黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十七話  煉獄焚刑

 

 

 

 

 

異界と化したバルフレイム宮。

赤黒い靄に包まれた帝都全域。

帝国正規軍と貴族連合軍は戦争の最中。

パンタグリュエルは帝都上空に佇むのみ。

満足に動けるのはカレイジャスだけという状況であった。皇帝陛下からの頼み。帝都市民の安全確保。第三の道を歩むという彼ら自身の誓いも含めて、トールズ士官学院特科クラスは貴族連合軍の弾幕を躱しながら煌魔城へ飛び込む。

攻略当初から灰の騎神が過負荷状態で動けなくなるという問題が生じたものの、数多の魔獣や魔物を駆逐しつつ破竹の勢いで上層へ突き進んだ。

第一層終点にて『怪盗紳士』ブルブランと対面した結果、無事に勝利を収める。曰く、本来ならば『神速』のデュバリィも待ち構えている筈だったとの事。結社の予想よりも1週間ほど早い煌魔城降臨によって、クロスベル方面から戻ってこられなかったらしい。

第二層終点にて『破壊獣』レオニダス、『罠使い』ゼノと刃を交えた。フィー・クラウゼルの意地と成長を見届けた二人が勝負を譲ったことで決着を見る。何故と尋ねるフィーに、団長を取り戻すという意味不明な台詞を言い残して。

――そして。

第三層終点にて。

執行者No.Ⅰが姿を現した。

面倒だと口にする『劫炎』に対して、あらゆる自由が認められている筈の執行者なら邪魔せずに立ち去れと『紫電』のバレスタインが提案する。

 

「確かにお前らの因縁になんて興味ねぇよ」

 

心底どうでもよさそうに吐き捨てた。

後ろ首を摩り、気怠げに笑ってみせる。

戦闘本能すら感じさせない怠惰な姿だった。

 

「ならどうして此処にいるんだ」

「他に目的でもあるっていうの?」

 

サラが訝しげに目を細める。

リィンの疑問を補完するような問い掛け。

特科クラス全員の眼差しが魔人に突き刺さる。

マクバーンは怯えることなく答えた。

適当に。さりとて確固足る意志を込めて。

 

「時間を稼いでくれって頼まれたからな」

「頼まれた?」

 

首を傾げるアリサ。

程度の差はあれど、誰もが頭を捻った。

リィンは眼前の男性を見定める。

劫炎のマクバーン。結社最強の男。何かが混じっている存在。傲岸不遜でありながらも。正体不明な異能の使い手でも。クロウ・アームブラストと行った決闘を見届けた理知ある常識人でもある。

彼に時間を稼げと頼める存在。

リィンは該当しそうな人物の名前を口にする。

 

「クロチルダさんからか?」

「惜しいな。深淵の奴じゃねぇ」

「姉さんじゃないのなら、一体誰が――」

 

執行者よりも上位の存在など。

結社の最高幹部である『使徒』ぐらいだろうに。

帝国中で暗躍するヴィータ・クロチルダなら適合すると思った。他にいるのか。同僚である執行者からか。それとも他の使徒も帝国入りしているのか。

最悪な未来である。これ以上は許容できない。

 

「教えて貰いたけりゃ俺に認められるんだな」

 

マクバーンから焔が溢れ出した。

距離にして15アージュ以上離れている。

酷く熱い。膨大な熱気が肌をチリチリと焼く。

種も仕掛けも。駆動も詠唱もしていない。

純粋無垢な異能の力。

全てを焼き尽くす劫炎の能力。

特科クラスの面々が得物を手にした。

相手は格上。一歩でも間違えれば消炭となる。

それでも此処まで来た。

数多の想いを抱いて駆け上がった。

だからこそ退くわけにいかない。

前に進む。壁など突き破るだけだ。

 

「良い目付きだ。ちったぁ強くなったな」

 

魔人の目が一点を凝視する。

身を竦ませる眼光。首を垂れそうになる重圧。

負けられない。負けてたまるか。

この手で道を切り開くと誓ったのだから。

 

「アンタに届いた気はしないけどね」

「そりゃそうだ。でも悪くねぇぞ、お前」

 

自らを鼓舞する。

リィンは刀を正眼に構えた。

呼吸を整える。明鏡止水の境地に片手を掛けた。

一つ目の切り札。神気合一。鬼の力を招来させる。

髪色は白く変貌し、双眸は紅蓮と化した。

全身が赤黒い瘴気に包まれ、声すらも低くなる。

 

「良いねぇ、楽しませてくれそうじゃねぇか」

 

余興としてなら充分だ。

心底楽しそうに哄笑する。

誰よりも余裕で。誰よりも快活で。

魔人が一歩近付いた。

刻一刻と増していく熱量に顔が歪んだ。

リィンは無意識に一歩だけ後退る。

強いと分かっていた。最強だと理解していた。

それでも想定が甘かった。アレはまだ本気を出していない。手加減すらしていない。最初から遊ぶ為だけに焔を操っている。

勝てるか。倒し切れるだろうか。

無理だ。不可能だ。その前に灰となる。

道を切り拓くだけなら。

クロウの元へ駆け抜けるだけなら。

弱気になるリィンにセリーヌが一喝した。

 

「しっかりしなさい!」

「――ああ、悪い!」

 

何を迷っていたのか。

どうして死ぬことを考えたのか。

既に退けない場所にいる。恐れる必要などない。

深呼吸。

心を落ち着かせる。

弱気な心を打ち消せ。

意志を強く保て。顔を上げろ。

一歩下がったなら二歩前に進むだけだ。

 

「騎神を呼んだらダメだからね」

「わかってるさ。此処は騎神なしで切り抜ける」

「良い心がけだ。騎神を呼ばれちまったら、流石に俺も本気を出すしかなくなるからなぁ」

 

不気味な瞳が一瞬だけ見えた。

漆黒の虹彩。琥珀の瞳孔。

人間を超越した存在と思しき眼だった。

 

「さぁ、来い」

 

マクバーンが告げる。

焔の勢いが強くなった。

正念場だ。気合を入れろ。

右足に力を込める。柄を強く握り締めた。意識を集中。焔は躱す。戦技は打ち消す。熱量は我慢する。八葉一刀流中伝の名に相応しい業を繰り出してみせる。

 

「俺に膝を付かせたら玉座に行かせてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

醒めない悪夢だ。

いつか目覚める時まで。

火炙りの刑に処されている。

緋の帝都ヘイムダル。その中央に聳え立つバルフレイム宮。紅い皇城の前に広がるドライケルス広場にて。何回も、何千回も。数えきれない程に。

広場の中心に火刑台が設置されている。薪が山と積まれ、見知った顔が周囲を取り囲む。逃さない為に。指を差すために。不出来な愚か者を嘲笑う為に。

俺は棒立ちのまま処刑を待つ。最初は逃げようとした。赤黒い空。憎悪に彩られた人々の目。異様な雰囲気から脱兎の如く走り去ろうとして、唐突に力が抜けた。歩こうとするだけで転んでしまう始末。四つん這いでも無理だった。頭を蹴られ、背中を踏み付けられ、両脚を掴まれた。

例の如く俺を火刑台まで引っ張っていく男。誰なのだろうかといつも思う。黄金の髪色、翡翠の双眸。似た人物を知っている。似た一族を知っている。だけど思い出せない。

執行人が手慣れた様子で杭に縛り付けた。薪の山に火を点す。熱い。痛い。煙が意識を朦朧とさせる。思わず叫び声が漏れた。足先から炙られる感覚は慣れないと思う。未来永劫。この世の終わりまで。

身を捻る。煙から逃げる為に顔を上げる。涙は直ぐに蒸発する。痛みは消えない。熱量は増していく一方だ。皮膚は爛れて、骨は崩れ落ち、脚が炭化していった。

明るく輝く炎に周囲の人々は歓声をあげた。俺を指差している。嘲笑っている。今回も失敗したのかと。何回失敗すれば懲りるのかと。次こそは面白い光景を見せてみろと。

クレアさんが笑っている。ミハイルさんが嗤っている。ヴィクターさんが呵っている。オーレリアが哂っている。

誰も彼もが俺を馬鹿にする。

使えない。意味がない。死ねばいいのにと。

炎は何処までも広がっていく。2日掛けて腰まで到達した。本来なら死ぬだろうに。この世界だと気を失うことも出来ない。煉獄の炎が全身を覆い尽くすまで火炙りは続いていく。

絶叫は木霊する。

どこまでも。いつまでも。

 

 

「起キテ、フェア」

 

 

ループ脱却を失敗する度に。輪廻を跨いでしまう度に。約3日掛けて行われる無慈悲な焚刑。神聖なる炎で身を清めてから先に進めと云わんばかりに。

煉獄の苦しみを追体験する中、赤黒い空から声が聞こえた。誰の声だろう。思い出せない。覚えていない。激痛で記憶が霞む。視界がぼやける。声も出ない。早く終わってくれと願うしかない。

 

 

「起キテ、フェア」

 

 

嗚呼。でも――。

心に響く声だなと思った。

叶うならずっと聴いていたいと哀願する。

神様でも。天使でも。悪魔でも何でもいいから。

もう一度だけ彼女に会わせてくれないか。

約束がある。果たすべき契約が残っている。

無明の空に向かって右手を伸ばした。

誰かが。触った事のある掌が。

俺を煉獄から引っ張り上げてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、お勤めご苦労様だったね」

「お前さん、もしかして暇なのか?」

 

帝都近郊の街トリスタに転移した魔人。

劫炎のマクバーンを待ち構えていたのは見慣れた道化師だった。ニコニコと。ニタニタと。何が面白いのか。何が楽しいのか。正体不明な笑みを浮かべている年齢不詳の少年。ひたすらに不気味である。

 

「暇とは酷い言い草だなぁ。これでもクロスベルからの帰りなんだから。特務支援課とも一戦してきた後なんだよ」

 

カンパネルラはやれやれと肩を竦める。

道化師は盟主に代わる計画の見届け役。戦闘行為そのものが専門外だ。にも拘らず、一戦交えた。つまりそれだけ特務支援課を買っているという事である。

珍しいなと瞠目する。

特務支援課とやらに興味が湧いた。

 

「特務支援課ねぇ。強ぇのか?」

「闘神の息子や銀、守護騎士までいるからね」

「鋼もそんな事言ってやがったな。面白い奴らだとか」

 

錚々たるメンバーだと思う。

猟兵王と対を成した『闘神』の息子。東方人街に於いて伝説の凶手として恐れられた『銀』。加えて、1000人近い聖杯騎士の中でも12人しか存在しない守護騎士まで名を連ねるとは。

警察の部署で収まるべき人材ではないだろうに。

 

「壁を乗り越えようとか。零の至宝を取り戻すとか。熱血なんだよ。見てる分には面白いかな。厄介でもあるんだけどね」

 

相当な熱血漢が率いているらしい。

嫌いではない。だが、好きにもなれない。

身を焦がすような闘争から目を背けたばかりだ。

特に強く感じる。羨ましいと。なにも考慮せずに『本気』を出したいと。記憶を取り戻したいのだと。

これ以上はいけない。

自重しろ。機会は来る。

世界が崩壊してしまう願いを振り払う。

敢えて適当に答える。

興味なさそうに。投げやりに。

心の奥に灯った闘争を鎮めるように。

 

「クロスベル関連は知った事じゃねぇけど」

 

カンパネルラが顔を顰める。

 

「えぇ。どうして訊いてきたのかなぁ」

「いつにも増して薄気味悪ぃからだろうが」

「そう?」

「お前、時々『黒く』なるよな」

 

怖気が走るような笑み。

背筋を凍らせるような雰囲気。

全てのモノを憎悪するような視線。

飄々とした道化師に不釣り合いな感情の発露だ。

 

「そんな事ないよ」

「そうか?」

「この世を腹立たしく思うだけさ」

「意味わからねぇが」

「まぁまぁ。とにかく時間稼ぎご苦労様」

 

露骨に話を変えられた。

気安く肩を叩くカンパネルラから離れる。

上機嫌を装いつつも、未だに不機嫌だと気付く。

一仕事終えたのに。

我慢してやったというのに。

マクバーンは嘆息してから答えた。

 

「盟主からの頼みだからな」

 

盟主直々に頼まれた。

灰の起動者と仲間たちの実力を見極めろと。

魔人に膝を付かせる事が可能か。劫炎に耐えられるのか。結社最強の執行者と20分以上戦い続けられるかどうかを。

予想以上に食い下がってきた。

盟主の戒めさえ無ければ『火炎魔人』と化していたと確信できる程にアツくなれた。灰の騎神とその起動者が相手なら血潮滾る戦いが行えただろうに。

勿体ないと思えた。

だからこそ元を取らねばならない。

 

「わかってんだろうな、カンパネルラ」

 

空中に浮く道化師を睨み付ける。

嘘は許さない。改めて誓えとばかりに。

カンパネルラは当然だと首肯した。一礼する。

 

「勿論。契約した通りさ。近い内に相応しい舞台を用意して、君と彼が全力で戦えるようにするから」

 

魔人が本気を出せば世界は壊れる。

来訪者と戦えば大陸は更地と化すだろう。

記憶を取り戻すにしても。

己の正体を掴むためだとしても。

この世界が壊れてしまえば元の木阿弥である。

燻ったまま。疼いたまま。

相応しい舞台が整うまで。

来訪者が鋼を超える日まで。

胸に渦巻く闘争の炎を鎮めると決めた。

 

「しゃあねぇ。せいぜい我慢してやる」

「うんうん。きっと盟主も喜んでくれるよ」

「もう一つ答えろ」

「なに?」

「今から帝都で何が起きるんだ?」

 

詳細は聞かされていない。

幻焔計画に無い作戦工程だからだ。

1週間早く煌魔城が降臨した事も。セドリック・ライゼ・アルノールが解放された事も。そもそもオーレリア・ルグィンが第三機甲師団に敗北する事すら予期しない事態だった。

カンパネルラは愉快だと笑っていた。ヴィータ・クロチルダは不愉快だと眉間に皺を寄せていた。

つまり――。

これは盟主と道化師による作戦の変更なのだ。

カンパネルラはおもむろに帝都を指差す。高らかに宣告した。

 

 

「900年前の再来だよ」

 

 

刹那、『暗黒竜』の雄叫びが轟いた。

 

 

「これから、帝都は死の都と化すんだ」

 

 

 

 








深淵「えぇ!?」(白目)




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