黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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二十五話 龍虎対談

 

 

 

 

七耀暦1205年1月17日。

歓楽街以外は導力灯も消える午前1時。

フェア・ヴィルングは無事に救助された。

黒緋の騎士を助け出したのは、アルフィン・ライゼ・アルノール。皇族専用艦であるカレイジャスに乗船して、未だ混迷を極めるクロスベルへ電撃訪問。ヘリポートから降りるや否や、隅に聳え立つ緋の騎神へ駆け寄る。

瞬く間に霊子変換され、騎神へと吸い込まれていった。フェアを起動者とするなら、アルフィンは契約者である。騎神が彼らを害する可能性は低いと知りながらも、関係者一同は万が一を考慮して事態の行く末を見守った。

約1時間後、2人同時に騎神から降りてきた。

フェアは休眠していた、目を閉じて、脱力して、安心したように。にも拘らず無意識のままにアルフィンを抱擁。対する皇女殿下も慈愛の微笑みを浮かべながら騎士の背中に手を回していた。

全員が絶句する。目を点にした。

騎士と皇女だとしても度が過ぎている。

マスコミに写真でも撮られたりしたら。誰かが情報を漏洩してしまえば。検閲が間に合わずに記事として世に出てしまったら。

まさしく世紀の大スクープだ。

今はまだ、只の噂や空想で留まっている二人の関係性に一石を投じる事になる。やはり恋人なのかと。もしくは将来を誓い合った仲なのかと。胡乱な憶測ではなく、確信を持って盛り上げていかれると様々な問題点が浮上する。

民衆の後押しで成立する皇女と騎士の婚約。世間を熱狂させるラブロマンスは、次期皇帝に誰が相応しいかという所にまで影響を及ぼしかねない。

関係者一同、最悪の未来を思い浮かべたに違いない。クレアを筆頭にして、周囲の反応など眼中に無いと云わんばかりに抱擁したままの二人へ勢いよく駆け寄り、不敬ながらも引き離して、事態の収拾に努めた。

――――結果。

朝日の差し込む早朝6時。

オルキスタワー内に与えられた自室にて、クレアは欠伸を噛み殺した。椅子に腰掛けて。天井を向いて。徹夜明けの証拠である隈を摩りながら導力器を耳に押し当てる。

 

「あはははははは!」

 

直後、爆笑が鼓膜を揺さぶった。

思わず導力器を耳から離す。地味に痛い。ガンガンと耳鳴りまでする始末。非難の意味合いも込めて低い声で名前を呼ぶ。

 

「レクターさん」

「いやー悪い悪い。ソイツは災難だったなァ」

 

クスクスと笑い声を漏らすレクター。

軽薄な声音。飄々とした態度。信用できない胡散臭さ。さりとてクレアと同じく鉄血の子供たちであり、帝国軍情報局特務大尉でもある。『かかし男』と呼ばれ、数々の外交交渉を見事成功させてきた。

クレアは不満そうに口を尖らす。

 

「もう。笑い事じゃありませんよ」

「わかってるって」

「本当ですか?」

「当たり前だろ」

 

一拍。淡々と並び立てる。

 

「幸いだったのは皇女殿下の身に何も起きなかった事。人目の付かない深夜だった事。そして、我らが英雄殿も無事に帰還した事だな」

 

的確に要点を抑えるレクター。巫山戯た態度の裏に隠された有能さを発揮した。確かに、重要なのはその三点だったからだ。

クレアも頷いて同意する。

 

「不幸中の幸いでしたよ」

「クレア的には最後が肝心なんじゃねぇのか?」

「そんな事は――」

 

クレアは言い淀んでしまう。

帝国人ならば皇女殿下の無事を先ず歓喜するべきで。その次に、無駄な問題を起こさずに済んだ解決時間に対して安堵すべきで。騎士の帰還など今の二つに比べれば一段ほど劣る位置にある。

勿論、クレアはフェアの無事を最も喜んだ。公人として、帝国軍人として、あるまじき公私混同振りだった。

 

「あー、答え辛い質問だったな。今のは無しだ」

 

悪い、許してくれと。

レクターは苦笑混じりに謝罪した。

悪意の有る質問ではなかった。軽く心躍らせようとして、意図せずに空回ってしまっただけ。別段気にする事でもない。

 

「気にしていませんよ」

 

此方も苦笑と共に返事する。

レクターが安堵のため息を溢した。

 

「そりゃ良かった」

「ところで、レクターさん」

「どうした?」

「帝都は大丈夫なのですか?」

「色々とマスコミが騒いでやがる。皇族専用艦のカレイジャスが全速力で東に飛んでったからな。その1日前に、黒緋の騎士殿がクロスベル入りしたって情報を流していたのが仇になった。山火事に空から油を撒き散らした感じだぜ」

「皇女殿下が乗られていると?」

「あくまで噂の範囲内。憶測レベルだな。確証はどのマスコミも得ちゃいないさ。情報局も動いたから混乱しちまってんだよ」

 

なるほど、と首肯するクレア。

帝国軍情報局の十八番。即効性のある狂言流布。わざと確報、虚報を交えて拡散させ、欺瞞情報を掴ませる事でマスコミ同士による錯乱効果を狙っているようだ。

ふわぁと欠伸する声が聞こえた。

どうやらレクターも徹夜明けらしい。

労いの意味を込めて、彼の働きを称賛する。

 

「それは、お手柄でしたね」

 

レクターは、今回ばかりは仕方ねぇよと呟いた。

 

「上から撹乱してくれって頼まれたしなァ」

「閣下から?」

「いや、皇帝陛下からだ」

「皇帝陛下から!?」

「声がデケェよ、クレア」

「ご、ごめんなさい」

 

素直に謝罪する。

頭をペコペコ下げながらも思考を続けた。

鉄道憲兵隊として帝国中を駆け回るクレアはともかくとして、レクターは基本的に暗躍を得意としている。

そんな懐刀に指示を出す人間は自ずと限られる。最も考えられるのは直属の上司。鉄血宰相の異名を持つギリアス・オズボーン。帝国を支える壮年の男から受けることが多い筈だ。

にも拘らず、皇帝陛下から命令を受けたという。政務を宰相に一任している皇帝陛下が、鉄血の子供たちに命令したなんて。まさしく前代未聞、驚天動地、青天の霹靂である。

 

「ギリアスのおっさんを飛び越えて指示を出すなんて、今まで一度も無かっただろ。流石のオレも魂消ちまったぜ」

 

レクターも驚愕したらしい。

二回ぐらい聞き返したからなァ、と続けた。

 

「確かに。ですが、皇帝陛下から見ればアルフィン殿下は娘さんですから、隠蔽なさりたいと思うのは当たり前なのかもしれませんね」

 

男親は一人娘を殊更大事にすると聞く。

名君として讃えられる皇帝陛下も例外ではないのだろう。特にアルフィン皇女は帝国の至宝と謳われるほど可憐な少女。手放したくないと考えるのも当然と云えば当然である。

うんうん、と納得するクレア。

レクターは馬鹿にしたように嘆息した。

 

「いやいや。何言ってんだ、クレア。騎士殿と皇女殿下の婚約を後押ししてるのは、他でもない皇帝陛下だって話だぞ」

「え''?」

「お前さー、ここ3週間ぐらいはオレよりも皇城に行くこと多かっただろうが。何で知らないんだよ。侍女でも気付いてることだぞ」

「こ、皇后陛下は反対なさっていると」

「らしいな。でもいつかは認めざるを得ねぇだろうよ。皇帝陛下が乗り気らしいからなァ。ギリアスのおっさんも異論とかないっぽいし」

「――――」

 

目の前が暗くなる。

皇帝陛下だけでなく、鉄血宰相までもが二人の婚約に賛同しているらしい。貴族派勢力は日に日に減衰。革新派は十月戦役を経て、絶大な権力を手にした。

歯向かえる者などいない。

フェアとアルフィンの婚約は既定路線と云える。

此処から挽回する為には。フェアを渡さない為には。英雄という、約束された悲劇から助け出す為にはどうすれば良いのか。

クレアは沈思する。導力演算器並みと称された頭脳を全力で回転させる。様々な作戦を緻密に作り上げては、問題点を発見すれば却下していく。そのような事を繰り返す。

苦笑いして、レクターが沈黙を破った。

 

「おーい。生きてっかー?」

 

意識が思考の海から引っ張り上げられた。

 

「あ、はい。ダイジョーブですよ」

「発音がおかしいんだが?」

「突然のカミングアウトに驚いただけです」

「まァ、お前の気持ちを考えるとな。けど、こればっかりは仕方ねぇよ。諦めるか、民衆を敵に回すか。二つに一つだな」

 

残酷な二者選択。

前者を選べば、後悔し続けるだろう。

後者を選べば、フェアを不幸にさせてしまう。

 

「――レクターさんなら」

「どちらを選ぶかって話か?」

「はい」

「オレは騎士殿の人となりなんて詳しく知らねぇし、お前さんの想いの強さも知らねぇよ。だからな、クレア。オレにそんなことを尋ねる時点で勝負は付いてるようなもんだろ」

 

レクターは冷淡に突き離した。

甘えんな。他人に尋ねるな。自分で決めろと。

確かに彼の言う通りだと思った。誰かに決められた未来。誰かに委ねてしまった選択。勝つにしろ負けるにしろ、いつまでも引き摺ることに変わりない。

余りに無様。余りに不格好。

レクターの叱咤激励に対して胸を押さえる。

 

「厳しいですね、レクターさん」

「つっても、オレが言える立場でもねぇんだが」

「ああ、レミフェリアの」

「アレは違うって。殴られるだけだ」

「ではリベールの?」

「アレも違う。面白い後輩ってだけさ」

 

ぶっきらぼうに返答しながらも。

素っ気無く言葉を紡ぎながらも。

レクターの口調には隠し切れない優しさが込められていた。リベール王国への留学で知り合ったと云う学友たち。今も彼の胸を明るく照らす思い出なのだろう。

 

「ま、後悔しない道を選べよ」

 

露骨に話を戻すレクター。

クレアは追及せずに、感謝の言葉を口にした。

 

「ありがとうございます」

「上手くいったらミリアムにも教えといてやるか」

「ミリアムちゃんにはまだ早いかと」

「アイツも良い年頃だろうが。情操教育だって必要だろ」

「レクターさんだと偏りが出そうですね」

「信用ねぇなァ」

「日頃の行いを見ると仕方ないと思いますよ」

「それもそうだな」

「ええ」

 

交わされる軽口。

気心の知れた同僚だからこそ。

男として見ることは出来ない。恋愛感情など抱けない。それでも、こうして恋愛相談に付き合わせてしまうぐらいは信頼できる相手だ。

時計を眺める。午前7時半。

クロスベル市も俄かに活気付いてきた。

帝都も同様である。休憩時間は終わりだなと悲嘆しながら、レクターは軽々しい口調のまま話を収束点に持っていった。

 

「何にせよ共和国軍も動くって話だ。気を付けろよ、クレア。騎士殿のケツを叩いてやってくれ」

「できる限りの事を行います。閣下にもそう伝えておいて下さい」

「了解。じゃあな」

「それでは」

 

通話を切る。

途端に疲れが押し寄せてきた。

この2日間、満足に寝ていない。1時間ほど無理矢理仮眠を取らされたものの、いつ迄も緋の騎神から降りてこない弟分が心配で充分に休められなかった。

身体が重い。目蓋も重い。

このまま眠ってしまおうか。

睡魔に誘惑されて。

意識を手離そうとした瞬間。

コンコン、と扉がノックされた。

誰か訪ねてきた。一体誰だろうと首を傾げる。

筆頭であるルーファスか。紅い翼の艦長であるヴィクターか。それともオルキスタワーの従業員だろうか。

はい、と返事をする。

 

「アルフィン皇女殿下が部屋まで来て欲しいとのことです。ご案内に参りました」

 

相手は皇女殿下付きの侍女だった。

予想外の人物に目を白黒させるクレア。

無理に問い質そうにも、相手は皇族の一人。救国の皇女として帝国人から敬愛されるアルフィン殿下。躊躇するだけでも不敬に当たる存在だ。

疲れた身体に鞭を打った。頬を叩き、眠気を飛ばす。ふぅと吐息を漏らした。立ち上がり、部屋から出る。

見目麗しい侍女が恭しく一礼した。どうぞこちらへ、とVIPルームへ促す。

クレアは大人しく着いていった。皇女殿下の目的を何となく察したからだ。そして良い機会だと思った。フェアの事でどうしても伝えておきたい事があった。

口火をどう切ろうか。皇女殿下を如何にして説得しようか。もしも万事上手く行き、フェアを国家の奴隷から解放したとしても今後の展望をどうしようか。

まさしく取らぬ狸の皮算用をしている最中、侍女が不意に立ち止まった。此方に居られますと一際豪華な扉を指し示す。

ゴクリと唾を呑み込んだ。心臓が早鐘を打つ。掌に汗が滲んでいる。どうやら柄にもなく緊張しているらしい。

深呼吸。落ち着けと言い聞かせる。

構いませんかと侍女が尋ねる。首肯して答えるクレアを見て、侍女は腕を持ち上げて。優しく、静かに、されど聞き取れるような強さで4回ノックした。

 

「アルフィン殿下、クレア・リーヴェルト大尉をお連れしました」

「どうぞ、お入りになって」

「はっ。畏れながら失礼致します」

 

部屋へ足を踏み入れる。

流石はVIPルームだと感嘆する。一言で表現するならば豪華絢爛。飾られた調度品は、その一つ一つが数百万ミラにも届き得る豪華な代物。それでいて派手すぎず、質素すぎず。アルフィン・ライゼ・アルノールの持つ可憐さ、艶やかさ、煌びやかさを見事に引き立てている。

皇女殿下がソファーから立ち上がった。

 

「突然呼び出してごめんなさい」

「殿下が謝られるような事は何も御座いません。お呼び出して頂き、恐悦至極の限りです」

「そう言って貰えると助かります。さぁ、お掛けになって。少し長くなりそうだから紅茶も用意させますね」

「お言葉に甘えさせて貰います」

 

クレアは指定されたソファーへ腰を下ろした。

淀みなく動く侍女。数分も掛からずにテーブルへ紅茶を二つ置いた。美しい所作を維持したまま退室する。皇女殿下付きの侍女としても満点を与えられる動きだった。

アルフィンは紅茶を一口飲み、口火を切った。

 

「クレアさんとお話ししたいのは他でもありません。『私』の騎士であるフェア・ヴィルングについてです」

「フェアについて、ですか?」

 

涼しい顔で問いかける。

勝負は始まっていると気付いたから。

アルフィンが相手だとしても手加減しない。

 

「ええ。フェアの幼少期、幼い頃の話を伺いたいのです」

「本人からお聞きした方が早いかと思いますが」

「恥ずかしがってるのか、何も教えてくれないのです。その点、クレアさんは幼い頃からフェアと仲良くされていたと聞きましたから」

「お聞きしたとは、誰からでしょうか?」

 

少しだけ期待した。

駄目だと思っても、もしかしたらと希求した。

アルフィンは拗ねるように唇を尖らせて、紅茶を口に運ぶ。カップの影に隠れて口端を吊り上げていた事に、クレアは終ぞ気付かなかった。

 

 

「勿論、フェアからですよ。大切な女性『だった』と惚気られてしまいました」

 

 

あれ?

あれれ?

これ、私の勝ちですか?

大切な女性だなんて、フェアったらもう!!

 

 

 

 








レクター「アイツ、恋愛方面はポンコツだからなぁ」←辛辣

フェア「クレアさん、恋愛方面だとチョロイからなぁ」←最低

鉄血宰相「本人は異名を気にしているが、乙女のように恋愛経験皆無なのが悪い」←親心







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