黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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十八話  暗黒咆吼

 

 

 

 

 

一際高く心臓が鳴った。

ドクン。ドクンと。

不必要なまでに血液を送り出す。起き上がれ。目を覚ませ。時間を無駄にするな。為すべきことが残っている。起きろ。起きろ。起きろ。お前に全てが懸っているのだと。

休ませてくれと■■■■■に告げる。

貧血は治らない。過呼吸は簡単に回復しない。

死の螺旋階段を登り、降りている。何回でも。何千回でも。つまり人よりも『死』というモノに近い位置にいる。休憩しても良いはずだ。足を止めても良いはずだ。

許さないと。立ち上がれと。貴方に人並みの幸せなど与えないと。超常たる存在は嬉しそうな表情で、悲痛に満ちた声音で答えた。

柄にもなく。意味などないのに。

俺は後どれぐらい走れるのかと考えてみた。

結論はつまらなかった。

明日止まっても、数百年後に止まっても。

俺が為すべき事は何一つ変わらないのだから。

壊れてしまうその時まで。立ち止まってしまうその時まで。ひたすらに前へ。とにかく前へ。それが彼らと交わした『契約』なのだから。

はて、と首を傾げる。

彼らとは誰だっただろうか。

契約とは何を約束したモノだっただろうか。

 

 

「起キタカ、起動者ヨ」

 

 

ふと目が覚めた。

意識は不明瞭で。身体は重い。

それでも無視できない声に導かれた。

ゆっくりと目蓋を開ける。

初見では薄暗い部屋だと予想した。

目を凝らす。此処はどこなのかと。よくよく観察してみると球体だった。中央に設置されている二つの椅子。複座式みたいな形だ。その片方に腰掛けたまま眠っていたらしい。

身体が痛い。不自然なまでに。寝違えただけならこんな事にならない。足先から燃やされている感覚だ。火炙りでもされたか。焚刑にでも処されたのか。

何が起きたのか。覚えていない。

まるで輪廻した瞬間みたいだと思った。正規軍の寮で目覚めた時もこんな感じだ。身体は痛く、頭は重く。溶鉱炉に落とされ、溶けた残滓を掻き集められ、冷却して固まった後に出荷されるような幻視を見る。

 

「ドウシタ。声ヲ発セラレナイノカ?」

 

幻聴までする有様だ。

正気でいられるのも限界に近いかもしれない。

残念である。前回の輪廻は最も楽しかったのに。

未来の英雄であるリィンと仲良くなれた。皇女殿下と知り合えた。鋼の聖女から稽古を付けてもらった。黒の騎士として帝国の至宝を護れた。最後はアンゼリカを庇って、巨大機甲兵に押し潰されるという下らない末路だったけども。

 

「仕方ナイ、カ」

 

瞬間、頭を掻き混ぜられる。

何か太い杖で。グチャグチャと。シェイクでもするように。手加減なく。天地が引っくり返るような激痛から俺が絶叫しようとも手を緩めずに。僅か数秒の出来事が数時間にも思えた。

酷い目に遭った。

さりとて感謝しよう。

現状を理解。事態も把握した。

どうやら俺は死んでいないらしい。

輪廻を跨いでいない。次のループに移動していない。踏み潰される瞬間に転移したようだ。騎神とやらの核に。

灰の騎神はリィンと会話していた。巨大な騎士人形にはしっかりとした自我が存在するらしい。他の騎神も同様だと仮定するなら、先程から話し掛けてくる幻聴の正体も自ずと判明した。

 

「騎神の声か」

「左様。緋ノ騎神テスタ=ロッサ、ダ」

 

緋の騎神テスタ=ロッサ。

御伽話に伝わる巨大な騎士人形。

現代の導力技術を結集させた機甲兵を容易く上回る怪物。操縦者に余程の実力差が無ければ、騎神だけの力で捻じ伏せられてしまう。

起動者とは彼らを操る選ばれた存在。

リィンとセリーヌは確かにそう言っていた。

つまるところ俺は緋の騎神に選ばれたのだとか。

だが首を捻る。ゴライアスに押し潰される直前に感じた『緋い死』。もしもそれが緋の騎神だとしたら辻褄が合わなくなる。

この声から『緋い死』は感じない。

 

「感謝した方がいいのか?」

 

命を助けてもらった。

輪廻を繰り越さなくてよかった。

ありがとうと伝える前に、緋の騎神は否定した。

 

「必要ナイ。初代トノ約束ダカラダ」

「初代って、何の?」

「答エラレナイ」

「おい」

「不可能ナノダ。許シテ欲シイ」

 

抑揚なく。淡々とした口調。

それでも申し訳ない声音だった。

心の底から謝っている。

何か事情があるのだろうと察した。伝えたくても伝えられない。教えたくても教えられない。気持ちはわかる。苦痛である事も。此処は引くべきだろう。無理強いしても可哀想だ。

 

「不可能なら仕方ないよな」

「ソレデモ、貴方ハ我ガ起動者ダ。答エラレル範囲ナラ答エヨウ。遠慮ナク尋ネルガ良イ」

「ありがとう」

「礼ハ不要ダ、我ガ起動者ヨ」

 

律儀な性格らしい。

他の騎神も似たような感じなのだろうか。

不謹慎だが興奮している。

今回の輪廻はどこまでも楽しませてくれる。リィンの行く末を見守り、魔女の長から裏の世界を聞くだけで良かったのに。こうして騎神の乗り手にも成れた。これも邪神のお蔭なのか。もしかして良い奴なのかも。

 

「何個か訊きたい」

「ウム」

「どうして俺が起動者だったんだ?」

「当然ノ疑問ダナ」

 

緋の騎神は答えた。

辿々しいから割愛するけど。

曰く、緋の騎神はアルノール家の血筋にしか反応しないらしい。皇族専用の騎神だという事だ。本来なら俺が乗れるはずもない。天変地異が起きようとも不可能な筈だった。

詳しい事情は話せないようだったが、断片的に聞く限りだと『焔の聖獣』と調停者による裏技が仕込まれていたらしい。暗黒竜に匹敵する穢れた存在と、アルノール家の騎士である事が鍵とも言っていた。

呪いとやらに蝕まれたから。皇女殿下の騎士になれたから。長い輪廻で初めて起動者として選ばれたのか。

緋の騎神は他にも理由があると言っていたけど。

 

「皇女殿下は関係ないのか?」

「アルフィン・ライゼ・アルノール、カ」

「どうなんだ」

「関係ナイ、トハ言エナイナ」

 

言い淀む緋の騎神。

数巡した後、ポツポツと答えた。

曰く、起動者として選ばれたのは俺なのだが、騎神としての力を完全に発揮する為には契約者であるアルノールの血が必要らしい。保証人制度みたいな物だぞと付け加えた緋の騎神。

この時点で猛烈に嫌な予感がした。

この騎神は複座式になっている。もう一つ椅子がある。誰かが座る為に。起動者となる為に。皆まで聞かずとも予想できた。

緋の騎神は推奨するように言った。

アルフィン・ライゼ・アルノール。彼女も乗り込まなければ真の力を発揮できないと。『千の武器を操る魔人』として畏れられた能力を行使できないのだと。

欠陥品にも程がある。皇女殿下を搭乗させたまま戦いに赴けなんて。騎士としてあるまじき行いだろうに。

緋の騎神は悔しそうに声を尖らした。

例え焔の聖獣でも、これ以上の反則技を用意できなかったと。限界ギリギリの妥協点だったと。そうでもしないと『何か』が溢れ出すのだと。

 

「皇女殿下が乗ってなくても。異次元な能力が行使できなくても。機体は動かせるんだよな?」

「通常ノ活動ダケナラバ問題ナイ」

「なら構わない。後は俺がどうにかするさ」

 

騎神は空を飛べると聞く。

それ以外は機甲兵と大差ない筈だ。

二大流派を正確に再現できる分、むしろ機甲兵を動かしていた時よりも強くなっている。充分だ。構わない。これ以上を欲張れば手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

緋の騎神は数秒黙ったままだった。

どうしたと尋ねる前に、一人で納得し終えた。

 

「――フム」

「何だよ。含みがあるな」

「イヤ、ナンデモ無イ」

「それよりもあと一つ訊きたい」

「良カロウ」

「お前から毒々しさを感じないんだ。ゴライアスに押し潰される前に感じた『緋い死』も。どういうことだ?」

「ウム。ヤット訊イテクレタナ」

「は?」

 

緋の騎神が嬉しそうに応える。

辿々しく。覚束ない昔語が始まった。

約900年前、帝都を死の都と化した暗黒竜が生まれた。時の皇帝陛下は仮の都としてセントアークに落ち延びた。それから約100年後、ヘクトル1世が緋の騎神を駆使して帝都を奪還。暗黒竜の討伐に成功する。されど暗黒竜の血を浴びてしまい穢れた存在に堕ちてしまった。

封印されてから約600年後。獅子戦役の時、偽帝と称されるオルトロス帝によって最悪の魔王に変貌させられた緋の騎神は、呪われながらも祝福された『紅き終焉の魔王』へ進化したらしい。

本来なら災厄を呼ぶ神。高位次元に封印しなければならない存在。だが、暗黒竜と等しく穢れた存在である俺を触媒にする事で、緋の騎神に巣喰い続けた呪いを消し去れたのだとか。

 

「え、と。つまり?」

「我ハ既ニ呪ワレテイナイ」

「俺が肩代わりしたからか?」

「イヤ。貴方ニ巣食ウ呪イ、ソレモ半分ホド消エタ筈ダ」

 

目を白黒させる。

意味がわからないと。

緋の騎神を蝕み続けた暗黒竜の瘴気。俺の身体に溜まっていた呪いの半分。二つとも無事に消えたらしい。相殺したのかとも考えたが、話を曲解せずに捉えるなら、俺と騎神に巣食っていたモノは似た類の汚染物質だろうに。

 

「貴方ト我ヲ蝕んだ呪イ、ソレヲ『檻』ニ閉ジ込メタ。煌魔城ガ出現シテシマッタ今、暗黒竜ガ復活スルノモ時間ノ問題。有効活用トイウモノダ」

 

言葉の意味を把握する前に。

事態の深刻さを理解する前に。

唐突に目の前が開けた。

紅蓮の空が視界を汚した。

機甲兵を起動させた感覚に近い。緋の騎神が覚醒したのか。様々な情報が頭に叩き込まれた。空の飛び方、機体の動かし方、そしてトールズ士官学院特科クラスへ襲い掛かる『漆黒の竜』がどういう存在なのかも。

 

「我ト貴方ノ呪イデ受肉シタ暗黒竜ダナ」

 

頭がくらくらする。

出来ることなら二度寝したい。

――だが。

この事態を招いたのは俺と緋の騎神らしい。

今にも死にそうな特科クラスの面々を眺める。

刀を握り締めながら息も絶え絶えなリィン・シュバルツァーが映った。

 

「この馬鹿がぁぁぁ!!」

 

緋の騎神に対する罵倒が口から漏れた。

説教は後である。今は彼らを助けなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰と蒼による擬似的な相克。

ヴィータが導いた物語の終焉。

1週間以上早い煌魔城の顕現。彼女の予想と異なる勝敗。それでも上手く行った。当初から予定していた計画の過程を無事に終えた。

油断だったのかもしれない。

慢心だったのかもしれない。

カイエン公爵には何もできないのだと。

魔女も結社も見掛け倒しだと罵倒したカイエン公爵は、何か確信があるように緋の騎神の腹部へ手を触れた。

数秒置いて。気まずい沈黙が流れて。

恐るべき霊圧が帝都全域へ駆け巡った。

咄嗟に防御結界を張る。辛うじて間に合った。

一瞬でも遅れていれば全員死んでいた。純度の高い呪い。黒の瘴気。ヘクトル1世すら蝕んだ純粋悪な毒。触れるだけで空の女神の下に召されてしまうこと間違いない代物だ。

耐え忍び、イヤな予感に背筋を震わせて。

――結果として。

緋の帝都ヘイムダルは最大の危機に陥った。

 

「有り得ないわ、こんな――」

 

約900年前の再来。

死の都と化した暗黒竜の再臨。

長い眠りから覚めたように。滅ぼされた憤りを発散するように。暗黒竜は暴れ出した。緋の玉座から紅蓮の空が見えてしまう程に。

瓦礫が弾ける。瘴気が飛散する。

この世の物と思えない光景に唖然とした。

確かに文献で読んだ。煌魔城を出現させてしまえば。霊脈を活性化させたままにしてしまえば。滅ぼした暗黒竜が受肉するかもしれないのだと。

さりとて時期がある。どんなに早くても一年半の時を必要とするだろう。未だに煌魔城が出現してから1日も経過していない。有り得ない事態であった。

 

「――ッ!」

 

呪いの瘴気は弱まっている。

魔女の加護があれば近接戦闘も可能な程に。

暗黒竜は巨体だ。文献に記された姿形よりも遥かに大きい。幾ら強くても人の手に余る化け物だ。こんな時に限って火炎魔人は姿を現さない。どうやら先に帝都から脱出しているようだった。

頼みの綱は二体の騎神のみ。しかし彼らは疑似相克によって霊力を著しく消耗している。時間稼ぎが必要だ。少なく見積もっても数十分。持つか持たないか。悠長に考えている時間などなかった。

果敢に立ち向かう。

伝説の幻獣が相手でも。帝都全域を死の都と化す怪物が相手でも。此処で踏ん張らなければ、多くの人間が死んでしまうと危機感を持って。

だとしても実力差は明白。気合と感情だけで覆るほど生易しい戦力差ではない。数分経過した。立っているのはクロウ、リィン、ラウラ、サラ、エマ、ヴィータのみ。半数は脱落。戦闘不能。死んでいないだけ幸運とも云える。

 

「おい、ヴィータ!」

 

暗黒竜の顎を躱す。

双刃剣にて鋭利な爪を受け止めたクロウ。

如何に絶望的な状況でも周囲を鼓舞してきた蒼の起動者は、驚愕から目を見開いていた。これ以上は支え切れないと判断して。爪を受け流し、後方に跳躍した後、深淵の魔女に警告を促した。

 

「なによ、これ以上はもう」

 

悪夢はもう充分だ。

目を背けなくなる景色。

暗黒竜の瘴気を抑えるだけで精一杯なのに。

これ以上、何が起きても驚かない自信があった。

 

 

 

「緋の騎神が動き始めてやがるぞ!」

 

 

 

もう倒れてもいいですか、盟主様?

 

 

 

 

 








カイエン公爵の罪状となっている物。

煌魔城の出現←本当はフェアのせい。

暗黒竜の再臨←本当はフェアのせい。




カイエン公爵「酷くない!?」



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