黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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二十四話 告白慟哭

 

 

 

物言わぬ死骸が見上げている。

悲しくない。辛くない。

何度も何度も自らに言い聞かせる。

深く呼吸した。柄を強く握る。エルマーを殺したのは二回目。慣れたモノだ。飛び掛かる食人鬼の脚を斬り落とし、掴もうとする腕を切断し、宝剣ヴァニタスで袈裟斬りする。

最初殺した時は3日寝込んだ。

今は動ける。余裕がある。冷静な心を保てる。

これで良いんだ。

こうするしか無いのだから。

女の声が真実を話していなくても。

ひたすらオルキスタワーを降りていく。

 

「ひっ!」

 

見知らぬ人々が犇めき合っていた。俺を見て、目を白黒させる。当然か。エルマーの鮮血で彩られて、片手に宝剣を携えて、硝子みたいな双眸を見開いているのだから。

悲鳴をあげる。我先に逃げていく。

俺は覚悟を固めて駆け出した。妻を、彼女を、家族を護ろうとする男たちを薙ぎ払う。真横の一閃で5人を絶命させる。

俺を背中から羽交い締めしようとした体格の良い中年男性の頭を叩き割る。脚を掴もうとした青年の首を撥ねる。ベンチを持ち上げて振りかぶった筋肉質な男を頭から股まで一刀両断した。

実力差がわかったのだろう。

勇気を振り絞った男たちも及び腰になる。愛する者を護ろうとする闘志は萎み、死の光景を目の当たりする事で恐怖だけが膨れ上がっている。

気持ちはわかる。

世界大戦の時、俺もそうだったから。

仕方ない事だ。人間としての常識なのだから。

唐突に始まった殺戮劇。黒幕は謎の女、実行犯は俺、被害者は無垢な一般人。報酬は心を洗い流す血の雨だ。

 

「い、イヤだ!」

「どうして殺すの!?」

「俺たちが何をしたんだ!」

 

無心で剣を振るう。一振り一殺。

オルキスタワーの内部を赫く染め上げる。

俺は目を閉じない。謝らない。後悔しない。

ひたすらに顔を覚える。身体的特徴と断末魔の叫びを記憶していく。忘れない事だけが彼らに報いる方法だと思ったから。

階層の人間を殺し尽くした。壁に寄り掛かる。天井を見上げた。呼吸を整える。大丈夫だ、まだ壊れていない。殺した人間は5000人ほどか。最低でも10万人以上、殺害しないといけない。休憩している時間こそ勿体ない。下へ降りよう。殺さないと。わかっているのに足が重い。勘弁してくれと弱い自分が叫ぶ。甘ったれるな。やるしかないんだ。

震える足を叱責する。

階段をゆっくりと降りた。

上の階層と同じように人間が蠢いていた。

似た事の繰り返し。無慈悲な斬殺劇が上映されていく。せめて苦しまないように。即死で終われるように。惜しみなく戦技を放つ。老若男女分け隔てなく死を与える。

 

「心は痛まないのか!?」

 

上半身だけの妻に縋りながら咆哮する夫。

頭だけの子供を抱きしめて泣き叫ぶ母親。

両親だった肉片を掻き集める双子の子供。

長年連れ添った奥さんを惨殺された老人。

誰も彼もが問い掛ける。

答えない。答えられない。

凝視して、悲鳴を傾聴しながら、剣を振るだけ。

俺がするべき事などそれぐらいだ。

他に必要な行いがあるならどうか教えてくれよ。

 

「――――」

 

20階ほど降りた。

10万人以上、殺し尽くした計算になる。

肉体の痛みなら我慢できる。

忘却される苦痛にも耐えられる。

それでも無垢な人々を殺す所業は困難を極めた。

最早、傷む心も消え失せた。

消え失せたと思っていたのだけど。

 

「お兄ちゃん、誰?」

 

見覚えのある子供たちが虚空から現れる。

身体中傷だらけで。酷く淀んだ目で。無意味に貼り付けた笑顔を浮かべて。心底から不思議そうに小首を傾げた。

敵意も、戦意も、恐怖すら持たない。

当たり前だ。既に壊れているのだから。

カルト宗教団体の被害者たち。『真なる叡智と真なる混沌』を目指して、数百年に渡り、人体実験を繰り返した屑共。大陸中から子供を拐い、死ぬまで非人道的な実験を反復していった。

余りに残酷な所業から徹底的に調べた。結果として不可解な事が判明する。輪廻を隔てる度に、宗教団体の教義と行動、壊滅時期が異なっていた。

基本的に七耀暦1198年には、宗教団体は各国の遊撃士と軍隊によって壊滅済みである。エルマーも七耀暦1200年にはケビン・グラハムの手で臨終する。

当然、俺は思考した。カルト宗教団体が輪廻の突破口になるかもしれないと。何回も接触を試み、事件に巻き込まれて、結局は徒労に終わってしまった。

 

「ワタシたちを、殺しに来たの?」

「ボクたちを、殺してくれるの?」

 

子供たちの声が鼓膜を揺さぶる。

俺は何も返事せずに宝剣を振り翳した。

一度でも口を開けば。

これ以上身体を止めてしまえば。

膝をついてしまいそうだったから。

諍いも、反発も、逃げようともしない子供たちを縦横無尽に殺していく。胸が締め付けられる。心が悲鳴をあげそうだった。

 

「――ありがとう、お兄ちゃん」

 

なんで感謝するんだ。

どうして泣き叫ばない。

いっそのこと罵倒してくれよ。

人でなしと。鬼畜と。クズ野郎と。俺を表現する罵声など幾らでも浮かび上がる。目的の為に10万人を殺害するエゴイストなのに。

歯を食いしばる。とにかく腕を動かした。

一階のエントランス。

最後の子供へ、宝剣を突き立てる。

正確無比な一撃。確実に心臓を刺突した。

数秒待つ。どうか終わってくれと願いながら。新たな気配を感じない。虚空も出現しない。どうやら終わったらしい。殺し尽くしたようだ。

絶命した子供から剣を引き抜く。温かい血を浴びながら周囲を見渡す。まさしく地獄絵図。100人を越す子供たちの死骸が散乱している。

 

「あはは」

 

喉が震える。頬が緩んだ。

現実感を無視した景色に哄笑した。

 

「あはははははははは!!」

 

もう何も感じない。

罪悪感など欠片もない。

仕方ない事だった。どうしようもなかった。巻き込まれた方が悪い。逃げられなかった方が悪い。今度は気をつけろ。次こそは生き延びられると良いな。そうだ、そうだ、俺は悪くない。俺は被害者だ。俺は救われたいんだ。俺は地獄から脱出したいんだ。そうだ、どんな事を行なってでも!!

 

 

「フェア?」

 

 

大声で笑い続ける俺を。

聞き覚えのある小さな声が制止した。

口を半開きにして。天井から入り口に視線を移動させる。視界に広がる阿鼻叫喚の景色、その奥に控える黄金の少女が目に飛び込んできた。

有り得ない。

どうして此処にいるのか。

謎の女は言った。己に入り込んだ残滓を殺せと。皆殺しにしたら怨嗟の声は止まるのだと。つまり彼らは暗黒竜の騒動で死亡した、もしくは被害に遭われた人々だと仮定できる。カルト宗教団体の被害者たちが現れた理由も同じだと考えられる。

――だとすれば。

彼女が出現する条件など満たしていない。

あの方はバルフレイム宮で元気に暮らしている。

前提条件が間違っていたのか。

それとも、もしかして、あるいは――。

どうでもいいと頭を振る。現実を直視しろ。

仮初でも、現実世界に影響しないとしても。

主君である『皇女殿下』を殺さないといけないなんて。

 

「アルフィン、殿下――」

「一体何をしているのかしら?」

 

皇女殿下は微笑んだ。

尋ねる口調に嫌悪を感じない。

純粋に興味を覚えたように。まるで公園で遊ぶ子供たちに何しているのかと尋ねるように。どこまでも真摯で、湧いて出た純然たる疑問を教えてほしいと。

 

「どうしたの?」

 

歩み寄る皇女殿下。

子供の死体を一瞥もせずに跨いで。

ひたすら俺だけを見つめながら近づいて来る。

 

「――――」

 

俺は後退りした。

何を説明すればいいのか。

どんな申し開きをすればいいのか。

眼前にいる皇女殿下は影法師だとわかっている。

本物は皇城に御在宅なのも。問答無用で斬り捨ててしまえば良いことも。一振りで万事解決すると理解している。

長い輪廻だ。親しい人間を何回も殺した。何回も殺された。憎悪を抱いていない。立場や意見が変われば敵味方も容易く変化する。愛憎も似たようなものだ。不変な感情など御伽話にも存在しないのだから。

なのに気圧された。

殺せない。あの方だけは殺せない。

影法師だとしても。本物でないとしても。

俺を信じてくれた。

俺の手を掴んでくれた。

死ぬ時は一緒だと約束した。

 

「ねぇ、フェア。この惨劇は貴方のせいなの?」

 

何故、俺を咎めないのか。

どうして慈愛に満ちた視線を向けるのか。

疑問だけが脳裏を過ぎる。

取り敢えず返答しようとした。

口を開いて、自信を持って、事情を説明しようとして。瞬間、言い訳するみたいだと気付いた。その醜態さと自己保身に吐き気がした。

だからこそ首肯するだけに留めた。

 

「だから、そんなに酷い顔をしているのね」

 

迷わず。躊躇わず。

皇女殿下は逡巡せずに接近する。

俺は宝剣を手にしている。顔は鮮血に塗れ。黒を基調とした服も赤黒く染まり。主観的に見たとしても狂った殺人鬼としか考えられない出で立ちである。

俺は後退する。皇女殿下は前進する。

無意味な攻防は僅か十数秒で終わりを告げた。

壁に背中がぶつかる。これ以上、後方に下がれない。逃げられない。皇女殿下に穢れた身体を近付かせる事になる。

 

「駄目です、アルフィン殿下!」

「教えて。何が駄目なのかしら?」

 

距離にして1アージュ。

手を伸ばせば触れ合う位置。

染み込んだ血臭が鼻腔を擽っているだろうに。

皇女殿下は更に一歩近付いた。右手を伸ばす。俺の頬に触れた。何度も撫でる。優しく、労わるように、壊れてしまった機械を直すように。

口調は恋人を揶揄う少女のようで。

表情は子供の悪戯を見付けた母親のようで。

 

「――汚いですよ」

「貴方が頑張った結果でしょう。汚いなんて言わないで。独りでよく頑張ったわね、フェア」

 

やめろ。やめてくれ。

俺は12万5836人を斬り殺した。28時間誰かを殺戮し続けた。弱さを捨てる為に。鬼となる為に。輪廻を脱却する為に。

何か言わないと。

でも何を口にすればいいのか。

思考できなくて。

頭が混乱してしまって。

崩れ落ちるように腰を下ろした。

 

「俺は――」

「皆まで言わないで。テスタ=ロッサから聞いてるわ。貴方が一人で抱え込んでいたことも。苦しんでいたことも」

 

頬から頭へ。

優しく愛撫する皇女殿下。

相変わらず報連相を知らない騎神だな。

誰にも教えるなと。皇女殿下にも伝えるなと。頼み込んだにも拘らず、この有様である。もしかして灰や蒼の騎神も独断専行するのだろうか。困った騎士人形である。

ふと、疑問が生まれた。

皇女殿下の様子に違和感を覚える。

もしも主君の影法師ならば、記憶と魂を再現した偽物ならば、俺がクロスベルへ出立する前から、皇女殿下は怨嗟の声云々を知っていなければおかしい。

――しかし。

知っていたなら詰問している筈だ。皇女殿下ならば皇城に居たとしても問い質すだろう。そのぐらいは行動予測できる。

矛盾だ。辻褄が合わない。

どういう事だと眉をひそめる。

皇女殿下はクスクスと破顔した。

 

「フェア、私は本物よ」

「は?」

 

俺は目を見開く。

 

「言ったでしょう。テスタ=ロッサから聞いたって。貴方が地獄にいるって教えてもらったの。だからクロスベルへ来たわ。貴方の為に。貴方だけに抱え込ませない為に」

 

呆然とする俺の両頬を手で挟んだ。

皇女殿下は顔を近付けた。刻々と距離が縮まる。

考え直してくれと嗜める前に。

お互いの額と額がコツンと当たった。

 

「貴方は自分のことを嫌いなのかもしれない。許せないのかもしれない。醜いと思っているのかもしれない。だから――」

 

皇女殿下は天使のように微笑んだ。

 

 

「私が貴方を好きになってあげるから。赦してあげるから。綺麗だと思ってあげるから。独りで抱え込まないで。私たちは、一蓮托生でしょう?」

 

 

胸が詰まってしまって。

渦巻く感情に混乱させられて。

俺は、何百年ぶりに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手なことをしおって」

「待チワビタ起動者ヲ壊スツモリカ」

「壊れたなら補強するつもりじゃった。ガチガチにな。人格も、記憶も壊れていたかもしれんがのう」

「ヤハリ。貴女ダケニ任セラレナイ。教エテ欲シイ。ドウシテ起動者ヲ憎ムノカ。我々ガ待チ望ンダ降臨者ナノニ」

「2代目ならいざ知らず。妾は女神が遣わした焔の聖獣じゃぞ。その存在を否定する輩如きに、好意的に接するなど出来ようか」

「初代ローゼリア、貴女ナラ調停者ガ望ンダ者ハ女神ヲ信ジナイト知ッテイタダロウ」

「喧しい。ようやく邪神から解放されたのじゃ。是が非でもこの輪廻で邪神を追い払わなければならぬ」

「起動者ニ何ヲスルツモリナノカ」

「知れたこと。導いてやるのじゃ。誰も知らない御伽話にな。その結果、この愚者が完全なる無になったとしても」

「――――」

「避けられぬ事よ。この者の末路は1200年前から決まっておるのだからな。存在した事すら抹消されるとな」

「――ソウ、ダナ」

「邪魔するでないぞ、テスタ=ロッサ」

「ワカッテイルトモ、初代ローゼリア」

 

 

 

 









ユーゲント「ヴィクター卿を説得して、カレイジャスを動かすとは。アルフィンは誰に似たのやら」

オリヴァルト「いや、父上でしょう。だとしてもカレイジャスでクロスベルまで行くのは驚きましたが」

プリシラ「あわわわわわ」




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