黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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二十七話 精神外傷

 

 

 

 

「さて、現状を纏めようかしら」

 

ホワイトボードの前に仁王立ちする蒼の深淵。手に黒いペンを持つ。何処からか取り出した黒い眼鏡を掛けた姿と、十月戦役時に着ていたドレスから一転して清楚感溢れる白いシャツと黒のスラックスは、元から存在していた理知的な彼女の印象を殊更強調していた。

胸部は大きく。腰部は括れている。細すぎず太すぎない理想的な体型。無意識に零れる大人の女性特有のフェロモン。すれ違う男性を悉く虜にしてしまうであろう魅力的な美貌。

アルフィンは人知れず奥歯を噛み締めた。

強敵だ。氷の乙女よりも遥かに難敵である。

何しろ彼女は、フェア・ヴィルングが幾千の輪廻を繰り返しているのだと正しく認識しているようなのだから。

 

 

「その前に――」

 

 

ヴィータは嘆息した。

 

「皇女殿下、今の状況でフェアの手を握る必要はありますか?」

「私の騎士ですから。彼を心配するのは当然のことですわ」

 

にぎにぎと。

アルフィンは想い人の手を握り締める。

嗚呼、暖かい。逞しい。ゴツゴツとしている。

脳裏を過ぎるは先日の抱擁。泣いてしまった騎士を抱き締める。彼も感極まっていたのか、アルフィンの背中に手を回した。嗚咽を漏らしていた。

頼り甲斐がありそうで、それでいて何処となく弱い部分を垣間見せる自らの騎士。お互いに護り合う関係性。まさしく一蓮托生と云えよう。こうして掌の感触を確かめる事で再確認しているのである。

 

「まぁ、良いでしょう」

 

眼光を錯綜させること数秒。

ヴィータが目を逸らす。一歩引いた証だ。

彼の現状は伝えてある。

フェアと云う器に入り込んだ、暗黒竜争乱に於ける犠牲者の残滓。約十万人にも及ぶ人々。罪のない無垢な存在。そして、この地を穢す宿願の塊。とある存在の導きにより、彼らを自らの手で虐殺した結果として『修羅』へと両足踏み込みかけた惨状の全てを。

 

「アルフィン殿下、私は大丈夫ですから」

 

ベッドに仰向けで休んだまま、フェア・ヴィルングが苦笑した。彼は本調子ではない。特に限界までひび割れてしまった魂魄は、一朝一夕で修復する代物だと云えない。

此処で無理させてしまうと、将来的にどのような副作用が生まれるのか見当も着かない、と緋の騎神テスタ=ロッサは忠告してきた。

故にエレボニア帝国の皇女という強権を発動させて、ふとした拍子に起き上がろうとする『じゃじゃ馬』をこうして寝かし付けているのである。

 

「駄目よ」

「どうしてです?」

「目を離したら貴方は直ぐに無茶しちゃうもの。こうやって手を握ってないと心配になってしまうわ」

「子供じゃないんですから」

「貴方が傍にいると確かめていたいの。駄目?」

「私はちゃんと此処にいますよ」

「もう。説得力ないわ」

「反省しています」

「それに、ね」

 

握り合う互いの手を持ち上げる。

フェアに対して見え易いように。

ヴィータに対して見せ付けるように。

 

「こうした方がお互いに安全でしょ?」

「アルフィン殿下を護りやすいとは思いますが」

「なら、良いわね?」

「仰せのままに、殿下」

 

了承は取った。

これで文句ないだろうに。

微笑みを携えて、魔女へと視線を移した。

ヴィータは一瞬だけ眉を寄せる。但し、それ以上言及しようとしなかった。話を先に進めようとしたのか。それとも大人の余裕とやらで躱そうとしたのだろうか。

負けられないと強く思う。

氷の乙女に関しては既に牽制済み。新たな難敵を目の前にしても、アルフィンは臆することなく立ち向かうと決めていた。

恋とは競争。愛とは戦争。

オリヴァルトから借りた書物にもそんな一文が記されていた。

 

「フェア、今から軽く質問していくわよ」

 

パンパン、と。

ヴィータは手を軽く叩いた。

場を仕切り直す為に。場の空気を変える為に。

眼光鋭く。姿勢良く。黒いペンでホワイトボードをコツコツと叩きながら、蒼い魔女はまるで戦場へ赴くように声を発した。

 

「うん」

 

フェアも素直に首肯する。

当初、彼は酷く混乱していた。

幼い頃からフェア・ヴィルングの一生を追体験していた魔女の存在。本人しか知り得ない記憶を人知れず共有していると云うのは、まさしく表現できない薄気味悪さを纏っていると思う。

さりとて、その事実から逃れる術はなく。

ループする直前、世界大戦序盤に死亡する世界線にて、初恋の女性であるクレア・リーヴェルトへ告げた想いの言葉。つまり告白の台詞を、妙齢の女性から一言一句間違えることなく復唱させられた時は、如何にフェア・ヴィルングとて正気を保っていられなく、耳を抑えながらやめてくれぇぇと頭を強く振っていた。

だからなのか。

黒緋の騎士は魔女に対して酷く従順である。

 

「改めて忠告するわ。辛い事も、悲しい事も遠慮なく訊くわよ?」

 

魔女は言った。

やっと癒えた古傷を抉るかもしれないと。抉るだけに飽き足らず、塩を塗るかもしれないと。

フェアの輪廻は主観的な回数で軽く三桁を超えていると聞く。時々歪な記憶のズレを感じる為、もしかしたらそれ以上に、もしかしたら四桁に至る数をループしているのかもしれないと自嘲していた。

どちらにせよ、黒緋の騎士にとって拷問のような作業である。トラウマに触れられた挙句、更に根掘り葉掘り聞き出す悪魔の所業なのだから。

無論、アルフィンは反対した。

声を大にして反論した。やめろと。赦さないと。

只でさえ精神的に危ない状況なのだ。安静に努めるのが先決。此処で無理をさせるなど言語道断だと魔女に詰め寄った。

だが――。

激昂するアルフィンを止めたのはフェア・ヴィルング本人だった。彼は深々と頷いて、それがループ脱却に必要な事なら構わないと快く了承した。

魔女は優しく説明する。

第三者視点から見た輪廻ではなく、フェアの主観的な輪廻の状況や仕組みを知りたいのだと。突破口を見つける為には先ず其処からであると。輪廻は凡そ二年だけ。既に半年近く過ぎている。残りは一年と半年強。その短い期間で打開策を見つけて実行に移さなければならない。一分一秒すら惜しいのだと。

 

「魔女の知恵を借りられるなんて滅多に無い。気にせず尋ねてくれ。俺に答えられる範囲なら答えてみせる」

「そうね。貴方は『そういう人』だったわ」

 

表情は普段と同じで虚ろなまま。

双眸は虚空を眺めるように無機質で。

普段と変わらない姿を堅持するフェア。

しかし、手を握っているアルフィンには伝わってきた。彼の緊張と恐怖が。何を訊かれるかと云う緊張感と、訊かれた内容を答える際に発狂しないだろうかと云う恐怖心が。寸分違わず伝播した。

だからこそ彼の手を強く握り締める。

私は此処にいると。

私が支えになってみせると。

内戦時、常にひ弱な主君を支えた騎士を、今度は私が支えてあげるのだと意気込んで見せて。

 

「最初が多分、一番辛いわよ?」

「有り難い」

「良い心掛けね」

 

一拍。

 

 

 

 

 

 

「貴方のご両親について、聞かせて?」

 

 

 

 

 

 

瞬間、フェア・ヴィルングは苦悶の叫びと共に大量の血を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、アッバス」

 

ゼムリア大陸中央部に位置するアルテリア法国。

七曜教会の総本山であり、大陸各地に点在する教会を束ねる都市国家でもある。典礼省、封聖省などの省庁を内包する行政の中心地とも云える。

その一角、封聖省傘下の聖杯騎士団専用に割り当てられた病院の一部屋。とある患者を眺めていた禿頭の偉丈夫に対して、飄々とした中性的な青年が声を掛けた。

偉丈夫をアッバス。

中性的な美貌の持ち主をワジと呼ぶ。

 

「随分と早い帰還だな。総長は何と?」

 

アッバスは腕組みしたまま問い掛ける。

ワジ・ヘミスフィアは小さく吐息を漏らした。内心で胸を撫で下ろしつつも、相変わらず掴み所のない口調で答える。

 

「クロスベル方面に関しては万事問題なく、恙なく完了したかな。至宝の力を失ったとは云え、キーアを無理矢理回収しなくて済んだよ」

「約束を守れたようで幸いだったな」

 

ニヤリ、と微笑む禿頭の正騎士。

約束という単語に肩を竦めながらも、守護騎士は淡々と応じた。

 

「総長はともかく、封聖省のお偉方は頭が堅いからね。どうなるかと思ったけど、暗黒竜の一件もあるし、あんまりクロスベル方面だけに関心を向けられないみたいだ」

 

此処は七曜教会の総本山。

枢機卿たちも数多く存在する。

彼らに聞かれたら異端審問に掛けられそうな内容の台詞を平然と吐き出す上司に対して、アッバスはいつもの事かと諦観しつつ、暗黒竜の件に話を進めた。

 

「酷い惨状だと聞いたが?」

「伝説の幻獣が顕れたにしては、其処までの被害じゃないと思うけど」

「ワジ」

「ごめんごめん」

 

犠牲者を蔑ろにする発言。

流石に聖職者として赦されない。

強く睨み付ける。前言撤回しろと眼で訴える。

守護騎士はサラっと平謝り。両手を上げて、降参の構え。本気で口にした訳でないだろうが、言霊に宿る力は馬鹿できない。

いつかその発言が、自身に返ってくることもあるのだから。

アッバスから赦しの雰囲気を感じ取ったワジは、此処ぞとばかりにさらっと総長から聞いたばかりの最新情報を口にした。

 

「副長から急報を聞いた時、封聖省のお偉方は守護騎士を四人派遣するって騒いでたらしいよ」

「四人も?」

「総長曰く、帝国に実在する『始まりの地』はオリジナルよりも大事なんだってさ。アレがないと世界の破滅を避けられないとかなんとか」

「初めて聞いたな」

 

始まりの地。

原型をアルテリアに持ち、その複製として各国に建造される事で数を増やした、まさしく人工特異点とも呼ぶべき地下施設の事である。

所詮は複製だと考えていたが、どうやら間違った認識だったようだ。オリジナルよりも重要な帝国の始まりの地。人工特異点を越える産物に成り果てているという事だろうか。

アッバスは眉間に皺を寄せる。

ワジも同感らしく、うんうんと頷いていた。

 

「ボクもだよ。総長は守護騎士全員に伝えておくって言ってたけどね。どうも『約束の刻』が近付いてるみたいでさ」

 

不穏な単語だった。

アッバスは深く息を吸い込んだ。

 

「初代アルノールとやらが言い残した」

「そう、終末の刻だよ」

 

調停者アルノール。

エレボニア帝国の皇帝として君臨した最初の男。

大崩壊後の『暗黒の地』を、聖獣の力を借りながらも見事治めた古の名君である。

彼の血には特別な魔力が秘められているとも聞くが、だからと言って1200年後の未来を予言できるとも思えない。余りにも人間離れした力であるからだ。

 

「法王猊下は信じていらっしゃるのか?」

 

ワジも本気にしていないのか、ぶっきらぼうに答える。

 

「半信半疑だと思うよ」

「だろうな」

「総長は確信してるみたいだけどね」

「なに?」

「どうも別口の情報源から確信を得たらしいよ」

 

別口の情報源か。

アッバスは顎をさすった。

噂に聞く高位遊撃士の伝手だろうかと推測する。

情報の精度はともかくとして、紅耀石が確信を得たとなると非常に拙い事になりかねないと肩を落とした。

 

「どうやら碌でもない事が起きそうだな」

「帝国で跋扈する騎神とやらの存在もあるから。正直、第八位のお爺さんと副長だけじゃ手が回らないと思うんだよね」

「我々は行けんぞ。奴のリハビリもある」

「わかってる。ケビンも行けないみたいだし、別の守護騎士が派遣されるみたいだけど――」

 

ワジの言葉が不意に途切れた。

不審に思うアッバス。

歳下の上司が足早にベッドの方へ向かった。

其処に眠るのはヴァルド・ヴァレスと云う、クロスベル潜入時に知り合った不良である。『混沌なる叡智』と名付けられた薬の後遺症を治療する為に、アルテリア法国へと連れてきたのだが。

目を疑う現状に、アッバスは暫しの間、文字通りの意味で言葉を失った。

 

「――――」

「黒い靄かな、これは」

 

ヴァルドの全身から溢れ出る黒い靄。

顔は視認できず、体格すら覆い隠す異質な靄。

途端、ヴァルド・ヴァレスは恐るべき力で暴れ出した。治療用器具を薙ぎ払い、押さえ付けようとするアッバスを振り解き、正気を失った瞳で威嚇してくる。

この力、尋常ではない。

徒手空拳の構えを取る。此処は病室。されど戦場へ変わったのだから致し方無し。一先ず眠ってもらおうかと足を踏み出した瞬間、先手を打ったワジが見事に抑え込んだ。

 

「アッバス!」

「わかっている!」

 

法術を試すも効果無し。

黒い靄は噴き出し続けている。

暴れる力が刻一刻と強くなっている事に気付いたワジは、数瞬だけ『聖痕』を発動させて、ヴァルド・ヴァレスを無力化した。

アッバスが騒ぎを聞き付けた看護師に、専門医を連れて来るようにお願いする中、ワジは険しい顔付きを浮かべていた。

 

「グノーシスの副作用か?」

「まさか。今になって起きるとでも?」

「可能性としては有り得る。特にコイツは異常なまでにグノーシスと呼応していた。『混沌を知れば叡智に至れる』だったか」

「判断材料が少な過ぎる。いや、待てよ」

 

刹那、ワジは目を見開いた。

 

「もしも、たった一回でも、グノーシスを服用した人物がこうなるのだとしたら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、集え。

混沌なる叡智に手を染めた愚者たちよ。

極限の力を貸してやろう。

面白い。面白い。面白い。

只の余興が此処まで不愉快なモノになるとは。

 

 

さぁ、走れ。

愚かな眷属を叩き起こせ。

愚かな炎に包まれた奴を殺せ。

詰まらぬ。詰まらぬ。詰まらぬ。

只の喜劇が此処まで愉快なモノになるとは。

 

 

さぁ、歌え。

世界に響くように。

愚かな神を地に叩き落とす為に。

 

 

 

 

くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー

しゃめっしゅ しゃめっしゅ

にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん

 

 

 

 

 

さぁ、裁定の時だ。

 

 

 

 

 

 







ミレイユ「――――」←ランディのことが好きな女性准尉。

ランディ「絶許」






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