と共に出現した。

諦めていなかったのだ。

親子喧嘩を。黒竜関を攻め落とすのを。

父親であるゲルハルト・ログナーを声高に呼ぶ。黒竜関の陥落が時間の問題だったからなのか、ログナー侯爵は決闘の申し出に粛々と応えた。

意味がわからない。

不遜ながらに思った。

ログナー親子はどちらも莫迦なのだろうかと。

戦場は混乱を極める。

特に第三機甲師団は酷かった。作戦に組み込まれていないアンゼリカ・ログナーの出現に浮き足立つ。幸いにして横槍は無かった。

後一歩で勝利できるのだとゼクス将軍が反発するも、皇女殿下が戦場にいないからなのか、アンゼリカは傲慢にも我儘を貫き通した。

これは私たちの親子喧嘩だと。

手出しは無用だと。安心して見ていろと。

ログナー侯爵の乗る赤いヘクトル。アンゼリカの駆る紫のシュピーゲル。停戦の様相を見せる戦場の中心にて、両機は死闘を繰り広げる。操縦桿を握り締めながら頑固親父と蔑み、馬鹿娘と罵り合う。固唾を呑む両軍。手に汗握り、親子喧嘩に因る勝敗の行方を見守っている。

そんな中、俺はひどく白けていた。

とんだ茶番だ。下らない。今更過ぎる。

何故、親子喧嘩に拘るのか。

戦場で散った命を馬鹿にするのか。

もしも負けたらどう責任を取るつもりなのか。

それでも見殺しにできなかった。

アンゼリカを死なせたら鋼都は混乱してしまう。

ふと気付く。妙な物が見えた。

紫の機甲兵から『黒い靄』が溢れ出している。

アレは何だ。目の錯覚か?

違うな。確かに存在している。

周囲の反応を確かめる。

どういう事だ。誰にも見えていないのか。

胸がざわめいた。

気持ち悪い。気持ち良い。

二律背反する心境。呼吸が乱れる。汗が止まらない。身体が震え出す。胸倉を掴んだ。落ち着け。落ち着け。言い聞かせる。先ずは息を整えろ。ゆっくりと。ゆっくりと。此処は戦場だ。気を抜けない。しっかりしろ。

赤く染まる視界の端に、何か大きな影が見えた。

黒竜関から跳び降りたのか。勝利の余韻に浸るアンゼリカの機体を踏み潰そうとしている。巨大さから考えてゴライアスだ。目測だが15アージュぐらいか。一刻の猶予もない高さだった。

何故か誰一人として『気付いていない』。

 

「退けっ!」

 

咄嗟に身体が動いた。

機甲兵越しにアンゼリカを蹴飛ばす。

何故なのか。どうしてなのか。

頭上に迫る巨大機甲兵。距離にして2アージュ。

剣で受け流せるか。無理だ。断ち切れるか。不可能だ。四肢を切断する前に剣が折れてしまう。桁外れな質量爆弾だ。技量は役に立たない。横に跳ぶか。間に合わない。その前に踏み潰される。

残り1アージュ。

時間がない。防ぐ方法もない。

どうしたらいい。

諦めない。諦めたくない。

『皇女殿下』の顔を思い出した。

停止する時間。

永遠に続く絶望。

そんな中で、

 

 

 

「黒メ、余計ナ事ヲスル」

 

 

 

毒々しい声が聞こえた。

 

 

「!!」

 

全身が総毛立つ。

頭上の機甲兵なんて問題じゃない。

静止した時間の中で『緋い死』が訪れた。

 

 

「マァ、良イ。コノ時ヲ待ッテイタ」

 

 

存在Xか。存在Yか。

いや違う。違う。違う!!

この『緋い死』は何かが違う。

背筋が凍る。四肢が強張る。

呼吸が出来ない。瞬きが出来ない。

操縦桿を握り締めながら。

落ちてくる巨大な機甲兵を眺めながら。

背後で佇む『緋い死』の声に耳を傾ける。

 

「闘争ニ犯サレタ者ヨ」

 

淡々と。

 

「混沌ニ包マレタ者ヨ」

 

粛々と。

 

「貴方ニ幸セハ訪レナイ」

 

懇々と。

 

「輪廻ノ先ニ待ツノハ破滅ノミ」

 

悠々と。

 

「選ベ」

 

蕩々と。

 

「コノママ踏ミ潰サレルノカ」

 

錚々と。

 

「誰カヲ輪廻ニ巻キ込ムノカ」

 

脳裏に浮かんだのは皇女殿下の姿。

誰よりも可憐で。誰よりも心優しい少女。

騎士になって欲しいと願われた。

ずっと護って欲しいと請われた。

答えは出していない。

迷っている。悩んでいる。

内戦が終わるまでに決めなくてはならない。

皇女殿下の騎士として今回の輪廻を諦めるのか。

輪廻を進める為に皇女殿下の願いを無碍にするのか。

――どちらにしても。

この地獄に誰かを付き合わせる気などない。

問答無用で踏み潰されても。

皇女殿下に忘れられたとしても。

クソッタレな輪廻で足掻くのは俺一人で充分だ。

 

「貴方ノ人生ニ意味ハナイ」

「貴方ノ選択ニ意味ハナイ」

「貴方ノ慟哭ニ意味ハナイ」

 

今更な話だ。笑わせるな。

人生を呪わなかった日などない。

選択を悔やまない日などなかった。

慟哭に時間を費やしたのは最初だけだ。

戦うと決めた。諍うと誓った。

絶対に輪廻から抜け出すのだと決意した。

 

「フム。初代ノ見立テ通リカ」

 

ならば――――。

 

「ソノ覚悟、確カニ受ケ取ッタゾ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日同時刻。

カレル離宮は解放された。

第三機甲師団の南進。第四機甲師団の西進。彼らのあまりにも速すぎる進撃。援軍として帝都近郊から兵士が少なくなり、注意を引かれた貴族連合軍旗艦の隙すら突く、神速の解放劇であった。

紅い翼に乗るトールズ士官学院の生徒たち。第三の道を選んだ特科クラス。彼らは多くの守衛を突破して。立ち塞がる強敵を捻じ伏せて。皇族を助け出した。

ユーゲントⅢ世、プリシラ皇妃。

そして、セドリック・ライゼ・アルノールも。

誰もが笑い、誰もが喜んだ。

当然ながらリィン・シュバルツァーも。

フェア・ヴィルングから頼まれていたのだ。

貴族連合軍の隙を作ってみせるから、紅い翼によってカレル離宮を奪還。幽閉された皇族の方々を解放して欲しいと。

これでセドリック皇太子を利用される事もない。

第三機甲師団と第四機甲師団は順調に目標を攻略している頃と聞く。内戦も終結に近付いた。その一端を担えた者として、リィンは万感の想いを抱きながら皇帝陛下より言葉を賜っていた。

――――だが。

突如、地響きが轟いた。

帝都の空に光の柱が出現する。

皇城方面から発する光は形を歪めていく。

禍々しくも神々しい異形な城へ変貌していった。

魔女は禁忌を犯していない。

アルノールの血も必要としていない。

それでも『煌魔城』は出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴族連合軍旗艦パンタグリュエル。

白銀の巨船は全速力で南下していた。

黄金の羅刹すら食い破る黒の騎士。彼の存在を危惧したカイエン公爵の命により、黒竜関へ援軍として北上していた際、カレル離宮襲撃の急報が届いた。急いで反転。不埒者を叩き潰そうと急行した矢先、帝都上空に巨大な光の柱が顕れた。

突如降臨した煌魔城に対して、呆気に取られていたカイエン公爵はいち早く自我を取り戻す。船橋を見渡した。誰も彼もが驚き、慄き、有用な情報を齎そうとしない。

使えない連中だ。舌打ちする。

首が千切れるかの如く振り返る。

協力関係を結んでいた魔女に詰め寄った。

 

「どういう事だ、魔女殿!」

 

カイエン公爵は怒鳴り散らした。

彼の心境からしてみれば当然とも云える。

内戦がどういう結末を迎えるにしても煌魔城を出現させる予定だった。セドリック皇太子を利用して『緋の騎神』を起動し、文字通り己の手で帝国を支配する。偽帝と罵られたオルトロス皇帝を祖先に持つカイエン公爵の野望でもあった。

 

「何故、アレが出現する!」

 

その為に魔女や結社と手を組んだ。

莫大な金銭で西風の旅団も雇った。

亡国の浮浪児を引き取り、手駒に仕立て上げた。

その結果がこれなのか。

 

「早く答えろ、魔女殿!」

 

ふざけるな。

馬鹿にするのもいい加減にしろ。

 

「カイエン公、少し静かにして貰えますか?」

 

紫紺の眼光に射抜かれた。

一歩後ずさる。呼吸が止まった。

猛獣の前に引き摺り出された感覚。逆らえば危険だと本能が教えてくれる。無闇に手を出せば噛み付かれるだけでは済まないと。

 

「私も想定外の事態に驚いています。まさか此処で煌魔城が出現するとは。まさか婆様が、いえ有り得ない。なら――――」

 

眉を寄せる絶世の美女。

ヴィータ・クロチルダは目を閉じた。

想定するとしたらフェア・ヴィルングの仕業。だとしてもどうやったのか。如何に黒の思念体に取り憑かれているとしても不可能だ。呪いと連動したのか。オルトロス帝の秘術によって『紅き終焉の魔王』は神の域に達している。最早、概念世界の存在に近い。黒の思念体だけで発動できると思えない。

ヴィータは黙々と予測、推測を積み重ねる。

思考の海から引きずり上げたのはクロウ・アームブラストだった。

 

「おい、ヴィータ」

 

肩を掴まれた。

 

「なに?」

 

視線を動かす。目だけで盟友を視認した。

クロウ・アームブラストは異形の城を指差した。

 

「理由は後だろ。今は煌魔城に行くべきだ」

 

一理あると思った。

考えるのはいつでも出来る。

煌魔城の占拠を優先すべきだ。

今ならそう難しくない。終焉の魔王さえ顕現させなければ。

固まったままのカイエン公爵に事態の優先順位を伝えようとしたヴィータだったが、続けて言い放ったクロウの言葉で卒倒しそうになった。

 

 

「劫炎の野郎は先に行っちまったぜ」

 

 

 

 

 

 









全部さん「ひゃっはー!!」




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