黒い闘争と黒い混沌に絡まれた件   作:とりゃあああ

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三十三話 焔神降臨

 

 

 

 

太陽の砦、最奥へ無事に辿り着いた。

屠った魔物は数知れず。亜空間から出現した幻獣すら悉く殲滅して。フェアとローゼリアは互いの力量を正確に把握した。

魔女の長は傍らの男を呆れた様子で盗み見る。

想像以上に強い。むしろ強過ぎる。心身共に満身創痍にも拘らず、得物から放たれる剣技は鮮烈を越えて芸術的ですらあった。

魔物を一閃。幻獣を一刀両断。路傍の石を眺めるが如く。足下に蔓延る蟻を踏み潰すかのように。淡々と獣の命を喰らい尽くしていた。

剣技だけならリアンヌにも届いているやもしれんなと感心する。同時に憐憫すら覚えた。この力量へ到達するまでにどれほどのループを繰り返したと云うのか。どれほどの地獄を体験したと云うのか。

放蕩娘が好意を寄せるのもわかるのう。

フェアの苦痛を想像しただけで胸が痛くなるならば。実際にその光景を見せられた者は、余程の人非人でもなければ彼の為に苦心するだろう。

 

「以前見た時とは違うな」

「零の御子とやらが封印されていた物だが、今は邪神とやらの力を内包した代物へ変貌しておるからな」

「詳しいですね?」

「この砦の入口にいた奴らから聞き出したからのう。本当か嘘かは定かではないが、そういう風にインプットされておったな」

 

一言で表現するなら神秘の揺り籠。

ツァイト曰く、500年前に創造された人造人間を揺蕩わせていた代物との事。悪魔と邪神を信奉する教団によって零の御子は目覚める。

彼女を護り続けた揺り籠は役目を終えたのだが。約一年の歳月を経て、悍しくも妖しい黒い閃光を周囲に放っていた。

 

「あの黒い塊が――」

「此度の贄じゃろうな」

 

上空に浮遊する揺り籠。

その真下で仁王立ちする黒い塊。

黒い靄で確証はできないものの、大きさと形からして操られた人間だと推測する。女性か男性かは不明。年齢すらも。名前すら消失しているかもしれない。

フェアは宝剣を抜いた。

一歩進む。痛ましげに贄を見つめながら。

 

「やるのか?」

「楽にしてあげるのが、私の役目でしょう」

「妾はあの揺り籠をどうにかしなければならん」

「了解しました。お気をつけ下さい」

「お主もな」

 

黒い塊は絶叫する。

憎い敵を眺めるように。

殺意の衝動に突き動かされるように。

獣の如き雄叫び。床を踏み潰す。砕け散った瓦礫を後方に放ちながら、黒い塊はフェアの間合いに跳び込んだ。

得物を持たず。武器になるのは恐らく両腕のみ。そんなもの関係ないと。速度だけで圧倒してやると云わんばかりに。裂帛の殺意と共に右腕を叩き付ける。

一般人なら。例え高位遊撃士だとしても。弾けた柘榴のように頭を潰されそうな一撃だった。鈍い風切音を奏でながら振り下ろされたソレを、フェアは難無く掻い潜った。

紙一重の回避。刹那でも行動が遅れれば死んでいた状況にも表情を変えず、宝剣ヴァニタスを袈裟斬りに振るう。

慢心もなく。油断もなく。

目を奪われる剣技だとしても。

直撃した黒い塊には、傷一つ付けられなかった。

 

「ん?」

 

首を傾げるフェア。

反撃に転ずる黒い塊の殴打を躱しながら、隙を見つけて剣撃を放っていく。実力的にかけ離れた両者だが、両腕両脚を斬り飛ばそうとしても、上半身と下半身を分断しそうな一閃をお見舞いしたとしても、邪神の『贄』と化した人間に斬撃が届く事はなかった。

黒く染まる揺り籠を結界で封じながら、ローゼリアは思考を加速させる。

恐らく黒い靄に包まれた『贄』を排除すれば、今回の騒ぎは終結すると予測していいだろう。揺り籠は媒体に過ぎない筈。力を増していく厄介な代物だが、こうして封じてしまえば只の飾りに等しいガラクタである。

他の魔法を繰り出す余力は無いものの、800年という月日で培われた経験則から、ローゼリアは瞬時に黒い靄の正体を掴んだ。

厄介じゃのう。『概念武装』の一種か。

通常兵器で殺せない聖獣すら滅する事が可能な武器の一つ。如何に宝剣だとしても貫けない。黒い靄は纏うだけで最も頑丈な防具であり、精強な武具にもなっていた。

邪神とやらの力に戦慄する。

使い捨ての『贄』へ授けるには強力過ぎる。

 

「普通の剣じゃと傷一つ付けられんぞ!」

 

でしょうねと。

フェアは軽い口調で返す。

投げ飛ばしても。弾き返しても。

黒い塊は一度足りとも休まずに突進する。明らかに隙だらけ。リアンヌ・サンドロットにも比肩する剣技の持ち主なら、最低でも十回は殺してしまいそうな機会なのに。

揺り籠の力が漏れないように封印しても尚、一向に解ける気配の見えない概念武装。むしろ刻一刻と濃度を強くしていた。

ローゼリアは思わず舌打ちする。

この調子で進めば拙い。フェアの体力は有限にも拘らず、邪神に弄ばれている黒い塊に体力という概念が有ると思えないからだ。

いずれ突破されてしまうだろう。避けられない未来。だからこそ打開策を考える。状況を打破する一手を模索する。

一瞬だけ揺り籠の封印を解くか。フェアの斬撃に併せて、ローゼリアの魔法を乗せれば。突破口を手繰り寄せられるかもしれない。

だがと踏み留まる。ドス黒く輝く揺り籠を一瞬でも無防備にしてしまったら酷く後悔するだろうと魔女の本能が警告する。

あの黒い光彩はフェア・ヴィルングを蝕む。だからこそ緋いペンダントに魔力を込めた。焔の聖獣による加護を与えた。邪神の力に何処まで通用するのか。ぶっつけ本番で試す程、ローゼリアは無鉄砲な輩ではない。

どうした物かと目を細めて。

そして、魔女の長は『アレ』に気付いた。

黒い塊の蹴撃を後方に跳躍して回避したフェアの様子が何処かおかしいと。動きではなく、彼から発せられる雰囲気が明確に変化している。

ローゼリアの眼は見抜いた。フェアの背中に纏わり付く『緋い死』を。呪いと無関係に、緋の騎神と関係なく、世界そのものを燃やし尽くしそうな神の姿を。

虚ろな視線、自然体とも云える姿勢、宝剣を右手に、首からぶら下げた緋いペンダントを左手で握り締めて。

 

 

 

「――『焔』か」

 

 

 

 

莫大な熱量が出現した。

宝剣ヴァニタスに纏わり付く清廉な焔。

空虚を埋めようとする暖かな陽光のようで。

 

「これなら、行けそうだな」

 

フェアが目線を上げる。

黒い塊は警戒するように唸り声を上げた。

絶句したローゼリアは先程の会話を思い出す。

フェア曰く、七耀暦1206年9月9日にこの世の悪意を全て凝縮したような『化物』が出現したらしい。全長は凡そ300アージュ。左肩に赤い人型の模型を括り付け、右肩に蒼い巨鳥を飼い慣らし、全身を『黒い焔』で覆い尽くした化物が、世界大戦を続ける地上の人々を一瞬で焼き払ったとの事。

表と裏で連動する未来。もしや表の事情を大戦に発展させたのは、闘争の概念で世界を包み込む為だろうかと予想する。『巨イナル一』と何かが融合を果たした結果、世界を滅ぼしてしまう化物に変貌してしまったのだと仮定したなら。

地精が口走った『巨イナル黄昏』とはこの事か。

だが問題は、今考えるべきは別の部分である。

800年前、初代から使命と記憶を譲り受けた時に僅かながら垣間見た。1200年前、天から舞い降りた空想の産物。『外なる神』が暗黒の地に根を下ろす瞬間を。

 

「違うのか、もしや」

 

ローゼリアは『ソレ』が邪神だと思っていた。

大崩壊直後、混迷を極めたゼムリア大陸を蝕む為に訪れたのだと。1200年前から人々を混沌の底に陥れようと暗躍しているのだと。

前提条件が異なっていたと遅まきながら見抜く。

初代アルノールが中心となって、緋の騎神へと封印を施したのは別の神なのかと。焔の眷属の末裔であるローゼリアは、神気すら漂わせる焔に目を奪われた。

 

 

「まさしく焔の神、じゃな」

 

 

フェアが踏み込んだ。

一歩だけ。軽く間合いを詰めた。

少なくとも魔女の長にはそう見えた。

黒い塊から鮮血が噴き出す。黒い靄の一部分が焼却される。人間らしい肌色の皮膚を覗き見て、ローゼリアは情けない事に漸く事態を把握した。

まるで見えなかった。微塵も反応できなかった。

爆発的に身体能力が上がったのか。それとも此れこそがフェアの実力か。いずれにしても流れは掴んだ。

概念武装すら焼き棄てる『神なる焔』は、徐々に熱量を増していく。黒い靄を燃やす度に。邪神の影響力を減らす度に。歓喜の咆哮を挙げていく。

 

【嗚呼、心地良い】

 

フェアは動く。邪神の贄を楽にさせてやろうと。

黒い塊は嘆く。天敵である焔へ唾を吐き捨てる。

勝負は確定した。此処から巻き返すなど不可能である。黒い靄を全て燃やした。金髪の女性は深手を負った猛獣のように顔を歪めて、ジリジリと後退していく。

魂を失っているならもう助けられない。

如何に魔女の長でも、喪失した『魂と精神』は回帰させられない。それは空の女神と七の至宝だけが行使できる奇蹟だからである。

フェアも理解しているらしい。操られた贄へ同情するように。せめて苦痛なく終わらせようと宝剣を構えて――。

 

 

 

「――たす、け、て」

 

 

 

贄が苦しそうに呻いた。

白目を剥きながら。両腕を振るいながら。

それでも確かに救助を懇願した。

自我が僅かにでも残っているなら助けられる。

ローゼリアは揺り籠の結界を維持しつつも、宝剣ヴァニタスと贄の間に簡易的な障壁を張ろうとする。どうか間に合ってくれと祈りつつも、されど速すぎる剣撃のせいで無理かと諦めながら。

 

「ッ!」

 

肩口から斬られる贄の姿。

それはローゼリアの幻視だった。

フェアは薄皮一枚の所で踏み留まる。代償として右腕から嫌な音がした。ブチっと。的確に表現するならば、無理に宝剣の動きを止めたせいで筋繊維の断ち切れる音が木霊した。

そうだとしても。

 

「ようやった!」

 

これで無事に贄を解放できる。

フェアは精神的負担を抱え込まずに済む。クロスベル全域の混乱も回復するだろう。万々歳。後はフェアの焔で揺り籠を破壊して、邪神から解放されるであろう贄の応急処置を行わなければならない。

忙しくなりそうじゃのう。

無垢な人々を見守る聖獣として、優しい笑みを浮かべたローゼリア。

 

 

 

 

そんな確信を、邪神は嘲笑った。

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 

フェアは宝剣を止めた。

己の右腕を犠牲にしても。反撃される可能性を考慮しつつも。これ以上、自分以外に邪神の犠牲者を出したくないと云う一心から、宝剣ヴァニタスを空中で止めたのだ。

確かに。確実に。熱の苦痛すら与えないように。

それでも、宝剣は血に塗れていた。

ローゼリアは見た。金髪の女性が罪悪感から『まるで自らを斬って欲しい』と云わんばかりに接近したのを。

 

「なん、で――?」

 

贄は疑問を吐露する。

初めて光を宿した双眸にてフェアを非難した。

止めてくれたじゃない。

助けようとしてくれたじゃない。

どうして再び『剣を振るった』のと。

綺麗な袈裟斬りだった。左肩から右腹部まで走る裂傷。鮮血の雨を降らしながら、邪神の贄は仰向けに倒れる。

 

 

彼女は既に、息絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランドルフは急いだ。

相棒であるロイドと共に。

太陽の砦を全速力で攻略していく。

目指すは最奥。探し人はミレイユ准尉。

今から約3時間前、突如としてクロスベル全域を不思議な歌が包み込んだ。何かを讃える歌声に呼応するクロスベルの鐘。そして、グノーシスを摂取した事のある人々は我先にと暴れ出した。

正常な心を失くしたように。何者かに操られているように。

ミレイユも例外ではない。

抑え込もうとするランドルフを蹴り飛ばし、恐るべき速さで走り出す。明らかにミレイユ本人の持つ本来の身体能力ではなかった。

元猟兵であるランドルフさえ追い付けない。途中で彼女の姿を見失い、途方に暮れていた最中、騒ぎを聞き付けたロイド・バニングスと合流した。

街道に湧く魔物や幻獣を二人で捌いていると、ティオ・プラトーから膨大な霊子反応が太陽の砦へ集まっているとの報告を受けた。

街道にて立ち往生していたバスの乗客から、ミレイユらしき人物が古戦場へ向けて走っていったと云う情報を聞き出し、まさしく一石二鳥だとランドルフたちは意気込んだ。

 

「ランディ、俺たち以外に誰かいるぞ」

「ああ、わかってるっての。敵だと思うか?」

「どうだろうな。味方だと有り難いんだけどね」

 

太陽の砦。その入口は開いていた。

目立つ足跡は二つ。片方は幼子で、片方は成人男性程度。不思議な組み合わせである。非常事態でなければ誘拐事件を彷彿させるような。

ランドルフは急ぐぞと告げる。

敵か味方か。今はどうでもいい。

どちらにしてもやる事は変わらないからだ。

ミレイユを元に戻し、一刻も早く混乱を終わらせる。エレボニア帝国に占領されようと、クロスベルの地と其処に住む人々を護るのが特務支援課の使命なのだから。

 

「最奥だ!」

「ああ、やっと着いたぜ!」

 

長い一本道を駆け抜ける。

両脇を流れる地下水に目もくれず。

正義感と使命感に突き動かされた二人は、目の前に広がる光景を到底受け入れる事など出来なかった。

まるで太陽のように輝く黒の揺り籠。紅い魔杖を持った金髪の幼女。焔を纏った大剣を片手に佇む黒髪の男性。

 

そして――鮮血の海に沈むミレイユの死骸。

 

黒髪の男が振り返る。

一見すると特徴の無い顔の持ち主。

しかし、彼の右頬にベットリと付着している紅血を視認したランドルフは、万が一の為に持ってきた本来の得物を右手に掴んだ。

 

「テメェ――ッ!」

 

ベルゼルガー。

猟兵時代の相棒を片手に。

ランドルフは狂気に飲み込まれる。

 

 

 

「ミレイユに何しやがったァァあああっ!!」

 

 

 

 








焔の神「――――」←久し振りにスッキリ。

ニャル「――――」←燃やされたけど、面白くなりそうだから爆笑。

イシュメルガ「趣味悪ッ!」←お前が言うな定期。




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