黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十六話  魔人歓喜

 

 

 

 

 

魔女は術式の展開を急いだ。

焦燥感に突き動かされるように。

嬉々とした魔人を食い止めるために。

煌魔城出現の理由は不明なまま。他の魔女による仕業なのかもしれない。可能性としては有り得る。アルノールの血筋すら用意せずに顕現させた方法も理由もわからないけれど。

ヴィータ・クロチルダは八割を超える確率で、フェアが絡んでいると推測する。最悪の可能性を考慮するなら『緋の騎神』の起動者になっているかもしれない。

盟主からの言付け。絶対に護らなければならない頼み事。曰く、黒の騎士と火炎魔人を相対させてはならない。世界が滅びる。闘争の果てに待つのは灰に塗れた瓦礫だけだ。

 

「止まりなさい!」

 

煌魔城、緋の玉座。

中心にて封印されている緋の機体。

他の騎神より二倍近い大きさを誇る魔王である。

獅子戦役で封印されてから早くも250年。御身の力だけで異形の城を顕現させたにも拘らず、その姿は余りに寒々しく、さりとて神々しい物だった。

まるで制御されているみたいに。

まるで何者かに操られているみたいに。

 

「深淵か。何しやがる」

 

強固な霊子結界を張る。

どうやら間一髪で間に合ったようだ。

緋の騎神まで残り一歩。

おもむろに手を伸ばすマクバーンを封じ込める。

目に見えない壁によって遮られた火炎魔人は苛立ちを隠さずに舌打ちした。

振り返った表情で全て察する。

眼鏡の奥で、双眸が黒く染まっていた。

 

「想定外な煌魔城の出現なのよ。何の対策もせずに緋の騎神に触れるなんて自殺行為も良いところね。感謝してほしいものだわ」

「想定外な奇蹟なんだろ。なら俺の目的にも合致する。コイツは、外から干渉されたって訳だ」

 

歓喜に満ちた表情で騎神を見上げる魔人。

今にも哄笑しそうな喜びようだった。

ヴィータにも気持ちは理解できる。

五十年来に及ぶ自己探索。探し続けた同胞の存在を感知したからこそ、使徒の制止も聞かずに猪突猛進したのだと。

 

「カンパネルラから聞いてる。盟主からの言付けも、世界が滅びるとかなんとかって話もな」

「その割には警戒してなかったようだけど?」

「当たり前だろ」

「どういう事?」

「こうして見てりゃわかる」

 

ヴィータは改めて緋の騎神を凝視した。

両腕と両脚は蔦に絡み取られている。目視できるのは腹部と胸部、顔の部分のみ。『紅き終焉の魔王』と化していない。されど生きているような鼓動。今にも動き出しそうな生命感。仄かな緋黒い光を発している。

そして『核』の中に誰かの息吹を感じた。

 

「誰かいるわね。起動者かしら」

「さぁな」

「貴方ねぇ」

「俺にわかるのは、この中にいる奴は相当気の毒な奴だって事ぐれぇだ」

「気の毒?」

「ドロドロに混じってやがる。一つじゃねぇぞ。大まかに二つだな。それ以外にも二つ。割合的に見りゃ4、4、1、1って感じだ」

 

深淵の魔女は目を白黒させた。

恐らく核にいる存在はフェア・ヴィルングだ。

来訪者であり、何かが混じった存在。世界の理を崩壊させかねない危険因子。今のところ結社が把握しているのは火炎魔人と黒の騎士だけである。

確証は得られた。疑問は一つだけ晴れた。

それ以上に頭を悩ませる情報が耳に入った。

複数混じっていると火炎魔人は口走った。一つは黒の思念体と見ていい。もう一つも朧げながら把握している。だが、残りの二つは何なのか。見当も付かない。

カンパネルラなら知っているのだろうか。

盟主の代理人。計画の見届け役であるアレなら。

 

「面白くなってきやがったな」

 

マクバーンは唇を剃り返すように笑った。

魔人の身体から炎が溢れ出す。黒焔を出されてしまえば如何に霊子結界とて保てないだろう。全面戦争に至る。クロウやブルブランと共闘したとしても勝利できない。敗北必至。結社最強の執行者とは、使徒すら軽く凌駕する域に達した化物なのだから。

それでも強気に。凄みを込めて言い付ける。

 

「緋の騎神には手を出さないで」

 

ヴィータの本気を感じたのか。

それともまだ我慢できるのか。

マクバーンは嘆息した後、後頭部を掻いた。

 

「わぁってるよ」

「あら、聞き分けがいいわね」

「盟主からも再三言われてるからな」

 

マクバーンは眼鏡を掛け直した。

ポケットに手を突っ込み、気怠げに口を開く。

 

「つーか。いい加減、この結界を解けや。鬱陶しい事この上ねぇんだが」

「ごめんなさいね。貴方を信用していないのよ」

「あっそ」

 

油断せず。目を離さず。

ヴィータは霊子結界を解いた。

 

「どうぞ。悪かったわね」

 

身動きが取れるようになった魔人。

首の骨を三度鳴らして玉座から離れた。

満悦の表情を隠さず。目を輝かせながら。相好を崩して。マクバーンは軽い歩調でヴィータの横を通り過ぎた。

 

「それで?」

「あ?」

 

待ちなさい、と蒼玉の杖で停止させる。

話はまだ終わっていないのだから。

執行者は自由の身。制止命令を無視した事は咎めない。口煩く説教する義務も権利もない。火炎魔人の意を翻すなど、盟主でもなければできない芸当でもある。

何処かで暇でも潰そうと考えていたのだろう。マクバーンは苛立った様子で睨み付けてきた。

ヴィータはそよ風のように受け流し、緋の騎神を指差した。

 

「貴方と来訪者が出会えば世界は滅びるかもしれないのに。どうしてあんなに警戒してなかったのかしら?」

「四つの存在が混じってるって言ったろうが」

「だから?」

「来訪してる奴は抑えられてるんだよ、アレでもな。まぁ『誰か』の仕業なんだろうが。緋の騎神越しに俺が触れただけじゃ世界は壊れねぇよ」

 

燃やし尽くしたらわからねぇけどな。

魔人は冷笑しながら吐き捨てた。

焔の転移術を用いて、玉座から姿を消す。

深淵の魔女は緋の玉座で一人立ち尽くした。

フェア・ヴィルングは黒の思念体に取り憑かれた被害者だ。大地の聖獣による檻の力も観測されている。相克の果てに辿り着く結末。闘争の業火を食い止める為に、フェア・ヴィルングの存在はまさしく適任だった。

来訪者とは、黒の思念体ではない。

火炎魔人と同格とするなら『外なる神』に起因する物か。そして、神すら抑える存在。この状況を予見した『誰か』。頭痛がしてきそうな謎の数々だった。

盟主は教えてくれなかった。

あの方なら知っている筈なのに。

これも必要なのか。それとも試練なのか。

ヴィータは緋の騎神へ近付いた。

距離が縮まる分だけ大きな胎動を感じる。

孵化しそうな。進化しそうな。

気持ち悪くも感じていたい禁忌の手触りだった。

 

「どうしてこうなったのかしらね、フェア」

 

緋の騎神へ手を伸ばす。

刻々と。少しずつ。緩やかに。

4リジュ。3リジュ。2リジュ。1リジュ。

腹部に触れた瞬間――――。

 

 

くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー

しゃめっしゅ しゃめっしゅ

にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん

 

 

泣いた女の姿が目蓋の裏に映った。

笑っている。泣いている。

喜んでいる。悲しんでいる。

両腕を広げて、オペラ歌手のように。

ステージ上で誰かの祝福を寿ぐように。

女の姿に見覚えなど無かった。

悍ましい歌詞にも聞き覚えなどなかった。

なのに。

ヴィータ・クロチルダは惹かれた。

出来ることなら永遠に聴いていたいと思える唄声だった。

 

くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー

しゃめっしゅ しゃめっしゅ

にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん

 

 

「おお。これが緋の騎神か!」

 

 

野太い声が響いた。

協力者であるカイエン公爵の声だ。

何故か反発心を覚えたヴィータは我を取り戻す。

深淵に引き摺り込みそうな誘惑を断ち切り、緋の騎神から手を離した。酷く疲れている。肩で息をした。一度目を閉じた。深呼吸。目を開ける。

――――何か大事なものを忘れた気がした。

 

「デカいな。オルディーネの2倍以上かよ」

 

クロウも煌魔城を登ってきたようだ。

カイエン公爵の護衛は疲れただろうに。

汗一つ掻いていない。まったく大した男である。

 

「ようこそ、緋の玉座へ」

 

ヴィータは恭しく招く。

緋の騎神に触れていた事実を忘れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェアの駆る機体を押し潰した巨大機甲兵。

見事なまでに戦場の混乱を突いた操縦者は圧倒的な面制圧能力を駆使し、帝国正規軍並びに貴族連合軍の部隊すら薙ぎ払った。

正規軍の快進撃を支えた黒の騎士。彼の敗北は第三機甲師団を動揺させる。結果として、主力戦車を十台破壊されてしまう事態に陥った。

瞬く間に戦場を蹂躙したゴライアス。死に場所を求めた同志V。帝国解放戦線の幹部に引導を渡したのはオーレリア・ルグィンだった。

戦場に茶番を持ち込んだログナー親子。敵味方の区別すら付かないテロリスト。そして、たかだか同志Vに殺されてしまった好敵手。様々な憤りと嘆きを剣に乗せて、オーレリアは予備の機体でゴライアスを破壊した。

帝都ヘイムダルの異常事態。貴族連合から離脱したログナー侯爵家。以上を考慮して、黄金の羅刹は黒竜関の放棄を決意。

その後、正規軍に停戦を呼びかける。

ゼクス・ヴァンダールは苦渋の末に合意した。

 

「フェアはどうなりましたか!?」

 

正規軍が占領した黒竜関。

ログナー侯爵が使用していた執務室。

アルフィンの期待に満ちた叫び声が木霊した。

既に黒の騎士が敗北したのだと伝えてある。

敵の機甲兵に押し潰された事も。

最早、彼の生存は絶望的である事も。

それでも期待しているのだ。

生きていると。元気な姿で会えると。

目を閉じたゼクスは静かに首を横に振った。

 

「せめて遺体だけでもと思ったのですが」

 

息を呑むアルフィン。

半笑いに似た痛ましい表情で尋ねる。

 

「――生きている、可能性は?」

「即死は免れていたとしても、コックピットの惨状を考慮すれば圧死は間違いないかと。しかし、遺体はおろか血糊すら発見できませんでした」

 

まるで最初から搭乗していなかったように。

 

「どういう事、ですか?」

「わかりません。されど、フェア・ヴィルングは戦死扱いと致します。皇女殿下も左様に扱って貰いたく」

「フェアは――」

「これ以上、彼の生死に時間は割けませぬ」

 

主君の言葉を遮る。

力強く。厳しい視線を持って。

ゼクス・ヴァンダールとて人の子である。

名将たる者、他者の気持ちに敏感でなければならない。

故にアルフィンの気持ちには勘付いていた。フェアを騎士として推挙した事も。英雄と崇めている事も。全て彼女の恋心から発露された物だと。

だとしてもフェア・ヴィルングは死んだのだ。

これ以上は時間の無駄である。

気にしても仕方ない。

忘れるべき人間と云える。

 

「殿下、現状は把握されている筈です」

 

正規軍の侵攻に併せて、紅い翼によってカレル離宮は奪還。皇族の方々も解放された。既に安全な場所へ避難されたとも聞く。

大変喜ばしい。

貴族派が邪な事を考えても無駄となった。

問題はバルフレイム宮の変貌だ。

帝都全域を赤黒い靄が包んでいるらしい。

オーレリアは何も知らない様子だったが、恐らくカイエン公爵の仕業だろうと眉をひそめていた。絶佳の武人は、カイエン公め何をやっているのかと酷く不機嫌な様子だった。

 

「嘆くのは後にしろ、と申されたいのですね」

 

アルフィンは涙を拭った。

零れ落ちる滴を振り払い、前を向く。

その双眸はどこまでも昏く、赤く、燃えていた。

 

「御意」

「わかりました」

 

首肯するアルフィン。

どうやら意識を切り替えたらしい。

平時から有事へ。

心優しい少女から皇族の一人へ。

 

「ならば将軍、帝都への進軍は可能ですか?」

「半日ほど時間を頂けるならば」

「軍用艇だけで先行するならどうでしょう?」

「可能です。しかし、貴族連合軍の制空権内へ飛び込む事になります。旗艦パンタグリュエルも守備の任に就いているでしょう」

 

高速巡洋艦カレイジャスなら。

貴族連合軍の弾幕を躱しつつ、帝都方面の惨状を確認できる。変貌した皇城へ突入できる。だが、一般的な軍用艇では叩き落とされてしまう。

 

「第四機甲師団はどうなりましたか?」

「バリアハート市を占領したと。皇女殿下の赦しを得て、温泉郷ユミルへの襲撃とケルディック焼き討ちの件でアルバレア公爵を逮捕したとも」

 

アルフィンは淡々と頷いた。

瞬きは疎らで。瞳孔は開いたまま。

大丈夫だろうかと心配になるゼクス。

 

「将軍、軍用艇の用意を」

 

アルフィンが立ち上がる。

静かに。堂々と。威風を兼ねて。

首を垂れそうになるゼクスだが、それでも第三機甲師団を預かる長として訊き返した。

 

「偵察にお使うつもりですか?」

「いえ。ある分だけ用意してください」

「殿下、それは――」

「私も向います。準備なさい」

 

ゼクスはなりませぬ、と声を荒らげる。

 

「もしも彼らに御威光が届かなければ」

 

如何に軍用艇と云えども。

墜落は免れない。

乗組員も一人残らず死ぬだろう。

帝国の危機を駆け抜けた皇女殿下が殺されれば。貴族勢力を駆逐するまで。国民感情が落ち着くまで。正規軍と貴族連合軍は戦争を続けてしまう。内戦は泥沼に陥ってしまう。

どうかお考え直し下さいと頼み込む。

 

 

「届きます。いえ、届かせましょう。この異常事態に於いてなお、内戦を継続するような愚か者であれば尚更です」

 

 

――だが。

アルフィンは昏い笑みを浮かべた。

どこまで冷酷で。

どこまでも残酷な。

闘争と混沌に満ちた昏い笑顔だった。

 

 

 

 








アルフィン「貴族許すまじ(一部を除いて)」





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