黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

20 / 60
十九話  黒緋覇王

 

 

 

 

 

上空から振り下ろされる絶死の鉤爪。

暗黒の瘴気を纏いて。濃縮された呪いと共に。ゼムリアストーン製の騎神すらも容易く断ち切る鋭利な斬撃。強烈な殺気。どこまでも容赦がない。

暗黒竜の狙いは緋の騎神だけに向けられている。

前世の因縁からか。それとも現状最も動ける騎神だからか。どちらにしても好都合だ。リィンたちの騎神が回復するまで時間を稼がなければならないのだから。

虚ろな目をしたヴィータ・クロチルダから教えてもらった。現在の状況も。暗黒竜を倒す為に必要な武具も。予想外だった。まさかゼムリアストーン製の武器でなければトドメを刺せないとは。

騎神を用いた初めての戦闘。武器も無い。ちょうど良い肩慣らしにもなる。俺はあくまでも脇役。時間稼ぎに徹するだけ。最終的にはリィンとクロウに任せる。

――そう思っていたのだが。

 

「以前ヨリモ強イナ」

「おいおい」

「少々呪イヲ注ギ過ギタカモシレヌ」

 

暗黒竜が強敵すぎる。

速い。重い。鋭い。単純に強い。

噛み砕く牙。斬り裂く爪。弾き飛ばす尻尾。何もかもが一撃必殺。武器さえあれば。大剣さえあれば。無い物ねだりだ。頭を切り替えろ。

爪牙は躱す。打撃の類は徒手空拳で防いでいく。戦闘が始まってから僅か十分。防戦一方でありながらも視えてきた。

だとしても何処まで保てるか。一度でも読み間違えたら騎神の体ごと轢き裂かれる。程よい緊張感だな。笑ってやるよ。これぐらい絶望的でなければ楽しくない。

 

「狂ッタカ?」

「笑わないとやってられないんだよ」

「昔ノ起動者ニ似テイルナ」

「褒め言葉だよな?」

「無論ダ」

 

右、左、上、右、背後。

次々と襲い掛かる死の一撃。

慣れた機甲兵なら受け止められる。

騎神だと無理だ。まだ慣れない。機甲兵と比べて感受性が良すぎるのも考え物だと痛感した。動きに齟齬が出てしまう。数世代前の旧式から最新式に乗り換えた感覚に近い。半日でいいから慣熟訓練させて欲しいという本音を辛うじて呑み込む。

躱す。防ぐ。移動する。

戦闘不能に陥っている面々を踏み潰さないように気をつけて。ヴィータ・クロチルダの援護に期待しながら。暗黒竜の殺意に満ちた視線を受け止めていく。

 

「起動者ヨ、拙イゾ」

「何が?」

「暗黒竜カラ瘴気ガ漏レ過ギテイル」

「だから!?」

「帝都ノ市民ガ眷族トナル。物言ワヌ死人ニ為ルダロウ。霊的ナ感染爆発ダ。大量ノ市民ガ死ンデシマウ」

「防ぐ手段は――」

「無イ。早ク消滅サセルグライダ」

 

可能なら暗黒竜の体力を削りたい。

灰と蒼の騎神が回復した瞬間にトドメを刺せるように。一刻も早く決着を付ける為に。緋の騎神もこれ以上時間を掛けたら拙いぞと急かしてくる。

帝都ヘイムダルの人口は80万を超える。もしも感染爆発が起きたら手遅れになる。助かった人々がいたとしても収拾などつかないだろう。

俺と緋の騎神の呪いによって復活した暗黒竜。齎される被害。巨竜に屠られる命。全て俺たちの責任だ。見過ごせる道理を超えている。

皇女殿下の騎士として認められたのなら。アルノールの騎士として祝福されたのなら。全ての帝国人を守護する責務が生まれたのと同義である。

僅かな隙を見つけろ。

確実に反撃していくしかない。

効果は薄い。拳打でどうにかなる相手でないことも。武器が無ければ話にならないことも。充分に理解している。大して効いていないと織り込み済みだ。

気休めでもいい。とにかく打ち込み続けろ。

右爪の振り下ろしを前進して回避。

間合いを詰める。腹部に入り込んだ。好機。両手に拳を作る。腰を落とした。『武神功』で滾らせた拳打を放つ。一発、二発、三発。直撃した瞬間に捻りを入れる。抉る。抉る。抉る。暗黒竜の巨体が浮き上がる程に。

身を捩る。咆哮をあげた。

多少なりとも効いたらしい。

刹那、騎神が持ち上げられた。

誰の仕業か。愚問だ。暗黒竜以外に有り得ない。

 

「飛ブゾ」

「見れば分かるよ」

 

空中で甚振る為か。

それとも打撃が効いたか。

どちらでも良い。大事なのは暗黒竜が翼を広げた事実のみ。緋の騎神を掴んだまま。殺気を強めたまま。巨大な口から瘴気を漏らして。噛み殺してやると云わんばかりに。

巨体が飛び上がった。

紅蓮の夜空に漆黒の巨竜が舞う。

幻想的な姿だと思った。一枚の絵画として残してもいいぐらいに。さぞや名高い画として後世に伝わる筈だ。そんな下らない妄想に浸りながらも緋の騎神を動かした。

月面宙返り。ムーンサルトキック。暗黒竜の顎を蹴り付ける。ガチンと鈍い音が響いた。相当痛かったらしい。巨竜の間合いから逃げた騎神を強く睨んできた。

身体が強張る。冷や汗が流れた。

全盛期よりも遥かに強力な暗黒竜から見れば、騎神に初めて搭乗した俺と覚醒した直後である緋の騎神は貧弱な獲物に違いない。

特に空中戦なら巨竜の独壇場である。どうにかして地上戦に持ち込むか。覚悟を決めて空中で時間を稼ぐか。眉間に皺を寄せる。利点と欠点を並べていく。

空中なら周囲に気を遣わなくても構わない。帝都に墜落しなければ。市街地に近付かせなければ。直接的な被害は俺だけに留まる。それに――。

 

「運ガ向イテキタナ」

「援護か」

「ウム。ソレニ契約者ガ来タゾ」

「契約者って、まさか」

 

白銀の巨船パンタグリュエルが飛来した。

巨大飛行戦艦が火を噴く。艦橋部分付近に設置された三連装の大型導力砲が二基。艦底面にも二連装の導力砲が二基。甲板に多数配置された垂直発射管から対空ミサイルが大量に放たれた。

羽ばたく暗黒竜に直撃した。膨大な近代兵器の火力に包まれる。雄叫びをあげる巨竜。苦しそうに鎌首をもたげる。

隙が出来た。追撃を仕掛ける好機。

そんな俺を留めたのは一筋の閃光だった。

紅い翼が煌めく。高速巡洋艦の主砲が見事なまでに炸裂した。爆音が轟く。これは効いたに違いない。有り難い。感謝する。

さりとて此処までは想定済みだった。

空中に昇れば援護を貰えると期待していた。

そんな俺の考えを嘲笑うように。

想像力が足りていないと叱咤するように。

帝都の空に聞き慣れた女性の声が木霊した。

 

 

「フェア――。フェア・ヴィルングですか!?」

 

 

心を穿つ悲痛な声だった。

淡い期待を含んだ問い掛けだった。

帝都の空にいる訳。赤い翼に乗っている訳。俺だと気づいた訳。尋ねたい事は山のように有る。知りたい事も、心配を掛けた事に対する罪悪感も存在する。

だから返事をした。

優しく。穏やかに。ハッキリと。

 

「只今帰りました、アルフィン殿下」

 

一拍。

 

「――嗚呼、フェア。フェア、フェア、フェア。生きていたのね。生きててくれたのね。待っててちょうだい。今そっちに行くから」

 

俺の名前を何回も歓呼する皇女殿下。

譫言のように。狂ってしまったように。

純粋な歓喜の叫声。女神に出会ったような恍惚とした表情。帝国の至宝である皇女殿下に相応しくない妖艶な微笑み。

玲瓏だと。美貌だと。綺麗だと見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の空にて四つの影が交錯した。

轟音を響かせる。呪いの瘴気が飛散する。

この世の終わりを彷彿させる光景。万象を呪う巨大な暗黒竜が縦横無尽に夜空を駆け巡る。数多くの帝都市民も紅蓮の空を見上げているだろう。泣き叫びながら。戦慄と幻想に身を焦がしながら。

フェア・ヴィルングの搭乗する緋の騎神。初めての戦闘にも拘らず、僅か一人で暗黒竜と対峙した強者。武器を持たない。練度も足りていない。それらを些事だと吐き捨てて、大胆不敵にも正面から立ち向かっていった。

空へ連行された時は息を呑んだ。

騎神は空を飛べると知っている。機甲兵と異なる能力の一つ。さりとて初めて搭乗した起動者は扱いきれない。当然の原理だ。人間は空を飛んだ事など無いのだから。

フェアは魔女の懸念を覆した。

容易く飛んだ。暗黒竜の顎を躱した。我が庭のように。飛行した経験があるように。恐るべき練度だ。刻一刻と馴染んでいる。1秒毎に動作が洗練されていった。

更に白銀の巨船と紅い翼も援護している。

――だとしても。

決定打にならない。

暗黒竜は羽搏きを止めない。

絶え間ない爆炎を斬り裂きながら。紅い翼に爪を振り被り。白銀の巨船を噛み千切り。蒼穹に於ける絶対王者として君臨する暗黒の幻獣。

 

「霊力が溜まったぜ、ヴィータ!」

「ヴァリマールも行けます!」

 

二人の起動者が背後で叫んだ。

大変喜ばしい。三体の騎神なら相手取れる。

ゼムリアストーン製の武具で致命傷を与えられるのだと文献に記載されていた。灰の騎神による太刀。蒼の騎神による双刃剣。親友同士の連携にて決着を付けられると確信する。

そんな魔女の思惑を嘲笑する暗黒竜。

巨竜がカレイジャスに急接近した。獰猛な爪牙に曝される紅い翼。緋の騎神が間に割り込む。両足の爪を受け止めた。頭を噛み砕こうとする毒牙を躱す。安堵のため息を吐いた瞬間、暗黒竜は巨体を回転させた。長大な尾が鞭のようにしなる。腹部に直撃。重低音が響いた。弾き飛ばされる。

追撃を仕掛ける暗黒竜。騎神の核に目掛けて。右脚の鉤爪を繰り出す。間一髪で回避した緋の騎神は唐突に『動き方』を変えた。

もしかしてと目を細める。

起動者から操縦権を奪ったのかと憂慮する。

緋の騎神は飛来する暗黒竜を潜り抜けて、カレイジャスへ近付く。数秒後『誰か』が甲板に駆け上ってきた。一拍挟み『誰か』は巡洋艦から飛び降りた。霊子変換されながら緋の騎神に吸い込まれていく。

嫌な予感を覚えながらも遠視した。見覚えのある少女だった。アルフィン・ライゼ・アルノール。皇帝陛下の息女。帝国の至宝。黒の騎士と共に帝国正規軍の快進撃を支えた救国の皇女。

確かに疑問だった。

フェア・ヴィルングは皇族の血を引いていない。傍流でもない。本来なら緋の騎神を動かすなど不可能。起動者に選ばれない存在。にも拘らず、何の因果か、フェア・ヴィルングは騎神を巧みに操縦している。

とある推測が生まれた。

アルノールの騎士として動かしているのかと。アルフィン皇女が本来の起動者で、フェアは単なる操縦者に過ぎないのではないのかと。

推測通りなのか。正鵠を射ているのか。

考えるのは後にしよう。

瑣末事に過ぎない。どうでもいい。

目の前で降臨したとある存在に比べれば。

 

「ヴィータ、あれは――」

「騎神から、焔の翼が生えて、いる?」

 

我が目を疑う。

視神経がおかしくなった。

暗黒竜と終焉の魔王が対峙している。

 

 

「――エンド・オブ・ヴァーミリオン」

 

 

もう泣いてもいいですか、盟主様?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフィンは信じていた。

自らの騎士が生きていると。必ず無事に戻ってくると。証拠は無い。根拠も無かった。それでも契約したのだから。約束してくれたのだから。

だからこそ奮起した。

帝都の空を阻む貴族連合軍に唱道した。事態は深刻であると。敵味方関係ないと。一致団結して収拾に当たるべきだと。

パンタグリュエルとカレイジャスによる帝都決戦へ単艦で割り込む。数分足らずで戦闘行為を中断させる豪腕振り。両陣営に対して停戦合意を呑ませた。

軍用艦から紅い翼に移乗。巨竜の雄叫びに怯む乗組員を叱咤激励して、騒乱の中心へ駆け付けようとした矢先、脳内に声が響いた。

曰く、声の主は緋の騎神であると。永い封印から解き放たれ、フェア・ヴィルングを起動者として覚醒したのだと。『カイエン公爵』の手によって再臨した暗黒竜を討滅しようとするも、得物を持たない故に酷く劣勢な状況であると。

歓喜したのも束の間、打開策を訊く。

緋の騎神は嬉しそうに応えた。アルノールの直系たるアルフィンも搭乗すれば、騎神本来の能力を発揮できると。千の武器を操る魔人として、暗黒竜を圧倒できると。唯一にして絶対の解決方法なのだと。

危険である。罠かもしれない。

それよりも心躍った。喜悦した。

己が認めた最高の騎士。皇女として進むべき道を教授してくれた。常勝不敗の軍神から白星を挙げた。結社最強の武人を追い払った。

彼を助けられる。

彼と共に戦場を歩める。

帝国の危機を打ち払える。

なによりも喜ばしい事柄だった。

故にアルフィンは一瞬足りとて迷わず首肯した。

当然ながら伝説の幻獣である暗黒竜と対峙した時は酷く恐怖した。さもありなん。アルフィンは未だ15歳。武技を学んでいる訳でもない。皇女という肩書を持つ子供でしかないのだから。

黒の騎士の声を聞き、恐怖は泡沫の如く消え去った。カレイジャスから飛び降りる。不思議な感覚に身を包まれて、気が付けば、フェア・ヴィルングに抱き締められていた。

 

「フェア!」

 

座席にて狼狽する黒の騎士。

彼の胸元に美貌を埋める。首元に腕を回した。

二度と離れないように。

二度と死なせてしまわないように。

 

「フェア、フェア、フェア」

 

呪詛のように名前を紡ぐ。

騎士の心を縛り付ける呪いの言葉。

フェアも満更ではないように微笑んだ。

 

「危険ですよ、アルフィン殿下」

「そんな事ないわ。貴方と一緒ならね」

 

暗黒竜の雄叫びが轟く。

緋の騎神が『黒緋の覇王』へと変貌する。

 

約900年の時を経て。

緋の帝都ヘイムダルの空に。

伝説を彩った二対の化物が再臨した。

 

 

 

 







カイエン公爵の罪状となっている物。

煌魔城の出現←本当はフェアのせい。

暗黒竜の再臨←本当はフェアのせい。

霊的な感染爆発←本当はフェアのせい。NEW


カイエン公爵「もうだめだぁ・・・おしまいだぁ(白目)」






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。