黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

21 / 60
二十話  内戦終結

 

 

 

 

 

 

 

「あははは!」

 

軽薄な笑い声が鼓膜を揺らした。

隣で腹を抱える道化師を尻目に、火炎魔人は腕を組んだ。トリスタの街。トールズ士官学院の校舎屋上。悠然と立ちながら帝都の空を眺める。

夜空を掻き消す紅蓮の炎。瘴気を撒き散らす暗黒の竜。仄かに彩る月明かり。確かな物は何一つとして存在しない。朧気で。幻想的で。幽寂閑雅な世界だった。

暗黒竜と緋の騎神による戦闘。帝都とトリスタの距離は約400セルジュ。さりとて遠視を使わずとも一望できた。一般人からしたら御伽話の一幕を鑑賞しているようなものだろうなと冷笑する。

 

「見てごらんよ、マクバーン!」

 

カンパネルラが興奮している。

指差す先に映るのは緋の騎神から黒緋の覇王へ進化する姿。空間を捻じ曲げて。威嚇する暗黒竜など完全に無視して。巨イナル力の欠片、その一つから神の域へと昇華する。

外装の色は緋から真紅へ。形状は鋭く、大きく。背中から焔の大翼が出現した。騎神全体を包む黒緋の焔は、帝都空域の気温を3度上げそうな熱量を放出している。

子供でもわかる変化。

大人なら絶望する変貌。

近郊都市トリスタも同様の有様。無邪気な子供は御伽話のような光景に興奮しており、無駄に賢い大人は全てを焼き尽くしてしまいそうな覇王の襲来を畏れている。

 

「こりゃスゲェな」

「皇女殿下を取り込んで強くなるなんてねぇ」

「騎神は一人乗りじゃなかったのか?」

「緋は特別なんだってさ。盟主曰くだけど」

「ほーん」

 

騎神状態でも渡り合っていた。

勝てない。それでも負けない戦い。

暗黒竜から致命的な死撃を喰らわずに、弱撃ながら着実に反撃していた。得物がない状態でも食らい付く技量。最悪の幻獣にも単機で立ち向かう度胸。来訪者と融合したからか。それとも本人の素質からか。

白銀の巨船と紅い翼の援護を考慮しても、決定打に欠けた。約900年前、帝都ヘイムダルを徹底的に滅亡させた幻獣の力は控えめに表現しても化物である。近代兵器の塊と至宝の一部が共闘した所で押し切れるほど弱卒な存在ではない。

千日手になるか。

人間の気力が尽きるか。

どちらにしても緋の騎神に勝ち目などない。

灰と蒼の騎神が霊力を補充。完全復活すれば勝利する可能性は高まるものの、何よりも先ずは暗黒竜を地面に叩き落とさなければ。空中戦で戦うのは愚策に過ぎる。

人と竜。生物としての根幹が異なるのだから。

 

「おっ、始めたな」

「千の武器を操る魔人だね」

「見届けさせて貰おうか、今の力を」

 

暗黒竜が仕掛ける。

白銀の巨船と紅い翼を無視して。眼中に無いと宣言して。焦燥感から瘴気を撒き散らして。漆黒の翼を羽ばたかせ、覇王へ遮二無二に突進した。

目を見張るほど速い。

直撃しただけで起動者を圧殺できそうな程に。

黒緋の覇王は身軽な動作で回避した。擦れ違う瞬間に尻尾を掴む。ガシッと。滑らないように爪を立てる。グチャと。腰を曲げて、回転する。巨竜を振り回す。鮮烈な風切音を奏でて。巨竜が目を回して。頭がふらふらになるまで。何度でも大振りする。そして唐突に手を離した。

暗黒竜が帝都の空を舞う。

衝撃を受け止め切れず。体勢を立て直せず。幾らでも斬り掛かってくれと云わんばかりに無防備な姿を晒した巨竜。

黒緋の覇王は肉薄した。右手に携えた魔剣を構えながら。鬱憤を晴らすように。反撃開始だとでも言うように。霊力で創られた魔剣を振り翳す。一閃。匠な斬撃だった。剣帝レオンハルトを彷彿させる太刀筋。技量だけならば黄金の羅刹に勝ると噂されるのも肯けた。

斬り飛ばされる右の前脚。付け根から黒い血が噴き出す。苦悶の雄叫びをあげる暗黒竜。残った左の前脚を突き出す。苦し紛れな爪撃だった。

当たらない。当たるわけがない。

新たに創り出した魔槍を左手に持ったまま。覇王は身を屈んだ。がら空きの胴体へ目掛けて刺突を放つ。深々と竜麟を貫いた。

並の幻獣なら致命傷だろうに。

暗黒竜は叫びつつも戦意を失っていない。

口を開ける巨竜。口先から滴り落ちる黒い毒。液体となるまで濃縮された呪い。噛み付かれれば戦闘終了。緋の騎神は再び穢れた存在へ成り果ててしまう。

覇王は一旦距離を取った。

仕切り直し。呪われた血を避けたと見る。

 

「呪詛の血が厄介だな」

「そう?」

「騎神でも汚染する代物だぞ」

「うーん、黒い焔で止血できそうだけどね」

「あの黒い焔は敵に向いてねぇよ」

「じゃあ何の為にあるのさ?」

「明白だろうが。自分自身を焼いてんだよ」

 

悍ましい。痛ましい。

マクバーンは柄にもなく同情した。

覇王を覆う幻想的な黒緋の焔。攻防一体に相応しい形態。膨大な熱量で敵の接近を許さず、武器を介して焼き殺す。常人ならそう判断する。

マクバーンは異なる。見方が違う。黒い焔を操る者だからこそ気付いた。緋の騎神を取り巻く黒緋の焔は『何か』を滅する為だけに働いていると。

その『何か』とは、外から飛来した『来訪者』に違いない。それ以外に考えられない。火炎魔人状態に匹敵する熱量は『一つの存在』だけに向けられている。アレと混じり合っている四つのどれかだと仮定するなら、来訪者以外に適合する存在が見当たらなかった。

誰が仕掛けたのか。誰が仕組んだのか。

恐らく人の心を一切持たない人物だろう。

起動者に襲い掛かる煉獄の苦しみも。その状態で強制的に戦わせる鬼畜さも。想像するだけで憐憫に値する。

今も地獄の業火に焼かれている。

脚先から炭化していく激痛に悶えている筈だ。

 

「自分自身を、か」

 

哀しそうに口を歪ませる道化師。

先刻までの興奮状態など過去の話。

頭から冷水を浴びせられたように、酷く落ち込んでいた。

 

「業火に焼かれているのはアレだけだ。皇女とやらは痛くも痒くもねぇだろうな。隣で絶叫されても困るだけだろうが」

「へぇ」

「救われねぇ話だ」

 

カンパネルラ曰く、緋の騎神は特別らしい。

起動者と契約者が完全に分離されている。実際に操縦するアルノールの騎士。彼にお墨付きを与えるアルノールの血筋。この反則技は焔の聖獣と初代アルノールが画策した事だとか。

なら、黒緋の焔で身を清める仕掛けは聖獣と調停者に因る物なのか。そこまでして抑えたい来訪者とは何者か。神に連なる存在なのか。

 

「にしても、良くわかったね」

「――まぁな」

 

魔人は目を逸らした。

わかったという表現だと語弊がある。

正確に云うなら本能で察した。黒緋の焔を見た瞬間に。騎神を覆い尽くす莫大な熱量を感知した瞬間に。何故か。どうしてか。理由は簡単だった。

 

 

「アレは『俺』とも混じってる」

 

 

或いは火炎魔人と近しい存在か。

マクバーン自身、己の正体を知らない。記憶を失っているからだ。誰かに説明できる理由も、明白な根拠も不足気味。論理立てて証明するなど不可能である。

――しかし。

魔人だけは確信している。

来訪者を抑えている存在は『焔の神』だと。

 

「そっか。そういう事か」

 

道化師は何かに納得したらしい。

得心がいくように何回も首肯した。

 

「んだよ?」

「君は彼を可哀想だと思うかい?」

「下らねぇ。アレは同情なんて求めてねぇよ」

「確かに。彼は前を向いている。どんなに辛くても、どんなに絶望的でも。その理由がわかったんだよ」

「莫迦だからじゃねぇのか」

「彼は救われると信じているんだ」

 

道化師は微笑んでいた。

黒緋の覇王を、その起動者を。

挫けずに歩き続ける存在を眩しそうに見上げている。

 

「理屈じゃない。理由なんていらない。彼は救われると本気で信じているんだ。マクバーン、君がいるんだから」

 

アレが救われるかどうか。

来訪者から解放されるかどうか。

マクバーンには一切関係がなかった。

自らの記憶を取り戻す為に必要な闘争。鋼の聖女すら超える強者へ育ってくれるだけで構わない。緋の起動者が壊れようとも涼しい顔でいられると考えていた。

 

「彼を救えるのは君だよ、マクバーン」

 

道化師の声が耳に木霊した。

何度も、何度も。

どうか助けてあげて、と懇願するような声音だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶しそうな激痛が全身を駆け巡る。

全身を燃やされている。隙間無く。絶え間無く。容赦無く。魂魄まで灰にする業火に曝されてから永劫と思しき3分間だった。

唯一の救いは痛みによる脂汗が流れない事か。

表情は我慢できる。絶叫も呑み込める。それでも身体の条件反射までは抑えられない。冷や汗、もしくは脂汗が流れてしまえば、抱き付いたままの皇女殿下に気付かれてしまう所だった。

 

「フム」

 

本来なら皇女殿下を乗せるつもりなどなかった。

如何に劣勢だとしても。千日手になるとしても。皇女殿下を巻き込むのは臣下としてあるまじき所業。灰と蒼の騎神と協力して、暗黒竜を討滅する算段を立てていると、唐突に操縦権を奪われてしまった。緋の騎神が勝手に動き始め、最終的に皇女殿下を搭乗させてしまう始末である。

声を聞けた。顔も見られた。嬉しかったのは事実。

だけど。それでもだ。

相談もなく、連絡もなく、報告もない。

起動者を無視して事を進めたのは如何な物か。

 

「起動者ヨ、暗黒竜ガ弱ッテイルゾ」

 

起動者と契約者が揃うと。

緋の騎神は黒緋の覇王へ進化した。

暗黒竜から齎された『呪い』だけを除去。偽帝と称されたオルトロス帝の施した秘術は僅かながら残っていた。

『紅き終焉の魔王』は再臨せず。

『黒緋の覇王』として新たに君臨する事になる。

確かに強い。強力すぎる機体だ。

機体性能は格段に上昇している。灰と蒼を同時に相手取ったとしても余裕で勝てる程に。加えて、武器を幾らでも生み出せる。魔剣プロパトール、魔槍エンノイア。黒緋の焔を材料にして、概念を押し固めて、様々な武器を創造する異次元な能力である。

代償として、全身を包み込む黒焔の痛みに苛まれる。可能なら泣き叫びたい。掻き毟りたい。一刻も早く降りたい。人間として当然の欲求だろう。

さりとて俺は微笑む。

凄絶な笑顔を浮かべてやる。

終わりは来る。我慢すればいいだけ。

燃やされるだけで強くなれるなら願ったり叶ったり。

実際、酷く劣勢だったにも拘らず、暗黒竜を圧倒するようになる。右の前脚と後脚は根本から斬り飛ばした。漆黒の両翼も半壊に近い。腹部の巨大な孔からは呪詛の血が滴り落ちている。

騎神の扱いにも慣れた。武器も無尽蔵に有る。ゼムリアストーン製の武具さえ所持していたなら此処でトドメを刺すものを。

 

「暗黒竜を煌魔城まで引き寄せる」

「灰ト蒼ニ飛ンデキテ貰エバ良イダロウ」

「あの巨体が帝都に落ちたら大災害になるぞ」

 

只でさえ恐慌状態。

暗黒竜の死骸が市街地に落ちてしまえば、それだけで帝都の狂乱状態に拍車を掛ける。大パニックだな。無駄に命を減らす結果となる。

それにヴィータ・クロチルダから頼まれていた。

受肉した暗黒竜を完全に消し去るには、最後に魔女の力が必要なのだとか。瘴気の蔓延を一秒でも減らす為に、魔女の近くで討滅した方が結果的に救われる命は多くなるとの事。

 

「――承知シタ。弓ヲ扱ッタ経験ハ?」

「有る。魔弓を創るぞ」

「応!」

 

魔弓バルバトスを創造する。

剣術や槍術と比べれば稚拙な技量。人様に誇れる練度ではない。お目汚しになる可能性大。少しだけ憂鬱になる。

狙いは暗黒竜。全長70アージュを超える巨竜。翼は劣化している。動作は鈍い。達人でなくても当たる距離を保った。弓の弦に矢をあてがう。

改めて暗黒竜を凝視した。

尻尾を掴んで運んでも構わない。

だが、死の間際で自暴自棄になられても困る。

最も恐れるのは急降下して市街地に飛び込む事。

遠距離攻撃を用いて誘導していく。当たるか当たらないか。瀬戸際に矢を放ち、上手く煌魔城の上空に誘き寄せなくては。

連続で矢を発射する。

暗黒竜が回避しようと動き回った。先読みして矢を射続ける。右、左、右、右、左。巨竜が羽搏きを大きくした。白銀の巨船、紅い翼を避ける。向かう先は煌魔城の玉座。溢れる呪いを吸収し、回復しようとでも考えているに違いない。

第一段階は成功した。

後は灰と蒼の騎神に任せる。

吐息を漏らす。痛みから片目を閉じた。

 

「フェア」

 

戦闘の邪魔になるからと。

帝都の市民を救うためにと。

決死の覚悟を抱いて緋の騎神に乗り込み、俺の身体に抱き付いたまま沈黙していた皇女殿下から名前を呼ばれた。

どうしたのか、と視線を落とす。

帝国の至宝は訝しげに目を細めていた。

 

「苦しいのでしょう?」

 

思わず息を呑んだ。

マジマジと皇女殿下を見詰める。

 

「――何故、そう思われましたか?」

「わかるの。貴方がどうしようもない苦しみに巻き込まれていることも。誰にも打ち明けられない秘密を抱えていることも。そして、それを私に教えてくれないことも」

 

皇女殿下が身動ぎした。

俺の胸元に手を置く。

服を破いて肌を露出させた。

細い指が走る。爪の先で傷を付けた。

小さな裂傷。血すら流れない極小の痕。

 

「ねぇ、フェア」

 

皇女殿下は艶やかに笑う。

 

「私、貴方に傷を付けたわ」

 

嬉しそうに。楽しそうに。

年相応の無邪気な笑顔は煌めいている。

だからと続ける。

皇女殿下は傷口を撫でながら言った。

 

「私を傷付けて、貴方の手で」

 

教えてくれないと。

何度でも貴方を傷付ける。

そして、貴方は私を傷付けるのよ。

皇女殿下は朗らかにそんな宣言をした。

何故か確信している。

どうしてだろう。誰から聞いたのだろう。

理由は不明だけども。

原因なんて判別できないけども。

主君に隠し事をすべきか。薄気味悪がられても話すべきか。誰も信じてくれなかった。誰も解決策を教えてくれなかった。

昔を思い出す。誰に伝えたとしても信じてもらえなかった時を。狂人と蔑まれた双眸の冷たさを。

迷って、悩んで、苦しんで、決意した。

 

「――わかりました、アルフィン殿下」

 

灰と蒼の騎神が武器を翳す。

弱った巨竜にトドメを刺した。

視界の端で、暗黒竜が消滅していく。

帝都中に響き渡る断末魔の雄叫び。狼狽するカイエン公爵。騎士剣を構えるルーファス卿。姿を現した鉄血宰相。瓦礫に埋もれた緋の玉座にて、どうやらもう一騒動が起きているらしい。

 

「信じられないかもしれませんが――」

 

黒緋の覇王は緋の騎神へと戻る。

全身を蝕む焔の痛みからも解放された。

緋の帝都は救われた。

それでも俺の輪廻は続いていく。

皇女殿下に全てを打ち明けながら、俺は内戦の終わりを確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 








鉄血「今回の騒動、全部カイエン公爵のせいだな」

ルーファス「皇族の幽閉とかも全部カイエン公爵のせいです」

緋の騎神「マジ許せないっすよね!」←カイエン公爵を操ったあかい悪魔。

カイエン「――――(白目)」

ミルディーヌ「ヤバい(確信)」








▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。