太陽の砦を足早に攻略しながら。
俺と長殿は互いに知り得る情報を交換する。
もしも魔女の長が敵だったとしても、俺の知る情報は格別に多いと云えない。ループの記憶、帝国二大流派剣術の絶技、暗黒竜の末路、初代ローゼリアとの台詞。得てしてそのぐらいである。
敵だとするなら既に把握していてもおかしくない情報の羅列。つまり情報を渡した所で不利益など無く、むしろ俺の知らない知識を得られるなら諸手を挙げて感謝しよう。
何せ相手は魔女の長。期待してしまうのも無理ない。結果として、様々な事柄を教えて貰えた。こうしてクロスベルまで来た甲斐が有った。
「遥か昔の事。大崩壊以前、エレボニアの地には二つの至宝が存在した」
長殿曰く、焔の至宝と大地の至宝を授けられたらしい。
前者は『紅の聖櫃』。焔の眷属に付与された。主に魂と精神を司る。後者は『巨の黒槌』。大地の眷属に贈与された。主に肉体と物質を司る。
確かリベール王国には『空の至宝』が、クロスベルには『幻の至宝』が割り当てられていたな。国家の規模が違うからか。それとも別の意図が関与していたのか。どうしてエレボニアには七の至宝が二つも降臨していたんだ。
女神とやら、少しは加減してくれ。邪魔だよ。
「二つの至宝によって、人々は繁栄を謳歌していたそうじゃ」
二つの至宝はそれぞれ守護神の形として君臨。
永い間、人々に奇蹟と恩恵を授けていたらしい。
さりとて幸福な日々は続かなかった。二つの至宝を授かった眷属が相争うようになり、遂に1200年前。二つの至宝は人々の願いを糧にして、真正面から衝突した。反動だけで天変地異を引き起こした挙句、地上を暗黒の焦土と化した末に相討ちとなったとの事。
此処までなら普通の御伽話。盛者必衰の理を表現している。めでたしめでたし。だが、世界はそんなに優しくない。エレボニア帝国を蝕む原点。呪いの源はこの衝突に因る物だった。
最後の激突によって二つの至宝は融合する。魂と精神、肉体と物質。両極端な至宝だからこそ生じた最悪の結果。制御不能な力を持つ存在へと昇華したのである。まさしく『巨イナル一』。絶対存在と化した力の塊を、眷属と聖獣は茫然と見上げていたらしい。
残された彼らは『巨イナル一』の封印を幾度も試みた。しかし悉く失敗する。最終的な案として、大地の眷属が器になる七体の騎士人形を創造。焔の眷属が『巨イナル一』の力を騎士人形に分割して注ぎ、強大な力は『七の騎神』として管理される事となる。
『巨イナル一』そのものは高位次元に封印。どうにか人間の手に負えない巨大な力の後始末を付けた彼らは、文明再興の為に暗黒の地にて再出発する。こうしてエレボニア帝国の基礎が出来上がっていったという訳らしい。
「魔女はな、焔の眷属の末裔なのじゃ」
「だとすると、大地の眷属も名前を変えていそうですね」
「うむ。『地精』と名前を変えておる。聞き覚えあるかのう?」
瞬間、頭に違和感が走った。
紙やすりで脳を削られているような感覚だ。
何者かの干渉を確信した。俺はその名前を知っている。聞いた覚えがある。それでも思い出せなかった。僅かに脳裏を過ぎるのは、眼鏡を掛けた青髪の男性が微笑んでいるぐらいで。
【此処まで来たのか。良く頑張ったね】
優しくて。暖かくて。
陽だまりのような人だったと思う。
朧げな記憶だ。本当かどうか定かではない。
長殿に報告するのはハッキリと思い出してからでも構わないだろう。不正確な情報を共有しても混乱させるだけだ。首を横に振る。否定の意味を込めて。
「いえ、ありません」
「うーむ、残念じゃのう。もしかしたら知っておるかもと思ったんじゃが」
「どうしてですか?」
「あの者たちもお主を探しておるからな」
エレボニア帝国を造り上げた初代アルノール。皇室の祖先。調停者の異名を持つ。その名の通りに二対の聖獣と至宝の眷属たちを纏め上げ、文明復興の中心的人物となった。
彼は死の間際、魔女と地精に言い残した。
曰く、輪廻を繰り返す男が必ず現れる。その者は空の女神を信じておらず、邪神に魅せられた存在である。緋の起動者として導いて欲しい。いずれ来たる『約束の刻』を越えられるようにと。
「約束の刻とは?」
「妾も詳しく知らぬ。初代ローゼリアも口を噤んでおったからな。世界の滅びを表していると思うのじゃが」
初代アルノールは俺の存在を予知していた。
想像を絶する遥か昔、1200年も前から。どうしてか。古代文明に触れていた人物なのは関係無いに違いない。調停者だからか。いやいや、意味が異なる。1200年後を言い当てられる才気の持ち主なら『預言者』と恐れられる筈だ。
調べなければならない。初代アルノールを筆頭にして、二対の聖獣の関しても。焔の聖獣が口走った台詞を考慮するなら大地の聖獣も、俺の境遇に何処かしか関連している筈なのだから。
長殿も同意する。そうじゃのう、と笑った。
「妾も帰ったら文献を読み漁るとしよう」
「助かります」
「気にするでない。お主のサポートをするのも使命の一つじゃからな。はてさて本題じゃ。此処からはお主の話を聞くとしようかのう」
「未来について、ですか?」
「うむ。お主の境遇も悲惨極まりないが、地精の輩が言い残した『巨イナル黄昏』についても対策しなければならんのでな」
忌々しそうに吐き捨てる長殿。
苛立ちをぶつけるように。不平不満を解消するように。道中にて待ち構える魔物へ絶死の魔法を放った。鎧袖一触。影も形も残らず焼失した魔物を尻目に、長殿は外郭通路を歩いていく。
「800年前の事じゃ」
そう前置きして、長殿は歴史の一端を紐解く。
900年前に突如として出現した暗黒竜。帝都は瞬く間に死都と化した。多くの人命が失われ、この時に大地の聖獣も瘴気に汚染されたらしい。
時の皇帝はセントアークに落ち延びた。魔女と地精も大打撃を受けたとの事。態勢の立て直しを図り、軍事力の増強を行い、約100年越しに帝都を奪還。呪われてしまった緋の騎神を皇城地下に封印した。
此処まではテスタ=ロッサに聞いた内容と合致する。鵜呑みにしても問題ない部分。初めて聞く内容は次からだった。
地精は終末の予言を言い残して、完全に表舞台から姿を消した。即ち『巨イナル黄昏』。詳しい事は魔女の長でも何もわかっていないようだが、歴史の影で行われてきた騎神の戦いはどうやら地精が唆したモノだとか。
必要なのは情報である。果たして未来に何が起こるのか。断片的にでも知れたら自ずと予想も付くと長殿は口にした。
「お主にとっては辛いかもしれぬがな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「助かる。では、話してくれるかのう?」
「わかりました。薄れた記憶なんで拙いですが」
取り敢えず、俺は一番最初のループを話した。
十月戦役勃発。碧の大樹。革新派の勝利。クロスベル占領。ノーザンブリア併合。皇帝陛下暗殺未遂。皇子殿下爆殺事件。ヨルムンガンド作戦の発令。そして、西ゼムリア大陸全土を巻き込んだ世界大戦へ。
俺が一般軍人として駆け抜けた世界線。
戦争が起こる前にクレアさんへ告白もしている。敢なく撃沈したけれど。私なんかと付き合ったらいけないと。貴方にはもっと良い女性がいるのだと。容赦なくフラれた。苦々しい思い出である。
その後、ヨルムンガンド作戦に従事。最も苛烈な戦場であるタングラム丘陵付近にて死亡。享年は22歳。最も平凡で、最も幸せな一生だったと今なら思う。
「皇帝を殺したのは共和国の間者なのか?」
「詳しくは何とも。士官学院の生徒なのは確かでした。どの世界線でも同じ人間です。鉄血宰相とセドリック皇太子が断言していましたけど、実際に見た限りだと悪人だとは思えませんでしたね」
「そして、ヨルムンガンド作戦か。お主から見てどうであった。何かおかしなモノを感じ取らなんだか?」
抽象的な表現に頭を悩ませる。
おかしなモノか。うーんと首を傾げる。
俺が知り得る歴史の流れを整理しようと思う。
皇帝陛下暗殺未遂事件が起きるのは七耀暦1206年7月17日である。どの世界線でも変わらない結末。夏至祭の祝賀会にてアッシュ・カーバイドに銃撃される。
ヨルムンガンド作戦が発動するのは一月半後、七耀暦1206年9月1日。これも変わらずだ。信じられない速さで大規模な徴兵が行われ、恐るべき量の兵站が確保され、僅か一月半で立案されたと思えない緻密な作戦が完成していた。
不可解な件は数多く有る。
だが、俺の心に響くのはたった一つだけだ。
「集団ヒステリーじゃと?」
「言語化し辛いですが、似たようなモノかと」
当時、誰もが共和国を踏み潰そうと考えた。気持ちはわかる。同意する。むしろやってしまえと賛同しよう。俺も帝国人なのだから。
だが、気持ち悪いのは此処からである。
中には冷静な者も存在した。本当にカルバード共和国の仕業なのかと。彼我の実力差を鑑みても何処かおかしくないかと。
大陸でも有数の経済都市であるクロスベル自治州を占領したエレボニア帝国は、カルバード共和国を大きく突き放して超大国の座に君臨していた。
国力差は明白。加えて、皇帝陛下暗殺の件が本当に共和国の仕業なら国際社会の孤立化は必至である。二国間で全面戦争に至っても、カルバード共和国に勝ち目などない。にも拘らず、皇帝陛下暗殺を断行したのは腑に落ちない。何か別の意図があるのではないか。
そう主張していた人間も、次の日には思考停止した人形のようにカルバード共和国をぶっ潰せと叫んでいた。
「ふむ。単一の方向に人間の精神を誘導しておるのか。何故じゃ。いや、そもそもどうやって。何か媒体でもなければ不可能ではないのか」
ぶつぶつと独り言を呟く幼女。
足を止めている事にも気付いていない。眉間に皺を寄せて。カツンカツンと魔杖を鳴らして。あーでもないこーでもないと唸り続ける魔女の長。
余りに必死な姿に、俺は吐息を漏らした。
一つだけ隠し事をしているからだ。世界大戦を生き延びた世界線。七耀暦1206年9月9日。最後に見た『化物』の姿。思い出したくない。口にしたくない。
そもそも論として、俺は魔女の長を信用していない。
彼女の性根は優しいと理解している。俺に対して真摯な対応を心掛けている事も。教えてくれる情報に不自然な部分がない事も。出来る限り俺の力になろうと奮起している事もわかっているけど。
どうしてだろうか。
俺は2代目ローゼリアを心底から信用できない。
信任してはならないと胸の内から誰かが声高に喚いている。
「どうかしたか?」
幼女が見上げる。
不思議そうに目をパチパチさせて。
俺は無表情を顔に貼り付けながら答えた。
「いえ、何でもありませんよ」
「ならば良い。貴重な情報、助かったぞ」
長殿はニッコリと微笑む。
800歳と思えない純粋無垢な笑顔だった。
俺が失くしたモノ。俺が棄ててしまったモノ。
『お父様ばかり狡いですわ』
『宝剣を渡しただけであろうに』
『私、プレゼントしたことありませんもの!』
『そう言われてもな。見よ、彼も困っておろう』
『むー』
『膨れるな、アルフィン』
『そうだわ。フェア、貴方にコレをあげる!』
『待て待て。落ち着け。それは皇室に伝わる由緒正しいペンダントだぞ。おい、聞いておるのか』
『うん、とっても似合うわ!』
『――やれやれ』
『私よりもフェアの方が必要だと思いませんか、お父様』
『魔除けのペンダントであるからな。肌身離さず付けておくことだ、ヴィルング。いずれはそなたを護ってくれるやもしれぬ』
そういえば、と首元を探った。
服の中に隠された緋いペンダントを取り出す。
今回、クロスベルへ向かう高速列車に揺られている最中、同席していたクレアさんにも揶揄われた皇女殿下からの贈り物。
形は六角柱で。大きさは7リジュ程度。色素は濃くて。仄かな温もりに包まれた皇室伝来の宝。本来の持ち主であるアルフィン殿下から譲り受けた大切な物である。
俺が持っているべきではない。
皇女殿下に返さなくてはならない。
でも、どうしても、持っていたいと絶叫する自分がいて。アルフィン殿下との繋がりを完全に断ち切られる恐怖に身を竦める自分がいて。
戻れない過去に想いを馳せる弱いフェア・ヴィルングがいた。
「おぉ、良い物を持っておるな!」
長殿が声を上げた。
短い足でテコテコと歩み寄る。
「この先へ進むには妾の加護が必要じゃからな。その辺のセピスにでも魔力を込めようかとも考えておったが。うむ、まさしくピッタリの宝玉じゃのう」
どれ、貸してみよと手を伸ばす。
数秒間逡巡してから、俺は恐る恐る手渡した。
大事な物なので壊さないでくださいよと注意すると、魔女の長はわかっておるわとニヒルな笑みを浮かべてから膨大な魔力を高めていく。
鮮烈な緋い輝き。太陽の如く赫焉として燃えているような錯覚に陥る。思わず双眸を閉じてしまった。
刹那、もがき苦しむ初代ローゼリアの姿が目蓋の裏に映った。交差した腕を焼き尽くす緋い光。まるで日光に照らされた吸血鬼のようで。端麗な顔付きを鬼の形相に変化させていた。
徐々に緋い眩耀は小さくなっていく。
ゆっくりと目を開くと、長殿が満足気に頷いていた。
「うむ、これで良い」
緋いペンダントを返してもらう。首に掛けると、煌々とした魔力が全身を駆け巡る。暖かい。荒んだ心が急速に癒される感覚だった。
俺は魔女の長を信じられない筈だった。
信用してはいけない。拠り所にしてはいけない。
胸の内から湧き上がる声。視界を濁らせる甘い囁き。
「にしてもアレじゃな。そのペンダント、ドライケルスの奴が後生大事に持っていた物とソックリな気がするんじゃがのう」
妾も呆けてきたかな、と落ち込む幼女。
俺はペンダントをギュッと力強く握り締めた。
先程の幻視が本当なら。長殿を信じさせないようにしていたなら。
初代ローゼリアが何としても漏洩を防ぎたかった『化物の件』について、魔女の長と情報を共有した。
それこそが突破口に繋がると信じて。
女神「至宝が邪魔は言い過ぎ!\\\٩(๑`^´๑)۶////」
フェア「至宝のせいで誰も彼も碌な結末迎えてないから残当では?」
女神「私のせいじゃないもん。゚(゚´Д`゚)゚。」